1. パーラーかぜまち🍨
  2. 052 ドーナツの穴を書くには【..
052 ドーナツの穴を書くには【アリス・マンロー『ピアノ・レッスン』】
2026-10-19 28:24

052 ドーナツの穴を書くには【アリス・マンロー『ピアノ・レッスン』】

少し前に読んだ短篇小説集について話してみました🌼

書き手で未読の方には激推しの作品です


■概要

  • 人生について考えたくなる
  • 「自らが経てきた感情のような懐かしい手ざわり」
  • 真ん中にあるものを、直接書かない
  • どのへんがチェーホフなのか
  • 容赦がない
  • でも、馬鹿にしているわけじゃない
  • "master of the contemporary short story"
  • バレたな、という感覚
  • なかったことにしていた感情
  • 読んでください


■言及した作品

  • アリス・マンロー/小竹由美子訳『ピアノ・レッスン』(新潮社クレストブックス)
  • アントン・チェーホフ/松下裕訳「敵」『チェーホフ全集 4』(ちくま文庫)


————


パーラーかぜまちへようこそ🍨

26年10月より、毎週月曜日に更新📅


本とか日々のできごとについて話しながら、「これってどういうことなんだろうね」とリスナーさんと一緒に考えるようなラジオにしたいと思っています📻


第1週〜第3週:読んだ本についておしゃべり

第4週:雑談

第5週:お休み or おたより回 or ゲスト回


■雑記はじめました✍️

日日 ⁠⁠https://note.com/kazemachiaoi/m/m19e59e30cc69⁠⁠


■同人誌の通販はこちら📕

パーラーかぜまち

⁠⁠https://fromkazemachi.square.site/⁠⁠


■ご質問・ご感想

おたより再開しました📮

次回紹介分は【11月20日ごろまで】受け付けております🙇

詳細はリンクから💁

⁠⁠https://forms.gle/bNAt3kPkAT7aKQfv7⁠⁠


今回の募集テーマは以下の4つです✉️


①最近よかったあれこれ

本・映画・ドラマ・漫画・音楽・Podcast・展覧会など、おひとつ教えてください!


②今年やってよかったこと

ex.「朝に散歩するようになった」「眼鏡を新しくした」「転職した」


③風待に聞いてみたいこと

ex. 「好きな食べものは?」「幽霊を信じる?」 ※質問内容によっては回答を差し控える場合があります。ご了承ください🙇‍♂️


④番組の感想

ex. 「この回が好きでした」「この本読んでみました」


■SNSほか

X: ⁠⁠https://x.com/ym71d_bibi⁠⁠

note:⁠⁠https://note.com/kazemachiaoi⁠⁠

カクヨム: ⁠⁠https://kakuyomu.jp/users/ym71d_bibi

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

風待葵が、アリス・マンローの短編集『ピアノ・レッスン』について語る。些細な瞬間や直接書かれない感情を、周囲の描写によって読者に感じさせるマンローの技法を、ドーナツの穴にたとえて紹介する。チェーホフの短編「敵」と比較しながら、両作家に共通する人間への容赦のなさと、それでも冷たく突き放さない視線について考える。表題作では、発表会で少女が予想外の演奏をする場面から、語り手自身の人を見下す感情が思い知らされる感覚を読み取る。

アリス・マンロー『ピアノ・レッスン』との出会い
こんにちは、パーラーかぜまちへようこそ! ということで、小説書きの風待葵です。
はい、最近はちょっとね、なんかこう自分の活動とか、まあ仕事も含めてなんですけど、結構考える時間を長めにとってまして、
私はね、やっぱ小説を書くのがコアというか、そこが一番面白くて大好きなんですけど、
うん、なんかね、これからどういう風に活動とかもやっていこうかとか、いろいろ考えておりました。
ということでね、今回はそういう、なんていうのかな、人生とか、まああと生活とか生き方みたいなところについて、ちょっと考えたくなる小説を持ってまいりました。
って言っても、すごい壮大な話とかね、まあ私が第一回で扱った風と共に去りぬなんか、特にもう壮大だし大画という感じの作品なんですけど、
今回は逆にこう、なんていうのかな、ものすごくこう些細な瞬間を書くっていうところが非常に魅力的な小説ですね。
で、作品はアリス・マンローのピアノレッスンというものですね。
で、これは短編集です。
私はちょっと恥ずかしながらアリス・マンローをね、知ったのが結構最近なんですけれども、
はい、本にプロフィールがついてましたんで、そちらから一部抜粋してお伝えしますと、
1931年、カナダ、オンタリオ州の田舎町に生まれる。
中略して、チェ・ホンフの正当な後継者、短編小説の女王と称され、2005年にはタイム誌の世界で最も影響力のある100人に選出。
2009年国際ブッカー賞受賞。
2013年、カナダ初のノーベル文学賞受賞ということで、
なんかね、このノーベル文学賞受賞、カナダ初っていうのがちょっと違う情報もあるみたいなんですけど、
とりあえず本に載ってたんで、まあ間違いではないと思うんだけどね。
で、ちなみにこのアリス・マンローはですね、2024年に亡くなっているんですけれども、
で、このピアノレッスンっていうのが日本だと新庁舎クレストブックスっていうものから会社から出ておりまして、
でね、これ書上短編集ですね。
1968年に出たものらしくて、
えっと、だからまあ単純に計算すると30代後半ぐらいに本になったっていう感じかな。
で、15の短編が入っております。
で、これね、なんかちょっと変わってるというか、
このクレストブックスってこう背拍子?カバーの背拍子にこう直接推薦文が印刷してあるんですけど、
ちょっとそれがね、もう別に私がこれ以上何を付け足すのであろうみたいな、
あのすごいよくまとまったこう推薦文を嗣氏菊子さんが書いているので、ちょっとあの引用してみますね。
小説を読む贅沢の一つに、登場人物が現実にいたら語らないかもしれない秘密を知ることがあると思う。
進んでは発信されないある些細な真実を小説を通して垣間見るとき、
読者は他者の持つ世界の奥深さに触れる経験をする。
そこには不思議と、自らが経てきた感情のような懐かしい手触りがある。
15の小説で描かれる思いのどれかは読者自身のもので、どれかはすれ違う誰かのものだ。
普通の人々が工作する時の妙なるとしか言いようがないこの世の巡り合わせを次々と見せてくれる本書には、
読書の根源的な優越があふれている。
ということで、本当に素晴らしい文章だなって思いながら読んでまして、
この自らが経てきた感情のような懐かしい手触りっていう言い回しが非常にいいなと思ってね、
まさにそうだなっていうところですよね。
で、私が小説を読む時の大きな喜びのやっぱり一つっていうのが、
他人の中に自分を発見するっていうことだと思うんですよね。
で、同時にそれは自分の中に他者を発見することでもあるとも言えるんだけど、両方あるなっていうところ。
全く違う場所の、全く違う時代の話なのに、こういう感情とか感覚とかわかるわとか、
あとなんだろうな、私はこの場にいた時にそういうこと思うことはないけど、
そしてそういう思いがどうして湧いてくるのかって全然わかってなかったけど、今まで。
自分に引きつけて初めて解釈することができたとかね。
そういう体現があるのが小説のすごくいいところって私は思ってます。
で、マンローの小説はすごくそういう喜びが詰まってるなって思いますよね。
で、紹介文にもあった通り、この方はチェイホフの後継者って言われてるっていう紹介文がありまして、
で、私たまたまチェイホフが好きだったので、この紹介文を見た時にすごく、
なんとかこういう感じかなみたいな想像しながら読んだんですけど、
読み終わってみてやっぱすごくよくわかるなっていう自分なりにもありましたので、
そこはちょっとね、おいおいお話したいんですけど、
『死んだ時』と、周囲から描く物語
まあちょっと短編集の作品を早速ちょっと一つ見てみましょうっていうことで、
まあね、さっき言った通りこういう感情なんか知ってるなーみたいなのがたくさん描かれてる作品集なんですけど、
まあ楽しい瞬間、嬉しい瞬間っていうのももちろんさ、あるけど、まあちょっと辛いなとかっていう時もあるじゃないですか。
で、まあタイトルからしてすでに不穏なんですけれども、死んだ時っていう作品を最初にちょっと紹介したくて、
で、これはね、最初何が起きたのかよくわかんない状態で始まるんですよ。
で、これ書き出しがすごくいい。てかね、アリスマンローのこの短編集、書き出しが全部すごく印象的。
その時点でこうワッてこう、作品の中に入れるみたいなところがあるんですけど、
あの後、母親であるレオーナ・パリーはキルトの上掛けをかけてソファーに横になり、
キッチンはひどく暑かったのに女たちはさらにどんどん薪をくべ続け、誰も明かりをつけようとはしなかった。
レオーナはお茶をちょっと飲んで食べ物は拒否し、耳障りでしつこくはあるもののまだヒステリックにはなっていない声でこんな風に話し始めた。
ほとんど家を離れていなかったんだよ。20分も家を離れてはいなかったのに。
っていうのが最初の段落なんですけど、ここを読んだ段階でなんか重大なことが起きたらしいなっていうことだけはなんとなくわかるんですよね。
で、読み進めていくと、このレオーナという女性の子供の一人がどうやら亡くなってしまったっていうことがだんだんわかってくる。
しかも、その亡くなってしまった理由に死んでしまった子供のお姉さんであるパトリシアっていう娘が関わっているっていうこともわかるんですよね。
そもそもこのレオーナたち一家はその周囲、ご近所さんからちょっと下げすまれているところもあり、
しかも、母親の子のレオーナっていう人は結構近所の人たちから嫌われているんですよね。
最初の段落の引用したところからもなんとなくそこはかとなく伝わってくるように書いてはあると思うんですけど。
で、こういう感じで物語の骨子をいくら説明しても小説の良さを説明することが不可能なんですね。
紹介っていうか、みんなに本の感想を話すラジオなのに説明できないみたいな、投げるなーみたいなことなんですけど、
ほんのちょっとの言葉とかニュアンスでその裏にある背景を描ききっちゃうみたいな技術がありまして、
それは別に言うこともできるんだけど、強いて言えば、野暮なんですよね。
それを私がここで言ってしまうと、聞いた方もなんとなくわかった気になっちゃうっていうのか、「いや、でもそうじゃないのよ。」みたいな。
そうなんだけどそうじゃないのよみたいなところがちょっとあるんですよね。
ドーナツの穴を書く方法
これを読んでて、結構ドーナツを思い浮かべるんですよね。私は結構こういった作風というか作品とかを読むと。
真ん中にドーナツって穴があるじゃない?穴のないドーナツもあるけれども、穴があるドーナツね。
穴を描くには、というか、穴っていうものを厳然させるには、周りの部分を囲わないといけないんですけども。
つまり、囲うような描き方、穴ですっていうことをそのまま描くんじゃなくて、
そのドーナツ部分を丹念に描くことによって、この穴っていうものを読み手に分からせるみたいな作品なんですよね。
別にこれはそういうスタイルの作家が優れているのである他の作家に比べてみたいな話じゃなくて、
マンローはそういう語り方で、表現した時にすごくズンとくる作品っていうのを描ける作家っていうことかなと思いますね。
チェーホフ『敵』の容赦ない人間描写
さっきちょっと保留というか、後でにしますねって言ったチェイホフの話をちょっと差し込むんですけど、
ロシアの作家ですね。劇作家としても有名。
ドストヤスキーが1821年生まれ。
ちなみにチェイホフは60年の生まれなんで、割と歳の差がそれぐらいあるっていう。
私別にロシア文が詳しくないんですけど、一応ドストが有名なんで、ちょっと出してみました。
代表作は、そうね、技曲4つあるんですけれども。
カモメ、ワーニョおじさん、三人姉妹、桜の園っていうのが4つが有名ですね。
最近だとドライブマイカーっていう映画があったと思うんですけれども、
あれの中でワーニョおじさんを登場人物たちが演じるっていうような筋書きがありましたんで、
割とワーニョおじさんに関しては、ああーってなる方もいるかもしれない。
チェイホフは自分の劇を喜劇って呼んでいたんですけど、
いわゆるゲラゲラ笑うような。
三谷幸之さんが作ってる劇とかもあれ多分喜劇に入ると思うんだけど、
ああいった感じとかああいう雰囲気とはちょっと違くて、
人間って滑稽だよねーみたいな。
ちょっとこう沢巻したような感じっていうんですかね。
私はそこが結構好きなポイントなんですけれども。
ちなみにチェイホフって短編の名手として知られているので、
マンローがチェイホフの後継者って言われているのはどちらかというとこっちの理由かなと思うんですが、
今代表作として残っている4つの劇曲に関してはキャリア後半に書かれたっていうことがありますね。
なぜか私の手元にはちくま文庫のチェイホフ全集の第4巻だけがあるんですけれども、
多分古本屋かなんかで見つけてパッと買ったやつなんでしょうね。
多分大学の時ぐらいに買ったのかな。
この全集ってもう絶版になっちゃってるんですけれども、4巻だけあると。
この中に入っている敵っていう小編がありまして、
たぶん小編と言っていいぐらいの長さ。
短編てか、小編に近いと思いますね。
っていう作品があるので。
それがね、さっき紹介した死んだ時っていうマンローの短編のことをちょっと思い出しながら聞いてみてほしいんですけど、
これどういう話かというと医者が主人公の話で、
ちなみにチェイホフもお医者さんだったりするんですけれども、
こちらの書き出しを読みますと、
暗い9月の夜9時過ぎ、軍会、キリーロフのところで、
一人息子の6つになるアンドレイがジフテリアで亡くなった。
っていうところから始まります。
冒頭でいきなりこの主人公のキリーロフさんっていうお医者さんの一人息子が亡くなってしまうんですね。
まあ当たり前ですけど、めちゃめちゃ悲しいことですよね。
で、そこに突然アボーギンっていう男が訪ねてくるわけよ。
で、その人は奥さんが病気で診察に来てもらえませんかっていうふうにキリーロフに頼む。
だけど、さすがに普段だったら行きますよ全然。
だけど、今かみたいな。今ちょっと息子が亡くなっちゃったんだよね。こっちも。
っていう話なんですよね。
普通に行く気にならないですよね。
なんだけど、結局アボーギンも食い下がるんだよね。
で、まあじゃあ行きますとなって、男の家まで行くと。
で、ついてみると、奥さんがいないっていうことになるわけね。
で、アボーギンもなんで奥さんがいないのかっていうのはわからなかったんだけれども、
あのね、この奥さんっていうのがちょっと私今具合が悪いからお医者さん呼びに行ってくれないって旦那さんに言ってる間に他の不倫してた男と出て行っちゃったっていうことなんですよ。
で、このアボーギンめちゃめちゃ怒るよね。
うん、そんなの想像もしてないわけよ。
アボーギン側からしても全然そんなことは想像もしてないみたいな感じになっちゃって。
で、なんかもう混乱してるみたいになるわけ。
なんていうんだろう、この笑うしかないほどの間の悪さっていうか、誰が悪いとかもよくわからないし。
で、まあまあ強いて言えば不倫してどっか行った奥さんが悪いのかなとも思うんだけど、
まさかさ、その結果呼びつけたさ、医者のさ、子供が亡くなったその夜に自分が駆け落ちするみたいなさ、そんな裏の状況まで想像できないじゃないですか。
で、まあなんですけど、まあまあこれらすべてその主人公のキリーロフからしたら知らんがなみたいな。
いやだから息子がもう亡くなってんだよこっちはみたいなさ、なるわけ。
なんですけどそのアボーギンはアボーギンでかなりショックなことなわけよ。
だからそのついそのお医者さんに対してこんなに妻のこと愛してたのにみたいな感じで結構ぶちまけちゃうみたいな思いの丈を。
で、まあ喧嘩になるよね。もう大喧嘩みたいになって。
で、まあチェフのぬかりのなさっていうのはね、この二人の人物の間にはなんかね、こう社会的な格差みたいなものを感じさせる描写もあって。
まあ平常時ならともかく、なんていうかな、もうこういう状況でその二人が出会っちゃうみたいなこと自体が本当にさ、本当にさみたいな感じなわけですよ。
まあ当然仲直りなんかできるわけもなく。
で、この最後ね、本当に本当に最後の最後までって思う感じで終わるんですけれども。
ちょっと最後読みますと。
っていうところで終わるんですね。
で、この思い込みって支持語で書かれてるのは、なんていうかな、さっきちょっと格差があるっていうようなことを言ったけれども。
なんかああいう上流階級の人間たちは全員なんて言うんだろう、人の心がないみたいな極端に言えば、そういう偏見みたいなもんですね。
がもう完全にインプットされてしまったみたいな意味ですね。
で、まあこのキリロフってお医者さんにしてもさ、ものすごく大きな悲しみの家畜にいるはずなのに。
なんで私がよりによってこんなくだらないことに巻き込まれなきゃいけないのか。
で、あの男にしても、その妻にしても、なんかもう本当に人で人をバカにしてるわみたいな。
怒りで頭がもういっぱいになっちゃってる。
で、それってそのなんていうのかな、自分が侮辱されたことの方が息子が亡くなってしまったっていうその悲しみを量が知ってしまうっていうことでもあると思うわけ。
で、しかもそのチェフがすごく容赦がないっていうか、まあちょっと意地悪でするあれだと思うのが、墓場に入るその瞬間まで医師の頭にすくっているのが、その思い込みとかそういう無別されたみたいなことなわけです
よね。
なんだけど、なんかもうこれちょっともうつらいんだけど、わかっちゃうなーみたいなのが正直な私の感想なんですよね。
で、なんかこのチェフが非常にそういうとこ容赦ないんですよ。
で、別にこれは短編だからこうっていうわけでもなくて、割と劇局もこういう容赦のなさが容赦容赦にあるっていう作家なんですけれども。
で、まあね私はこういった人間に対してすごく容赦がない作品っていうものの全てが好きなわけではなく、むしろそういう方向性で書かれているけれどもちょっとこの人の作品苦手だなっていうのもありまして。
で、それはこう人間ってこうなんか愚かだよね。まあ滑稽だよねって。
で、書いているその作家自身がなんか自分だけは人間のじゃないみたいな、人間じゃないって言ってすごい悪口だけど、なんていうか。
まあ私はね別に関係ないんですけどみたいな態度に見える作品がちょっとやっぱ苦手なんですよね。
なんかいやあなたも人間じゃんって。なんかこう読んでて言いたくなる感じ。
なんですけども、チェフにはちょっと不思議とそれはあまり感じないんですよね。
なんかね、その筋だけ言ったらすごい本当に意地悪すぎるんだけれども、作品を読んでる段階ではあまりそれを感じないっていうところ。
この塩梅ってまあ難しいし、作家性に近いところなのかもしれないなと思うんだけれども。
で、このマンローを読んでて私がやっぱり、私はむしろそこにチェフの後継者って言われるのがわかるなというかこういう感じだよねみたいなのを思ったというところでした。
はい。
でもちなみにね今回ちょっと私がさチェフ好きだから持ってきましたけれども、
まあマンローだけ読んでも全然いいわけだからねっていうのはちょっと一応お伝えしておくっていうか、
まあ読んだことない作家を読むためになんかチェフ先に読んどいた方がいいのかなとかそういう話じゃ全然ないから、読みたいものからもお読みになってくださいという感じです。
なんかねこうマンローってねそのノーベル文学賞をまとってるっていう話で、
まあ私結構そのマルケスとかさ、なんかこう和尾石黒とかさ、どでかい世界文学ジャイみたいなのを書いた人をなんか想像するんですけど、
マンローはやっぱ短編の作家なんだよね基本的に。
だから短編をもう鬼極めたみたいな感じでそのノーベル文学賞を取ったっていうのが結構びっくりしたんですよね。
でまあなんか受賞のさ、そのページみたいなやつがあったからそれ飛んでみたらさ、
マスターオブザコンテンポラリーショートストーリーって書いてあってめっちゃかっこいいやんって思ったんだけど。
そうだからえっとまあ現代の短編のまあなんだろう名手というか担い手みたいな意味なのかな。
優れた作家みたいなことですよねきっとね。
まあでもわかりますよねなんかねこの凝縮度合いみたいなのがやっぱりちょっと半端じゃないんですよね。
その尺は短いけどその中にやっぱ背景とかをものすごいギュギュギュギュってして、
その小説を読むだけでなんかこう人生の話聞いちゃったなぐらいの厚みがあるっていうかね。
『ピアノ・レッスン』で突きつけられる偏見
もう一作にねちょっとお話ししたいのが表題作ですねせっかくなんで。
ピアノレッスンっていうね作品。
まあピアノの先生が発表会を開くっていう話なんですけど書き出しがねこれまたいいのでちょっと読んでみますと、
ミスマルサレスがまたパーティーを開く、音楽的誠実さからか。
はたまた彼女の心が果敢ににぎにぎしさを熱望しているせいか。
彼女は決してリサイタルとは呼ばない。
私の母は独創的あるいは説得力のある嘘をつける方ではなく、
母が思いつく言い訳ときたらどう考えても二流だ。
でこの私が今リサイタルって読んだところは漢字で発表会と書いてあって、
ルビーがリサイタルって振ってあるっていうことなんで。
まあそれでこのミスマルサレスっていうピアノの先生がこの土地でどういうポジションにいて、
どう扱われているのかっていうの結構一瞬で伝わる文章かなと思いますよね。
つまりこの最後のなんか言い訳がどうのこうのみたいなところはつまりその言い訳をつけてでも行きたくないっていう話ですよね。
どうやらこのピアノ教師に対してもなんか軽蔑のようなものをうっすらコミュニティの人たちは感じているような雰囲気がありまして、
ちなみにこう解説を読んだところですね、ミスマルサレスっていう人は英語圏、つまりカナダが舞台の小説作品なんですけども、
英語圏以外の出身なんじゃないかっていう読みがあるみたいですね。
この発表会なんで近所の人たちも集まるんですけど、別に生徒に天才児がいるわけでもないんですよね。
近所付き合いの一環というか、できれば行きたくない退屈みたいな感じですよね。
語り手の主人公もですね、かつての生徒だったんで、かつての生徒にも演奏させるみたいな感じらしいんですよ。
で、順番がきてピアノを弾いてるんですけれども、そこにちょっとよくわからない子どもたちの集団っていうのがやってくるんですよね。
コミュニティ以外っていうことなのかな、おそらく。
これ明確には書かれてないんですけど、おそらく障害のある子どもたちなんじゃないかなっていうふうに読めるように書いてあると思いますね。
先生に次はあなたって言われて、その中の一人の少女がピアノを弾き始めるんですよ。
あれ?みたいになるんですよね。
明らかに今まで聞いてた演奏と何かが違うと。
で、どうやらこの発表会の場にふさわしくないぐらいすごい演奏してるぞ、この子は。
っていうことになるんですけど、なんかね、ここの文章がね、ちょっとすごいんだよね。
ちょっと本当に読んでほしいんだけど、結構一見シンプルなようで言って、わりと一筋縄ではいかない状況をすごい的確にかつ美しく書いてるんですよ。
本当にごめん、抽象度が高すぎるけど。
これ下手に引用するとね、もうこぼれ落ちるんですよね。
読んでいただくしかないんだけれども、私はこの場面を読んで、わーみたいなバレたーみたいな感じがしたんですよね。
誰の心の中にも人を軽蔑したりとか見下したりする感情ってあると思うんだよね。
この人ってどうせこういう人でしょとか、まあまあまあこの程度しようみたいな。
勝手に自分の中で決めるっていうか。
で別にさ、それをさ本当に口に出すわけでもないし、本人に対してそういう傷つけるようなことを言うわけでもないけど、心の中でそう思ってしまうことはあると思うんですよ。
まあてか私はあるんだけれども、正直言うとね。
なんだけど、それに対して時々現実が、あんたがそう思ってただけじゃんとか、いやいやそんなこと思うなんて浅はかだねみたいなことを結構突きつけてくる瞬間みたいなのがあるじゃん。
でその時は別に、厳密には別に誰にもバレてないんだけど、非常に気まずいっていうかさ。
自分の中でだけやっつったこれーみたいな、なんかある気がすんのよ。
思い出したくなかった感情と読書
でこのピアノレッスンっていうね、この作品はまあそういうすごく小さいんだけど、で些細なんだけど、すごいこう覚えのある瞬間みたいなものをね捉えてるなーって思ったっていうことですよね。
そうで別にそれもなんかこう、教訓めいって書かれるわけでもないというか、ただただそういうことがありましたみたいな感じで描かれてるからっていうところもまたいいんだよね。
この本を読んでるとすごく自分に起きたこととか、なんかそういう感覚をねやっぱ思い出すんですよね。
でまあ最初もちょっと言ったけど、やっぱ楽しかったなーとかそういう温かい思い出みたいなものだけじゃなくて、なんかもうなかったことにしてたりとか、
うーんまあその自分でもあんま認めたくなかったなーとか、なんかそういうことを私にもそういうことあったわって、なんか思い出させられるんですよね。
でまあそれってね、必ずしもなんていうか、楽しい読書体験、楽しいだけの体験ではないのかもしれないんですけれども、
あと思い出さなくても生きていけるといえばそうなんだけれども、これも一つのすごく美しむべき読書なんじゃないかなっていうふうに思いましたね。
このマンローも割とそのチェフのさっき紹介した敵みたいな感じで、結構容赦がないそういうお話みたいなことも書いているんですけれども、
やっぱりこうなんかね冷たくないっていうかね、なんかこうまあ人間とか人生ってこういうことあるよねーみたいな、
明日からもう生きていくかーみたいな感じで、ちょっとそういうふうに思えるみたいなところがあって、そこが私はね好きだったんだよね。
私は普通に小説を書く人として本当にあのね、すごいあの勉強になったんで、書き手の皆さんちょっと読んでみてください。すごいんで、はい。
という感じです。今回はアリス・マンローのピアノレッスンについてお話をしてみました。
はい、ということでこう説明しようと頑張ったんですけれども、やっぱちょっと読んでくださいっていうのがね、最後になりましたね。
結論。はい、なんで気になる方はぜひ読んでみてほしいのと、
まあ私も実はね、このアリス・マンローは1冊しか読んだことがないんですけど、新調者のこのクレストブックスっていうレベルからマンローの作品が他にも出てるんで、
私もねちょっと1冊か2冊か多分積んでるものがあるんで、また読んだら紹介するかもしれません。
じゃあ最後にお便りのお知らせをします。
次回のお便り会は11月30日の更新を予定しています。
11月20日頃までに送っていただくとご紹介できるかと思います。
で、いつでも届けば配信します。
今回からね、募集テーマを4つ設定してるので、どれか好きなものを選んで送っていただければと思います。
それでは今日はこの辺でおしまいにします。
最後までお聞きいただきありがとうございました。
28:24

コメント

スクロール