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第20回 歴史のバトン【戦国編】第14走者 徳川慶喜(3/4話
2026-07-25 08:56

第20回 歴史のバトン【戦国編】第14走者 徳川慶喜(3/4話

徳川慶喜の第3話

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今晩は、今夜もまた、おやすみ歴史ラジオの時間がやってきました。 ベッドに入って、一番リラックスできる姿勢で聞いてね。
さて、徳川慶喜の物語も、いよいよ第3話。 全てを投げ出し、歴史の陰へと退いた最後の将軍が送る、長く静かな後半戦のお話をお届けします。
前回は、政権を朝廷にお返しする大政奉還という前代未聞の勝負に出るも、 王政復古のクーデターによって追い詰められ、 戸場不死身の戦いを経て大阪城を脱出した吉野部の葛藤を見てきましたね。
朝廷の敵になることを何よりも恐れた彼は、 江戸へ戻り、関栄寺の一室でひたすら強順の姿勢を示し、 歴史の裁きを静かに待つ身となりました。
吉野部が上野の関栄寺、そして生まれ故郷の水戸へと身を移し、 自らを厳しく罰するように部屋に閉じこもっていた頃、 江戸の町では徳川の未来を懸けた最後の交渉が行われていました。
葛藤衆と西郷隆盛による歴史的な会談、 そして元将軍の妻である天松院たちの命懸けの探眼によって、 江戸城は一滴の血も流されることなく新政府軍へと引き渡されました。
これによって徳川の家は完全な滅亡という最悪の事態だけは免れ、 幼い跡継ぎである徳川家里が新しい党首として静かに家を継ぐことになったのです。
徳川の存続と江戸の平和が見届けられた後、 吉野部に与えられた命は江戸から遠く離れた寸布、 現在の静岡県でのつつましい陰頓生活でした。
かつて徳川家康が大御所として君臨し、 天下の政務を取ったそのゆかりのちで、 吉野部の新しい、そしてあまりにも長い第二の人生が始まったのです。
30代前半という政治家として最も脂がのっていた若さで、 全ての権力を失った吉野部。
しかし静岡での彼の暮らしは、 悲劇のヒーローとして落ち込むような暗いものではありませんでした。
むしろ彼は、長年彼を縛りつけていた将軍という 重苦しい鎖から解放されたかのように、
驚くほど軽やかに、そして情熱的に、 全く新しい日常へと没頭していったのです。
彼が特に夢中になったのは、 当時まだ日本に伝わったばかりだった、 西洋の新しい技術である写真撮影でした。
大きなカメラと三脚を抱え、 静岡の豊かな自然や美しい風景、街道を行き交う人々の姿、
さらには自分の趣味の道具や家族の笑顔まで、 片肌からレンズに収めていきました。
その技術と構図のセンスはプロ顔負けのもので、 彼が撮影した写真は、
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当時の貴重な歴史的記録として 今も大切に残されているほどです。
さらに彼は油絵を描き、 囲碁や将軍家伝統の高鳴りに興じ、
当時はまだ珍しかった自転車に乗って、 静岡の街中を軽快に走り抜けました。
街の人々は、かつて日本最高の権力者であった元将軍が、
笑顔で自転車を漕いで通り過ぎていく姿を、 驚きと親しみを込めて見送っていたといいます。
静岡での吉信の生活は、 写真や自転車だけに止まりませんでした。
彼は狩猟や釣り、種芸、農学、さらには歌を読むことまで、
あらゆる文化や芸術に深い情熱を継ぎ込みました。
一度何かに興味を持つと、その本質を極めるまで 徹底的に研究しつくすという彼の天才的な頭脳は、
政治から離れた趣味の世界で、遺憾なく発揮されていたのです。
その姿は、かつて崩壊寸前の国家を背負い、
冷徹な計算で政治の最前線を駆け抜けていた人物と 同一人物とは思えないほど、穏やかで自由なものに見えました。
しかし、その穏やかな日常の裏側で、吉信の胸の内には、
誰も伺い知ることのできない深い虚構の思いが隠されていました。
かつて自分の命令に従ってとば不死身の戦いで傷つき、命を落とした無数の部下たち。
自分を信じて戦い、敗者として苦しい新時代を生きることになった旧幕府側の志士たち。
彼らの無念や痛みを誰よりも理解していたからこそ、
吉信は静岡にいる間、政治に関する一切の発言を固く封印し続けました。
自分の選択は正しかったのか、あの時大阪城を脱出したのは本当に仕方のないことだったのか、
過去の出来事について問われても彼は言い訳一つ口にすることなく、ただ静かに微笑むだけでした。
連盟をすれば、また誰かが傷つき、新しい時代の平和が乱れてしまう。
全てを自分一人の胸の中に収め、沈黙を守り通すことこそが、
最後の将軍として自分が果たすべき唯一の責務であると心に決めていたのです。
そんな吉信の元には、かつて彼と共に幕末の激動を駆け抜けた葛藩衆や、
徳川の新しい党首となった家里たちがたびたび訪ねてきました。
吉信は彼らを温かく迎え入れ、昔の苦労話を笑い飛ばしながら、
静かな時間を共に過ごしました。
時代の敗者として歴史の陰に隠れながらも、決して惨めさを感じさせず、
気高く美しい日常を紡ぎ続ける吉信。
明治という新時代が急速に西洋化を進め、激しく移り変わっていく中で、
静岡の静かな屋敷に立つ彼の姿は、
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消え去ろうとする古い武士の時代のプライドと尊厳を、静かに放ち続けていたのです。
静岡での静かな陰頓生活が30年という長い年月を数えた頃、
時代の風向きは再び大きく変わり始めました。
明治という新時代が定着し、日本が近代国家として歩みを確かなものにするにつれ、
かつて国の破滅を防ぐために全てを投げ打った吉信の真の功績が、
正当に評価されるようになってきたのです。
明治31年、吉信はついに東京へと京を移すことになりました。
そして明治35年には、明治天皇から最高位の爵位である皇爵を授けられ、
徳川の分家として新しく家を起こすことが許されたのです。
さらに吉信は皇居へと招かれ、明治天皇と直接お会いする機会を得ました。
かつて朝廷の敵として追い詰められ、命さえ危ぶまれたあの男が、
最高の貧脚として温かく迎え入れられた瞬間でした。
かつて自分を罪人扱いした新政府のリーダーたちも、今では全員が年老いていました。
吉信は、最後を高森や勝海州といった、
あの激動の時代をともに駆け抜けた戦友たちの死を見送りながら、
誰よりも長く生き続けることになりました。
皇爵となった後も吉信が誇りを鼻にかけたり、
過去の政治に口を出したりすることは一切ありませんでした。
彼は相変わらず大好きな写真撮影を楽しみ、
家族や孫たちに囲まれながら、穏やかで心豊かな晩年を過ごしました。
自分のせいで泥をかぶった全ての人々の思いを胸に抱きながら、
それでも前を向いて生き抜く。
それこそが徳川家康から始まった江戸幕府という
巨大な歴史の幕を引いた男の最後の上品な意地でした。
こうしてかつて天才と謳われ、日本の運命をその肩に背った最後の将軍は、
明治を過ぎ大正の時代まで生き抜き、
76歳という長い生涯を静かに閉じることになります。
しかし、彼がその最後を迎えるまでに見届けた、
新しく生まれ変わった日本の姿と徳川の誇りの物語、
その感動のフィナーレはまた次のお話、
今夜のお話はこれでおしまいです。
全てを失っても自分らしさを失わず、
新しい時代を誇り高く生き抜いた吉信のしなやかな強さに包まれながら、
今夜はどうか全ての重荷を下ろして、
暖かい布団の中で深く心地よい眠りについてくださいね。
それではおやすみなさい。
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