心のアップデート
おうちがいちばんのちえです。
めっちゃ久しぶりの小屋日記なんですけど、
やっぱり定期的に喋るのっていいなと思ったんで、今撮っているんですね。
そして、なんか結構いろいろ状況が変わって、
日常のバランスもまだまだ整えつつって感じなんですけど、
思ったこととか、気づいたこととか、やっぱり撮ってた方がいいよなぁみたいな感じで、急にスイッチが入ったので、今撮っています。
いつも私、小屋日記のタイトルとか、後で決めるんですけど、
今日はタイトルから、タイトルからというか、こういうことを話したいってなって、
タイトルが先に浮かんだんで、タイトルをもう決めてるんですね。
そのタイトルは結構、心が結構というか、すいません、心はヘビー級、ヘビー級?重量級っていう感じのタイトルにしようとしてて、
これなんでこのタイトルにしようかなって思ったら、
私ね、もともと、なんやろな、昭和生まれなんで、ちょっと昭和気質、ちょっとじゃないな、結構な昭和気質の持ち主で、
ことあるごとに、自分の考えって古いっていうか、相手に古い、どうやろな、旦那に対してとか、家族に対してとかは結構古い考えがあったり、
それだけじゃないな、やっぱり周りに対しても、仕事に対してもかな、結構古い昭和的な考えを持っているんやなって思うことがめちゃくちゃ多いんですね。
で、それって多分悪いことではないと思うんですけど、でもやっぱりこの世の中が変化している中、表面上というか、表面的には受け入れたいっていう気持ちがめちゃくちゃ大きくて、
でもやっぱり自分の奥の奥まで浸透しないっていうか、表面で思っているだけっていうことって多いかなって自分でも思ってて、
例えばレディナスと何か失敗した時とか、それに伴い改める時の態度とか、やっぱり反省の色とかを出した方がいいから新卒で初めて働いたところで申し訳ありませんでしたみたいな感じで、
お客様に対して言う、これをお客様相手にしてたので、そういうふうに教えてもらった、教育してもらったから、そういう自分の中で当たり前としていることがすごく根付いてるんですね。
いいことでもあるんですよ、丁寧やし、いいように言うと丁寧か、でも今の時代って若干、若干じゃないな、やっぱり変わってきてるんですよね。
それは自分で体感としてめちゃくちゃ感じてて、そういうふうに自分が20代30代働いてきた時は良かったけど、あれ、なんかちょっとずれてるなみたいな感じで、また再度働きに出だしてめちゃくちゃ感じてるんですよね。
軽やかな生き方
なのでそこら辺をアップデートしたいなって思うんですけど、なんかこう重く受け止めがち、重く受け止めて、そういうふうに長らく働いてきたから、そっからちょっと気分をちょっと軽やかに、
なんていうんだろう、そういうふうにしていこうっていうのがなかなか難しいなって最近思い始めていますね。
プライベートでもそうやし、仕事でもそうやし、基本結構私本当にクソ真面目な性格なんで、真面目に考えちゃう。できないと自分ってできないなって思っちゃうみたいな感じで、落ち込むと本当に人よりも多分すごく落ち込んでるんやと思うんですね。
落ち込むと何するかって言ったら本当に自分のことをたぶん気づかないうちにめちゃくちゃ責めていて、で、責めるからまたさらに落ち込んでみたいな感じで、なんかこういろいろ話したり残したりするようになってから考えることも増えたんで、
これじゃあかんなっていうところまで気づいてる、でも変えられないみたいなループの途中にいるんですよね。
で、子供、今子育てしながら子供に怒る、注意するって感じですね。注意すると、その時は反省するけど結構切り替えすごく早くって、え、待って、こっちまだ許せてないけどみたいなことがすごく多くて、
なんかそれって反省をもっと表したほうがいいんじゃないかっていうふうに私はずっと思ってたタイプなんですけど、よくよく考えてみたら、そうやって切り替えがどんどんどんどん早いほうが、
仕事とか生活においても効率いいし、気分軽く生きられる方法なんじゃないかなみたいな感じで、思い出しています。思い出していますっていうか、気づいてたけど、さらに体感しているっていう感じですね。
本当にそれこそ、例えば反省しているとか、ごめんなさいっていう相手に謝るメッセージとかに絵文字があるのってどうなんやろうみたいな、絵文字があると反省してるって思われるみたいな感じで思ったりとかね。
自分がもしそういうふうにしないといけない時に考える時とかそういうふうに思っちゃうんですけど、全然今って言ったらあれかもしれないんですけど、今職場にいて何かミスしてしまったっていうやり取りとか見てても全然絵文字とかもあるし、結構ライトな感じでやり取りを交わされてるんですよね。
自分が送る時ってどうなんやろうって考えたら、もう申し訳ありませんでしたみたいな感じで、もう以後気をつけますとかね、なんかそんな感じで送っちゃってるなーっていうのを思ったんですよね。
まあそれもいいかなと思うんですけど、何やろう、そんな絵文字とかでライトに交わしてる中に一人申し訳ありませんでしたみたいなのも不自然やし、まあどっちで降りたいかって言ったら、軽い人にはなりたくないんですけど、何やろうな。
失敗は認めて、その失敗を次に生かしていこう、頑張ろうみたいな感じの方が多分上手くいきますよね、物事。
どちらかというとそっちのタイプではないから、申し訳ありませんでしたにすごく引っ張られつつ、引きずり込まれるみたいな感じですね。
だから言葉から変えたり、言葉が変えられなかったとしても、謝罪の絵文字みたいな、謝罪の絵文字に汗汗みたいな感じを使おうかなぐらいのところから変えていけたらなっていうふうに、
最近思い始めてるというか、深くそれを痛感しているっていう感じになってます。
だから、今年はいろいろあったんですけど、来年は、来年の感じは、私、軽量化の軽にしようかなって考えておりますね。
それはさっきしゃべったような内容で、もう少し自分の気分を軽くというか、重く受け止める、重く受け止めなければならないことは重く受け止めたほうがいいのかな。
でも、それから早く脱出するというか、そのためにも、ちょっと軽めに、ライトに捉えて、ライトに次に行くみたいな感じに切り替えていきたいなっていうふうに思いました。
今日は久々に録音ボタンを押して撮ってます。
もしここまで聞いてくれた方がいらっしゃったらありがとうございます。おうちがいちばんのちーでした。またねー。