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第2回 口3つ、シンパシー【ゲスト:東山正希さん 後編】
2026-10-17 30:13

第2回 口3つ、シンパシー【ゲスト:東山正希さん 後編】

JICA海外協力隊〜復興庁岩手復興局〜山梨県職員などの経歴を経て現在は山梨県のワイナリーに勤務。

ギターでの弾き語りの音楽活動も時々している東山正希さん。


後編では子供の頃の話、自身の振り返りなど話をする中で今、聞きたい曲とは!??


12、3年/子供の頃/ 手品/人と違う選択をとる/天の邪鬼/王道/勝ち負け/なかったルールを勝手に作る/コナン/シュート/あした天気になあれ/真似てみる/自分たちで遊びを作ろう的な/指がとれちゃいました/ラジオ体操の後/道具を作りたい/みんなが考えない事を考える/口3つ/話芸/マジックじゃない/見えてない世界/居酒屋の隣の席ぐらいの人/くすっとした笑い/新しい事をはじめたい/活動再開/1人でベース弾くのか?/シンパシー/兄弟4人だけでライブを見に行った/バンド/兄/年離れすぎて/遊んだことはない/世代がズレていく/誰かの役にたちたい/地元/盆踊り/フザケている



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サマリー

東山正希さんが、子どもの頃に手品やサッカー漫画、ゴルフ漫画に影響を受け、既存の遊びに自分なりの工夫を加えていた経験を振り返る。人と違う選択や、決められていないルールを自分で作る性格は、手品の道具作りや「口三つ」という話芸へのこだわり、弾き語りで歌より話が長くなる傾向にもつながっている。新しい仕事を始めた時期に、山梨県出身のレミオロメンが約14年ぶりに活動を再開し、新曲「さあ始めよう」を聴いたことで、自分も新しいことを始めようと思い、かつてのバンド仲間に連絡した。レミオロメンは15歳頃にギターを始めるきっかけになったほか、高校時代に4人兄弟だけでライブへ行った思い出とも結びついている。9歳上の兄から音楽や漫画などの影響を受けた一方、世代のずれが人と違う方向へ進む性格を形作った可能性も語られた。今後は場所や人に縛られず誰かの役に立つことを軸に、山梨の地元へ貢献したいと考えている。番組の最後には、複数人での演奏や新たなバンド活動、再共演への期待も話された。

子ども時代の手品と人と違う選択
はい、オトマトペンペン舎始まりました。雷来です。前回からの続き、ゲストは東山正希さんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。東山正希です。
前編でもしていただきましたけども、簡単に自己紹介をお願いします。
改めてすみません。東山正希です。山梨県におりまして、日頃は会社員をしております。
趣味で、細々と曲を作ったり、弾き語りをしたりというようなところで、雷さんとはご縁があったというところで、今日はご紹介をいただいております。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。正希くんは確認したら、おそらく知り合っておそらく2、3年ぐらい。
そんなに経ちます?
そうですね。
たぶんなんだかんだで、時々ですけどね、会う機会があるという感じでやってる感じですよね。
そうか。
いろいろお互い生活が変わった部分。
はい、変わった部分もありますし。
共通の、友人とか知人も変わった部分もあったりとか。
そうですね。でもこんだけ続いてるのはすごく嬉しいです。
そうですね。またちょっとね、集まれたらいいですよね。
よろしくお願いします。
後編は、昔の話とかを個人的には聞いてみたいと思います。そういうのとか聞いても大丈夫ですか?
大丈夫ですよ。
大丈夫ですか。昔といっても、さっき中学生の話ちょっと聞けたんで、さらにちょっと遡って。
ちょっと喋りたくない方より喋んなくてもいいですけど。
子供の頃とかですね、さらに小学生とか幼稚園とか、そのぐらいの時の正希くんってどんな子供だったんですか?
どうなんですかね。でもいろんな意味で波というか、
引い出たものが自分にあるっていう感じでもなかったなというのはありましたが、
スポーツはサッカーをやったりとか。
サッカーやってたんですね。
してましたね。あとは水泳とかちょっとやってたりしたみたいなところで。
運動神経も波というかだったしっていうところはあるんですけど、
どうも特徴とすると、
何かで、あるものでナンバーワンを取りに行くみたいな性格ではなかったというか、
そういう価値規のある人ではなかったなっていうのはありつつ、
小1ぐらいのときに手品に出会ったんですよね。
手品の話が。
はい。
手品に出会ったんですか。
ここで手品を幼馴染に見せて、
最終的には幼馴染は手品に関わるような仕事もしだしたっていうぐらい。
そうなんですか。そういう幼馴染の方がいるんだ。
そうですね。人から外れるっていうか、
人と違う選択を取るみたいなところが結構私のキャラクターだったのかなって気はしてません。
なんかでも、朝木くんの個人的な印象としては、
人と違う選択、いわゆる天の蛇的なイメージはなくて、
むしろ、逆に子供の頃ちょっと天の蛇な部分が自覚して。
今もっていうとあれですけど、ずっとそんな感じが個人としては。
そうなんですか。
人が多数こっちを取ってるんだったら自分はこっちを取りに行くみたいなのは、
昔から天の蛇的なところがあって、
ある種の思春期だったのかもしれないですけど、
今もそういうことは続いてる気がしますね。
あんまり王道を取りに行こうっていう感じはないというか。
勝ち負けとかは別に気にしないんですけど、当時はたぶんそういうのあったんでしょうね。
どちらかというと、例えば長距離走があったとして、
早く決められた距離を走るってことは無理だったとしても、
距離数を走るみたいなところが、
なかったルールを勝手に自分で作って、
たぶんそういう勝ち気というか、そういうのはあったというか。
幼稚園、小学校もたぶんそんな感じだったのかなって気がしますね。
当然サッカーとかはやってる人も多かったけれど、
手品とか一つ取ってもそうかなっていうのもあるし、
例えば漫画とかでも、
トナンとか、世代的なものも好きでしたけど、
うちの兄が持ってたシュートっていうサッカー漫画とか、
ゴルフの明日天気になれっていうものとか、
ちょっと世代にそぐわないような。
そういうのを徹底的に見て、真似てみたりとか、
家の庭に穴を掘って缶詰めの缶を埋めて、
ゴルフの真似事をしてみたりとか、
自分で創作するのが好きな子だった気がします。
すごいクリエイティブですね、ある意味。
与えられたものでやるんじゃなくて、
それもありつつ、それを使って自分で新しいこと、
ちょっとしたことをプラスするというか。
その意味においては、結構周りの友達も同じような感じで、
あんまり地元に公園とかがあったりするわけじゃなかったし、
娯楽の施設があるわけではないので、
自分たちで遊びを作ろう的なことをよくしていたなって気がします。
手品から話芸へつながる「口三つ」
けじなは、どういった流れで急に知ってはまった感じだったんですか?
結構兄とかが急離れて上にいるので、
その影響が大きかったですね。
その部屋にあったマジックの本とか、
指がちょっと取れちゃいましたみたいな。
指の消失マジックみたいなのを見せてもらったりとかして、
そんなことがきっかけで部屋の本を見たときに、
よくカードを真ん中に入れて一番上に上がってくるみたいな。
ありますね。
ありますよね。
いまだに仕組みがよくわかってないですよね。
あれを小学校1、2年生ぐらいのラジオ体操の後ぐらいに、
友達と最後残って遊んでるときぐらいに見せたんですよね。
披露したの?
それが意外と中学生ぐらいまでずっと続いて、
自分はどちらかというと手先がすごく器用な方ではなかったので、
マジックの種とか道具を作りたいっていう方向に、
中学生ぐらいから気持ちが進むというか。
そういう方向にも。
どちらかというとそういう感じでしたね。
そういう夢があったりとかはしました。
違う方向にどんどん行きましたね、そう考えると。
そうですね。
あんまりみんなが考えない方向を考えることが好きだと。
でもすごく新しいアイディアとか、
他の人が思いつかないようなこととか出てきたら、
それは面白いんじゃないですかね。
そうですね。
後に手品って手一つ口三つって言って、
口の方が3倍大事だみたいなことが、
そんな話を聞いたりして。
それはどういう意味なんですか。
手品って手が一つで、品は口三つで書くじゃないですかね。
要は話、手先の器用さよりも和術というか、
和芸の方が3倍くらい大事だみたいなことを聞いてから、
妙にこだわりを持ってマジックじゃなくて手品って言ったりして。
そんなことをね。
言い方のこだわりが。
マジックじゃないんだよと。
マジックじゃないんだぞと、手品なんだぞと。
マジック違うから違うからみたいな。
確かにそれぐらいマジックって視線を反らしたりとか、
いろんな手先、見えてるもの以外の部分、
見えてないところの世界観っていうのが非常に大事だったりっていうのもあって。
それはすごく腑に落ちたっていうかですね。
だから聴き語りとかライブやっても、どちらかというと話の方が長くなってしまうときが結構あったんですよね。
歌よりも口三つみたいな話になっちゃって。
話が好きだと。
でも手品の今の口三つの話を聞いて、
和芸が大切っていうことをその時からもなんとなく思ってたっていう話は、
さっき聞いてた、前編で話しましたけど、
落語とか、前編であげた、
さだまささんとか、
そういうことにすごく興味がいくのは、そこはすごい共通ですよね、話聞いてると。
そうですね。よくよく振り返ってみると、今話をしてみてもそうだなと思いましたね。
話すこと?
大げさなアクションっていうのが得意ではなかったので、
そういうことよりは、例えば居酒屋に座ってて飲んでて、
自分の小言が隣の席ぐらいに、ちょっとクスッとした笑いを取れるみたいなことが理想みたいな感じですかね。
クスッとした笑いが理想?
そうなんですよね。さっき前編で話をしましたけど、大笑いみたいなものは取れないし、
取るつもりもないような感じなんですよね。
どちらかというとクスッみたいな、ちょっとした誰かに届くといいなみたいなのが結構ありますかね、根底として。
すごい、そんなことも最初の段階から考えたんですね。
いや考えたわけじゃないですけどね。本当に今だから言語ができるっていうのは本当に共通してるなと思います。
なんかそうですね、今手品の話とか聞いてて、そこがすごい今繋がってるなーってことをすごく話の流れで感じましたね。
あくまで意識の話ですけど、できてるかどうかは別として。
いやいやいやいやいや。まさきくんだいぶできてるんじゃないですか。
いやいやいやいや。
しゃべりがやっぱもう、すごい饒舌ですよね。
そうだといいなと思いながら。
レミオロメンの新曲と再始動への共感
じゃあまさきくんここで、一応番組的に。
まさきくんが今しゃべってて、敵対局一緒に2人で聞きましょうかみたいな流れなんですけど。
ありがとうございます。
そうですね。繋がりがあるわけではないんですけど、さっきの前編でもちょっと話を触れましたけど、
昨年末ぐらいに前の仕事を辞めて、今今年から新しい仕事をしているという状況なんですよね。
そういった意味で言うと、最後の告知の前振りみたいになっちゃうと、告知でもないというかPRしたいことにもなっちゃうんですけど、
新しいことを始めなきゃなみたいな、始めたいなみたいなことは気持ちとしてあって。
実は私、レミオロメンっていう山梨県出身のバンドが好きなんですけど。
同居ですね。
そうですね。今、それこそ中でもその方たちの地元に近いところに住んでるってとこもあって、勝手に今感じてるという部分があるんですけど、
そういう意味で言うと、最近14年ぶりぐらいにレミオロメンが活動再開かなりまして、
新曲が始めようっていう曲があるんですけど、この曲が自分にまた新しい、始めてみようっていうことを思わせてくれた曲でもあって、
今話をしている中で聴いてみたいなというふうに思ったんですけど。
自分もまだ聴いたことがないので。
そうですね、たぶんあんまり最近新曲なので。
ちょっと聴いてみましょうか。
よろしくお願いします。
レミオロメンでさあ始めよう、2人で聴きました。
すごく久しぶりにレミオロメンを正直聴いたんですけど。
そうですよね。
そんなすごい詳しいわけではないんですけど、有名な曲とかは一応知ってて。
何年ぶりでしたっけ?
14年ぶりぐらいだと思いますね。
変わんないですね、感じが。
そうですね。
ただ今聴いてもらった感じ、歌い出しの始まりが歌で始まるというか、歌詞がついてるという状況の曲って、今までレミオロメンなかったなっていうふうに思ってて。
そうなんですか。
細かいところを見ると普段と違うなって感じもする一方で、レミオロメンだなっていうふうな感じもするというか。
このバンドは音楽を始めたきっかけでもあるんですよね。
そうなんですか。
このベースの前田さんのベース音とか聞いて、ベースを実は最初やりたくて楽器屋さんに行ったっていう思い出があったんですが、
父親に一人でベース弾くのかみたいなことを言われた中で、それでギターを急遽買うことにして、
お年玉で15歳ぐらいの時にギターを買ったなっていう、そんな思い出もありつつ。
兄弟の思い出と音楽活動の再開
あと、自分自身も大学生の時にバンドをやっていたんですけど、ちょうど自分たちがバンドを卒業間近で辞めるってなった時期と、レミオロメンが活動休止になった時期も近かったりとかして。
何かしらシンパシーを感じる部分が。
そう、勝手にシンパシーをつけてる感もあるんですけど。
あと、高校生の時に、私4人兄弟なんですけど、兄弟だけでお出かけするみたいなことってなかったんですけど、
兄弟の誰かと一緒とかあるかもしれないんですけど、4人揃ってっていうことがなかった中で、高校生の時に初めてレミオロメンのライブに4人だけで行くっていう。
へー、すごいですね。なかなかないですね、兄弟だけで。
そういう特別な時期と、このレミオロメンっていう好きなバンドがいつも重なっているっていう。
こんな感じがあったなっていうふうに思ってですね。
それはもう、シンパシー感じちゃいますよね。
勝手に感じている中で、先日レミオロメンの活動再開か、その初っ端のツアーの最終日に山梨でライブをやったんですけど、そこに当たって行ってきました。
山梨が最終日なんですね。
そうなんです。最終日、ラスト2daysが山梨県という、ならではの。
これは絶対いろんな気持ちが入っているライブでしょうね。
そうですね。地元のことを意識してくれるバンドっていうのもあったので、そういうことで最後2days、特別に2日間という形で撮ってくれたっていうのはあるでしょう。
本人たちの知り合いとかもたくさんいるでしょうから。
どうだったんですか、それで。まさき君的にはもう。
感動しましたね。感動したっていうのと、もうやんないと思ってたっていうのも正直ありますよね、ファンとしてはね。
だけどこういうタイミングで始まって、自分もまた仕事を変えたりとか、そういう中でまた何か始めてみようっていう風な曲名とか、
先ほど流してもらった曲とかとリンクするものもあって、自分も始めてみようかなと思って。
さっそく前のバンドのベースに連絡しちゃいました。
シンパシー、漢字まぐりですね。
そうですね。バンドやってみたいなっていうのはすごい。
言ってますよね、最近。この間会ったときもまさき君はそんな話を言ってますけどね。
今一人でやってるのも、とてもいろんなご縁があって。
一人でやらなければ出会えなかった人たちがたくさんいなかった中で、何人かで一緒に演奏するっていうことの楽しみの方が自分には合ってるのかなって思うのも率直にはあるんですよね。
合奏ですね。はいはいはい。
なるほどなるほど。
いまレミオ・ロメンの話、いろいろ兄弟の話とか、久しぶりとか。
シンパシーエピソードがむっちゃあるんだなって。
シンパシーエピソードはすみません、語っちゃいましたけど。
すごいですね、4人兄弟だけでライブに行くなんて話って、なかなか他の人とかでもない話なんじゃないかな。
そうですね。今思えば、前世紀というか当時の活動の一番人気絶頂、これからまた人気になっていくんでしょうけど、活動してる中で、すごいいい時期に、よく4枚もまずチケットが当たったなっていうのと。
そうですよね。
しかも隣り合わせで見させてもらったんで。
周りのご兄弟は、当時レミオ・ロメンに対しての熱量とかはどんな感じだったんですか。
兄弟は基本的にみんな好きで。
じゃあバッチリですね。
だからこそなんですよね。
ただ入りのタイミングっていうのは、たぶん若干兄弟によって違うのかもしれないんですけど、
まさに粉雪とか、ドラマで取材会になった時ぐらいに私とかは聞き始めたっていうのもあるんですけど、
兄とかはどちらかというと、本人たちは世代が近いほうで、
ちょっと前に南風とかメジャーデビューしたぐらいの時の曲らへんからもしかして知ってたのかもしれないですけど。
お兄さん、やっぱり早いですね。
まさき君にいろいろ与えてる部分もあるし。
本人とは別にそんな話は一切しないんですけど。
影響を与えてもらった部分というか、そこはすごい大きくて。
今日たぶん話をする中でたくさん兄が出てきたんですけど。
お兄さん出てきてますね。
それぐらい本人的には感謝をしてるっていうか。
でも遊んだことはないんですけどね。
年離れすぎて。
あれいくつ離れてるんですかね。
9離れてるんで。
兄弟喧嘩とかもないですしね。
そうなんですか。
小学校の時にはもう大学生ぐらい。
そこから何かお兄さんの興味のあることを摂取するとなると、やっぱりちょっと違うあれですね。
他とは違う。
子供たちの中では。
世代がずれていく感じが逆に、甘の弱な性格を作ったかもしれないですね。
お兄さんがあるかもしれないですね。
山梨への貢献とこれからの共演
番組も結構後半になってまして。
これからとか、最近のこととか考えてることとかあるんですか。
そうですね。
もともと海外に行ったのもそうですけど、
場所とか人とか、
縛られず誰かの役に立ちたいっていうのが根底にあったんでしょうね。
そういう人間で、その中で別に国が違ってもとか、
そういう意味で海外に行ったっていうのは結構大きかったので、
結局その起点は山梨の、もっと言えば、
今は地元じゃないところに住んだりとか働いたりはしてますけど、
昨日まさしく、ちょうど地元の方に帰ってきて、
6年ぶり、コロナで泊まってたボモドリが6年ぶりに会って、
ほんとちっちゃい地区のあれですけど、
そういうのを見てきたんですけど、
地元の方により貢献できる1年にしたいなみたいなのがありますね。
いいですね。
地元、そこにやっぱりレミオロメンバーいますし。
レミオロメンバーね。
そうですね。そういう感じなんですね。
そうなんですよね。
なるほど、なるほど。
一通りまさしくしゃべって、
いろいろ足りない部分があったかもしれないですけど。
いやいやいや、すみません。私も話し下手で恐縮ですけど。
いやいやいや、そんなことはないですよ。
話し始めればね、あっという間ですし、もっと話したいこともたくさんあるんですけど。
そうですね。まさしくんは経歴がすごく興味深いので、
ほんとその辺の話とか聞いたら、番組何分なんでしょうね、ものすごい長さになるかもしれないですよ。
順を追って確認してたら。
動きはないんですけどね、バラエティーというか。
いやーすごいですよ。海外とかね、すごく興味深いですけどね。
どうですか、感想をちょっと伺おうかなと思うんですけど。
感想ですね。本当に一言で言えば。
大丈夫でしたかね。
ライさんとこうやってテーマ性を持ってとか、雑談っていうのも、出会って12年ぐらいですけど、
いつも終わった後の打ち上げとかも話もありますけど、2人でこうやって話すってないかったじゃないですか。
そうなんですよね。
そうですよね。絶対誰か、いつも対番じゃないけど一緒にやる演者さんがいるっていう状況だったりするので、
こうやって2人で話せたのは、ずっと話したかったんですけどね、機会がなかなかなくて。
すごく楽しみにしてたし、今日話せてすごく良かったなって率直に思います。
こちらこそ。そうなんですよね、結構自分も。
これやると話ができる。2人で話すことによって聞けなかった話とか聞けるきっかけになるので。
それはちょっと長く続くかはわからないですけど。
でもね、いつものライブ後の話だとこういう話にはたぶんならないじゃないですかね。
いつもライさんと席が近いことが多いようなイメージがあって、話はするんだと思うんですけど、
どちらかというと話を聞く、話すみたいなバランスが、割合はどうしても大勢になると少なくなっちゃうんで。
あとはたぶんふざけてると思います。
大体そうですね。私もそうです。
そんな真面目にちゃんと話ができたのはすごく良かったです。
いやいやいや、こちらこそ。
山梨ですけど、また行けたら行った時はお会いしてください。
ぜひこちらも都内に行った時とか、ぜひよろしくお願いいたします。
ご飯行きましょう。
お願いします。
あとさっき話してたバンドでもしライブとか東京であれば。
よろしくお願いします。
もし時間があれば行かせていただければ。
ぜひ逆に弾いてください。一緒にやってください。
参加する場なんですか。
曲はちょっと作らせてもらったりとかして。
うまく伝える。基本的に楽譜とか作れないので。
ぜひ一緒にやってもらえるとありがたいなと思いました。
ぜひぜひそれは誘ってください。タイミングがあれば全然大丈夫でございます。
お願いします。
ありがとうございました。またちょっと。
また機会があったら出てください。
ぜひお願いします。何回でも。
なんかね、定期的にその時が経ってなんかやるのもちょっと面白いなって考えてるので。
話すネタはまだまだあるかなって気がする。
ありそうです。
口から生まれたような人間で申し訳ないですけど。
口三つ。
口三つでやってますんで。
マジックではないと手品が正解なんですね。
すいません。
ありがとうございました。
どうもありがとうございました。
失礼します。
30:13

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