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番外編ということで、今日は、「大人の近代史」なんですけれども、いつもの回とは違ってですね、今日はですね、実は長まろと私、おが太郎で日野に行ってきたんですよね。
日野のですね、ひじかた都市蔵資料館にまずね、行ったんですよ。どうでしたかね、長まろ。
いやー、遠かったね、まず。日野市だからね。
日野市ね、東京駅とか、東京からでも結構離れてるからね。
でもなんか、東京都だけどさ、なんかやっぱり東京都っぽくなくて、すごい自然も多くてさ、でも住宅地も結構あってっていう感じの場所だからさ、つぶにはすごいいいなーと思ったけど。
いいね、4月っていうのもあって、なんか季節的によかったね。
ね、なんか自然も多いしさ、なんかすごい良い街だなっていうのはちょっと感じた。
そうそう、で、このさ、ひじかた都市蔵資料館って、普通のさ、資料館と違うのがさ、本当にそのひじかた都市蔵のご子孫さんがやってるっていうとこなんですよね。
実際にいたからね。
実際にいるからね、それが多分普通はあんまりないよね。
あんま聞かないよね、そういうの。俺だからさ、これさ、今日行くっていう話になった時、え、子孫がやってんのすごいってやっぱ単純に思ったしね。
そうそう、まずは自分はその、これ今音声配信やってるけど、そのひじかためぐみさんって方が音声配信やってるんですよね、ボイシーで。
これで知って、ああ、こういう資料館本当にやってるんだみたいな、それでもう見に行っちゃったみたいなね。
ね、なんか全然資料館っていうさ、こう多分イメージというよりはなんか自宅の横に作っちゃいました感がすごいあったよね。
そうそう、だから家族で経営、なんかみんな受付とかやってるって言ってたね。
本当でもこじんまりしてたけどさ、すごいさ、置いてあるものは本当なんつーの、奥行きが深いというかさ、歴史をすごい感じるものだったりとかさ、すごい多かったよね。
人もさ、結構いて人気あったね。
よくあんなところに行って感じたけどね、あんな人いてって。
やっぱりさ、新鮮組っていろんなアニメとかさ、舞台とかミュージカルとかゲームとかあるから結構いろんな世代というか若い子も多かったですよね。
ね、なんか親子でさ、子供が小学生とかでも普通にいたしね。
なんか新鮮組ほど幅広い年代に愛されてるのってないんじゃないかなっていうね。
ほんとほんと老若男女ほんと問わずって感じだよね。
そうそう。で、今ちょっと掛け図を見ながら見てるんだけど、やってるのがひじかためぐみさんが館長なんですけど、これがひじかたとしぞう…
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あ、これ載って…あ、載ってた。
載ってるでしょ。
ひじかたとしぞうは6段なんですよね。
6段ってことは一番下なのかな、これたぶん。掛け図的に。
このひじかただとそうじゃない?たぶん。もっと下いるのかもしれないけど。
一応ね、6段までしか載ってないから。で、その3段の、えーとね、これきろくさんっていうのかな。
うん、きろくさんだね。
としぞうの、だからお兄さんですよね。の、きろくさんの子供?の子供の?
子供の?
子供の子供ぐらい?ちょっとわかんないけど。
子供の子供の子供の子供の子供だね。5個子供。
5個子供だね。
ひ、ひ、ひ、ひ、まあわかんない、じいちゃんとかが、あの要はひじかたとしぞうの兄弟ってことだよ。
そうだよね。いやでも本当にすごい、こうやって繋がりが今でもあるって、もう確かどんぐらいだったら150年以上前だから、結構前だもんね。
うん、ほんとそうだよ。
でこれね、ひじかたとしぞう資料館って、母親のようこさんから始めたんすよ。
あ、そうなんだ。母親からなんだ。
そう、母親がね、あのお父さんがもともとやりたいなとは言っていて、亡くなっちゃって、それをまあお母さんがじゃあって言って家を消してやって、その後めぐみさんが引き継いで今館長やってるっていうね。
だってお母さんはさ、あれでしょ、要は血縁は直系じゃないもんね。あの、とついでった人だからだよね。
あ、そうだよね。
実際この父は繋がってはないわけだよね、実際のところ。
うん、確かに。
だからまあめぐみさんはもちろん血縁者に完全になるけどさ。
うん。
なんかすごいね。
うん、すごい決意だよね。
ね、なかなかできないと思うけどね。
だから多分ね、やっぱ新選組自体も好きだったんじゃないのかな。
あ、まあだろうね。で、結婚した旦那が実は子孫ですとかってちょっとね、すごくない?
あ、でもね、なんかね、言ってたのが、ちょうどね、おもやってこのめぐみさんの代で、あの、ひじかたとしぞうが住んでた家に、このめぐみさんの代まで住んでたんですよ、一緒の家に。
同じ家に。でも老朽化さすがにしてきちゃって建て替えたんですよ。
で、建て替えるのにもう今までのがなくなっちゃうから、そこでなんか資料館を始めるっていうのにその後なったっつってたな。
ラジオで言ってた。
あ、めぐみさんが?
そうそう。で、まあ内容ね、ひじかた、あ、内容ってあれなのかな?あんまり言わないほうがいいのかな?
別にこんなもんありましたよぐらいの感じで言っちゃっていいんじゃない?
まあネットに載ってるからね。
まあネット見ろよって話になっちゃうからさ。
長室はその資料館の何が一番惹かれた?
ベターだけどさ、やっぱさ、泉の神金沙汰じゃない?
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ああ、刀の鞘だよね。
刀身じゃなくて、鞘っていうか刀身じゃない部分。刀身はね、ちょっと今月は展示してなかったからさ。
そう、今年は5月1日からなんだよね、刀身のほうは。
まあ別に刀身見ても俺あんまりこうわかんないからさ、刀のイメージがあるのはやっぱ外側じゃん。
まあね、人によるよね。
まあデザイン的にさ、こんな刀だったんだっていうのもわかったしさ、
なんか思ったのとちょっと違ったけどね、やっぱり。
自分はね、もうね、ひじかたとしぞうが書いた書物があったじゃん。
ああ、直筆のやつね。
そう、直筆の。あれ本当にさ、だから本当にいたんだっていうのを改めて思うよね。
なんで本当にって。
いやいや、なんか本当にこの時代生きてたんだなっていうのをさ。
なんかさ、やっぱ書にさ、歴史があるっていうかさ、すごいそれを見て感じ取れるよね。
確かにね、いやすごい。あとくさび肩びらもあったよね。
なんか穴開いてたしね、あれ池田屋の時に右肩を刺されてみたいな感じだったっけ?
なんかそんなの書いてあったけどね。
鏡置いてあってね、ちゃんと後ろ見えるように。
そう、でもなんであるんだろうと思っちゃったね。
でもあれなのか、何回か江戸で大使募集に戻ってるんですよね。
その時に持ってきたのかな?古くなったからとか言って。
完全に想像だけど。
わかんないけどね、なんか自分のもんだから一応送ったんじゃない?
送ったっていうか、持って帰ってあったっていうか。
あとあれね、石田三役ってひじかた家が代々やってた薬を売ってたっていうのがあったね。
石田三役のその包み箱みたいな。
もうあれだから、言ってる最中にも言ったけどさ、本当にゴールデンカムイの知識だからさ。
ゴールデンカムイにあれが出てくるんだ。
あのね、その薬売りをやってる時の姿みたいなのが出てくるんだけど、まさにあの箱なのよ、箱っていうか。
そうなんだ。
多分作者が取材とかでそういうのを見て、それをそのまんまやってるんじゃないかなっていうのは本当に思った。
あの薬箱に入ってるマークもあれひじかた家の当時のマークらしい。
あれも一緒だしさ。
そうなんだ。
だからなんか見てもさ、初めて見たって感じ今日しなかったからね。
あれこれなんか漫画で見たぞみたいな。
あとさ、新鮮組の袖ショーみたいなさ。
まことのやつね。
いや本当にあるんだって思って。
ね。
あれ本当にしてたんだって思って。まことっていうのがまたいいね。
渋いよね。
渋い。
あとさ、なんか外に置いてあった木刀。
あれすごいよね。木刀。
あれね、まあ多分あれはレプリカなんだろうけど、多分どうなんだろうな。
でもその大きさどこ多分一緒でしょ。
一緒にしてるね。
ヤバくないの言っちゃっていいのか分かんないけど、太さ。
太さ、重さね。
半端ないよね。
いやあれでさ、稽古してんだって思ってさ、ヤバいね。
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ね、木刀に手が持ってかれそうだった。普通に振ったら。
真剣じゃなくても木刀でも十分痛いしさ、下手したらね、これ殺せる効果あるよね。
殺せる、殺せる。頭打ったら死んじゃう。
ね、あるよね。
うん。
そうそう。で、めぐみさんはね、お土産コーナーのお会計してましたね。やってましたね。
家族系だからね。
普通にいるからびっくりですよね。
入ってた。あれね、写真で見た人じゃんみたいなさ、本当そんな感じだよね。
そうだね。自分はもうボイシーでずっと聞いてたから、いや本物、本物だみたいな。
まあ、小片郎ファンだからね。
いえいえ。
いじかたとしぞうじゃなくてめぐみさんのファンだよね。
いや、なんかあの、変に緊張してマジで。
ファンじゃんホントに。
そっか、そこでさ、あと屋丈っていうのが外にあったじゃん。
あーあったね。
あれがなんかとしぞうが武士になる決意を込めて植えたって言われてる。
ね。
いや俺もすごいね。
すごいよね。よく残ってるよねホントに。
ずっとだからあそこをさ、保ったというかね、管理してったんだろうね。
まあだろうね。
それでうちらは、ひじかたとしぞう狩猟館を後にして、そのまま歩いて日の軸本陣に行ったんですよね。
そうそう。結構歩いたね。
そう結構。でも行く人はどう行ったらいいんだろう。やっぱり歩いていくのも天気が良かったらいいね。
だからまあ普通だったらあれなんかな。やっぱり電車でさ、一駅行ってそっから歩くんかな。
うん、そうだね。ちょっと日の軸本陣っていうのがね、あそこの駅から行きにくいとこがあるんだよね。
行きにくいっていうか、まあちょっと住宅地に抜けてね、ちょっと大通り出てって感じだからね。
そうそう。で日の軸本陣はでも、もうなんか着いた時からかなりいい雰囲気だったね。
なんか本当に昔のさ、古民家じゃないけど、なんかすごい道場、でも道場感はなかったか。なんだろうね。
普通の家がちょっとでっかい、でっかくてさ、昔の本当和風の家って感じだよね。
うん、そうそうそう。えっとあれか、日の軸本陣っていうのは、としぞうさんのお父さんのお姉さんなのかな。
自分から見たらあれだよね、えっと、何て言えばいいんだっけ、義理の弟、お兄さんって感じなのかな。
お兄さんだよね、たぶん彦五郎さん。
あ、としぞうさんの?そうだね。なんか年齢的にも年齢だったね。
うん、だからたぶん義理のお兄さん。
ひじかたとしぞうの6なんだけど4女、だから4女だから、のぶさんって方が彦五郎と結婚して、
戸継いだ先ってことだよね。
まあ元々だからさ、自分の親の代からさ、そうやって戸継ぎ先になってるってことは、古くからあれなんじゃない、なんか付き合いがあったんじゃない。
佐藤家とね。
密な付き合いで。
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うん、でもなんか本当にこう落ち着いた感じで畳がバーって引いてあって、なんか外も石畳というか砂利がすごい重厚に引いてあって。
あれいいよね。
うん、和って感じ。
まあさすがに役所が管理してるだけあるあそこは。
そうそう、日野塾本陣は佐藤家っていうのかな、がもう手放して横浜、横浜市じゃねえや。
市っていうのは日野市がいいのかな、日野市が管理してるって言ってたね。
でもあれは本当に管理するべきだよね、あんだけいい家だし。
うん、あれだけの広さは個人でちょっと難しいよね。
やっぱそれなりにこう財産があった家っていうのはなんか見てわかるし。
うん、すごい綺麗にさ、庭とかもかなり手入れされてるね。
ね。
いやーすごかったわ。
いやーあそこは良かった、本当に。なんか本当一日中寝てても良かった、あそこで畳の上で。
そうそう、なんかこう資料がバーって置いてあるっていうわけじゃないんだけど、なんか建物を見ながらくっくりこう過ごすみたいなね。
ね。
いやーで、あのうちら、あの2人で17分間のビデオずっと見てたね、いちか最初から。
いや、あれのおかげで詳しくなったよ。
いや、あれはね、本当になんか新鮮組っていうのをパーっと17分間でね、わかるね。
ね、だからなんか初めましての人が言ってもさ、すごいあれ見たらわかった気にはなる。
なるね、あれは。いやーいいとこだわ、なんか季節がやっぱいい時がいいね、あそこ行くな。
あるわ、おすすめだね。
あれ寒い時行ったら多分やばかったんだよ、きっと。
確かに、あれ寒かったら結構寒いね。
そうそう、寒い時行ったらやばいんじゃないかな、おそらく。夏はまあなんか逆に寒いそうだけどさ、あんだけ屋根しっかりしててさ、日陰じゃん。
昔ってさ、こう全部繋がってるからさ、部屋がさ、風通し便利よね。
まあ本当に日本のさ、風土に合わせた家って感じだよ。
そう、今ああいう家ってもうないじゃん、ほとんど。
ないない。
いやーいいなと思って、ああいう家住みたいね。
なかなかね、まあ家の構造で言うとさ、軸組みでしょ、要は柱で作っていくっていう。
そうそうそう。
今ほら、面で作る2×4が主流だからさ。
うーん。
ないよ、まあないよって言ったら、開口部大きく取れねえからさ、やっぱさ、今の家ってああいうのないからね。
ちなみにこの日野宿本陣で、なんか新選組は近藤勲とかも来て、外の日野宿本陣の今駐車場になっているところで稽古してたって言ってたね、道場があって。
そこが道場って言ってたもんね。
ねえ、あれ聞かないとわからなかったね。
いやだってここは違うんだぐらいな感じだったからね、まあ違うんだはないか、あんだけ行き口に隣接してたし。
まあ道場の面影はもうないんだよね。
ないってことはだって駐車場だもん。
駐車場になってるからね。
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そうそうそう、いやでもあそこでさ、県の腕を磨いてさ、どんで新選組がね、あんだけ強い結果というかね、まあ世に残ってるからね。
やっぱこう歴史に名を刻んだっていうところの、なんていうの、もうここが発祥の地みたいなところだったわけじゃん。
そうだね、日野って結構新選組の大使が多いから、町あげてやっぱ結構人気な町だったね、日野自体が新選組をしてたね。
いやだってやっぱさ、まあ本当にひじかた都市蔵の出生地っていうだけでもさ、すごいバリューあるのに他にもいるわけじゃん、新選組でさ、そこで活躍したっていう人たちが。
ね、そう、井上玄三郎にしても。
ね、近藤勲さんみたいな、そうそう、有名じゃん。
そうそう、であの、今日長丸と集まる前に私は時間があったんで、高畑不動村も行ったんです。
ちょっとその話聞きたいな。
そうそう、高畑不動村って高畑不動駅にあって、駅からすぐなんだけど、ここはね、あのね、ぜひね、行ったほうがいいかもしれない。
なんだろうな、季節がなんか過ごしやすいときのほうがいいのかな、たぶん冬もまたいいとは言ってたんだけど、もうね、降りた瞬間にね、なんかね、世界が結構違う、昔の感じ。
で、この高畑不動村って、自体が平安時代にできた建物なの。
あ、そうなんだ。
だからすごい歴史があるって、もう見てわかるっていうか。
でね、これね、ラジオでめぐみさんがね、ぜひね、あの日野に来たら高畑不動村も行ったほうがいいですよ、みたいな、言われて行ったんだよね。
なんでかっていうと、まあ、あの、これ新鮮組のひじかたとしずおさんとも結構つながりがあって、小さい頃から結構ね、この高畑不動村で遊んでたりもしたんだって。
で、あの、実際ね、そのお祝いっていうのも、奥のね、高畑不動村って、中にいっぱい建物あるんだけど、一番奥の大日堂っていうところにお祝いがあったね、行ってきたんだけど。
そう、あとね、こんどういさみとか、あと、おきたそうじとかあったね、一緒に。
祀られてたというか。
そうそうそう、だから結構ゆかりがある。
でも高畑不動村入ってすぐ左のところにね、銅像も大きくひじかたとしずおのがあるくらい。
うん、なんかそんな感じでね。
いやー、平安時代ってすごくない?
すごいよね。
すごいすごい、不動明王とかね、なんか木のとかあって、なんかこの東京でもね、珍しいらしい平安時代にできたものが、こう今でもちゃんと残ってるのって。
あ、そうなんだ。
そうそうそう、これがね、高畑不動村。
でね、あとおまけに関田寺っていう、ひじかたとしずおのお墓、代々ひじかた家のお墓があるところも行ったんだよね。
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あー。
そう、関田寺はね、同じくひじかたとしずお資料館のわりと近くなんだけど、
そうそう、ちゃんとね写真とかもあって、ここですよってわかりやすいようになってて、
入ってすぐ右ぐらいにあったかな。
まあ入ってすぐ右だと全然想像つかないけど。
そうそうそう、最初ね奥行っちゃって、全然わかんなくて。
でもやっぱりね、見るとひじかた家いっぱいあるの。
えー。
だからね、あれ看板なかったらわからないね。
あー。
ひじかたとしずおにね、ずっとたどり着かないわ。
ははは。
まあ、そうそう、そんな感じで、日の音巡ったね今日は。
いやー、なんかほんとでもいい街だったよね。
またなんか初めの話になっちゃうけど。
いいね、ぜひね、なんか聞いていきたいなーみたいな思ったら、もうぜひ行ってみたらいいなと思いますね。
歴史あって、でも自然豊かで、でもそんなすごい田舎って感じでもないしさ。
そうだね。
ほどいい。
じゃあ今日はね、番外編ってことで、日のを中心としたね、新選組に関連するところをめぐっていったので、
もしね、これ聞いてくれた人、ちょっとね、行ってみたいなと思ったらぜひ、
コメントとか、私こんなところ実は知ってますとか、こんなところ行ってみたいなとかもあればくれたら嬉しいなーって励みになります。
本当そうです。
はい、じゃあ、
お願いします。
今日はありがとうございました。
ありがとうございました。