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スピーカー 1
参考の達人ならば、回答を公表してみよう。始まりました、「大人の近代史」よろしくお願いします。
スピーカー 2
よろしくお願いします。回答って言ってるから、数学の人?
スピーカー 1
そうそう、さすがだね。これね、吉田三吉っていう人が、人工記っていう書物に書いた言葉なんだけれども、ちょっと今日はね、
和算の歴史っていうのをやっていきたいなと思います。
スピーカー 2
おー、楽しみですね。
スピーカー 1
ちなみに、和算ってどんなもんか、なんとなくイメージつく?
スピーカー 2
いや、イメージつかないけど、ただでも江戸時代の数学は進んでたって聞くけどね。
スピーカー 1
そうそうそう、今日はちょっとその話をしたいなと思ってて、まず和算がなんだかわかんないと、ちょっとイメージつかないと思うんで、
ちょっと和算ってどんなものかっていうのを、ちょっと例題あげながらやっていきたいと思うんだけれども、
スピーカー 2
まずさ、いわゆる油分け算っていうのがあるんだよね。
問題としては、桶に油が10小入っている。これを7小マスと3小マスを使って、5小ずつに分けよう、みたいなその問題。
スピーカー 1
10小の油をさ、7小マスと3小マスだと5小にはできないじゃん。1回じゃん。
でもこれを何回か組み合わせることによって、5小ずつの油に分けるっていうような、そんな問題。
スピーカー 2
ああ、そうなんだ。
スピーカー 1
ちょっと頭使わないとできなそうなやつだよね。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
そう、他にも、これは名前知ってるかもしれない。盗人算。
スピーカー 2
知らない。
スピーカー 1
ちょっとこれも問題なんだけれども、数人の盗人が盗んできた布を山分けしようとしている。
1人7タンずつ分けると、6タン余っちゃう。で、8タンずつ分けた場合は、9タン今度は不足するんだよ。
で、それで盗人と単物の数はいくらかっていうような、そんな感じの問題。
スピーカー 2
へえ。
スピーカー 1
これってさ、なんか今さ、例えば、うちらってその、XとかYとかさ、なんかいわゆる方程式みたいなのを駆使するとさ、溶けるわけじゃん。
スピーカー 2
溶けるかな、俺。
スピーカー 1
溶ける、溶ける。あのね、たぶんね、中学1年生ぐらいで溶けると思う。ちょっとわからない。正確にはわかんないけど、それぐらいのレベル感なんだけれども。
ただ当時って、そういうXとかYとかっていうものはなかったから、まあもちろんそれに変わるものがあったんだけれども、そういった形で頭を使って解いていくっていうようなものだったわけよ。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
まああとは、円気の術って言って、まあ円気ってこれ、円ってあれね、丸のことね、なんだけれども、これ、円気って書いてコンハスって読むんだけど。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
コンハスって言うはコンパスね。
スピーカー 2
ああ、そういうことなんだ。
スピーカー 1
そうそう。だから、例えばね、その江戸時代でも当時図形をこう描く道具って今と同じなんだよ。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
今さ、円を描くならコンパスでしょ。で、線を引くなら定規でしょ。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
こういうものは江戸時代にももちろんあったのよ。だから結局、今と同じような作図法で円を描いたりとか三角形描いたりとか、まあそういうのをできてたってわけ。
スピーカー 2
ああ、そうなんだ。コンパスの針とかあったのかな?
スピーカー 1
針?針くらいあるでしょ。
スピーカー 2
ああ、あるか。
スピーカー 1
ああ、ていうか、あれだね、多分もうちょっとね、コンパスって言ってもね、もうちょっとなんかこう、ああ、江戸時代だなみたいな感じのコンパスだと思った方がいいかもしれない。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
そんな感じで、和算って言っても、今でもそういう謎々じゃないけど、そういうのが好きな人はやったことあるぞみたいな問題みたいなのが意外と多いんだよね。
スピーカー 2
はい。
スピーカー 1
で、ちょっと和算の次、歴史の部分に入っていきたいんだけれども、和算っていうのはまず、和算に行く前に日本におけるその数学の歴史みたいな部分に入るんだけれども、これ記録上の最も古い数学の資料っていうのは、実は奈良時代にはもうあったと言われるんだよね。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
この奈良時代っていうのは、いわゆる中国の唐、建唐史とかあるでしょ。あれで唐の制度を真似て、三博士っていうのを置いたんだよ。
うん。
その数学の教科書とかそういうのも唐からの書物を使っていた。
要は独自に国内で発展させたというよりは、隣の国、唐、中国の真似をしようっていうのでどんどんそういう学問を取り入れていった。そんな感じの学問だったわけです。当時の数学は。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
この数学っていうのは、じゃあ日本に入ってきて何かそこで独自の進化を遂げたかと実は全く変化がなかったと言われるんだよね。
スピーカー 2
はい。
スピーカー 1
ここからしばらくはもうこの数学っていうものが奈良時代から発展した形跡はなかったわけ。で、これなんだかんだ1000年近く発展しないのよ。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
で、その後日本っていうのは戦国時代とかまでいって、戦国時代が終わって平和になるよね。
スピーカー 2
はい。
スピーカー 1
江戸時代はすごい平和の、太平の世の中だったから、もうそういう戦争とかじゃなくて、いわゆる経済活動っていうのが重要になってくるのよ。
で、経済活動が重要になるっていうことは、まあ要は商売とかそういったことだよね。
だから、計算っていうものは単純に大事になってくるじゃん。
はい。
だから、ソロバン塾とかそういったところが結構繁盛するようになってくるのよ。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
ただ日本っていうのは鎖国政策をやっていたことによって、海外の情報っていうのがほとんど入ってこない、そういう状態になってたんだよね。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
だから、明治維新までの、要は鎖国をしている間の日本っていうのは、今まで手に入っていた、いわゆる数学の学問の情報が独自の進化を遂げるようになるわけ。ここから。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
それまでの時代っていうのは、そういう経済っていうのが大して重要じゃなかった。要は計算なんかよりも戦争で力が強い方が良かったわけよ。
でも江戸時代になって平和になったら、言い方悪いけど刀が強くたって役に立たないわけじゃん。
スピーカー 2
はい。
スピーカー 1
だから、そういう計算ができたりとか、商売に役立つこととか、いわゆる経済活動に役立つことの方が重宝されるようになってきた。
それが結果的に日本の数学、ここから始まるのがいわゆる和算って呼ばれるものなんだけど、和算が独自の進化を遂げることになったっていう歴史的な背景があるわけ。
かつ、当時の日本人って読み書きが結構できるのが当たり前。式辞率っていうのもものすごく高かったんだ江戸時代っていうのは。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
だから、そういう意味でも一般人に至るまで学問っていうのが浸透しやすいベースがあったわけよ。
だから、そういう和算っていうのも一般庶民に至るまで広がっていったっていうところもあるんだよね。
スピーカー 2
はい。
スピーカー 1
で、ここから人の名前も出てくるんだけど、まず一人目が毛利重吉っていう方がいるんだけれども、
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
この人は割算展開をキャッチコピーにして、自分で塾を開いて多くの塾生を集めていたんだよね。
で、1622年に割算の書っていう書物を書いたんだけれども、これが最も古い和算書の一つって呼ばれるんだよね。
スピーカー 2
そうなんだ。
スピーカー 1
で、この毛利重吉は日本数学の祖って呼ばれる一人にあえるんだけれども、そんな感じでそういう人もどんどん出てくるわけ。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
で、冒頭に喋った言葉を書いた吉田光雄なんだけれども、
この人は中国の数学書の三法闘争っていうものから数学を学んで、それを日本人向けに改良して、
1627年に冒頭で話した人工記っていう数学書を出版するのよ。
スピーカー 2
はい。
スピーカー 1
で、この人工記っていうのが、もう和算と言ったら人工記って言っていいぐらいの書物なのよ。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
で、この人工記の特徴なんだけれども、いわゆる教科書みたいな説明的な書き方をしているっていうよりはどちらかというと、
なんか読み物みたいな感じで書かれているのが特徴なんだよね。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
読み物っていうことは、要は一般庶民にちょっと溶け込みやすいような形で書かれた書物なのよ。
スピーカー 2
はい。
スピーカー 1
で、中身は、例えば九九の表だったりとか、ソロ版を使った計算方法であるとか、
あとはそういったソロ版とかを使って、それらを使いこなして、演習問題みたいなものがあったりとか、
そういった形で、人工記一冊あれば数学のお勉強というか、それあればもう全部勉強できちゃうよみたいな、そんなすごい超最強の書が生まれたのよ、ここで。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
だからさ、やっぱりそんだけいい書物だったらさ、ベストセラーになるわけよ。
めちゃめちゃ多くの人から指示されて、この人工記っていうのはベストセラーになって、さっきも言ったけれども、和算と言ったら人工記。
もう和算の基礎を築いたのは、この人工記なんだよね。
スピーカー 1
はい。
だから、かなりハイレベルなものを独自の、遊芸的とはいえ独自の進化で日本は和産として発展させてたってところなんだよね。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
で、和産の特徴の部分に入りたいんだけれども、和産の特徴って大きく分けると3つぐらいあるんだけれども、1つ目がまず偉大継承って呼ばれるもの。これはかなりすごい特徴だと思うんだけれども。
はい。
偉大継承って吉田三吉が書いた人工記っていうのは、さっきも言ったけど何回も改訂されたって言ったけれども、1641年の改訂版で刊末に回答をつけない問題を10人も載せたのよ。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
で、世の賛詞たちにこれを解いてみようと挑戦させたわけ。ちなみに冒頭の言葉はこれね。
はい。
要は自分の書いた本に答えを載せないで、よしみんな解いてみろっていうようなものを、いわゆる偉大っていうの。
うん。
で、偉大継承って何かっていうと、この偉大を解いた人がさらに自分で難問を作って、その答えをさらにまたつけないで別の本で出版するっていうこの風習が生まれていくことになるのよ。
はい。
だから人工記で答え書かない12問書きました。で、よし解いてみろって言って、別の人がこう見て解いて、で、じゃあ本書こうって言って本書いて、よしじゃあ俺の問題解いてみろって言ってまた別の本が出て、で、またある別の人がその本を読んで、で、問題解いて、で、また出して問題をみたいなそんな感じ。
だから人がこう問題を出し合うようなそんな流れ。要は偉大継承なわけ。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
これは人工記の人気が上がっている中で、残念なことにさ、人気が上がるとどうしたってさ、いわゆる海賊版みたいなものが出たりとかさ、あとはめちゃめちゃなんか低レベルな質の悪い塾とかも出てきちゃうのよ。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
人が集まればいいやみたいな感じでさ、本当はどんどんどんどん発展させてって欲しいところなんだけれども、うちは1たす1ができればいいよみたいなすげーレベルの低い塾とかも生まれちゃうことに対して、吉田光雄が嘆いたっていうか、ちょっとそれなんとかならないかなっていう対策として依頼を載せたのが始まりなんだよね。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
これ一応吉田光雄の言葉で、ちょっと現代語訳しちゃうけど、最近算術の達人が増えてきたが、一般の人は彼らの実力を見分けがたい。
そこで算術の先生の実力を見極めるために、今ここに答えを除いた十二問を提出する。三方の達人ならば回答を公表してみようっていう冒頭の言葉につながるんだけど。
スピーカー 2
はい。
スピーカー 1
っていう感じで、こういう人工記を真似たアリューボンっていうのもどんどん出回ることになっていって、こういったものだけでも400種類はあるって言われてるんだよね。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
そんな感じで偉大継承っていうのもこの和算の特徴の一つなんだよね。
スピーカー 2
はい。
スピーカー 1
で、次に流派があるんだよ。流派って言うとなんか茶道とか花道みたいな感じじゃん。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
これは遊芸的であったからこそ、こういった和算にも流派っていうものが実は存在するんだよね。
はい。
なんかこれちょっと違和感ある人は多分それが正しいと思うんで、俺もちょっと正直違和感があって、例えば茶道とか花道っていうのは正解がないって言えばいいのかな。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
絶対これが正しいんだ。こういうお茶の入れ方じゃないとダメなんだみたいなのないでしょ。
スピーカー 2
そうだね。
スピーカー 1
でもさ、和算ってさ、言っても数学じゃん。答えは必ず一つになるはずじゃん。
スピーカー 2
答えの導き方なのかな。
スピーカー 1
そうそうそうそう。その、もう小片郎の言う通りで、その流派っていうのは何が違うかっていうと、例えば解き方だったりとか、
あとはその独自に使用する記号が違ったりとか、うちはこういう記号を使うぜみたいな、そんなちょっと独特のところが違ってて、で、そういったところを流派感で競い合うんだよね。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
で、最大の流派は、算数の神様って呼ばれる関高数っていう人がいるんだけれども、その人を師匠とする関流っていうのが最も大きい流派だったと言われるんだよね。
スピーカー 2
あー、なんか聞いたことある、その人。
スピーカー 1
そうそう、この人すごい有名。で、他にも西条流とか中西流とか宮城流とか匠流とかみたいな感じで、なりなり流っていうのは数多く存在したっていうところもあって、
で、こういう流派が流行ると、この流派の塾に入って参法が上達すると免許をもらえるわけよ。
まあ免許か、免許改伝みたいな感じ。
で、この免許が与えられることで、要はあの人はどこどこ流の免許改伝だみたいな、そんな感じで一定の名誉も得ることができたっていうところで、
まあ、これがある種のモチベーションにもなるよね、人々にとっては。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
だからこれも和産の特徴の一つなんだけど、こういったところも発展に繋がっていったっていうところの一つなんだよね。
はい。
スピーカー 1
で、あともう一つが三角法納って呼ばれるものなんだよ。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
三角法納ってさ、ちなみに知ってる?
スピーカー 2
知らない。
スピーカー 1
もしかしたらね、見たことぐらいはあるかもしれない。
なんかね、エマってあるじゃん、エマ。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
まあ、エマだと思ってもらえればよい。
スピーカー 2
おー。
スピーカー 1
エマってさ、もともとは馬を奉納してたっていうのがさ、だんだんそれが木に描いた馬に変わって、
健康とか安産とか無病息災とかそういったことの願い事を書くようになっていったっていうのがエマの始まりっていうか、
それが今のエマの形じゃん。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
これと一緒で、和産の問題を解いて、その問題や答えをエマにして神社や仏閣に奉納することを三角法納っていうのよ。
スピーカー 2
はい。
スピーカー 1
あ、三角って算数の額って額縁の額ね。三角ってそれね。
うん。
で、現在確認できるものだけで一線近い三角があるって言われてるのよ。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
神社とかお寺仏閣とかに行った時に、ちょっと上の方を見てさ、額縁に円とか三角の図形があるエマが飾ってあったら、まあそれはほぼ三角法納だと思ってもらっていいと思うんだよ。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
見たことある人は見たことあるんじゃないかな。ググってもらうといっぱい出てくるんで、ちょっと興味ある人はググってもらえるといいかなと思うんですけれども。
で、そういった風習っていうのは17世紀の中頃から生まれたと言われてるんだよ。
はい。
じゃあなんでこんなものが生まれたのか。なんでさ、そんな自分が問題解いたものを三角法納したかってなんでだと思う?
スピーカー 2
え、なんか役除け?
スピーカー 1
これね、諸説いろいろあって、たぶんね、小片郎が言った理由ももしかしたら当たってるのかもしれないけど、一般的には、一般的にはっていうか、大半はもう自慢って言われてるんだよ。
俺こんなん解けちゃったぜ、すげえだろみたいな。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
結構これが有力と言われてて、ただ中には法納理由まできちんと書かれてるものもあって、その中には小片郎が言ったみたいな、
病気治りました。ありがとうございます。算数の神様に絵まではお礼言います。みたいなそんなのもある。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
だから小片郎が言った理由が違うっていうわけではないと思うんだよな。たぶんそういう人も絶対いたと思うんだよ。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
ただ多くは自慢だったんじゃないかっていう説が有力なんだよね。
スピーカー 2
へえ。
スピーカー 1
まあ俺はちょっとその気持ちがよくわからないんだけど。
うん。
まあそんな感じで今日ちょっと和算の歴史というか背景もちょっと踏まえつつ話したんだけれども、最後にある言葉をお話したいと思うんだけれども。
うん。
石流を代表する和算家、藤田定士っていう方がいるんだけれども、この方が西洋算法っていう書物、1781年に書くんだけれども、これに書いてある初めの言葉、ちょっと長いです。
近頃の算術には用の用、無用の用、無用の無用がある。
用の用とは世の中の役に立つ全てである。
無用の用とはすぐさま役に立つものではないが、勉強することによっていずれは役立つものの助けとなるものである。
無用の無用とは最近の算術の本に見られるように問題のための問題、いたずらに奇妙にした問題、ことさらに複雑にした問題などを作り、自分の気候を誇らしげに自慢しているもので無駄なことだ。って書いてあるんだよ。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
俺はもうこの言葉聞いてさ、なんかこれ今もこういうのあるよなって思ってさ。
スピーカー 2
めっちゃあるんじゃない?
スピーカー 1
うん。無用の無用ってさ、もう仕事なんて結構これ多いでしょ。ぶっちゃけ。
スピーカー 2
世の中のほとんどがそれになってんじゃない?
スピーカー 1
そうそうそう。なんかさ、仕事のための仕事やってる人いるじゃん。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
そう、なんかね、ほんとそういう人いるなって思ってさ、俺はこの言葉聞いた時にさ、もうちょっと刺さったね。すごいぶっ刺さったよ。
スピーカー 2
ほうほう。
スピーカー 1
だからやっぱりさ、この音禁やっててちょっとこういうのもあれなんだけど、なんかさ、やっぱり学ぶんであれば、用の用か無用の用にはならないと、なんか悲しいよねっていう。
スピーカー 2
うーん。
スピーカー 1
やっぱり無用の無用で終わらせてしまうと、それが趣味だからいいじゃんっていうところはあるのかもしれないけれども、なんか俺はやっぱり役立てたいなっていう気持ちはすごいあるんだよね。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
学ぶからには。だから、そういった意識でちょっとこれからも歴史学んでいきたいなってちょっと改めて思いましたっていう、すいません、あの最後どうでもいい話でしたが、いかがだったでしょうか。
スピーカー 2
はい。いや、最後のなんか問題のための問題ってやっぱ刺さるね。
なんかあの、よくね、数学の問題でもさ、ほんとに文章を見てさ、これ実際にありえないよねっていうのめちゃめちゃ多いじゃん。
スピーカー 1
うん、そうそう。
スピーカー 2
なんだこのシチュエーションみたいなさ、文章問題とかあるしさ。
スピーカー 1
うん。
スピーカー 2
確かにね、なんかそう考えるとね、昔の人たちってその、おそらく、あ、まあでもあれか、日本はちょっと娯楽の要素があったけれども、まあそこには何か必要だから生まれてったっていうのもあるのかな、きっと。
スピーカー 1
うん、無用の要っていうところが多分強いんじゃないかな。
ただやっぱり無用の無用になりつつあるっていうところは、まあ遊芸的にしたくて遊芸的になったっていうよりは、一般庶民にまで知れ渡ってるから、なんかどちらかというと楽しみの方が強くなっちゃったんじゃないのかな。
だから専門家からするとやっぱりそれは無用の無用なんだよっていうのを多分言いたく、まあ皮肉ったんだろうね、多分。
スピーカー 2
へー。
スピーカー 1
全然して無用の無用を全否定したいわけじゃないよ。
あのー、役に立たないものを楽しむっていうことも大事じゃん。
それも大事だと思うけど、ただ、せっかく学ぶんだったらやっぱり役立ちたいなっていうのがまあ個人的な気持ちとしてあるっていうのがただ言いたかっただけなんで。
あの別に、ほらこう言うと俺すーごい批判食らうじゃん、とにかく。
スピーカー 2
食らわないじゃん。
スピーカー 1
すーごい来るからさ、もう俺ほんとそれが鬱陶しくってさ。
スピーカー 2
無用の無用だな。
そうか。いや、なんかあの昔の人が和算とかやってる風景とかを思い浮かべるとすごく興味深いね。
うん。
だって多分今の人たち、自分もそうだけど、好きで数学とか算数やる人いないと思うんだよね。
スピーカー 1
やらされてる人の方が多いよね、やっぱ。
スピーカー 2
気づいたらやらされちゃってるからね。
スピーカー 1
うん。
スピーカー 2
やっぱだから向き合い方も違うし、でもそれでいてかなりね、確か微分積分とかも日本が進んでたんだよね。
スピーカー 1
うん。
スピーカー 2
そうそう、なんかすごい日本ってすごいんだなって思ったね、すごいんだなっていう記憶があったけど、
いや、今回の長丸のこういう歴史をバーっと、和算の歴史って初めて聞いたんで、勉強になりました。
スピーカー 1
いや、これこそ無用の無用にならないことを祈ります。