00:06
はい、それ哲ラジオ、今日も始めていきたいと思います。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、今日は久々のお便り会ということで、前回から届いているお便りを紹介していきたいと思います。
はい、最初は名前、あきこさん、書いていただきました。ありがとうございます。
西洋哲学と東洋哲学の共通点
西洋と東洋、特に日本の禅の哲学における共通点がありましたら、教えていただけたら嬉しいです。何卒よろしくお願いします。
というのがお便りでして、これは非常に難しいお便りというか、ご質問だなと思っていて、
僕はですね、共通点は、日本の禅と西洋というのは結構難しいかなと思っています。
というのは結構目的が違うんだよね。それぞれが何を目指しているかという。
ああ、そうなんだ。はいはい。
日本の禅はどっちかというと、日本の禅というのは一括にはなかなかできないですけど、
やっぱりブッダになるとか、自分の煩悩とかを洗い流して自由になって、
ねはんに至るみたいな、そういうものが根底にはあるんだよね。
だから自分がねはんに至るとか、あるいは周りの人をねはんに至らせるみたいな感じで、
そういう人間存在をどうするかという感じが元々の目的にあるんですけど。
なるほど。ちなみにさ、ブッダになるとかねはんに至るとかってあるけど、
それが何でとかって思われるのかな、さらに。
その苦しみ、生きている苦しみから逃れるとかはあると思うんだけど、
結構そこは個人個人、人によるでいいの?その辺の理由っていうのは。
ああ、そういうことか。そういう意味で言うと苦しみから逃れる。
そもそも人生っていうのは苦だと。宿泊っていうのはね、いろんな苦があるし、
それから逃れるために煩悩っていうものを消して、
ねはん・弱情っていうのは穏やかな世界に至る。
それイコール仏になるとかブッダになるってことなんだけど、
ブッダになることと苦しみから逃れるっていうことはほぼイコールなんだよね。
だから苦しみから逃れるためにって言っても、ブッダになるためにって言ってもほぼ一緒。
一緒、はいはい、なるほどなるほど。
っていうのが東洋だったりとか、特に日本の禅。
そうだね、東洋って仏教だね。東洋って言っちゃうともっと広くなっちゃうから。
今回仏教的な話で言うとってことだね。
そうだね、日本の禅って言うと仏教の中で言うとって感じかな。
西洋で言うと、あんまりブッダになるとかねはんになるみたいな話って、
要は現世で起きることではあるんだけど、日本の禅的には。
でも西洋の考え方として、
自分が別の存在になるみたいな感じってあんまりないと思うんだよね。
なるほど、それこそ神になるみたいなね。
自分が神になるみたいな。
正しい知識を背負うとかはあるとは思うんだけど、
あくまでもそれは世の中を正しく理解するテメとか、
より良い世の中とか社会を作るテメっていう感じだから、
あんまり自分が完全な存在になるみたいな感じっていうのは、
西洋哲学にはないんじゃないかなって思いますと。
あくまでも主流としてっていう感じだけどね。
なので、やっぱり違う点のほうが多いなとは思うんだけれども、
例えば西洋哲学の中でも実存主義みたいな、それかサルトルとか、
だと自分がどうあるかというか、
自分が一番適切な姿とは何かとか、
自分に対して目を向けていくっていう意味では、
多分禅と実存主義っていうのは結構近いところがあるんだよね。
なるほど。とかニーチェとかもちょっと近い感じがするかな。
そうだね。ニーチェも自分というよりは、
超人っていう、もちろんニーチェは同じ人間なんだけど、
ある程度進化した人間の形だと考えたから、
少し仏教っぽいと言えなくもないけど、
それともこじつけっぽい感じもあるよね。
なるほど。目標となるものを設定したっていう意味では、
ちょっとそれまでの、さっき言った西洋的なのとは違うけれども、
また仏教とも同じとは言えないっていう。
そうそうそうそう。
なので、捉え方次第はもちろん似てるよとか、
近いことやってるよっていうふうに言えるかもしれないですけど、
根本的なその世の中を正しく理解して、
より良い世の中にするとか、
そこでやっぱりヘーゲル的な、
現象法的に世界っていうのが、
完全な世界に近づいていくみたいな世界観と、
仏教的にはそもそも人間っていうのは、
苦しみにまみれているから、そこから逃るために、
ある種修行というか、正しい研鑽を積んで、
仏教の境地にたどり着くんだみたいなのって、
やっぱり結構世界観として違う。
なるほど。
子供の感性
このソルテツラジオでもちゃんとやってないと思うんだけど、
イスラム哲学的なのがあったじゃん。
一瞬。話の中でね。
そっちはどうなのかな。
僕もイスラムのことちゃんと知ってるわけじゃないけれども、
どっちかっていうと密教的なというか、
神秘体験みたいなのが結構強く出てるらしいんだよね。
そうなんだ。
神と一体化するとか、
神に自分自身がなるっていうのかな、
そういう神の声を聞くみたいな。
そうなると結構仏教の中でも密教、
それこそ空海とかそうだと思うんだけど、
そういう自分自身が仏になるとかっていうよりは、
仏と大仏という一番中心的な仏と、
自分が一体化するというか、
分かれてない境地に至るみたいな感じになってくるから、
はいはいはい。
西洋ではカバラみたいな、
そっちもやっぱ神秘主義ではね。
カバラってあるんだ。
それ初めて聞いた。
またそういうのがあって。
エッグハルトとか、
この辺僕もちゃんとわからないんだけど、
そういう哲学的に物事を理性で捉えようじゃなくて、
もっと人間の体とか精神とか、
そういう根本的なものを含めて、
神と一体化していこうみたいな流れっていうのは、
それはそれであるから。
なるほど。そこで哲学と宗教っていうところの違いみたいなものが出てくる。
そうだね。
って感じなのかな。
ちょっとそこの教会というか、
カテゴライズも微妙だと思うけどね、そこも。
そうだねそうだね。
それはイスラム教だし、仏教は仏教だけど、
要は神っていうか、
物体を否定するから、
そういう意味では仏教は他の宗教と、
よくも悪くも違うと思うんだよね。
はいはいはい。
だからやっぱり一括に、
哲学とか宗教とか東洋とか西洋とかって、
なかなか言いにくいのはそういうところだよね。
なるほどね。
そうするとやっぱり目的が違うから、
その共通点っていうのも、
なかなかどっから切るかでまた難しい部分があるってことだね。
さっきみたいな実情主義的な考え方から言うと、
東洋と近い部分もあるしとか。
そうそうそう。
やっぱ思うのは、
さらに上流のそもそも真理とは何かとか、
ソクラテスとブッダが話すことは違うか同じかとかって言うと、
結構近いこともあるんじゃないかみたいに思う部分もあって。
はいはいはい。
だからそこまで行くと、
やっぱ真理は人間にとっては一つなんじゃないかみたいな。
なるほどね。
はいはいはい。
なのでちょっと秋子さんの質問に答えられてるかわからないですけれども、
いろんなレイヤーで、
たぶん似てるとか似てないとか、
近い近くないとかっていうのがあるかなとは思うんですけど、
僕としてはやっぱり結構目的が違うから根本的にはやっぱり共通点は少ない。
うんうんうんうん。
けど考えてる人だったりとか、
それぞれの筋道の中に似てるところが見出すこともできますよみたいな、
なんかそんな感じで取られてますね。
なるほど。
なかなかね、白黒答えられないっていうね。
答えられないね。
ソクラテス同担拒否
なるほど。じゃあちょっとぜひそうはね、
秋子さんもっとなんか、
具体的にこことここどうなの?みたいなことがあったら、
ぜひハヤトにぶつけてみてください。
ぜひぜひ。
そうですね。
これ似てると思ったんだけど、
あてのがあればね、
ぜひまた僕も教えていただけたら嬉しいなと思います。
とにかく質問だから、
これだけで今回終わっちゃいそうだからね。
30分で。
ハヤトが答え出したら終わっちゃうからね。
そうね。
一つ目だからね。
ありがとうございます。
まだね、いただいてるので次いきましょうか。
次はラジオネーム上浜美さん。
最近哲学に興味を持ち始めたので、
移動時間に楽しく聞かせていただいてます。
これからも活動を応援しています。
ということです。ありがとうございます。
ありがとうございます。
ありがたいですね。
このやっぱ哲学に興味を持ち始めたっていうところで、
このラジオを見つけていただけるというのはね、
散々言ってるけど、
もう最初さ、身近なテーマを聞かれきれいに
って言っちゃってるっていうのは本当、
もう申し訳ないし、
これはもう課題広告で訴えられたら絶対負けるんだけど。
そうですね。
負けちゃうんだけども、やっぱね、
哲学に興味を持ち始めた人が
パーッとなんかね、
ポッドテストなのか何なのか探して、
そこに届いているというのはすごく嬉しいなと思ったかな。
ね。
兄貴はね、
哲学に興味を持ち始めなかったもんね、
このラジオがなかったら。
そう、諦めたというか、
むしろ、
自ら離れていくぐらいのね。
うん。
そしたら次行きましょうか。
次は次ですね。
アイラブソレテッドさんですね。
本当にいつもありがとうございます。
こんにちは。いつも楽しく学ばせていただいております。
ここしばらくお便り書こうとすると、
あれもこれも話したくてまとまりがつかず、
書いては消し書いては消ししているうちに、
次のシリーズが始まって、
シリーズ途中でお便りするのは中途半端な気がして、
そのシリーズを聞いているうちに、
それまで書いていた内容が古くなってしまって、
またいろいろ話したいことが出てきての繰り返しでした。
というわけで、全く中身のないお便りで申し訳ないんですが、
とりあえず一言だけ、
おくれはせながら、放送100回目おめでとうございます。
これからも語り口はゆるいと優しく、
でも内容はキレッキレのソレテッドラジオ、楽しみにしていますね。
というお便りいただきました。ありがとうございます。
はい、ありがとうございます。
いや、そうですよね。
そうですよねっていうのは、
今回ハイデッカーやってたときに思ったんですけど、
お便りが一時期ピシャッと止まったんですよ。
はいはいはい。
これは申し訳ないなと思ってて、
たぶんお便り書こうとしても、
消化できなくてはいけません。
このね、アイラブソレテッドさんがおっしゃるように。
で、送ろうと思ったら、
次の話しちゃってるじゃんみたいなので、
もしかしたら他の方もあったのかなと思って。
たしかにね、
こっちが感想とかを送る立場になると、
このシリーズがどこに着地するかもわからないのに、
今の全然わからないですとか、
面白いですとか、
半端な感想を送ってよいのだろうかっていうのは。
そうそうそうそう。
いただく立場からすると、
そんなに気にしないでくださいようなんだけど。
送る立場になっちゃうと、たしかに。
本当にすみません。
いつもアイラブソレテッドさん、
お気遣いいただいて、
いつも丁寧なご連絡ありがとうございます。
すみません、めげずにぜひ。
そうですね。
お便り紹介も今後、
2シリーズに1回ぐらいのペースでなってるんで、
あまりタイミングとか気にせず、
ぜひ送っていただけると。
なんならね、
たぶん今聞いていただいてる方は、
最新回聞いていただいてるのかもしれないけど、
今だからこそね、
ソクラテスの時の話とかさ、
ブッダの時の話とか送っていただけるとまたね、
こっちもまた新たな発見というか、
この切り口でやってなかったなとか、
このことまた話したかったなとかね、
お互いいろんな発見があるのかなと思うので、
もしそういう方がいたらぜひぜひ、
購入なく送っていただけると嬉しく思ってます。
本当に本当に思っております。
お願いしますというところと、
あと100回記念のおめでとうございますですね。
こちらもありがとうございます。
はい、ありがとうございます。
そうはね、なんとか1年やってくれましたというところで。
そうなので、
ぜひこれからも頑張っていきたいと思いますので、
お楽しみいただけたら嬉しいですという感じで、
いつもありがとうございます。
はい、ありがとうございます。
次のお便り紹介します。
イヤヌさんですね。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
数字の概念とフェスタイルの存在
きょうしけさん、はやとさん、こんにちは。
いつも楽しく聞いております。
フッサールの回とても面白く、
最近感じている疑問と共通点がありました。
4歳になる娘が数字に興味を持ち始めたので、
足し算を教えようと思い、
まず1たす1イコール2を教えようとしました。
そこでつまずいたのが1とはどういう意味かなのですが、
はっきり明確に説明することができませんでした。
そもそも1を説明するのにイコールでしょう
では説明になっていないなと感じました。
2から後は1の概念の積み重ねに
名前をつけていく作業なので、
なんとなくわかるような気がするのですが、
1の説明をどうしたらよいかわかりませんでした。
ですがしばらくすると娘は足し算ができるようになりました。
そこでなんで覚えたのと聞いてみると、
娘はよくわからないけどなんでかわからないけど覚えたよと答えました。
そこで思ったのが僕自身も結局
理解しているということではなくて、
そういうものだと思っているだけなのかなということです。
そういうものと覚えているものをなぜかと問い直すことが
特設体験というもので、それが理解することなのかなと思いました。
そんなことをつらつらと考えてみましたということです。
いやぬさん、ありがとうございます。
ありがとうございます。
これは興味深いですね、なかなかフッサールの回ということで。
かえともあれじゃない、子供今5歳になったかな?
4歳か。
5歳になるところです。ほぼ同い年かな。
すごいね、4歳5歳ってもう足し算できるの?
足し算できるできる。
引き算とか足し算とかもできるし、
いやぬさんの話からうちの娘の話に引き付けて申し訳ないんですけど、
娘が最近100とか万とかを覚えだしたんですよ。
でも実は66枚しか数えられないんですよ。
そうなの?
66枚しか数えられない。
ローマ数字みたいなことが起きてるね。
なった結果めちゃめちゃ面白かったのが、
私は引くを知っているのに100を数えることができないってすごいしょんぼりしてて、
なんでこんなことを覚えてしまったんだみたいなことを言ってたのね。
でも確かに万を数えてって言われたんだけど、
だいたい1時間3600秒だからさ、
数えようと思うと3時間かかるのよ。
でも数えれないよって言うと、
でもお父さん万知ってるよって言われて、
やっぱり数えられないけどめっちゃ時間かかるんだよねみたいなやり取りをしてた時に、
数ってやっぱ面白いなって思ったんだよね。
まさに同じで、
万って言われたら万使ってるけど、
万が何かってよく分かんない。
要は1000が10個あるものを万と言うしかないよなみたいなことを思って、
やっぱ同じように面白いなっていうのをちょうど思ってたんですよね。
なるほど、やっぱ子どもはその辺素直だもんね。
自分の感覚的な理解と知識とのギャップみたいなものに、
すごい純粋なんだろうね。
そうそうそう。
逆に言うとそれをちゃんと捉えられてるってことだよね。
分かってるって話と自分が何となく知識として知ってるだけだっていうことを。
でも大きくなるとそれがごちゃっとなって、
知ってるから分かってる気になったりとか、
やっぱそういうのがあるので、
いやなさんも娘さんとのやりとりで、
そういうことを感じられたのかなって思ったんですけど。
面白いよね。
娘さんは娘さんで、1って何やねんって思ってるっていう状態で、
いやなさんはいやなさんで、
同じように1ってどう説明するんだみたいな、
2人とも何かを発見してるっていうね。
面白いよね。
フェスタイルの現象学的な物事の存在に、
ちょっと表現間違ってたらあれだけども、
そのものにたどり着くみたいなね。
意味がない、意味以前のものにたどり着く。
1ってそもそも何でだっけみたいなのとか、
学問的に確かにみんな1って規定してないと、
その先進まないから1って分かってるけど、
そもそも1って何なんだっけって、
確かにすごく興味深い問いではあると思って、
それをいやなさんも娘さんと接する中で、
身体的にこれっていうね、
気づいてしまったっていうね。
今これは解決してるかもしれないんだけれども、
ファイト的には何かこれあったりするの?
この1って何っていう。
なんかフェスタイルの中にあったはずなんだけど、
そして今覚えてないですと。
ここに関しては、
いいかなって、使えればいいかなって思ってます。
そもそも数字、
まあまあ難しいな、
数字っていうものはやっぱり人間が作ったものだから、
使えればいいかなって思うんだけど、
1っていう言葉にもすごいいろんな意味があって、
意味があってというか、
例えばね、ちょうど次回から中国の思想をやるんですけど、
これね、老子を取り上げようと思ったのね。
その老子の言葉の中に、
こういう有名な言葉があって、
道は一を生じ、
一は二を生じ、
二は三を生じ、
三は万物を生ずっていう言葉がありますと。
要はこれで道っていうのは、
いわゆる他をなんだけど、
万物の根源みたいなものなんだよね。
娘の数える能力と理解のギャップ
これが一っていうのは数字の一じゃなくて、
物が生まれるっていう一つの、
物っていうか在り方みたいなものが生まれて、
そこから天地とか、
分別みたいなものを分けるみたいなものが生まれて、
そうなると、そこから天地が出たら雨が出てきて、
草が生えてとかっていうふうに物が増えて、
どんどんどんどんいろんなものが広がっていくみたいな、
そういう世の中がどんなふうに広がっていくかってことは、
言ってる言葉だよみたいに言われることが多いんですけど。
はいはいはい。
一っていう数字とか概念とか、
純粋なものとしての一と、
物が一つあるっていうときの一と、
例えば老子が言うように、
世界の根源からある一つの働きが生まれたみたいな一って、
同じ一なんだけど全然違う?
みたいなことを思ったときに、
だからこの一そのものの抽象的なものよりは、
その一っていうものがどういう意味を持つのかとかっていうのが、
僕は結構興味があるんだよね。
物事の在り方と抽象的な一
同じ一っていう属性をやっぱりあらゆるものが持ってるとかっていうよりは、
その一としての在り方って、
同じ一つっていうものでも違うよねみたいな。
なるほど。
はいはい。
分かった気がするけど、そうだね。
もし自分が4歳だったら絶対ハテナだよな、親に。
この時の一はね、っていう話になるもんね。
一とは何かじゃなくて、この時の一は、
数学的にはこの一っていうのがないと、
とりあえず仮にこの人号がこれあるでしょって、
これを一とかってしておかないと、
会ったときにこれは二になるんだけど、
それが表現できないから、
仮にそのスタート地点として一を決めたんだよね、そういうもんだよみたいな。
結局それはそういうもんだよになっちゃうんだけども、
ある意味この一っていうものはそういうもんだよっていう、
土台みたいなものの場合もあると。
哲学の重要性
そこはそこに本質的なものを求め始めると、
結構終わりのない旅になっちゃうよっていう場合もあるねみたいな。
そうだね。
本当にそこを突き詰めるんだったら、
たぶん数学科なのかな。
ちょっと数学科なのかわかんないけど、
そういうとこに行くのがいいだろうし、
日常を生きる上では、
同じ位置でも違うよねみたいな方が役立つんじゃないかなっていう。
なるほどね。
世の中にはいろんな位置があるんだよと。
これはその一つに過ぎないんだよと。
あとはフッサールが話してるからそこ調べてみてね。
そうね。
フッサールで読んでいただいたらきっとわかるんじゃないかっていう。
絶対そこたどり着く前にやめそうだな。
確かにね。
でも面白いですし、
こうやってみなさんが考えたことを聞くと、
僕らの中でも進んでいくから面白いよね。
そうはね。
個人的にね、
自分も今3歳になる子供がいるからだと思うんだけど、
子供の感性
子供の純粋な質問だったり疑問っていうのは、
なかなか尊いなって思うよね。
そうだよ。3歳くらいだと数がそろそろ言えるようになってきたぐらい。
まだ言えないかなそんなに。1とか2とか。
うちは100まで数えられるよ。
すごいね。うちより全然数えられるじゃん。
たし算とかはできないけど。
すごいね。面白い。やっぱり子供の個性って面白いですね。
あとはね、うちは親が哲学的じゃないから、
子供をせっかく哲学的なひらめきを全部スルーして、
その可能性を積んでいくのかなっていうのはキングしてるんだけどね。
なるほどね。
別に哲学的であることがいいかわかんないけど、
でも一緒に考えてあげられると面白いかもね。
そうそうそう。
そこを拾うアンテナが自分にあるのだろうかっていうのは、
個人の哲学的な視点
日々戦線強調としながら生きてる。
それをね、連れて行った後でぜひ学んでいきましょう。
そうだね。
ありがとうございました。
続報でもまた新たな疑問が出てきたらぜひ教えていただきたいですね。
これは個人的な興味です。
ぜひ引き続きお願いしますということで。
はい。ありがとうございます。
次の方もですね、ご自身で感じたことをすごくいろいろ教えていただいた方でして、
ラジオアネームはKanataさんですね。ありがとうございます。
はい。ありがとうございます。
実は2通いただいてるんですけど、ちょっと抜粋しながらお話ししていきたいんですけれども、
はじめまして。いつも通勤中に車の中で聞いています。
今は臨済のかえぐらみで聞こえました。結構最近ですね。
私のポッドキャスト編歴はゆる言語学ラジオ、古典ラジオ、ソイテツラジオです。
たまにこのラジオの中でも名前が出てきてお二人はしばしば懸賞されていますが、
私は中では壮烈に素晴らしいコンテンツだと思っており、お便りをお送りしている次第です。
私は学校では倫理も何も取っておらず、今は科学系の研究職をしていますが、
哲学にはなんとなく興味があって、お兄さんと同様に、
私の場合ははじめに関東の純粋理性批判を手に取ったまま、
全然読めずに哲学への扉は閉ざされてしまいました。
他には仏教の入門書や心理学系の一般書を読んで、
ブッダの教えに関心を持ったりしていました。
それからマルクス・アウレリウスの自生録を読んだときに、
ブッダの教えに通じるところがあるなと思うところがあり、
エスカのお便りにも仏教とストア派の関係について言及されていましたが、
それにはとても共感しました。
ブッダとかストア派のマルクス・アウレリウスも、
現代人に落とし込める。
僕らが今読んでも役立つものがあるよねっていうのを言っていただいていて、
その中でいろいろといろんな知識を身につけたいという中で、
このラジオを聞いていただいているという話をいただいております。
このラジオは話を聞けて、
さまざまな面から物事を見るピリクチを与えてくるなと思っています。
ニーチェならルサンチマンかイナカ、
カントならアプリ寄りな総合判断によっているかどうか、
ヘーゲルなら伝承法的悪夢で捉えるかどうか、
禅なら師匠に切り飛ばされるかどうか、
みたいな側面で物事を捉えられれば、
多面的なバランスワークのある思考ができるのではないかと思っています。
そしてその思考は人生において悩めるときなど、
それも役に立つものになるだろうというふうに思っております。
音声のことも少しコメントしておきますと、
はじめは音質面で結構きつかったですが、
今は個人的には十分良い音質です。
突然とも100回も聴けば慣れるので問題ないです。
ハヤトさんの優しい感じのピリクチがとても好きです。
ちなみに1.3倍速で聞いています。
意味の話についてもお話をいただいておりまして、
自分自身の意味を考えてみました。
言語を超えた意味について私たちが全く同じ理解をしているのか、
特異の仕様がないし、共通理解というのは
そこそこ不安定な土台の上にあるのではないかと思いました。
同じ意味を共有することは実は難しいことで、
そんな中でどんなコミュニケーションをしていけばいいのかとか、
それでもなんだかんだやっていけていることをどう受けるのかとか、
脳みその中で言語化できない認識ってどう扱うのかなど、
その辺の上手いことが示せれば、
生きるのが楽になる助けになったりしないかなと思いました。
いろいろ書いてみて、
自分でもいろいろ書いたものがわかるくなって
送るのやめようかと思ったのですが、
この辺でやめようと思ったのですが、
ハヤトさんならいいように解釈してくれるだろうという
自信感のもとを送り付けさせていただきます。
それでは今後とも応援しております。
楽しいラジオを続けられるようお祈りしております。
というところでお便りいただきました。ありがとうございます。
ありがとうございます。
嬉しいですね。
すごい近い感覚をお持ちの方だなと思ったのですが、
いろいろ知ったら人生が楽になるんじゃないかとか、
苦しい時に支えになるんじゃないかというところが
すごく僕自身が思っているし、
このラジオで表現できたらいいなと思っているところだったので、
そういうのをご自身も感じながら
聴いていただけているのではないかと
すごく嬉しいなというのを感じましたね。
素晴らしいよね。
例えばこういうラジオを聴くときに、
情報としてただ聴いて楽しむというのは
それはそれでありだし、自分はそうなんだけど、
それはやっぱり自分の中に落とし込もうとして
意味について考えてみたとか、
これってどういうことだったんだろう、
それは自分にとってどういう意味があるのかとか、
あれってわからなかったなとかっていうのを
ちゃんと反数する時間というかね、
そういうのをちゃんと取れる方なんだなっていう、
羨ましいな。
確かに兄貴はすぐ叩くんじゃうからね。
反数しないから、取り込んじゃうから。
消化せず。
身にもならないんだけどね。
だから羨ましいな。
それはやっぱり楽しみ方というか、
馴染み方は人それぞれってことだよね。
地味に嬉しいのが音質、
通訳。
前も紹介したんですが、お便りで
滑舌がしんどい時があるって言っていただいて、
それは反省しなきゃって。
最近は気をつけてる感じなんですよ。
本当?
あんま変わんないかな。
日によるとかだし、
聞いてる方の
厳しめのコメントを
いただければ。
でもおっしゃってた通り、
100回も聞いたら慣れると思う。
聞いてる側がね。
甘えるのはどうかと思うけど、
そうだね。
だからなかなか公平なジャッジは難しいとか思うんですけど、
引き続き
ちゃんと意識していきたいなと思うし、
一定で喋って聞いていただいてるわけだから。
あと音質もね、
お互いにいいマイク買ったりとかさ、
兄貴も編集頑張ったりしてくれてるわけじゃない?
そういう意味で言うと最初の10回分ぐらいは
取り直したいなっていうのはあるよね。
そうだね。
最初だってZoomで
撮ったレコーディングの音とか使ってるからね。
しかもしょぼいマイク、ヘッドセットのマイクとかね。
普通に1000円ぐらいの
安い安いZoomで撮ったやつでやってるから。
そうそう。
そこはね、いつか
リマスターもできないからね。
元の音が悪すぎてね。
取り直しになる。
そういうのもね、アジとして話していただいてる方がいるっていうのは嬉しいですよね。
そうだね。
ここでわざわざ言う話じゃないかもしれないけど、
このね、1.3倍速で聞いてますっていうのも
ちょっと面白くて。
実はね、
実は編集段階で
速度、
この話す速度を
再生速度をね、1.3倍というか
ぐらい落としてるんだよね。
これ初めてですね。初出し情報ですね。
初かな。
元が100だとすると
130とか125ぐらいまで
引き伸ばしてゆっくり聞こえるように実は伸ばしていて。
今1倍で聞いてる方は
多分1.25とか1.3にしていただけると
普段収録してる時に
うちらが話してるぐらいの
速さになるっていう。
ちょっとズルしてるんだよね、編集で。
ズルしてる。
生放送に出たらめっちゃ早口っていう。
確かに。
ここはね、なかなかお互い気をつけても直らないというか
なんなんだろうね、これはね。
なかなかだろうね。
頑張った分だけ収録時間も伸びちゃう。
喋るのがゆっくりするってことは。
タイパ的なね。
収録時間の
30分撮ったけど出す時間は
40分ぐらいになるみたいな。
そしたらちょっと伸ばされて
多くなったように見えるっていう。
別に多いのがいいわけじゃないんだけどね。
リスナーの速度
何ならちょっと長いぐらいだからね、普段ね。
そこは申し訳ないとはむしろ思ってるんだけど。
ただ、そうはね。
この1.3を生で出しちゃうと
ラジオ番組としてはちょっと早口になりすぎていて
結構ね、やっぱちょっと遅めのラジオが多い気がする。
遅めというかちゃんと聞かせる。
ちゃんと訓練されてる方とか
編集されてる方が多いから
その中でこのまま出しちゃうとあまりに早口すぎるから
ちょっと遅くして出して
これが遅いなっていう人は早くして聞いてくれるかな
っていうところは思ってたんだけど。
なんか面白かった。ちょうど1.3で聞いてるってことは
普段の速さで聞いていただいてるんだな
みたいなところを。
やっぱりね、編集しながらの苦労が詰まった
倍速なので。
そんな形ですね。
これね、いつも言ってるけど
いろんな楽しみ方をしていただけると嬉しいなっていう
講演っていうのを時々思い出したのに言うけれども
そういう形で
いろんな遊具があって
遊びたい人が遊びたいように遊ぶとか
通り過ぎてもいいしみたいな感じを思ってはいるので
ぜひ皆さんもこんな風に楽しんでるよとか
こんな風に聞いてるよとかがあれば
ぜひ教えていただけたら嬉しいなと思っている感じでございます。
ありがとうございます。
次のお便りで今回はラストになります。
ラジオネームまいさん
なかなか周りに哲学について話せる人がいないので
哲学について話せる人がいない
いつも楽しみに聞いています。
ハイデッカーの番外編のように
お兄さんが混乱する回が特に好きです。
私もどれだけ哲学に興味があっても
難しい概念を理解することに
頭がついていかない時がありますし
共感するリスナーの方は
たくさんいるのではと思います。
わかりやすい説明とお二人の穏やかなやりとりを聞いていると
もっと哲学が好きになります。
扱っていただきたい哲学者がいるのですが
長くなりそうなので
また別の時にお便りを書きます。
フォトキャストできるだけ長く続けてください。
ということです。まいさんありがとうございます。
ありがとうございます。
番外編出しましたね。挫折して終わる回
出しましたね。ハイデッカーの時に。
マイさんのお便り
確かにあれはお兄さん
やっぱり好きってなった人いるんじゃないかな。
好き?共感ね。
共感してお兄さんわかるわかる
みたいな。
どうなんだろうね。
聞いている方が全員
哲学にめちゃくちゃ興味があるとか
そういうのがある方ばかりではないだろうから
同じような感覚になっていただける方が
そうであれば心強いというか。
僕も心強かったんだよね。
それはそれで。
いつの間にか兄貴が哲学が詳しくなりすぎているんじゃないか。
疑惑とかさ。
1年やってて。
僕も分かってないというか
相手に伝えられずに喋っている時があるなって
思いながらも
何となく間に合わせちゃった時があるわけよ。
っていう時に兄貴が
分かんないとかこれは無理だよって
言ってくれる安心感だよね。
難しいところだよね。
どのジャンルでもあると思うんだけど
情報というか番組だったり
情報でもいいよ。
それが増えれば増えるほど
前の文脈を元にしないと分からないこと
文脈を元にしないと笑えない
面白くないことがどんどん増えていく。
内輪感みたいな。
そこと
新規で入ってくる人のバランスみたいなね。
そういうのはあるのかなと思うし
自分の前はそこはいいのかも。
さっきのお便りでも言ったけど
消化しないから。
右から左からね。
前もサルトルで行ったじゃんとか言ってるけど
言うこともあってサルトルのことは覚えてないから
そこは反省してるんだよね。
知った顔をしないってことは
気をつけないとは思うんだけどね。
収録時間との兼ね合いもあるけど
毎回振り返ってても時間足りなくなっちゃうから
そこは前の回を自分も含めて
聞きながら楽しむっていうのはしょうがないというか
あるんだけどね。
でもありがたいね。
そこが楽しんでいただけたっていう。
ここは取り直すかって話もしてたけど
出していいんじゃないみたいな感じで
ノリで勝手に出しちゃったみたいなところもあったけど
よかったね。
マイさん最初話してたけど
周りに哲学について話せる人がいないっていう
興味があるけれども
それについて語り合う人がいないっていうのは
結構あるあるなのかもね。
そうだと思う。
哲学って言ってもね。
冒頭のお便りでも言っていただいたように
東洋と西洋でも違うし
日本の禅に興味ある人は
なかなか語り合えないと思うんだよね。
広く哲学にって言っても
興味関心とか
なぜ哲学が好きなのかってことに
興味が持ってくれる人が周りにいればいいと思うんだけど
なかなかそんな風に自分とかお互いに深掘りし合える相手ってのは
なかなか多くないだろうから
それは寂しいですよね。
僕はずっとそう思っていたので
すごくわかります。
そういうのって語り合いたいのか
それとも一方的に
アウトプットしたいのか
語り合いたいよ。
それは僕自身オタク気質なところがあるから
言うだけだと
相手が迷惑じゃないかなとか
相手の時間を奪ってるなって感じが
なっちゃうんだよね。
早口にもなりますわと。
すいませんねって聞かせてしまってね。
相手がちゃんと受け止めてくれてとか
スパボってくれて
それってどういうことなの?って聞いてくれたら
めちゃめちゃ嬉しいし
いいんですか話してみたいな
っていう意味ではわかり合いたいというか
聞いてほしいっていうのはあるよね。
なるほどなるほど
そういう方の少し
さっきも講演っていう話もあったけど
そういう人が聞こえる
話すことはできないかもしれないけどね
聞くとかお問い合いをいただけるっていうのはありがたいけど
そういう方の声の場になってれば嬉しいね。
少しね。
もしあふれるものがあったらお便りいただければ
僕らも受け止めることもできるし
ちょっと今笑ってしまったんだけど
マイさん最後に
扱ってもらいたい哲学者がいるんだけど
長くなりそうなのでまた別の時にお便りを書きますって
遠慮していただいてるんだよね
これさっきのハヤトの話だよね
多分そういうことなんだと思う
本当にここまであふれさせていいのかな
みたいなやっぱり
でもこのままできる場所だと思うんで
なのでぜひマイさんも
この哲学者聞きたいみたいな話を
そもそも募集したいなって思って
マイさんのお便りを書いていただいて
一通りやったっていうのも変な話なんですけど
ソクラテスから西洋で言うとハイデッカーとか
サルトルデリナまでやって
東洋も一応インドとか仏教とか
日本の禅まで一通り
日本まで来てないから臨済までやって
もちろんそういった話を聞いて
マイさんのお便りを書いていただいて
マイさんのお便りを書いていただいて
そこから先にどんどんつなげていくのもいいんだけど
もうちょっとつまみ食い的に
この人面白いねとか
この人の話聞きたいとかがあれば
そもそもやっててもいいんじゃないかな
っていうふうに思ってたんですよ
なるほど
さっき名前言ってたようなマルクス・アルエリウス
の自生録とかっていうのもすごくいい本で
あれを座右の銘というか
大事な本としてる結構有名人とか
経営者とかもいらっしゃるみたいな話も
聞いたりするんですけど
そういう本について
自分なりに知ってることを話すとか
っていうのもできたりすると思うし
なるほど
興味ある哲学者がいる方は
教えていただけたら嬉しいです
僕も知らない人とか名前は聞いてるけど
確かに学んだことない人がいたら
学ぶきっかけにもなるし
それはめちゃめちゃありがたいんで
改めてぜひまいさんもですし他の方でも
こんな哲学者とか
以前あったかめて哲学者ですかみたいな
そういうのもいただければ
取り上げて話とかもできるかなと思うんで
なるほど
それこそ後は今回もあったけどストア派
あれもやってないんだよね多分
やってないねまだやってない
そういうのもぜひ
ストア派まで戻るとかやるのも楽しいかもしれない
戻るんだね
時代というかあれがわからない
縦横がわからないもんね
個人的なあれだけど
つまらそうだったらいらないんだけど
まとめ会も欲しいね
ざっくり哲学士みたいな
今だったら
フッサールとか言われてもやったねって言えるから
スクラテスに会って
スクラテス前に会って
ここまでやった上での哲学士とか
この人たちから分かれていった
流れていったみたいなのやったら面白いかもね
ざっくりおさらいでいいから
150回転くらいでやってもいいかもね
面白そうだったら
面白くなりそうだったら
という感じで
またまとめですけど
僕自身は
いろんな人の
こんなことを言っていいのか
こんなことを考えたって言ったら
バカにされるんじゃないかとは言わないけど
そういう気持ちってあるじゃん
こんなことを言ったら笑われるんじゃないか
押し勝つじゃないけど
押せば押すほど自分なりの視点だったり
そういう人って出てくるわけで
それがもしかしたら人と違う可能性も
どんどん出てくるわけだよね
スルーしてたりとか
イラッとしてた部分を
ここで勇気をもらったとか
涙流したとか
今は口コミとかレビューも多いから
そこで答え合わせできる部分とか
哲学押しなハヤト
そこで自信を得たりとか
私って自分と観点違うんだみたいな
ツボ違うんだっていう
がっかりしちゃう部分もあるかもしれないけど
そこの自由さ
僕は哲学押しなわけだから
別にその人がどこを押しても
しかも今は箱押しなわけじゃん
哲学
だから別に誰がどこを押しても
一緒に乗っかって分かる分かるって言える気がしてるんだよね
ソクラテス同端拒否とかじゃないってこと?
ないない大丈夫
大丈夫かなこの辺ってもう常識なのかな
同端拒否みたいな
常識なのかな分かんない
ソクラテスを好きな人がいると悔しいとか
私の好きな人なのにみたいになっちゃうってやつだよね
ソクラテスは自分だけのものっていう
ないないない
このラジオやってたら痩せないで
一人でずっとめでてるから
っていう意味では
ラジオはみんなでそういう
自分がこういうことが好きだと思ったとか
ラジオと多様性
偏愛みたいなのをむしろどんどん僕は出していきたいと思ってるのよ
愛情みたいなのが
むしろそれがその人の
独自性だし豊かさだし
多様性だよねって思うから
現存在だから我々は
現存在だから
雑な使い方
雑な
でも本当そうだよね
兄貴やってるみたいに口コミで書いてると
そこで感動しなきゃいけないんじゃないかとか
このシーンは楽しめなきゃいけないんじゃないかとかって
なる時もあると思うんですけど
そうじゃなくて自分はこう思ったとか
別にそれを強要することもないけど
リスナーのお便り
っていうのがあったら全然
気軽に教えていただけたら
めちゃめちゃ嬉しいなっていう感じですね
前々からお便りのハードルが上がってるんじゃないか説もあるし
実際わけわかんないっていうか
難易度も上がってるっていう噂もあるから
でも本当そうだと思う
ハイデッカーとかよく聞いていただいてる方は
本当にありがたいなと思います
昔話っていうか
それは僕の力不足なんですけど
ハイデッカー自身が分かりにくいっていうのは
一方であると思うから
ぜひその辺も
ちょっと難しすぎますとか
もっと分かりやすくとか
全然余裕っすとか
そういうのも教えていただきたいね
ハヤトの台本作りの感じに反映させられれば
これは本当に
なのでそういったお便りとか
あとはこんな哲学者とか
見たいぞとかがあれば
ぜひそちらもお便りいただけると嬉しいです
マイさんありがとうございました
今回も皆さんお便りありがとうございました
次回からまた
中国老僧思想に行くのか
引き続き色々楽しんでいきたいと思いますので
また次回からよろしくお願いいたします
よろしくお願いします
ご視聴ありがとうございました