茜町と洋菓子店ポプラの閉店日
琴音の音cafe
今夜の朗読 タイトル 「さようならは明日の始まり」
茜町の温かなバトン 作者 琴音です。
西の空がゆっくりと橙色から深い淡い色へと染まっていく。
茜町の商店街に並ぶ街灯が一つ、また一つと柔らかな黄色い光を灯し始めた。
夕暮れ時はいつも少しだけ切ない。
一日の終わりという名残惜しさと、家で待つ温かな夕食を思い出す暗度が入り混じる時間だからだ。
八百屋の軒先では店主の葛藏こと葛さんが大根の葉をパツンと切り落としながら、
おや今日も一番星が見えるぞと空を見上げていた。
その隣の喫茶琥珀からはブレンドコーヒーの香ばしい匂いがふわーっと漂ってくる。
この街で生まれこの街で育った私、メイにとってこの景色は呼吸をするのと同じぐらい当たり前のものだった。
しかし今日の夕暮れはいつもと少し違って感じられた。
「ねえメイちゃん。」
ふと背後から声をかけられた。
振り返るとそこには見慣れたエプロン姿の女性が立っていた。
この街で四十年も手作りの洋菓子店ポプラを営んできたユリコさんだ。
これ今日で最後だから食べて頂戴。
ユリコさんが差し出したのは小さな透明の袋に入った少し不揃いな形のマドレーヌだった。
袋の上から触れてみるとまだほんのりと暖かい。
ありがとうございます。
本当に今日で最後なんですね。
私の声が少し沈んでしまった。
ポプラのシャッターには張り紙が一枚挙げられていた。
そこには長い間ありがとうございました。
本日をもちまして閉店いたしますと書かれていた。
ユリコさんは優しく目を細め私の頭をポンと軽く叩いた。
寂しくなるかい?
はい、子供の頃からテストで百点取った日も失恋して泣いた日もいつもこのお店のケーキがそばにありましたから。
そうかい、そう言ってくれるとこのお店を続けて本当によかったよ。
ユリコさんは満足そうにうなずくと西の空を見上げた。
閉店から若い夫婦へのバトンタッチ
でもね、めいちゃん。
寂しいけれどこれは終わりじゃないんだよ。
私にとっては新しい人生の始まりなの。
それにこの町の味を誰かに引き継いでもらう時期が来たってことなの。
引き継ぐ?
そう、実はね来月からここを改装して若い夫婦が小さなパン屋さんを開くことになっているの。
私の古いオーブンも彼らが使ってくれることになったのよ。
ユリコさんの言葉を聞いた時胸の疲れがすっと溶けていくような気がした。
そうだ、一つの看板を下ろすことは何かが終わることではなく次へとバトンを渡す瞬間なのだ。
終わりの始まり。
それは決して悲しい言葉ではなく未来へ続くバトンタッチの合図だったんだと私はようやく理解できた。
町に残る優しさと明日の始まり
マドレーヌを大切に握りしめながら私は商店街をゆっくりと歩いた。
帰り道、行きつけのパン屋の前を通りかかると店主のおじさんが
おやメイちゃん今夜は冷えるからこれ持ってきなと焼きたてのメロンパンを紙袋に入れてくれた。
ありがとうございますおじいさん風邪ひかないでくださいね。
おお任せとけ。
人々の温かさはいつだってこの街の変わらない宝物だ。
ポプラが閉まるのは寂しいけれどその場所にはまた新しい笑顔が集まるのだろう。
カツさんの八百屋には毎朝新鮮な野菜が並び喫茶琥珀のコーヒーの香りは明日も街を包み込む。
ふと手に持ったマドレーヌのぬくもりが手のひらから胸の奥へと広がっていくのを感じた。
家に帰りつきリビングのドアを開けるとキッチンからおいしそうなカレーの匂いが漂ってきた。
おかえりメイ。
今日なんだかいい顔してるね。
母がエプロンを外しながら優しくほほやみかけてくれる。
うん、すっごく素敵な一日だったよ。
私はカバンを置き手洗い場へ向かった。
今日の夕食の後にはゆり子さんのマドレーヌを家族みんなで分け合おう。
少し不恰好で、だけど世界で一番温かい優しい味がするはずだ。
季節は移り変わり、街の景色も少しずつ姿を変えていく。
それでも人と人をつなぐ優しさのバトンは決して途切れることはない。
今日という日の終わりは、明日という新しい物語のきらめきの始まりなのだから。
おしまい。ありがとうございました。
「バトン」に込めた作者の思いと創作
今回のね、朗読終わりの始まり。
こちらはね、終わりっていうのはさ、さよならとかもね、寂しいことではなく、未来へ続くバトンを渡すことであって、
お店が閉まることや時代が変わることはね、単なる別れではなく、新しい誰かの挑戦であったり、人生のスタートラインになる。
そしてね、人と人の優しさや思いは決して消えずに、次の世代へとね、巡り続ける連鎖であり、日常のささやかなぬくもりこそが心を支える宝物である。
そんなメッセージをね、入れながら作ってみました。
バトンっていう言葉が私はどうやら大好きみたいでね、なんか結構シナリオを書いていく上でね、バトンっていう言葉をよく使ってるような気がする。
なんだろう、こう引き継ぐっていうのがなんかね、とってもね、新たな挑戦とかさ、つながるっていう意味合いが大好き。
リスミミちゃんはどうですか?
好きな言葉とかってありますか?
たくさんある中の私はバトンっていう、渡すっていう言葉がね、大好きかな。
前にね、書いた、私の娘がね、病院で迷子になった時もね、その時も確か小さなバトンみたいな感じで態度についてたような気がする。
正確には違うかもしれないけどね。
そう、あの時もね、すごかったね。
あの、私のシナリオってどこかにリアルを混ぜて書いてあるので、今回の終わりの始まりっていうのは、ちょっとなんだろう、お店が閉まるっていう話を聞いたことがあるところがあって、お店屋さんのね。
それを重ねて、街の風景とかはちょっと違うんだけど、そこはもうね、自分の頭の中の想像上の世界になっちゃうんだけどね。
その辺を取り入れながらね、作ってみました。
次はどんなことをね、書こうかなとかね。
まだね、置いてあるストックの中をちょっともう一回読み直して、ここを変えてとかね、やったりしてます。
そしてね、次のコーナーでは名前、どんな意味を持って、どんな思い出つけたかっていうことをね、お話ししたいと思います。