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2025-09-25 46:30

55: 誰しも無能に陥るタイミングがある (shu223)

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  • オープニングと堤さんの自己紹介
  • マネージャー経験やお互いの挫折経験
  • 海外で働くこととコミュニケーション戦術
  • フリーランス復帰
  • 自分の値付け戦略

オープニングと堤さんの自己紹介

マネージャー経験やお互いの挫折経験

フリーランス復帰

自分の値付け戦略

サマリー

このエピソードでは、つつみさんがフリーランスのiOSエンジニアから研究開発部のマネージャーに移行した後の決断について語ります。特に、組織内での役割や管理職における無能感に焦点を当てています。また、エンジニアとしての成長や無力感に伴う挑戦についても言及し、言語の壁がコミュニケーションに与える影響や、AIの進展がフリーランスの働き方に及ぼす影響について考察します。このエピソードでは、エンジニアの収入や個人開発の難しさについても触れ、フリーランスとしての活動における収入意識の変化が話されます。さらに、家族を持つことによる金銭感覚や働き方の変化についても言及されます。最後に、エンジニアがオープンソース活動や寄付を通じてコミュニティに還元し、その価値を再認識する様子が描かれています。

つつみさんの過去の職業遍歴
ということで、お久しぶりですね。
お久しぶりです。
そう、なんかさっきもちょっと話してたけど、実はあんまりがっつり話したことがなくてというか、前話したのは10年以上前なんじゃないかぐらいですよね。
確かに、そうか、もう10年前か、あれ。
そうですね。僕が科学を辞めたぐらいの頃で、ちょっと次の仕事探してたときに、なんかちょっと共通の知り合いというか、つつみさんの知り合いの方となんかちょっとお話しする機会があったりとかして、そのときに相談に乗ってもらったりとか、そういうのがありましたね。
はい。アテナに入られる前でしたよね。
そうですね。なので、2014年ですね。なので、なんかお互い、そのネット上でお互いの活動をなんとなくこう意識しつつも、話すことはあんまりなかったっていう感じですね。
はい。同僚で、しかも同僚だったけど、あんまりそのときも話してなかったですよね。
そうですね。まあ、そのときはチームが違いましたからね。オフィスも違うことが多かったし。
そうか。横浜はちょっと話がずれすぎか。
いやいやいや。でもあれですよね。鎌倉はたぶん最初本社で一緒で、ただその後たぶん下馬に行ったりしてましたよね。
下馬の、はい。地震のとき下馬でしたよね。
そうですよね。で、僕は本社だったし、その後駅前の銀行の上のところで僕はいたんで、ちょっと離れてましたよね。
横浜のとき、たぶん一緒ですかね。
そうですね、そうですね。
でも横浜のとき。
こんな内輪話いいのかなって。
いいんじゃないですか。
ちょっと遠慮したんですけど。
はい、まあまあじゃあちょっと始めていきますか。
はい、ということで、この番組は趣味でOSSをやっているものだという番組でOSS作家のソムがゲストを交えながら趣味や仕事について話すポッドキャストです。
ということで、今日のゲストはつつみさんです。よろしくお願いします。
お願いします。つつみと申します。
じゃあ、つつみさんちょっと自己紹介をお願いします。
はい、つつみと申します。
ネット上のIDはshu223というIDでやってて、ソムさんと会ったのは、開学のときに同僚で、僕は2010年ぐらいから働いてて、ソムさんもたぶんそのちょっと後ぐらいのほとんど同時期ぐらいで。
僕は2012年いっぱいで辞めたんですけど、ソムさんその後しばらくいらっしゃって、結構そのいた期間もかぶってる同僚、元同僚っていう感じで、僕はその頃からずっとiOSエンジニアをやってて、今もiOSエンジニアをやっています。
フリーランスでやっております。そんな感じです。
よろしくお願いします。
お願いします。
そうですね。なので、つつみさんが開学に入られて、たぶん1年後ぐらいに入ったっていう感じなんですけど、僕は2011年の頭かな。
たぶんその1年で結構その世の中の情勢がガラッと変わってて、そしあげブーム、バブルみたいなのが来て、かやくもそしあげ作ってくぞって流れになってるときに僕は入ったんですよね。
で、つつみさんはその前の結構かやくがいろんな面白企画とかをたくさんやってる時期とかに、ちょっと面白そうじゃんっていうことで入られたって感じですよね。
研究開発部門での経験
そうですね。
いや、なんか、そのあたりの話も後々していければと思うんですけど、今回お声掛けをしたのは退職されたっていうことで、
そうですね、さんさんでなかなか面白いチャレンジをしてたと思うんですけど、3年ぐらい働かれて、一段落してまたフリーランスに戻るみたいな感じだと思うんですけど、このあたりどういう決断をされたのかみたいなお話いただいていいですか。
このあたり、あんまり詳しく話してないんで、編集が大変にならないように慎重に話さないといけないなって思ってるんですけど、別にすごい変なことがあるわけじゃないんですけど、さんさんってすごいちゃんとしてる会社なんで、いろんなところに配慮を得るんで、それの邪魔をしちゃいけないなっていうのがあって、
そうそう、さんさんにいる間はあんまり会社のこととかもほとんど発信せず、静かにしてる感じだったんで、どこをどう話そうかなって感じなんですけど。
とりあえず、基本的に僕はフリーランスとして働くのは大好きで、iOSの仕事も全然面白くて、ずっと楽しくやってたんですけど、入ろうと思ったのは、もともとさんさんの共同創業者で役員の方にフリーランスで仕事をもらってたときから気に入ってもらってちょこちょこ誘ってはもらってて、
その人から、研究開発部のマネージャーやりませんかみたいな話が来て、僕はiOSしか知らないし、ほとんど会社にも所属したことないし、リーダー経験もマネジメント経験もない僕に、何の要素もないのに僕に研究開発部のマネージャーを任せるオファーがすごい変わってて面白かったし、
ちょっと記事にも書いてるんで、あんまり話が長くなるのではしょるんですけど、面白いなと思って、それで入ってみることにしたんですね。
で、マネージャーはやってみて、本当に全然みんなに話すとそんなのわかりきってるじゃんっていう話らしいんですけど、僕はマネージャーの仕事を知らなかったので思ってたのと、全然僕は楽しくないし向いてないなと思ったので、1年も経たずやっぱやめたいですって言って、
マネージャーはすぐ下させてもらいまして、エンジニアやるんだったらフリーナンスに戻ろうかなって思ってたんですけど、その役員の方から、やめる前にフリーナンスに戻りたいんだったら社内で上司も部下もいない一人組織みたいな感じで、
それで自由に立ち回るのはどうみたいな感じで、そういう大胆をいただいて、それで残ることに、一旦ちょっと残ってみることにして、それが結構自由で居心地良かったんで、そこから2年ぐらいいたっていう感じですね。
おだしょー なるほどなるほど、それはなんか面白いですね。まあそうですよね、マネージャーでもやってみて、やっぱりあんまり向いてなかったとか好きじゃなかったみたいな、なんかそういう経験をできたのは良かったんじゃないですか。
おだしょー うん、いや本当に良かったっすね。なんか視野が広がりましたね。こういうふうに組織って成り立ってんだみたいな、その解像度が上がったし、フリーランスの僕に仕事をくれるのも、そういう組織とか事業を作っている人たちで、
なんか僕が苦手で好きじゃない仕事をやってくれている人たち、そういうのを上手く回して、なんかこう僕に仕事が降りてきてくれるんだなっていうところで、まあリスペクトとか感謝の気持ちはより一層抱くようになったんで、本当にやって良かったなとは思います。楽しくはなかったけどやって良かったです。
おだしょー はい。どういったところが楽しくなかったですか。
おだしょー いやなんか、例えばフリーランスとかやってて、なんかこうコード書いたりお客さんと話したりするのは別に全然楽しいんですけど、なんかこうどっか行政から書類が来て、それを封筒の中身見て何かしなきゃいけない、何かしなきゃいけないらしいけどそれを見るのすらすごい嫌で、
例えばマイナンバーカードを作りなさいみたいな、でフリーランスで確定申告するときにマイナンバーカードがあったほうが楽なんですけど、それもマイナポイントとかもらえようと何だろうととにかく何年も作らずに後回しにし続けたみたいな感じで、そういう仕事は本当に大嫌いなんですけど、
なんかそういう仕事の積み合わせみたいな、何か資料を見て何かをしなきゃいけないみたいな、なんかそういうこうペーパーワークの積み合わせみたいな感じ、まあそういうこと言うとマネージャーの仕事はそういうもんじゃないっていう、なんかちゃんとマネージャーやってる人にはそう言われるかもしれないですけど、
僕はなんかそういう仕事がすごく多いと感じて、やっててしんどかったですし、まあそうですね、なんか今ちょっとこういう話してて、僕にマネジメントを教えてくれてた人の顔が浮かんで、
そうすると別にそんなことを言ってた覚えはないって言われそうだなって思ってちょっと困ったんですけど、まあでもマネージャーとして組織の成果を大きくするみたいなことの動き方も全然うまくできないし、何でしょうね、
なんかフリーランスとしてこういろいろうまく立ち回ったり、何でしょう課題に対して、なんかいろんな切り口から発想して自分で動くみたいなことは得意だと思うんですけど、なんか組織になるとこう、
なんか自分の弱点とか良くない側面の歯車が全部噛み合ったみたいな感じで、なんか何もできなくなって恐ろしく無能になりましたね。こんなに何もできないんだみたいな。
なるほど。そうか、じゃあ結構、すいません、割と深刻だったんですね。すいません、なんか深刻だったのかわかんない、ごめんなさい、今ちょっと雰囲気がわからず聞いてますけど。深刻?
でもその研究開発部門だからなおさら難しいみたいなのもありそうですよね。なんかその研究開発部門としての成果が何なのかみたいなところを定めづらいみたいなところがあるのかなっていうのも思いましたね。
僕がリーダーとかマネージャーとかやってた頃、やってたのって、運良くちゃんとやってた事業とかプロダクトがそれなりに伸びてたりお金を稼いだりみたいなのがあったので、なんかそれでこう、自分はうまくマネジメントできてるのかどうかよくわかんないけど、まあなんかうまくいってるっぽいみたいに思うことができたっていうのがちょっとあったから。
いきなりそういう研究開発部門のマネージャーみたいな、そういう直接お金を生み出さないところのマネージャーになるの大変だったんだろうなって思ったりはしました。
でもなんかそうだな、そういう意味で言うと、それぞれの研究開発部門にもその中にいろいろチームがあって、そこにリーダーがいて、別に僕が何ができなくても回るっちゃ回るっていう意味で、大変なのかというと、そういうハードシングスみたいなことは特になくて、
困ってもいなかったっていうのもありますけどね。研究開発部としてはうまく動いてました。ただ僕は何にもできなかったし、なんかそこの難しかったところをうまく言語化して語ることもできないぐらい、なんか何もできなかったなって感じでしたね。
無能感とその克服
なるほど。確かになんか僕も本当何もできなかったなーみたいな時って結構あるので、そうですよね。そういった時は定期的に訪れる感じがしますね。僕も結構ロンチャブルにいた頃は結構何もできない感みたいなのを味わってる時間が長かったんで。
なんかでもさらにちょっと立ち入ったこと聞いちゃうんですけど、つつみさんその火薬に入る前とか入った後とか結構苦しんだ時期が長かったように見えていて、なんかそういったところ結構乗り越えて、今の立ち位置みたいなのを獲得したように見えてるんですけど、
なんかその頃乗り越えられたのは何でなのかっていうのと、むしろ乗り越えたのかそういうふうに思ってないのかどうなのかみたいなのってなんかあるんですか。
なんか面白い切り口の質問で、なんか本当にマネージャーとして何もできないときに、まず僕火薬入る前はずっと大企業で働いてて、で、大企業の中でプログラミングもできないんで会議に出て、
その会議で聞いたことを次の会議で話すみたいな、電車バトみたいな仕事しかしてなかったんですけど、で、実際自分で何やってるかあんまりよくわかってなくて、上司に言われたことをなんか、上司にあの会議に行ってこの話をしてこいみたいな感じのことを言われてやってて、自分であんまり対局的なことはわかってないみたいな感じで、
7年ぐらい2社の大企業で働いたんですけど、そこで僕が世に出したものは何もないなって思ってるんですけど、7年働いてて、で、その後火薬行ったんですけど、で、マネージャーやってたときの感覚は、あの大企業時代に戻ったような感覚をちょうど覚えてて、
あ、なんかエンジニアになって、なんか結構自分は仕事できるようになったって思ってたけど、できないことやると全然またできなくなるんだって思いましたね。で、また何やったらいいかわからなくなるし、自分が何ができてない、なんかもうそのできてないことすらなんかあんまりつかめてない感覚というか、
なんか何ができてないかもよくわかってないみたいな、なんかやってるけど何やってるかわかってないみたいな感じで、あ、今でもこうなるんだっていう感じ。まあ、あの、そうですね。だからまあ突破の仕方もわかんなかったですね。
だからなんか、エンジニアはシンプルに、なんかいろいろ運が、運よく切り抜けられた側面もあったり、あと、個人で勉強して、なんか頑張れば前に進めるみたいな、なんかそういう個人競技みたいな側面が自分の特性に向いてたのもあったりして、
ものすごく向いてただけで、本当に不器用でやれることが少ない中で、たまたまiOSエンジニアというとこだけめちゃくちゃマッチしたというだけなんだなっていうふうに今は思ってます。
おだしょー なるほど。そうか、じゃあその、火薬以降よりもその前の時の方が結構そういう無力感みたいなのが結構強くて、その時をまた思い出すみたいなのがあったっていう感じですかね。
おだしょー でもなんか僕もそれちょっとあって、やっぱりその、僕、その、なんかロンチャブルの時とかあんまうまくいかなかった時期があって、なんかすごい苦しんだんですよね。で、なんか、そう、その時に、なんかこう、それこそ僕も多分、最初の会社入る前にちょっと中国で起業してた時があったんですけど、起業っていうか先輩が起業したのに一緒に行ってた時期があったんですけど、
ほんともうその時、なんか出口が見えないしどうすればいいかわかんないしみたいな、なんかそういう何もわからんみたいな、そういう状態になってしまったことがあって、なんかそういうこう、なんだろうな、そう、仕事ができない自分みたいなのをすごくこう思い出すきっかけにはなったんですよね。
なんか結構仕事できるようになったつもりだったけど、まだなんかそういう全然できない自分ってまだいたんだなっていうのと、やっぱなんかどこかでそういうふうに転落じゃないか、やっぱそういうリスクってやっぱまだ全然あるんだなっていうのを、僕もその時にすごくなんか自覚させられたみたいなのがあって、なんかちょっとそこは、なんかそういうのあるよなっていうのは思いました。
言語の壁とコミュニケーション
そうですね。ほんと、そうかそうか、ムーさんもあったんですね。
ムー いや、ありますね。
ロンチャブルの時は何の仕事だったんですか。
その時はなんか、エンジニアとして、なんかその海外の人たちとこう、コミュニケーション取りながら日本のチームで開発して、Javaでバックエンド書いたりとか、タイプスクリプトとかNext.jsでフロントを書いたりと、そういう普通の開発者の仕事をしてたんですけれども、はい。
でも、なんでそれは、その仕事はできない感があったんですかね。
ムー 多分、タイミングとして、なんかその最初の方にちょっとうまく立ち上がらなかった感があったところに、結構コロナになっちゃって、結構そこでつまずいちゃったみたいなのがあって、やっぱり結構最初の半年ぐらいかなり成果が出せてない感みたいなのがすごくあったんですよね、っていうのと。
あと、なんかその時に思ったこととして、僕は結構、コミュニケーションとかを取りながら、このプロダクトはこうあるべきとか、そういうのを独自、自分で解釈して、なんかいい感じに進めるみたいな、割とそういう業間を読む力みたいなところで、その仕事ができてた部分、してた部分っていうのがあるし、今でもあると思うんですけども。
やっぱり、英語の会社だったんで、そのコミュニケーションが英語だったりとか、なんかそういったところで、一応ある程度普通のコミュニケーションはできるけど、むしろその日本語でできてたような業間を読む能力とか、相手の意図を汲み取る能力みたいなのが英語だとマジでなくなっちゃうんで、やっぱそこがかなり、なんていうか大変だったんだなっていうのを後からするとやっぱ思いました。
めちゃくちゃそれもわかりますね。そうっすね。言語そうなると、そこの価値が大いに失われてしまいますよね。
そうっすよね。なんか、つつみさんもそうですよね。だって、そういう英語の会社で、英語を使う会社で働いてたこともありますもんね。
僕、早く辞めたのがそもそも海外で働きたいっていうので、2012年末に辞めて、2013年から海外で働こうと思って、2013年夏ぐらいにちょっと3ヶ月ぐらい海外で英語の環境で仕事する機会があったんですけど、
日本人のスタートアップで、周りは海外の人で、仕事は日本人でできたんですけど、その中で、そう、まさに同じようなことを感じましたね。
結局、あんまりちゃんとしゃべれないと、細かいニュアンスだったり、要件とか仕様の議論をいい感じに着地させたりとかっていうところができないから、結局、スキル的に入り込むことができても、面白い仕事はあんまりできなそうだなと思って、
一回、そこで海外の憧れは一回ストップして、そこから英語の勉強するのも、技術の勉強もやらなきゃいけないんで、英語の勉強するよりは、海外の英語で、
向こうの人が仕事をやりながら、向こうの人が僕と話す必要があって、話して、それで英語力が上がっていくような、そういう立場のエンジニアになろうと思って、そこでフリーランスで日本でやって、GitHubとかで海外にも届くように発信して、
海外の人が話す用事のあるエンジニアになろうと思って、ちょっと修行を積み直して、また海外に行ったのが2016年みたいな感じでしたね。それでも結局喋れてはいないですけど。
おだしょー ああ、なるほどなるほど。そうか、そういったとこ結構なんか戦略的ですよね、つつみさん。すごいなって思いますし。そうですよ、なんか向こうから話しかけたいって思えるようになれば、向こうからその言葉の壁を破ってくれるみたいなのはありますよね、きっと。
おだしょー いや、ほんとそうなんですよ。 楊 いやでもそこを目指そうって思えるのはすごいな。それこそなんか僕最近格闘ゲームとか見たりしてるんですけど、格闘ゲームの人たちって英語喋れない人すごい多いんですけど、でも日本人がすごい強いんで、その海外の選手とかやっぱ日本人と喋りたがるんですよね。
だからなんか、お互い日本人はカタカトの英語、でも向こうはすごい熱心に話しかけてくれるみたいなのがあるっぽくて、そうですよね。そういうふうになるっていうのは確かにすごい賢い戦略だなってのは思いました。
おだしょー コミュ障だと、自分と話したくなさそうな人をつなぎ止めて、あんま慣れない言語で話すのってめちゃくちゃトーク大変だけど、向こうが話したがって話してくれてると、下手な英語でもこっちも安心して話せるし、向こうもなんか頑張って汲み取ろうとしてくれるし、こっちも勇気出して話せるっていう。
おだしょー そうですね。なんか、登壇した方がコミュニケーションしやすいイベントで、うまく人と話せないから登壇するみたいな話とちょっと似てるかもしれないです。構造が。
おだしょー そうですね。やっぱりなんか、OSSなりブログなり話題のフックみたいなのを、ツリートみたいなのがあると、そこにそれを話題にしてくれるからこっちも話しやすいっていうのはすごくありますよね。
AIとフリーランスの未来
最近、それこそ僕ちょいちょいイベントとかカンファレンスみたいなの行くときも、なんかその前にブログとかを書いておくと、あんまり狙ってやってるわけじゃないんですけど、でもなんかそのときにちゃんとそういうそれについて話しかけてくれる人がいたりとかして、それはやっぱ嬉しいですね。
でもなんか、それこそそうやって、ちょっと流行りのAI無職、AIフリーランス的な動きをされ始めてるのかなっていう感じがしてるんですけど、僕も今は、そうですね、あんまりフルタイムでは働かずにAI触ったりしてるので、ちょっと最近そういう人増えてるなって思うんですけど、
そういう、やっぱりAI出てきて、開発効率とかいろいろ上がってると思うんですけど、なんか海外にまた挑戦するとか言語ハードルが下がってるみたいな部分があるように思うんですけど、そのあたりはなんか考えたりされないんですか。
海外への挑戦っていう意味では、いまだにそのなんか、なんかでも一回その海外、本当ビザ取って就職して、で、なんかそのときにやっぱり海外に住むの大変だなっていうので、一回なんか自分の中ではもうたまに海外の仕事受けて海外行ったりするのでいいやっていうので、
なんかちょっと折れて、ハードルを感じてもうなんかチャレンジしんどくなってるんですけど、ただあの、今でも海外に住んでる人はなんかかっこいいなとか憧れは感じるんで、なんかまだなんかあるのはあるんですけど、今んとこなんか積極的には考えてはないですね。でもただ海外案件はやってますね、フリーランスの仕事として。
それはいいっすね。海外案件あるのはやっぱいいですね。でも確かになんかビザとか、それこそもうアメリカとかかなり絞ってるのもあるから、その結構海外とか英語圏で働くハードルって、やっぱその5年10年前よりかはちょっと上がってるのかなって感じはありますよね。
そうですね、そうらしいっすね。
まあでもそうですよね、かやくの人で海外行ってる人結構いるもんな、大塚さんとかそうだけど、あとイブくんとか、やっきぃとか、
タイプスターさんとかね。
そうですね、村瀬さんもタイプスターさんも。
そうか、なるほどね。で、そうですね、今フリーランスとして活動を始めて、どういう感じで活動されてるんですか。
いやなんか今AI無職とかそういう話あったんですけど、なんか僕が今のフリーランスでやってるモチベーションは、
今AIで、AIがどんどん賢くなってって、エンジニアの仕事は奪われるのか、いやそんなことはないみたいな話とかあると思うんですけど、
まあなんか、僕は3年後は自分はよくわかんないな、自分の仕事が奪われてないとは言えないなとは思ってるんですよね。
まあ多分大丈夫だろうっていうのもありつつ、なくはないなとは思ってるんですけど、でも今少なくとも、
エンジニアだけがめちゃくちゃバリバリ使ってて、エンジニアじゃない人はそんなに新しいモデルが出たからってすごい盛り上がってもないし、
なんかやっぱそこは一番、エンジニアだけがっていうとちょっと極端かもしれないですけど、
今エンジニアだけが恩恵受けてる状態で、今だけはなんか超追い風でブーストできる状況で、
で、僕フリーランス前にやってたときは、仕事を常に手一杯でほとんど断ってたんですけど、
今だったらAIでブーストできるから、あの仕事断らなくてもう全部できるじゃんみたいなふうに思って、
で、その3年後はもう仕事ないかもしれないけど、今だけはめちゃくちゃできるっていう、この今の時にめちゃくちゃ稼ぐぞっていうところが今、
フリーランスとして楽しいとこですね。どれぐらい、昔と違ってどれぐらい仕事できて、どれぐらい稼げるんだろうっていうのが面白いとこです。
なるほど、そうか、そうですよね、それアクセルべた踏みできる感というか、今もうなんというか、すごいストレートが目の前に広がってて踏めば踏むほどいけそうみたいな感じがすごくありますよね。
そうか、でもなんか今ってそういう、一人でもできることみたいなのが増えてきてるから、それこそ自分のプロダクト作ったりとか、なんか会社立ち上げたりとか、そういうのってなんかおぼろげにでも考えたりはされてないんですか。
いやー、なんかそういうのもいいと思うんですけど、そういう方向にAIを使ってやるのもいいと思うんですけど、
エンジニアの収入について
なんかよく、エンジニアって結構自給稼げるけど、なかなか個人開発とかでそれだけ稼ぐの大変だなみたいな話があって、
自分のエンジニア自給を、自分が開発したもので、それを上回るような収益を得るのって結構ハードルあると思うんですけど、ほとんどの個人開発がそれを達成できてないと思うんですけど、
自分の自給とその個人開発でこの稼げなさは何だろうって考えたときに、自分の自給って経営のプロ、事業を作るプロが作った事業で、それを踏まえてそのプロたちがこっちの技術と時間を買ってうまく使いこなせてくれてるから、それだけの価値を生み出せるわけで。
個人開発の場合はその事業を作る、プロダクトを作るところを自分が持って持つっていうところで、僕なんかそこのプロではないなってやっぱ思うので、今まで個人開発でそんなにデカイく当てたことはないので、
早く入ったときはそういう企画考えたりとか、やれるようにやりたいなって思ってたけど、ちょっと思いついた面白いアイデアみたいなのと、ちゃんと自分の自給分以上を稼げるようなプロダクトとか事業を作るのって全然違うんで、
そこの練習もしてないし、普通に作るの楽しいんで、誰かと一緒に作って働いた分だけお金もらうのでも十分楽しいので、そっちばっかりやってる感じですね。
なるほど。はいはい、そうですよね。それはすごくわかります。じゃあまあちゃんと仕事も来るし、それで楽しいしっていう感じなんですね。そう、やっぱなんかエンジニアの自給ほんと驚くほど上がってしまったので、逆に個人で一発当てるぞみたいな、雰囲気になりづらくなってるなーみたいなのは感じる部分ではありますね。
トムさんは何か考えてるんですか?
トム わかんないですけどね。でも可能性としては、やっぱり自分で熱量を持ってやれることの方がいいかもしれないなって思うことはあるんですよね。ずっと長くやる上においては。
他の人が始めたことに対して乗っかるのも、まあ僕は結構多分得意だし、そういうの好きなんですけど、それってどこまで行っても始めた人のものだし、その人の意思を尊重すべきだなって思うから、そういう意味では結構自分でやってみるみたいなのは、一度やってみたほうが良いのかもしれないっていうのはちょっと思ってはいますね。
そうですね。憧れはやっぱりありますけどね。自分で考えたもので、ちゃんとそれで回してる人は、やっぱさっきの海外と一緒で、自分はできなかったけど、でもかっこいいなっていうのはやっぱり思いますね。
おだしょー そうですね。そういうのありますよね。僕もやっぱ海外も、ちょっと可能性もわかんないけど、模索はしたいなと思ってて。それこそ最近やっぱOSSとかやってて、そういう海外のテックカンパニーに採用されるみたいなのが多少は出てきているので、
ほんと僕一握りのスターエンジニアだけですけど、そういうOSS活動みたいなものが何らかの機会につながるみたいな話が出てきてるのはすごく良いことだなって思うし、可能性が僕ももしかしたらあったら嬉しいなぐらいには思ってる。楽次ぐらいには思ってるみたいな感じです。
おだしょー いや望めばあるでしょ、ソンムーさんは。 おだしょー いや、どうなんすかね。おだしょー なんかアメリカとかに絞るとハードル高いかもしんないけど、なんか海外のどっかでだと全然ありそうな感じがしますけどね。
おだしょー そうですね。結局、そうですね。なんか積極的に話せば、探せばあるのかもしれないですね。あとちょっと、あ、はいはい。 おだしょー あ、ごめんなさい。なんか、あの、いやごめんなさい、なんか今僕ソンムーさんの話を剥ぎ切ってしまったんで、ソンムーさん何事したんすか。
おだしょー ああ、そうですね。なんかその、辻さん、結構ちゃんとそういうお金とかを意識して活動されてるなっていうのがあって、なんかそこ面白いとこだなって思ってるんですよね。ちゃんとその、まあ多分フリーランスとかされてたから、やっぱその自分の根付けみたいなものを意識してる部分もあるんだろうなと思うんですけど、
なんかそれこそその、もうなんか、つつみさんの有名な話って、すごくなんかこう、かやくにめちゃくちゃ安い給与で入ったみたいなのが割とその、鉄板ね、と思うんですけど、すごい、まあもうあんま誰もしないと思うんですけど、でもその後結構ちゃんとこう、実績を積まれて、ちゃんとその、ある意味その自分の単価とかそういうのを意識した活動もしてるし、発信とかもしてるっていうのがあると思ってて、
なんかそのあたりで、かやくの頃とその意識が変わったこととかなんかあったりするのかとか、割とその根付けみたいなところにどれぐらい実際、なんていうか、こう戦略的なのかみたいなところをお伺いしたいです。
いや、言われてみると確かに、僕かやく時代は、その大企業から年収を大幅に下げてかやくに入ってるんで、もうなんか一旦もうこの世界では、で、その頃プログラマーって別に稼げるっていうイメージ全く世の中的にないので、もう一生金のことはどうでもいいから好きな仕事をやるっていう、あの、って思ってたんで、なんかもう全然稼げるようになるって、
未来永劫を稼げるようになるとは思ってなかったですね。で、まあなんかかやく時代、残業代が出なかったんですけど、あの、まあでもすごい深夜までやってて、で、でも残業代出たら、あの多分、残業代出ない時間やらなくなるなと思ったんで、あの、残業代出ないほうがいいなって思ってたんですよ、当時。
なんかまあそれぐらい、ほんとお金のことはいいから、もう面白い仕事に没頭してたいっていう価値観でやってて。で、フリーランス時代も、なんかある時期までは別にお金のことは全く重視してなかったんですよ。なんかほんと安い単価でやってたし、なんか、まあほんと本とか出して、結構仕事バンバン来る中でも、まあ1月単価100万ぐらいで。
結構まあ普通の値段だと思うんですけど、まあそれでずっとやってて。で、それで結構夜遅くまでやって、こう、でもまあ1日5万で、もうそれ以上請求してなかったんで。普通に、あとまあ本書いてる間は仕事止めてたりとかしてたんで、普通に1千万いってなかったり、いってなかったんですよね、その頃。だから全然お金にこだわりは結構長い間なかったっすね。
なんか、あの、どっくり、フリーランス、まあ個人で仕事受けて初め、最初の単価月80万だったんですけど、もう、その月80万の時点でもうなんかお金に全く困らなくなって、あの僕の金銭感覚からすると。
なんかもう、で、まあそっからちょっとずつ、なんか需要と供給が合わないんであげたりはしたんですけど、でもまあお金が欲しいっていうのはずっとなかったっすね。で、まあなんで、どこでお金のことをなんかワーワー言うようになったかっていうと、でも子供が生まれてからですかね。
子供が生まれてから、まあその時、奥さんが結構忙しくて、わりと新しいキャリアを作ろうとしてて、朝、まあ本当生まれてすぐ2週間ぐらいから、朝から晩まで奥さんいない時期があって、で、まあ仕事もやらなきゃいけないし、育児も家事もやらなきゃいけないっていう中で、
あの、まあ本当に時間がなくて、仕事をやりたくてもできないっていう時期ができて、なんかまあそれで、まあ保育園にも入れなくて、シッター代が月50万とかかかって、なんかまあお金もいるなーってその時に思ったのと、
あの、まあ本当に自由がなくなったんで、もうなんか、あの、なんでしょうね、まあなんかそれで海外で働くとかそういうこともできなくなったので、こう、まあ海外から仕事の依頼きて海外に行ったりとかもしてたんですけど、そういうこともまあできない。で、もうなんか、その頃からなんか数字的に稼ぐことが楽しくなってきたのはその頃ですかね。
なんか、うまくどうやったらうまくその売り上げ増やせるかなみたいなことが面白くなってきたのはそれぐらいからで、その辺から変わりましたね。
家族と金銭感覚
たかちん なるほど、やっぱりそうですよね、家族とかそのお子さんとかそういったところでそういうのはありますよね。なんかやっぱ独身に近い頃とかそういう子供いない頃の金銭感覚とはだいぶ変わりますよね、なんかもう、それこそ僕もなんか20代後半結婚する頃とか、なんかまあ当時400万円台とかでしたけど、
そんな苦労してなかったし、なんか年収600万ぐらいあれば全然もうずっと暮らせるんじゃないかぐらいのそういう気持ちでいるし、まあ別に今でもそれぐらいでも生活はできるんでしょうけど、でもやっぱそれだと結構現実問題としては厳しいよなっていうようなふうに思っちゃいますよね。
たかちん いやー、なるほどなぁ。なんか、そうですよね。僕、もうお金式し始めたのは、やっぱりそのマネージャーとかをやるようになってからですね、っていうのはちょっとあって、なんかそうすると、こう、なんかみんなの給与を上げたいなっていうのとか、ちゃんとなんかその、ちゃんと会社として給与を上げないと採用もできないなっていう、
そういうふうに、なんか思った時に、じゃあまずでもないけど、まず自分も上がらないとダメじゃんっていう、なんかそういうふうに考えたみたいなのがありましたね。
たかちん まあでも本当にその、一人で稼ぐの難しいっていう話はあって、それこそ以前、その、なんかGitHubスポンサーズみんなどんな感じでやってるのかっていう記事の中でちょっと僕のことにも言及してくださってたっていうのを覚えてるんですけど、そう、なんかそうGitHubスポンサーズ別にそんなにこうめちゃくちゃ、なんかお金が入るわけじゃないんですよねっていうのがあります。
たかちん でもこれ、なんかどうすかね、なんか僕は、あ、てか今でも結構いますね、カレントスポンサーズみんなの、じわじわと増えていて、カレント14人ぐらいですかね、なんとやれば、なんでしょうね、なんかそんなになんでしょうね、まあまあにはなるのかなと、僕は全然そんなうまく稼げなかったですけど、
たかちん でも、なんか10万とか、なんかそれぐらい、そうもんさんどれぐらいなんだろう、まあ言わなくてもいいですけど、なんか有意な金額には目指せそうだなっていうのは思いましたね。
たかちん そうですね、しなんかそこはもっと目指せる感じになった方がいいのかなっていうのは思ってますね。まあでも僕はそんなになんか、やっぱ1000スターとか超えるようなOSSを作り始めたとか、そういうのじゃないとなかなか難しいんじゃないかなと思ってて、まあ僕なんかだいたいならすと1万円ちょいぐらいなんですよ、毎月。
たかちん ああ、なるほど。
たかちん まあまあ、だから、まあちょっとお小遣い程度には嬉しいし、別にそんなになんかそれだけで生活していこうとは思ってないから、別に全然そんなに払ってくれる人がいるのすごい嬉しいなっていうのは思ってはいるって感じで、なんかそう、なんかそこで数字追いかけ出すと逆になんかこう辛くなるみたいなのがあるから、まあじわじわと増えていってるぐらいがなんかちょっと嬉しいなって思うし、
たかちん まあただ最近は結構ちゃんと登壇するときとか、なんかそういったときに結構ちゃんとスポンサーしてくれると嬉しいですっていうのは言うようにはしてて、払いたい人に払ってもらえると嬉しいなっていうのは思ってるって感じですね。
たかちん 年間だとまあちょっといいガジェット買えるぐらいになるから、十分嬉しいですね。
たかちん そうですねそうですね。十分嬉しいですね。あとまあなんか逆に僕はその寄付、スポンサーしてますね。だからその他の利用させてもらってるツールとかそういったものに、まあでも僕はなんか継続でやるとちょっとサブスクがいくらになるかわかんないんで、なんかワンショットでその50ドルとかそういうのを送るみたいなのをちょいちょいやるみたいなのをやってる。
たかちん 素晴らしいですね。そっか今ワンタイムがあるんですね。昔なかったっすよね。
エンジニアのコミュニティ還元
たかちん なかったですね、はい。そうワンタイムがあるんで、そうですね。逆にハードル低いかなっていうのはありますね。
たかちん いいっすね。おかずっすね。 たかちん そうですね。まあやっぱりそうやって、あとなんかその、ある意味やっぱなんか寄付ってそういうもんだったなっていうのは思いますね。
たかちん あとなんか自分がよくあってほしいものにお金を払うみたいなことをやって、他の人もなんかお金を払うと、まあよりよくなるみたいなのがあるので、なんかそういう寄付とかそういうのってなんか願いを込めるためにやるものだなっていうのは最近思ったりしています。
たかちん なんかいいっすね。結構OSS活動で、何でしょうね。まあOSSに限った話じゃないですけど、エンジニアのオープンソース作ったり発信したりするのって、先人にだいぶ助けられたから自分もそのコミュニティに還元するんだみたいなところで、
たかちん 結構それであの、何でしょう。見返りを求めずやるみたいなところがあって、なんかそこで見返りを求めるのがなんか気まずいみたいなムードを感じなくもない、まあ最近はそうでもないかな。でもまあ昔はちょっとなんかあんまそういう技術の発信だとかOSSとかでお金お金っていうのはなんか気まずいなみたいな気持ちあったんですけど。
たかちん まあそれであの、なんか孫文さんがこうちゃんと登壇の時に寄付してくださいって言って、で、まあさらにその他のところに寄付もしてっていう、なんかそういうちゃんとお金でその感謝をつないでいくようになるっていうのはなんかサステナブルでいいっすね。
たかちん そうですよね。いや、それね、ちょっとあるなっていうか、つまりなんかそういうエンジニアインターネットの雰囲気みたいなのあったなと思っていて、ちょっとそういう話をもしかしたら後半の最初にしようかなと思っているので、ちょっと一旦前半はこれぐらいで切ろうかなと思います。ということで前半これぐらいで切ります。ありがとうございます。
たかちん ありがとうございました。
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