藤原です。増崎です。中村です。というわけで、空地的ジンブン学、今日もやっていくわけなんですか。こんにちは。はい。まったり。
いや、もう3月末ですね。ちょっと、ちょっと。そっか。辞節からしか始めないもんね。何が?いや、藤原に初手喋らせると、絶対時効の挨拶になるのを
忘却してた。そんなさ、俺がさ、その社交能力の低いだけじゃん、それは。違うんじゃない?いや、でも俺は今、高いからじゃない?
場所の説明が来るかなと思ったわ。ああ、はいはい。今、今日はね。そうそう。東中野の雑談で収録してるわけですけど。
ちょっとスピードが遅くなるよって。はいはい。ハイスピードが良いじゃないですか。宇宙、日本、東中野ですよね。
世田谷だろ。やっぱり。あれ、東京抜かしてるなっていつも思うよね。
今ここから、今ここ、日本、宇宙ってことでしょ?日本はあるんやって思わない。
国家じゃない?だから社会でしょ?宇宙、ジャポネシアかな?今ここが、ジャポネシア大丈夫?
だから宇宙、世田谷じゃないんやっていう。
だからそこの、世田谷から社会があり、そこから大自然がある。真面目なんじゃない?中継がある、中継がある。フィッシュマンズでも意外とない。90年代だもんな。
意外とそういう真面目さはありそうじゃん。フィッシュマンズってでも中継なくすみたいな歴史ではないよね、明らかに。
でも中継なくなって佐藤真一死んだっていう批評的な見方ができるけどね。
最終的にはそうだもんね。それは結果論だよね。死んだ後に言ってることはあんまりいいことじゃない。
でもこの前高橋雄二って現代音楽のピアニスト、作曲家。お馴染みのね。ライフとか聴くやつ。
有名なのはケージとか。ケージか。あとサティとかドビュッシもやってる。プリペアドピアノの演奏家とかね、よくやってる。好きですね。
竹光ソウルとかと仲良い人が対談集を読んでるんだけど最近。
山口雅夫って人類学者と喋ってるやつで、モーツァルトの話になって。モーツァルトって結局その陽気な曲ばっかずっと作ったのに、最後レクイエムっていう悲惨な曲を作って
悲痛な曲を作って未完で死んだっていう。 だからそれってその陽気だった男が最後死ぬ前に暗い曲作って死んだっていう見方?
これはすごい後世の人から見た見方だけど、でも結局なんかその後世で考えるってことはそういうふうに考えることだみたいな。
結局陽気な曲だね。たぶんそのモーツァルトのその時のことを今から評価するにはそういう見方をせざるを得ないってことだよね。
そう思うと、確かにフィッシュマンズもそう思う。それはあるんだよね。
だからそのイカれたベイビーぐらいの時の
めっちゃ割とちゃんとしたダブ、レギュラーだけどロックっぽくて明確にその今の清志郎的なリファレンスとか見えるのから
世田谷三部作でどんどん中継がなくなっていくじゃん。 噛みかかってきて、その後最後一番最後のシングルがゆらめきin the airが15分くらいあったっけな。
15分くらいあってもうなんて本当にトリップみたいなそういう感じの曲で、そして佐藤真次が溶接するっていうのは凄い出来すぎている。
モーツァルトだよね。本当に出来すぎてる話しすぎて怖いよね。 フィッシュマンズって出来すぎてるバンドだよな結構。
物語ることの怖さ。ライブもそうだし。 物語ること怖いよね。
でもそう思うと90年代、90年代なんだね。
個人から社会っていくところが。 2000年代だとそうならんもんな。
個人から世界だもんな。個人と個人かな。 味観がその個人まずこんな時代だから個人、君と僕の話からしか始められないと思って
リライトとか作ってたら世界形的だって批判されて、ゴッチがブチギレブログ書いてたよ。
でもゴッチって明らかにさ、影響力すごいじゃん。 この前ふと思ったんだけど、ロックミュージックがアニソンになったのって
味観からやなって思った。 結構味観って普通に平均的なオルタナティブロックじゃん。
バンドミュージックだし。 があんなにこう
ナルトとかさ、ナルトの遥か彼方とかさ、親しみやすい形であったのって、俺ら世代やなぁと思った。
もう少し上の世代はそういう感じじゃなかったんだろうな。 コードプレイとかも結構思うよね。コードプレイってレディオヘッドの続きだと思ってるね。ある意味。
コードプレイの受け入れられ方ってすごいさ、2000年代後半のさ、 グローバリズムとさ、
みたいな、世界宗教とみたいな。 なんかそういうのに巻き込まれていったんだなって感じがするから。
結局コードプレイも君と僕だし、最初は。 君と僕からスタートして、
ヴィバラビダニークというね。 何ヴァロトンだよ、ヴィバラビダAやろ。
よく出来すぎてる。 あれブレイアニーのプロデュースの方がめっちゃ面白いよね。 面白い。 あぁらしいね。
そろそろだから、あと10年経ったら若干ドニックプロデュースがおもろくなる。 テイラースウィフトとか。
てかいいのってさ、自分の曲だとあんなことやんないよな。 何が?どういうこと?
あのヴィバラビダみたいなことやんないじゃん。 あ、そうそう。 ヴィバラビダって超かっけえアニメだろあれ。
クラムボンの誰だっけあの曲作ってる? ミト。 ミトが作るアニソンとかね。
自分とは、自分のクリエイティブの仕事ではないからこそできるクリエイティブであるんだろう。
自分の曲じゃない、ミトさんが作った曲じゃないけど、クラムボンが青函飛行を演奏してるやつあるんだよ。
なんかね。 そう、それとミトさんが作ったアニソンとか比べるともうなんか
なんだろうなあれは。遊んでんのかな? いや、距離感の問題だよ。 自分自身と制作の。
距離感取れるようになったら楽なのかもね。 青松明が書くグラビアのリード部分みたいな。 そうだね。
そうなの? 僕は君を見下してから君に浴場することができるね。 なんか強すぎるよね。 青年誌のグラビアに書いてあるから。
なんかそれ正しすぎて強すぎて怖いよね。 いや、正しくはないよ。お前落ち着けマジで。
正しくはないよ。正しくないっていうことが前提ですよ。 それ正しいんじゃない?一種の人間の言っちゃいけない実存みたいな。
言っちゃいけない実存としたんだろうけどね。 言っちゃいけない実存にタッチしているというその倫理感?レトリック?
レトリック? そういう表現手法なんじゃないの? まあそうなんだろう。
グラビアにそういう風な距離感で、そのカメラの目でそういう風に言う。 メタグラビアってことでしょ? まあそういうことだね。
グラビアって、俺あんまり見ないからわかんないけどさ、一方通行なわけじゃん基本的には右側に。 その文章だとすごいこっちに責任感があっていいよな。
大物が自分にあって。 だからその写真がその女の子自体をやってるわけだよ。
それを見てるこっちの話になるからね。 そうそう急にこう翻す感じ。 むしろ文章がこっち側に対して見つめ返すという視線を反射するってことだよね。
なんかあれは、NADAの同級生の方から
今まで一番良いと思ったみたいな理由が来たって言ってた。 グロって思ったよ俺。
グロいか。 そういう時に褒められるよね人って。 あー制作?
制作っていうか、人生。 そういうこと話していいの?
自分が本文を置いてないところで褒められない。 いやそれは本当にそうだよ。
それは本当にそうだし。 やっぱそのアジカンで一番良い曲リライトみたいな。
アジカンで一番良い曲ってゴッチが何て言ってたっけ? ゴッチはねえっとね新世紀のラブソングとか。
なわけなさすぎる。 だからワールドワールドワールドが一番。 アジカンで一番良いのは新世紀のラブソングなわけないよな。
新世紀のラブソングもいいけどさ。 あとね、不確かだけど確かにワンダーヒューちゃんめっちゃ気に入ってんだよねこっちって。
アルバムとして。 ワンダーヒューちゃんって失敗作っていう。 何入ってるっけ?
ローリングストーンとか。 あーでも確かに普通に俺もファンではあるけどそんなしょっちゅう聞かないよ。
あれね白いやつね。タイトルだけ。 そういうもんなんだよね。
まあそういうもんなんだろうね。 そういうもんなんだ。まあバンドとかってゴッチだけじゃないしな。
他の面もあるからあれだけど。 そこに実態があるんじゃない?人から見えていいと思っている自分と
自分がいいと思っている自分のすり合わせたところに私の実態が浮かんでいくんじゃない?
だし普通に制作して観客がいる状態でそことコミュニケーションしてくるってことはそのすり合わせも大事だしな。
単純に藤原の長所だと思って、自分が長所だと思っているところじゃないところが多分周りの人が長所だと思っているだろうしな。
まあそうなのかな。俺にどれぐらいの読者がいるかわかんないけど。 友人としても。
社会的存在として? 社会的存在?なんか変な言葉を使うなよ。
弱く見えるぞ。 いや弱くは見えない。まともに見えるぞ。まともには見えないだろ。社会的存在とか言ってるとは。
やばい奴だろ基本的には。 まあ確かにそうかもね。友人の美徳ってまあその本人の美徳とは別だから。
本人から見れば直したくてしょうがないと思う。美徳に見たりするわけですから。 それって恋だけどね。
そんなこと言ったら俺だいたい友達恋してるよ俺。 お前にも恋してるしヒロトにも恋してるよ。
恋と友情の違い? 俺らね。いや別にいいよ。俺らただの友人だから。
まあ確かに収録以外で会わないもんね。 いや本当だよ。会ってないよ。収録以外で会ってないよ。 本当に会わなくなる。冗談じゃなくなってくる。
冗談じゃないよ。本当に収録以外で会ってないよ。 忙しいからしょうがない。 まあ長期休みで制作してるからね。
いや違うな。週3でフルタイムでバイトしてるからよ。 いやそれも制作のための貯金であるやん。
でも何も考えなくていいからいいよね。バイトって。 バイトはいいね。なんで働くか分かってきたよ。
その間、だってオフィスにいる間、自分じゃないんだもん。 実存じゃないから。
だってある程度さ、バイトとか特にそうだけどさ、だいたい可能じゃん。 一応誰でもできる仕事じゃん。バイトなんて。
それで、普通に状況と社員から求められる仕事をこなしてるだけで、終わるじゃん。
なんか旅行とかと同じような。 結局制作の途中に旅行とか行くとさ、
何かやる、もう諦めるじゃん。手つけられないから。 あれと同じようなバイトも。
オフィスに入るまでと、保留にできるんだよね。 オフィスにいる間は保留だから。
俺の実存的な問題とかを差し置いて、
金を数えたりしたら終わるからね。 やるべきことをやってるだけで終わるじゃん。
それで達成感もあって、ビードも上手くなるってなるとね、お金もらえるしね。
めっちゃ働きたいよね。 やっぱ労働ってある程度人を救う部分あるやろうと。
そこが資本主義の怖さであるわけだよね。 怖いね、それも確かに。
そういうふうに労働に回収していくわけだから。 悩める人間を。
実際さ、ちょっと話しぼれるけどさ、週3で働くタイムが一番きつくない?
厳しい。休学してるとお前もそうでしょ? そう、週5でどっか行くとか学校行くとか、週5で働くよりきつい気がする。
週3だったって、週3バイトしたら週3で予定入れるもんか。
結局休日減るからね。なんかわかる? まあまあまあ。
いやそれもスケジュール管理の問題じゃないよ。それじゃなくて。 いやなんか、 週4家にいればいいじゃん。
だからちょっと広くすると、予約ができるじゃん。
週5だったら休日って休むための日じゃん。 週5だったらもうそれ週5のために1週間を過ごすことになる。
週3だったらそこまでじゃないわ。 むしだか自分が週5で働きながら小説書くってなったら、多分平日毎日ちょっとずつ書くと思うね。
多めにそうだね。土日にまとめて書くってなんないじゃん。 でも週3だと残り週3まとめて書くことになる。
週4とか。 まあそういうふうにライフスタイルがあるかもしれない。
週3ぐらいが一番きつい。 どうなんですか?週3働いてて。
週3働いててどうなんだろう。どっちにしろ休み方わからないから昔から。
休んでる間何かしないと気づかない。 休んでる日普通に何か起きて1時間で家出て
寝込んで映画2本見て 帰って帰ってきて本読むみたいな。
もともと今そういうのがある程度制作とかで回収される部分はあるけど、中古はそうしてるわけだもんね。
そうそう。 わかるわ。
物を買うという快楽に抗いたい。
物を買わないってこと?
物を買わないっていうのもちょっとうさん臭いなと思っちゃうんだけど。
金欲的になったりするの?
消費する快楽に抗いたいよね。
おにぎり買うときさ。
新商品のテカテカの高いやつを買わずに
わかめご飯を買うっていう言葉。
わかる?
わかんないな。
栄養と美味しさを考えてわかめご飯を買い
で、余ったお金で遊ぶみたいなことよ。
だからお金の使い方を適切に考えていきたいってことね。
逆にあれだわ。
新商品を買い続けることで
洗濯しないという
カロリーを下げること。
洗濯のカロリーをなくせるなとは思っちゃう。
俺も洗濯のカロリーをできるだけ減らしてるようにしてるから。
洗濯のカロリー。
最近飲み物を水以外飲まなくなってめっちゃ楽になったわ。
わかる。
俺も最近お茶しか飲まない。
いちいち飲み物を買って飲んでっていうのがすごいね。
わかるわかる。
俺もウェルチーノひと草のブドウしか飲んでない。
あれめっちゃ美味いやつ。
あれめっちゃ芳醇な味するやつ。
ブドウ嫌い。
あれ350mlで150円とかだから。
高っ。
割高だけど。
割高だね。
結局そういうとこにおしまない方が生きてるから。
それで普通に毎回。
それでお前方がなんとかバリューの安いブドウジュースとかに何も満たされない。
そうなんですよ。
そこで筋肉的になっても精神痩せるだけだしね。
醤油とかね。
でもそうするとマジでエンゲル係数だけ上がってくっていうのはありますよ。
でもさ、俺結構考え方としてさ、強弱ないとダメだからさ。
相対的にもだから。
まずい食事を食べないと食事うまくなんなくない?
どう思う?これ。
そんなことないな。
普段シストにしてた方がなんか食った時うまいなと。
外食がうまくなる?
そうそうそう。
割と。
俺ね、中学になるくらいまで家で冷食出さなかったから。
親の方針で。
なんか変に舌漕いちゃってるんだよね。
はいはいはい。
ちゃんとした家で純粋に伝統的な家庭料理を食って。
確かに松崎って冷食食わないよね。
12歳くらいまで冷食もね、あとスーパーの総剤もろくに食ったことないから。
出来上げの素材と確かに弁当とか冷食とか冷蔵庫にないよね。
ダメなんだよね。
一人暮らしの男にしちゃう。
ないけどこいつ脂っこいもんめっちゃ食うやんけ。
まあでも自分で作るじゃないですか。
質がいい脂っこいものを食ってる。
質が良くないよお前が食ってるもの。
お前が食ってるものでもないから。
これはね、あのね。
でもね、俺が今質良くないものを食ってるのはね、普通にね、父殺しなんだよね。
オイリプス。
そういう丁寧に育ててくれた父親に対して、そこを超越しようとしてるんだ。
お前なんか間違ってる。
お前は味の素かけたりとか、ニンニク使ったりとかして、お前は父殺しをしようとしてる。
そうそうそうそう。
父殺しっていうか、まあ親殺し。
オイリプスして、超越しようとしてるんだ。
でもオイリプス意識ってない?生活において。
あるけどね。
なんか俺結構あるなと思うな。
でも俺昔の方があったよ。今はどっちかっていうと諦め方がある。
どうしようもなく似てるなって思うときあるもん、最近。
あんだけ10代に、人並みの青年ぐらいには父親があんま好きじゃなくて、乗り越えようとしてた部分があったけど、
今も全然違う人生を歩んでるけど、なんか似てるなって思うときあるね。
分かるよ。分かるけどなんていうのかな。
父殺しをするという意識がね、やっぱり人類の向上に繋がるんじゃない?
ああ、だから広い意味で考えれば。
人類というか人間の向上。
まあまあそうじゃない。
父殺しね。
だから父反殺し?
反殺し?
父親の尊重できるところを認めつつ、尊重できないところを改善していくっていう。
改善していくと殺すは違う。
まともな話だったら。
人類の歴史だよ。理性の向上の話だよ。
一般論だったね。
理性はそうやって繋がれていくから。
でもなんか俺は最近改善しようと思って一生懸命やってきても、
追わかりつく中で同じところに落ち着いてしまっているなって思うわ。
人類の歴史自体。
童貞が違うだけというね、無気力になるよね。
その道のりと接続される部分も結果も違ったとしても、本質は追わかりつく中で同一ら線上にいるというか。
感じるね。
それはたまに感じるけどね。
逆にね、父親と離れて、父親的になるものだから。
つまり家族と離れて暮らすと言われるとね、
逆に家族の習慣を一人でなぞるという安心感もあるんだよね。
はいはいはい。
例えば季節になればそのものを食うとか。
食わないだろうね。
食わないのか思えちゃう。
いや食ってるけど多分、
なんかそういう、
季節になるのか。
季節から食ってないな。
例えばほら、
ナノハナとか。
オレンジはそうではないけど、
ナノハナは分かりやすい。
あとホッケとか。
あとカツオとか。
おととい飛眼だったじゃん。
飛眼だったら、
ご飯食べるとかさ。
ないな。
節句の時期はタケノコご飯食べるとか。
チラシ寿司食べるとか。
そういうことでしょ。
あれね、タンゴのセックスね。
タンゴのセックスね。
タンゴのセックスって響きいいよな。
オーウィアーソウルの新曲みたいな。
あの、
モヤ様で、
サマーズがタンゴのセックスっていう単語が出てきた時に、
タンゴのセックスって聞き換えしたのが、
オレが人生で初めてセックスっていう単語を知った瞬間。
めっちゃおもろい。
なんかだいたいさ、あれじゃん。
そういうのに詳しい友達とかが、
国語辞書を見せてきたりするじゃん。
分かんない。
いつ知ったのか分からんな。
明確な場所も分からん。
俺小学校でみんながスマホとかパソコンとか
申し始めた時期だった。
そうそう。
オレだけサマーズ。
多分それにひぼついて何か知ったんだと思う。
自然な流れで知ったと思うけど。
まあ、なんかね。
普通にテレビで言うからね。
普通に言う言葉だからね。
多少マセダコだったら、
気になるよな。
普通に健全な範囲で気になるよ。
舐めんなよって思って喋るよね。
サマーズだったね。
サマーズってかっこいいもんな。
サマーズかっこいいのか。
俺はサマーズ好きだろ。
俺は好きじゃないよ。
でも俺の友達でサマーズ好きでついてたわ。
何今の川下だ。
でも俺サマーズ的にあるものがかっこいいと思ったことあんまりないな。
俺サマーズかっこよくないよ。
サマーズに比べたら俺明らかにシティー感あるもんね。
ヘミングウェイとかの方がかっこいい。
ヘミングウェイかっこいいよ。
俺はヘミングウェイの方がかっこいい。
サマーズの方がかっこいい人もいるって。
まあ、ジャンル違うし。
ヘミングウェイかっこいいな。
俺も新聞記者になりたいもんね。
でもヘミングウェイはちょっとかっこいい小説家であるもんね。
そっか、ヘミングウェイって新聞記者か。
中学生の頃は新聞記者になってから小説家になろうと思ってたわ。
俺夏目でもそれで思ってた。
マルケスも記者だもんね。
それで俺なんかそれをさ、物語的な若い作家で消化されて15年後ぐらいにルポルタージュみたいなの書こうと思ってたわ。
誰?
いろんな人いるけど。
カポーティはそれで筆死んでる。
カポーティはそれで筆死んでる。
霊傑だっけ?
霊傑読んでないんだよ。
霊傑って読まない本でしょ。
名前だけ知ってて。
600ページぐらいあるもん。
俺さ、地の果て地上の時読んでたらさ、中上県庁ね。
そしたらさ、松崎がさ、
それって名前だけ知ってて誰も読まない本でしょって。
なんて失礼なやつなんだこいつ。
すごいひどいこと言うねん。
松崎って本当に俺のこと見下してんだなと思ってた。
違うだろ。
松崎がめちゃくちゃ行きたいライブにそんなこと言われたらね。
悲しいよね。
松崎この前、
みんな知ってるけど誰も聞かないミュージシャンのライブなの?
松崎この前ルビースパークス行ってたよ。
でもルビースパークスってそうだよ。
みんな名前知ってるけど誰も聞いてない。
割と聞かれてない方ではある。
海外でも評価されてるイケてるバンドっていう。
フレームがでかくなっちゃったよね。
っていうことだけみんな知ってて、
自分で毎日電車とかで聞いたりとかしてないね。
海外で評価されてるというね。
レーベルから出したんだよね最初。
確かに。
ロンドンのレーベルかなんか。
ロンドンロックオンだしね。
あとデイグロウもそうだしね。
うちのパティシオンの時いいだろ。
俺も読んでるよ。
名前だけして誰も読んでないだろみたいな本。
でもそれは。
その時期俺そんなんばっかり読んでたよ。ユリシーズが読んでたもん。
ユリシーズは違うじゃんちょっと。
古典だもん。
ユリシーズもそうだろ。あれ誰も読まないよ。
血の果ても古典じゃねえもん。
血の果ては古典にもならなかった。
なれなかった。
今血の果てした時誰も読めてないだろ。
長井健二とか若手作家よく名前出すけど。
映画でいうと風と共にサリヌとかすごいじゃん。
見てるよ俺。
例えば。
4時間半見たよ俺。
小説50ページくらい見た。
風と共にサリヌ見てるぜ俺。
名作だけど別にみんな見てないじゃん多分。
そういう扱いなんですか?風と共にサリヌ。
風と共にサリヌはそうだね。
でもそれに対してアラビアのロレンスは全然見てるよ。
アラビアのロレンスってなんかエモいんじゃない?
エモいってかポパイが好きみたいなやつ。
確かにポパイよく出してるわ。
そういうのあるじゃん。
単純に結構カズレスあるしね。
ポパイのクリエイション力ガチなんだよね。
ブランド力と普通に。
風と共にサリヌはただ初めてのカラー映画だから。
見ないと分からないからね。
でもそれどうなっていくんだろうってのはあるよね。
雑誌文化もろくに機能してないと。
じゃあ誰のブランディングが権威を持つようにあるんだっていう。
もっと集合地みたいなのじゃない?海外で評価されてるとか。
TikTokとかってことやっぱ。
海外で評価されてるとか。
でもそれこそさ、お前がさ、この前ツイッターでリツイートしたとさ、
綿の毛糸のエッセイとか書いてあったけどさ、
それこそやっぱ知識人なんじゃない?
知識人って誰のこと?
大衆をレプリゼントする知識人のそれぞれなんじゃない?
誰?それ。
今?日本社会で?
確かにいねえわ。
石丸?
ってなってるのかもしれないね。
それが代表する知識人が多分石丸とかひろゆきとか堀山なんだろうな。
石丸とひろゆきと堀山って質が違うけどね。
それぞれ違うけどね。
誰?中田篤彦?
西野。
あーいっぱいいるね。
結構いるね。
知識人という。
知識人って言われる人々ってどっちかっていうとそっちだよね。
確かにそうなってきたね。
そういう人たちが褒めたものなのかな。
だから本屋に平積みにされてる、自分で書いてない本をいっぱい出してる人たちの。
でもひろゆきは自分で書いてないことを明言してるからね。
自分が書いてる。著者ひろゆきの本も。
全部喋って編集者が書いてるとか、編集者が書いてないと直してるとか。
それは別にそうだけどね。
それ自体が、その方法を取ってること自体がひろゆきの楽して稼ぐ方法っていう方法論を実践ではある。
だからむしろガチって論理が決まってくるっていう。
でももっと個別媒体でもあるかもしれないけどね。
インスタグラムで誰か見てるとか。
狭いところの範囲の中で。
フィルマークスとか。
知識人とかじゃなくて、小さなインフルエンサーにも行かないような人が。
フィルマークスってあれだもんな。
フィルマークス開きたことないんだよね。
その時のアクセス数でトレンド出てくるから。
例えばツイッターでバズったからみんな見てるような。
見てるとそれが例えば30年前の映画だろうが突然ダンサーイン・ザ・ダークが入ってくるとか。
そういうことがあるから。
例えばインスタのストーリーとか見てたらさ、その人が行ってるライブ上げてる音楽とかを聞いてみた時代でも一緒。
でももうそういうことなんだろうね。
誰が言っても信用できないから情報が偉くなるのかもしれないよね。
かもしれない。
それに対しての雑誌文化があり続けるとは思うけどね。
無くなりはしない。
もう無いよ。実際。
保守的な人は雑誌を訴求していくやろ?
でも訴求力無いよ。
どういうロジック?
実際なんていうの。
少なくとも死んでるんじゃない?そういうエディトリアル的なことは。
それは死んでると思うよ。
だから結局多分ツイッターとかでバズったものの特集とかになってきてるじゃん。方向性として。
分からなくもない。
だからそこが別に発信ではないから。
雑誌が新しく文庫を買って作ってくってのは問題でしょ。
普通にポッドキャストなんだろうね。
アツい。
いやアツくはない。
こいつはアツい。
これはもうポッドキャストしか無くなってしまった私たちってこと?
アメリカのポッドキャストがすごいらしいよね。よく言う話。
大統領選とかそういう話ってずっと車の中で。
一番有名なのがジョー・ローガンっていう陰謀論系の方だった。
ポッドキャスターとかがすごいこう。
すごいフォロワーを集めて。
で、信報されてるわけだ。
エコーチェンバー。
毎日の通勤の電車、通勤の車にずっと聞いてるの?
CNN見る代わりにその人のポッドキャスターを聞くってことだよね。
やっぱり情報がさ。
それこそ本当にさっき俺が。
さっきリツイートしたのに俺が喋るが。
ケーターのエッセイにも書いてあったけど。
結局そこに人の主観とか解釈を絡み続けるっていうところは
そこを受け止めなきゃいけないってワタの携帯ってわけ。
それはワタの携帯が言論の知らせを配信することに向けて書いてるでしょ。
でもどうなんだろうね。そこを受け止められるのはさ。
発信者はそうだけど。それは俺らも受け止めてるわけである程度は。
だけどどうなんだろう受け取り手としては。
無責任なこと言うなよという感じがすると。
受け取り手としてはその人の主観が混じってるとか
解釈あるっていうクリティカルシンキングをさ
持つ世の中ではないんじゃないの?
いやーていうかね。そもそも批評嫌いみたいな話が第一にある気がする。
信じたいってこと?
いや、なんていうの。
批評。だから結局その批評家みたいな人間より
そういうツイッタラーとかの方がみんな信じてるような時代なんじゃないの普通に。
同じ場所に立ってる同志のように思うのかな。
だから多分その読書好きみたいなアカウントの方がさ
それこそさ、じゃあ例えば福島良材が世界文学のアーキテクチャ出しましたですとか
そういう話より全然いいでしょ多分。
だからなんていうの。
乖離あるもんだそこ。
だから例えば社会問題のアナロジーとして何かがコンテンツを読み解くみたいな面白さってもう
ないじゃん。ほとんど。多分。
そうなんだろうね。
かけられた範囲ね。
でもそういう意味で俺雑誌の匿名性じゃないけどさ
雑誌は雑誌って枠組みしかないじゃん。
枠組みとその権威しかないじゃん。伝統と。
そこもあってもいいような気もしてくるけど。
そこには大きな力が働いてて検閲家が働いてて
組織として運用されてるもんだから新聞とかもね。
でもそういうオールドメディアが信頼されてくる時代ではないからね。
いやもうダメですよ。財務省解体デモの時代だから。
そうだね。
あれは結構びっくりしたな普通に。
すごいことが起きてますね。
朝日新聞のさ、朝日新聞デジタルに入ったのよ。
朝日新聞デジタルに入ったらさ朝日新聞がこんなに極リベラルなんだっていうのもびっくりしたんだけど。
10年前の、これ俺は朝日新聞を公読する家だし、これは個人の主観を存分に払いますけど
安保闘争の時よりどんどん傾向がその傾向が増していったイメージあるね。
第二次安倍政権の時より明らかにその傾向が増してるね。
あと俺そんな高校の頃ね、なんていうの、家で撮ってたから朝日を。
読んでたんだけど、客観的なところしか読んでなかった。
写説とか全然読んでなかった。
一面と二面とか、政治経済文化面ぐらいしか読んでなかった。
そういうところが面白くなってくるのって年取ってきてからだもんね。
確かに、それに鵜呑みにしないぐらいの年齢にならないと面白くないかもしれない。
そもそも一面のレイアウトっていうのが一種政治的ではあるんだけどさ。
最近読んでて思ったけど、こんなにリベラル側にパーソナライズされたような、最適化されたような言説が書いてあるんだなと思って。
かなり旧新聞的かもしれない。
あんまりちゃんと読んだことないですけど。
ちょっと話ずれたけど。
なんだっけ?
結局個人のインフルエンサーではないけど、個人のアカウントとかが情報の発信源になっていく。
財務省解体デモの話だ。
財務省。俺が戻りすぎた。
財務省解体デモの話だ。朝日新聞の記事だからっていうのは前提としてあるんだけど。
記者がそこにいる人にどうして来たんですかって聞いたら、
あなたたちみたいなオールドメディアのことは信用しないって言われたとか、
そういう隠蔽するようなことばっかり報道してると、記者さんあなた危ないですよみたいな。
参加者の人にそういうことを書いてあって。
リアルなんだろうな。
リアルなんだろうなと思ったけど、そうかと思って。そこまで来てるじゃないけど。
本当にそうなんだろうね。
本当に何も信用できないんだろう。今の時代は。
何を信じるかの前に。
やっぱ俺らって頭はお花畑なんだなと思って。
映画やったり。
親のお金で大学行って。
映画やったり小説やったり。
映画やったり小説やったり。
はすみじげひこうとか、からたにこうじんとか言ってるのってさ、
すごいなんか旧来的な地をさ、
享受してる。
享受できてる。
それはめっちゃ感じる。そういう場所に自分がいるっていうのはすごい感じる。
明らかにそれは前提として生活するしね。
そこが由来でるとはさ、
まあ、疑念はあったとしてもさ、
ないっていう前提ではないじゃん。
あー、ごめんここで切断したいわ。
いや逆に俺はどっちかっていうと、ないなと思ってて、
俺と両親はあるわけ。
うちの親久しぶりに会ったらさ、
去年かな?の岸田くんの玉子を撮った、
堂々が落下するっていう映画見に行ったって言ってて、
なんでカントたけんだよと思ったんだけど、
そういう家庭だから、
少なくとも家ではそういう話は通じるわけ。
でももう公立高校行ったら、
ないから。
それはそうだよ俺も。
でもないじゃん。
ないから自分の中で選択的に、
はすみとからたにのことだけ考えられるような環境を選んだという。
それは分かる。
それはそうじゃん。
それは俺らそうでしょ。
あるから、なんだろう、
やっぱそっかみたいな感じの方が近いか。
そっか。
やっぱそうだよなみたいな。
そういえばそうだったなみたいな。
再確認したわけね。
現実に引き戻されたじゃないけど。
でもそれは別に時代文章を書いてあるものは陰謀論ではないが、
そういうものと同じようにお前が、
なり俺らなりがそういうものを信じてるだけだから。
大学4年生の間ですね。
そう、大学4年生ですよ。
確かにな、もう何も信じることないわ。
やっぱこっからないっていう空間の中で、
サバイブしていかなきゃいけなくなってくるからね。
そうだね。
まあないんだけどね、別に今も。
何が?
え?
今の環境であると思えるかって言われたら別にないけど。
それ前々回しゃべりましたよ。
前々回しゃべって。
しばらく言った通り、
もともとあるのとないのって全然話違うから。
確かに。
いやでもここまで、
あったってだけでも全然違う。
あると思ってる方がおかしいもん今。
多分だよ。
だって今多分全員そうやと思うで。
全員は言い過ぎじゃない?
お前、それ自分の立場で考えるけど、
例えば俺は文学の新人賞に応募してますが、
新人賞を応募してる人の中で、