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こんにちは、Yajimaです。
こんにちは、ほそやまです。
本日も始まりました、やじま・ほそやまの桶屋ラジオ。
こちらの番組は、普段広報PRの仕事に従事するやじまとほそやまが、
身の回りの日常のあるやこれやについて、広報PR視点も少し織り交ぜながら、
脱線もしつつ、雑談する番組です。
今日もいつもの近況トークからいきたいと思います。
まず、私の方から。
最近ですね、新しい調理家電をゲットしまして、かなり自炊を進めております。
調理家電ってどういう家電ですか?
ホットクック、チャップのアヒルショーで言うとホットクックあると思うんですけども、
これのアイリス大山のものを買いまして、電気圧力鍋になるんですけれども、
それでいろいろ煮込み料理とか、レパートリーを増やして作ってます。
僕ホットクックって使ったことないんですけど、何ができる?何が違うんですか?
ホットクックって、圧力機能なしありとかいろいろタイプがあるんですけれども、
お鍋に具材、野菜だったりお肉だったりとか、そういった素材のものを入れて、
ボタンをピッとすれば勝手に料理が出来上がるっていう自炊の家電なんです。
今回Amazonプライムのブラックフライデーで買いまして、
カレーとかポトフとかいろいろ作って、味付け変えながら挑戦してみてます。
それを他の、普通の鍋とどう違うの?
普通の鍋だったら、茹でるときの深い鍋とか、炒めるときのフライパンとか、
圧力鍋とか、お米炊くお釜とかあると思うんですけど、それが全部一つにまとまってるので、
一つで一石三鳥四鳥みたいな、そういったものになります。
あと、タイマー機能とかがあるので、朝セットして夜帰ってくることに、
自動的に出来てるとか、そういったセットも出来ます。
それは便利ですね。
そうそう、便利で。
今、カレーとかも、食材とか切って入れましたけど、
大体、そうですね、40〜50分かかるけれども出来ました。
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味違います?
野菜になったらトロトロになります。
違いますね、やっぱり。
最近だと鍋もやりましたし、
この冬は好きなのが、白菜と豚肉のミルフィーユ鍋。
そういうのが好きで、
白菜と豚肉を交互に重ねて、花びら状に置いて、
スイッチONで続けて、もうトロトロのミルフィーユ鍋が出来ちゃうっていう。
基本はやっぱり煮込み系というか、鍋系なんですか?
そうですね、煮込み系が得意で、まだやってないですけど、
牛すじ煮込みとか、ハンバーグとかが好きで、
煮込み以外が出来る感じですね。
あとお米も炊けます。
お米も炊けるの?
そうなんですよ。ちょっとそれは挑戦してみようかなと思いますが。
揚げ物とかは出来ないですね、さすがに。
揚げ物も出来ます。
出来るんだ。
そう、出来るんですよ。
なので、油をどこまで入れるかですけど、
200度とかまで高めることも出来るので、
そこで揚げ物も出来ちゃいますが、
時間通りに何分後にっていうのは本当に出来るのかなって疑っちゃいますよね。
挑戦する予定はありませんが出来ます。
ちょっとやってみたら教えてください。
平地さんはどうですか、最近。
僕は先週末に焚き火ナイトっていうのに行ってきまして、
玉川の河川敷で焚き火が楽しめますよっていうのをよくよく調べると、
玉川の河川敷の利活用して、
にぎわい喪失と課題解決を目指して実施する社会実験として、
河川敷氏がやっているらしいんですけど、
手ぶらで言って焚き火が楽しめますよっていうことと、
バーベキューセットみたいなのも借りれるんで、
火をくべて、火をくべてっていう網を張って、
近所のスーパーでお肉とか野菜とか買ってきて、
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それを焼いて楽しんだりとかっていうので、
焚き火を見ながらまったりとお酒飲んだりとか、
バーベキュー楽しんだりとかっていうのができるっていうので、
僕初めて行ったんですけど、めちゃくちゃ良かったです。
焚き火は夜に集まるんですか?
そうですそうです。
基本週末とかに定期的に開催されていて、
事前に申し込みをして参加できるっていうやつですね。
今この時期だと夕方はだいぶ日も早く暮れるので、
長い間楽しめるんですかね?
そうですね。終わりが確か9時とかぐらいまでなんですけど、
僕らは5時半ぐらいに行って、
そこから9時ぐらいまでバーベキューとか楽しんで、
コーヒーを沸かしたりで飲んだりとか、
チルじゃないですか。
カップヌードル食べたりとか。
チルな感じでしたね。
いいですね。
そういうイベントとかがあったんですか?
お友達で行かれたんですか?
そうですね。知り合いと何人かで行きまして。
実は9月ぐらいに1回行こうとしたんですけど、
その日にあいにく雨が降っちゃって中止になっちゃって、
今回はリベンジということで。
今回は天候も良かったし、
逆に今ぐらいの季節が寒からず暑からずというか、
たしかに。
ちょうど焚き火の日で温まって暖を取りながら、
お酒飲んだりとかお肉食べたりとかできるので、
そういう意味ではすごいチルな感じでしたね。
手ぶらで、しかも手間があって気軽に行けていいですね。
そうですね。
すごいなんか盛り上がってましたね。
僕は友達で行きましたけど、家族で行ったりとかしてもめちゃくちゃいいんじゃないかな。
グランピングみたいなもんですよね。
家は張らないんですね。
でもキャンプもできるんで、それは別プランであるんですけど、
キャンプで泊まることもできるらしいんですけど、
僕らはその焚き火のプランだけだったんで、
9時半くらいまでやって、片付けして帰るっていうので、
サクッと行ったんですけど。
いいですね。そういう遊びで気軽に行ける場所があるといいですよね。
そうですね。
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玉川って言っても都会のど真ん中で、
自然というかね、火に触れて段を取りながらっていうのがすごい体験だったんですけど、
ただやっぱり火っていうか、服に匂いがめちゃくちゃ付いてる。
付きますよね。
こんなに匂うんだっていうのが。
薪の匂い。
薪の匂いが。
今家帰ってきたコートがすごい匂いが付いちゃって、
1日3回くらいファブリーズして匂いを取ろうと思ってるんですけど、
全く取れなくて、たぶんこれはクリーニング出さないと無理だなって。
あ、あんなに?
そうですよね。
やってる時は自分たちは匂い気づかないんですけど、
電車だったりするとね、気づいたりしますよね。
これはちょっと襲害というかね、周りの人に不快な気分させちゃうので、
それだけぐらいですかね、気をつける。
だから匂ってもいい服とか、あとはクリーニングとか洗う前提で、
匂い付いてもいい服で行くみたいなのは。
確かに。
そんな代償も背負いながら楽しんできたと。
いい時期ですね。
おすすめです。
聞かれてみてください。
機会があったら。
ありがとうございます。
12月を迎えた今日この頃になりますけれども、
ここからメイントークに移っていきたいと思います。
今日は僕もちょっと話したい話がありまして。
本当ですか?ぜひ聞きたい。
ちょうど先週、11月末まで日本経済新聞で、
財津和夫さんが私の履歴書で掲載をされました。
ちょっと財津和夫にまつわるあれこれをちょっと話したいと思います。
財津和夫さんというか、僕は音楽自体詳しいわけじゃないんですけど、
日本の今のJポップとか、あるいはアイドルの推し活みたいな流れってあるじゃないですか。
流れを作った立役者の一人かなっていう。
財津さんってそうなんですね。
そうですね。
財津和夫さんってそもそも知ってます?
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お名前を有名でいろいろ拝見して、シンガー・ソングライターっていうイメージは持ってるんですけども、
あってますか?
あってます。もともと日本のロックバンドのチューリップっていう。
チューリップ。
心の旅っていうのが有名な曲。
そうですね、それは。
あとはサボテンの花っていう、
ひとつひとつ屋根の下っていうドラマのテーマ曲の歌ったバンド、チューリップっていうバンド。
財津さんっていうのは和製ポールバックアートにって言われていて、
割とそのビートルズにインスパイアされた日本のロックバンドみたいな。
70年代に活躍したロックバンドなんですけど、
その後はどっちかっていうと、作曲家とか音楽プロデューサー的な人たちで、
いろんなアーティストに楽曲を提供するっていうのをやっていて、
ひとつ大きな功績としては、松田聖子に楽曲を提供して、
例えば夏の扉っていう曲とか、あと白いパラソルっていう曲。
白いパラソル、知ってます?
知ってます。
ノバラのエチュードっていう曲、いくつかあるんですけど、
そういう曲を提供して、
アイドルの楽曲、アイドル歌謡っていう領域って、
割と今までは軽んじられてたっていうか、
中高生が聴くものっていう認識だったんですけど、
松田聖子が80年代前半ぐらいに、
社会現象じゃないんですけど、
アイドル歌謡みたいな、あんまり可愛いけど歌うまくないみたいなのが、
当時のアイドル歌謡っていう定説だったんですけど、
松田聖子って歌唱力もあってビジュアルも良くて、
かつそこに、在津和夫さんとか、あとはユーミンとか、
ハルオミとか、大竹栄一みたいな、いわゆるニューミュージックって言われてるような領域で活躍していた、
プレイヤーの人たちが楽曲を提供して、
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中高生だけじゃなくて大学生とか、あるいはその上の世代の人たちが、
アイドルの歌謡曲っていうのを聴くようになったっていう流れを作ったっていう。
もともと日本の歌謡曲とか、いわゆるニューミュージックって全然違う、
原流というか流れだったのが、
アイドル歌謡曲とニューミュージックっていうのが開口したっていうのが、
80年代前半の松田聖子とか森明菜とか小泉くんとか、
アイドルブームみたいなのが起こった中で、
そういうところにニューミュージックで活躍していた人たちが楽曲を提供して、
そういう中高生だけじゃなくて大人も聴ける音楽っていうふうに、
ちょっと消化していったっていうところが一つの流れとしてあると。
なるほど、そうなんですね。
今でもカラオケで聴いたりとか、
スナック行くと聴いたりとかする曲たくさんありますけど、
在地さんも関わってるのたくさんあったんですね。
そうですね。
今って大人がアイドル好きとか、アイドルの視覚とかって普通じゃないですか。
70年代、80年代とかでいくと、
まだアイドルって中高生が聴くもんだよねとかって、
大人がアイドル好きっていうのはもうはばかられるような時代だった中で、
そういうオシャレなニューミジックの人たちが、
楽曲作りに関わるようになったことで、
クオリティの高い楽曲っていうのが、
かつ、70年代のアイドルってあんま歌も上手くなかったんだけど、
武蔵成功みたいな歌唱力もある、表現力もあるアーティストと掛け算になったことで、
一気に民主化したというか。
みたいな流れっていうのができてきたっていうので、
他にも有名な曲は、
赤いスイトピーとか、渚のバルボニーとか、
あれはユーミンが作曲してて、
風立ちぬっていう、これも有名な曲ですけど、
これは尾田圭一が作曲してて、
なるほど。
私、織田一雅さんも好きなんですけれども、
確かに織田さんの曲でも、作詞、圭一さんって見たことあるなって今思い出しました。
そうですね。圭一さんはどっちかというと曲の方ですけど、
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曲ですか?
でも、それこそ、
織田一雅とか、
あと井上陽水とか松戸家が、
まさに70年代のニューミュージックのムーブメントを作った人たち。
あとその他、井上陽水、吉田卓郎。
今シティポップみたいな流れでいくと、
山下哲郎とか竹内真理恵とか、
こういう人たちが、本当のJポップの源流みたいな流れですよね。
みたいな人たちが、
いわゆるポップ路線っていうのを作って、
そこにそういう人たちが、
そういう人たちって当時はあんまりテレビには出ないっていう。
そうなんですね。
やっぱりカウンターカルチャー的な立ち位置にあるんで、
あんまりテレビの歌番組とかには出ずに、
ラジオの深夜番組とか、
コンサートで自分語りをして、
若者の指示とか共感を得るみたいな。
そういう意味で、若者の絶大な指示を受けているアーティストだったんですけど、
あんまりマスに出ていくっていう感じよりかは、
カウンター的な人たちで、
松田聖子とか森役のとか、
いわゆるアイドルの人たちに、
80年代に入って、
ニーミュージックの人たちが、
提供するようになって、
より広く受け入れられるようになっていったという話ですよね。
そうなんですか。
シンガー・ソングライターっていうと、
自分たちで作って、
自分で歌うっていう、
そういう方々ですよね、本来だと。
そうです。ニーミュージックっていうのは、
基本的に自作自演っていうのが、
大前提のロックとコンケーの音楽っていうのが、
教科書的な定義っていう。
世界観も含めてプロデュースするっていう、
あとそういう政治的なメッセージとかじゃなくて、
日常というか生活環境みたいなところ、
貴重とした都会的な。
それを楽曲提供をする前提で、
この方々って作詞作曲されるわけなんですか。
それともいいものができたから、
ぜひこの人に歌ってほしいなとか、
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どういう感じなんだろう。
そう、アーティストによって結構異なるというか。
松瀬彦の場合は、
若松さんっていうプロデューサーの有名な仕掛け人というか、
プロデューサーの方が、
ニーミュージックの人気のあるアーティストの方に
声をかけて楽曲を作ってもらって、
詞は松本隆さんって、
70年代にハッピーエンドっていう、
ニーミュージック一時期、
日本語ロックの元祖みたいなバンドがあるんですけど、
作詞は松本隆さんがその楽曲に詞を提供するっていう、
そういう歌詞パターンというか。
やってたっていう感じですね。
そうなんだ。
松田瀬彦さんとか松戸屋由美さんとか、
あの時代を築いてきた裏の人たちはこの方々ってことですよね。
そうですね。
結構そういう時代の流れというか。
そういうアイドルブームみたいな80年代の、
松田瀬彦、中森明の小泉教皇とか、
そういう流れのところに裏方として、
そういうニーミュージックの人たちが関わって、
それによってさらに多くの人たちに聴かれるようになったっていう。
ハイレベルな楽曲っていうのが流通していったっていう。
大人の人からも受け入れられるようになったっていう。
松田瀬彦とかはやっぱり当時はブリッコって呼ばれてて、
女性のアンチも多かったんですけど。
そうなんだ。
松戸屋由美とか、
そういう一流の若者に支持されているニーミュージックのアーティストも、
参加しているっていうことで、ある種の隅つきというか。
由美も認めてるんだっていう。
一定のそういう人たちも黙らせるというか。
そういうところもあったっていう。
そうなんですね。
なのでそういう時代の流れを見るのは面白いなと思って。
確かに。
その後に例えば、
ABEXの小室さんが、
そういう時代を築いて、
そこから今度会いに行けるアイドルってAKBが登場してとか、
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アイドルの形も一人からどんどんグループになっててとか、
今も惜しかったなってってありますよね。
多分一般化していく過程っていうか、
何段階かある気がするんですけど、
野木坂とかAKBとか、
段階的に大人でももっと押し勝ちしてますって、
普通に言えるようになってったっていうかね。
段階はあると思うんですけど、
初期のアイドルといえば中高生が効くものだよねっていうところから、
もうちょっと格を上げていったのは、
80年代のそういうミュージック界の人たちが、
押し上げていったっていうところがあるのかなっていう。
なるほど。
ヤジさんが興味持つ理由が分かってきました。
分かりました。
格上げ民主化みたいな。
まあそうですね。
もともとはニューミュージックとアイドル歌謡曲は全然違う川の流れで、
そこが80年代に混ざり合ったっていうことですよね。
なるほど。
なんか僕が面白いなと思ったのが、
中森彰名の飾りじゃないのよ涙はあるじゃないですか。
あれは井上陽水が作詞作曲している。
井上陽水はニューミュージックの代表的なアーティストですけど、
それは松田聖子のひとみやダイヤモンドっていう曲の、
ある種のアンチじゃないけど、
対応なしてて、ひとみやダイヤモンドっていうのは、
松田聖子、夏戸井上陽水が楽曲を提供しているんですけど、
作詞が松本隆なんですけど、
ひとみやダイヤモンドって曲の中に、
サビで涙はダイヤモンドっていう歌詞が出てくるんですけど、
アンチというか対応を言っているんですよね。
涙はダイヤモンドって言っているけど、
中森彰名の飾りじゃないのよ涙はだと、
ダイヤモンドなんかじゃねえよっていうことを言っているんですよね。
なるほど、なるほど。
そういうことなんですね。
なんか素敵。
当て付けで書いているっていう。
そんな意味があったんだ。
そんな綺麗なもんじゃねえと。
そういう掛け合いみたいなね。
そういうのも面白いじゃないですかね。
面白い、面白い。そうかそうなんだ。
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それぞれみんな曲は聞いたことあるとかはあるんですけど、
涙はダイヤモンド、瞳はダイヤモンドって結構曲がすごい流行って、
飾りじゃない涙はたぶん85年とか86年だと思うんですけど、
そこに当て付けみたいな形で、
ちょっとキラキラのアイドル路線の成功じゃないかと思わせて、
もうちょっと不良というか、
うん、尖った感じの。
尖った路線のキャラクターの違いが見える。
確かに、確かに。
今聞いてもめちゃめちゃ面白いですね、それ。
そういうの聞くとめっちゃ面白いですよね。
結構いくつかあるんですか、他にもそういった掛け合いみたいになっているのって。
たぶんあると思いますけど、ちょっとそこまで調べきれてないです。
そういう知る人と知るみたいなのは聞くと面白いですよね。
面白い。
すごい。
在地さん、私も今日経新聞しらっと見てますけど、
いろんな人生というか長い繁盛だったんですね。
そうですね、在地さんって初期はチューリップで、
その後そういう楽曲提供みたいなのをソロで活動したりもしつつ、
俳優とかもやってたりとか、映画とか出てるんですけど。
うーん。
ほんとだ。
生き生き長く活動されてて。
たぶん若い人っていうか、彼氏はほぼ馴染みないと思うんですけど。
どっちかっていうと、今あれじゃないですか、
シティポップのブームとか竹内まゆりとか、
そっちはかなりまた今流行ってますけど、
はい。
あんまり在地さんってそこまで表舞台で語られることがないというか、
そういうJポップのムーブメントというか、
流れを作った功績があるっていう方かなと思いますね。
そうなんだ。
29回の連載でこれだけあるわけですから、
すごい人生だな。
うーん。
そういう日本の歌謡曲とか、音楽の歴史とかっていうのを調べると結構面白いっていうかね。
うーん。
そう。
これだけ話すだけでも、たぶん普通に話すと1時間以上になっちゃうんで、
ちょっとかいつまんでっていう感じだったんですけど。
そうだったね。
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そうですね。
音楽のブームとかってやっぱり時代代表ですね。
いろいろありますもんね。
私2000年前後とかがやっぱりよく一番聞いた時代でしたけど、
レゲエとかそういうちょっとポップな、
そうですね。
海を想像するような音楽すごい多かった気がしてましたけど、
うーん。
レゲエとかヒップホップとかね。
ヒップホップとか言いましたよね。
テクノとか広がりが出てきて。
うーん。
今って、それが廃れたかっていうと廃れたわけではなくて、
一つのものになったから、一言でよく言う多様性みたいになったのかもですけど、
うーん。
でも、もっと前見て1990年、80年代ってなったら、
レゲエとかあったかって言うと来てないし、
別のこの時代を築いてたのがこの大地さん達でって、
何か振り返ると面白いですね。
あとはやっぱり海外からの流れというか。
うーん、そっかそっか。
ニューミュージックとか、あとその前のグループサウンズみたいな流れとかって、
結局もともとは、
グループサウンズ。
グループサウンズとか、ローリングサウンズとか、
そういう流れを受けて、
今までの昭和歌謡みたいなものから、
もうちょっと洋楽的なものを日本風にアレンジしてっていう流れが出てきたりとか、
あとはメディアの発達によって、
音楽の聴かれ方とか、消費のされ方が出てきて、
なるほど。
例えば70年代にアイドルというカテゴリーが出てきたっていうのは、
今までは映画とかラジオっていう中で使われる曲っていうのが流行るっていうのが、
テレビっていうのが一般化してきた中で、
スター誕生っていう番組が出てきて、
そこからアイドルが生まれていくっていう流れがあって、
古くはミナミサオリとかアマチュマリとか、
あとはキャンディーズとか、
あとはピンクレディーとかね、
ああいうテレビ歌謡っていうか、
それがCMとかに楽曲に使われたりとか、
今だとこうやって音声番組のチャンネルも増えて私たちも参加してますけど、
昔は歌を歌って有名になることしか発信の機会とかもなかなかなかったでしょうし、
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こうやってYouTubeみたいなのなかったし、
そうですね、まさに。
だから、楽曲を知る機会っていうのも、
ザ・ベスト10っていう番組が1978年に始まって、
そこで優先放送とかオリコンの売り上げとか、
総合的なランキングで毎週ベスト10っていうのを発表するって、
本人で出演するっていうのがフォーマットになって、
結局一般の支持を集めた曲が上位に上がってくるっていうので、
レコード会社とかアーティストの事務所の意向じゃなくて、
人々の支持を受けているものが上位に上がってくるっていうので、
いわゆる昭和歌謡的なものよりも、
アイドルの曲とかニューミュージックみたいなものっていうのが、
より聴かれるようになっていった。
そういうのも掘っていくと面白いですよね。
また平成とか令和になってからの音楽の広がりとかっていうのは、
小室哲也とかね、
モームスとかツンツンクとかアサヤンとか、
今だとオーディション番組とかね、また広がってきてますけど。
そうですね。
オーディション番組でタレント発掘して、
テレビ番組とうまくコラボレーションして、
ベスト10みたいな、
歌を紹介する番組みたいなのがあって、
メディアの形が変わってるけど、結構、
大元は変わってないというか、
歌番組がYouTubeとかになって、
オーディションもテレビ番組で配信になって、
みたいな違いはあるかもしれないですけど、
でもなんか現流としては70年代くらいからそんなに変わってないなっていう。
確かに。
そうなんだ。
こんだけ変わったと思ったら、
確かに。
レコードからCDになって、CDから配信になって、
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そうですよね。
まともと変わってる。
あると思いますけど。
そうですよね。
今後AIが参りして、
どんなバージョンに変わっていくかとかね、
変わっていくんでしょうね。
ですね。
やりさん、音楽好きなんでしたっけ?
音楽はね、別にそんなにめっちゃ聴くとかライブ行くとかじゃないんですけど、
音楽の成り立ちみたいなのが好きっていうか、
社会評論的な感じで。
確かに。
めちゃくちゃ社会評論してました。
最近今読んでるのが、
演歌っていうカテゴリーがどう生まれてきたかっていう。
これ15年くらい前に出た本を読んでるんです。
そうなんですか?
もともと演歌って演説に音を付けたものを演歌って読んでたんですけど、
でも今のみんながイメージする演歌とはちょっと違うんですよね。
日本の心だとか伝統だって言われてるけど、
別にそんな伝統があったわけでもなんでもなくて。
そうなんですね。
カテゴリー自体ができたのは、
実際は60年代とか70年代の一時期で、
実はそんなに歴史があるものでもないみたいな。
そうなんですか。
解説してあるんですけど、
まだ僕も読み途中なんで解きほごせてないんですけど。
ただそういうJ-POPとかそういうムーブメントの中で、
相対的に日本の心だとか日本の伝統だみたいな、
そういうふうに認知が変わってったわけですよ。
もともとは別に演説のための政治的な主張とかそういうのを発信するためのもので、
今の演歌とは全然違うものだったのが。
いつの間にかそういうカテゴリーを演歌というふうに認識するようになっていったっていう話で。
演歌そうなんだ。
またその本のお話もいろいろ機会があると。
そうですね。
すごい。
日経新聞のケデからいろいろ話が膨らみまして。
音楽は好きじゃないですけど松田聖子は結構好きですね。
結構聴いてますね。
さっきのひとみやダイヤモンドとかはめちゃくちゃ好きですね。
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そうなんだ。
帰るようにしておこうかな。
ありがとうございます。
ということでそろそろおしまいの時間ですかね。
ありがとうございます。
そうですね。
在地さんのお話たくさん伺いまして。
ちょっと私も最近身の回りでこれそういえば昔どうだったんだろうとか気になるものあったら調べてみようと思います。
ぜひぜひぜひ。
そういう話聞きたいです。
わかりました。
調べてみよう。
はい。
前回から皆さんにも正式公開をしたということで感想とかメッセージをホームにお待ちしております。
はい。
また次回お会いしましょう。
はい。ありがとうございます。