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皆さま、こんばんは。今日も深夜にお送りしています。おぎラジの時間です。
家族は寝静に待っていますので、覚えてお送りしたいと思います。
ただね、実はマイクを買ったんですよ。
だからちょっと音がいいんじゃないかなと期待しているんですけれども、どうだろうね。聞いてみないとわからないですけどね。
タスクシュートの意義
さて、今日はですね、タスクシュートは自分を受け入れるっていうことなんだなと思った話をしたいんですけども、別に何があったわけじゃないんですよ。
何があったわけじゃないんですけど、タスクシュートっていうのは無理ができないものなんだなと思って。
そりゃそうですよね。現実の自分を記録していくわけだから、無理のしようがない。
無理をしている自分を記録するってのはできるのかもしれないけれど、気づかないしね。
自分ってこういう行動をする人間なんだなっていうことを受け入れざるを得ないのがタスクシュートじゃないかなと思ったんですよね。
例えば、仕事に時間がかかっちゃうとそれでもミスをするとか、そういうことはやっぱりあるじゃないですか。
でも、それを改善しようとかっていうことじゃないんですよね。
これ何なんでしょうね。
ライブハック的に言えば、記録したものを生かして次の改善を考えるということになるんだろうけども、タスクシュートってきっとそうじゃないんですよね。
じゃあ何なのかって言われると難しいんだけど。
そういう自分を受け入れざるを得ない状況に持っていく。これがタスクシュートなんじゃないかなと、なんとなく思ったんですね。
まあ、なんとなく思っただけなので、理論としては弱いんですけど、すごく感覚的に思ったという話ですね。
以前、AIにタスクシュートってログを取ることによって、自分が完璧じゃないことを見つけているんじゃないかってAIに教えてもらったんですけど、
全くその通りで、タスクシュートはログを取ることによって、なんでもない自分、等身大の自分を受け入れるということなんじゃないかなと思いました。
まとまらないですね。深夜なのでこの辺で。
おやすみなさい。