今回は、第48回を聞かれた方からの質問メールについて話をしました。
以下、質問です。
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阿弥陀仏の本願に救われると、往生一定とハッキリする、と聞いたことがあるのですが、
阿弥陀仏の本願を疑い無く聞けるようになる(聞く耳をいただく)と、往生一定だとハッキリして、今までの本願に対するモヤモヤも日本晴れのようにスッキリするのでしょうか?(このスッキリするの意味は、今まで本願を疑い無く聞けなくて、悶々としていた心が、本願を疑い無く聞けるようになったことにより、悶々やモヤモヤが無くなり、楽に本願を聞けるようになることを意味しています。)
また、一度、本願を疑い無く聞ける耳をいただくと、いつどこでどんなときでも、極端な例を出せば、私が認知症などになっても、本願を疑い無く聞けるのでしょうか?
さらに、浄土真宗の篤信者が、臨終に信心が崩れたみたいな話を聞いたことがあるのですが、自分の信心が、自力の信心ではなく、他力の信心であると確信するには、臨終まで信心の沙汰をして、本願を聞き続けていく必要があるのでしょうか?
この辺りのお話しを、またネットラジオ版安心問答で、お時間がある時に、お話ししていただけると、ありがたいです。
よろしくお願い致します。
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○話の中で出したご文
【28】 次に信楽といふは、すなはちこれ如来の満足大悲円融無碍の信心海なり。このゆゑに疑蓋間雑あることなし。ゆゑに信楽と名づく。(教行証文類・信文類・浄土真宗聖典註釈版P234)
しかるに煩悩成就の凡夫、生死罪濁の群萌、往相回向の心行を獲れば、即のときに大乗正定聚の数に入るなり。(教行証文類・証文類・浄土真宗聖典註釈版P306)
正念といふは、本弘誓願の信楽定まるをいふなり。この信心うるゆゑに、かならず無上涅槃にいたるなり。この信心を一心といふ、この一心を金剛心といふ、この金剛心を大菩提心といふなり。これすなはち他力のなかの他力なり。(御消息1・浄土真宗聖典註釈版P735)
聞思して遅慮することなかれ(教行証文類・総序P131)
(80)
真宗念仏ききえつつ
一念無疑なるをこそ
希有最勝人とほめ
正念をうとはさだめたれ
(高僧和讃・善導讃・浄土真宗聖典註釈版P592)
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