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2023-12-10 25:38

#モーセとエリアとキリスト 23/12/10

マルコ9:2-8からの礼拝説教。2023年12月10日録音。今日見る箇所で起こったことは、マルコの福音書の中でも特に神秘的な出来事です。実はこれまでマルコの福音書の中で見られたように、ここにも記されている出来事も旧約聖書と深いかかわりがあります。その内容を知ることによって私たちは数々の芸術作品やエンターテインメントの背景にあるキリスト教文化への理解を深め、さらには私たちの心や信仰生活の糧を得ることになるのです。1.モーセとエリヤ、2.イエス様、3.ペテロとヤコブとヨハネと私たち、の3つの点から学びます。


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1章9章2節から8節、それから6日目にイエスはペテロとヤコブとヨハネだけを連れて、高い山に登られた。
すると彼らの目の前でその見姿が変わった。 その衣は非常に白く輝き、この世の職人にはとてもなし得ないほどの白さであった。
またエリアがモーセと共に彼らの前に現れ、イエスと語り合っていた。 ペテロがイエスに言った。
先生、私たちがここにいることは素晴らしいことです。 幕屋を3つ作りましょう。
あなたのために1つ、モーセのために1つ、エリアのために1つ。 ペテロは何を言ったらよいのかわからなかったのである。
彼らは恐怖に打たれていた。 その時、雲が沸き起こって彼らを追い、
雲の中から声がした。 これは私の愛する子。
彼の言うことを聞け。 彼らが急いで辺りを見回すと、自分たちと一緒にいるのはイエスだけで、もはや誰も見えなくなった。
ちょっと今、少々お待ちください。
マルコの福音書を1章の1節から学んでおりますけれども、 今、アドベントの第二手術でありますね。
あまり関わりないんですけども、 世の中の動きと私たち連動してますけど、今朝、スクープが飛び込んできましたよね。
話題の大谷翔平選手が、遺跡先が決まったと。 ロサンゼルス・ドジャーズに決まったということで、スクープが飛び込んできたわけですけれども、
ある意味は衝撃かもしれませんが、今日の新約聖書の出来事こそ、まさにマルコの福音書の中の衝撃的な出来事であったんですね。
今日見る箇所で起こったことは、マルコの福音書の中でも特に神秘的な出来事なんです。
実はこれまでマルコの福音書の中で見られたように、
ここにも記されている出来事も、旧約聖書の出来事と深い関わりがあります。
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その内容を知ることによって、教会と馴染みのない人でも、キリスト教文化の中にある社会で作られたエンターテイメントの背景を知ることもできます。
さらっと、もうせって人が出てきたりします。 あるいはディズニーでもそんなアニメもありますけれども。
そしてそれだけじゃなくて、クリスチャンの方であれば信仰を深めることにもなりますし、また生活、心の糧をこの旧約聖書のバックグラウンドを知ることによって得ることができる。
そんな箇所でもあるわけです。 その中で、今日は3種類の人物、登場人物に合わせて3つの点から学んでいきたいと思います。
まず最初は、もうせとエリア、これが旧約聖書に関わる人物ですね。 それでは
このですね、前にあります聖書の御言葉を読める方、旧書の2節4節を 私が最初読んでいますので、後から
またから続いて読んできてください。最初私が読みます。 それから6日目にイエスはペテロとヤクブとヨハネだけを連れて高い山に登られた。
すると彼らの目の前でその見姿が変わった。 ここで読んでみましょう。3、またエリアがもうせと共に彼らの前に現れ、イエスと語り合っていた。
文脈、先週の説教を聞いた方は分かると思いますが、それから6日目というのは ペテロとイエス様がですね、
イエス様がですね、ペテロ弟子たちの前で自分の正体を表したという出来事です。 その時にペテロが
イエス様のことをあなたは神の子キリストですと言い当てた。 その出来事がから6日目となっています。
それでですね、
その出来事から6日目の出来事でした。
ここで何が起こったかというと、旧約聖書の預言者のエリア、 それからもう一人旧約聖書の代表的な人物のモーセという人物が出てきております。
この2人についてこれから学んでいくんですけども、 このモーセとエリアが体験したことが実は今日の出来事と重ね合わせられているんですね。
例えばここの背景にある思想と言いますか、 これが消えなくてちょっと調子悪くて申し訳ないですけど。
ここの背景にある出来事、それはですね思想は、 高い山というのは天国に最も近い。
そしてそこで神様がご自身を表す場所だという、 そういう信仰があります。
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そして雲というのは神様のご臨在を表す、 神がそこにいるということを表すのが雲です。
そしてその雲の中から神は語るということ。 そしてその光の輝きは神の臨在、神様が共にいるという証拠の光の輝きを意味しています。
そしてこれらのことを背景にしながら旧約聖書とイエス様の出来事、 今日の出来事の結びつきをすると、
クリスチャンの方であればその信仰に深みが増します。 そして多少のことでは動じない、そういうことにもなるわけですね。
そんな中でもう少し詳しく見ていきますが、 まずモーセについて見ていきましょう。
モーセはご存知の方も多いと思いますが、 エジプトの時に神様に用いられた大事なイスラエルの人物の一人です。
そして実界を神様から直接山で授かった人ですね。 そしてモーセが実界を授かった時にシナイさん、今もあちらの方でいろんなことが起こってますけども、
言われているシナイさんに登りました。そしてこんなことを体験したのです。 モーセが山に登ると雲が山を追った。
主の栄光はシナイさんの上に留まり、雲は6日間山を追った。 7日目に主は雲の中からモーセを呼ばれた。
これも今日のイエス様の出来事と似ているわけですね。 そこで考えていきたいんですけれども、
イエス様の変貌の出来事と同じように、 モーセは山の上で雲に覆われ、そして雲の中から神様の声を聞いたわけです。
そして その時に、
室エジプト記ではその後ですね、 24章からずっと続いて、25章に入って34章の28節にかけて、神様がモーセに立法を授ける、
そういう場面です。 そしてその後、モーセが山から降りてくる場面が書かれています。
そこで驚くべきことがモーセの下で、モーセに起こったわけです。 ちょっと長いかもしれませんが、その時の記述を読んでみましょう。
室エジプト34-30ですね、このアロンとから。 せーの、アロンとイスラエルの子らは皆、モーセを見た。
なんと彼の顔の肌は輝きを放っていた。 それで彼らは彼に近づくのを恐れた。
この絵をちょっと見ましたけれども、モーセの顔が光り輝いていて驚いていた。 聖書を見ると、なんとと言ってですね、
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非常にこの驚いている様子が記されているわけです。 これは山の上で、
イエス様とペテロたちが遭遇した出来事と同じように。 それ以上にですね、神の巫女としての栄光をイエス様はこの
変貌の山の上で解き放って、放っていたわけです。 この世の布職人では表すことができない白い色だった。
この白さが際立っていた。一説によると、真っ白い服っていうのは当時なかったそうですね。 特別なことをしなければ。
朝布の色みたいな。 でも体の中から光が輝いていて、白く見えたという説もあるわけです。
そのようなモーセとイエス様のこの出来事が被せ合わされているということをまず覚えておいてください。
ぜひですね、旧約聖書の出江ジプトキの24章から38章、28説以下をですね、
24章と38章を読んでみてください。次、エリアです。
エリアという人物が出てきます。これエリアはですね、第一列王旗の17章以降に書いて出て、記されています。彼の出来事。
彼の有名なイベント、それはですね、当時のアハブ王という悪王とその妻イゼベルという人が、
いわゆる偶像礼拝に非常に強く加担するようになって、子供を殺して捧げるようなことさえしていました。
そのように、いわゆる堕落したイスラエルにおいて、このイザベルと王アハブ、そしてその手下の偽予言者たちとエリアは一人で戦った、そういうことが有名な人物ですね。
彼は詳しく言いませんが、その戦いに勝利をしたんですけれども、今でいわゆるバーナウト的な状態になって、
彼らから殺されるということが分かって逃げていったんですね。あまりにも疲れて、神様に私の命を取ってください、自分の死を願うまでになってしまったんです。
そこから神様から休息をいただいて、そしてモーセと同じ山に登ったんです。 そこで同じ山だと言われています。
彼もやはり
モーセと同じ山に登って、そこでエリアも神様の声を聞いて力を回復したわけです。
ちょっとそこの出来事を抜粋しますけれども、 主は言われた。
エリアに言った。外に出て山の上で主の前に立て、ここもやっぱり山が出てきます。するとその時、主が通り過ぎた。
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風の後に地震が起こったが、地震の中にも主はおられなかった。 地震の後に火があったが、火の中にも主はおられなかった。
しかし火の後にかすかな細い声があった。 かすかな細い声としてエリアは神様の声を聞いた。
それがエリアに起こったことだったんです。
このモーセやエリア、そして彼らを取り巻く出来事は、
神様がご自身を山の上で表して、この二人に声をかけてくださったという出来事です。
それは歴史上、神の民にとって聖書の中でも特別で決定的な出来事だったんです。
そしてこの特別で決定的な出来事と同じことが、今まさに弟子たちの前でイエス様によって起こっている。
マルコの福音書の中で、ここの場面は特別で決定的なクライマックスでもあるんですね。
そのことが次のポイントにつながっていきます。 それはイエス様ということです。
ここの9章2節から3節の抜粋、読めるかで読んでみましょう。
すると彼らの目の前でその見姿が変わった。 その衣は非常に白く輝き、この世の職人にはとてもなし得ないほどの白さであった。
先ほど言った通りですね。 一つ特別な言葉を覚えて書いていただきたいんです。
神権言という言葉です。 キリスト教の専門用語、先ほどからちらちら言っていますけれども、それは神様が特別にご自身を表す
ことを意味する言葉です。 これまでの
モーセやエリアの出来事がそれです。 その今取り上げているマルコのイエス様の変貌の出来事。
これがまさに モーセとエリアが体験したような神権言の出来事でした。
その上で大事なこと、それはこのモーセとエリアは イエス様が神によって使わされると約束された救い主である。
そのことがこの2人によって予兆されていた ということなんです。
そしてイエス様がその約束を成就した救い主であるということが この2人の出来事と重ね合わされて、このイエス様の出来事で表されているんですね。
その中で注目していきたいことなんですけれども、 なぜそう言えるか。モーセはですね
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旧約聖書の神明記の中でこう言ったと予告したと 彼の言葉が残っています。
モーセはイスラエルのためにこう言ったんですね。 あなたの神主はあなたの内からあなたの同胞の中から私のような一人の預言者をあなたのために起こされる。
あなた方はその人に聞き従わなければならない。 その方こそ実はこのイエス様なんです。
そしてモーセが予告したこの 一人の預言者、あの預言者
それはイエス様であり、そのモーセの予告した預言者がイエス様とモーセと、 イエス様がですね今まさにモーセと語り合っていたということが今日の出来事の一つの大きな意味なんですね。
その上で特別なことを覚えていただきたいんですけども この出来事をですねイエス様が山の上で変わった。
それはですねキリスト教の専門用語で言うとイエスの変貌と言います。変貌、変容とも言います。英語ではそれはトランスフィギュレーションと言います。
こういうことがよく使われます。トランスってのは変わる。 フィギュレーションっていうのはフィギュア、形、形が変わる。
ちなみに元々の聖書の言葉、ギリシャ語ではメタモルフェオ、メタモルフォ。 モルフォっていうのは形です。それが変わる。
メタモルフェシスっていうのはですね サナギから蝶に変わるっていう変態を表しますけど、このメタモルフォという言葉がここで使われています。
ですから今日の出来事はイエス様が変貌された。 それはイエス様の本当の栄光に満ちた救い主である姿がこの人でありながら表されたという出来事、そういう意味があるということなんです。
まあ その上でですね
イエス様は受難のメシアだということを先週強調しました。 その受難のメシア、そしてそれを忘れてはいけないとペトロに釘を刺したんですけども、にも関わらずイエス様は
栄光輝く救い主であり神の巫女である。 そしてやがて
世の終わりにその光輝く姿で帰ってくる。 その通りにですねイエス様が栄光輝くメシアだということが
垣間見られたというのが今日の出来事の意味であったわけです。 それがイエス様の光輝いたということなどに表されていますが、最後にさらに決定的なことが起こった。
それを見ていきましょう。 その3番目注目する人物はペトロとヤコブとヨハネと私たち。
ここはちょっと長いんですけど読んでみましょうか。 3、ペトロがイエスに言った。
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先生、私たちがここにいることは素晴らしいことです。 幕屋を3つ作りましょう。あなたのために1つ。
モーセのために1つ。エリアのために1つ。 ペトロは何を言ったらよいのかわからなかったのである。
彼らは恐怖に打たれていった。 このイエス様はですね、この3人の特別な弟子だけを山に連れて行った。
そしてそこでこの変貌の出来事、神権限の出来事が起こった。 そういう意味でこの特別な3人なんですね。
そしてこの3人と私たちとの関わりを最後見ていきたいんですけれども、 ここでですねペトロの言ったことはまさにペトロらしい早土地です。
一番最初に口にするんですけれども、おちょこちょなところがあるんですね。 何かこの
3つ幕屋を作るというのはですね、テントをいわゆるテントを3つ作るよ。 それは旧約聖書で神と出会った人が神ともう1回会うために
テントを作った。そのことに由来しているんです。 何が間違ったかというとペトロはですね、イエス様だけじゃなくて
モーセとエリアも神だと勘違いしてしまう。 そこの本当の意味がわからずに早土地って言葉を
口ばしてしまったんですけれども、でも その最大の理由は彼は
恐怖に襲われた。
その時にですね、恐怖に包まれた時に何が起こったか。それは 雲が沸き上がって彼らを追い
雲の中から声がした。これは私の愛する子、彼の言うことを聞け。 このように彼らは決定的な体験をしたわけです。
雲の中からの声、それは今までお話ししたように特別な神権限の出来事であり この3人の弟子たちも雲の中から声を聞いた。
そして誰もいなかったって書いてあります。 これは学者が解説しているように
彼らにとって神的で大阪な体験 神の権限を体験するということだったんですね。
ちょっとあの レジュメに書いてないんですけども、こういうのを学者がですね、こういうことを真面目に検討しています。
ドイツの
非常にアカデミックな学者なんかも言ってるんですけども、これを専門用語で言うと ヌミネーゼって言うんです。神体験、宗教体験。
実は真実の宗教にはそのような神秘的な部分がある。
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理屈にはわからないけども 3人の弟子たちは神と出会って、神の声を聞いて恐怖に包まれ
神秘的な体験、いわゆるイフの念を覚えたわけです。
ここで何が言えるか。今の時代私たちは神様の声を直接聞くということはほとんどないと思います。
あるいはイエス様のことを直接見るということも 滅多にないと思いますね。
でもまあ クリスチャンと相手いますけども、クリスチャンであるならば
イエス様を救い主として信じて歩んでいるならば イエス様が私を救ってくださったんだと、自分ならそう思える経験をするはずなんですね。
あるいは神様がそこに行ってくださったんだという経験を イエス様を信じている人であれば、少なからず一度する
はずなんですね。 何度でも言いますけども
誰も理解できないかもしれない。自分の経験しかないかもしれない。 理屈で説明できないかもしれません。
もちろんそれを悪戯に求めてはいけないんですね。 やはりクリスチャンというのは聖書をしっかり読んで、そこから神様を出会って
あるいは自分の心の内を祈りの中で神様イエス様を打ち明けていく。 そういう日常の営み、そしてこういう礼拝で
神を礼拝したり、神の見方を聞くという日常的な営みをするべきです。 でもありながら日常生活の中で
ああイエス様が私を救ってくださったんだ。 そんな経験を必ずするわけなんですよね。
そういう経験をする、それは
クリスチャンとして生きていく上での醍醐味でもあるんですね。
2023年終わっていきますけれども、今年そんな経験皆さんあったでしょう。 また新しい年を迎えるにあたって
感謝の時も苦しみの時もイエス様祈り求めていく。 その中でイエス様が私と共に手をすくってくださった。
そんな神権限、そういう体験をしていくお互いでありたいと思います。
この変貌の山で神権限を体験したペトロはですね、後にこんなことを告白しています。
一説によると、皇帝ネロの中で、
手の中で迫害が強まっていく中で苦しんでいるクリスチャンに対してペトロがこんな励ましの言葉を送ったわけですね。
あなた方はイエスキリストを見たことはないけれども愛しており、 今見てはいないけれども信じており、言葉に尽くせない
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境に満ちた喜びに踊っています。 最後だけ読んでみましょう。
あなた方が信仰の結果である魂の救いを得ているからです。
お祈りしましょう。 私たちの救い主なるイエス様、皆を賛美いたします。
ペトロとヨハネとヤコブの前で、あなたはご自身の本当の姿を現されました。
それは言葉に尽くせない体験であり、 威風の念を痛かせるような経験であったようです。
今の私たちは同じようなことを経験することはありません。 けれども苦しみの中で、喜びの中で、あなたに祈り求め、
また日々の生活の中でイエス様の救いを体験する、 そのような幸いが与えられていることを感謝いたします。
今年を終えるにあたり、そのことを振り返りながら、また新しい年、 あなたとの新たな出会いを期待しながら歩んでいくことができますよう、どうか導いてください。
この願いと感謝を、私たちの救い主、主イエス様のお名前によってお祈りします。
アーメン。 それでは1分ほどその場で黙祷しましょう。
黙祷して、神様の言葉に応える、そんな時間を持ってください。 1分だけ祈りましょう。
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