1. 佐々木正悟のライフハックからの精神分析
  2. カウンセリングには文脈が必要..
2025-10-10 43:40

カウンセリングには文脈が必要【1262】

3チャレはライフハッカーのための精神力動的なコンサルです。
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サマリー

このエピソードでは、カウンセリングの文脈の重要性が考察されており、特にプロ野球における心理カウンセリングの意義やその廃止に関する議論が展開されています。また、カウンセリングとコーチングの違いや宗教・占いとの関係についても言及されています。カウンセリングにおける専門性や文脈の重要性が議論されており、心の専門家の役割やカウンセリングが他の相談と異なる点を明確にすることが求められています。このエピソードでは、ライフハックにおける心理カウンセリングの重要性や、精神分析の視点から情動の扱いについて論じられています。特に、ライフハッカーたちが直面する情緒的課題に光を当て、情動のマネジメントやその社会的影響について探求します。カウンセリングには個々の文脈が必要であり、プライバシーや特定の状況が重要な役割を果たします。

カウンセリングと体育の日
おはようございます。3ヶ月チャレンジ通信第1262回をお送りします。10月10日、金曜日、7時52分ですね。
昔であれば、今日が体育の日でしたが、来週の月曜日に、いわゆるこうなんだっけ、なんとかマンデーって言うんですよね。
ハッピーマンデーでしたっけ?よく覚えてないんですけど、その月曜日の祝日を増やして、連休を増やそうという施策の一環ですね。
スポーツの日とかになってますね。体育の日をスポーツの日に名称変更する意味ってどのぐらいあるんだろうって思わなくもないですけど、やっぱりこう、なんていうんですかね、国家が教育するみたいなニュアンスを薄めたいんですかね。
まあ地域体育なんですけど、特育科の一つであるという表現を避けたいということなんだと思うんですけどね。
別に避けなくてもいい程度の、この辺がよくわからないというかわからないですけども、まあまあ政治的な配慮なんでしょうね。
で、今日はですね、いよいよ11月から3カ月チャレンジ第12期が、こっそりとウェブサイトの方はその表現に切り替えたんですけど、募集中にいたしますので、
割とここからは大きめの規模で第12期の参加者さんを、新規参加者さんをですね、募集させていただこうと思っています。
3、4名かなっていう感じで考えております。新規の参加者さんですね。
ただ、10月中にお試しをいつも通りしていただけるようにして、しかもそのお試しでそのまま新規参入に、3カ月チャレンジの金、お金として充当できるようにしますんで、
つまりチャレンジに参加いただけるんであれば、お試し分は無料サービスっていう扱いになりますんで、
よろしければご利用いただければと思います。10月中ですね。やっぱり11月から始まっちゃうんで、これまでは4回お試しセットなんだみたいに言ってたんですけど、
プロ野球における心理カウンセリング
もうこの際、なるべく多くしようと思うんですけれどもね。10月中に、例えば1週に2回ずつとかもしようと思うんですけど、
回数は3回でも、1回ってのは流石にあれだと思うんですけど、3回でもいいかなと。3回になるか4回になるかは、
もうその方がお試しをいつ始めたかに多少は左右されてもしょうがないだろうというふうに思うようになりまして、募集かけるのが今ですから。
まもなくですね。まもなくというか実際いつでもXの方からお申し込みいただけるんですけど、多分わかんなくなりましたっていうこともいらっしゃると思うんで、
改めて方々にですね、URLを貼るようにいたしますんで、ご検討いただければと思います。
3ヶ月チャレンジ、今日は3ヶ月チャレンジというのはどういうものなのかというのを、毎期毎期これを新しく更新して喋ってしまっているんで、
いつになったら、いつになっても固定できないのかなと思うんですが、ようやくですね。
私も、東肌カイトさんがやっぱり彼のお仕事って、まあ偉大というのはちょっとあれなのかもわかんないですけど、大事な仕事でしたねっていう感じを、私なんかはすごくそれをなんだかんだ活用させていただいているんで、
いずれそういうこうなんて言うんですかね、変報というんですかね、変報もできるといいんだが、なんか変報できるようなことが何か私ごときにそもそもあるだろうかというのもちょっとあります。
僕がやっぱりベースにしているのは、のの医者笑うと普通の相談、この2つが僕のこの3ヶ月チャレンジには、東肌カイトさんの著書の中ではですね、大きく関わっているなと思うんですね。
で、この普通の相談というものを改めて読み返してみてですね、つくづく考えさせられたのが、まあ千葉ロッテマリーンズのね、いきなり話飛ぶようなんですけど、
千葉ロッテマリーンズで今年までやっていた吉井監督がお辞めになるんですね。もう新しい新監督サブロー、あれは大村サブローという方の一郎がすごく話題になってた時のサブローさんなんですけど、サブロー新監督になり、
合わせてというのか、さらっと行われていることなんですけど、これはサブロー新監督がやったっていうことじゃないと思うんですけど、
この旧団の方針だと思うんですが、実はね、心理カウンセリングみたいなものがあったんですよ。あったらしいんですよ。カウンセリングじゃないのかもしれないけど、とにかく心理系の何かが旧団の、旧団のというか、おおむね、おそらくチームと選手のサポートをしていたんですね、ロッテでは。
それがサブロー新監督の来年からは廃止になるということなんですね。まあ今年ダントツの、チバロッテマリーンズは決してそう強い旧団ではないかもしれないが、中でもちょっとひどいダントツ再開独創状態で、ほとんど5月からシーズン終了まで、ほぼシーズンまでずっと再開であることが確定するぐらい弱かったんですよ。
で、これはやっぱりなんかこう、心理相談とか、これ心理相談に対する批判したいわけじゃないですよ。ただ、野球には役に立たないんじゃないのって思う人は旧団の中にはいた可能性あるよなと思うんですね。で、肌と思ったんですよ。
そもそもでもこの形が自然というか一つのあるべき姿であって、そもそも心理カウンセリングが世に独立して存在しているものだから、この正規の非正規のノラカウンセリングの、そして開業は結構大変だのといった話がどんどんどんどん出てくるんではないだろうかと思ったんですよ。
これ医療モデルに基づくのはよくわかるんですけど、よーく考えてみるとですね、これが最近のカウンセリングとは何か。あれもだから私の普通の相談カウンセリングとは何か。野の医者は笑うわ。基本同一線上に並んでるんですけど、僕の頭の中ではですね。要するに文脈が独立しすぎてしまってるんですよ。カウンセリングってものは。この話3チャレンジに直結してるんですけれども。
このチーム、プロ野球はメンタルに関わるからね。ゴルフほどじゃないと思うんですけど、やっぱり野球は結構メンタルが、スキルがあそこまで行くとメンタルは確かに絡んでるんですよ。結果は出てないかもしれませんけど、何しろロッテの球団の選手の集め方の問題も多々あると思うんで、別に心理メンタルカウンセリングが有効だったかどうだったかっていう話でもないんじゃないかと私は思うんですけど。
そこじゃないところに問題があった気がしますけどね。しますけど、それはわかんないから配信にしたりもされるんでしょうねっていうことですね。
それはそれとしてですね。これってつまりチームで何かを相談する人の中に心理カウンセラーを入れたってことじゃないですか。これはとてもよくわかる話だと思うんですね。
コーチに相談できることが普通だと思うんですよ。当然野球なんだから。コーチいっぱいいますからね。投手コーチやら野手コーチやら打撃コーチ、ヘッドコーチ、守備総類コーチ、様々いらっしゃるわけですよ。
で、もちろんうまくいかなくなったらそれらのコーチに相談するはずなわけですよね。で、このコーチに相談するんだが、けれどもある種の事柄はコーチにはしにくいというか、あんまりしても意味がないコーチに相談ってあると思うんですよね。
例えば、子供が言うこと聞かなくてちょっと野球どころじゃないんだよねみたいな相談ですよね。ここなのかわかんないですよ。最近すごく調子が悪くて監督にきつく言われてなんかもうへこんでるんだよねみたいな相談もちょっとコーチにしにくいじゃないですか。今までしてたと思うんですけど、この今までしてたがポイントなんですよ。
カウンセリングの文脈の重要性
金取って人の相談聞くのは心理カウンセラーなきゃダメじゃんって言われても、世の中にはコーチって人がいるわけですよ、ある種の集団には。いやコーチにメンタルの相談しちゃダメでしょとは言えないじゃないですか。これがあのカウンセリングは怪しいの話にあったわけですよ。
カウンセリングなんて誰でもしてるじゃんっていうそれをわざわざ専門職にするのってどうなのっていうのが一つの問題と、もう一つは宗教や占いとどう違うのっていうのがもう一つの疑問だと。これは元々そうだったって話をしているわけですね。はっきり言って横軸と縦軸でもいいんですけどそんなこと言わなくたってですね。
要は相談事というのは何らかの文脈の中にあるわけですよね。つまり学校だったら学校の先生に相談する。さっきのように野球だったらコーチに相談する。この相談の部分を抽出して独立させたのがカウンセリングじゃないですか。だからどこにでもあるのは当たり前なんですよ。もともとどこにでもあったものを抽出した後に出てきたものなんだからどこにでもあったに決まっているわけですね。
で、もう一つは文脈の話をしていると思うんですよ。宗教と占いとっていう話は。そもそもなんで沖縄に多いのか。沖縄の地域的な歴史的な色々あるんでしょう。沖縄にスピが多いっていうのは。しかしね、あそこは観光地じゃないですか。はっきり言って。観光地に占い師がいるのは当たり前じゃないですか。そこが文脈ってもんじゃないですか。旅先に来て占い師あるからついでに占ってもらおう。これですよね。
なんでカウンセリングと占いを横にカウンセラーが置こうとするのかっていうのは置こうとしているのか知らないですけれども。少なくともののいしゃあわらうではそういうたてつけになってましたよね。臨床心理と占いはどう違うのか。いや、それはそもそもおかしいんですよ。沖縄に行って、いやなんか旅先に来て、旅行な気分だからちょっと心理カウンセリングも受けてみようかって思わないですよね。別に。そういうことじゃないですよね。占いをするっていうのはね。
ああいうスピ系のお土産みたいなものはすべて観光という文脈の中にあるものであって旅行という文脈の中にあるものであって心理カウンセリングは文脈を消去してしまっているから沖縄にポンとあったって仕方ないわけですよね。
で、だから学校にスクールカウンセラーがいるっていうのは極めて妥当なわけですよ。文脈が延長線上にあるから。これが宗教じゃないですか。宗教っていうものがお寺っていうものは地域に根差すものなんですよ。めちゃくちゃ地域性が強いんですよ。
心理カウンセリングっていうののややこしいところはですね。何かから独立してしまっていて科学的不変的なものになっちゃってるところなんですよ。だから地域色というものがちっともそこにないから。そうですよね。
私の地元で佐々木カウンセリングとかやっても全然ニュアンスがこの神奈川の西の方であるという理由、沖縄であるという理由を持ってないわけですよ。どこでもいいわけですよね。それはね。どこでもいいところが近代のいいところなんですよ。なんだけどどこでもいいということがその職業を極度にうさんくざく見させてしまうところでもあるわけですよ。
沖縄専門ですって部分がやっぱり必要なんですよ。シャーマニズムってそういうもんですよ。やっぱりいた子は青森にいるのであって沖縄にいた子はいないんです。同じような人がいるかもしれないけど同じ名称で決して呼ばれないわけですね。カウンセラーって全国どこに行っても同じで一歩間違ったら世界のどこに行っても通じるって話するじゃないですか。それがいけないんですよ。むしろ逆なんですね。
中傷ってただそういうことですし近代っていうのもやっぱりそういうことですからね。だから藤山直樹さんはやっぱり非常に正しくてですね。あの人はとてもこうそういうことがわかっていらっしゃる方で集中抗議精神分析にも書いてありましたよね。近代というのは軍事と医療と大学なんだ。そうなんですよ。つまり近代というのは軍事ってそうじゃないですか。この武器沖縄じゃないと有効じゃないんだよねっていうのはダメじゃないですか。
世界のどこに行っても通用するものじゃないと。このミサイルはアメリカに向かっては有効なんだけどロシアに向けるとなんか問わないんだよみたいなそういうのはダメなわけですよ。それでは軍事にならないんですね。だから軍事と医療と大学は近代なんですよ。つまり中傷的でグローバルなもの。だけれども心理臨床は果たしてそうなのかっていう問いがあるわけですよね。非常に微妙なんですよその問いは。
私は家が寺だったから本当によくわかるんですよ。寺の住職というものはなかなか移動が効かないんですよね。寺の住職を移動させられる宗教ってかなりのレベルにあって組織力もあってですね。うちの父もなんだかんだ最初は私リシリ島にいて次は青森県にいて最後に埼玉県だったんですけどやっぱり埼玉に目指してからがうちの父の仕事がいかにもそれっぽくなっていくんですよ。
埼玉なんてベッドタウンだからそんなに地域色濃く出ないんだけれどもそれでもやっぱり埼玉県ならではの寺のあり方っていうのがあるんですよね。そうすると埼玉県の朝霞市ですけど朝霞市ならではの心理カウンセリングのあり方ってどういうもんなんだろうっていうのは長くやらないとどうしようもないですよね。
それと沖縄は絶対違うんですけれどもそんなものは多分話題にも問題にもなってないと思うんですよ。でもそれが文脈というものなんですよ。やっぱりプロ野球のカウンセリングとスクールカウンセリングは全然やることが違うはずなんですよね。これがメンタルカウンセリングの中小度を上げた後でそれに再接続しなければならないという手間暇なんですよ。
しかしだからといってメンタルカウンセラーっていうのは野球のことも知らなければいけなければ、宗教のことも知らなければいけなくて、しかもビジネスのことも分からなきゃいけない。ファイナンシャルプランナーとかの取って変わろうっていうのはそういうことになりますよね。
専門性の必要性
しかも占い師みたいなこともできなきゃならないわけってことになったらスーパーマンじゃないですか、スーパーウンマンかもしれないけどそんな人はいないですよ。そんな人がいるんだったらですね、その人が食いっぱふれるわけがないんですよね。ここをよくわからないことにしてしまってはまずいと思うんですよね。
心理臨床の話の中でX読んでるとなんかファイナンシャルプランナーもだしビジネスのコンサルもだしみたいな、いやいやそんなことできるわけないじゃないですかと思うわけですよね。そんなこと言ってたら勉強しなきゃならないことがもうなんかのほずに横軸に向かって広がっていってしまって、それぞれの本を買うだけでも破産しちゃいますよね。
しかもそれほど儲かるものではないはずなんですよ。だから全然釣り合ってないってことになるんですよね。ということは心理カウンセリングってのはどっかでやっぱり心の専門家ですっていう部分を全てのものに接続しやすい何かでまとめていくっていうのか、そういう形式をとるしかないと思うんですよ。
学校に行ってもこれはやる必要がある。ある意味宗教でもこれはやる必要、これは言う必要がある。こういうやりとりは普遍的にっていうもん変だけどある程度の共通性というかある程度の専門性を維持しながらやれる。でもやっぱり専門、その心の専門家が特化すべきフィールドっていうのはある程度持っている方が自然だと思うんですよね。
基本的に近代の商売っていうのはこうなりがちなんですよ。そこに弱みも強みもあるわけですよね。例えば食事がそうじゃないですか。あのカウンセリングに対するそんな相談なんて誰もやってるじゃんっていうのは全く不当な批判であって、そんなことを言えばレストランのやってることっていかがらしいことになっちゃうんですよ。だって料理なんて誰でもやってるじゃないですか。食事なんてどこでもしてるじゃないですか。
食事に特化するってわけじゃないですか。で、カウンセリングってのがもう一つですね。専門性専門性、今過渡期だからしょうがないんですけど専門性を焼けたらと強調する必要は本来文脈において基づけば必ずしもいらないことなんですよ。
つまりレストランはフランスのフルコース料理だけがあればいいってもんじゃないじゃないですか。どう考えてもこれ家で食った方がうまいよねっていう外食もあるわけですよ。そういうことが今のところ心理臨床の世界ではなかなか見えてこないわけですよね。
学校の相談とか先生の相談とかコーチの相談とかあるいはもう家族の相談とかなんか地域のおっさんの相談とかあんまり最近ないけどお坊さんの相談に劣っていちゃいけないっていう雰囲気が強すぎるんだと思うんですよね。そんなことはないんですよ。別に劣ってたっていいんですよ。
やっぱりあのここのところにねあのなんていうのかな。精神分析でも都各精神分析とか特にそうなんだけど藤山直さんよく江戸前寿司に例えられるじゃないですか。そりゃ江戸前寿司である必要があるんでしょう精神分析は。でも世の中は回転寿司がいっぱいあるのが現実なんですよね。回転寿司だってスーパーでパックの寿司を買ってきて家で食べたっていいじゃんなんだけどそうじゃないじゃないですか。
つまり文脈っていうものがあるわけですよね。文脈ってとっても大事なんですよ。おいしい料理が出ればいいとは限らないわけですよね。だってあのこれデートでさえそうですよ。デートに行くからと言ってデートのお店選びってだからすごい難しいじゃないですか。会社の同僚とどっかに行くってなったときあるいはデートってなったときじゃあフルコースのフランス料理じゃあフルコースのフランス料理嫌でしょ。嫌だっていう人いっぱいいると思いますね。
デートだからと言って毎回毎回フランス料理の最高級みたいなしかも送ってくれるからいいってことにはならないじゃないですか。なんかそこら辺で食べる方が楽しいってことはいくらもあるわけですよね。なんなら家の料理おいしくないけどこの方がいいっていうこともいくらもあるわけですよね。
ハミレスの方がいいとかね。あると思うんですよサイゼリアの方がいいとかイタリアンの貸し込まったところよりサイゼリアの方がいいって人はいっぱいいますよね普通に。文脈っていうものがあるわけですよね。お値段が全てではないはずなんですよそこでは。
だからやっぱりスクールカウンセラーとかメンタルコーチとかは多分分かりやすいですよね。文脈が相当はっきりしていますから。文脈がないとわけわからんものになってしまうんですよ。絶対に江戸米寿司みたいになって絶対に銀座の寿司みたいになってそうしたら人来ないけど日本人わかってねーよみたいな。いやわかってないんですよそんなことは。
日本人がみんながみんな銀座で寿司食いたいわけではないということなんですよね。ここのところが多分まだまだその走りなので抽出された専門性がものすごく強調されているばかりなのでカウンセリングというものはなんだかよくわかんないんだけど文脈上の接続ができずにみんないて戸惑っているっていう段階なんだと思うんですよ。
だから何でも相談していいんですって書かれてるんだけど何でも相談していいからいけないんですよそうじゃないですかこのレストランに入ればラーメンも食べれますカレーも食べれます高級なお寿司も食べれます回転寿司みたいな寿司も出ますってなったら多分客は入らないと思うんですよそういう店にはなかなかそれって何なわけって感じがするじゃないですかそうじゃないですよねこの店のいいところは駅からすぐのところだとか多分心理臨床もそういう部分って絶対あると思う本来は。
駅からすぐのところだとか帰り道にあるとかねそういうことがどこにも書かれていなかったりするんですよ面白いぐらいですね家から近いとかですね他よりちょっと安いとかいろんなことがあるわけですよねそういう商売系が妙に薄いんですよねしょうがないのかもしれないと思うんですけどだから高級なのは高級なのでありなんですよもちろんやけに高いけれども
例えばあのソファーに寝そべるっていうのだってうちのはソファーが高級ですって書いてあることが滅多にないんですよねホームページ見ても私あれなんでなんだろうなーって思うんですよねホテルだったら絶対あるじゃないですかほらこんなにいい部屋なんだよみたいなって言ってみるとそうでもなかったりするわけですよオーシャンビューなんだよみたいなで行ってみるとまあ確かに海は見えるんだけどなんかちょっと違うってことは多々あるんだけどそこは強調するじゃないですか
カウンセリングってそういうことを全然しないですよねある意味ねあれはすごい私は損臭いなーって思うんですよね私なんかはねやっぱりビジネス書を書いてきて商売系のついちゃった人間なんでカウンセリングってのはそういうもんじゃないのかもしれないんだけどやっぱりいろんなことが言えると思うんですよ話としてはですねいろんなことが
いや帰ってそういうんじゃない方がいいって言うんだったらなんかね本当にこうちょっとただ落ち着くだけの部屋とかなのかもしれないしなんかかなりスピっぽい雰囲気とかこれは絶対強調点だと思うんですよねなんかそれが全部企画化されて全く同じソファーみたいな昔の学校みたいに絶対これみたいになっている方が嫌じゃないですか
せっかく公民館でやってるというのに何もそんなことするしそうやたら無個性に従って言うのって世の中にあると思うんですけどそれそれでありだと思うんだけどなんかこう無印良品っぽいとかでもいいと思うんですけどねなんかあると思うんですよねそういうのがもちろんこう精神分析とかだとフロイトが決めたこと通りにやるのはいいんだみたいなのあるかもしれないけど意外と今やもはやそうなってないんだからそういう細かくいじれるところっていっぱいあるだけでなくそこを強調点にしたいなと思うんですよね
そこを強調点にしてもいいような気がするんだけどなぜかそうはなってないんですよそうは見えないと言うべきなんでしょうねレストランとかってもう本当にやたらありますからはっきり言ってものすごい過等競争になっているじゃないですかそしてカウンセリングどころじゃないわけですよやってることは飯食うだけなんですよ
基本的にだってそういうもんですよね商売とは全部そうですお風呂だってお風呂をただ取り出してるだけじゃないですか銭湯などというところでもみんなこぞっていくじゃないですか家に風呂ないわけじゃないですよねそこのところだけ抽出されているわけですよねそれにはメリットがあるわけですよそこに行くなりのなけれどもなんてんだろうな誰もそれに対していやあれただの風呂じゃんとは言わないじゃないですかそんなことは分かりきったことだしいいんですよそれで何にも問題はない
ただ食事をするだけだとカウンセリングがですね何かある種の定義やイメージを持たれそうになると急いでそれを消去しようとするっていうあれも過渡期だからなのかよくわからないんだけどちょっと不思議だなと思うんですよ例えば話をするだけではないとか単に話聞くだけでしょいやそうじゃないんです何でわざわざ持って持ち寄られてきたイメージを払拭しにかかるのかそうすると改めて定義したものに対してまた我々は新しいイメージを持っていかなくても
ってそれも違うこれも違うって言われているうちにカウンセリングって何もできなくなっちゃうんじゃないかなと思わなくもないんですよね言わないじゃないですかただ飯食うだけじゃんという風に食堂が言われてもそれに対していやいやうちは飯出すだけ食べるだけじゃないですから言わないですよねそんなことわざわざ飯出すだけですよそれでいいんですよ
いやあんなのうちの方がうまいじゃんって言ったらいやいやそれは家で食べればいいじゃないですかっていう風になるわけですよね家よりもうまくなくたってそこで食べる意味はあるわけですよね後で皿洗わないで済むとかねいろいろあるわけですよコーヒーなんて本当そうじゃないですかコーヒー一杯今東京で銀座付近だったら一杯1600円とかしか出ないけど誰があんなもんに1600円かける価値があるかって言うかもしれないけどあるんですよ
うまいってことはもちろんありますよ家ではあれはちょっと出せないっていうでも家だったらまあ一杯160円もしませんからねで味は10分の1なんてことは絶対ないんで似たように頑張って作ればですねもうだいぶまともな味にはなってくるんで銀座には敵わないかもしれないけどあれはただコーヒー飲むだけなんですよそれでいいんですよ別にコーヒー屋さんがそこで手品をしてくれますとか面白い話してくれますとかそんなことは絶対してくれないんであって悩みも聞いてくれないのであってそこにいてコーヒー飲んでるだけ
未来のカウンセリング
ですよそれに対してコーヒー飲むだけではないんだみたいな付加価値があるんだみたいなことを別に言わなくていい話なわけじゃないですか
でそのような文脈で考えた時に非常に長い前振りでしたがいつも通り あのこれを聞いて楽しい人いるのかなって今喋ってて思うんですけどまぁずーっと1200回もやってるんでこの流れでいきますが
私のこの3ヶ月チャレンジャーようやくわかったんですよ 精神分析をライフハッカーのために専門特化したものに近いんですよ
おそらくこういうこと誰もやっていないから自分で定義するのもよくわからなかった上に 8要するにそれってわけわからんと思ってたんだけどいやそんなはずはないと思うようになったんです
よね 遠い将来にはきっとこうなるこうなれば私のようなものはいらなくなるんだろうなって思うん
誰もこれをやるっていう状況に今ないからなぜならまず第一に専門が精神分析かというのが 専門家として3桁に満ちるか満たないかみたいな話してるのに専門特化に用意できるわけがない
じゃないですかあまりにも少ない ライフハッカーに専門特化とかする人が現れても多分一人とかなんですよね
一人じゃしょうがないじゃないですか だからライフハックに店専門特化した精神分析をやりたいっていうそういうサービスがこういう風に
こうなんでしょうですかね まあ方の抜け穴みたいなところに入れるいる限りはやや成り立つかなっていうもちろん
私がやってな専門精神分析ではないんで8精神分析的な何かをあのライフハッカーのために 接続しましたっていうそういう専門特化なんですよ
でもこれは例えばプライベートのコーチがメンタルのことを勉強して コーチ業にメンタル取り入れましたって言えば別に何も不思議はないようにですね
だから最初に千葉ロッテの話したんですけどそういうものとして捉えてもらうと だいたい一応成り立つと思うんですよね
スクールカウンセラーですでに行われていることだと思います でこっちをですね専門家がライフハッカーのために専門特化するのと
ライフハッカー私はライフハッカーながらだからビジネス著作家が勉強して精神分析を 取り入れて個人コンサルに役立てるようにしましただったら別におかしな話ではないですよ
今後私は 心理臨床というのは多分この分野というのが発達するか発達しないとそもそもこの
心理臨床界って発達しないんではなかろうかみたいに思う 思ってきましたなぜならばあの
そうですねあんまりわかりやすい例じゃないと思うんですけど チャットGPTってそうなんですねオープンAIの世界ですよね
あれって要するにAIの基礎になるようなものって 複数はないんですよねでもそれを応用したサービスはめちゃくちゃ今いっぱい出て
きてるじゃないですか 例えば検索に特化したAIを使うとかパープレックスとか
あるいは絵を描く専門のAIを使うとか 元々はチャットGPTと同じものが入ってんだけどもあくまでもそれは絵を描く専門に
AIと心理カウンセリングの接続
アドビの何とかのツールに 直接接続するとかここで使いやすいように用意されているとか
そんなことしなくったってチャットGPTの契約だけであとは絵を描いて使えばいいじゃんって 思われるかもしれませんが普通の人にそれは全然無理なんですよ
だから専門特化って非常に大事なんですよね チャットGPTをエクセルに使いたいですって言っても普通の人にはまず全然何にどう使えばいい
のかさっぱりわかんないと思うんですよ まあ
マイクロソフトはコパイロットなんでコパイロットを直接つないでますけどやっぱあれはちょっと高いんで 使いにくいですけど使うとめちゃくちゃ便利なんですよ
AIをその目的にだけ特化して使う だから心理印象ってそのAIの部分なんだと思うんですよね
なんだけど今のところ言ってみればチャットGPTしかないみたいな感じなんですよね 絵を描くための専門特化とか
まあだからスクールカウンセラーとか一部には出てきているんだけれどもまだまだ全然 足りていない感じがしますよね
抽出されたその部分だけがあるって感じなんですよ だからよくわからない感じになっているんだと思うんですね
ここを接続するという試みをどんどん増やしていったらいいんだと思うんですよね
で最終的にはそれこそこれは実現しないかもしれませんし実現するイメージわからないですけれども
そのライフハッカーに向けられた精神分析みたいなものがあるといいと思いますし
でまさにだから絵を描くためのAIみたいなもんですよね
で反対側つまりライフハックの側からもそういうことを特化したことをやりたいとか
コンサル業にこれをすごく活用したいつまり私みたいな人間がいつでも精神分析の知見をそこから引いてこれるような形になると一番理想的なんですよ
常に精神分析家がそこら辺にいてっていうか近くにいて問い合わせられると
今はそこには程遠い状況だしもうなんかそれやるなぐらいな勢いになっちゃってるから
情動の混沌と社会適応
それってつまりエクセルに特化したオープンAIの使い方は許されませんみたいなそれは危険ですみたいな感じになっていて
必ずシャットGPDを使ってくださいみたいなそういう雰囲気なんですよね
そこに無理があると思うんですよ
それだと不便じゃんって感じがするんですよ非常に実際不便なんで
で私はまあライフハック畑から来ている人間だから特にライフハッカーに特化したいと思ったんだけど
やってるうちにものすごくよく分かってきたのが
まあ心理カウンセリング一般というよりも心理臨床一般というよりも精神分析
まあ特に中野作ってあれいいのかな対象関係論がここには役に立つ
なんでかっていうとライフハッカーでそしてライフハックに長けていて
職業も持っていて持っていなくてもいいんですけど十分つまりこの少なくとも3ヶ月チャレンジにお支払いいただけるぐらいには社会適応
相当レベルが高い社会適応っていうことがあるんですけれども
にもかかわらず非常に情緒的な部分で悩みが深いっていう方は
一定数以上多分いらっしゃる少なくとも一定数はいらっしゃる
商売になるといえば商売になるぐらいはいらっしゃるなんでかっていうと
そういうふうに生きてなんつーのかなある意味生存戦略がそれだったからっていう
深刻になればなるほどそういうことなんだなってことなんですね
つまりニアリーイコールですけども2歳3歳児以下精神病に限りなく近い状態
ここの部分は非常に混沌としてカオスな状態にある
しかし4歳児以降言ってみればフレエディプスポストエディプスですね
エディプス期を超えて言語象徴を使う部分ではその人の知的主に知的ですね
知的発達及び社会スキルははっきり言って平均を大きく忍ぶっていう
そういう人はライフハック界には結構いらっしゃるっていうわけなんですよ
でこのタイプの中でまあいろんなやり方があるんだけれども
やっぱり情動というものはしかし存在するのでどんな人にでも
情動はどのように扱われてきているかというと
情動は万能空想に回されているってケースがとても多いんですよね
あるいは情動は長時間から見た非常にこうなんていうんだかな
ファンクションとしてはかなり攻撃的な長字がなんですけど
長字がの指導監督のものに完全に置かれてしまっていて
だから情動というものがですねほとんど動かないか
ひどく暴走がちになるかっていう状態に現れる方が結構いらっしゃるわけですね
でこの長字がの部分はライフハック的で象徴機能を駆使して極めて強力なので
情動はひとたまりもないわけですよ
何せ情動なんてもうなんかお腹空いたみたいな感じだから
そういうのはこう色々とこう何でしょうかな
マネジメントされるか出席されるかの対象にしかならないんですよ
その人の中ではだからお腹空いたならご飯作ればいいでしょみたいな感じになって
でライフハックを駆使して速攻ご飯作るみたいなそういうノリになっているので
仕事やりたくないみたいになっても仕事やらなきゃダメだみたいなことが
ガーッと正しく展開されてそして仕事のスキルみたいなものを
呆然と進めるっていう方向に情動は従わせられているわけですよね
でもこれをずっとやってるので
情動がもうサボタージュを決め込むみたいになった時に身動き取れなくなるわけですよ
結局エネルギーは情動側からというか実際に動いてるのは情動があって
だから例えばその正論というものでコントロールしている長字がに対して
でもすごいひどいことばっかりあの上司に言われてるんだけどってなった時に
非常にややこしくなってくるわけですよね
情動の方を説得できるほどの材料が見当たらない
だからこの問題は精神分析みたいなところに持ってこられない場合は
必ずある種の社会問題として対応されることになるわけですよ
あの上司のおじさんすごいひどいみたいに情動が言ってっていうか
そういう風になって精神病部分がサボタージュを決め始めた時に
でも働かなきゃダメでしょみたいな感じで
ああいうおじさんはどこにでもいるんだからみたいに一生懸命納得させようとするんだけど
限度があるわけですねあまりにも本当にひどいおじさんがいた場合
そうするとこのひどいおじさんをこの世の中から排除するべきなのではないかみたいになってくることがあるわけですよ
だからライハックと社会運動っていうのは直接は接続されないんですけれども
なんかああいう人がいるから全てがいけないのであって別に情動が悪いわけじゃないし
特に言うなら私が悪いはずは全然ないみたいになった時にむしろ困るんですよね
でそういうことが起きた時に割と
割とっていうか非常に難しい精神状態に入っていくってことが起きるわけです
単純に社会活動をするっていう風になる場合にはそういう方はそもそもライフハッカーには留まらないので
どっちかというと社会活動が始まってしまうのでそっちではなくて
しかしここでああいうおじさんを排除できないし
なんかこう政治運動みたいなのを始めても今すぐ自分の仕事に役に立つわけじゃないしってことになってくると
こう悶々としだすということは起こり得るわけですよね
そういう時に情動をダイレクトでもう少し扱う方法があるわけですよ
ただその方法というのは情動をコントロールするというのはもうやりきってきてる部分がありますし
だからといって情動を頭から無視するっていうやり方ももう限界を迎えた後でくる話なので
精神分析と個人の変容
ここでそれまでのライフハック中心の方法論とはほとんど正反対を向くことになるわけですよね
つまりいかに何もしないかみたいな論が展開されるようになるわけですよ
いかに何もせずいかに特にコントロールしようとせずに
情動というものの言い分と言いますか
言い分というものが言語化されてないんですけれども
言葉になっていないところのその動きっていうものを見る見方みたいなのを
精神分析では取り扱えるわけですよね
そういうものを取り扱おうとしたときに
それまでの長自我的な価値観というものが非常に苦しい思いをしなければならない
つまり何かが起きたら何かをする
やるべきことを何かやるっていうことがその人を支えてきたわけなのに
何かするべきなのに何もしないっていう選択肢を取るっていうのは
自分の価値観からすると真逆を向いていますから
とてもやりにくいやり方なわけですね
やりにくいからやってこなかったから
やってこなかったところに道があるみたいな話でもあるんですけれどもね
そういうことを私は何て言うんですかね
ここを接続するより他どうしようもないっていうふうに考えるに至ったわけですね
その場合やはり変容を促すというのは
そもそもその人は変容変容できているのに
ここで改めてさらに変容を促すっていうのは
筋として合ってないよなと思うんですよ
だからやっぱり変容を流すわけにはいかないよなっていう
変わるのはいいんですよ別に変わる必要あるのかもしれない
でも変えちゃダメだっていう
そういうふうにややこしいところに立ってるわけですよね
もう少し簡単な話をするならば
スキルというものに対して
イデオロジカルな部分っていうのが役に立つことはあるんだけど
ただイデオロジカルな部分っていうのは
基本的にスキルと関係ないものと見なされやすいので
そうですよね
例えばあんまりいい例じゃないんだけどしょうがない
ちょっとご容赦いただきたいと思うんですけれども
メジャーリーガーで人種差別な気がある人がいるとするじゃないですか
いると思うんですよ私やっぱりね
もちろんそれは制御されてると思いますよメジャーリーガーともなれば
しかし心の奥底ではそういう気持ちがあると
同僚に太谷翔平がいてあんまり面白くないっていう状態は
心理的に扱われることによって
その人のパフォーマンス上がりうるとは思うんですよね
上がりうるとは思うけど
私のような人間が太谷さんと一緒にやれるならとても素晴らしいよって
いくら思っててもいくら思ってても
メジャーリーガーの例えば一緒にバッティングしたら
それは僕の方が絶対ダメなわけですよ
イデオロジカルな部分を取り除けば
その方が必ず良くなるなんてことは起きないわけですよ
当然は太谷翔平と一緒にやるのはどうも
気に食わんって思っているかもしれないけど
その人の方が打球を飛ばせば遠くに飛ぶに決まってるし
球がなければ早いに決まってるわけですよ
つまり心の問題というのは
千葉ロッテの心理メンタルなんとかと同じでして
限度があるしその限度は意外と早いところにあるし
ただないわけではないとは思うんですよね
だから有効に対応し得るものだと思うんですよ
偏見を取り除くみたいなのは
この偏見を取り除くというのは
しかしスキルアップを補償するようなものでは全くないですよね
だからライフハックっていうものと
すごくこの精神分析というものは
最初の段階では全然接点は見受けられないし
何のためにそんなことを言ってるのかも
理解に苦しまれると思うんですけれども
実際には無関係ではきっとないと
やっぱりある種の人から来るメールより
他の人から来る仕事のリクエストの方が
果たしやすいみたいなことは
人間はしょっちゅう入っているし
特に私はライフハック系の人というのは
そういう傾向がむしろ実は強いのではないかっていう風に思う
人種的な偏見があるって言ってるんではないですよ
そういう意味ではないんですが
情動に左右されている部分が実は大きいからこそ
それを制御しようという意思と
それを制御するためのスキルみたいなものを
早い段階で身につけて
早い段階で身につけた以上は
それはスキルがどんどんアップしていきますから
そのスキルの自分の激しくアップさせたことによる分裂に
むしろ自分自身が耐えられなくなっているんではないんだろうか
っていうのがマクロに見た仮説なんですよ
しかしこれを一般論として言っても
ほぼ何の役にも立たないんですよ
だってメジャーリーガーの中には
全然人種的に偏見を持っているわけじゃない人に対して
これを言ったところで
いや別に私は大谷翔平とやっているのは全然OKです
みたいな人には意味ないじゃないですか
つまりその人その人の歴史的な深いっていうのも
深いっていうのはこの時に使ってるんですけれども
深いというか心の奥底で考えていることなどを
あからさまにしていくっていう作業が必要なんですよね
その前には実は本音のところでどう思ってるのか
カウンセリングと文脈の重要性
みたいな話に食い込んでいくしかないんで
だからシークレットは絶対必須ですよね
プライバシーでなければ始まらない
だからワンワンじゃなきゃできないんですよ
ここがライフハック一般と真逆なんですよね
コーチングっていうのもそうじゃないですか
コーチって一対他で対処はやるもんですよね
今の日本のコーチングって結構ワンオンになってるから
なんかコーチっていうのがワンオンで
専属っていう雰囲気になってるけれども
そんなことはないですよね多くの場合
一対他ですよねコーチというのは
プレイフィールのコーチを見ても
選手の数だけコーチがいるチームなんて
どんなに贅沢でもジャイアントとかソフトバンクでも
そんなことはありえないですよね
一対一ってわけにいかない
トレーナーなら専属のトレーナーでも
全員にはいないと思うんですよね
3軍の選手にも専属のトレーナーがいるかどうかって
なってくるとかなり疑わしいものだと思うんですよ
さすがにそこはだからスキルなので
ある程度は一対他で共通で伝えられることってあると思うんです
ライフハックも出だしは間違いなくそうなんですよね
それがだからつまり抽出と近代の話じゃないですか
どこに行ってもそれが通るようでなければ
タスクシュートを使ったら
少なくとも開始ボタンは誰が押しても
開始した時刻がスタンプされるっていう
そういうんでなければ意味がないですよね
ただある種の人にとっても本当なんか理由わかんないんだけど
開始時刻自体を押せないんです
みたいになった時に
その人ならではの理由を聞いていく必要っていうのが出てきて
そうなった時に抽出じゃないものが出てくるんだけど
でも抽出している世界に接続する特化するっていう文脈が必要だろうなと
やっぱりライフハックの人が唐突に唐突なんですよ
心理カンセリングを受けないんですよね
悩みがあるから悩みがあるというよりは
やっぱり相談したい何かがそのライフハックならライフハック
野球なら野球勉強なら勉強学校なら学校という
そういう文脈において発生するのであって
はい悩みを話してくださいって言うと
何にも出てこなかったりするはずなんですよ
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