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「精神分析的」とは?【1409】
2026-10-23 29:19

「精神分析的」とは?【1409】

トラウマと解離からの回復を読んでます。

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00:05
おはようございます。佐々木正悟の自由連想第1409回をお送りします。
えーっと、10月20何日?今日は23日、金曜日か、金曜日。ついに金曜日、やっと金曜日。
えー、朝の8時です。本当にこう、金曜日早く来ないかなと思って毎日を過ごす。
小学生かよって感じなんですが、会社員かな? とにかくですね、疲れるわけですよ。
もうヘトヘトですね。朝の5時に起きて、5時じゃないけど、6時前に起きて、
まあ、パンを炙ったり、冷凍ご飯解凍したりして、
あのー、まあいいや、そんな話はいいとしてですね、おにぎり作ったりしているわけですが、
最終ぐらいの知らせかな?来期の第16期3ヶ月コンサルの枠があと1名様ぐらいありますので、
よろしければですね、3回お試しにしたんです。
1回だけっていうのは、結局何か起きてるんでと思うんですけど、
でもやっぱり完全に初対面の方も最近はいらっしゃるわけで、
私のこと知らない、タスクシュートも知らないみたいなね、方もいらっしゃるんですよ。
となってくると、1回はさすがにちょっとこう始めまして、私はこういうものでみたいなことやってるうちに、
60分経つから、3回はやろうなと思いましてですね、3回お試しっていうのを用意しました。
なんかね、PHP騒動とか関係ないんですけど、私はワードプレスで作ってるわけじゃないし、関係ないんですけどね、多分ね。
あのー、ちょっとホームページも一新したいなと思ってるんですけど、
一新してみたところでやることは変わんないかなっていうのもちょっと気になっております。
とりあえず、あと1名ぐらいはいけます。いけますから、ぜひ。
今からでも全然遅くはないんで、遅いとか早いとかはもうやらないんで、常時募集に切り替えてますからね。
16期でも間に合いますんで全く問題なく、3回お試しやっていただければいいかなと思います。
はい、ではですね、本題に入りまして、
今日は短めにちょっとね、出かけなきゃならないこともあるし、
なんかね、網当番というよくわからないものがここの地区にはね、あのー、可燃ごみの生網を片付ける当番になってしまっておりまして、
最近なんかあのね、あいや、そんな話はいいとしましょう。
というわけでちょっと30分超、ちょっとで切り上げさせていただきますんですいません。
あのね、えっとあれなんですよ。何なんだよ。
えっと、あのー、最近トラウマと乖離だったかな。
とにかくなんかこう、決定版と帯にはある本を読んでいて、
03:00
いやこう、これはどこが精神分析と違うんだろうっていうくらい精神分析に、
私の目にはもうバイアスがかかってるせいなのか読めるわけです。
で一方で、まあ定義って言葉は出てくるし、自己愛って言葉も出てくるから、
分析と無関係じゃないんだけど、あまりにも心理教育的すぎて、
いやこれは精神分析的ではあるが何なんだろうっていう感じなんだけど、
トラウマと乖離の心理療法みたいな考え方なんですよね。
で私、そもそもあのー、まあわかんないですけどね、
あらゆるカウンセラーさんを見ていて、たまたまトラウマの人たちだけを
症例として集めているってことなのかもしれないんだけど、
あれを読んでいくうちにですね、もう私の中では、
精神分析的であるものとそうでないものは、
まあ力動的かどうかはまた別かなと思うんですけど、
精神分析的なカウンセリングとそれ以外のカウンセリングの最大の違いは、
スナップ的に表現するか、それとも、
ビローンと引き伸ばされているものの表現かのどちらかであるという風に、
私の中ではね、これはもう私の勝手な区別ですから、
参考にしないようにしてほしいんですけど、そう思いました。
だから例えば藤浦直樹さんとかは、
まあ少なからず一般読者は読み飛ばしていると思うんですけど、
冒頭からいきなりですね、セッションは3年にわたり到着していたとか、
平気で書いてるわけですよ。この一部は何でいるんだという、
精神分析に魅力を持ってもらうためには、
ほぼ真逆の効果しか生まないであろうこのセリフは何のためにあるんだと。
3年に、3年にわたって到着してたら、
もう絶対途中でやめちゃうじゃないですか、今時の人たちは。
ブリーフセラピーは10回以内に終わらせないと失敗だそうだし、
3年にわたり到着していたって、
それもうそれ自体がダメじゃんって感じになるんだけど、
それは一行だから多分読み飛ばされてると思うんですけどね。
こういうのが、タイトルも名前もまだ厳密に出てこない。
調べようかな。
トラウマとジェニー。
有名な本だと思うんですよね、この界隈ではね。
トラウマと帰りだけかな。
えーと、なんかそういう、
それだけ、あ、出た、ジェニーナさん。
ジェニーナってちょっと、ジェニファーとかならね、覚えやすいんですけど、
トラウマによる帰りからの回復。
絶対これは相当売れてると思うんですよね、この手の本としては。
で、このジェニーナさんのは、
訳あって必要に応じて私が緊急入手して緊急に急いで読んでいるわけですけど、
急いで読んでいる割には精神分析的に読み換えて読んでいるために、
偉い父として、全然急いでいるのと早く読めるの、何の関係もないというあれなんですが、
06:02
あの、なんていうのかな。
そんな、例えばですね、
僕がやっぱり強い印象に残っている、この話は今後いろんなところでしそうだなと思っていることに、
あなたはなんとかなのね、笑顔でとか書いてあって、
笑顔でとか書いてあって、
いやなんか、この書き方ができる人ってやっぱり僕は精神分析的ではない感じが、
いや、戦法は絶対精神分析的であることに何の価値も置いてない可能性が高いんで、
だから何なのって言われるかもしれないけど、だから何でもいいんですけど、
つまり、精神分析的っていうのはですね、
あの、天意の文脈っていうのを無視できない人たちだと思うんですね、僕は。
僕自身でさえ精神分析的ビジネスコンサルとかふざけたことを言ってますが、
このふざけた人間でさえ、自分が笑顔になったから、
それが、親愛の情なのであるとか、友好の表明なのであるということを、
自分はそう思ってますよ。
でも相手の人がそう捉えるというふうに、
信用する、そのように認識されるという根拠はどこにもない。
だって世の中には詐欺師だってニコニコして近づいてくるじゃないですか。
我々だってそうじゃないですか。
よく、僕は、これも専門家の人は今はそういう言い方しないんだみたいなことは書かれていたりするんで、
そうなのかと思うんだけど、認知痕療というかどっちかしらの認知療法ですね。
認知の歪みって平気で言うじゃないですか。
でも、じゃあ詐欺師の微笑みを真に受けるべきなのか、
それは認知は正しいのかっていう話ですよね。
でも人によっては、詐欺師は目が笑ってないとか言うんだけど、
いやいやいや、僕はあっさり騙されるしねみたいな、
僕は詐欺師に直接騙された経験はまだないですけど、
いやあっさり騙されるっしょそりゃって思うわけですよ。
だから認知の歪みっていう言い方をするのは、
私は正しく相手の表情が読めますっていう裏返しだと思うんだけど、
そんなはずないだろうって思ってるわけですよ。
絶対そんなはずはないっていうのが僕の感覚なんですよ。
だから、あのジェニーナさんが、
いやジェニーナさんの笑顔は特別素敵なのかもしれないんですよ。
ここが難しいところなんだけど、
2つあって、この2つを喋ってるうちに多分30分経つと思うんですけど、
1つは、長さ。
つまり、なんていうのかな、
あくまでもセラピストというのは客観的な存在であって、
その人その人の認知の歪みを超えたところから
何かが提供できるという考え方に基づく場合は、
精神分析的ではないと僕は思うんです。
精神分析的というのは、
自分は歪んだ像である、常にっていう、
そういう相手の主観の歪みの中で自分は認識されていくんだという含みというのか、
それを念頭に置いて常に対峙する。
09:00
ただそれは普通の人でもやるんですよ。
やるときには別に。
普通の日常生活の対話の中でも、
この人自分のこと今疑わしいと思ってる。
取引とかでやりますよ、はっきり言って。
だから疑わしいと思ってるんだろうなと思いながら交渉する。
だから疑わしいと思われるでしょうがとかって言ってみたり、
言わなかったり、さまざまなんだけど、
これが笑顔でって言ったときに間違いなくジェニーナさんはこの笑顔を相手に
正しく伝わっているっていうニュアンスでいるわけですよ。
でもそれがいいかもしれないですよね。
なぜこの話が期間の長さに及んでいるかというと、
とはいえ自分が言ってることが信用されるようになるまでになる必要はあるわけですよ。
精神分析的であってもなくても多分。
精神分析的にはあんまりラポールって言わないと思うんだけど、
だからラポールを確立するっていう言い方を今はしないかもしれないけど、
カウンセリングの世界でよくしてたわけですね。
私はいやラポールってどうやって確立するのさって思うわけですよ。
だってめちゃくちゃパラノイックな人が前にいたとき、
だから私最近精神分析以外のカウンセリングでは
めちゃくちゃパラノイックな人はもしかして扱わないのではないのかって思うようになり始めてる。
なんといったって私は兄弟がめちゃくちゃパラノイックですから、
最近うちの母までめちゃくちゃパラノイックになってきて、
もうなんかこう私が行くたびに
あのー泥棒めみたいな、お前はそんな風に育てた思いはないとか言うわけですよ。
だから、あのーで、それは要するに母が引き出しとかにしまった何かを
例えばお金とか引き出しにしまうじゃないですか。
それから3分すると忘れて私が取ったことになるわけですよ。
これはもう3分後に起こるんで、
行ったときも本当に大げっかになったんだけど、
あの大げっかを境に私は心を入れ替えまして、
この人にこの師匠ことで腹を立てるのは全くナンセンスだ。
100%ナンセンスだって思うようになって、
これはね、脱カチカ的な話につながって、
まあいいや、そんなことまで言ってるとめんどくさいし、時間がないんで。
つまり、期間、ラポールを確立するのはいいですが、
そのためには2年も3年もかかるわけですよ。
それが一瞬でできてるわけじゃないのかもしれないですね。
ジェニーナさんだって。
でもジェニーナさんはこの出来事をスナップショットのように書くんですよ。
最初に弁護士の人が現れた。
もう体が震えていて、前のセラピストは私を裏切ったの?みたいなことを言ってるのに、
どうして前のセラピストはあなたを裏切ったのに、
ジェニーナはそんなに簡単に信用されてるんだよっていう、
私には素朴な疑問があるわけですね。
だけどそこは、だからジェニーナさんはすごい良いカウンセラーで、
なんかもうある意味はわかんないですけど、
漫画的な表現をするとほぼオーラが刺しているから、
いけるのかもしれないじゃん。
でもそういうことは起こり得るわけですよ。
だからスナップショットなわけですよね。
12:01
カウンセリングにこれを求めるのか求めないのかが、
僕は精神分析的かそうでないかを区別してるような気がするんです。
精神分析的な人たちはですね、
成功例というもの、成功事例集というものを書かないんですよ。
まあ案にほのめがしますよ。
これによってうまくいったんだよみたいな、
集結的なところではこの人は幸せになったんだよみたいに書きますけど、
なんかこう、ジェニーナさんが書くような感じにはなってないわけですよ。
しかもジェニーナさんはワンショットでそれを実現しちゃうわけですよ。
なんかこう、なんていうのかな、
そういうふうに前のセラピストは裏切ったのって言って、
そうなのね、こうこうこうとか言ってるうちに
相手の人が輝くような顔になっていくわけですよ。
いやだけど私はそうやって輝くような顔になってる人、
家に帰ってからめちゃくちゃジェニーナのことを批判するんじゃなかろうかと思っちゃうんだけど、僕は。
だからそういうことを繰り返さなきゃならないから、
ラポールの確立まで5年はかかるわなみたいな気持ちになるわけですけれども、
だけどもラポールが確立されるわけですよ。
この間に期間について必ずしも重大なことは書いていないか、
少なくとも異常に長い期間に異常に、だから長い期間についての言及がないわけですね。
わかんない、論文にあるのかもしれない。
でも僕が思うに精神分析ではこの長い期間というものがなんか寿命のようになってるわけですね。
この間全く進展しなかったとかね、その間が長いわけですよ。
半年とか1年とか全く進展しないわけですよ。
全く進展しない1年はめっちゃ辛いですよ。
3ヶ月コンサルでいうと4期○○ですからね。
4期○○全く進展しないって書くような状態が続く。
その間お金もらわないわけですからね。
それは辛いですよ、お互いに絶対に。
で、この間ラポールの確立なるものに近いことをおそらく天意を通じてやってるはずなんだけど、
それはジェニーナさんだってやってるはずなんだと思うんだけど、
あたかの天意なんか、天意ってことは出てくるんだけど、
彼女のアクティングアウトもアクティングインもその用語の使い方は全く僕が知ってるそれとは違うものなんですね。
まあなんかわかる気がするんだけど、
それはアクティングアウトとは違うのではなかろうかみたいな、
それなんか逸脱行動の嵐みたいな感じ。
アクティングインもなんかこう、なんていうのかな、
心理的な自傷の嵐をアクティングインっていう風に、
だからそれは無関係じゃないと思うんですけどね、
そうじゃないような気もするわけです。
なんかこう、内的な活動のことをアクティングインという、
なんかインナーアクションみたいな感じ。
インナーなネガティブなアクションみたいなそういう感じのことをアクティングインって書いてるんですけど、
私はそうじゃないんじゃないだろうかと思うね。
行動家がただ面接室に持ち込まれることをアクティングインっていうんじゃないかなと思うんですけどね、
15:00
それは分析的な世界とそうじゃない世界では使い方が違うのかもしれない。
それはいいんですよ、別に。
私にとっては、どうせ私は無害者だから。
私が言いたいことは、このような言葉の運びになるのには訳がある。
つまり、期間を長く取るっていう発想の中では、
アクティングインとかアクティングアウトって絶対起こるものだから、
そしてそれらは転移という文脈で全部重要なんだけど、
この一瞬のスナップショットの中で、
怒りと悲しみに打ち震えてきた人がパッと明るい顔になるっていう、
この一瞬のスナップショットが重要だという話の中では、
アクティングインとかアクティングアウトは文脈が大きく変わると思うんですよね。
で、このパッとっていうのはやっぱり僕は医療モデルだなって思うんですよ。
注射打ちましょう、薬を出しましょうって言ったら風がパッと、
パッとは良くなんないにしてもガクッと良くなるじゃないですか。
で、ここで大事なのは、医者はこの病気の外にいるってことなんですよね。
これがジェニアさんの僕は立ち位置だと思うんですよ。
やっぱり今までひどい、だからね、なんかここにはもう一つの重要な含みがあって、
今までのセラピストは何もできなかったが、私は違うっていう独特のものが、
精神分析だったらきっと自己愛的万能感って言うんだろうなと思うんですけれども、
ここで二つ目が出てくるんですよ。
でもそれこそが有益な有効な場合はあるのではなかろうか。
あるっていう人とないっていう人とに分かれるかもしれないし、
そこにスペクトラムもあると思うんですけどね。
でも私はやっぱり精神分析的なのはおおむね、私はこう思うんですよ。
フロイトでもできるから精神分析みたいな。
フロイトはやっぱり笑顔でっていう風に書く人では絶対ないと思うんですし、
なんかあの人が笑ってても怖いじゃんっていう、これ偏見ですけど、
フロイトが笑うとすごく心穏やかになる人もいると思うんですよ。
でもフロイトが私はこれを笑顔で言ったみたいな感じにならない気がする。
全く。
でも大事なのは、でも転移は起きるんですよ。
だから陰性の転移とばかりは限らないと思うんですね。
フロイトに陽性転移が起こす人だっていっぱいいると思うんですよ。
つまり転移とはその人の演技力に左右されるようなものでは、
もう私はジェニーナさんが演技してるとは言うわけじゃなくて、
あれはスレアーなんだと思うんですけどね。
つまりその笑顔が、自分の笑顔は絶対に善意だし、
相手にはその笑顔の善意が必ず伝わるんだというこの態度こそが、
有効に働くケースと事実上働かないか、
やや有害に働くケースとに分かれて、
そうするとこの方法論でいける人といけない人に分かれるんだけど、
これは精神分析的心理療法とかだって同じだと思うんですよね。
結局は。
それを相性と呼ぶのかどうかは知りませんけど、
だからここにあるのは人と人との相性なんだけど、
同時にやっぱり技法と人との相性でもあると思うんですよね。
18:02
で、それはカウンセラーなりクライアントがその技法を好むのかどうかっていうことが
ここに入ってくると思うんですよ。
とはいえ、トラウマと乖離のまたは、分かんなくなった。
タイトルが良くないんじゃなかろうか。人のこと言えないんだけどね、僕も。
トラウマと乖離の何でしたっけ。
回復、乖離からの。
トラウマによる乖離からの回復。
で、断片化されたなんだっけな。
断片化された私たちを癒す。
私からするとこの断片化された私たちは対象だと思うし、
対象と言っちゃ、でもスプリッティングではあると思うんですよね。
で、ここにあるのは対象関係だとやっぱ思っちゃいますし、
で、それはベータ要素というものをおそらく含んでいるでしょうから、
アルファファンクションをって漢字で考えちゃうんです。
その方が僕には今の方が分かりやすいっていう人は変かもしれないけど、
私にやっぱり今の方がある意味分かりやすいわけですね。
分かりやすいんだけど、
これをとことんやろうとすることによって、
やっぱり笑顔では僕はないですけど、
真剣にカッコみたいなのがあって、
この真剣さが真逆に取られるということが大変である。
だけどそれが転移逆転移の、
陰性転移の難しさだし、
そこを超えないとラポールも何もあったもんじゃないとは思うんですけど、
でもこれをやるというのはお互いにとって、
なんていうのかな、やっぱりあまりにもシリフォスの神話すぎる。
って感じにはなる時があるわけですね。
そういう時にこの技法そのものは取り入れられないとしても、
ジェニーナさんのですね、
この考え方に触れておくということは、
いいことなのではないだろうかと、
だからこれは私は精神分析を通して、
この技法のやってることの感じを掴み始めているって感じなんですよ。
一番やっぱり僕が、
なんていうのかな、
ここを乗り越えるためにどうするんだっていうのが、
さっきの弁護士さんが震えてやってきたところで、
そんな風になる気がしないっていうのかな。
しかも弁護士さんは震えてやってくるとは限らないって気がするんですよね。
弁護士さんはもう全然笑顔でやってきちゃう可能性もあるんですよ。
そしてこの話がさもわかったように展開するんだけれども、
それは断片化された一部には通じてるかもしれないが、
断片化されたパーソナリティには通じてるかもしれないが、
21:01
別の断片化されたパーソナリティには
全く逆に伝わってしまうということが起きているはずなんですが、
そこは笑顔でやることによって、
何が起きるんでしょうね。
というところで今私はまだまだ悩んでいるというか、ずっと悩んでるんですけどね。
この仕事を始めた時から悩んでいるわけですが、
とはいえ何かは伝わるはずだっていうのがあるんです。
だんだん松木さんっぽくなっていくんでね、こういうところで。
何かは伝わるはずだっていうのと、
自分が断片化するっていうことをここに、
これもそうなんですよね。
逆転移として自分が乖離していくっていうことは非常に大事なことで、
ジェニファーさんは、ジェニーナさんだ。
それが描かれていない、あるいは起きてないのかもしれないし、
起きていてもそんな認識はないのかもしれないんだけど、
私はやっぱりこれはこの仕事をしているうちに、
すごくナンシー・ユニアムズさんが描いていたのは、
乖離は連戦するみたいな。
そうじゃないだろうって私最近思うようになったんですよね。
逆転移とは言うのはそもそも乖離じゃないですかって思うわけですよ。
それもしかも美音流に言うと無意識だっていうんだけど、
100パー無意識かなっていうのが最近ちょっと疑問に思うようになったんですよね。
ああいうふうに精神病水準でやってる人はそうかもしれないけど、
なんかそうではないような気がするんですよね。
逆転移は全く気づかないとは思えない。
ハイマンの描いてるようにはなかなかいかないかもしれないんですけど、
気づくことは気づくような気がする。
少なくとも事後的には。
で、逆転移が起きてる時は乖離とは違うかもしれないけど、
でも例えばこの時、よく言うわけですよね。
藤山さんの方が描いてますよね。
なぜか松木さんの話をしては事例として藤山さんを出すよね、私最近。
癖のように。
とにかく藤山さん描いてますよね。
思考が狭められた感じがとか、窮屈で何も考えられなくなるってことは、
その時思い出すべきことが思い出せないってことじゃないですか。
だから私はそれは強い健忘状態にあるって言い換えても、
別にそんなにおかしくないと思うんですよ。
で、それが逆転移で起きてるってことは、
つまり私は逆転移が引き起こされるということは、
ある種の疑似的な、疑似的って言っても結局乖離に疑似的も、
乖離とはそもそも非常に疑似的な体験とも言えなくはないわけですから、
何かを思い出すって結局意識が二重構造、
これはジェニーナさんという人がさっきのトラウマの話で繰り返し言ってることなんだけど、
24:01
つまり二重構造ってことは、
何らかの自分と別の自分が並行しているんだけど、
どっちが現実にいるべきかを見失ってないっていう意味でしかないと思うんですよ。
めちゃくちゃめんどくさいこと言いましたけど、
すごい簡単なことで、
さっきオチアイヒロミツがロッテをトレード、
そういう古い話なんですけど、
私が小学校時代の話なんだけどね、
そういうことがあったんだけど、
それでオチアイヒロミツの今だから話すみたいなこと言ってるんだけど、
トレードの話を彼は思い出しながら喋ってるわけじゃないですか。
でも今トレードが起きてないのは、
彼は知ってるわけじゃないですか。
二重構造ですよね。
トレードのことをイメージなのか音声なのかテキストなのか分かりませんけど、
彼は大変頭の明石な野球選手なんで、
彼はすごい覚えてるわけですよ。
もう70だと思うんですけどね。
あの時は俺はそんなことは言ってないんだとか、
マスコミがこういうことを書いたんだとか、
星野さんはこういう風に言ったんだとか、
すっげえ細かく覚えてるわけですよ。
で、それ全部思い出してる時って、
今そうじゃないよねって、
今星野選手さん多分こういう風になるんだよね。
今トレードされてるわけじゃないですよね。
全部知ってるわけですよね。
でもあの時は衝撃的で、
48日連続、
オッチャイのトレード話みたいなのが、
マスメディアを逃げ回していたから、
すごくマスメディア的には良かったんだみたいなことを、
昔話として言って。
これってつまり二重構造じゃないですか。
意識上においては。
で、どっちが、
そのトレード話は今起きてる、
今ここのことではないってことを知ってるってことは、
今ここには自分はこういう意識状態があるってのを、
意識できているからこそですよね。
俗に、俗にですけど、
フラッシュバックみたいなのが起きた時は、
今ここがどこで、
今はいつなのかが分かんなくなったりするわけじゃないですか。
私はそれがつまり、
皮膚だけに厳局されて起きると、
アドピーのような症状を呈するわけですよ。
これが私の中で、
今ここを見失うって事態で、
つまり今皮膚には何も起きてないのに、
今皮膚がめちゃくちゃただれて痒い感じがして、
で、かきまくってるうちに、
めちゃくちゃただれていくという、
トレード5日を引き起こすわけですよ。
この説明で合ってるのかどうかは知りませんからね。
この話を参考にしないでくださいね。
私はこういうナラティブで、
理解したら、
皮膚病から解放されつつあるっていうか、
解放されたって話をしてるに過ぎないんでね。
代わりにヘパリンつけても無駄だってことなんですよ。
ヘパリンはいい薬ですよ。
ヘパリンがダメだって話じゃないですからね。
こういうの切り取られるって話が最近あるから、
今ちょっと一瞬気にしたんですけどね。
ヘパリンは素晴らしいです。
でも私がヘパリン塗ったところで、
皮膚は良くはならないわけです。
なぜならそれは皮膚の、
皮膚上に起きた精神病だから。
皮膚病じゃないからってことなんですよ。
こんなこと言ったってわけわかんないですけどね。
狂人の戯言みたいになっちゃってますけど、
こういうのだから信じていくのは大変なことなんですよ。
なかなか。
治ったから信じられるって感じなんですよね。
まあそれは良いんですが。
こういうわけで、どういうわけなのかよくわかんなくなってきましたけど、
27:03
こういうわけで、
もう話はおしまいにしますけれども、
一つ目と二つ目。
つまり期間というものが、期間。
長い期間なのか、
瞬間的な切り取りなのかで、
精神分析的なカウンセリングなのかどうか。
それはその人がそうやってればどうかとか、
ジェニーナさんの患者さんが
一週間で良くなってるのかどうかではなくて、
そうではなくて、
そのようにどっちのように感じられる
技術になってるかで、
私はどうせ本で、本読んでどっちにしてるかなんで。
もう一つが、感覚でわかるんですけど、
もう一つが、その笑顔でですよ。
つまり、自分のある種の態度というものは、
誰にとっても同じような意味を持つんだと信じられる方法論は、
精神分析的だとは私には思えない。
精神分析的というのは、
人によって態度を変えなくてもですよ。
フロイトなんて多分態度なんて、フロイトが変えても、
フロイトなんて明るくなるときと暗くなるときあると思うんですけど、
一貫してああいう感じだと思うんですよ。
でも人によってフライトの、
例えばドラから見たフロイトと
アンナ王から見たフロイトは全然違うと思うんですよね。
それは当たり前だと思うんだけど、僕からすると。
これがだから笑顔でというものを
保護にしてしまう可能性というのを、
やっぱり否定はできないと思うんですよね。
このことを強く意識する。
ジェニーナさんが意識してないと思わないんですよ。
天威っていうぐらいだから。
でも、彼女は笑顔でっていうのに、
強い意味を持たせられるんですよ。
この種のやり方は批判じゃないですよ。
この種のやり方は精神分析的ではないと僕は思うんですね。
感じる。
で、大事なのは、
何が大事なんだ。
大事なのは、このジェニーナさんのやり方に合う人は、
そこで良くなると思うんですよ。
それは精神分析的でも結局、
松木さんのところや藤山さんのところに行けば、
全員良くなるわけではないと私は思うんですね。
だから、結局のところ、
結局のところ同じではない。
結局のところ同じではない。
二方の違いが明らかにあるんだけど、
あった方がいろんな人にトータルでは対応できるわけだから、
やっぱり良いんでしょうと、
最近少し考えられるようになってはきました。
っていうところで綺麗にまとまったかなと思います。
29:19

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