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妄想分裂的な幸せ【1408】
2026-10-20 33:31

妄想分裂的な幸せ【1408】

家になら何でもあると言うのは、錯覚ではありますが。

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おはようございます。 佐々木正悟の自由連想第1408回をお送りします。
えーっと、10月の20日ですかね。 10月の20日火曜日7時24分です。
いやー、またしてもですね、あのー、 まあ、娘早朝モードになっているために、私も早朝モードになっていて、
まあ、あの、飯作って弁当作って送って戻ってきて、これをやると、もう眠いわけですよ。
で、眠い中でやるのがちょうどいいのかどうかわかんないですけど、でも、えっと、最近ちょっとまた、また3ヶ月コンサルの
告知なんですけどね。えっと、3ヶ月コンサルの告知で、今私が一つ、そうか、こういう問題が発生しているかもしれないと思い始めているのが、
継続率が常に極めて高い。前回の100%というのはちょっと極端だったとしても、
えっと、今期に至るまでの継続率って高いんですよね。確かに、それは大変ありがとうございます。
なんですが、えっと、新規参入の方ってのはそんなに常にいらっしゃるわけじゃないんです。しかし考えてみますと、藤山直樹さんとかのデータとかもらったことが、もちろんあるわけがないからわからないんですけど、
松木さんでも誰でもいいんですけどね。
本格的に精神分析やってらっしゃる方の入れ替え率って、なんか、すごい低そうな日が、あの、要するにあれですよね。お蕎麦屋さんとかラーメン屋さんでいうところの回転率が悪そうな気がするんです。精神分析っても
のは。
だって、だいたい短い話ってあんまないわけですよ。わかんないですよね。これも実態としては。実はすごい短いのがいっぱいあるのだけど、それはすべて定欲隠されているのかもしれないけど、
でも、あの、ブリーフセラピーっていう、要するに10回以内に終わらなきゃいけないセラピーがあるようにですね、あの、長いことって今の時代、何のPRにもなってないわけですよ。昔からそうだったかもしれない
けど。だから、この長くかかるということがPRになってもいないのに、まあ、なんかね、
露悪的って言葉が世の中にあるように、えっと、もしかすると、長いことはすごいダメだって言われているからこそみんなが長いことを強調。みんながみんな強調したいとはやっぱ思わないんですよね。藤山さんが強調した
いとかなら、まあ、わからなくはないんだけど、あの、いろんな人がみんな長くやりたくしょうがないとは思えないんで、長くかかるってことだと思うんですよ。
で、一人あたりが長くかかるということは当然回転率が悪いわけだから、要するにあれですよね、何時間待っても開かない喫茶店みたいなもんであって、回転率が悪いのに3ヶ月に1回募集をかけまくって、そこで来ない
とか言って嘆くのはダメなんじゃないかなと思ったんですよね。むしろ逆なんじゃないかなと。
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要するに、そんなに来るもんじゃないんだけど、そんなに悪者でもないっていうモデルにした方が妥当なのではなかろうかと思ったんですよ。
で、そう考えてみると、もう、だからここでね、一体どこに湧こう、つまり9なのか10なのか11なのか、でもそんなことわかんないんだよな、なぜならば、みんなが週1回じゃないからなんですよ。そうなんですよ、
そうなの。だからこれはね、難しいつるかメダンみたいになっちゃうんですよね。
この難しいつるかメダンとかやってらんないんで、やっても無駄なんですよね、結局ね。なぜかというと、自分の忙しさってものが完璧に、僕これだけやってるわけじゃないんで、完璧に安定してるわけじゃないのに、厳密
に週32枠ぴったりがベストなんだみたいなことは別に言えないわけですよ。
だから、まあ空いてると言えば空いてるし、空いてないと言えば空いてないしみたいなことになる。感覚的にやるとですね。でもだからと言って厳密にやっても、でももっといけるなみたいに絶対なるわけですよ。もっとい
けるときに限って新しくは入ってこられないし、なんかでも突然何かバタバタバタって何かが起きて、あれ何なんでしょうね、そういうことってセミナーでもそうなんだけど、なんかずっと5人だわとか思ってたんだ
けど、ここ1週間で50人になりました。
あるんですよ普通に。そこはお前のやってるビジネスでのそれは誤差なんだよって、つまり統計上の誤差なんだよって言われれば、はいその通りですってことになるんだけど、僕はもろん統計学をこういうところで、マーケ
ティング的な統計学とか全然知らないから、なんかすごい増えたんだけど何の要因だろうみたいに一生懸命探して、よくわかんないってことになるわけですね。
コロナが流行ったからかなとか、なんかインフルエンザ流行ってるからかなとか思うんだけど、思うだけで終わるわけですよね。別に意味はないわけですよ。
結局いろいろ考えて意味わかんないから、要するにわからんということに落ち着きまして、わかることはですね、ただ総回転率が良いことは良いはずはないんだということが、いやこれもついさっきわかったぐらい
なんですけど、考えてみればそうだよなと思って、
精神分析っていうものがどんどん新しい人が入って、どんどん新しい人に変わっていくなどということがあるだろうかと、絶対あそこに書いてあることを信じるならないなと、
なんかこう4年何ヶ月で終結したで、4年って言ってまだ3ヶ月コンサル始まって4年経ってないですからね、なんか普通ですから、4年とかむしろ短いぐらいな雰囲気あるんで、
長いのに至っては、この間精神分析は楽しいでも書いてましたけど、14年の終わったみたいな、なんでこんなにかかっちゃったんだろうみたいな反省なことが書いてあったりするんだけど、別に内容から考えると反省する
必要なくないって短く終わりたいとは限らないじゃんっていう感じで、
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スピード時代ですからどうしてもブリーフセラピーっていうだけでそこが強調点になるぐらい、10回でも長いんだよみたいなことを言われると、3ヶ月っつったって12回ですからね、多分短いとは多分、入ってる方は別
として外の人から見ると短いとは全く見えないんだろうなって思うんですよね、むしろ長すぎるなんとか1ヶ月にしろみたいなノリなんだろうなと思うんですけど、
3ヶ月でできることってそうあるもんじゃないですよ、今の時代ってほんと難しいなとその辺思うんですよね、ほら3ヶ月で英語習得、完璧にやるみたいな、3ヶ月で完璧にやるってどうやるんだよっていうぐらい、だって
あの子供が日本語にしかつけられてない子供が日本語を喋れるようになるのに、まあ普通に5年ぐらいかかってるわけじゃないですか、
子供って抜群に外出の吸収力高いから、あれより早くするっておかしいと思うんですよ、新生児で3ヶ月で喋りだしたらムキミじゃないですか、はっきり言って、何なのそれって感じになっちゃうんで、そんなことはないわ
けで、だから3ヶ月で英語を完璧にマスターするっていうのはどういう意味なんだろうと、義務教育を経た後でって話なんだと思うんですけど、それによって人によってまちまちだと思うんで、
3ヶ月で変身分析を終わらせるっていうのは基本的にないなって感じはするわけですが、でも3ヶ月っていうのはいろんな僕の知ってる狭い範囲内の心理職の専門の人も3ヶ月でPRはいいかもなみたいなことを言ってく
ださるんで、多分なんかそういう、これはもう雰囲気ですよね感覚的な、3ヶ月で終わらないってことも知ってるプロの人たちばっかりだから、
でも3ヶ月ってPRは悪くないかもねっていう言い方をするということはそうなのかもしれないと思うようになって、ちょっと3ヶ月というのをですね、今としてはこれをだって6ヶ月だの10ヶ月だの言うと多分ダメだ
と思うんですよ、事前にそれを言っちゃうと、実際にそれで終わったらすげー早いって感じになるけど、でも事前にそれを訴えられると多分ダメだと思うんですよ、
今ちょっと開業臨床談義みたいな話になってますけど、まあ私がそんなことを議論していてもしょうがなくて、3ヶ月コンサルは3ヶ月コンサルなのですが、
回転率は早くないということを改めて念頭に置くのであるならば、もちろん常時募集するということは大事なんだけれども、
やっぱりこう、これといった時にいつでもスッと入れるという体制を常に強調しておくことがいいんだろうなっていう、その体制の強調がちょっと足りてない感じがするなというのは常にある課題なんですよね。
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まあでもそれを、そっちの方手が回ってないんですよ。ウェブサイトも十分手が回ってないのもそうなんだけど、十分手が回ってないんですよ。
私もこれで、いや忙しいんじゃないんだけど、他方面にいろいろとこう、絶対に避けなければならないリソースが様々ございまして、今なっている腰痛もそう、この腰痛長いなあ、ぎっくり腰はもうとっくに復旧されて、
もう普通に階段とかも上がっていけるんだけど、痛みが最終的になかなかなくならないんですよね。
今回ちょっと新しい試みで挑戦してみて、回復をなんかそっちで頑張ってみたっていうこともあるのかもしれないんですけどもね、なんかこうある種長い年、単に年を取っただけかもしれない。
あとこれも絶対関係あるんだろうなと思ったんですけど、最近長らく50方に悩まされてたのが、この腰をやっていきなり消えたんですよね。絶対こっち何かがあったんだろうなって思うんだけど、50方って、まあ私
の義母も私の母も私の義父もみんな苦しんでいるし、体型ってやっぱあるじゃないですか、私の父はあんまり言わなかったけど、でも私の父はほぼ慢性的に腰痛で悩んでいた人間ですから、坊主って絶対腰痛になるんです
よ。ですから大概、全くならない人っていうのはいないんですよね。すっげー座ってる時間長いんで、座り方とかあるんだけど、でもやっぱ体型があるんですよね。何と言ったってゴンギョ上げながら眠れる人たちですから
ね。ほとんど関係ない話になってきたから本題に入りましょう。本題とかないんですけど、でも本題に入りましょう。
最近ちょっとなんだっけな、そうそうそうそう。PSポジションにおける錯覚性っていうやつの重要性みたいな、タイトルにすると最悪だと思うんですけどね。PSポジションにおける錯覚の重要性みたいなタイトルにな
るけど、多分そんな本を書いたら誰も買わないだろうっていう感じですが、PSポジションって脱錯覚の対象にされがちなんですよね。
でも私これがいつも釈然としないというか納得がいかなくて、最近あの中根知恵さんの縦社会のなんだっけ、まあ要するに縦型社会の構造みたいな本があったところで、家の中、まあそういう本を最近ようやく探し出せた
んだけど、その話はまだ精神分析側からのですね、そういう本をいくつか見つけ出せたんで、まあでも北村治虫さんがすごい近い感じするんですよね。
あの要するにあれですよ、家の中はくつろげるスペースであり、家の中、だから家は全て、家で全てまかなう。中根知恵さんがあの実にナルシスティックだみたいなことを書いてて、すごい精神分析用語がここに入ってくる
のは偶然にせよ必然にせよ良いことだって思ったんですけど、だから家で全てをまかなえるって思いたがるのが日本人だってことなんですよ。
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これは日本人が傲慢だって話をしてるわけじゃないんだけど、要するに何て言うのかな、場の論理で動いてるから、だから私はいつも思い起こすのが相撲協会なんですよ。この話はね、どっかね精神分析のところで誰か
してほしいなって思うんですけど、相撲協会ってすごいじゃないですか。何がすごいって、あれ誰かが指摘してたんだよね、経済学者かなんかの、その通りだと思ったんだけど、
てっぺんから下まで全部お相撲さんで構成されてる世界なんですよ。絶対そんな世界って他にないですから。
あのプロ野球のコミッショナーが元プロ野球選手であるって聞いたことなくない?そんなこと言ってもピンとこないですよね。監督は元プロ野球選手です。ほぼ普通は。
だけど、例えば旧男の社長は、例えばDNAのオーナーさんがプロ野球選手ですってことないじゃないですか。ナンバーさんでしたっけ。だって絶対オーナーは全然違う世界の人に決まってるじゃないですか。野球好きか
もしれないけど、
知ってます?ご存知ですかね。昔ホリエモンが金鉄バッファローズ買うよみたいなことを言って、楽天とかも金鉄ホリエモンがオーナーになるよって言ってたんだけど、なぜか三木谷さんが楽天ですからね。だからライブド
アバッファローズだったかもしれないんですよ。そんなことはどうでもいいんですが。
じゃあホリエモンは野球選手じゃないでしょ。これが常識じゃないですか。ところが相撲の世界は違うんですよ。谷町みたいな人はちょっと別としても、相撲協会の中って理事長以下全員相撲取りで構成されてるんです
よ。あれはすごい世界ですよね。あれが僕は思う中根さんのいう究極の日本社会だと思うんですよ。男性しかいないですよね。
おかみさんっていう存在がまたちょっと独特なんですけども、全てが物理空間の表現ですよね。場所とか一問とか部屋とか、お館というのは親だし、土俵も女性は登れないことになってるし、今度は総理大臣派の時に高石
さんが出したくなったらどうするんだろうって、そういうことを毎回考えてしまうんです。毎回考えてるのは僕ぐらいかもしれないけど。
とにかくですね、そういう世界ですよ。だから枠の中にエリプスがあって、上下が1枚目2枚目3枚目4枚目ですもんね。で、とにかく場なんですよね。大関だって関だし、関分けだって関だし、横綱っていうのは
ちょっと独特の表現ですけど、とにかくなんらつ場所なんですよね。
その空間なんですよ。ひたすら空間。物理的な空間。5月場所とか物理的な空間。でも結局のところ、同じ空間内で競技ずっと続けますからね。とってもきっちりと日本社会的っていうか、日本社会的というよりは日本人的
なのかもしれないですけど。
で、あの空間の中に全てがあるんですよね。うちで全部賄えますを理想とする。だから人材もうちで賄うし、食べ物もうちで賄うし、全てがうちで賄われるわけですよ。
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これが昔の日本の大企業でやってたことなんですよね。全部、車はもちろんのこと自社の車に乗るし、自社関連の食品とか売ってたりするわけですよ。で、なんなら自社関連の書籍とかも出版社作って出しちゃって、本当に
うちで全部賄えるっていう世界を作っていくわけですよね。
下請けから部品から全てをうちで賄うわけですよね。よその手は借りないわけですよね。うちとよその、よそを見下すとかじゃないっぽいんですけどね。お宅のなんとか様みたいな言い方をするわけですよね。なんだけど入
れないんですよね。
で、うちでとにかく異物が排除されているからうちはくつろげるっていう考え方なんですよ。ここに錯覚があると思うんだけど、この種の錯覚なしに人はやっていけないっていうのが僕が思うところ。だからこの錯覚を保持
するためにはPSポジションをとっているはずなんですけど、だって激しくスプリットしてるわけじゃないですか。
いいおっぱいは全部うちにあるわけですよ。いいおっぱいは全部うちのもので、外にある、よそにあるのは全部悪いおっぱいなんですよ。だからよそのものをうちに持ち込んじゃダメだし、よそでくつろげないのは当然だ
し、非常に迫害的な感覚になりますけど、よそに行ったときはね。なりますよね。なんとなく居心地がすごい悪いってものがあるじゃないですか。
心残者は苦労するわけですよ。何とか頑張って、最初はもう迫害されている存在なんだけど、何とか頑張ってうちの中でくつろげる存在になるまで頑張るっていう。で、うちの中でくつろげる存在になると神田の方で寝そべ
っててもいいわけなんですよ。
そうするとどいた恐竜に言うとですね、そこであのてっぺんに立った人赤ちゃん当然になるっていう論理が働く。論理なのかそれは。働くわけですよ。てっぺんに行けば何をしてもいいんですよ。てっぺんに行けばいいお
っぱいに囲まれていい気持ちになれるっていう。で、みんなこれを求めてるって僕は思うんですよね。
基本的には。てっぺんに行けばいいおっぱいだけに囲まれて、ユートピアの中で過ごせるっていうのがある意味人生の目標なんだろうっていう感じがするわけですよ。だって結局のところ、あの皆さんおっしゃるところの特
に男性がおっしゃいますけれども、あの可愛い女性がいいっていう。この可愛い女性っていうのはつまりいいおっぱいってことじゃないですか。
で、あの優しい女性がいい。これもやっぱいいおっぱいってことじゃないですか。で、スプリットされてるわけですよね。そこにそこからは他のものは。
例えば一番そこにいてほしくないのは悪いペニスですよね。間違いないと思うんですよ。悪いおっぱいじゃないですよね。要するに悪い父親に迫害されるのが怖いっていう話ですよね。
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だから悪い父親は当然外にいて、自分はいい父親として一番てっぺんに君臨してひたすらいいおっぱいに慰められて生きるっていうのが切磋琢磨して出世してお金をいっぱい儲けるその目的なんだと思います。
で、これはなんか日本独特のもので日本人はだからダメだみたいな論になるんだけど、いやだってジャックと豆の木って完全にそういう話じゃないですか。っていうかあの悪いお父さんもっとひどいじゃないですかっていう
感じがするんで、全然日本特有の話じゃなくてイギリスでも全く同じことやるじゃんっていう気が僕はしますけど。
だって雲の上にいる大男はやりたい放題じゃないですか。人間の子供をサンドイッチにして食ってるし、トミーは金の卵を産むメンドリとかに産ませてるし、でも僕はみんながみんなって言うわけじゃないですけど、皆さん
みなさんは読んでないかな。
バナナフィッシュっていう物語がありまして、ストリートキッズがマフィアに立てつくという若干ファンタジーなんですけど、というかなかなかシビアなファンタジーなんですけど、そのマフィアの親玉ってのはフランス人
ということになってて、ディノゴルチネとかっていう名前になってて、コルシカ人かコルシカ財団のトップなんですよ。
でも彼がやってるのは要するにストリートキッズのホワイトのかわいらしい男の子をさらってきて、レイプするわけですよ。それで翡翠のダイヤモンドのなんとかんとかとかそういうのを身につけたり、ランド栽培とかモ
ーツァルトのフィガラの結婚とかを見て優雅に過ごしてるわけですよ。
あともちろん麻薬を売ってるわけですよ。これが金の卵埋めんどりでしょ。別に不思議じゃないじゃないですか。これをやってるのが日本人だけですとか言うのはナンセンスだと僕は思うんですよね。これが登り詰め
た男の、なぜか彼は同性愛者だから女性をはべらせるのではなくて美少年たちをはべらせるんですけど、違いはさほどないと思うんですよね。ここでやってることの。
でまぁこれを読んだアメリカ人がいやこれアメリカ社会のこと書いてるんだろうけど別にアメリカ社会ストリート歩いてるからっていきなりさらわれてなんかマフィアのトップにレイプされないんですけどっていう話を女
子大生の人にされていやそれはそうでしょうねっていう別に僕もアメリカ社会がこの通りだと思ってるわけじゃないですっていう感じの話をしたことがあるんですが。
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まああの。
でも我々にはこの種の錯覚が必要なんだということなんですよ。日本社会で言うならばうちとうちの中と電車の中は全く違うんですよね。でリアルは電車の中の方に決まってますよね。つまりいいおっぱいだけの世界なんて
あるわけがないのは確かですよね。
どう考えたってそこその現実の社会にはいいか悪いかわかんない人たちに囲まれているわけですよ。我々は一旦錯覚としてうちの中はいい人たちだけで構成されています。
予想はあの地味猛虜ですみたいなのはだからスリッとしていいおっぱいはうち悪いおっぱいは外だから鬼はうち福はうち鬼は外の世界なんだけどでこれは別にそのいいんですよいいっていうか私はps ポジションっていう
のは欠かせないもんだと思うんですよps ポジションの錯覚のうちの最大のものは不死観だと思うんですけど自分は死なないと思ってる
思ってますよね皆さんね言いますよ人はよくねいやいやあの人間いつか死ぬんだからとかって言いますけど言ってるだけですよね死ぬと思ってないですよね
思うんだけどどうなんだろうなじゃなきゃ僕はむしろ逆にあのねいつもやってますけど最近もウクライナのやつとかガザ地区のやつとか
もっと非常に非禁なところで246だっけ246号であの女性の荷物のに運搬してた人が後ろからロカタに止めててもっと難しいですよねあそこじゃなきゃ作業できないんだけどあのロカタの道まっすぐ行っちゃうんです
よね車がねで前に止まってる奴に乗ってぶつかるとうちの母が変な趣味持ってて
勇敢のその死亡者欄をくまなく見つけるっていうねのやってて本当に路上で人死んでるわよねみたいな小さくでてるんですよなんか高速道路で止めていて亡くなりになった人の記事みたいなのがね必ずうちの母が言ってて人
が一番普通に死んでるのはこれだわみたいなことをいつも言ってたんだけど
まあでもだからうちの母はさすがに運転がうまいわけでもなんでもないんですけどロカタに車止めないんですよね止められないからって言うんだけどとにかく止めないんですよなんでなんだろうと思ったんだけどやっぱ
あの記事の効果なんだろうなと思うんですよねでまあそれはいいとして我々はそんな風にして死ぬなんて全く思ってないですよねその昨日のニュースでは亡くなりになってなかったんですけど良かったですよねあの幸いにも
ちょっと渋滞なんですが
でも一味は取り留めてるっていうことだったら死んだけどそうじゃなくてそうじゃなくてっていうか我々は不死という錯覚を必要としてるんですよ
24:05
僕昔ねすっごい面白いあのよくあるんですけど生物ドキュメンタリーで生物ドキュメンタリーって生きるためにどんなに小さな動物が苦労してるかっていう話をよく出すじゃないですか
でもそれがすっごい頑張って頑張ってあの卵から帰ってみたいな卵じゃないんだけどあの成長してさあこれからって時にさっと詐欺家なんかに食われるってあのドキュメンタリーを見てた時があってそうだよなって思った
んですよ
本当にでも絶対動物は多分僕は死を意識はしてないと思うんですよね自分が死ぬとか考えることはできないと思うんですよ
だからずっと生きているんだと思ってさっと詐欺に食われるわけじゃないですかでも私はそれを錯覚だっていうのはおかしいと思うんですよね
まああの坊さんは別かもしれないけど我々はあのアルベル神が言ってたと思うんですけれども人は死なないと思って生きてると思うんですよ
だからどんなに神流の表現をとるとどんなに今日が絶望的な日であっても明日という日は必ず必要だと明日がいい日であるかどうかは問題じゃなくてただ最終的な脱出口としての明日があるっていう感覚はぜひとも必要だ
とこれがないと人間は絶望してしまうっていうようなことを書いていたと思うんですけど
とにかくそうなんだと思うんですよ私もどんなに自分が私相当病役だったからそういうことをよく考えたんですよどんなに自分がダメだと思っても心のどっかで究極的に自分にとってまあだから死ぬってことなんだと思うん
ですよねそれはねもうちょっと言うと悪いおっぱいに囲まれた世界に最後追いやられてそこでってなった時だとしても
なんとかなるんじゃないだろうかという錯覚をどっかで抱いてないとやってられないなって感じを持ったことがまあその時よっぽど僕はやってられなかったんでしょうけどだから欲打つポジションに入ることあるんですよ入
れるっていうかでもそれは
すいませんあのちょっと時間が来ましてですねあのゴミを捨てに行ってその後今日はなんか町内のゴミ討伐と解説があるんでもうこの辺でおしまいにしなければならないですけど中途半端なところで終わっちゃいますか
そうだから私がよく思うのはps ポジションという錯覚錯覚というか4次元性というものをスルーした世界観ですよね無視したという4次元性をこの
時刻を刻むという形で認識しているのは人間ぐらいなもんだと思うので未来を読み通していないんだけどある種の3段論法みたいなのを持って生きてますよね
27:00
a ならは b b ならば c だから a ならば c ってやつでだから人間は死ぬと思ってるわけですけどこの種のこう展開をシミュレーションみたいにしてやってるのは人間だけだしこれ厳密には4次元じゃない
と思うんですよね
技術的な4次元だと思うんですよ空間の展開を言ってるだけなんでわかってるのはだって人間はやっぱり時間を直接近くできないんで
あの太陽が傾いてるから何時だとか思ってるだけで時の流れって意識されねー なんちのが近くできないじゃないですか
なんか動いてるなと思ってるけどそんなんだったら動物だってみんな思ってると思うんですよ ただこの動きの結果こうなるみたいなことをカレンダーみたいな形にできるのは確かに人間ででこれをやるから
我々はその 横津ポジションに入れるんだと思うんですよねある意味では生きてることと死んでることは違うんだっていうこととか
あの良いものと悪いものは実は同じもの だからその
混ざってるというよりは同居しているという感じ 家では全てはまかなえないわけですよ結局家は外に特にそうだから
あの横津ポジションでその依存と独立の問題になった時に一番問題になるのがこれですよね 私はあの他人の力を借りなきゃ生きていけないんだとこれが嫌だってことなんですよね
要するに だからあの戦亡ってのは要するに自分以外のものが良いものを持ってない嫌だって話なんですよね
だけど まあ実際はそうなわけじゃないこの実際はそうっていうのはなかなか受け入れられないというのが
あの三次元的な世界に固執するというか ps 的な世界に固執するんだけどでもこれがいるんだと思うんですよ
自分だけでやっていけるんだという錯覚が
ただ
なんて言えばいいんですかねこれはねまあだから行ったり来たりするしかないんですが
行ったり来たりするしかないんですがなんかこう脱psっていう感じはおかしいだろうとやっぱ思うんですよ
私たちは電車的なとか交差点的な世界に生活空間を持っていくことできないと思うんですよ
私ねあのあるタイプのっていうかねこう大学の
あのそれは女の先輩の部屋かななんか訳あって僕だけじゃないですよ
僕だけじゃないですよ入ったことがあってこの人ここで生活してるのかなってぐらい生活感が全くないっていう部屋だったんですよね
なんかきちんとしてるんですよ非常にきちんとしてるんだけど
いやなんかこう
あえてこうメタファー的に言えばねメタファー的に言えばそんなことは全然ないんだけど
アンドロイドが生きてるのかここでっていうぐらいの感覚の方がいて
あれが僕はD的だって思うんですよね確かにこれでいいんだけど
何の錯覚性もないみたいななんか飾るじゃないですか人間っていうのは僕はあんまり飾り物って得意な方じゃないけど
30:02
なんかこう意味もなく本棚にぬいぐるみとか置いちゃうじゃないですか置かないけど
つまりそういうことなんですよねあえて言うならばあれは
研究室に生活空間を持ってきたのかそれはっていうような部屋だったって感じなんですよね
でそれで何もおかしい問題はないんですよ何も問題ないんだけど
なんかこう錯覚性がないという言い方しかできないんですけど
ファッショナブルって結局錯覚的であるってことでもあるじゃないですか
それ自体によって幸せなわけじゃないんだけど幸せ感を演出するみたいな
それって結局僕はなんか人間はここで家に来ていけるんですよみたいな
だからあのディズニーランドって完全にPSポジションの世界だって僕はよく思うんですよ
お化け屋敷もちゃんとあるしねいいものと悪いものをきっちり分けていいものだけここに固めてみましたみたいな
でお母さんが不在になったという空間まで演出されているというそういう世界で
やっぱ人間にああいうものがいると思うんですよね
あんなのいらないんだよっていうなんかこうなんかですね
1900年代初頭の頃のユートピアの社会主義みたいな世界で
人が生きていけるはずないと思うんですよ
なんていうのかなみんなが同じ服を着てみたいな世界ですよね
たまたまじゃない観点はどっかにあって
それは要するに幸せな感じというものは
やっぱり死の世界が排除されている感じであって
人は死ぬんだから確実に死ぬんだから
必要なものはこれとこれとこれとこれとこれをこういうふうに手に入れましょう
火の鳥の未来編みたいな世界ですよね
未来編みたいな世界じゃなくて
第2巻の話ですよ地球が滅んじゃう話
地下でコンピューターの制御の下で生活している話
ああいうふうに生きられないよねっていうことを
あれは1960年代70年代のSFですけど
未来がああなるとはもう人はあんま思ってないんじゃないかと思うんですけど
だいたい中央制御コンピューターっておかしいですしね
どう考えても分散型だろうって感じがするんで
それはいいんですが
あのあれですだから
長引いてきたんでもうおしまいにしますけど
脱錯覚は大人ではあれば
電車で騒いじゃいけませんとか
電車の中で自宅を持ち込んじゃいけませんというのはわかるんだけど
でも僕なんか逆なんですよね
そういうポリコレって言うんですかね
ほどほどにしといた方がいい気がする
だって嫌な思いはしますよ
嫌な思いはするけど
なんかこう電車の中で宴会開いている世界の方が健全だって感じがするんですよ
なんかこうラテン系の世界みたいな感じなんですけど
僕もメキシコ行った時驚いたんですけど
33:00
公共空間というものが全然に意識されないんだなみたいな
でも公共空間ってのはアメリカ人みたいに意識することによって
アメリカ人は幸せなんだろうかって
日本人もですけどね
好きですけどそういうのが先進国の人々は
イギリス人とかもそうですけど
でもこの方がみんな幸せかっていうと
疑わしいもんだと思うんですよね
本当に
33:31

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