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おはようございます。ライフハック時代の精神分析、第1345回をお送りします。
4月23日、木曜日、7時51分ですね。
昨日は、何を思ったか、唐突にXのスペースでこれをやってみて、
一回だけやって、もう何かある種の何とか欲が、多分Xでスペースをやってみたい欲が満たされて、もういいや、なんて戻ってきたわけですね。
あっちがすごい気に入ったら、あれをロックオンしておいてこっちにファイルアップするってことをやろうと思ってて、
それって別に1分でできるじゃないですか。何なら今AIとかに任せれば多分全自動化できそうなんだけど、
それでもめんどくさいんですよ、実はね。私はものすごいそういうのダメなんで、何がダメかっていうと、
やらなくていいと思えることをやるっていうのは、よっぽど簡単なことでもやらなくなるんですね。
何の自慢にもならないですけど、昔このPodcastのロックオンをとっておいて、そのロックオンに静止画を貼ってYouTubeに貼れば、
多分すぐに倍数ぐらいになるよって言われて、実際やってみてすぐに3倍数になったのにやらなくなったんですよ。
この何なんだろうなって、30秒でできるんですよ、それ。でもやらなくなるんですよね。
やりたくないんですよ。大変だとか習慣化とかは、だからその話に乗れないんですよね。
そんなこと関係ないんですよ。単にやりたくないんですよ。やりたくないことは僕はしないんですね。
これをあらゆる人がいろんな形で不思議なことに私に説得してくれるんですよね。
大変じゃないから、それはその通り大変ではないです。大変だと思っているわけじゃないんで。
大変じゃないから、やれば得する。それもそうなんですよ。やれば得するのかな。
少なくとも視聴者数が増えることが得であればそれは得するってほどになるわけですね。
全然苦労ないから、それもその通りだ。すぐ習慣ができる。それもそうなんですよ。
ただしやりたくないんですよ。ものすごい頑固なんですよ、そういうところは私は。
全然人の話を受け入れてない部分がどっかある。で、何の呪文にもなんないんですよ、これはね。
なんないんだけど、やんなくなることだけはあるんですよね。
ただ、私に一つ言い逃れというかエクスキューズはあって、しかし何にもしてないわけじゃないからねってことなんですよね。
あなたが望む通りにはしてないかもしれないが、私基本的にそれに準拠することはやってないわけじゃないから。
例えばスタイフでは出すわけですから。
多分アドバイスしてくれてる人よりも長い回数出してますからっていう話なんですよ。
ただ視聴者数がその数字にしてはあり得ないほど少ない。
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っていうか視聴回数を視聴者数が上回ったことがない。
そんなことって普通あり得ないじゃないですか、ブログとかで。
例えばブログ100本書きました。でも読む人は100人に満たすことはないですなんてことはアクセス数の話ですけどね。
普通考えられないことじゃないですか。
でも僕の場合は視聴回数よりも放送回数の方が常に多い意味になるんですよ。
なんなら1000引いてもそうなんですよ。
これはどうかなとは思うんですけどもしょうがないですよね。
これを何とかしたければ人のアドバイス聞けって話なんですよ。
そういう話をこんなところ繰り返ししている気がするので、でもこれは私にとってそれなりに意味がある気がするんですね。
全面的に拒否しているわけではないから、どこかに接種案を取らなければならないってことなんですよね、結局。
誰かのアドバイスをまんま入れるということは、結局はその人の意思通りにどこかで生きることになるんだけど、それはできないそうなんですよね、どうやっても。
なぜならその人の意思がどこにあるかを私は実感はできないわけですから、アドバイスに従うことまでしかできないわけですよね。
したがないわけじゃないからっていう、それを言えばあらゆるアドバイスに対する皆さん全ての人の態度はそうじゃないですか。
相手の言ってる通りに動くってことは実はできないことなので、これができるんだったら本当に昔から野球のコーチの大笑い話になるんだけど、
いやコーチの言うとおりに完璧にできるなら誰もエラーしなくなるはずだからっていう、そういうことはできないことなんですよね。
エラーはするんで。残念ながらするっていうのしか言いようがないんだけど、これ誰かが言ってたな、
広賀達郎っていう昔めちゃくちゃ上手かった人がいたんだけど、あの人がコーチに言われたらしいんですよね。
お前な野球はエラーがあるから面白いんだぞって言われたっていうぐらいエラーしない人がいたんだけど、そういう人ですらエラーってするんで。
あの、私が言われた通りにできないってのはそれは当たり前のことなんですよね。
ダメだ、こういう話をして永遠に続けられる気がしてきた。やめよう。
えーと、ですね、14期の3ヶ月チャレンジは、まあもう始まるということでいいとして、
改めて募集をかけるにはちょっと時間が足りないって感じになってきたので、
なかなかね、こう募集をかければ来てくださるってわけにもいかないっていう気もするんですけど、
それはどうしてなのかについてこれからしゃべろうと思っておりますが、
合わせて今3ヶ月チャレンジ週間化コースっていうのを新しく作ってるわけですけれども、
これは何をやろうとしてるかというとですね、まあ拡大しようとしてるわけですよ。
これまで3ヶ月チャレンジは、まあ総合窓口だったわけですね。
総合窓口をやると心理臨床に近づいちゃうんですけど、
それを週間化コース窓口を一つ増設しましてそっちに特化すると。
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ただしお値段が高くなっております。
で、それは高いのかって話なんですよね、要はね。
まあお申込みゼロではなかったので、
崩壊しすぎてどうしようもないってことはなさそうだなってことがわかってきたんですけど、
ただ一番乗りコースは少しではなくて割と価格を安めに設定させて、
まあ安めって言っても3ヶ月チャレンジより高くなるんですけど、
それはなぜなのかをこれからちょっと説明していこうかなと思いつつ、
そもそも3ヶ月チャレンジというのは改めてどうしてこういう形になり、
私は何を気にしていたのかについての説明を今日はしていこうと思ってるんですけど、
とにかくその週間化はまだ募集中です。
あのぜひですね、はっきり言ってそこそこ高いです。
現在15万円で設定させていただいていて、
まああのね月5万になるわけですよ。
もう少し低いですけど、
3ヶ月ちょうどじゃないんで今期は。
でもまあ高いよねって言われると高いとは言える。
でも私は月5万は高いのかという話をしたいわけですね。
それはつまり見合ってるのかどうかって話をしたいわけじゃないですよ。
果たして世の中の例えば本で週間化、
本っていっぱいあるわけですよねビジネス書で。
それは確かに2000円ぐらいで買える。
だがそれで週間化できると本当に思えますかっていう話をしたいわけですよ。
僕は本当にそれで週間化できる気がしますっていう。
できると思って買ってますっていう。
できるわけではないかもしれないと思って買うには
2000円って実は安くはなくないですかと。
まあだから15万円が安いと言いたいのかっていうと
それが非常に微妙だとは思うんだけど。
でもですねあらためて考えてみてほしいんですよね。
週間化がそもそもどうしてできないのかということと
週間化が絶対できるとはそもそもどういう意味なのかということについて
多分ほとんどの人は別にそんなことどうでもいいわけですが
真剣になんて考える気はないと思うんですよそんなことを。
でも私はそういうことをつい真剣に考える口なんですよ。
でこの週間化コースを増設しようと思ったのは
実は1年ぐらい前から考えてだけはいたんですね。
先送り撲滅コースにするかどうかも悩んでたんですけどね。
依然として悩んでるんですけど
とりあえず週間化コースということで出してみたわけですよ。
そして案の定さほどの人気はないんだけど
でも私はそんなはずないだろうと思っているところがあるわけですよね。
というのは結局週間化に多くの人が
総額で継ぎ込んでいるお金のことを考えれば
15万はそう高いとは思えない。
そしてだからそれはね私の知名度が低すぎたり
私の信用がないからいけないんだけど
でもですねどうしてそれでは
あの週間化と世の中で言われている
ビジネス書に書いてあったり
ユーデミーでしたっけとかでやられている
あれはそんなに中身を見て
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そんなに信用されるのは何なんだっていう
ことをどこかで切々と訴えたいんだけど
これは下手に切々と訴えると営業妨害になるので
しかも割と近しい人の営業妨害になりかねないので
これをどこで切々と訴えるかを考えているうちに
1年が経過しダメだ私はアホだと思ったので
今しがた切々と考える場所を設定しようというのが
今ここなわけですね
だからやっぱりどうしても人目をはばかると言いますか
何のためにはばかっているのかよく分からないんだけど
ある面ものすごく批判的な人間だよね私はって思うんですよ
結局私が人のアドバイスを受け入れないのも
ほぼ同じ理由なんですよ
極度にナルシシスティックだと思ってくれても
構わないんですけど
要は私は自分が相当正しいと思ってるわけですよ
しょうがないんですよね
でもねこれは思うぐらいのことは考えておかないと
人にもよるかもしれませんけど
この種の仕事って安心しては
安心してやってないですが
でも安心しても何もできなくなっちゃうじゃないですか
だって習慣化を実現しますよっていうのって
ある意味何も言ってないようなもんじゃないですか
これに例えばこの睡眠導入剤を飲めば
眠れますからってお医者さんが言うのって
その再現性の高さから考えると
習慣化実現しますよって
ただ言ってるだけじゃんっていうことになりかねないので
それは誰がどこで言っても同じになるじゃないですか
だから私は中身が大事だと思うんだけど
意外とそうはなってないっていう実情があるわけですよ
中身がよりもはるかに誰が言ったかが
大事になってるわけですよこの種のことはね
ちょっと佐々木が言うのは大体信用されないんで
そもそも聞かれてないんで
でもそれは出し方が悪いんで
だからアドバイスが来るんで
そしてそのアドバイスを僕が無視するんで
っていうこういうコースなわけですね
それは悩んでないわけじゃないんですよ
悩んではいるんだけど
生き方を変えるってのはすこぶる難しいことなんですよね
という話をこれからしていくわけですが
だから習慣化コースってのは
そういうまず私の思惑の上に乗っかってるコースなんだ
ということなんですね
なんで絞ってるのに値段は上がったのかっていうと
後から出てきたコースだからって面ももちろんあります
正直に言っちゃうと
でももう一つ重要なのがあります
それは特定のコースに特化するということは
3ヶ月以内にそのテーマについての結果を出します
と言ってるからなんですね
これは継続というものを
ほぼ考慮に入れてないコースなんです
なので3ヶ月チャレンジでは今
私は継続の方に力を入れてますが
この3ヶ月チャレンジ習慣のコースは
継続の方に力は入れるつもりはあまりないんです
これは知識と実践で
本人参加者さんが習慣化についての結果を出すことを目指します
そういう意味では心理臨床から相当遠いんで
心理臨床に対するいつものありがちな私の
遠慮なのか怯えなのか分かんないような態度はないんです
12:00
あれに関しては
だって習慣化を目指すって心理臨床関係ないじゃないですか
さほど
中島みすずさんみたいなCBTの専門家の方で
かつビジネス著作家みたいなことをやってらっしゃる方は
この融合について語られているし
私がやりたかったようなことって
これに近いなと思うけども
今私はもうそうは考えなくなりましたから
習慣化は習慣化であって
それは心理の病理とはさほどの関係はないと思うようになりました
でも定食してきちゃうんだけど
定食はしますよしょうがないです
それは相変わらずだって私がやろうとしているのは
精神分析的ビジネスコンサル
フォー習慣化ですから
このフォー習慣化ということによって
手相についてのお尋ねはあんまりいらなくなるっていう
メリットはあるわけですよ
あえて手相を取るとすると
いやこの習慣化が主体です
来週は三日坊主が続きますぐらいでしょう
それはもちろん伺うけれども話は
なんかこう総合窓口的なものとは
だいぶ違ってくると思うんですね
ただし私なりに3ヶ月で効果を出すということを目指すし
ある意味CBT的な
そういうことを言うとCBTの人に今度怒られるから
もう言いたくないんですよね
CBT的かどうかなんか私の知ったことではないので
ただ行動科学的な話は出てくるし
精神分析的かつ行動科学的
認知療法的とは言いません
そんなのは言う言わないの問題でしかないと私は思うんで
認知療法的かどうかなんてほぼどっちでもいいことだと
精神分析的でありかつ行動科学的な知識というものと
ある種の実践によって習慣化は
私の考えでは100%いけるはず
いけないんだとしたら
それこそまた別の考え方がそこに
別のボトルネックがある
私はそのボトルネックは
この文脈においてはですよ
違う文脈においては心理カウンセリングネタなんだけど
それはこの文脈においては
悪習慣と呼ばれているもの
呼ばれてないかもしれないが
そういうものだと思っています
これも習慣の問題の中に入ってくると思います
ただしそこまで
法が法説していって
だからここまで法説していくと
心理臨床問題とかぶってくる
でもそれはやむを得ない
そんなことを言ったら
禁煙を禁煙って噛み張っている
昭和のおじさんの
昭和のお父さんのギャグ漫画が
昔からあるんだけど
壁に禁煙って書くのだって
治療ってことになっちゃうじゃないですか
だからそんなのは定食するに決まっていると思うんですよね
その定食にしかし私が非常におもんぱかっていたというのは
これを聞いてる方
長く聞いてこられた方は
自明かもしれないんだけど
私3チャレ結局するにあたって
3冊の本が絶対必要だったんですよ
1冊が野井昭和の
15:00
1冊は普通の相談
いずれも戸畑海人さんの本です
もう1冊が精神分析の在り方
これは山崎隆之さんという人の本
この3冊がなければおそらく私は
3チャレはできていない
もちろんその間に膨大な松木邦博さんの本と
かなりの4少なくとも5冊6冊か
6冊の藤山直樹さんの本は必須でした
でもそれは実践にあたっての必須性であって
そもそも許可に近い部分は
許可って誰も許可してないし
戸畑さんや山崎さんが
いや俺らに許可したら言われても困るしっていう
許可はいらないんですね
なぜなら私がやってるのは心理臨床じゃないから
心理臨床じゃないということは
言い方を変えると別に直面化したっていいし
別になんだ
別に週1回だろうと
頻度を守ろうと守らないとそんなことはいいし
具体的なルームつまり物理的な部屋ですね
を使う必要もカウチを使う必要も
もちろん全くないし
他重関係になったって構わないんですよ
だって心理臨床じゃないんだから
心理臨床してはいけませんっていうことは
別の言い方をすると心理臨床はしてませんと
常に言えるということなわけですよね
心理臨床していないんだから
心理臨床が守らなければならないルールを守るという
言われはないじゃないですか
このごく当たり前の別に断る必要さえあえて
全くないようなことを
私はいちいち頭の中で断ってからでないと
3カ月チャレンジの解説ができなかったわけですよ
そのための理論武装のためにそう使われるのは
でもそう使われることに
彼が絶対的に反対している内容じゃないんだよね
やっぱり本は中身大事ですよね
野の医者を洗うっていうのは実はあれは
勝手に民間セクターが人の相談に乗ったって
別にいいよねっていう主張の本に限りなく近い
そこで行われていることは確かに心理臨床ではないが
非常にしばしば心理臨床っぽく見えてしまうのは
やむを得ないことだよねっていうようにも読める本なんですよ
全然この読み方は僕はおかしくはないと思うんです
それを論理立てで書いてくれているのが
普通の相談っていう本なんですよ
そしてどうしてそうなったかの
歴史的経緯が書いてあるのが精神分析の歩き方なんですよ
僕が読むとそうなるわけ
こういう理屈の上に三カ月チャレンジを解説してみたら
まあまあ私が目論んでたのと全く同じ
そもそも私は何を目論んでたのかよく分からないんですけど
要は私の場合これ心理臨床そっくりだし
心理臨床かでない私がこれやるのまずくないっていうのが
私の率直な恐れだったんだけど
いやこれ心理臨床そっくりじゃないなそもそも
っていうことに気づいたわけですね
心理臨床に似てるって言う人もいるかもしれないけど
多分心理臨床科の中には
いや全く似てないでしょっていう風に
言う人もいるはずのものであって
結局それはコンセンサスが取れないんですね
18:03
コンセンサスなんか取れないんだよって書いていたのが
のど医者は笑うなんですよ
理論上どうしてあるいは原理的に
なぜコンセンサスが取れなくなるのかを書いているのが
普通の相談なんですよ
そのコンセンサスは取れないのだが
そもそもそのコンセンサスを取ることには
こんなに膨大な苦労があって
しかも未だに完全にはうまくいってるとはとても言えないんだよ
っていうのが精神分析の歩き方なんですね
要は取れないんですよ
だから似てるという人もいれば似てないという人もいる
それは何も言ってないのと変わらないじゃないですか
だから3カ月チャレンジは3カ月チャレンジなんですね
別にそこでカウチを使う必要は実際使ってないですし
多重関係に 多重関係を絶賛するとか推奨するってわけでは
全くないけど
なってしまってもしょうがないっていう部分はありますし
局面化も私は極力避けたいが
それは私が避けたいのであって
ルールで避けなきゃいけないから避けている
っていうわけではないですし
転移が起きるというのも
それは起きるけれども
転移が起きているのか
転移解釈をしなきゃいけないのか
そういう決まりがあるわけではない
逆に何をやっても自由感は危険ではあるので
でもこの危険っていうのも
心理臨床化側から指摘される危険なのであって
私がその危険について
常にそのことを正しい何か選択かのような
作戦化のように
それを受け入れなければならないと言われはないんですよ
だって僕はそういう資格
結局のところ心理臨床の人がそれは危険ですよ
やめたほうがいいですよっていうのを
その誰かが言ってきたとしたら
もうこれは自体が僕の妄想ですよね
迫害妄想ですよね
だって言われたこと一回もないから
言われたとして
それをなぜ聞かなければならないのか
それは心理臨床化の資格を剥奪されるからでしょ
でも私それは持ってないんだから
剥奪されっこないんですよ
これを恐れるということが妄想なんですよ
なのでこの妄想からやっと11期付近
なんてそんなにかかるんだか分かんないけど
11期付近になってようやく解放されてきて
自分はこれをやっていくことができるし
できるというのは
これってそもそも何よ
精神分析的ビジネスコンサルなんですね
ただやっていくことができるし
別にやって構わないし
何回言われたって
私がそれを恐れる根拠とか理由や
何かを持ってないから
別に恐れないわけじゃないんだけど
私はビビりだから
でもそれは単に私の
情緒的にビビるというだけであって
それ以上のもんではないなと
いうことが分かってから
随分楽にこれをやれるようになった
で堂々と心理臨床じゃないですからという
そしてそれは根拠を持てるようになったんですよね
心理臨床では全くない
21:00
私はカウンセラーになりたいわけでもない
っていうことに
はっきりとした根拠を持てるようになったと
だから週刊課コースをここまで来て
ようやく週刊課コースを
作ることができるわけですよ
で私は自分の言葉に
縛られがちな人間なんで
私これをやめた方がいいと思ってるんですけど
完全にやめるのはまずいですよ
約束破っていいって話にならないから
ただ自分の言葉に過剰に縛られる人間なんで
その心理カウンセリングなのか
そうでないのか論みたいな
ずっと考えてたんですよね
頭の中で
普通の相談を山ほど読んでですね
これを読む限りいいはずだっていうのを
ずっと考えてたんですけども
その話をですね
少しライフハック側から
この話を展開するとよりいいかなと思うんですよね
私昔からこの話を
6月何日だ
27日だったと思うのだが
26月の
山崎孝明さんと内定したんですよね
セミナーができるということを
6月27日土曜日ですね
の夕方6時から
身柄確保と言いますか
明らかに私の方に罪悪感があるわけだが
彼とやれることになったので
人望庁内紙は渋谷でやります
ここでしたい話が
つまり私のどの医者を笑うに対する
部分的な不満についての話を
少なくとも一つとして
それは入れたいということなんですね
部分的な不満は単純で
あの中にライフハックの話が出てこないじゃん
あれはスピと占いの話ばっかりじゃんっていう
それはそういう本だからしょうがないんですけど
沖縄でもライフハックやったことあるしねって
すっげー細々とですけどね
何が言いたいかというとですね
私はあのスピリチュアルとか
あの自己啓発されているのの医者の活動と
ライフハックの活動は極めて告示していると
言いたいだけなんですね
山崎さんも戸尾秦さんも
ライフハックといえば効率化
それは間違っちゃいないんだけど
ビジネスと効率化と
新自由主義の象徴的なものだと
それはそうなんですけど
私はそっちの部分よりも
効率とか生産性とかそういう話よりも
そうじゃなくてあれは
生き方の選択の一つなんだと
誰もがタロットカード占いに
やりたいわけじゃないんですよ
今度は何でしたっけ
鏡龍二さんと遠畑階人さんの協調で
昼間のスターゲイザーっていう本が
つまり占い師の話だと思うんですけど
星を睨む人だからね
スターゲイザーは
しかしですね
それは鏡さんは
私読んだ
ちらっとですよ
読んだり物の本とかXとかで
見ただけの範囲で考えるに
彼が言ってることは要するに
24:00
でも人は占いみたいなものに
魅せられる人って
引きつけられる人って結構いるじゃないか
っていうことなんですよね
それでいいじゃないかって
言ってるんですよ
彼は
タロットカードとか素敵じゃないですかと
それが当たるかどうかとか
それで儲けるかどうかとかは
その後考えればいいじゃん
ぐらいな勢いなんですよ
つまり星占いとか
無意識とか潜在意識とか
そういうことが人は好きじゃないですかと
全員が全員じゃないかもしれないけど
相当する好きな人がいるじゃないか
それで十分じゃないですか
っていうような感じなんですよ
私はこれが
心髄だと思うんですよ
だから
遠畑さんと鏡さんが
協調で書くっていうのは
よくわかる気がするんですね
そして私はこれはライフハックだって
同じだって言いたいわけですよ
出てこないけど
この人たちの話の中には
ライフハックだって結局
ノートとかそういうものに
魅せられちゃう人がいるってことなんですよ
ジャーナリングで
知的生産が高まるか
それによって
AIにそういう言い方をすると
だからこれも営業妨害みたいになるんだけど
したからと言って
仕事早くなるか
なったからと言って
それが幸せかというと
そしてそれによって
本当に収益とかが上がってるかっていうと
冷水をかけるような話になると思うんですね
しかし
魅せられちゃうのは魅せられちゃうじゃないですか
使わないかもしれないけど
AIで100枚のスライドを
秒で作ってくれたら
なんか感動するじゃないですか
結局その後
そのうちの90枚ぐらいを修正すると
かかる時間大体変わんないような気もするんだけど
でも
なんか魅せられるじゃないですか
なんかいい気持ちがするじゃないですか
インフォグラフとか
知らんけど
使ったことないし
作ることもできないしね
私はAIの力借りても作れないんで
というか作る気がないんだな
インフォグラフィックを何か
セミナーで出したいとか
Xに投稿したいと思わないんですよね
でも
魅せられはするんですよ
私だって
なんか保存とかしちゃいますし
エヴァノート
未だにやってますもん
クリックとか
見ないけど別に
しかも有料で金払ってますもん
金払う必要も感じないけど
でも
月400円ぐらいは
魅せられてるんですよ
私の友達の
すっごい賢い
東京大学の大学院の
博士課程まで行っている
この人と話をしていると
自分が本当に馬鹿だとしか思えないな
っていう女性がいらっしゃるんですけど
でもその人
絶対使わないのに
スヌーピー側の
柄のノートとか
結構高いの買ったりしますもん
使わないのに
それ賢いことかっていう話
それとライフハッカー関係あるかっていうと
私は関係あると思うんですよね
だから
それがつまり
ライフハッカーの生き方なんですよ
不思議なことに
27:00
そういう生き方をしていれば
生きられるって人が一定数いるんですよ
その人だってそうなのかもしれないですよ
つまり頭がいいだけで
生きられるわけじゃないんですよ
人間はやっぱり
生き方っていうのはどうしても
頭と何の関係もない
選択の連続みたいなところがありますから
タスクシュートみたいなこと言ってますけど
歯を磨くときに
布を名石である必要とか
別にないじゃないですか
でも歯を磨くときに
人はお気に入りの歯ブラシと歯磨き粉って
使いたがるじゃないですか
なぜか
なんか実家とかに行って
絶対使いたくない
ライオンのリンゴの匂いのする歯磨き粉とかが
出てくると嫌な思いをしたりするじゃないですか
それって頭脳の名石っていうと
何の関係もないじゃないですか
でなんかこう歯ブラシが
なんか基盤出たりするの
それ使っときなとかって
うちも親によく言われるんだよ
使いたくねーとか思うわけですよ
生きづらさに繋がるじゃないですか
この種のことは
生きづらさに間違いなく
繋がってると思うんですよね
で頭の良し悪しによって
解決しないじゃないですか
そういうことって
果たしてこの基盤の歯ブラシを
使うことの方が賢明か
そうでないのか
なんとも言えないじゃないですか
使わずにずーっと
食べっぱなしになっていて
歯が微妙に酸化していって
微妙に虫歯が進行するのを選ぶべきか
それともこの家にある
もしかするとダニが
うじゃうじゃいるかもしれないような
この空間で
歯を磨く方が賢明かって
答え出ないと思うんですよ
新しいの買ってくる方がいいのか
セブンイレブンに行って
どれも嫌じゃない
っていう感じがしますよね
でも我々の実生活って
そういうことの連続じゃないですか
大概のことは
頭脳によっては解決しないし
永遠に聞くことのことでもないですよね
永遠に歯ブラシなんだけど
どれにしたらいい
聞いてもいいんですよ
それなりに彼らは
そういうことの答えを出すのは上手いな
でも私はこの種のことによって
問題が完璧に解決するなんていうのは
ナンセンスだと思うんですよね
そしてライフハッカーというのは
やっぱりそういう
ごちゃごちゃごちゃごちゃして
もやもやもやもやして
人がじわりじわりと
そうなったり
うつんなったりしているうちに
抑圧的になっていってしまって
どうしようもなくなった時に
生き方のスタイルを
変更する時に選ぶスタイルとして
流行のスタイルの一つだと思うんですね
でライフハックに比べれば
間違いなく断捨離で
掃除に明け暮れるっていう方のスタイルが
好まれてます
だから本能霊気に響くんです
そしてその断捨離に比べても
タロット占いとか星占いという
あるいは神がかった生き方っていうのを
選ぶ人も
遜色なく多くいます
これはだから神がかるんですよ
この話はどこかでした
少なくとも3ヶ月チャレンジではしましたし
今度6月27日に本格的にやりたいわけですが
これは今その前哨戦だと思ってるわけですが
つまり我々は啓示を受けなければならないんですよ
だって生き方変えなきゃならないから
30:01
行き詰まるからですね
行き詰まった時に私たちは
生き方を変えなければならない
しかし生き方を変えるのは
とても怖いことなんです
自家出てみたり
新しい国に行ってみたり
私がやったことですねいずれもね
そして何だろうな
温泉に浸かりまくってみたり
あるいは糖質制限をしてみたり
全て生き方のスタイルを大幅に変える
でも私は
そうは言ってもビビリなので
安全パイを取ってるわけですよ
例えば海外に出るって言っても
実家を出るくせに
実家からの支援金は必ずゲットしてから留学をする
何か形式を整えてからやりたがるわけですよ
形式っていうのかな
コンセンサスを得てから
一見強気なことを言うけど僕は
決して強気じゃないんですよ僕は
絶対どうなってもいざという時には
何とかなるような
保険的な手を打ってから動くんですよ
だから会社員を辞める
そして留学する
留学から帰ってきて
技術系ライターみたいな顔をして
ライフハックの記事を書く
でも全て
セーフティーネットを自分に貼っておくわけですね
僕はこれをやらずに動いたことは一回もないです
必ず何とかなるはずだっていうのを
3歩ぐらいには手を尽くしておいてから動く
いきなり動いたような顔をするけど
本当はそうではない
だからいざとなればそっち側から撤退して
安全パイの方に戻ってくることができる
手を打っておいてから動き出します
これは恵まれてるからできるって言われればそうなんだけど
私が総敵になった時も
どこか絶対に安心感を得ておきたいっていう気持ちを
強く持ってるからだとも言えます
アメリカ行った時もそうです
いざとなればどこかに帰ってこれるとか
いざとなればこの人と結婚すれば
つまり私は彼女ができなくても結婚はできたんですよね
当時ね
その結婚する相手も
例えばお寺の住職の娘さんとかね
そうすると経済的にはなんとかなるわけですよ
かなり立場としては気分悪いけど
でも私はそういう気分の悪さは飲み込める人間なんですよ
自立心が非常に薄い人間ですから
人のアドバイス聞かないくせに
本当の意味では自立って非常に問題があるんですよね
いろんな意味で生き方としては
でも私はそういう人間だからライフハッカーだったんだと思うんですよ
ライフハッカーは神がかれない人間の神がかりなんだと僕は言いたいんですね
これを6月27日に言いたいんだよな
そういう話は多分東和田さんの方がより好きなんでしょうね
でも私はこの話を山崎さんとしたくなるタイプの人間なんですよね
例えばガジェットでかいやつ買いますと
今回買ったんですよ私
神田王プロミーティングっていうやつですね
なんで私はああいうものを買うのかっていうと
やっぱ神が買っちゃうからです
ある意味刑事を受けちゃうんですよ
これを買えと
33:00
これを買えば
昔山崎孝明さんと原井さんと3人でやった時に
マイクの音がどうのこうのとか難しい問題になったと
この10万円の神田王プロミーティングを買えば
ああいう苦労はなくなり
お前のビジネスには新しい展開が生まれるという刑事を受けちゃったから買ったんですよ
刑事を受けると行動のスタイルが変わるんですよ
この行動のスタイルを根底から変える人を
私は神がかりって言うんだと思うんですね
つまりその人は内心の苦しみがピークに達してると思うんです
このままではもう自分は生きていけないと
食っていけなくはないが生きてはいけない
もうつらすぎる
ここで全てを変えなければならない
ってなった時に選ぶ一つの道が精神科に行くこと
一つの道が心理カウンセリングを受けること
一つの道が脱サラとかをすること
あるいは移転すること
住む場所を変えること
配偶者を変えること
あるいは転職することも含むでしょう
場合によっては行者になるんですよ
これは選択なんだっていうのが
少なくとも野の医者は笑うで主張されてたことで
僕は全面的に賛同なんですよ
なぜなら私は寺にいたから
そういう人何人も見てきているんで
そういうことはさもありなんだ
すべての行者がとは言わないけれども
行者になる人の少なくないパーセンテージで
この種の人はいる気がするんですね
あの本の中にはっきり書いてあります
生き方を選ぶんだと
神係という神代って書いてありましたけど
生き方があるんだと
そこそこそれで食えるんだと
この生き方の方が自分には合ってる
会社に行って上司にガミガミ怒られて
いかにも真っ当なリクルートスーツを着ているようだけど
もうごめんだと
そんなんだったら
なんかよくわからない小族みたいなのを着て
なんか祈ってですね
なんかよくわからないところに
急に神殿とかを建て始めて
そこにいろいろなお供え物をする
この方がやっていける
自分としては
それはそれで大変なんですけど
まだ日の出ないうちから
あっちこっちになんか行って
お祈りしまくるみたいな
でもそれはなぜか知らないが
自分には苦しくないみたいなことってあるわけですよ
これがですね
だんだら何か数千円もするようなノートを買ってきて
そこに朝の一番で
行者のようにマントラのようにですね
いろんなものを書いていくわけですよ
書いて書いて書き尽くすと
そしてそれをなんかよくわかんないんだけど
なんとかかんとかみたいな
なんでもいいんですけど
なんでしたっけ
チェッテルカールステンでしたっけ
よくわかんないけど
AIとかに食べさせて
ここから出てきた啓示みたいな文章を読んで
あっこれが俺の生き方だっていう
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そういうことをする方が
なんかこうただただ会社に行って
ただただスライド作って
なんか眠そうな人たちにプレゼンするっていうことを
繰り返すよりずっといい
ただこれは神ダーリの人たちと違って
全面的に生き方書いてないですよね
会社辞めてないし
会社に行きながらできることですよね
つまり僕の感覚と似てるんですよ
僕は安全牌を取りたがるから
いきなり会社辞められないんですよ怖くって
いきなり噛みがかれないんですよ
つまりそこまで追い詰められる前に
動くとも言えるんですよ
この辺のなんちゅうのかな
安倍なんだと思うんですよね
私はこれ誰かを批判してるつもりはないし
皮肉ってるわけじゃないつもりなんですよ
本当はこういうことのはずだと
私には心の底からそう見えるんで
この際において
知的生産高が高くなるというのは
ついでにそうなればいいことだと思うんだけど
大事なのはガジェット買う方の
そのスタイルを選べることにあるのであって
そこによって効果が上がることは
私は二の次だと思います
で私はそういうガジェットとノートの
やり方でも行き詰まったんですよ
そこでこの人の話を直接聞いて
聞いて聞いて聞きまくるという
このスタイルが皮肉にもなのか
ラッキーなことになのか
残念ながらなのか分かりませんが
心理臨床のスタイルに近いんですよ
たまたまではないが
しかしある意味たまたま近いんですよ
聞いて聞いて聞きまくられるという体験が
人の生き方のスタイルを変えなければならない
というところまで来ている人にとっての
ゲージとは違う形の
そしてまたスターゲイズともまた違う
占う占われるという占われたいっていう人は
つまりスタイルを変えるべきだろうかって
問いを発しているわけじゃないですか
だからスタイルを変えてみた人
占い師のところに行って
スタイルを変えるべきかどうかを
まず問うわけです
でおそらくそのスタイルを変えるべきかどうかの
問いに対する答えがつまり占いですね
納得のいく答えを出せる人で
かつその人がそうやって
食っていくことができるなら
そうやって自分も食っていきたいって
考える人が出てくるでしょう
これがミイラトリーがミイラになるだけ
ミイラがミイラトリーになるだけ
その辺の話ですよね
松木さんがおっしゃってたやつ
遠畑さんが言ったんですけどね
ミイラがミイラトリーになる
この話だから
ミイラがミイラトリーになるっていうように
批判的に言うべきことじゃないと思うんですよ
だってこの国は自由主義国ですから
職業選択の自由があるんですから
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別に占い師になろうと
ライフハッカーになろうと
3カ月チャレンジの運営者になろうと
構わないんですよ
何かそれが批判されてるかのように
考えてしまい
何か真っ当そうな職業とは会社員である
みたいに考えてしまうということは
一つの迫害妄想であって
資格というものが何より大事だって考える
そういう非正規コンプレックスみたいなものに
とらわれてしまうのも
やっぱり3カ月チャレンジやってみて
私はビジネス著作家やってる段階で
既にそう思うべきなんだけど
ある種の迫害妄想でしかないんだなと
別にいいんですよ
何をしようとですね
だから占いたくなります
それは
だって自分のスタイルを変えて
これからアメリカに留学して
俺大丈夫?みたいな
一方間違いと1000万以上の金をここにかけるんだけど
これやって大丈夫かなって
占いたくなるじゃないですか
ところで占ってる人はどうやって食ってるわけ
ってことにもなるじゃないですか
だからおかしくないんですよ
この流れはですね
スタイル変えなきゃならない
スタイル変えなきゃならない時は
人は苦しんでるはずなんですよ
苦しくないならスタイル変える理由がないですから
ワインし会社に通っていて
いや全然苦しくないわっていう人が
スタイル変える理由ないじゃないですか
だからその人は占う理由も持ってないわけですよ
自分の生き方変えたいとは
そのタイミングでは思ってないわけだから
自分の生き方変えたいと思ったタイミングで
提供できることを提供しようっていう人が
つまり野の医者なわけじゃないですか
場合によっては正規の医者だったりするわけですね
心理系の場合はそうなんだと思うんです
で私は野の医者なんですよ間違いなく
どっちかと言えばっていうか
言うまでもなく
医者ですらないから野のなんとかなんですよ
野のなんとかとして
しかしなぜか正規の人がやってることに
近いことをやっちゃってる方なんですよ
おそらくは
つまり聞いて聞いて聞きまくることを
第一義として
場合によっては解釈をするっていうことが
私が納得のできる唯一のことだったわけです
占うとか
ヒールするとか
ヒールは何のためにするのかというと
一旦落ち着いてスタイルを変えるのを
整えるためにするんだと思うんです
この文脈においてはですね
ヒールそのものが必要だっていう時は
すでに行き詰まりが相当の苦しみに
つまり苦しみのピークが
もう限界を迎えてしまってるわけですね
スタイル変えるどころじゃないわけですよ
もうその行き詰まり感そのものが苦しすぎるので
まずはヒールが必要だっていう状態
これが正規の意思に求められていることですよね
心だろうと体だろうと
ここまでは行かないという場合においては
ビジネスコンサルというのもありなんだっていうのも
私の考えた結論の一つなんですね
それはスタイルを変えるっていうことに
関係があるわけです
ただ私はスタイルをこうしましょうとか
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多くの場合それを言うわけですよね
ビジネスショー系ってのは
新しい習慣を身につけましょうとか
あるいは朝ジャーナリングをやりましょう
それによってあなたが見出すべきスタイルというものを
まずそこに見出しましょう
あなたは多分無意識だか潜在意識が
書き出すはずですからっていう
書き出す系が好きなのは
ライフハックでは真っ当な方法だと思いますよ
ある意味では
星を睨むより真っ当かもしれない
ただこれは自分の中に答えがあるのか
それとも自分の外
星とかカードとかに現れるべきものなのか
あるいは自分の無意識が
潜在意識というのかな
目で見ている限り
このカードの裏が何であるかは分からないが
心の目で見ると
このカードの裏が何だかは
実は知っているんだって考え方が
タロットカードの中にはあるんですよね
全部ではないですよ
そういう考え方がある
この考え方は私は極めて分かりやすいなと思います
東大で起きた千里眼事件そっくりだと思うんですよ
心の目ではそれが見えると
だから占いというのは
実際のところは自分が本当に望んでいることを
明らかにする一つの儀式なわけですよね
その儀式が書き出すということによって成り立とうと
ガジェット買うということによって成り立とうと
それは変わらないんですよ
媒介とするものをどれにするかという話
水晶玉であっても同じですよね
あるいはそれがロールシャッハーテストみたいなものになるのかもしれないんですよ
それに限りなく近い
自己啓発のやり方ってありますから
私はいずれも信じないんですよ
結局私は
そのようなものが心の目であろうと
右脳であろうと
潜在意識であろうと
見る気が見れると思わないんですよ
だから私は聞くということに集中する
聞いているうちに出てくるというケースもあるでしょうけど
聞いているうちに出てこなかったとしても
この2者が密室で話をし
一方は基本的には
受信者をする義務を持っている
その人が喋っちゃダメとか助言しちゃダメってことはないんだけど
契約的にというのか
その構造上2者が密室で
一方は聞き手であり
積極的に何かをしてはいけない
例えば触るとか
ましてキスするとか
とんでもないということですよ
それは当然なんだけど
それだけではなく
口は基本的に相手が望まない場合には挟まないと
問われていることが明晰でない場合は答えないと
違反してますよ
ゼロじゃないけれども
でも極力そういう風に意識すると
意識するというか
自分に枷をはめると
この枷がはまっている限り
つまりある意味だから
手枷足枷をされてもいいわけですよ
入国せず
口も出さず
とにかく聞けと
そして2者であると
つまりこの話はなかったことにもできますと
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そこで一方的に話を聞かされると
相手が望めば
一方的に話を聞かされる役を
応勢つかるということですよね
そうすると何が起きるかというと
このような空間は実は他にはないので
ギリギリあったとしてすら家族関係
つまり2つ目の家族が
そこに出現するっていう状態
だから精神分析ではですけど
最低でも7日という奇数のうちの4日は
やらなきゃいけないよねってことになってるわけですよね
半分以上
つまり第二の家族としての重みを十分持たせられるという
二拠点生活ですよ
ある意味情緒的な
精神的なでもいい
精神的な二拠点生活の二拠点目を作るってことですよね
ここにおいてその人は
でもそれは二拠点目だから
世間からは確実されていて
そこに通ってるということを少なくとも
身の回りの人を誰も知らない
その中でいざとなればなかったことにもできるという
ある意味バーチャルな二拠点目の精神生活を
そこで挑むことができる
そういうふうにしてみるってどういうことかというと
スタイルを変えるということを
シミュレートできるってことですよね
そしてもともとの生活空間で
なぜスタイルを変えねばならないのか
っていうところまで自分が追い詰められたのかの
それも一つの
無言劇のようにしてシミュレートできる
それを目で見て確認することが
もしかするとできる
という状態を提供するのが
一応私の仕事なんですよ
だから助言を求められればするとか
タスクシュートの使い方を聞かれれば答えるというのは
それはその中に入ること柄でしかなくて
基本的に究極的には
どういうことを用意するかというとそれなんですよ
これを用意するというやり方は
残念ながらというかラッキーにもというべきか
どちらでもないのか分かりませんが
心理臨床の正規のやり方によく似たところがあると
それはたまたまではないがたまたまですと
なぜたまたまでないというのは
そのような方法があり
そういうことが書いてある本を
私が読んだのは決してたまたまではないか
たまたまだというのは
それ以外のことが私という人間には
信じられないということ
それがつまり物を開在させた方が
物を開在させることによって
自分の心の声なり
自分の本心なりがそこに現れるということが
私にはほぼほぼ信じられないから
それはそういう人間で
私があったことはたまたまですということです