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批判されると反省できなくなる【1344】
2026-04-20 43:33

批判されると反省できなくなる【1344】

抽出取り入れと投影同一化。
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サマリー

このエピソードでは、まずパーソナリティが自身の野球観を語り、特に佐々木朗希投手や千葉ロッテマリーンズの小島投手の状況について触れます。その後、4月28日に名古屋で開催される出版記念イベントについて告知し、過去の名古屋での活動やイベント内容について説明します。イベントでは、最近出版した「黄色い本」をテーマに、ウィニコットやオグデンといった精神分析の概念に触れつつも、エバーノートなどのライフハックの話も交える可能性を示唆しています。また、父親からの早朝の電話に言及し、他人の状況を考慮しない父親の特性について語ります。後半では、精神分析家のボラスの理論、特に「抽出取り入れ」と「投影同一化」について詳しく解説します。ボラスの「罪悪感を持つ能力」に関する現代的な視点や、幼児期の発達における罪悪感の重要性について、メラニー・クラインの理論と比較しながら論じます。さらに、自身の「3ヶ月チャレンジ」に「週刊化コース」を追加する計画についても触れ、ライフハックと精神分析を融合させたアプローチの可能性を探ります。習慣化コースでは、行動科学と精神分析を組み合わせ、個別の伴走を重視する姿勢を示し、その価格設定や対象者について考察します。最後に、「抽出取り入れ」の概念を、ペットの話、両親との関係、日常会話、会議での出来事など、具体的な事例を挙げて解説し、それがコミュニケーションにおいてどのように機能し、時には問題を引き起こす可能性についても言及します。この概念が、現代の人間関係やタスクシュートの活用にも応用できると結論づけています。

オープニングとイベント告知
おはようございます。ライフハック時代の精神分析第1344回をお送りします。
4月20日、月曜日、7時43分です。
まぁ眠いんですね、月曜日は。朝が早すぎまして、
ちょっとですけど、あのMLBでドジャーズの佐々木浪貴くんが先発しているのをちょっとだけ見ることができるほど早く起きましたんで、朝4時からね、日本時間では試合やってたらしいんで、4時は絶対無理なんで、
5時40分ぐらいには起きて、ちょこっとだけ見て即交番っていうタイミングだったんですけど、
4回途中、つまり5回の途中ですね。で、交番するケースが最近すごい多いですよね。なんか急に、
急に、まあそのいわゆる抜けるってやつですよね。野球用語で言う、抜ける球が増えてきて、2出されて、パワーボール出して、
そんなに失点はしてないんだけど、これ以上続けるのはちょっと怖いなってところで、交番してしまって、勝ちも負けもつかないという、
あの、ことが繰り返されている感じがしますね。私、佐々木浪貴を一番推してますんで、なんといっても元ロッテですからね。
まあ彼のロッテとの関係は非常にファン的には微妙なところもありますが、まあそんなことはあんまりね、
当事者でもないし、ただのファンですから、あの、普通に応援してるわけですけど、なかなか今シーズンも厳しいなと。
まあ悪いわけじゃないんですけどね。あの、もはや誰にもわからなさそうな話をします。千葉ロッテマリーンズではちょうど、こう、小島投手。
左のですね、左のエースの小島投手がちょっと似た感じで、今先発ローテから外れちゃったかなっていう感じ。悪いわけじゃないんだけど、なんかこう、
勝ち負けつかないところで、でも勝ちがつきそうなところでいなくなってしまうっていう先発。
まあ多分、まあ春先ですからね。まだまだ、先を期待して、すでに再開なんですがロッテは。
ロジャーズはね、なんかもうダントツぶっちぎりで主意だから、別にその先発が5回途中でいなくなるぐらいなら全然いいんじゃないかっていう感じなんでね。
多分このまま急にマイナーとか行く。マイナー行かないんだっけ今年は。なんてことはないと思うんですけど。
野球談義をやってる場合じゃないんで、話を先へ進めますと。まずお知らせがありまして、4月の28日にまた出版記念イベントで、今度は名古屋に行ってやります。
オンラインはいつも通りなんですけれども、オフラインは久しぶりの、本当に久しぶりの、いつ以来だったかもはや思い出せない名古屋なので、
もともと名古屋ライフハック研究会というものが、実はライフハック研究会発祥の地でもある名古屋なんですが、
そこで私も何回かいろいろと感嘆いただいて、大変ありがたい土地だなぁと思いましたので、ぜひ覚えている方がいらっしゃって、かつもはやライフハックの話じゃないじゃんっていうことなんですけれども、
出版記念ですけれども、最近出したの黄色い本の出版記念でして、あれはベースにウィニコットだの、オグデンだの、もうなんかお前何言ってんだよっていう、
名古屋で話していたことエバーノートとかだったじゃんって感じなんだと思うんですけれども、そこを目をつぶってくださる感慨な人にぜひ。
はい、途切れたんですけど、なんと父から電話があるという、もうなんか勘弁してほしいんですけどね、この時間に電話してくるなよっていう感じですが、
そもそも電話をしてくるなよって感じですが、年なんでね、仕方がないだろうと。
そしてもともと父はですね、今日その話するかどうか考えてるんですけど、他人の状況とかを一切考慮するということがそもそも不可能な人だということがようやくわかってきたんですけれども、ようやくわかるのが遅いよな。
ようやくわかってきたんですけどね、他人の事情とか状況を考慮するという能力がもともとないんだなということを改めで知ったんですけれども、
だから私からするとこの早朝に電話をかけてきやがるというですね、そんなことを父に言っても無駄なので言わないんですけど、言わないというか言ってもなんかもう電話を切った頃には完璧に忘れるんでね。
しかもね、この完璧ってすごいなって思うんですけど、全く頭に留めておくという気配もないみたいな人なんでね。
えー、何の話をしてたんだから、名古屋に行きますということですね。だからよろしくお願いしますということでもあります。
で、神保町でもやったような話をするわけなんだけど、全然違う話をする子さんも極めてあります。
私は同じ話を2回するのを非常に嫌いなんですよ。自分が飽きるんですぐ、退屈するんで、効率的だろうと何的だろうと関係なくですね、毎回毎回違う話を平気でします。
で、前にした話はほぼ忘れてしまうというところもありますんで、スライダー全部残ってるんで、使えばわかるんでしょうけど、使ってまで同じ話を、しかも今オンラインで聞く人にとってはどこで聞いたって神保町だろうと名古屋だろうと変わらないじゃないですか。
だから新しい話をします。ただ何の話をするかはまだ全く考えてません。というのはですね、今から用意するじゃないですか。そうすると多分新幹線の中とかで別の話用意したくなるんですよ私は。私そういう人間なんで、やれと言われれば多分毎日は無理だと思うんですけど、毎週セミナーとか全然平気なんで。
あの、やれとは誰も言わないし、多分誰も来なくなってくるんでやらないですけどね。毎週セミナーとか全然平気なんで、絶対こう、1週間先の準備とかはやってられないわけですよね。毎週セミナーをやるということはほとんどの準備は前日か当日にやるんですよ。
現に私そうなんで、この番組をそうもなんで、ということで全く違う話をします。はい。全く違う話はできないな。あの、でも人望庁で話した話とは違う話をすると思いますので、まあよろしければ。現地は3000円でオンラインは2000円に今回はさせていただきました。
会場費がね、人望庁は安いんですよ、極端にね。名古屋はすでに結構取られてまして、それも驚いたんだけど、結構埋まってて、まあまあお値段張るところになってしまったんですよね。
あとその新幹線で行かなきゃなんないんで、これも新幹線で行くとでも今1時間ぐらいで小田原なんで私はね、小田原、名古屋は1時間ぐらいで行っちゃうんですね。小玉乗ると2時間かかりますけど、光郷なら1時間なんで、これで行こうと思ってですね、ということにしました。
はい、えーと、なので、まあできれば現地でね、お目にかかれると非常に私としてはありがたいです。で、その後、あの懇親会なんですけど、懇親会がですね、あのタスクシュート認定トレーナーさんのもともとオフ会にこれを被せてあるんで、あのそっちに行きます。
だから懇親会に来られるという方はそっちに合流していただければ、多分そんなに全体的に流れとして違和感はないと思うんですよ。タスクシュート認定トレーナーさんのオフ会みたいなのなんだけど、別に全然参加できると思いますんで、まあよくわかんないんですけど、まああのですね、二次会とかで他のところ行ってもいいと思いますし、私も名古屋に泊まることにしましたから。
そんなわけで、あのぜひ本は別に買っていただかなくても、買っていただけるとやや嬉しいかなぐらいな感じなんで、もうこれは言うと編集さんに怒られる気もするんですけど、まあそんな感じです。よろしくお願いします。
ボラスの理論と「抽出取り入れ」
はい、今日したい話というか本題に入っていきますが、あのボラスの話なんですね。ボラスの話は定期的に読んでおりますが、非常にね彼には勉強になるなと、今までの話とすごく同じなんですよ。同じなんだけど、解釈が違うなっていうか、その可能性を広げてくれる人だなって本当思うんですね。
まあ詩人っていうのがあってるなあって思いますね。彼は詩を、まあ私は読んでることないんだけど彼の詩は。詩人っていうのがわかるなあって感じがします。
ボラスのすごい新しいと、一番僕はやっぱりあの新しいと思うのは一つが変形性対象ですけど、もう一つがの罪悪感に関する考え方なんですよね。罪悪感というとどうしてもやっぱり罪悪感を何とかしましょうみたいなノリになるんだけど、罪悪感を持つ能力、これについては確かにメラニ・クラインも言ってはいるんだけど、メラニ・クラインの世界って厳しいじゃないですか。
まあ時代も厳しいし、彼女自身が厳しい時代に生き残ったユダヤ人ということもあるから厳しいのはわかるんだけど、まあ元々彼は厳しい人だった、彼女は厳しい人だと思うんですけどね。
でもメラニ・クラインのいう罪悪感を持てる能力っていうのは本当に懺悔感が持てる能力みたいに感じられるんですね。まあそうであるべきかもしれないんだけど、ちょっとやっぱりね、あれを言われると苦しいなあって感じがするんですよね、いろんな意味でね。
ボラすのはもっとやっぱり現代的なんで、罪悪感っていうのは結局心を癒すんだよみたいな、だから罪悪感を持ってなんかちょっと自己犠牲的な万能感を持つ人いるけど、いいんだよそれでみたいなノリがあるんですよね。
普通はそうやって生きるもんなんだよみたいな、メリコットにちょっと近いなって思うんですけど、メリコットとは全然違うタイプだと思うんですけどね。でもなんかこう、そうやって人は生きるもんなんですっていう、ごく普通の感情をいちいち否定しないようにしようねっていうところが私は非常にいいなあと思うんですよね。
幼児がDポジションを確立するために、こう罪悪感を持つ能力とかって言われてしまうと、そうでなくても難しい問題を抱えていらっしゃる人、難しい問題を抱えている幼児、乳幼児の話をしている、だからこそなのかもしれないけど、なんかどっかちょっと宗教色が入ってきすぎるのではないかと。
そこで彼女の出自ってものをメラニーくらいの場合考えてしまうんですけどどうしても、それに対してウォラスはもっとこう常識人みたいな感じが、まあ詩人なんで、詩人だし彼ねってことはちょっともう常識的な感じじゃないんですけど、週に7日セッションやっちゃうよみたいな、そういうのも極めて変わった発想だなと思うんですけど、でも私は彼の発想からすごくこう13期14期の3ヶ月チャレンジに可能性を感じるようになったんです。
じわりじわりと参加者さんの数が増えなくなってきているのが非常に考えさせられるわけなんですけど、しかしなんとかここで踏みとどまろうと、まあ踏みとどまれなくても無理やりやり続けようっていう感じなんですけど。
ちなみにそうだお知らせで忘れてたんですけどね、まあいいや明日でもいいんだけど3ヶ月チャレンジに週刊課コースというものを追加します。
これは今までは総合コースでそっちでいいんだけれども、あの特殊コースっていうものを作ってみたいっていうのがあったんですよね。
残念ながらタイミングをちょっと壊しちゃったんで、第15期か第16期から改めてですね先送りコースと週刊課コースとあるいはその2つのを合わせて使うコースかな。
なんかそういうのをですね、これ週1回に限るかなって僕各週でもいいかなぐらいに思ってるんですけど、
あれですよね、つまり逆にチャレンジでやってみたオンラインコミュニティに伴奏しますっていうのは逆、ちょうど逆になるんですよ。
伴奏をメインに置いているんだけどオンラインコミュニティも参加できるよみたいな形にしていこうかなと。
ここで毎週1回にぐらいに、もうちょっと少なくなるかもしれないけど、セミナーしますみたいなのを追加してですね。
3ヶ月チャレンジは完全に総合コースなんで、個人個人個人の各個人の好きなように好きなテーマでいきますっていう感じなんだけど、
この週刊課コースはもう週刊課に徹しますと。
ちょっとそこまで言うとやや僕の万能感かと思っちゃうんですけど、3ヶ月で成果を出してご覧に入れますみたいなノリをちょっと出したいんですよ。
ラインハックに寄せているわけですよ。でも精神力度をベースでいきたいわけですよ。精神分析ベースでいきたいわけですよ。
精神分析ベースだからもうちょっと頻度を上げなきゃなんだけど、今から急速に頻度を上げ始めるとですね、キャパシティの問題もちょっとありますんで、
今ちょっと本も2発書いていたり出したばっかりだったりで忙しいんで、まずは実験的にやってみて、形を固めたら3ヶ月チャレンジに組み込んでいこうみたいな。
これで3ヶ月チャレンジの少し拡張を図るとともにですね、新しい可能性を見ていきたいって感じなんですよね。
そういうラインハックに、このポッドキャストの番組がラインハック時代の精神分析ですけど、ラインハックと精神力度をかけるということを、
ビジネス書とでもいいし仕事術とでも全然いいんですけど、治療じゃないところに精神分析を。
これはね、精神分析界から多分嫌われる考え方だと思うし、そもそも心理認証界からも煙たがられるというか、
うさんくさいというか、うさんくさいですけど、だと思うんですけどね。
でも私がやってることはそういうことなんで、今さらそこで俊々しててもしゃあないなと、
しゃあないというかですね、開き直れるだけ開き直ろうよっていう感じで、行こうと思ってるわけですね。
どうしてもただ前例ないことですから、いろいろとやらかすでしょうし、いろいろと大変でしょうし、
全然響かないかも、実際今のところお申し込み0人なんで、
相変わらず僕の独りよがり感が、この独りよがり感って結構後から聞いてくるんですよ、
もういいやみたいに、もう二度とこういうことはやめようみたいな、
そういうすぐ抑圧的になるのは私の悪いところなので、
なんとかここで、たとえ今回0人でもこの拡張路線は頑張って模索するぞっていうですね、
総合コースを最初に作ってしまったから、専門コースを作る、その値段との兼ね合いどうするんだみたいなのいろいろあるんですけど、
あんまりそういう整合性みたいなことばかり考えずに、専門コースは専門コースで新しく作ったんだから、
もう今のこの値段でいきますみたいな、そういうふうにしてみて、
それでうまくいかなかったら、またいろいろ調整をかけていこうではないかっていう考え方ですね。
習慣化と、最初は習慣化を用意したんですね。先ほくりも追い考えていこうと思ってるんだけど、
どっちかっていうとやっぱり治療プロセスから離れたいっていうのがあるんで、
習慣化っていうのはやっぱり仕事術とかビジネス方面に向かってるじゃないですか。
地味な方ではありますよ。時間かかるから速攻性少ないんで、そこがまた精神分析的だと僕は思うんですけど、
地味な方ではありますが、どちらかというといわゆる、私あの言い方嫌いなんですが、
コーチングの人が時々使われるマイナスをゼロに戻す系っていうよりはゼロをプラスにする系っぽいじゃないですか。
全然そんなの関係ないんですけどね。
だいたい悪癖と習慣化ってどうやって切り分けてるんだよっていう、
その辺の話を精神分析的に言えることはいっぱいあって、
私は行動科学はもちろんわかりやすいし、
適用しないってことはないんですけど、タスクシュートとかね。
だからタスクシュートと精神分析っていう話をやっぱりしたいんですよね。
私はもうそれは名古屋でするかもしれませんけど、
タスクシュートと精神分析はもうどこにどういうふうに言えばいいかっていうのはだいたいもう頭の中にはあるんですよ。
ただそれを別段、なんでだって言われると困るんですけど、
別段それを前傾に出して、それでバリバリやっていきますよっていう感覚に僕はなってないんで、
聞かれれば答えますけど、まあそんなことはいいじゃないですかって。
タスクシュートって僕ですね。
なぜ効果があるんだの説明って実はあんまりいらないと思うんですよね。
上手くいっているビジネス仕事術みたいなやつって内訳も同じなんですけど、
上手くいっていればいいんであって、なぜ上手くいくのかの説明は余計だと思うんですよ。
どうせ説明でしかないし。
で、3ヶ月チャレンジとかそれこそ心理ディーションは僕は逆だと思ってるんですよ。
今ではそうじゃない方向が強くなってきてますけど、
こっちは説明こそが大事で、上手くいっていればいいってもんではないっていう風に思うんですよ。
なんでかっていうと、上手くいっているってことがその人を苦しめるってことがあり、
しかもそういう方が3ヶ月チャレンジなり心理ディーションなりで見ていくべきポイントだと私は思うから。
だけどタスクシュートはそうじゃないと思うんですよね。
まず上手くいかせることこそが全てであって、
それによって心理的にどうなる、情緒的にどうなるはその次に来るべきこと。
まず上手くいきたいという、だからあれですよね。
リクルートスーツを着ているような人が仕事どうしていいかわからないってならないようにする上で、
タスクシュートみたいなものが使えるって話なんですよ。
ここでなぜ上手くいくのかとか言ってる場合ではないと思う。
まずは仕事に慣れるみたいな話だと思うんですね。
だからこれはあれなんですけど、どっちかというとやや、
習慣化コースはですね、ややですよ。
やや若い人向けの方かなっていう感じ。
まず仕事を習慣化していきましょうみたいな。
だから20代、新入社員とは言わないまでも、
20代中盤から30代中盤ぐらいまでというのが、
僕の勝手なターゲット意識でですね、実はいらっしゃる方は60代ですってことは、
多々あるんですよこういうことってね。
だからあんまりそういうことは僕は考えたくないんですよ。
ターゲット層がどうしたこうしたとか、好きではないんですよ。
例えば僕のXなりこのポッドキャストなりで、
書店員さんにアンケートみたいなのでやってても、
僕の本の本名に視聴者オーディエンスの大半は男性なんですよ。
85%ぐらいが男性ってされてるんだけど、
3ヶ月チャレンジになると突然逆に、逆にはならないけど、
女性が優勢になっていらっしゃるんですよね。
こういうのもターゲットを考えていたんでは、
まるでわけわかんなくなっちゃうんで、
意味がない感じがするんですよね。
要するに単純に言って、
僕が勝手に想定する何かはあまり意味がないなと。
お金高くないって言われるかもしれないんですけど、
でも例えば3ヶ月で終わるんならば、
パソコン1台買う値段っていうのは、
新入社員の方には出せると思うし、
ある意味、まだ家庭持ってないとか、
家庭は持っててもお家は買ってないとかいう方の場合、
中間化ってのは損にはならないと思うんですよね。
身につけ場だって言われると思うんですけど、
私は行動科学1ペントで行くよりは、
絶対にいけると思ってるんですよ。
ネックに何がなるのかの説明が、
ちゃんと入りますから精神分析ってのは。
タスクシュートと行動科学と精神分析でいけると思うんですけど、
それはやっぱり説明として、
この3ヶ月っていうのは体感観として、
どういう期間かがはっきりわかるようになったんで、
いけるんじゃないかと。
ただ伴奏が絶対いるから、
50人とかできないんですよ。
今の段階ですと5から10人というのがせいぜいなんですよね。
そうするとお値段がやっぱり、
3ヶ月で3万円ですっていうわけには、
なかなかいかないんですよね。
それでも高いって思われちゃうんですけど、
でもですね、この値段で、
だって5人とかじゃやっぱりあれじゃないですか。
しかも絶対伴奏がいるっていうのは、
私が言う伴奏っていうのは、
個別セッションがいるっていう意味なんで、
毎週とは最初は言わないまでもですね、
やっぱり各週は最低でも絶対条件に近いなっていうのは、
私の感覚なんですよね。
3ヶ月で1回とかになると、
それ100人チャレンジでやったことなんですけど、
人となりがわかる、
そして何かは言えるかもっていう感じ。
でもそれはあくまでも、
タスクシュートなりライフハックなりですよね。
やっぱり否定欠損の話はできないですよね。
1回ではとてもじゃないけど。
でもこの話を無縁で週間化って話ができるかっていうと、
プラスの気分みたいな話になってくるんだけど、
できないと思うんですよね。
そうすると行動科学になってしまう。
報酬のために繰り返しやりましょうになってしまう。
チョコレート食べることにしてとか、
豚さんの貯金箱に100円入れることにしてとかになってしまうと思うんですね。
第一にこれは誰がコントロールしてる感があるんだけど、
第二にもっと重大な問題として、
それはなぜ報酬だと言えるんだと言えるという話なんですよ。
豚さんに貯金箱にお金入れるのは報酬なの?
罰みたいになってしまわないっていう感じがある。
チョコレートも同じですよね。
チョコレートは報酬と言い切れるか。
ラットなら言い切れるんですよ。
だけどチーズでもいいですけど。
でもチョコレートは人によって罰になっちゃうし、
時と場合によっては罰になってた人にとって報酬になっちゃうしっていうことを書きましたけど、
絶対そういう問題が出てくるんですよ。人間の場合は。
なぜならばそれは現実のものであると同時に対象でもあるからなんですね。
チョコレートはしばしば母親だったりするんで、
そうすると母親との関係ってものを抜きに行動科学できなくなるんですよ。
って話は私は他に見たことがないんですよ。
そしてこれを意識すれば習慣化というものは全然違う様相を呈してくるんで、
いけるときはいけるはずなんですよね。
いけないやつは行っちゃダメなんですよ。
っていうことをお話ししたい。
するには個別でしないわけにはいかないんですね。
だから個別でするというのはですね、
単に伴走であるっていう以上にはるかに重大な意味に
プライバシーに関わってくるってことなんですね。
人前でこの話はできないんです。
だから数多くの人を同時にやるわけにはいかないんですよ。
というわけで若干どうしてもお値段はかっちゃうんですけど、
1回1000円ってわけにはいかないんでね。
1000円でいいんですよ100人いらっしゃるんだったらある意味僕の場合は。
だけど100人は無理でしょ。
100人毎週毎試合やってたら
週に100セッション持つことにそれだけでなっちゃうから
それは絶対無理なんで
週5日だったら20セッションで
1日20時間1つ喋ってなきゃならないわけですから
それは絶対無理なんで
やっぱりこう少なくなるんですよねどうしてもね。
一度にできることの時の人数が
私の記憶力でもって顔と名前が絶対一致する半径に
やっぱり収まらなければいけないと思うんですね私と仕事は。
そういう意味では3ヶ月チャレンジに集約していければいいなというのが
現在のところで
お知らせで話が25分いこうとしてるんで
戻しますとボラスの話ですね。
ボラスの話で私は今回新しく読んだのが
お知らせをしまい
「抽出取り入れ」の具体例とコミュニケーションへの応用
抽出取り入れっていう表現なんですね。
確か抽出取り入れだったと思う。
これはねボラスの中では東映ドイツカに対応してるんですよ。
私これ東映ドイツカでいいじゃんって思っちゃうんだけど
抽出取り入れとかいらないじゃんって思っちゃったんですけど
でもやっぱりボラスの変形性対象もそうですけど
移行対象と変形性対象は
私はどうしても被るところあるなって思うんだけど
被るところがあっても確かに
これは臨床でというよりはもはや人とのやりとりでですね
私のだから考えに近いんですよね。
人とのやりとりに精神分析は見えてくる。
精神力動なんですけど見えてくる。
これをボラスはやっぱり敏感なんだなって感じがします。
詩人だけあってなのか分かりませんか。
で例えばこの抽出取り入れて何かっていうと
一番僕が気に入ったエピソードに
まあなんかちょっとリアリティを書くんですけど
でもそういうことってあるし
そういう人っているなと思ったのがペットの話で
2人で男女が同棲するときに
ペットを実は男は飼いたくないと思ってると
でもこういう男の人っているんですよ。
女性にもいますけどずるいっちゃずるいんですけど
ペットを飼うのはいいんだけどさって
こういう言い方するんですよね。
かわいそうじゃん家の中に閉じ込めて飼っているなんて
僕は耐えられないよとか言って結局ペットを追い出すわけですよ。
そういう事例なんですね。
でこれはですね
なんか感じ悪いじゃないですか
でも悪意はないじゃないですか
結局手放すことになるというのは
多分本音を入れば色々あると思うんだけど
毛がアレルギーだとかね
あるいはそもそもペット邪魔だとか思ってるとかね
エッチしたいんだしみたいな
そういろいろあるわけです。
いろいろあるんだけど
ここの話の何が良くないかって
この女の人はペットに対する愛情というものを
この男の人に抽出されたという表現を取るんですよ。
これは上手いなって思ったんですよね。
つまり
その女の人はこの事例の中では今や
罪悪感に苛まれてしまっていると。
つまり自分はペットをエゴイスティックに
部屋に閉じ込めて飼おうとしていたけど
同棲している男の人は愛情深いから
ペットを飼いたいのにあえて手放したっていう
そういう風にそう思うかどうか知りませんが
そう思ったことになると
この女の人は自分の愛情を奪われたんだ
っていう表現を取る。
詩人ぽいよなと思ったんですよ。
でもこれは東映ドイツ課で説明できる気がするんだけど
抽出取り入れにという概念を
新たに設定してるんですよね。
で、男の人はこの女の人から
愛情を発揮するという機会を
盗んだって言うんですよ。
これはですね、私特に
セッション中にやっちゃいますよ。
これ絶対やるんです。いくらかは。
これをやらないで会話できるかっていうと
相当無理がある気がする。
でも罪がないとは言わないが
あんまり差し障りのないことなら
誰でもやります。
僕結構やってる気がします。
これをやられまくると
気をつけるぐらいでいいと思うんですよ。
やらないようにするとかは無理なんで。
これをやられまくると
例えばなんですけど、
罪悪感を感じることが
非常に困難ないしは不可能になる。
クラインの言う意味のそれとは違いますよ。
これをやられると
Dポジションが確立できないとかまではいかないんですよ。
ただ、罪悪感というものに対する考え方が
非常に回避的になるのは確かで
例えば、思い出したしよく分かったんですけど
私はうちの両親って批判が増しいんですよ。
母方の方はお父さんがDVだから
とにかく負けるわけにはいかなかったから
PSポジションで負けないために排出排出で
人を批判するタイミングがあれば批判する
みたいなことがある程度必要なんですよ。
そういう家ではね。
その癖が残っちゃってるから
批判が増しいんですよ、母は。
父は正職者なんで
まあ私からすると単なる生草坊主だが
正職者なんで
やっぱり批判が増しくなるんですよ、どうしても。
そしてあの人は素朴な人だから
あんまり罪の意識もなく人を批判するところがあるんですよ。
特に自分の子供とかになってくると。
結局私は批判されまくって生きてきた人間
子供時代ね、結構ね。
褒められたことがないとかじゃないですよ。
でも批判が多いんですよね。
特に長寿で来ると増えてくる。
もう批判ばっかりになってくる一方待ちが
やっぱ、なると批判精神を盗まれてるんだ。
抽出取り入れされたんだと
ボラス的には言うわけです。
まんまそのまんま彼は言ってるんですよ。
批判されまくっている子供は
自己批判能力というものを抽出取り入れされると。
そういう子は自分の行為についての
罪悪感を持つことができなくなって
さっき言いましたが
罪悪感は彼にとっては癒しの機械ですから。
自分悪かったなと思うというのは
どこか自分を慰められる機械になりやすいんですよ。
ところが自分悪かったなと思う前に
お前が悪いって親に言われてしまうと
私は、例えば私の例で言うと
私は一応新学校に行ってたんで
中学試験してですね。
あー今回まずったな成績って思う前に
親に何なんだこれって言われると
この機械がなくなっちゃうんですよね。
そして私は
いやいやいやそれはお前やってみろよみたいな
この反撃モードになって
罪悪感反省モードにならないわけですよ。
で何かにつけてこれをやられると
やられるっていうか
対して僕はそれが虐待的だったとか
辛すぎたとか言うわけじゃないんだけど
非常にイライラさせられてたのは確かなんですね。
でこれをずっとやっちゃうと
反省能力というか反省機械
反省するっていうタイミングがないわけですよね。
抽出取り入れされてる
さっきのペットがかわいそうだろう
代理で喋られちゃうってことなんですよね。
これはね。
でこの代理で喋られちゃうということによって
代理で感じられてしまうために
私がそれを感じる時間かかるんですよね。
自分、自己反省とかそうじゃないですか。
時間かかるじゃないですか。
ペットもそうじゃないですか。
愛情深い。
つまりその女の人はペットに愛情を持ってたのに
男の人がペットへの愛情というものを取ってっちゃったから
罪悪感だけがそこに残って
ペットに対して今までも悪いことしてきたんだ
私はみたいになっちゃうわけってことですよ。
言いたいことはね。
当たり障りがないケースも多いんですよ。
こういうのって。
あのですね、例えばそうだな
私もやっちゃうなって思ったんですけれども
でもやっちゃいますけどねこれはね
普通にね。
やられることが確かにある種の人に
なるほどなとその人とこの種の話を避けているのは
そういうことなんかみたいなのを
例えば思うのがですね。
なんかしゃべるじゃないですか。
ああなるほどね。
それ分かる分かるってやつ。
分かります?
これは分かるということを全部持っていかれるんですよ。
これをやられると。
いいんですよ。大きなことじゃないし
多少はこれをやってくれないと
これをやってもらうことによって
すごく会話が弾んで楽しいこともあるんですよ。
でもなんかねこの人は何かにつけて
やたら分かる人だなっていう
気持ちにさせられることもあって
あれは抽出取り入れに非常に
有効な説明だなと思うんですよね。
私もやりがちなんで
気をつけてたんですよ。
ブラスが気をつけてたんですよ。
昔から割と。
そういうことでなんか
お前頭がいいかのは分かるけどさっていうのを
小学校時代に言われたことがあって
反省したんですよね。
反省してもいい気になってるから
なかなか反省しないんだけど
分かる分かりたいという気持ちが
やっぱ強い子供でしたし
いまだにそれありますからね。
でもこれ多少やらないと
弾まなくなるじゃないですか。あまりにも。
何一つ分かってあげない人みたいになるじゃないですか。
全部控えればですよ。
あんまりよく分かんないけどみたいな顔をしてると
それはそれで話しにくいですよね。
だから抽出取り入れっていう表現は
非常に微妙だなとは思うんですね。
一番多分良くないのは
分かんないくせにこれをやる。
だからそれは良くないんですけど
やりますけどね。
分かんないくせにこれをやられると
相手からすると分かったものまで取られるし
結局のところ分かった言ってる奴は分かってもいないし
良いことないわけですよ。
これがものすごく行き過ぎると
サイコパスっぽくなっていくんですよね。
取ったくせに取ったものを大事にもしないみたいな
取りまくっておきながら
取りまくったものをすぐ捨てていくみたいな
そういう一番困るじゃないですか。
要するに物だとすぐ分かると思うんですけど
iPhoneとか取り上げて
これは俺のものにするとか言って
そのままガチャンと捨てるみたいに
すごくサイコパスっぽいじゃないですか。
でもこのサイコパスへの説明としての
抽出取り入れっていうのは
良い説明だと。
ただ私は抽出取り入れというのは
抽出してる側からの言い分であって
された側にとってはこれ東映ドイツカになるから
分かります?
例えば
私が何か分かる分かるって言って
相手の人がこの分かる分かるを言う
誘いに対して攻撃的な気持ちになるとするじゃないですか。
これ東映ドイツカですよね向こう側から見ると。
つまり
排出したいものを
そこに置いて
それを攻撃しているのが
つまり私は
攻撃されるべき人間を
振る舞わされるわけですよ。
だから東映ドイツカなんだと思うんですね。
抽出取り入れと東映ドイツカって
まさにじゃないですか。
東映は投げてるわけ。
抽出は取っていくわけですから。
物だとすると非常に分かりやすいわけですよね。
ボールを取り上げるのか
ボールを投げつけるのか
どっちにしても私にボールが渡ってくるわけですよね。
抽出は私が取った格好になってるし
東映だったら私は
投げられたボールを受け取った格好になってるし
ちょっとその
主体性の違いは
あるんですが
結局のところ形としては同じで
私はボールを持つ人と言うと
同一化をしていくわけですよ。
投げられたボールを持った人になるという意味の
同一化をしていくわけですよ。
例えば私が悪人
悪人はないな、例えば私が
罪悪感を引き取りますってことになったとき
だから罪深いって相手から
東映同一化で
罪深い人になってしまうっても言えるし
私が
罪悪感を盗み取っていく
だから相手はさっき言った
批判されてばっかりいるってやつね。
そうするとその人は
罪悪感を持てなくなる。
だから例えば私が学校の成績で
下手打ったなと思って
反省しようとしているところにガガガって言われると
私はその罪の意識を
母親に投げて
母親を攻撃する。
つまり母親が悪いということにして
私は悪くないんだにする。
これが東映同一化なんですけど
それを逆から見ているわけですよね。
私が悪いを母親が勝手に
盗み取っていって
攻撃するもんだから
私は罪悪感というものを持った
反省の機会が奪われている
という言い方をしているわけですね。
これは面白いなと思ったんですよ。
さっき言ったように
それ分かる分かるっていうことを
私は回避したいって
よく思ってたんですね。
セッション中この問題が問題になることは
実際あるし
私はセッション中のみならず
様々なシーンで
時々これ言われるんですね。
共感が足りないとか
同情心が薄いって言われるんだけど
下手に同情したくない
下手にっていうのが難しいんだけど
頻度の問題もあるし
だから
本当に同情しているかどうかに
僕はすごいうるさくなっていくところも
あるんですよね。
それは心理臨床とか
カウンセリングでは
非常に重大な問題
つまりロジャーズのあれですよ。
共感しろ共感しろみたいな話で
なぜ共感できないんだって言って
すっげーカウンセラーが詰められて
死にたくなるみたいな
そういうお前は共感性が足りないから
カウンセラーには向かないんだみたいな
ひどいですからねああいう時の
正義感があるのか知らないけど
人格攻撃が半端ない
スーパーバイザーみたいな世界ですけれども
共感系調ですから
だからお前聞いているのか
共感しているのかみたいな
それをクライアントさんが責めてくるみたいなケースも
1987、80年代に
6、70年代かな
強くあったらしいんだけど
上から見ているだろうみたいなやつですよね
やられるほうが
たまったもんじゃないじゃないですか
そうでなくても傾聴って簡単じゃないから
お前は傾聴してないみたいなこと言われると
お前の人格がなってないみたいな
そういう話になって
まっしぶらの人格攻撃で
しかもそれは職業上の
不適格問題みたいなのを相まって
しかもだいたいそれをやられる人は
新人さんなんじゃないですか
すごい辛いと思うんですよね
で、もう
下手に同情するということは
結局分かる分かるをやる
ってことになるわけですよね
で、同情が先に来てしまうと
例えば悲しめないとか
つまり、まあ
そうですね、昔ドラえもんで静香ちゃんが
愛犬が死んで
泣いてましたけど
代わりにそこで誰かが泣いちゃったら
自分泣けなくなるじゃないですか
っていうような話なんですよ
下手に同情しまくるという
共感しまくるというのは
すごくこの種の問題を
引き起こすようなと
やっぱりこう
テッションっていうものを通じて
元々僕この問題は
結構敏感なんですよ
つまり勝手に僕が
悲しむのってどうなんだろう
っていうのはやっぱりありまして
勝手に悲しむとか勝手に
共感する
分かってやる分には
いいようなんですけど
今言ったような事情があって
先に悲しまれると泣けなくなるみたいなのって
時々ドラマとか漫画で
やってると思うんですけど
まさにああいう感じのやつなんですよね
抽出取り入れになっちゃうということなんですよ
これを聞いてですね
自分同情して泣いて悪いことしてるって
思わないでほしいんですよ
これはやんないとコミュニケーション
ならないから
さっきも言ったように分かる分かるを
全くやらない人もどうかと思うんですよ
分かってくれない人にしかなれないじゃないですか
それやってても
この辺は
まず分かんないなら
あんまりやらないぐらいな感じだけど
めちゃ分かってほしいっていう
ケースもあるわけですよね
ちょっと分かっただけで分かったって
言ってくれよみたいなそういうこともあるわけですよ
だから一概にこの
抽出取り入れすなわち
問題ですっていう感じ
抽出取り入れは当然こうするところの
反対側に東映同一課があって
僕はやっぱり今思うんですよね
東映同一課こそ
コミュニケーションの基本の一つで
あってだってこれは用事が
繰り返しにある
原始的コミュニケーションの型
っていうことで精神分析では取り扱ってる
わけだからつまり
言葉をうまく操れなくても
この形を使えば人間はコミュニケーションができるんですよ
っていう最近私
その辺の大脳性理学の
ちょっとかじっていて
右脳コミュニケーションっていう感じで
右脳はつまり言語屋じゃないんで
言語を扱えたとしてもすごい素朴なんで
南語みたいなやつですよね
だから
二者関係において東映同一課を
使うということがまさにコミュニケーションになる
ということなので赤ちゃんは泣く
泣かれるのお母さんは不快になる
っていうこの段階でコミュニケートは
ある程度は動いてるわけですから
それが
何を伝えてるとか
言葉にすると非常に原始的で
素朴すぎるっていうのはもちろんそうなんですが
でもそこら中で
これやってるわけじゃないですか結局
不機嫌さを武器にするなみたいなのも
同じで不機嫌な雰囲気を使って
寝床から出てきたら
あれどうしたのとか
またいつも不機嫌だとか
いろいろ思うわけですけど
何にもそれは言葉を使わなくても
開剤されてるものはあるわけですよね
それは
だから例えば不機嫌になられると
私なんかやっちゃうんですけど
抽出取りでしがちなんですよ
不機嫌を引き取って
しまったりするわけですよね
不機嫌じゃなくしちゃうわけですよ
でも私はそれ昔から良いこと
じゃないんじゃないかって思ってたんですよね
なんていうのかなあんまり
納得もされなければ同意もされないんですけど
でも私いつも言うことの一つに
人には不機嫌になる
権利があるっていう言い方を
してるんですけどね
不機嫌になる権利はあると思うんですよ
勝手にその不機嫌さを
子供を操ってやるじゃないですか
なんかキャラメルとかチョコレート使って
ご機嫌にしちゃうって
あれはやっぱり私は侵害なんじゃないかな
とも侵害というか
ある種の権利を
時々はもちろんやるべきだと思うんですね
大人が子供にしてあげる
という意味はいいと思うんだけど
なんかこう
人を不機嫌にしておくっていうのは
ありだろうと思うんですよ
やっぱり不機嫌になってるからには
訳があるわけですから
勝手に人の不機嫌を持っていくなよ
みたいな感じなわけですけれども
そういう事例もですね
ウラサ書いてるんですけど
会議が紛糾してですね
ある人が
もういいとか言ってバタンって
扉を閉めていっちゃうみたいな感じですよね
その人は会議の場のみんなの不機嫌を
一人で勝手に吸収し持ってって
取り残されてたらどうなるかっていうと
あーって感じになるじゃん
自分たちの
あの紛糾していたイライラどっか行っちゃうんですよね
こういう時に
これをウラスが抽出取り入れって
言ってるわけですよ
不投影統一化でやっぱりいけるような気がしちゃうんですけどね
でしかも
でもそれって罪なことではないじゃん
って感じもしなくはないです
しかも非常に
こじつけがましい説明に聞こえなくもないんですよ
ただ日常の
そごかしこで見られるという
現象に
非常に精神力動的な説明を
つけてるという意味では
非常に
使い勝手がいいし
いかにもボラスらしいし
現代という人間関係を
説明する上でも
とても役に立つなと
何ならタスクシュートを
使う上での
感情の動きというものも
これのほうがよっぽど
投影統一化とか意向対象とかいうより
よっぽど説明としては行われてくるなと
つまり洗練されてるなと
いうことは言えると思うんですね
そんなことを考えているので
よろしければ
名古屋にも来てみて
名古屋投影って方はまたオンラインで
聞いてくださったりしていただけると
合わせて
習慣化のための精神力動みたいなのに
私は今
そのコースに入れとは言わないんですけども
でもちょっと
考えてみていただくと
非常にありがたいなというふうに思います
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