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「金魚のことで仕事が手につきません」をわかってもらうための部屋【1346】
2026-04-24 48:26

「金魚のことで仕事が手につきません」をわかってもらうための部屋【1346】

私たちは日々を「満足の連続」で生きてしまう。
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00:06
おはようございます。ライフハック時代の精神分析、第1346回をお送りします。
4月24日、金曜日、7時20分です。早い、早すぎる。
早いのは要するに、うちの娘の都合でして、
さっきちょっと気がついたんですけど、この
スタンドFMにしてからの総再生回数がまもなく1万7千回に達するんですが、
驚いたのがですね、2000以上のいいねをいただいているんですね。
1八分の1がいいねになってるっていう8人に1人。
大変ありがたいことで、面倒くさくて付けないって方は当然いらっしゃると思うし、
別にいいねとかはそもそも付けたことがないって人も当然いらっしゃると思うし、
そもそも付け方を知らんという人もいらっしゃると思うんで、
8分の1以上なんじゃないかと付けた人は本当は付ける気はなかったってケースは多分ないと思うんで、
8人に1人以上述べの回数で思っていただけるというのは、
基本的にでも述べとかじゃないですよね。
相当ケースを取るならば、これ多分8人に1人なんだろうと思うんですよね。
大変ありがとうございます。
8人に1人にいいねいただくのは大変難しいことだと思って、
Xポストなら考えられない数字じゃないですか。
1万回ポストしたら1000回以上いいねをいただくことになるんだけど、
そんなことあり得ないから大変ありがたいなと思いました。
引き続きですね、これはお知らせというか、
名古屋に行きます28日のゴールデンウィークの入り口で名古屋に行って、
29日にはもう自宅に帰るわけですが、
その夜に、なるべくウィニコットに寄せた話をするとともに、
J松崎さんが参戦してくださるというので、
Jさんとの対談を1時間ぐらいやろうと思っています。
なので尋募所でやったのとは全く違います。
尋募所は私1人しかいなかったんで、
Zoeさんがサポートしてくださったんですけど、
基本的にあの場で喋ったのは私なんで、
今度はJさんとの対談というのがありますので、
Jさんにねウィニコットの話を聞かせてあげく、
2人で1人だ、1人で2人だを彼に押し付けるのは申し訳ないなと思うんですけど、
こんなの私の活動範囲の中の話なのに、
こういうことをちょっと感じちゃうんですよね。
iHackの人に別に対象関係論に興味なくても、
それはもう全然しょうがないというか当然じゃないですか。
もちろんこの中に私は少しずつ吹き込んでいこうとは思ってますけど、
吹き込まれる方は別に受け取るか受け取らないかは、
全く持って無効の自由で関係ない話なんで、
03:01
明らかに余計とは言わないまでも押し付け感は出ちゃうんでね。
悪いねって感じなんだけど、
でもあの本の出版記念でして、
Jさんは好意でやってくださるって言うんで、
これはもうやっていただくより他仕方がありませんので、
断るってのは変だしね。
だからそれに断りたいとは全く思わないんで、
なるべくこうiHack側の方にも寄せつつ、
なんていうのかな、
このハイフンとは何なのかというのをですね、
これをお伝えしないことには何も始まらないと思いますんで、
なんとかこのハイフンをですね、
皆様に、
これはね、情報としては、
これを聞いていらっしゃる方はもちろん皆さん分かってらっしゃるに決まってるわけですけど、
これ実感が大事なんですよね。
情報は単純ですよこんなものは。
だって私が最初に、
単純なのは私が母と言ったら、
私の母の顔しか思い浮かびません。
ていうか、
私が母と言いつつ他の人の顔を思い浮かべることは無論できます。
そんなことは簡単だけど、
でも自分の母親の顔を思い浮かべずに、
ていうのは困難です。
つまり私の一部はすでに母という対象とセットになっている。
たったそれだけのことですよ、あのハイフンは。
ただそれだけの意味です。
でもこのハイフンが私の人生を左右してしまう。
で、よしよしは関係ないような気がある。
だから良いことだけっていうこと。
そもそも今私が母の顔が、
母と言えばパッと思い浮かんでしまうあの顔が、
思い浮かぶことによって、
私は人生が良かったのか良くなかったのかって、
それは無理。それは分からない。
だってね、そのことと全く関係ないことが現実には起きちゃいますからね。
私がパッと母の顔を思い浮かべてしまう、
という私がある女性と知り合う、
左右をできないじゃないですか。
その人が母の顔にたまたま似てる、たまたま似ていない。
それをコントロールできる人はいないじゃないですか。
例えばパッと浮かんだ顔が、
と、
そうだなー、でも、
んー、例えば妹と言えばパッと思い浮かぶ顔があるんですよ。
でもそれは今の妹とは、しかも全然似ても似つかないわけですね。
似ても似つかないんですよ。
と、よく似た顔の人と大学で知り合う。
で、惹かれる。
この場合、惹かれるのは妹と似てたのからなのか、
それとも妹に似ていたにも関わらず惹かれたのか、
わかんないんですよそれは。
ただ、似ていることと無関係ってことは多分ない。
ぐらいな感じ。
だから強い影響を与えるが、
しかし、その影響が私の幸不幸を決定するってことはないような気がしますね。
このハイフンの持つ力と、
そのー、なんて言うんですかね、その、
決定論にはいたらないんだが、
06:01
ここすごい誤解されてると思うんですね。
フロイトは三つ子の魂100までだっていう説明をして、
あれは決定論だからいかんみたいな話をする人いるんですけど、
決定論では全くないんですよ。
決定論者が臨床しないですよ。
やっぱり心理臨床、臨床というのは、
医療であれなんであれ、臨床するというのは、
決定論者じゃないからなんですよ。
決定論っていうのは、
まああのー、非常に若かりし頃に流行りがちなんですけども、
例えばですよ、
うちの偽実家の父が、
もうかなり枕も上がらない状態になってるわけですよ。
で、ことここに及べばですね、
非常に遠いわけですよ、住んでるところが。
で、例えばですけれども、
そういうこと言う人もいらっしゃるんですけれども、
子供はかわいそうだからお父さんを
連れてきてあげたらとかって言われるけど、
連れてきたら死んじゃいますよ、はっきり言って。
連れてくる途中で死んでもおかしくない、
亡くなってもおかしくない。
しかも連れてきたら多分死んじゃいますよ。
気候が微妙でも違ったらもう危ななって感じがする。
もうそういう状態ですからね。
そうなる前にって言われるかもしれないけど、
そうなる前はお父様は動きたくなかったんですよ、
あの土地を。
あの土地を動かしたらですね、
多分亡くならないまでもめちゃくちゃ衰弱したと思うんですね。
それがどこに行ったとしてもですよ。
別にリゾート地とかでもダメですよ。
ダメだなってのはもう、
近くで見ればすぐ分かるレベルでダメですよ。
その前から動かせばって言っても、
その前はそもそも自家のご両親とも健在だったわけですよ。
お母様は先に亡くなったんだと。
あの二人がご一緒にいる間は、
あの土地から動きません、絶対。
だって私なんか逆に言われたもん。
こっちに来いと。
いやー、あんなクマが本当に出ちゃうところに、
どんな都会者が行かれないでしょう、
生きていけないですよっていう感じだったけど、
一つボタンが安いぞって。
それは安いんですけどね。
アホみたいに安いんですけど。
だからやっぱりですね、
それやって絶対できないかっていうと、
そんなことはないけれども、
できないんじゃできないんですよね。
で、本気では誰もそう思って悩むんですよ。
行くことも来ることも現実的ではないと。
それよりしょっちゅう行き来すればいいよねっていうことなんだけど、
そもそもしょっちゅう行き来はできなくなってしまう。
そうするとある意味、
うちの奥さんが頻繁にめちゃくちゃ頻繁に行くんだけど、
これがケアですよね。
ちなみに頻繁に行くと何かが変わるのかっていうと、
私は変わると思うけど、
例えば頻繁に行くと寿命が延びるのかっていうと、
そんなことはないですよ。
もはやこうなってくれば、
寿命はもはや完全に医療頼みになっております。
この高度な医療があるから、
まだ生きていらっしゃるっていう状態なんですよ。
しかし、妻が行くことに意味は私はあると思う。
これは何かを決定することはできませんが、
幸不幸に影響はすると思うんですよね。
そして、やっぱり行くような奥さんであってよかったとは私は思うのと、
09:00
お父さんの立場からしても、
親子というものは常に順風満帆なんで、
決していかないことはみんな知っているわけじゃないですか。
ここで知事-娘というこの-は、
この状態になって初めて、
良いものであったんだなっていうことが私にも実感されるんですよ。
これは良いことだと思うんですよね。
しかしそれは、父と娘がすごく良い関係だったかというと、
結構、うちの奥さんは、
お父さんのことを激しく批判していた時期もありましたし、
もう頭を剥げているから、
お前剥げたら離婚するぞとか私言われているぐらい、
なんかよくわからないとばっちりを受けるほど、
お父さんの頭が薄いことと、
私の毛が抜けることに何の関係かって思うほど、
そんなことで怒られまくっていた時代も、
めちゃくちゃ怒られるんですよ、これ。
一本抜けたということだけでもですね。
つまりそれほどその配分には、
悪いこともあったわけですよね。
お父さんは悪い人では全然ないんだけどね。
どちらかというと、お母さんとの関係を反映しているんだけど、
でもこういうことってあるわけじゃないですか。
いくらもですね。いくらもあるんですよね。
だから、というようなことを皆様にお伝えしていきたいと。
こういうこの配分は皆あるじゃないですか。
若くして亡くなったとしてもあるじゃないですか。
この配分は仕事にも必ず多大な影響を与えているはずだというのが、
ライフハック時代の精神分析と、
私が銘打って頑張ろうとしているものでもあるし、
精神分析的ビジネスコンサルといって、
私が一生懸命になっていることでもあるわけですね。
だから3ヶ月チャレンジお願いしますってことでもあるし、
だから週刊課コースもついでにお願いねってことでもあります。
それにしても高いよって言われると思うんだけれども、
ただ安いやつで週刊課ということが本当にできるのかどうかというのも、
考える価値があると思うんですよね。
その辺のことを考えながら、
今朝がタスクシュート。めちゃくちゃ朝早かったんで今日は。
タスクシュートべったりだった。眠いんで。
タスクシュートべったりでパッといろんなことを考えたんですけれども、
眠い頭って面白いですよね。考えつくことがあるんですよ。
タスクシュートは今さらではありますが、問題に入ってますね。
コンテナーだなと思うんですね。
タスクシュートはコンテナーであるとすると、
タスクはもちろんコンテインドです。
大事なことは常にそうなんですけど、
心理臨床の世界では既定欠損がそうであるように、
既定欠損がまさにそうであるように、
母親という言葉がそうであるようにですね、
その理想的なファンクションを機能しているという話で読んでも、
あんまり意味ないんですよね。
それはまるで世の中には空気がありますって言ってるのと変わらない。
なくなったらどうなるかっていうことの方を考えるためにこそ、
ある概念なんですね。
アルファ機能は大事なんですけど、
12:01
より大事なのがアルファ機能が機能しないときなんですよ。
つまりベータ要素排出になってくるわけですけど、
コンテイナーは大事です。確かに大事です。
だからこそコンテイナーが機能不全になったとき、
あるいはコンテイナーからあふれ出てしまっているとき、
ここがもっと大事なわけです。
という文脈で見ると非常に面白いことが見えてくると思うんですよ。
タスクシュートがコンテイナーである。
それはどうでもいいようなことぐらいつまんないことなんですよ。
入れ物でありますと。
入っているものはタスクでありますと。
それはいい。
でもそれは空気がありますというのと変わらない。
大事なのはそのコンテイナーからタスクがあふれ出てしまったときじゃないですか。
私がここで大事なのが、
このタスクが外に置いていかれてしまったとき。
これを先送りというんでしょう。
つまり1日という容器の中の外に置かれてしまっている。
そしてそのタスクは未実行である。
精神分析の用語でいうと未法和ってことになるんですね。
未法和である。不満が残ったってことですね。
満たされていないものが残りました。
それを翌日という容器に移すときコンテインされるわけじゃないですか。
最低でも。
つまり容器に抱えられるという。
容器に抱えるだけではダメです。
理想を言えば抱えた上で子どもが生まれる。
つまり何かが生産される必要があります。
コンテナーがタスクシュート。
コンテインドがタスク。
そしてタスクを実行することで
現実に仕事の生産というブレインチャイルドが生まれるわけですよ。
ブレインベイビーでもいいですよ。
これが大事なわけ。
なんですが少なくとも抱えられないよりは、
つまりむき出しのタスクがそこにポンと置かれてしまっているよりは
タスクシュートの明日のリストというところに
乗っかっていけばコンテインドされるわけですよ。
これが大事なわけです。
これが意外と一般的なタスク管理の考え方にはないなと思ったんですよ。
確かに一般的なタスク管理の中でも
タスク管理ツールの中にタスクが入っていくんだけど
あれはまるであたかもですね
むき出しになっているタスク群に
名前とかラベルとかプロジェクトとか
コンテナなんですよね。
唯一のフォルダみたいなものですね。
その中に入っていると。
収まって安心してしまって
収まった以上のことが非常に動かしにくいものになりやすいんですよ。
私の考えでは。
一般的なタスク管理ツールというのは。
なぜならば我々は結局架空のコンテナなんで
当然そうですよね。
フォルダなんでいくらでも作れるし
基本的には架空のコンテナなんですよ。
現実との接触点が非常に少ないので
これが現実と接触しているんだぞということを
絶え間なくユーザーが意識しない限り
あのコンテナはただ入ってますってことになりやすいんですよね。
15:02
我々が昔からエヴァノートだのデジタルノートだのね
何かのフォルダの中に情報を突っ込むと
なんとなく安心しちゃう。
もっと言うと物理的なものでさえそうで
キャビネットとかファイルとかファイリングとか
引き出しとかに紙を入れると
整理されたような気がして
その紙のことは忘れるじゃないですか。
非常にしばしばすることが起きるじゃないですか。
これを何とかしようということを
昔からみんなで言ってるんだけど
なかなか何ともならないのは
空間は静的にスタティックにそこに留まってるけど
時間はどんどん動いていくから
我々の状況はどんどん変わっていくんで
コンテナは動いていかないと始まらないわけですよね。
だからコンテナが1日という
1日というコンテナに入れるというのが
タスクシュートなんだけど
このDailyってやつですが
1日というコンテナに移していくっていう作業が
絶対いるんですよ。
その時にこの移し損ねるという問題をどうするかっていうのが
1つのタスクシュートの課題になってくるし
それがそのユーザーの課題にもなってくるわけですよね。
移し損ねるコンテイントが
中身があるわけですよ。
移し損ねないように頑張らなきゃいけないってことであって
必ずしも全部実行して何かを生産すれば
それでよしってことにはならないわけですよ。
やっぱり生産するには時間がかかりますし
そのかかった時間について測っていくってことによって
生産しきれないものまでそこで抱えないようにしようね
っていうことを言えるわけですよね。
私ここでタスクシュートの話を延々述べるつもりはないんで
これは何を言いたいかということだけを
言っていきたいんですけど
先送りというのはいいことだってことなんですよまず。
なぜならそれは移し変えてるからなんですよ。
置いて行きっぱなしにしてないからという。
コンテイナーが変わっていくのに毎日毎日コンテイナーは
毎日毎日動いてるのに
少なくともフォーカスに当たってるコンテイナーは動いてるのに
そこに入ってこないのに見放はっていうか
不満足なままの中身を置いてけぼりにしてはいけないわけですよね。
だからそれをやらないようになってるだけでも
タスクシュートというのは大したツールなんだっていうことを
まずとりあえず理事団で教会の行っておきたいということですが
もっとこの話は先へ当然行きます。
結局その置いていくというか不満足なものというものは
実際には私たちの日々の中で絶対に発生しますよね。
だって全ての義務なりアクションなりを
絶対全部やっていくってことは不可能なわけですよ。
しかもそれをやることがいいことかどうかも
大いに疑わしいわけですよ。でも実際には不可能なんです。
やろうとしていることのほうが
実際にやれることより多くなるのは当然なんで
少なくなるっていうのは大体おかしいわけですよ。
そうはならない。
18:00
暇を持て余すような人がタスクシュートを使いたいと思わないと思うんで。
私たちはそうでなくてもこれをやりがちなんですよね。
仮染めの満足とか
飽和してしまうことみたいな
これはビオン的なんですけど
ビオンの用語に近いんですが
全体が満足はしていないのに
部分的に満足して納得してしまうみたいな
そういうニュアンスがあります。
もうちょっと別の言葉を使うと
最近私が若干凝り始めていて
あんまり振りかざさないようにしたいんですけど
左脳の満足で右脳の満足を無視すると言いたいわけ
右脳の不満を無視するとも言いたいわけですよ。
規定欠損というのは
これは宿命的に私たちは生まれながらにして抱えているんだと
出生外症にやや近い考えなんだけど
とにかくですね
例えば新生児に聞いてみてほしいわけですよ。
生まれてきたタイミング大丈夫だったかなっていうやつですよ。
ちょっと早すぎたのではないか。
みんな泣いてますからね。
泣いてないのは大きな問題なんだけど
泣いてますからね。
あのおごおごえで泣いている不満は
果たして満たされたんだろうかと
なんかこう抱っこしたり布にくるまってよしよしやりますが
本当に良かったのかと
よしよし言ってるけど
いやいやまだ不満残ってるし
だけどもなんか生み出されちゃったからそっちに付き合うよってこと
こんなにさばけたかしらはいませんが
っていうことをやったんじゃないかと
日を跨いでしまったからもう忘れちゃったんじゃないかと
忘れてはいないんですよ結局
覚えてるんですよ
一つのこれはだから出生外症ってんですよ
出生そのものが外症ではないかと
だってそんなこと言ったら
人類全員外症になるじゃないですかってのが
まさに僕は既定欠損という考え方だと思うんですよね
既定欠損という考え方には
そもそもの第一日目いやもうゼロ日目から
我々はトラウマを抱え
それは結局のところ癒されぬ傷となったまま
一生を終えるのではないのかっていう話なんですよ
これにウィニコットは相当近いことを
アイソレーションって言葉で言ってるような気がするんですね
孤立ですね
ちなみにウィニコットがアイソレーションって言って
彼は逆説的な人ですからね
アイソレーションはいい意味で使ってますからね
彼はね
彼は孤独と孤立を使い分けて
しかも孤立はいいっていうことに
この孤立はいいは何を言ってるかというと
人間の究極の秘密は他者に計り知れることは一生ないんだ
つまり人は真の意味で孤独なんだっていうか
何て言うんだろう孤立なんだってことなんですね
孤立に独立を見てるわけですよ
でこれを言うっていうのは実は
しかもそんな重要なタイアムとして概念として
ここを置くってことは
21:01
非常に彼は挑戦的な人だってことなんですよ
これはある意味フロイト以来の精神分析なり
人生相談なり心理臨床なりへの
強烈なアンチテーゼでもあるわけですね
だって知ろう知ろうとするじゃないですか
その時何があったんでしょう
あなたは何が感じられたんでしょう
こなれてくればくるほどこういうものに対して
慎重になり直接的でない質問をし
探るというのも気づかれないように
マイルドにそれこそフロイトが言うところの
相手の無意識にこちらの無意識を
受話器を無意識として差し出すとか
そういうことを言うわけですよ
本人たちはやりとりの中では
それは浮かび上がってこないが
この無言劇の中で相手の真の事情を
知っていくんだみたいな
ビオンがKだのOだの言いますけれども
そういうふうにやるんだって言うんだけど
そういうふうにやったって結局知るってことは
知るってことじゃないですか
相手の真相を知っていく
そうしないとどうしようもないからですよね
相手の方のエピソードが他人事である限り
問題解決に真に向かっているとは言えないわけだから
あるいは共感なり共鳴なり寄り添いなり
全部同じですが
真に向かっているとは言えないわけだから
しかしエニコットが言うわけですよ
アイゾレーションなんであると
私は既定欠損なんであるって
これをもみかえているわけですけど
その傷は究極的には
本人だけが知っているものであるって
言ってるわけですよ
暴かれたくはないものだし
そもそも暴き立てることは許されないものだ
ぐらいのニュアンスがあるわけですよね
そこにはね
これ私と一緒になった時
非常に考え込んだ記憶があるんですよね
だって心理現象って
それを認めてないものじゃないですか
っていうところが
これをウィニコットが言うってのは
どういうことなんだよっていう感じですよね
やっぱり対象関係論もそうですけど
二者心理 二者心理と
それは当然なんですよね
カカハイフンコなわけですよ
このハイフンが大事なんですよね
でもアイゾレーションって
ハイフンが切れてるってことを
究極的には言ってるわけで
ここはやっぱり非常に
しかもそれを明らかに見ることは
いい意味で使ってますから
普通アイゾレーションって
悪い意味で使いますから
孤立ですからね
でも孤立がなければ独立はないだろうと
あるいは秘密
ユンがこれを秘密って言ってるな
って感じがしたんですよね
秘密っていうのはどこかまだ
ユンの方が実装に近い気もするんですけど
秘密って言うと
社会性が感じられますよね
あえて秘密にしているが
社会は意識されてる
孤立って言うと
もはやそんなものは
感じられなくなりますよね
この差は
ウィニコットの方がリアリストかな
人間はもっと究極的には
厳しいところがあるのかもしれないですね
ティーズ・エリオットっていう人の
詩を思い出すんですよね
そういうエピソード
一節があったんですよ
我々はお互いの牢獄の中で
鍵のことを思い浮かべている
24:01
っていう表現をするんですよね
これはね
エリオットらしく非常にこう
なんて言うんだろうな
絶望感の漂ってる詩なんで
でもここに絶望感を漂わせていない
ウィニコットの方が
ある意味ことの真相に迫ってるかな
って感じがしなくもないんですよね
アイソレーションっていう人の方が
ストイックなものを感じます
牢獄の中で鍵を打って言ってる人は
絶望を謳ってるようでいて
どこかこうセンチメンタルなもの
すいません
今ゴミを出してきたんで
話が飛んでるかもしれないんですけど
そういう詩があったと思うんですよね
で 孤立っていうことは
結局僕はそれは
外省ってこととの兼ね合いで
考えるものだと思うので
それはある意味では
満たされることがないんだっていう
それをすごい簡単な話にしていくと
っていうか見えやすくするために
さっきのようにタスク主導の話を
出したわけです
タスク主導の中で
実行されないまま何日も何日も先送り
そのコンテナこそ
ちゃんと移し替えは起きているものの
結局それは何かが満足されないまま
ただただ一緒に
抱えていかれるわけじゃないですか
大事なのは
大事かどうか分かりませんが
三カ月チャレンジでは
実行されているタスク群のことは
良いという風に考えるわけですよ
それはアルファ要素になっているんだから
夢見られているんだから
それでいいじゃないですかと
問題なのは
ベータ要素のままのやつの方ですよ
いつまで経っても不満足なままの
引っかかっている
だって消しちゃえばいいわけじゃないですか
極端に言うと
消せないからそこにあるわけでして
それこそがやっぱり
言うならば
タスク主導上のベータ要素なわけですよね
これこそが私たちが
アイソレートしている理由なわけですよ
他の人に言わせれば
さっさと実行すればいいとか
なんなら私が代わりにやってあげよう
それがオグデンが出している
それによってパニックを
ユーザーさんが起こしちゃうという
他人が人のタスクリストに
手を突っ込んできて
実行していくということは
やっぱりまずいわけですよ
非常に
それこそその人の独立性を
脅かすわけじゃないですか
代わりにタスク実行してくれると
ありがたいというふうに思うケースも
もちろんそれは
実務上においてはあるでしょうけど
やっぱりタスクリストというものは
極めてパーソナルなものであって
ここに手を突っ込まれてしまっては
やっぱりその人の
たとえそれがいい結果に終わるにしても
それはいい結果じゃないんだけど
独立性は保たれないわけですよね
だからアイソレートというのは
27:01
独立性と深い関係があるわけですよ
この未償化の問題を
消化するためには
やっぱり本人がやるしかないんだが
しかし本人にはどうしても手が付けられないから
ずっと先送られてるわけですよね
だからこそこれをどうにかするというところに
いわゆる専門の相談者と
いわゆる私のようなものではない
正規の臨床家というものが
登場するわけですよ
私はそこに非正規のものとして
登場しているわけですけどね
そのこと自体が
すでにベータ要素みたいな話ですよね
それは良いとして
良くはないけど良いとして
この話を考えた時に僕は
いつまでたっても未償化のもの
最近読んだ例では
臨床例とは全てそういうものを
含んでるわけだけど
最近読んだ中でやっぱり藤山直樹さんの
金魚の臨床ビネットが
ダントツだったなって思うんですよね
あれは心に残る
どういう話かというと
非常に買いつまんじゃいますけれども
引き出し開けたりしても
なんだっけブランドもののバッグの中に
入ってるはずのチケットがなくて
色々探すんだけど見つからないと
引き出しとかを
開けまくっているんだけど見つからないんで
子供が楽しみにしていたのに
しょうがないなということで
なんとなく出かけていくと
なんか友達かなんかに出会わして
金魚入りのジュースを飲んでるわけです
これが金魚
金魚入りのジュースが飲んでる友達を見て
あまりに気持ち悪くなって家に帰って
ふと引き出しを見ると
さっき探していたチケットが見つかって
良かったっていう
そして子供もみんな喜んだっていう話
これを
その夢を
夢を語ってくれている
クライアントさんが
こういう風にして色々探していて
ふとなんか
見つかるってことがあって
そういうものとして
精神分析が役に立っていて
自分はいい方向に住んでいて
満足していますみたいなことを
言うんだけど
藤山さんは全然それに納得できる気がしないと
なんかこの
いい話を聞かされて
なんとなく満足している
いい話を聞かされている
自分としては例えば
ブランド物のバッグの中に
引き出しをチケット探すんだけど
見つからなくて自力で見つけた
ということの中には
高級な精神分析というものは
必要自分はなくて
要するに藤山さんが排除されているような
感覚をまず覚えるわけですよね
という解釈もできたんだけど
これも全然
なんかピンとこないと
何よりも
金魚の丸の実が
気持ち悪すぎるということで
藤山さんの心の中は
金魚の気持ち悪さ
ベータ要素ですね
いっぱいになっちゃった
ところがクライアントさんの方は
気持ち悪いから家に帰った
1エピソードのきっかけぐらいにしか
思ってなくて
30:00
ここのところが
妙にうまいことっていうのかな
なかったことにされてるよね
っていうのがそれもまた非常に気になると
いい話としてまとめられている
これがつまり
1日の中で大事なタスクを
一行にしてないのに
90個もの
本当に心を満たさない
タスクの実行によって
仮初めの満足をなんとなく
得る毎日を送っているという
行き詰まりに至る道の
一種なんですよ
そこまで言うと今度は中立性の問題が
出てくるんで問題がありますが
でもやっぱりそういうことなんですよね
これを直感的に納得するしか
ないんですよ
その未実行になってる金魚は
あるとしたって
別にその人の人生は
それでやってこれてるわけじゃないですか
やってこれないからセシム税金受けてるわけだけど
結局金魚は問題なんですが
その金魚は
なんで問題なのかっていうこと
そしてその金魚に
迂闊に触れないわけですよ
迂闊に触ることによって
探していたチケットが見つかるということによって
なんとか日々が進んでいる
日々というのはむしろ
探してるチケットを見つけるということの
連続性によって成り立ってるわけですよね
それはそれなりの
問題として現れる子供も喜ぶ
それでいいわけですよ
だけどこの連続性の中には
組み込めない不連続なものがあるわけです
その人の心の中には
金魚という形で
丸呑みにできない金魚を丸呑みに
しているというものを見せつけられたときに
直面化していく
しまうというような
外相体験としての何かがあったわけですよ
ただそれは
日常の中ではチケットを
見つけていくという日常の中では
必ずしもその問題を
解決しなくても日常生活は
遅れるし重大な問題
なんだけれども無視することもできる
という非常に奇妙な
それが心的現実の外相
ってことになるんでしょうけど
他の人に言わせるとそれは
いや丸呑みにしときなよっていう話なんだけど
本人はとてもじゃないけど
それが呑めないという
なんとなく不思議なものですよねそれはね
現実の
日常生活を真の意味では
脅かさないにも関わらず
違う言い方をすると日常は
それによって差し支えはないにも関わらず
それがあるために
心が一向に作動しなくなっていき
行き詰まってしまうような
問題ですよそういう問題を抱えている
人が例えばウィニコット
じゃないですけども部屋に引きこもったり
するとあの人はなんか社会
適応ができていないとかこれほど
恵まれた環境にありながら
なんであんなに甘えているんだろうとか
何かこうトンチンカンな批判を
されてしまうわけですよせめて
そのようなトンチンカンな批判を
されないために私はビジネス
コンサルの名のもとに3ヶ月チャレンジ
をやってるわけですよこれはビジネス
を進めるんですよという手を
取っておいてその種の
問題に
関わっていられるっていう
状態をなんとか
維持したいわけですねこれ
33:00
常に維持できると限らないですよ
果たしてそうやってずっとやっていて
実際に3ヶ月チャレンジは
そういう批判に
かなり身近な人から晒される
っていうケースを抱えてしまうん
ですよそこをなんとか
廃していきたいっていうのもあるんですけれども
例えば
身内
すぐ近くにいる父親が
その3ヶ月チャレンジなんかやってないで
そういう風に
心の中に問題があるならそれこそ正規の
ところに行ったらいいじゃないかみたいな
そういう話には限りなく
身近な話が出てきます実際に出てきます
全くそう
見えるはずなんですよだって私
野の医者だしもうこうなってくると
ですねこの金魚の例は
実にいい例だなって思ったんですけれども
チケット探すんだったら
チケット探せばいいじゃないかと
金魚飲んだ
友達の話はどうでもいいじゃないかと
そういうような問題なんですよ
そういうような問題こそが
まさにタスクシュートにおいても
先送りされていく問題になってるわけ
なんですよだって先送りしても
毎日が回っていくということは
先送りしても何ら問題ないわけじゃないですか
出生外傷ってのはまさにそういう
感じがしますよね
生まれるとき赤ちゃんは辛かったです
大泣きしましたでもそういうもんでしょう
そのことを心を癒すまで
人生始められませんっていう人を
基本的にはあまり
よしよしでスルーされていくじゃないですか
よしよしでスルーしても
いいことだとされてるじゃないですか
ここを別にね
専門家でもなんでもない人間が
私はよしよし専門家ですみたいな
人間が登場して
私によしよしさせてください
泣き止むまでとか言っても
お前なんだよってことになるじゃないですか
それが私の立場ですよ
この私の立場からすると
やっぱりハリボテでも
何でも権威づけしておくってのは
一定の重要性があって
それが6月27日にやる
山崎孝明さんとのセミナー
向こうにとってはいい迷惑かもしれないからだけど
こういうことになってるんですよ
私の活動というものは全て
何度かこうハリボテを
貼っておかないとですね
すぐにその
よしよし専門家になってしまって
要するにお前邪魔だってことになるわけですよね
一方が違うと
あんたみたいなのがいるから
その人はなかなか
社会的をできてないのではないかって言われても
あまり反論綺麗にはできないわけですよ
その綺麗に反論するために
例えばウェブサイトを綺麗にしておくとか
そこに特定商取引に
関するうんたらかんたらとかを書いておいて
何か最もらしくしておくということが
苦に大事だったりするわけですよ
その辺の答え
それこそ山崎孝明さんが書かれてます
最もらしい風に
あまりそこをね
アイロニカルに言うのも
どうかとは思うんですけどね
でこの金魚の話は
さらに
なんていうのかな
重要なのは
結局のところこの金魚の問題は
精神分析家である山崎孝明さんに
36:00
押し付けられたんだと
だからその人は
金魚について考えることはしないんだと
それについての
定義解釈も
藤山さんは控えてるんですね
ここがやっぱりポイントですよね
普通に考えれば定義解釈
定義素材は大量に出てきてるわけだから
するところですよね
チケットとは何なのか
ブランド物のバッグとは何なのか
いくらでもできますよね
夢だし
でも藤山さんが本当か嘘か
本当だと一応しておきましょう
言ったことはただ一つ
どうも金魚が腑に落ちない
でもこれは
やっぱりさすがだなって思うんですね
そうなんだろうなって感じがします
でクライアントさんは
金魚について自分が考えないといけないのかなって
思ってくれたら
恩の字ですね
そういうふうに思ってくれたようで
金魚についての
連想が広がっていき
そこで初めて明らかになるのが
その
金魚の
弔いというのかな
禁じられた遊びみたいな
金魚さんのお墓を作ったという
記憶が蘇ってきて
それは何の時だったかというと
妹さんが生まれるとき
3歳か2歳の
いや4歳ぐらいかな男の子に
3歳ぐらいだと思いますね男の子にとっては
妹という
得体の知れないものが生まれて
自分は家から
追い出されるのかもしれないという
絶望にとらわれた
ということはその妹が
死んじゃえばいいのにと思った
というような話ですよね
でたまたまその時金魚が死んだ
にもかかわらず
ちゃんとそれのお墓を
やったりしてくれた人がいなくて
それはなんかこうなんとなく
強引に庭のその辺に埋めときなさい
みたいなノリになってしまっていて
要は相手にされなかったというような
話ですよね
でこれが引っかかるがゆえに
その人が仕事がですね
妙にうまくいかないとか
なんか急かされている感じ
この話ビジネスの話に
接触してるんですよ最初から
なんか急かされてる感じがする
それは金魚さんの弔いが急かされていた
ってことなんだけど
その急かされている感じがあるがゆえに
自分は落ち着いて仕事が全くできない
っていう話からそもそも
精神分析行き始めてるんですよ
だから私は自分の仕事と
これがいかにオーバーラップしているかは
言いたくないんですよ極力ね
私は治療じゃないって言ってるから
ここに私の立場のグレーで
ややこしいところがあるわけです
私は急かされている方を中心に見ていき
いずれ金魚にぶつかった時には
なんとかその枠組みのまま
切り抜けていかなければいけないんですよね
社会的には
もちろんプライベートの
2社員だけの話に
入っていった時には
もはや藤山直樹さんがやっていることと
私がやっていることに
見分けがつかないと言えば
怒られるでしょう
でも見分けがつくと言い切れるのかというと
難しいところもないわけじゃないわけです
っていうところを渡っていかなければ
39:01
もはやこの仕事は
完遂できないなっていう
全うできるものではないなっていう
感じもしているわけですね
だからなんとかしなければいけないと思うわけですよ
やっている以上は
しかし治療でないことは常に
言い続けておこうっていうのも
さっきの張りボテを張っておかなければ
何事も
成立しなくなってしまうと
そういう
事情があるわけですね
でも苦しいのはみんな同じですよ
この金魚だって
ずっとスルーされてきても
極端に言うと
いやいやそんな妹が生まれる時に
お兄ちゃんが
絶望感に浸るのは子供の時にはよくあることだよ
以上
つまりよしよしで踏まされてしまっているわけじゃないですか
だからこそその人の
心の中にあったこの非常に
生々しくおよそ
グロテスクとしか言いようのないような
このβ要素が
ずっと不満なまま
放置されてきているわけですよ
しかし我々は
そもそも既定欠損を抱え
ガチな生き物であって
そういうものをゼロにするっていうのは
無理な相談に近く
そこをやっぱり
見ていくということを
どっかでしなきゃならない
というそういうふうに今の
展開は聞こえなかったかもしれないけど
やっぱこれどっかで誰かがやらなきゃいけない
と思うんですよね
自分一人ではこれを
完全な形で
解消はできないと
アイソレートは大事だけれども
でもやっぱり藤山直樹さんに
押し付けなければいけないというところが
あったわけですよね
でも押し付けられた藤山さんは
直ちにそれを消化するっていうことが
いいわけでもそういう能力が
あるってわけでも
日勤業の話はそれを聞いただけじゃよくわかんないのは
確かですからね
ただ飲み込めないっていうか
それを押し付けられても自分も困る
っていう感じは偉大だと
んで
展開が始まっていくわけですよね
結局
このβ要素というものは
私たちの日常に埋もれてるわけです
いつまで経っても
処理されない
未完了のタスクっていうものが
なぜか抱えている
いつまで経っても処理されないものは
消せばいいわけですよ
でもこの勤業は消せないわけですよ
消せるぐらいなら
何も悩まないわけですよね
消せないわけです
抱えていたと
抱えたその日は生々しかったと思いますよ
無意識とか
記憶の彼方とかじゃないじゃないですか
もっとこう
ちゃんとこれについて何とかしなければいけないと
その男の子は
思ったんでしょうけれども
でも結局のところ勤業は
適当に葬られ
でも葬られなくなかったわけでもないし
みたいなそういう中で妹さんも
やってくるし
遊んでみると意外と楽しいしということで
チケットが見つかってよかったねという格好で
ある種のことは置き去りにされていくわけです
でも
それが
何十年か経て
再生してくるそれぐらいやっぱり忘れ去ることも
42:02
できないものなわけでもありますよね
その時に
それをピックアップできるという専門家は
やっぱり
よっぽど付き合いだけは
良くないとっていうのがまずありますよね
いやいや
それはまあそういうことも人生にありますよね
いや全然ダメだし
まあその
そういう時に例えばそういう時に
男の子は罪悪感を持ったかもしれないけど
罪悪感は
もう今となっては
もちろんそれは事実そうですけど
今となってはその罪悪感は
持ってなくてもいいんですと
それに近いことを
藤山さんは案に言っている
っていう表現は取るんですよね
例えばお母さんは
昔せかしたと
きどくせかしたとあなたは感じているようです
これは非常に
高度なテクニックだなと思うんだけど
案に今私はせかしてません
って言ってるわけですよね
つまり私はあなたの
心の母子関係の外にいます
これはミニコットですけど
でもこういうことって
非常に
解説されてみないと分かんないぐらいの
話だしやれと言われて
周りの人間にできるかというと
これはケアなんですけれども
極めて高度な感じがします
果たしてそんな風にいくだろうかと
そう言っとけば相手が
それに勘付くだろうかみたいな話も
当然ありますし
だって私これ言われても勘付ける気がしない
だからこれが
UNOには刺さってくるのか
それでも刺さってこないのかは
これはもう神のみぞ知るべき世界だなって感じもするんですよね
魅惑は
っていうのはまさに響きますよね
満足を
与えてくれないといいますか
チケットが見つかるような訳にはいかないわけですよね
探してるチケットが見つかったっていうことは
誰を見ても飽和してるじゃないですか
満足されている
この満たされているっていうのがクセモノだってことですよ
私たちはこうやって満たして
満たして生きていくことを
するしかないんですが
だから未飽和のものを
見失っていくわけでもあるんですよ
昔に比べて私はこの
見失っていく
自分の不満を見失っていくんだ
ということをすごく
やっぱり気にかけるようになったなと
昔のことを
悩んでいても仕方がないっていうのは
自己啓発のお箱じゃないですか
そしてそれは事実ですよね
松木さんも何かの本の冒頭でそれを書いています
昔のことを思い悩んでいても
仕方がないし
ポジティブに考えて前向きに
人生進めていくしかないし
これらは全て自明のことなんだと
つまりそこに並んでいることは
松木さんも絶対に彼は
やったことがあることなんですよ
そういうものを一定の自信にしたことは
おそらく相当若い時でしょうけど
あるんですよ
だって彼は高校受験の時に
自分は維新になる以外の
人生の道はなくて
彼は大変恵まれていて
優秀だったには間違いない
人なんですけれども
何か講演かなんかで何かを見ていて
45:01
この維新の道が
閉ざされたら自分は死ぬっていう
自殺するっていうね
ことをごく自明のことと
考えていたっていうふうに書いてるんで
だから恵まれているっていうのは
実に恐ろしいことだなって思うんですよね
彼がそういう
前向き自己啓発みたいなのを
信じてるようには
何を読んでも読めないですけど
松木邦洋さんがですね
でも間違いなくそういうのを
頼りにやっていっていた時代が
相当長く相当真剣に
やったことは間違いないですよね
損しないとできないじゃないですか
そんなこと絶対に死になる
なんていうこと
医者以外になることは絶対ないみたいな
これは大変良くないことですが
と彼もさらっと書くんですけれども
でも大変良くなかろうが良かろうが
他に何にも考えないように
ある意味
方向づけられていればですね
そうしちゃうんですよ人は
特に子供のうちはですよね
だから私も
どんなに
態度の上では絶対
わからないですよ
松木さんのような方の家の
親御さんであれば
医師になろうとならないと
それはあなたの自由だみたいなことを
絶対僕は言ってた気がするんですよね
で周りの人も
実に理解があって
だからこそ
その人はそれ以外の道というものを
選ぶことがどれほど罪深いか
って思うようになっちゃうと思うんですよ
万全に敷かれてる道が
さあどうぞここですってなって
違う道行くって難しいじゃないですか
子供にとっては
めちゃくちゃ強圧的で
めちゃくちゃ物分かりが悪くて
めちゃくちゃ理不尽であれば
それに逆らいたいという気持ちも
自然に浮かんでくるでしょうけど
一切そういうことがないんだったら
それに逆らうという発想それ自体が
すごく窓外れなものだと
思われてきますよね
もしこれで自分が医者になれないなら
自分はよっぽどろくでもない人間なんだって
考えるでしょう
でも生きているには
値しないようなって考えるでしょう
私はつくづくそこまで恵まれてなくて
よかったなとある意味
思わなくはないんですよね
難しいですよね
だからといって
お母ちゃんが
飲んだくれていて
お父ちゃんはシナばっかり吸ってて
牧草とか振り回すほうがいいかっていうと
そんなことは全然ないんで
そうじゃなくてよかったなとも思うんですけど
そうするとどうだったらよかったのかっていうと
結局自分の親は
自分の親でよかったってことになるのか
っていうことを考えると
しかしだとしても
例えば私は40年もアトピーじゃなかった
ほうがいいような気がするしとか
考えていくとつまり
さっきの自己啓発みたいになっていくわけですよ
過去のことを思い悩んでも
仕方がないし
未来に向かって前向きに進んでいくべきだし
変えられないものは
変えられないんだし
他人の心も変えられないんだし
そういうふうに
牧草の冒頭に書いて
これらは自明のことであると
でもこのことができない
なんならこのうちの一つもできないということが
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実際には起きるんだということですよね
これがつまり
金魚なんですよね
金魚のことについて考えて
金魚のことが
あったから仕事が手につかなくなりました
と言っても
誰も分かってはくれない
でも分かってくれる人が
藤山の機関の訳です
48:26

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