精神分析的心理療法の体験
おはようございます。人生相談のための精神分析的ラジオ第1173回をお送りします。
前回に続きましてですね、ゲストに荒井さんをお招きしております。荒井さん、よろしくお願いします。
はい、荒井です。よろしくお願いします。
はい、で、前回一つ案が得られたので、なんていうんですかね、
精神分析的心理療法をどう受ければいいか、なんかこう不思議な感じだけど、考えることは考えるとして、趣旨はそういうことですよね、でもね。
そうですね、あの、なんか表の趣旨としてはどう受ければいいかっていうことなんですけど、でも多分どう受けたらいいとかないじゃないですか。
一切ない。ないほうがいいぐらいな。
だからなんかそれが伝わったらいいなっていう。
なるほどね、はい。まあね、あの多分経験もなければ周りに受けてる人もほぼいないので、そもそもどうすればいいんだみたいなのすらあるんじゃないかと思うんですよね。
僕昔あの美容院に行くときそういうことですげー困ったんで、一体美容院ってどうやったらいい、どうやって行ったらいいんだろうということで、半年ぐらい悩んでましたからね。
そうですよね。
その日じゃないと思うんですよね、これはね。
そうですよね、あとそのどうやって見つけるのかみたいなのもあります。
あります、でもそれ答えあるのかなっていうのもちょっとあるんですけどね。
新井さんどうやって見つけられたんです?
僕はですね、精神分析的心理療法、スペース、駅名で検索しましたね。
そもそもどうして精神分析的心理療法なんて言葉をご存知だったんですか?
えっと、まずですね、藤山直樹さんの精神分析集中講義を読んだんですよ。
なるほど、なるほど。
佐々木さんがですね、ポッドキャストの中で藤山直樹さんが本の中で、精神分析は寿司みたいなもんで食べないとわからないって言ってて、でもなーみたいなことをおっしゃってて、何その話って思って本を読むことにしたんですよ。
なるほど、なるほど。
で、そしたら本当に食べてみないとわからないのよみたいなのをいっぱい書いてあって、その時にですね、僕は妻の買い物のつき添いでバーガーキングにいたんですけど、なんか謎の勢いみたいなのを発揮してしまって。
なるほど。
だから、いやもうこれは受けようって思い立ってから申し込むまで2時間は経ってないですね。
すげー。
なんかこう不思議な影響を発揮している自分が不思議だなぁと思いましたね。
ちょっとね、このような本があるんで、これ画面を出しても見られない人には申し訳ないんですけども、こういう本があるんですよ、本の中には。
はいはい、週1回精神分析的サイコセラピー。
アトピーの影響
山崎さん編集、高野明さんって方も編集なんですけど、これ僕読んでなんつうんですかね。
山崎さんという方には僕は、なんか本当に変な意味、変な意味ではないと思うんですけど、お世話になっていて。
彼のやっぱり精神分析の歩き方と、精神分析の歩き方ですよね、がなければ、たぶん三ヶ月チャレンジはなかったと思うんですよね。
で、山崎さんの、これ山崎さんから言わせると、なぜだってことになるかもなんですけど。
僕もだってます。
あれがなければ、たぶん僕は松木さんの本の理解が今ほどは全然進んでなかったと思うんですよね。
で、松木さんの本を理解するのに何かそんなに役に立つこと書いてあるかというと、そんなことは何もないんですけど、でも間違いなくすごいでかいんですよね。
で、松木さんの本がなければ僕はまだアトピーになるんじゃないか的問題で苦しんでるはずなんですよ。
だから山崎さんは僕のアトピーにはすごく大影響を与えてる。
僕の中ではなってる。
恩人なんですね。
恩人だ、そういう意味で。
まあ直接の恩人はグッドバイブスの倉園圭三さんなんだけど、このね、倉園圭三さんっていう人との、この話あんまり長くしませんけど、
倉園圭三さんのおかげで僕のアトピーは、なんて言うんだろうな、そこ難しいんですよね。
アトピー自体が収まってたのは食事療法と温泉療法のおかげなんですよ。
だけど倉園さんのお話を伺って、いや温泉行かなくても大丈夫な気がしてきたってなって温泉行くのがストップしたんですよ、事実上。
コロナだったってこともあるんだけど。
そして全く再発しなかったんですよ。
てことは食事療法やめても大丈夫な気がするで、僕の食事療法めっちゃ厳しかったんで、やめれたっていうのはものすごいデカいんですよね。
だから倉園さんは直接的にアトピーっていうよりは、僕が食事療法しなくて良くなったきっかけの人なんですよ。
で、なんかそれまではね、もうお米もダメだし、もう花糖も果物も一切やめてたんだけど、今とかケーキ食ってますからね。
僕の中じゃ考えられないんですよね。
ケーキ食べるなんて十何年ぶりとかだったんで。
食べた瞬間出るんじゃないかと思ったぐらい。
出なかった。
ただ怖かったんです、やっぱり。
こんなことしてて、なんか再発するんじゃないかってすごい恐怖感募ってきて、1年後ぐらいに割とピークになって。
で、その頃に精神分析の歩き方を読んで、で、松木さんの本を読んで、松木さんの本をっていうか、それまでは松木さんの本は相当読んでたんだけど、松木さんの美音に関する項目ってほぼ理解できなかったんですよね。
で、その美音に関する項目を読んでいるうちに、自分は再発しない方法が分かった気がしたんですよ。
という意味で、山崎さんなんですよ。
すごい意味不明な説明になっちゃってて。
このエビデンスのなさと、ほとんどスピっぽい話ですらあるような。
精神分析の効果
自分の中でも思うんですけど、でも僕の中ではこうなってるんでしょうがないんですよね、こういうのってね。
野の医者の笑うの、具試験クリニックとかですね、50歩100歩だなみたいなこの話はと思って、あんまりこう、公式にレターとかには書けない話ではありますね。
再発しない方法が分かったっていうのは、もう再発しない気がするとかじゃなくて、具体的な手法が分かったみたいな話なんですか?
具体性はないんですけど、心理的な手法に限りなく近いとは僕は思ってますね。
再発しない気がするではないです。もう再発はしないはずです。
その話も聞きたいですけどね。
この話しにくくてですね、山崎さんの横でこの話してると、何ちゅんだろう、持ち上げるためなんだけど持ち上げることにもなってない話を無理してしてるみたいな気持ちになってくるんですよね。
そうですね、これで彼女ができましたみたいな話ですよね。
そうそうそう、そういう感じではないんだけど、まあそういう感じですね。
そう映るんじゃないかみたいなことですよね。
なんかね、怪しさしかないよねっていう。しかも、じゃあこれを人に向かって本当に解ければ、その人のアトピー治るような気がしないんですよね。
これは僕にしか適応できるような、そんなこともないけど、でも僕の中では人に向かって説明できる気はしてないですね。
それはわかるような気がしますね。僕の頭痛薬を飲まなくなったとか、寝る薬を激減したとか、
これってなんていうんですかね、精神分析受けたら薬飲まなくなりましたみたいなことを言いたいわけじゃないんですよ。
これ何なんですかね、でもそうなんですね。非常にそのことはよくわかる気がします。
だから、まあそうですよね。
たぶんですね、頭痛薬飲まなくなったのは、きっとそのなんか姿勢が良くなったとか、運動習慣がとかっていうのも多少は影響してるでしょうし、
みたいに考えていくと、いや、週に1回1時間話をしたことによって頭痛から解放されたんだというのを言いたいわけじゃないんですよね。
なんだけど、やっぱりでも、じゃあ仮にそれが運動のおかげだったとして、でも運動するようになったのは分析的診療を行ってからなんですよ。
なるほどね。それはね、そうだと思います。どうしてそうだと思うのかはよくわからないんですけどね。
っていうこのなんか、このふわっとした効能というか、効能じゃないんですね、もはやね。
そうですね。で、今、共有を終了してしまったんだけど、今も週1回っていう話出たじゃないですか。
で、僕その週1回っていうのは、とても名前としては奇妙なんで、本のタイトルとしてもまあ面白いタイトルだなと思うんだけど、まあ妙なタイトルなんで。
こう、藤山さんがお寿司に、まあ寿司ね、江戸前寿司に例えた精神分析って、で、じゃあ週1回というのは回転寿司なのかっていうような話だった気がしてたんですね。
で、ところが藤山さんのを読むと、そうではないんだって言ってるように僕には読めたんですよ。
つまり週1回は回転寿司なんじゃなくて、全然違うレストランなんだみたいなノリなんですよ。
海鮮丼屋かもしれないですよね。
なるほど、なるほど。
で、でも日本では週4回受けてる人ってまあほとんどいないわけで、受けれるような気も大会の人はしないでしょうし。
だからこれは必然的に週1回にするしかなくて、で、そこで独自性を、週1回の独自性みたいなものを日本で出せばいいんだって話にはなってる気がするんですよね。
なんとなく論の上ではそういうコンセンサスが得られてる気がするんだけど、一体じゃあそれはどういうものなんだろうっていうところで止まってる気がするんですよ。
で、先日、前回もちょっとお話したんですけど、ある本の炎上をXで見ていて、
いやなんかこう心理臨床業界って神経線みたいな感じなんだなっていうのをすごく感じて、
この神経線みたいなところで、この状態でずっとやってくって、めっちゃ大変なんじゃないのかなと。
まあ余計なお世話なんですけど、思ったわけですよ。
で僕は、まあその外側で、人によっては似たようなことをやってるって言うだろうし、人によっては別にそんなに似てないっていう人もいるかもしれないけど、
こんな神経線はやれないから結局ここにいるのかもなと思いながら、
僕は週1回を何とかこう今打破しようというまた奇妙な活動を始めたわけですね。
最低週3回、人によっては週5回、僕と接するっていう形を何とかこう作り出そうと、
今あと10日ほどでそういう体制に、今もう準備期間である種の人は週5回とかになってるわけなんですけども。
だから精神分析してるわけじゃないし、この相変わらず意味不明感があるわけですけれども。
これがですね、僕はそんなことまでしようとしてるのは、僕ぐらいなもんなのか。
それともこの生機以外の世界でも、なんか異常に頑張っちゃってるような妙な人がいるのか。
すごく今僕はですね、その辺のことについて暗中にいるわけですよ。
模索してるわけじゃないんだけど、暗闇にいる感じがするんですよね。
誰も本当のことは教えてくれないっていうかですね、
もともといわゆるノラカウンセリングの世界っていうのを全部を知ってる人とかがいるわけじゃないんで。
野々医者は笑うぐらいなんですけど、沖縄の事情が少し見えるみたいなですね。
でも実際にはあれともまた違うしなと思いながら。
前回まとまった話とは違う気もするんだけど、この話って僕の中では、
でも需要がある気は別にしてないんですけれども、したい話としてはありますね。
僕もその佐々木さんの第3期から日数増やすんだみたいな話は。
第10期からですね。
10期から増やすんだは、こうなるほどなと思って聞いていたんですけども、
なんかスナックとかに近いですよね。
スナック?スナックって定義なんなんですか?
スナックはですね、
これはちょっと待って気をつけてください。
多いに偏りが、比喩的な意味でのスナックと言うんですけれども、
まず常連になって雑談をする。
しないこともある。
というのが前提に組み込まれている酒の場所。
ちなみにバーとか、もしかするとキャバクラとかとはどう違うんですか?
キャバクラは、ちょっとこれ僕が勝手に言ってるだけなんで。
いいですいいです。僕どこも行ったことないんですよ。
キャバクラは常連にならなくても楽しめる、多分。
なるほどなるほど。
し、こうまあそうですね、常連にならなくても楽しめる。
なるほどね。
で、バーは確かに常連感があるんですけど、
僕のイメージスナックの方が、いわゆるママと呼ばれる人とのコミュニケーション量が多い感じ。
スナックとバーの違い
なるほどね。
スナックってめちゃめちゃ名称的には安っぽい感じがするんですけどね。
バーは一人になりたくて行くけど、スナックは一人になりたくなくて行くみたいな。
なるほど。
でもやっぱり佐々木さんのその3ヶ月チャレンジの面白いところって、
精神分析の話をするっていうテーマが1個決まってるじゃないですか。
だから悩みがなくてもいいっていうところがあるじゃないですか。
まあそうですね。
し、グループセッションを僕も長らく受けさせてもらいましたけど、
別に本当にみんなでお悩み相談ずっとしてるかというとそうでもなく。
最近もすごいその時間が多くなったり減ったり、しかも偏るっていう感じになりましたね。
波があるんですね。
つまりお悩み相談をそこで始められるっていう方って、やっぱりそう多くはないんですよね、いろんな意味で。
始めることができるという意味もあるし、ある意味そこまで切実なケースがあるっていうものもあるし、
みんながみんなっていうことはまずないっていうことなんですよね。
でもあれを聞きたいっていう人っていらっしゃるんですよね。
なんていうんですかね、そのスナックにすごい似てるんですよね。
ライフハックの有効性
雑談してても、環境供給っていう話、ポッドキャストでもありましたけど、
やっぱりもう環境だよなっていう感じをすごい受けますね。
だから僕そうなんですよね、そこでまた別の悩みも出るんだけど、
その前に今のおっしゃったように、一つ精神分析の話をしましょう。
もう一つは、お悩みはビジネスに絡んでいるという意識を持ちましょうなんですよね。
今までちゃんと言ったことないけど。
いや、直接仕事の悩みである必要は一切ないんだけど、
例えば子どもが昨日から学校行ってないというのが会社で気になるとか、
奥さんと出掛けに喧嘩して仕事が手につかないとか、
こういう絡みになっている可能性については意識しておきましょうみたいなのが一個ある。
だから名称が一応ビジネス心理コンサルなんですけれども、
もしかするとそれは、もう長らく会社に行ってませんでもいいんですよね。
それは仕事の悩みじゃないとされるんだけど、世の中では。
僕はそれは仕事しなくていい人は持たない悩みだろうって思うんで、
全く働く必要のない人は、おそらくその悩み本当は持つ必要ないだろうって思うんですよね。
日本人だと思っちゃいかねないんですけど。
だから仕事してなくてもいいけれど、
仕事にその悩みが絡んでいる可能性については検討しておくみたいなのはありますね。
そうですよね。
ライフハックってミスが怖いです、じゃあチェックリストを作りましょうみたいな話にいきなりになりますけど、
そのもっと周辺的なことがあるんじゃないの?みたいなことですよね。
ミスが怖くてチェックリストっていうのはすごくダイレクトな感じなんだけど、
僕ライフハックが大事なのは、
やっぱりライフハックのクラスターに比べても、
片付けとか掃除のクラスターって圧倒的に巨大なんですよね。
そこからの流入してくる人に加えてデジタル情報が雑然としているのが、
やっぱり大事なんですよね。
そうですよね。
そうですよね。
好きになれないとか、自分の時間の使い方が雑然としているのが気に入らないっていう人が、
集まってできている感じってあるんですよね。
そういう時に整理したいって言った時に、我々はライフハック界隈では、
当然整理術を提供してきたわけですよ。
それって視点が変わるんですよね。
そういう時に我々はライフハック界隈では、当然整理術を提供してきたわけですよ。
それって視点が必ず未来に向くわけじゃないですか。
現在は雑然としていますが、これから整理していくぞっていう、
そのために役に立ちそうな方法とかツールを提供しましょうと。
これはすごい理にかなっている感じなんだけど、
その人は整理したい理由は何なのかということと、
死体にもかかわらず、おそらく死体という気持ちだけがあれば、
できそうな整理ができずにここまで来ている理由は何なのかっていうと、
視点が一気に過去に向きますが、
この過去に向かった視点をやっぱり精神分析が、
僕は一番頼りになる視点を提供してくれてると思う。
で、この話しましょうねということを言ってるんですよね。
もう未来に少しでも目が向くと、
全然違う展開が生まれてしまうんで、
極力それをやめましょうねっていう感じ。
分かります。
でも分かってくれない人の方が普通そうだ気がする。
ちょっとこの整理っていうところは一旦置いといて、
未来思考、過去思考みたいな話で、
一般に未来が建設的だみたいなのあるじゃないですか。
ただ僕は今週の精神分析受けた時に、
なんかハッとすることがあって、
僕今平日は出張してるんですけども、
宿泊先のホテルから仕事場に向かう道中に、
妻にLINEのボイスメモを送ってるんですよ。
今日はこんなことをするよみたいな。
妻が寂しくないようにみたいなですね。
なんですけど、だんだん話すことがなくなってきて、
困ってたんですよ。
仕事もなーって別に普通だしなーみたいな、
っていうことを思ってて、
その話をしたんですけど、
別になーみたいなことを言いながら話してたら、
しばらく経って、
写真のことを思い出しましたねって言ったんですよ。
写真のことっていうのは何かというと、
妻が僕に写真を撮ってくれって一時期ずごく言ってきて、
一生懸命撮るんですけど僕なりに。
なんかですね、
なんていうんですか、なんか嫌だったんですよね。
撮ってもうまくいかないしみたいな。
撮ってもうまくいかないってよく思っちゃいますよね。
で、その話、
写真は結構何て言うんですかね、
妻も怒ってたし元撮ってくれって。
で、僕なりには気の重い話だったんですけど、
このボイスメモを送るって全然気が重い話ではなかったんですよ。
ただやっぱ言われると、いやそうだわみたいになって、
なんかその自分の中で義務化していると言いますか、
っていうところあったかもみたいになって、
そしてボイスメモを送るの嫌ではなくなったんですよ。
どういう話ですかそれは。
ボイスメモを送ることに抵抗感があるって、
ライフハックの文脈で言うんだったらネタ帳を作るとか、
どこでも収録しやすいようにマイク環境を整えるとか、
もうちょっとソフトなところで言えば、
過去思考と未来思考の調和
車通りが多い道を選ばないとか、
そういうルードってあるじゃないですか。
ありますね。
僕はそれが全く機能しないんじゃないかって、
やっぱりどこか相当前に思った記憶が今よみがえりました。
全く機能しないなそれはと、
多分7,8年前にふと思ってから、
すごく僕は何かが嫌になったんだと思いますね。
仮に僕がネタ帳を作ってボイスメモを送ってたら、
そのうちネタ帳を見てもしゃべれなくなったと思うんですよね。
僕はそれに反応して、
ボイスメモを送ることに抵抗感があるっていうのは、
そのうちネタ帳を見てもしゃべれなくなったと思うんですよね。
僕はそれにハマる人がハマらずにいらん人のネタ帳との関係ってどうなってんのか、
そんなに不思議なんですよ。
僕も一冊目の本からいきなり起こったことなんですよね。
ライフハックっていう本が、
マイナビ新書から出した本ですよ。
あの時にもうネタ帳が機能しなかったんですよね。
だからもうその時から僕はネタ帳についての嘘がね、
長くしゃべっていてね。
そのうち嘘はしゃべんなくなりましたよ。
本当のことを言うようになった。
このエヴァノートにいっぱい溜めてるスクラップボックスとか、
今ありますけど、今5,000図鑑。
ああいうものは本には使ってませんからね。
これを言うとまずみんなに、
佐々木さんはウケを取るのが上手いって話にされてしまって、
訳わかんねえと思うんですよ。
カミングアウトにしかいいんだけどなと思うんだけれども、
訳わかんねえなと思うことが昔あったんですよね、結構ね。
あれはそういう目的では使えないんだよっていう話を、
ちょいちょい織り混ぜるようになったんですけどね。
そうなんです。
ネタ帳で本は絶対無理だと思いますね。
で、抵抗があるって話を奥様にしたら、
気にならなくなった。
妻に話す必要すらなかったんですよね。
なるほど。
自分、抵抗あったんだって思ったら大丈夫だったって感じですね。
なるほどね。
なるほど、そうなんですよね。
そういうことがあるから、
やっぱり、
何て言うんだろうなあ、
過去思考と未来思考というよりは、
一方的に、
自分はやっぱり3ヶ月チャレンジでやればやるほどその思いを痛感して、
普通の人が誰もいない。
ものすごく皆さんの何かができない事情が違いすぎて、
一般界っていうものが、
何を意味しているのかすら僕にはもうよくわかんなくなってきたんで、
自分は、
自分が、
自分が、
自分が、
何かすら僕にはもうよくわかんなくなってきたんで、
片付けられないって言っても、
2人の人がそこにいたらもう違うことについて喋ってるんですよね。
だから、片付けられないって言ってるときに、
やろうとしてることは何で、
そのネックになってる記憶ってどういうものかっていうのは、
その人しか知らないことなので、
聞くしかないですよね。
そうですね。
仕事柄、新入社員のお悩み相談みたいなのを受けることがあるんですけど、
僕、IT業界なんで、
プログラミングじゃないんだけど、
ITの資格取りたいみたいな、
会社で取れって言われてるみたいなことを言われるんですよ。
勉強したいんだけど、
家に帰ったら疲れてあまり勉強できない。
最初の頃は一生懸命、
じゃあ通勤電車でしてはどうかとかですね、
夜は疲れるから午前中にしてみてはどうかとか言ってたんですけど、
言いますよね。
とりあえず言ってたんですけど、
この仕事を始めて2,3年は言ってたんですけど、
もっと短かったかな、2年ぐらいかな、言ってたんですけど、
これまるで意味がないなということに気づいて、
で、こう、ああそうなんだって受けなくてもいいんじゃないのみたいな、
受けたいのとか、そういう何か、
何て言うんですかね、
を聞くようになったんですよ。
別にそれは精神分析的心理療法を意識しているとかではなく、
ただ普通にそう聞いていくようになって、
そうするとですね、
果たしてそりつが勉強したかどうかは分からないんですが、
少なくとも元気にはなっていくんですよ。
で、
で、隙間時間で10分午前中毎日過去問解いたらいいよって言うと、
やらないし元気なくなるんですけど、
こう、そんなに頑張ろうとしてるんだみたいな話すると、
少なくとも元気にはなるから、
こっちの方がいいなって思うようになって。
はい、そうですよね。
やっぱりね、
ライフハックはちょっと、
何て言うんですかね、
こう、
抵抗感がないポジティブな状態の時に、
より加速させるみたいな感じでやるならいいと思うんですけど、
実際には多くの人が、
抵抗感を打破するために使うことしてるから、
問題が起きる。
問題というか、機能しないっていうかね。
機能しない。
自責の念と精神力
機能しないか、何かその人に自責の根を植え付けることになっていく。
もともとあるんでしょうけどね。
なんかこう、自責、
そうなんだよな、
自責って言葉が出てきたら、
もう僕は精神力道に行きたくなるというのが最近の傾向なんで、
その話をしないとならないよなとは、
僕が勝手に思ってることなのかもしれないですね。
タスクシュートの100日チャレンジで1分着手の話あるじゃないですか。
あれは1分着手できなくて自責の根になった人にはどうお話しされてるんですか。
もうこれはね、
さっきの新井さんのに似てちょっと違うのかもしれないですけど、
繰り返し繰り返し繰り返し、
いいんだっていう。
ああ、うんうんうん。
だから、
だからJさんが言ったあの通りで、
行動は価値の上下を絶対しない。
これはね、あれなんですよ。
もう何て言うんだろう、
条件とか例外規定みたいなものを一切取っ払わないと意味ないんですよね。
なんかこれはやり方ではなくあり方とかそういう話ではなくて、
やり方と言うか、
やり方と言うか、
やり方と言うか、
やり方と言うか、
何つえばいいのかな。
そこに人間が定義するようなこと以外には違いは生じないんだみたいな。
それを何かこう言っても届かないし、
社会的にも別に受け入れられてるわけじゃないから、
もうクリエイターの人間は、
クリエイターの人間は、
何かこう、
何かこう、
何かこう、
何かこう、
社会的にも別に受け入れられてるわけじゃないから、もう、
繰り返し繰り返し唱えるしかないみたいな。
そこのところは宗教みたいになっちゃうんですけど、
マントラみたいになっちゃうんですけど、
もうでもね、
それを割と100日チャレンジ始めてすぐJさんが僕に言ってくれたんですよね。
行動の評価と挑戦
僕は感覚はそうなんだけど、
でも、何かこう、
コメントつけるってやってるわけですよね。
コメントつけるときに、
やっぱりこう、自責の念っていうところから来る人もいれば、
今日はできましたっていう人もいるわけじゃないですか。
で、コメントつけるときに、
いやこれ、できたときはいいけど、
できなかったときどうすんのみたいな感じで、
割とフランクに聞いたことがあって、
いやそれはできなくても、
いいってことを伝える。
できたらいいってことを伝える。
とにかくいいってことを伝えるっていうね。
この通り言ったわけじゃないんですけど、
僕が受け止めたのはそういうことで、
彼はその後、もう少しこれを宣伝させて、
我々はすごい大変なことを結構やることは多々あるのに、
何て言ったっけな、彼が。
ホームランとか売ったら、
ベンチの前でみんなハイタッチすると。
仕事でも合うことが、
何かにつけてあっていいはずだっていうね。
このハイタッチみたいなことを、
百チャレではするんだみたいなことを、
最近おっしゃっていて、
ブラッシュアップされたなとは思いましたね。
確かに何か考えてみると不思議ですよね。
大リーガーとか、
めちゃくちゃ凝ったことやってるんですよね。
ホームラン売ったら兜かぶせるとかね。
やってるんですよ。
大谷翔平が言ったせいだと思うんですけど、
何かすごい高そうな兜買ってきて、
みんなで兜かぶせるとかやるわけですよね。
何かああいうことって、
確かに仕事場では絶対しないなっていう、
ことをですね。
似たような、ちょっと違うんですけど、
ニュアンス。
似たようなことに、
昔中西の監督やってた、
落合博光って人が、
何か我々が野球やって、
ヒットとか打つと、
すごいみんなは、
すごい神業だとか褒めてくれるけど、
自分に言わせれば、
サラリーマンの人がやってる仕事が神業みたいなもんだと。
我々がヒット3本、
1試合で打つぐらいのことは、
大概の人はしていると。
どういう意味かよくわかんないんだけど。
だから、
どうしてこっちはそんなに褒められるのかが、
よくわからない気がすることがある。
っていう話を書いていたのが、
何かね、妙に残ったんですよね。
何かサラリーマンの人って、
確かに、
何だろうな、
今日は何もしなかったとかって言うよなっていう。
何なんだろうなって思うのは、
よく思いますね。
確かに、
僕も言っちゃいますね、それ。
うん。
いや、大したことはしてないよ、みたいな。
ねえ、
なんかあれ不思議ですよね。
多分、
野球だけも人生の、
9割やってきた人が、
ここでヒットを打つとかは、
簡単なんでしょうね。
我々がイメージするよりは。
だいぶ。
まあ、そうですよね。
あの、
まあ、だって、
3割ヒットを打つってなったら、
3、4打席に1回打つわけだから、
まあ、そうだよねっていう感じですよね。
そう、僕らあれ、
同じことを100回やってもできないから、
すごく見えるんですけどね。
そういう、
そういうような趣旨で、
100日チャレンジでは、
だから、
つまり、
自責外すって本当に社会的な要請があるから、
難しくなるんだと思うんですけど、
まあ、そして、
100日チャレンジでは、
その、
1人50分のセッションやるとか不可能なんで、
やっぱりできることとすれば、
もう、こう、
接触した度に、
基本的に、
その人にとって何かをやったとか、
やらないとかいうことによって、
こう、
評価を上げたり下げたりしなくていいというか、
するんだったらひたすら上げ続けるみたいな、
そういう、
そのための何か、
環境を、
自己評価の難しさ
それこそ環境供給に近い、
何かなんですよね。
だいたいベンチ前でハイタッチするっていうんだって、
特別な意味は何もないんだけど、
あれは絶対、
することに意味があるんだ。
そうですね。
だから、
それの、
源流が、
歴史に両方という感じはしますよね。
そうなんだ。
今日は喧嘩しちゃいましたと、
そうなんやーってなるわけですよね。
別に喧嘩したのは、
それは災難でしたねにはならないわけですよ。
ならないですよね。
絶対にならない。
そう、だからあれ解釈っていうのは、
うまいこと考えたよなとは思うんだよな。
まあ、介入がないわけじゃないでしょうけどね。
解釈ですもんね、
基本的にね。
やっぱり、
例えば喧嘩が良くないことなんだって思ってると、
自分の思考回路として喧嘩しました、
そしたら、
どうすれば喧嘩しなくなるだろうか、
みたいなことをすぐ考え始めるわけですよね。
だから、
喧嘩したということを実は考えてないんですよ。
うんうん。
なんだけど、
そういう場で、
そうなんやーみたいになると、
ここで、
次どうすれば喧嘩しなくなるかに行く前に、
今回喧嘩したっていうことに対して、
かなり考えることができるようになるんですよね。
うん。
そうなんですよね。
ある意味、ただそれだけとも言えるんですけど、
これがなかなか
簡単には行かないんですよね。
行かないですね。
行かない。
うん。
でも、
これね、
口で聞くと、
それならできそうな気がするってなるんですけど、
うん。
これ自分ではなかなかできないんですよね。
そう。
これが驚くほど、
いや、自分ではできないってこともあるんだけど、
僕なんかこのサンチャルという場を作って、
設置させてもらって、
かつ、
そういうことばっかり書いてある本を
読みまくってきて、
それでもここを飛ばしたくなるときが
出てきますよ。
うん。
それはどっち側の立場のときですか?
佐々木さんが。
僕は聞き手ですよ。
聞き手側のときに。
おー。
うわー厳しいってなっていくみたいなね。
何が厳しいのかって考えると、
それを考えること自体が厳しいんだけど、
厳しいことは何もないはずなんですよね。
僕が厳しがる理由はね、
僕が当事者じゃないんだから。
僕はただこう踏みとどまって聞いていればいいんだけど、
これがなかなかできない。
うん。
だからそうはいかなくなるときがあって、
なんかこう、
前へ進めたくなるっていう欲望に
引きずられ始めることが
割と頻繁にあって。
うーん。
この話の着地点がよく見えなくなってきましたが。
ね。
まあ、そうだな。
マックに例えられたのが
インパクトとしては大きかったかな。
うん。
そうですね。
まあでも、
前回お話しした
精神分析的診療法の受け方を
次回やるなら、
今話した話は
ちょっと次回には含み切れないかな
という気はしますね。
まずまず、ほぼ不可能でしたね。
そうですね。
うーん。
でもまあ、
受け方の話をする
でなったら、
きっと山崎さんはこういうところに
来るような気がするんですけどね。
うん。いくらかは確かにしますよね。
うん。
本当にこう
やってればやってるほど奥が深いのと
やってればやってるほど
自分の立場のあやふやさが
気になり続けるということを。
あらかな。
失礼しました。
いえいえ。やってればやってるほど
こう、とはいえ
正気の世界は
さっき途中言った通り
なかなか神経質な状態になっていて
うーん。
その事情だって僕は
精神不適な相方で読んだ程度しか知らないんで
もっともっと中では
複雑なことがあったんでしょうしね。
うん。
だから、この
こういうことを僕のほかにやってる人がいるんなら
そうだな、僕はこういうことも
どっかでやりたいんでしょうね。
ぜひこうどう
その曲芸みたいなのをどうやってるのか
でもそれは表にはならないかも
したくないかもしれませんけどね。
うん。
うん。
公開お悩み相談はしてもいいかもしれないですね。
公開お悩み相談っていうのは
佐々木さんの
その今言ってたような悩みを
うん。
つまりセミナーという場を借りて
山崎さんに相談する。
山崎さんって
これを答えるには
立場上あまりよろしくなくないのかな。
そうか。
それはあるかもしれない。
なんか、だから結局僕はあれですよね。
多分あれです。
ないものねなりをしてるんだな。
何世紀なのに
スーパーバイザーが欲しいみたいな
しかもそのスーパーバイザーは
なんかこう
この道を先行してくれているみたいな
でももしかすると
どう思います? 佐々木さん。
そんな人いないんじゃないかって
最近僕はちょっと
そんなはずもないんだけど。
いないんじゃないですかね。
ノラカウンセリングのテーマ
そうなの?
うん。
なんか仮にそういう人がいたとして
どういうモチベーションでその人は
目の前の一人一人を良くすること以上に
業界に詳しくなるとか
普遍的なこと考えるを
重視しだしたんだろう
って思ってしまう。
全くそうですよね。
モチベーションがないよな。
あえて言うならば
このあやふやすぎる立場が
不安だからなんですけどね。
モチベーションと言うべきなのか
わかんないですけど。
でも何て言うんですかね。
単純にその相談する
みたいなので言ったら
こう
いや難しいですね。
なんかただ普通に正規の人に
相談するっていうのもあるのでは
と思ったんですけどね。
うーん。
なるほどね。
何を相談する?
ってかどう相談するんです?
ん?
つまりどういう
相談をするんですかね。
つまりどういう立場で
その人に相談したらいいのかが。
そうですね。
いやこれ難しい問題ですね。
あのちょっとこのテーマって
いけないかもしれないけど
ちょっとこれそれこそ
言うだけ言ってみるんですけど
正規の人に
ノラカウンセラーの悩み
ノラカウンセラーをしてます
という悩みはカウンセリングの
テーマとしてありなのか
っていうテーマ。
確かにこれ面白いですね。
そうですね。
いやそれはありな気がしますね。
このテーマがありってこと?
テーマがありだと思います。
なるほどね。
今の僕だって
新井さんが今パッとおっしゃったのは
どう考えてもカウンセリング受けに行く
しかないんだけど
その悩みってのが僕ノラカウンセラー
やってるんですけど
それで悩んでます
っていう悩みになっちゃうんでね。
そうですね。
なんかそれは
カウンセリングなのかっていうのも
ありますよね。
そうなんですよね。
できればカウンセリングじゃない
コンサルタントみたいなものが
そうですよね。
心理的に扱われて
そうなんだとか言われても
結構やだなって今思ったんですよね。
そうですよね。
スパッと言ってほしいですよね。
スパッとは言えないにしても
なんかそれなりに
実務的な話にしてもらいたい
って感じですよね。
それはありますよね。
確かに。
倉園さんにお話しするとかは
いいような気もしますけどね。
そうなんだけどね。
そうなんだけど
これグッドバイブスだと
意外と答えは簡単に出ちゃうんだよね。
でも実際にお話をすれば
どうなるかは分かんないですけどね。
グッドバイブスで答えを出すなら
僕でも答えは出せるんだよな。
そうですよね。
新しい見方を獲得したい
っていう感じですもんね。
そうですね。
でもこれ今思ったんだけど
定義上すごく変なんだけど
この定義がそもそもどうなのか
って感じますねけど
正義に持ってったらおかしいし
やめろって言われておかしくない話だし
非正義に持ってくのもおかしいですよね。
だってそれで俺食ってるんだし
みたいになっちゃうから。
でも正義と非正義の中間の人なんていないから
なんかこう
哲学の変な問題にハマったみたいな感じがしますね。
そうですね。
でも山崎さんに聞いていいような気もしますけどね。
なるほどね。
なんかこれを
なんて言うんですかね。
ちょっと聞きに来た人たちにも
面白い感じの
テーマ設定に調整するだけで
いいような気がしますね。
どういうふうに?
例えばなんですけど
これ一つの例ですけど
ノラカウンセラーって一口に言いますけど
僕も研修講師なんですけど
広い意味ではノラカウンセリングをしてる瞬間ってあるじゃないですか。
そうそう。
だからね、僕それどうするんだよって思っちゃうんだよね。
はい。
せいきせいき言うけど。
だから、そうですね。
対人支援の悩み
対人支援ぐらいまで言葉を広げるとか。
対人支援の場のお悩みを
お悩み相談してる人に聞くみたいな。
なるほどね。
なるほどです。
じゃあとりあえず収録はここまでにします。
はい、わかりました。
長すぎてどうしようもない感じになってるんですけど。
そうですね。これ前後編ですからね。
はい。
じゃあ今日はどうもありがとうございました。
はい、ありがとうございました。