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おはようございます。佐々木正悟の自由連想第1401回をお送りします。
9月24日、7時41分です。木曜日ですね。
今日は、私とジェームス佐々木さんの協調、戦略的無計画の発売日でもありますので、
まあ、えっとですね、これは著者目線で申し上げないんですけど、
著者目線で申し上げますと、紙の本を書店で買っていただくと、ベスト、最高かなという感じです。
もちろん、Kindleであれ、Amazonであれ、全く著者的には全く同じでありがたい限りなんですが、
Kindleの方が見入りそのものは良くなるぐらいなんですけれども、
ただですね、結局、Kindleに循環という概念はいらないわけですよ。
なぜなら、言ってみれば受注生産の究極系だから、デジタルは。
アナログだからこそ、現在吸ってる物数プラス次の版という考え方があるわけですが、
これが非常に素晴らしいということに、出版社、出版業界等全てなるわけですが、
これがデジタルだと発生しないとまずですね。
でもデジタルは一部売れるたびに経済が動くという意味では、
そちらの方が結局良いんじゃないかと思うんですよね。
紙だって受注生産にしてしまえば、このような問題は解決するんだけど、
紙は受注生産にはなってないので、現在のところですね。
吸った物数というものが存在し、従って在庫というものが存在し、
どの業界でもそうですが、香りもそうですが、在庫は嫌われますので、
在庫がゼロになるということを望むならば、
従販の数字というものはどうしても抑え目になるか、
そもそもしないかということになりやすいわけですね。
だからこそ従販がバンバンかかるというのは素晴らしいわけですよ。
で、今日発売になりますということで、
これはね、もうね、Amazonランキングをいくらじっと眺めていても、
それだけでは、出口調査と同じでどこかで売れてる数字は、
どこでも売れてる数字というところは大体間違いないんですけれども、
そうは言っても紙の本が初日に動くか動かないかというのはやっぱりありまして、
ありましてですね。
だから現地で飛ぶように売れるといいなと、
みんなまあ、著者は夢見るものなんですよ。
今回も限らずですね、
今後も私も本を出すことがあるかもしれないので、
その時もまたそんなことを思い出していただいて、
あの、どっかに。
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これがまたね、大きな問題として大書店にはあるはずなんですよ。
大書店チェーンにもまああるんだけど、
例えば、そうですね、ある種のチェーン店、
どこっていうのは僕もよく知らないんだけど、
ある種のチェーン、要するに全国どこでもその書店、
TSUTAYAさんがそうですけど、ありますよね。
でもそういうところに書釣りの本は原則回さないみたいなそういうのもあって、
非常にこれ難しい問題ですよね。
だから飛ぶように売れる書釣りの本は、
そもそもそういう地方のチェーン書店にはないみたいな、
そういうことがずっと問題視されてるんですが、
実際には起きてることなんですね。
3釣り以上出て初めてそういうチェーンには流れるみたいな。
だから何釣りかに急速に大量にするみたいなことが起きるわけですよ。
全国配本を始めるということは逆に言うと、
全国にはそもそも行き渡らない本が世の中にあるということですね。
今多分書店が全国で3,000店舗もないでしょうけど、
私が一番出してた頃は、
全国書店3,000店舗みたいなことが言われてたわけですよ。
正確な数字じゃないと思うんですけどね。
ということになると、
全国に配本される瞬間に3,000部は必要になるってことなんですよね。
で、言うまでもなくAmazonは例えば100部とか持ってたりしますから、
3,000店舗に行き渡る本は3,000部で済むはずない。
5,000部は行くと思うんですよ。
だって各書店2冊ずつ置いても6,000部行くわけじゃないですか。
で、6,000部となるともう10判絶対かけますよね。
だって書釣りで6,000部くらいしか釣ってないことが多いわけですからね。
だから6,000部必要ってなった瞬間に、
まああの10判はかかるわけですよ。
これつまり全国展開されている本は、
10判以上である可能性が極めて高いということになりますわね、当然。
まあもちろん最初からいっぱいするという本もあるでしょうけど、
むしろ今の傾向としては最初からはいっぱい絶対すらない方向に、
方向に方向に方向に向かっていっていますから、
あの最初の予算が少ないわけですからね。
だからそういうことを踏まえましても、
まあそうですね、
まあだから全国展開されるということが最初に、
まあ著者としては考えることですよね。
この本は全国に置かれ売るだろうかみたいな。
ということはつまり地方の人も読むだろうかってことを意味するわけですよ。
東京の人ってよく言われますけどね、
都市部に住んでる人には分からないことがあるよみたいな。
例えば私沖縄に行くといつもびっくりするのが、
あの平置きになっている本の中に必ずしろあり対策の本があるんですね。
やっぱりここでは悩むことってあるんだろうなと。
でもしろあり対策の本が何冊か置かれてしまえば、
当然そこには置かれない本が出てくるわけですから、
例えば東京の大きな書店の中央のコーナーに
しろあり対策の本があるって言うと、
私はほとんど見たことがないんですよね。
だからやっぱり地方地方によって、
置くべき本って変わっていくわけですよ。
多分なんですけれども、
あの小山隆介さんのアイデアハックスとか、
私と大橋さんのスピードハックスみたいな本が、
06:01
最初から地方の書店で平置きにされていたとは、
とても思えないわけですよね。
つまり地方の人がそういう本を読まないというわけではないんだけど、
何らかの理由で東京であった、
東京というのは一つの地方ですよね。
東京や大阪では、
例えば私の本は比較的大阪の大書店で優遇されているんですよ。
理由はわかりません、私には。
そういう傾向があるんですよ。
だから結局どうしたってそういうカラーは出るから、
全国に配本されるというのは非常に貴重なことなんで、
全国に配本されるということはですね、
北は湧かないに置かれる、
南は鹿児島にも置かれるってことを意味してなければいけないわけで、
本屋さんがあるところにはどこにでもっていう意味ですから、
何なら離島にも置かれるってことを意味するわけですから、
だからなんですよ。
私はその沖縄でライフハック研究会やったこともあるんですけど、
そういうことを考えたくなるというのは、
やっぱりここに置かれるのと、
東京に置かれるのと、
名古屋に置かれるのと、
大阪に置かれるのはそれぞれ意味が違うので、
それぞれの意味があるはずなので、
沢崎はなぜ潰れないのかで大ベストセラーを出した会計士の方ですよね。
彼は全国中の本屋を巡っては、
その平沖の、わからないですよこれも都市伝説の可能性を感じる、
平沖の写真を撮ってた。
今ではその写真撮るのにも、
本屋さんの許可を得ませんとダメですけれども、
撮ってたと言われております。
つまりそういうことをやっぱり考えるんだよなというふうに、
私はそこまでそういうバイタリティのない人間ですが、
やりたくなる意味はよくわかります。
めちゃくちゃよくわかりますね、やっぱり。
だけど、置かれるときにはすでにその後継があるしね。
これもすごい微妙な問題なんですよね。
私の本で一番売れたのは先送り本ですけどね。
50の方法ですけど、
あれはやっぱり周りの本が真っ黒、濃い紺色ですね。
になっていった中で黄色の本が出たからなんですよね。
で、仕掛けている中継者、当時中継出版社さんでしたけど、
そのやっぱりワゴンセールのところにも置かれる本を目指すんだっていう想定を狙ったんですよ。
だからワゴンの上に本が置いてあるとレジ近くのですね、
一冊余計に手に取っていくみたいな現象が起きるわけですよね。
だからそれを耐えられるような金額に抑えるみたいなのもあったんですけど、
ただここまで考えたからってそうなるとは限りませんから。
あの時はたまたま慶文堂書店さんという渋谷のマークシティにある本屋さんがあるんですけど、
慶文堂書店雑学大賞っていうのにノミネートされて、しかも大賞取れたんで、
妻がポップ書いてくれたからっていう感じもしなくはないんですけど、
とにかく取れたんで、これがもう圧倒的に日付になったんですよね。
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で、こういうことはもう最初から狙うことは不可能に近いんで、
やっぱりさっきの周りの色が何色になる頃に黄色が出せるかって、
たまたまその時に全部黄色になっちゃったらもうアウトじゃないですか。
で、現にあの黄色い本は売れたから、
その後急速にあの種の雑学っぽい自己啓発系が黄色い拍子になるという現象が起きたんですよね。
こうなってしまったら今度は黒出さなきゃいけないわけですよ。
でもその本っていうのは今日考えて明日出すってことはできないから、
結局出た頃に想定が何色になるかはわからんわけですよ。
何色がいいのかはわからんわけですよね。
何かわかっているかのように出してくる人がいてびっくりするんですけど、
そりゃちょっと難しいんじゃないかなという、
結局それは出てくる本の想定の色を予測するだけでは済まず、
出てくる本の流行の色を想定しなければならなくなりますから、
だから目立たない本は絶対目立たないわけですよね、タイミングによっては。
まあ結局のところ非常にギャンブル性が高いなと、
100%博打であるとは思いませんけれども、
非常にギャンブル性の高い投資に近いところはあります。
とは思いますね、やっぱりね。
はい、そんなわけで本日発売になりますが、
という理由によって書店で手に取られるということが非常に大事であると。
私は多分調査してないと思うんですけど、
単に書店で売れたというだけでなく、
書店でお客さんが手に取ってくれたのもカウントしておくべきだっていつも思うんですよね。
ほとんどの本は実際は手には取られないわけですよ。
手に取られる前に中身を読まれる可能性はないわけですから、
結局のところ手に取るか手に取らないかは、
著者名かそこにある文言かすなわち想定の中にある情報だけなんですよね。
結局ここで勝負をされているということなんですよ。
著者が勝負できている部分というのはそこから先の話であって、
その前、つまり想定のデザインとか文言とか、
著者が考えているだけのものではないというか、
著者はあくまでも一意見者なので、
最終的に想定を決めているのは、いわゆる本のデザイナーの人なんですよね。
これもタイカさんがいらっしゃるわけですけどね。
売れている本のデザイナーっていう人もいらっしゃるわけですよ。
もちろんそれはビジネス書というジャンルと、
それこそケーキの作り方のジャンルと、
海洋生物のジャンルというのはそれぞれ違うんですよね。
非常に難しい話になっていくわけです。
こういうことばっかり考えなければいけないと。
漫画家さんはちょっと違う気がするんですよね。
表紙も漫画家さんが書いてるからね。
あの世界こそがまさに文芸の世界というのは、
もっとこう、何ていうのかな、
著者同士の戦いになっているな、みたいな感じがしますね。
12:01
では本題に入りまして、
今日はちょっとそういう流れということもないんですけれども、
結局のところどっちかというと、
やっぱり分析系の話になっていくのかなと。
ずっとですね、私ここのところずっと実家のことやってたんで、
この倉庫的長寿画っていうものについて、
つい最近たまたま浜内さんの精神分析、
ちょっと詳しく知りたい人のシーズン5に入ってるのが今、
すごいなって思う。もはやちょっとでは全くなくなってきた。
しかも中核にあるのが対象関係音のような気がするんで、
それもすごいなって思うんですけど、
とにかくですね、そこで出てくる、
表現としては残虐な長寿画って表現だった気がするんですね。
残酷な長寿画って言い方もあると思うんですけど、
あれ僕は倉庫的長寿画って言われてるものと、
イコールだと思うんだけどね、
微妙な言葉の表現の違いによって、
違う話になってくるからあれなんですよね。
自己愛好状態と言ってみたり、
病理好状態と言ってみたり、
陰性治療反応と言ってみたり、
層的防衛と言ってみたり、全然違うじゃないですか。
でもこれらは全て近しい概念だと僕は思うんですけどね。
本当に困るみたいなところありますね。
だから破局的不安とか破綻恐怖とか、
不安と恐怖はそもそも別の言葉として使ってるのに、
だから微妙に違うのかもしれないんだけど、
でも違わないんじゃないのかなっていう感じを抱いて、
倉庫的長寿画というのを、
なんでこれ考えるかっていうとやっぱり、
自分の身内に攻撃されるからですよね。
自分の身内が攻撃してるとき、
非常に表現は長寿画的なんですよね。
それはおかしいだろうみたいなことを言われる。
これって結局のところ、ある種道徳的批判されてるってことなんですよね。
ただそこにある道徳っていうのは、
なんかこう実に独特の道徳で、
道徳って人が語るとみんな独特かもしれないけれども、
それにしても実に独特の道徳で、
だからこれが通らないのは絶対におかしいだろう、
誰が考えても変だろうっていう感じの言い方で、
その人だけが変だと思ってるような話が出てくる。
そもそもなんでこの話をしたいかと思ったかというと、
もちろんずっと実家に、
ここ2週間で4回ぐらい行ってるからね。
4回ってね、往復4時間かかるわけですからね。
全然休日休めた感じがしないわけですが。
連休終わってしまいましたね。
だからしばらくはいかないわけですけれどもね。
あのですね、あれですよ。
名前のない病気。
ちょっとね、タイトルしか出てこないですよね。
いや、実に引きこもりのお話で、
今非常に飛ぶように売れてるらしく、
コミックがそもそもAmazonで、
昨日の段階では売り切れてたんですよね、一貫がね。
びっくりした。やっぱり売れてるなって思いますね。
Amazonで紙の本が売り切れてしまうという、
15:00
私も経験がないわけじゃないんだけど、
なかなかそうはならんですよね。
Amazon在庫いっぱい抱えられますから、倉庫しかないからね。
平置きとかする必要一切ないわけですから。
あの辺が強いですよね。
それは良いんですけど、
名前のない病気。引きこもりの話なんですけど、
自分のお兄さんが引きこもりになっている漫画家さんが、
非常にリアリスティックにというか、
ほとんど体験談を漫画にしてるんですね、あれはきっとね。
めちゃくちゃさすが漫画家だなと思いましたね。
絵をとことん描き込むとこうなるのかと、
あまりにも酷似していて、
読んでて大変きついなっていう感じがありました。
まああれよりは楽だけど、うちは。
全く同じだわここはっていうところが。
何箇所もあって。
でやっぱこう、これがいかに普通じゃないかって言われて、
その描いてる漫画家さんがですね、
それ全然普通じゃないですよって編集さんに言われて、
これ普通じゃないんだみたいになって、
また深刻になっていく気持ちがですね。
あれがですね、そうかこれやっぱり普通じゃない。
いや、わかりますよ。
私は比較的、なんていうのかな。
少なくとも高校生ぐらいまではほぼ普通の家庭。
大学生までですね。
普通といってほぼ差し支えが全くない家庭にいたから、
ああなったら普通じゃないと言われてしまうだろうと。
ああなってるんだけど、ああなったんだけど。
今はまたちょっと形態が変わりましたけどね。
これやっぱ普通じゃないよなと思うんだけれども。
でもこれ差もですね、なんていうのかな。
いくらか自分のところに救いがあるってつい思っちゃうところが、
いかにもこの種の問題のまずいところだなと思うんですよ。
なぜここで優劣を図るのかと。
それが相互的長時間だなって本当思うんですよ。
急にここでなんかうちの方がマシだみたいなことを言いたくなってしまう。
この真理は何なんだろうなと。
で、その漫画家さんが自分の娘を理不尽に怒ると。
でも自分の兄が引きこもってるんですけど、
に対しては殺意があるみたいな感じ。
僕は、だからこう考えちゃうんですよね。
自分の娘に殺意はないなみたいに思うわけですよ。
っていうかやっぱりこう何とかしたいなというふうには、
わかんないですよ、向こうは漫画なんで。
何とかしたいなとは相当思ってんなって。
だからこういうところにマシだ論を持ち込みたがるという。
畳から見れば何ら変わらないじゃんって多分思われそうなんだけど、
実際非常にその描写ですよね。
後継描写が似てるんですよね。
で、部屋の真ん中にどこかから持ち込んだような椅子に座ってテレビを専用していた。
すごいですよね。
性別が違うだけで全く同じだわっていうですね。
この椅子どうやってここに入れたのかなって。
僕もよく天気いいんだからこんな日ぐらい開けろよって言って開けちゃうんですけど、
18:07
引きこもってるお兄さんがあっとか言って、
ある種の感覚を訴えるみたいな感じなんですよね。
日の光を浴びたくないみたいな。
あれ何なのかなって僕も毎度毎度毎度毎度行くたびに思うわけですけれども、
私開けませんけどね絶対に。
あんなんでは済まないんで。
あの辺が殺意っていう割にお互いが殺意抱いてるかのようなのに、
結構この辺はバンバンやるんだなみたいな。
リアルはわかりませんけど。
私はお互い殺意はないことがわかってるけど、
あれは相当やらないですね。
日の光はドラキュラ感あるよなみたいな感じですよね。
服装が東郷市庁所の診察の先生が言ってくれたんですけど、
服装がどうしても社会的なTPOにも季節感にも合ってないという風に
一般的にはなるんだっていう。
それがよく描き出されていて、
そうなんだよねっていう寒くないのかなとか暑くないのかなと
毎度のように考えさせられてしまうという。
つまりそれは体感覚はどうなるんだろうっていうことを考えちゃうってことですよね。
で、一番僕が秀逸だなと思ったのが、
自分の漫画家さんが娘にやむを得ず、
あの辺がうまいなと思ったんですよ。
なんとなくお兄さんは仲良くないのに、
じゃあ見送るよとか言って家の外まで出てきて、
もちろんそれが邪魔なわけですよ、その漫画家さんからすると。
あの感触はですね、なんていうのかな、不自然な感じになるんですよね。
でも私は嫌ってはいないんで、
それは嫌じゃないんだけど、
なんかこう、これでどこで分かる。
つまり行動の切り替えが自然にいかないんですよ。
理由はいっぱいあって、
分かってきた、それは松木さんのおかげで分かってきてる。
美音と松木さんのおかげだな。
だから僕は美音と松木さんを読むんですよ。
ああいう時に、あの漫画家さんは多分、
こうなるんだよって感じはすっごくうまく描かれてるんだけど、
なぜこういう風にしてるのかっていうのは、
多分なんか怒りと、なんでこいつこうなんだよみたいになってるから、
僕はそうは考えないんですよね。
なぜならば、私はああいう時にベータ要素とか、
アルファ要素とか、アルファファンクションとか、
母子一体とか、ヴィザレオブジェクツとか、
全部考えることができるから、
そうやって考えていくと、この行動はおかしくないっていうのが、
いちいち分かるんで、
例えばテレビの音がバカでかいと、
また耳が遠くなったのか、
まあそれもあるんだと思うんですけど、
私は自分の肉視に関しては、
耳は全く遠くなっていないというのがよく分かってるんで、
このテレビの大音量は全然違う意味をそこに見つけることができるわけですよ。
21:00
で、だからそこまで不快にならないんだけど、
こいつバカじゃねえのかみたいに漫画ではなってんだけど、
それはちょっとやっぱりね、
なんかその、ただ描写はすっごい完璧で、
全くこれと全く同じところがあるわっていう感じがするんですよね。
全部が全部全く同じではもちろんないんですよ。
私はその刃物とか見たことないし、
振り回してるってこともないし、
やっぱその辺は性別なのかもしれないんですけれども、
他にもいろんな要因はあると思うんですけど、
でも食べかけのアイスクリームバーとかそういうのはですね、
非常によくここだけでも掃除したいとかね、
ああいう描写は実によく描かれてるなと、
ここだけ掃除することには何の意味もないのは分かっているんだがみたいな感じ。
私はあそこまで深刻に思い詰めませんけれども、
言わんとすることはよく分かるんですよね。
その光景を自分が見た時にどういう風な雰囲気で、
どういう趣になるかっていうのは趣なんですよね。
趣が描かれてるところが素晴らしいなって思いました。
自分も趣としてこうなるなっていう、
こうならないように気をつけてるつもりではあるが、
結局こうなってるだろうなっていう、
あの趣が描けるところがやっぱり漫画家だなっていう、
いや売れてるだけのことはあるなっていう、
飛ぶように売れてるらしいんだけど、
いや本当に身につまされるっていうのはまさにこのことだと思いました。
で、なんでか知らないんだけど、
ついてくる見送りまでで、
こっから回ってもうまいんですよね。
で、自分の子供に、結局自分の兄貴だから、
自分のここまで出てきて車で待ってるわけですよ。
車で待ってるのね、
もう自分のこと見てきたのかって思うぐらいですよね。
家の前でわざわざ車で家族を待たせておくと、
家の中にはあれは家の中に入れないよみたいに言うわけですけれども、
これをどんな風なトーンで言うかっていうのもまたあるんですけどね、
入れないわけでもないんだがな、
またここでマシ論が出ちゃうんですよね。
うちはマシだ、みたいな。
何なのかな、この本当、倉庫的長寿が。
残虐な長寿がとは思わないんですけどね。
残酷なところはあるかもしれないが、
残虐は言い過ぎなんじゃないのかなって。
だから残虐な長寿がと、倉庫的長寿がと、原初の長寿がそれぞれ違うのかな。
なんかそこがね、僕はよくわからないんですよね。
そもそもそれは何由来で出てきてるのかって話をこれからしたいんだけど、
なかなかそこに行きつけずに漫画の話になっちゃっておりますが。
でまぁ、その、
まぁ私もそうなんだけど、
いやいやあの久しぶりにね、
うちの今は知らずらしいなぁと思いながら会話をしていると、
不思議なことにですね、
その、あれは全く同じことは起きてないですけど、
そのお兄さんが、
あ、じゃあこれ落とし玉だからとか言って、
落とし玉をいきなり持ち出す、
出してくれるんですよ。
まぁネイマー選手だからね。
24:01
これは一体この人は最初から落とし玉を渡す気あったのかみたいな、
ちゃんとポチ袋に入っていて、
しかもその漫画家は、
あのお兄さんがまさかこの中に10万円とか入ってるんじゃないだろうなみたいな、
つまり、
なんちゅうのかな、どこから手に入れてるのかもわからないようなお金で、
大金を用意してくると不気味じゃないですか。
だけども、
この兄でも用意できそうな金額でよかったって、
この辺がすごい、
やたらリアリティあるなっていう感じがしました。
で、
うちでは身内が落とし玉をうちの子にやったりはできしてませんけれども、
あの感じ、
なんか急に妙な社交性を、
社会性を発揮できてしまう、
あの感じに、
なんかね、
乗っかり上がるっていうか、
まぁちょっと言葉があれですが、
あの専門家の人々が乗っかっていくのも私はね、
非常に不誠実なものを感じるんですね。
いや、わからないですよ。
判断の基準としてそうなのかもしれないんで、
私が間違ってんのかもしれないんだけど、
私の目には、
私から見るとどうしても、
お前ら全員間違ってるよって言いたくなるわけですよ。
その社会性、
現に、
あのご家族の人は、
私はあのおじいちゃん嫌いとかっていうわけですよね。
その漫画家の長女さんが、
それでひともんちゃく起きるわけですけど、
あのひともんちゃくもよくわかるんですよ。
なぜ俺は兄貴をかばうんだろうとか言いながら、
そういうこと言っちゃダメだろうとかっていうわけですよ。
ここも僕は非常に相互的長時間ってものを、
まぁそうじゃないかもしれないけど、
でも非常にある種の、
ごめんねお父さんむちゃくちゃなこと言ってるよねとかっていうところも、
私はそういうふうにはならないんだけども、
うちのことのやりとりでもならないんだけれども、
でもあの感じはよくつかめる感じがするんですよね。
この社会の側にいるくせにって思う一方で、
でもそもそも社会の側にいることが、
自分の救いになってるじゃんみたいな、
なんか作想していく感じがあるわけですよね。
で、
あの妙に発揮されてくる社会性っていうものに、
まぁまぁあの支援人の人も、
一方は精神科医の人までもがですね、
いやあの日常の会話はきちんとできてますし、
とかってふざけんなって感じがするわけですよ。
何のそういう言葉でもって判断能力あるってみなすぐらいならば、
そもそもどういう根拠で措置入院とかいうものを、
措置入院ってしちゃダメじゃないですか。
相手に判断能力がきちんとあります。
日常会話も日常生活も普通に送れます。
ちゃんとしています。
が逸脱行動しましたってなったら、
それは犯罪になりますよね。
警察だったですよね。
しかしそうではないと。
言うんだったらそれ判断能力がないから、
措置入院なわけじゃないですか。
なのに入った挙句に言うことが、
いや会話もきちんとできますし、
なんならATMの操作とか、
携帯電話もバッチリ使えてますし、
それは判断能力でも何でもないだろうと思う。
それは単なる日常の、
27:00
あのなんていうのかな、
日常的な認知操作に過ぎないじゃないですか。
認知操作と判断能力は違うじゃないですか。
って言いたくなるんだけど、
専門家は口を揃えて、
口裏を合わせたかのように、
だから私の目線ではね。
口裏を合わせてないのは知ってんだけど、
口裏を合わせたかのように、
みんながみんな判断能力ありますから、
ご自分の自由ですからとか、
自由だったらば、
措置入院とか言って、
個室に外から鍵かけんなよって言う。
そんなことを言うと、
全く同じ文を、
兄弟揃ってやってるなってことになっちゃうから、
しょうがないから先生のおっしゃる通りですね、
とかってことになっちゃうんだけど、
これを偽りの事故って言うわけですよね。
いやー、
絶えがたいわみたいに思う時がありますが、
それを、
この漫画は間違いなく、
ほぼ完璧に近い形で、
伝わるものとしてですね、
描写は素晴らしいんだけど、
全描写がもちろん同じわけではないので、
そもそもあれは引きこもりの話であって、
精神病の話ではない、
だけど名前のない病なわけですよ。
お兄さんは病気なんだ、
兄貴は病気なんだから、
そこをわかってほしいみたいなことを
娘さんに言うんだけど、
お兄さん病気なの?みたいなことを言われて、
そうだ、診断されてはいないんだ。
あれ一体病気なんだろうか?
っていうところから名前のない病気。
私の場合は、
それこそマシでもなんでもこんではないですけど、
名前はある病気なんですよね。
私はあれは、そうは言っても、
素人診断になっちゃいますけど、
まあ、
自己愛性から来る、
自己愛性に基づく、
慢性的な鬱っていう感じを抱きますけれども、
だから、
名前はつけられるんじゃないのかな、
みたいな感じがしますよね。
引きこもってるというのかな、
そういう話、
それ自体、
あくまでも、
減少面というか、
その人の生活スタイルに
関わる話であって、
対人関係を築こうという意欲が全くないとか、
そういう非常に
表面的な言い方をするなら、
そういう言い方になるんでしょうね。
でも、例えば、
目一個に音痴漢を出すぐらいの
社会性は全然普通にあるわけですよ。
これに乗っからないで欲しいな、
って思うわけですよね。
専門家とかいう人たちであるならば、
よく言うじゃないですか、
専門家に任せなさいみたいな。
専門家に任せるのが正しい。
最近、もはや、
専門家に任せるっていうのは、
思考停止以外の何者でもないと、
感じるようになっているわけですけども、
それがお前が
名乗り者な理由だって言われるとそうなんですけど、
非常に納得がいかないことが
多いわけですよ。
これはですね、当事者になると
出てくる問題なんですね。
山崎さんが赤い本で、
当事者と専門家っていうタイトルで、
どんずばだなって思ってるわけですけど、
あれを見るたびに、
もはやこのタイトルは皮肉に見えてくる
っていう感じがするんですけど、
私の書棚の一番近いところに、
30:01
当事者と専門家。
山崎隆って書いてあって、
皮肉っぽいなって感じがしてしまうわけですが、
当事者が苦労すれば苦労するほどですね、
なんかこれが
壁っぽくなってくるのが不思議なんですよね。
ここに助けられているのは確実なんですが、
それもあの例の
先ほどの
名前のない病の漫画の
言うならば、
なんつうんですかね、
マシだと思っちゃうポイントなんですよ。
専門家の世話に慣れてるから、
マシみたいな、
総古的長寿がな、
本当に子供っぽい発想なんですよね。
それはね。
だってそれでどんだけ苦労してると思ってるんだ
ということですよね。
どのところにも判断能力はあり
ってみなされて、ぐるぐるぐるぐる回って
話をしているだけで、
一個に拉致が開かず、
ほんのわずかな手続きが
じわっじわっじわっと進んでいるだけで、
それもある種の
出来事が起きると、その手続きは
たちまち吹っ飛んで何の意味もなくなるという、
なんか本当に
才の変わらずみ感ってすごいあるわけです。
この種のことには。
で、専門家に任せる
って言うんだけど、でも引き受けてくれる
専門家がいないというですね、
なんつえばいいのかこれを
世に難しい
ある種の空撃があるわけですよ。
ここに任せたいわけですよ。
全部丸投げしたいわけですよ。
だけど引き取ってくれるのが
ほんのちょっとずつなわけですよね。
そして引き取り方が
こっちの希望するようでは全然ないわけですよ。
で、それは
つまり
本当の当事者である、本当の病人の
言ってることを受け入れてるからなんじゃないの
って言われると、そういう面は
確かにあるんだけど、
全くそうじゃないとも言えるわけですよ。
例えば、
私がやりたいこととしては、
まあ、そうだな。
最低に積もっても
やっぱり
50万以上の金を
一度に使ってしまった場合、
一度に使うということが
起きそうになったら、それに
誰かが歯止めをかけてほしいって思うわけですよね。
50万とか一度に
使う理由は何もないわけですよね。
だけど、本人の自由
という話と本人もそういう
人権って話を支援員の人は
必ずする。反乱能力という風に
精神科の先生はおっしゃって
っていうことになってて、
結局のところ何の歯止めもわからないっていうのが
結末になるわけです。
そこで介護士の人たちに
人が登場して、
なんか不自由ないですかとか言って聞いて、
この介護士がすごい
非常にいいポジションに
いるその方に
とっては非常に
すごいなと思うんですけど、
仲良くなっていて、
じゃあちょっと
テレビの配線頼むわっていうことで、
テレビの配線がその日
半日、私にとって半日かけて
いやーよかったよかったテレビつくようになったね
じゃあこれで
っていう話になってるわけですよ。
いやなんかこう4時間かけて
結局この人はテレビが
見られるようになった。
33:01
めでたい。まぁめでたいかもしれないけどさ、
まぁね
この介護士の人が何がすごいって
介護士なのにテレビの配線もできちゃう
というところがすごいわけですよね。
この人は何でもできまして、
これからこういう人って
重宝されるだろうなって思うんですけど、
なんつーのかな
電気屋さん
兼
ある種の左官屋さん兼
介護士ですみたいな。だから
非常に重宝するわけですよ。
だから結局こういう人たちって
例えばWi-Fi設定できませんとか
SIMを新しく
入れられませんとか
モバイルインターネットの接続ができません
とかいうことにしょっちゅう
ぶつかってるはずなんですよ。特に高齢の方はね。
一生懸命
首引きになれば
支援員の人とか
福祉施設の人にもやれるんだけど
やってあげる気はないわけですよね。
仕事じゃないから自分のと思ってるから。
この介護士の人は
それらを全部あっという間に
詳しいから詳しけでやれますよね。
若い男の人ですし。
ものすごく多分
重宝がられてるんだろうなと。
一個一個は普通の人が
普通にやってることばっかりですよ。
ただし全部できるんですよ。
オールマイティにやれる。
うまく
私の兄弟ともそうですけど
仲良くなれちゃうんですよね。
だからといって
別に
法的なことに
詳しいとかは一切ないから
例えば
金銭管理に関する
代理人の手続きがどうたらこうたらとかには
ノータッチなんですよ。
私がやりたいことは
なんとか
心を穏やかに
してもらって
本人にとって
何のデメリットもないところの話に
ある種の
向こうから見れば
くさびを打たれるってことに
どうしてもなるんでしょうけれども
くさびは打ってないんだけどね。
第一、別に私が
管理するという話ですら
ないんですけれども
だって管理するのは銀行なんで
銀行がそれを管理することを
私が許可するということを
法的に根拠付けたい
というだけなんですけどもちろん
そんなことは一切認められない。
なぜなのかっていうのは
例の相互的長時間で
僕はそこで相互的長時間ってものを強く意識するんですよね。
だってそれは許されないことだろう
って言われてみると
この人はモラルとして
これ喋ってるのって感じがするわけですよね。
なんでここでモラルが出てきちゃうんだろうと。
だってこれは
例えばですけれども
障害者に対するそれは差別だろうみたいな
話になる。そうかな
そうなのかなみたいな
例えば私が
ちょっとね調子よくないな
ってなった時に銀行が
大金の礼儀を
銀行が独自に
私のために管理してくれるって言うなら
頼みたくなりますけどねっていう
36:00
だからそこはルビーのツボなんですけれども
全てが白眼対象に
見えてるときはもちろんそれは
銀行は国家の手先だから
自分の金を管理することのために
じわりじわりと私に
不利なことをしてくるっていうことになってるんだろうから
背景的にはその背景に
さらに有効得があるのかもしれないし
それはわかんないんですけども
そういうことは十分あり得ること
あり得ないですよもちろんね
脳内では脳内というか心内では
あり得てるんでしょうから
今言ったのは
でっち上げのように聞こえるかもしれませんけど
ほぼこのままなんですよ
だからそこの私は
その心的世界を
イメージしながら
とはいえこれでもこれだったらいけるか
みたいなのを探り探り喋ってるわけですね
しくじるわけですけれども
僕に見えてるわけじゃないから
そして変わるんで
ことの光景が残念ながら
でつまり不安定
ってことなんですけど
こういうことを
専門の人たちは専門だから
専門家に任せなさいと言うんならば
やってほしいんですよね
そこまではできません
ってのは僕はおかしいと思うんですよ
だって僕にはできないわけじゃないから
できてないですよもちろんね
しくじってるから
でも当たらずといえども
遠からずなところまでいけてるわけですよ
考えに考えているし
こっちは図に
書いたりしてるわけですから
自分だけが見る図ですけれども
そんなにおかしくないんですよ
あれは架空の話で
あの人ああなんでしょああだったよねって言うと
喜ぶんで
ってことは見えてるものが
近づいているっていうことは確かだと思うんですよ
当事者だからやれるって言われれば
それまでなんですけど
だから当事者と専門家なんですよ
やっぱこう協調体制でいきたいわけですよね
どこか専門の人たちは
まるで長寿が
敵になってきてですね
そこはお任せください
ただし私は一切やりませんって
これこう見えるんですよ私にはね
これは白外観なのかもしれないけど
ででですね
ここまで
話をしてきたのは
こういう話を聞いてほしいみたいなところもあったと思うんですけど
こんなにしゃべったから
じゃなくて僕が言いたいことは
これは連結への攻撃なんだと
お互いやってることはみんなそうなの
私もそうですが
つまりビヨンが連結への攻撃
って言ったとき
そこに相互的長寿が
ビヨンは相互的長寿がみたいな言い方
あんまりしてない感じがするんですよね
でもあの連結への攻撃は間違いなく
陰性治療反応の系譜から来てると思うんですよ
陰性治療反応で
相互的長寿がはもう大活躍中だと
思うんですよね
これが連結への
攻撃だという話になっているならば
私のは
すごいそれを感じるんです
連結への攻撃っていう
何のためにこの相互的長寿がっていうのは
由来は何なんだろう
なんで出てくるんだろう
先日濱内さんの
濱内さんの
ちょっと詳しく知りたい人のための
精子分析講座だっけ
youtubeで
39:00
これに近い大阪
名前が出てこない
とにかく
そういうのがあるわけです
精子分析案内という本が
それをベースにした本で出てきてるわけです
大事なのはですね
ここで残虐な長寿がって言葉が出てきたんだけど
連結への攻撃って話が出てくるんですよ
その時に
スプリッティングって話が出てくるわけですけど
これらがベースにある
破壊的な長寿がの
しかし
目的って何なんだろうと思うと
やっぱり私はですね
脆弱な寿がを守るってことに
尽きると思うんですよね
防衛って全部そういうもんだと言われるやそうなんだけど
やっぱり私の身内の寿がが
非常に脆弱なために
持たないんですよパーソナリティが
だから下手な繋ぎ方をして
こいつのことは信用しようみたいになる場合
そいつからの情報を
一通り信じなきゃならなくなるわけですね
そうすると
UFOとか国家陰謀みたいなのが
吹っ飛ぶ
吹っ飛んだ方がいいんだけど
吹っ飛ぶことによって
パーソナリティが持たなくなるから
そういう連結を切んなきゃならない
この時にこの優劣とか
モラルとか
お前に比べて私の方が優れているんだから
判断力高いんだから
お前ごと比が口出すなみたいなことを
私に言うのはモラルなんですよね
やっぱり正しいということ
正しさということなんですよ
もちろん
妹は私に対してこれも相当
今更だよって感じがするんだけど
小学校以来の
計算能力におけるコンプレックスがあって
私の方が
ある種の頭脳が優れているって思ってるんで
そんなことは別にないんですけど
そう思い込んでるから
なんとか私の上手手に出なきゃ
っていうことで
ここで誰かが必要になるわけですよ
この誰かが
性愛対象になりやすいんですよね
と僕は思うんですよ
それだけじゃないんだけれども
でもその誰かつまり男なんですが
できると途端に
難しい本読み出すんですよ
だから絶対この人じゃ分かんないだろうなと
私もさっぱり分かんないんだけど
コンピュータハッキングの最前線みたいな本
もう1ページ目から
意味が全然分からないっていう本を
あのもう
読破したからって言うんですよ
私もハッキングのことは何でも知ってるみたいになって
お前ごときが口を出すなみたいになるんだけど
結局言いたいことは
最後の部分だけなんですけど
私が口を出すのが面白くないということなんですけれども
これと
全く同じような
描写が随所に随所に
名前のない
名前に出てきて
これは本当に相互的
まああれは兄貴ですから
それも年ずっと上の兄貴なの
15上かなの兄貴ですから
そもそも自分の方が優れてると思うのは
難しくはないわけですよね
私の兄弟はなんかハードルがあるわけですよ
私の方が優れているんだ
というために男が必要みたいになっちゃう
その男はすげー詳しいみたいな
もちろんそんな
多分ですよ多分そんな事実は全くない
42:00
絶対コンピュータハッキングとかは分かってないと思うんだけど
なんかそれっぽいことを喋るわけですよね
それっぽいことを喋れば
まあはっきり言って
私の肉親はそういうことに
あまりにも無視なんで
私の母と何も変わんないんで
Wi-Fiの設定一つ自分じゃできないのに
コンピュータハッキングの再現性も
分かるはずないじゃないですか
なんだけど私より詳しいって思いたいわけですよ
私に口出されるのが嫌だから
私との連結を
攻撃したいので私からの情報は
一切嘘であるってことにしたいわけですよ
これと
だから本人の中では難しいですよね
これと私に
例えばiPhoneの
Wi-Fi設定をさせるということは
矛盾しちゃうじゃないですか
そこで最近目悪いからさ
ちょっとお前やっといてよみたいな
なぜか私はお前呼ばわりされるんですよ
でこれで私が
向こうをお前呼ばわりすると
兄弟って言っても上下はないんだからみたいなこと
ここも相互的長寿が
なわけですよね
モラルがここで出てくるわけです
非常にこの辺が私はですね
このモラルは
何のためにあるのかということが
なかなか
その信頼構造
というのかな
信頼スキーマ
スキーマなんだけど
スキーマ旅行みたいな
スキーマがあるんですが
このスキーマの中でこの長寿が
何やってるんだろうってなった時にやっぱり
このスキーマを守る
そのためにはこのスキーマを余計なものと
接続しちゃいけないという
それがこのリンクへの
攻撃ってことになる
経営リンクってのはよく言ったもんだな
やっぱりノーイング
知りたいという気持ちの
これは結局信じたいという気持ちと
関係が出てくると思うんですけど
そこに愛情ってものはどうしても
だって愛用も何もないのに
この金にも全くならない
4時間のオフで実際私は
これで1日に4000円ぐらい
使っちゃって
しかも時間として7時間ぐらい使っちゃって
でやれてることは
グループホームの
テレビが見られるようになって
みんなで拍手を
なんかよく分かんないけど
これが素晴らしいことでしたって
思うしかないなっていうことなわけですよ
で取って返して
実家に行って話を報告しても
誰も何の興味もしない
ないというね
娘の話ですからね
っていう
先月はなんかこうね
病室で泣いてたじゃん
もう全くどうでもいいことを
聞いてるような感じに
あれですからね認知症ですからね
私の言ったことは5分後には全部忘れちゃうんで
汚いんですけど
この
母の認知症も
間近な
病院に連れていくと
これはまだ認知症というよりは
マイルドコグニションなんとかかんとか
っていう
どう考えてもさ
っていう感じがするんだけどそうじゃないの
この辺はもう判断基準の問題かもしれない
んですよね
生活はできてるわけですから
45:01
生活ができてるっていうのもまた
余計な情報なんですけど
いつも思うんですけどね
不思議なんですよ
1階を
占拠されてたわけですね私の兄弟に
1階を占拠されていたから
2階でキッチンも
シンクも何もないわけですよ
なのに2階の
手洗いのところで
皿洗いとかしてるから詰まるわけですよね
詰まって水が逆流してきて
その水噴いてるわけですよね
で私は1階に戻れよと
もういないんだからさ
って言うんだけど
帰ってくるかもしれないじゃんとかって
これが認知症的なものなのか
違う理由によるものなのか
私もここまでですね今度は
さっきは妹のわけのわからん
スキーマを一生懸命考えていて
今度は母のわけのわからん
スキーマを一生懸命考えるというのが
疲れるんでって喧嘩になっちゃうんですよね
どうしてもこれを
向こうの信頼図に沿って
考えて一生懸命頑張る的が
兄弟に対するほどは
やる気になれないという
これやっぱ
親なんだろうなという
親のことは
やっぱりこっちが面倒見るんじゃないんだろう
とどっかで思って
まあ母はあまりにも私に偉そうだったんで
あの
どうしてもその市場が出ちゃったなっていうね
これをちょっとなんとかしたいなと
最近思っていて
ここでも総顧的調子なんですよ
母の
面倒見るのは面白くないという
気持ちが
どうしても母は私に対して
あの非常に
上から来ていたんで
あれは舐められないとしていたってのは分かるんですよ
今となってはですね
母の父は非常に猛力的だったんで
男には絶対
舐められないっていうのが
無駄に強くてですね
あれが元でどっかで無駄な喧嘩をして
死んじゃうんじゃないかこの人とは思う時が
時々あるんですけど
何かね過剰に気丈なんですよ
まあでも80の婆さんってどこから見ても婆さんなんで
多分大丈夫だろうと思うんですけれども
時々
街で滅多にやんないんですけど
根本的には息の弱い人は滅多にやんないんですけど
突然クレームを掛け出したり
突然文句をつけ出したり
するっていうのが
年を取ってからやや悪化してるわけですね
それがさ
なんか絶対
こいつに喧嘩を普通しないよね
なんかもう髪の毛アフロで
グラサンかけていて
うちの母の2倍ぐらいでかい男ですみたいなのに
前に食ってくだったことがあって
向こうがああ本当すみませんね
とか言う人だったからよかったけど
なんかもう一発殴られたら
もう体飛んじゃいきそうですけど
よく喧嘩するよねっていう感じが
普段は絶対しないんですよ
そういうことを
でもなんか火がついちゃうんですよね
突然PSポジションに入るっていう感じがあって
あれと私が勝ちあってしまう
というですね
今日はなんかこういう話に終始していましたが
倉庫的長寿画
という話を私は今
非常に
48:00
調べたい
でもこれは単なる長寿画対象に修練されていくんですよ
という話を
それこそ
シーズン5でお話されていて
やっぱりそうなんだろうなこれ
長寿画と名付ける
どっち極小論でした?
第一だったか第二だったかすぐ忘れるんですけど
極小論長寿画自我Sみたいなの
じゃなくて長寿画対象
ってやっぱり考える
それだと親対象になっちゃうないかな
みたいな感じを思っていたり
スプリッティングで
破壊的で
だから悪いおっぱいってことなの?
って感じもするんだけど
悪いおっぱいがでも自我を守るの?
っていうやっぱりだからこの辺が
素人考えで
もう少し詰めていかないと
ダメなんでしょうねっていう
でもそうすると結局違う発想
必要になるのかもしれないですよね
なんかこうクラインの世界って
やっぱりこう
美容の世界って科学的なんですよね
急に記号化していく
クラインの世界ってなんかやっぱりこう
昔話的ですよね依然として
ユングの世界とある意味
似てる気がするんですよ
良いおっぱいなの悪いおっぱいなの
妖怪みたいじゃないですか
なんかこう非常に人間臭さがあって
人形劇を聞いてる
なんか無意識的空想の
世界みたいなのって人形劇の
世界みたいなのなんだけどだからユングっぽさを感じるんだけど
美容になると
K-KLHとか
そういうβαみたいな
Tαβとかそういうもう
なんかそういう世界になっちゃうTαBか
なんかそういう世界になっちゃうんで
あれはやっぱり
気質の差もあるんだろうけれども
こうしたらわかりにくいですよね
ただ一般論として
持っていくためにやっぱり
こういう方向性が必要なんだろうなと
妖怪がウジャウジャみたいな世界って
一般化しにくいような気は
しますよね