1. 佐々木正悟のライフハックからの精神分析
  2. 野良なりに精神分析しようとす..
2025-11-12 51:36

野良なりに精神分析しようとすること【1277】


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サマリー

ビジネス系コンサルタントは自己紹介を避けるための手法に悩みながら、松木くにひろとフィリアム直樹の精神分析に関する著作に触れ、フロイトや精神分析の難解さについて考察しています。特に、著作における週2回のセッションの重要性や、それが持つ現実的な困難さについて深掘りしています。フロイトの夢分析に関連する考察から、乳幼児心理の重要性と、それに関連する人間関係の依存性を探求しています。また、夢の役割や精神分析の手法についても触れ、個人が抱える幼稚な側面を議論しています。このエピソードでは、現実と比喩の関係、そしてそれに伴う心理状態の複雑さについて考察されています。特に、熊に襲われた体験などの危機的な状況における比喩の役割が強調され、人間が如何に現実をメタファーで理解しているかが語られています。このエピソードでは、精神分析とその実践に関する工夫やチャレンジについて語られ、特に松木さんの著作を基に人生における挑戦とその意義を探求し、自己啓発に繋がる要素を考察しています。

自己紹介の省略
おはようございます。ビジネス系コンサルが精神分析について考えるラジオ第1277回をお送りします。
あ、間違えた。力動系のビジネスコンサルが精神分析について考えるラジオですね。1277回をお送りします。
タイトルをいちいち変えてるんで間違えた。11月12日水曜日7時44分です。
リアルにすればいいっていうのがあるんでしょうけど、リアルにそのうちにしようかな。
後で収録し直さないので、たぶん別に、間違えて今のように取っ手出しにしちゃうと思うんですけど、
タイトルコールを変えてるのはですね、自己紹介というのをするのがめんどくさいからなんですよ。
毎回毎回毎回毎回1200何回もやってるのに、このラジオはなんとかなんとかでやる理由がないじゃないですか、僕の場合。
どういうわけなくてもあれを聞くと、僕は基本的にはスキップするわけなので、どう考えてもなくていいなって思って、
いろいろ僕はタイトル考えてるんだけど、考えるたびにイケてないなって思うんですよね。
イケてないタイトルを何度も何度も考え直して、しかもその番組についての説明は番組内でやるっていうのは、いろんな意味で無駄が多いと思って、
すると、いや全部説明しとけばいいじゃんっていう風に考えるようになったんですね。
だからやること変えたらタイトル変えればいいんだっていうことを考えて、僕ノートってある意味そこはすごい好きなんですよ。
あれってなんとかのブログってないじゃないですか。いいタイトルしかないじゃないですか。
僕SNSが流行ったのは基本無駄にでいけるからだと思っているんですよね。
やっぱり一番いいのは文章の1行目を勝手にタイトルにしてくれることだと思うんですよ。
本の編集さんとかからすると最もナンセンスな考え方だと思うんだけど、僕の考えではそうなんですよね。
あれはSNSなんだから、そういう風に見出しというものはつける能力のある人がつければいい。
僕ないんで、これに関してないっていうのはどういうことかというと、つけたいという意思がないってことなんですよね。
ないものってあるんだなって思うんですよ、時々。
例えば僕は絵が描けないんだけど、そのことはすごい不便だと思うんだけど、残念だと思ったことはないんですよね。
多分描きたいと全く思ってないんですよね。
この全く思うことのないことってやっぱり意思がないってしか言いようがない気がするんですよ、ある種のことが。
例えば僕ライブって行ったことがないんですよ。
行きたいと思ったことも一度もないんですよ、人生で。
なんかね、好きとか嫌いがないんですよね。
行くイメージが全くないので、好きとか嫌いがないんですよ。
こういうのってないんだなって、ライブ行ったことないっていうとすごい驚かれることがあって、
あ、そうなんだって思うんですよね。
だけどライブに行きたいと思ったことがないから、行くのを回避してたりとかはないんですよ。
単に行ったことがないんですよね。
あ、人ってライブって行くんだって知ったのは大学卒業した後の話なんで。
人ってライブって行くんだみたいになって、ほら野球場ってそうじゃないですか。
行かない人全然行かないでしょ。
僕ほとんど年間毎日行ってたような時もあったぐらいなんですよね。
だから野球、野球場行きたくないって人を連れて行きたいとは別に思わないんですよ、野球場って。
あのボールパークに連れてってっていう有名な歌があるんですけどアメリカにはですね。
まあ話を飛ばしまして、要するに自己紹介するのは面倒くさいということでね。
だから自己紹介をせずに済まそうと思ったらこの形に行き着きました。
松木くにひろとフィリアム直樹の著作
で動画はですね、何ら動画をこれにしたいとは思わないんだけど、
えーと、これで流してみたらYouTubeの方が見られているということがあっさり判明しまして、
そうかみんなやっぱりYouTubeの方がいいんだというか、みんなのみんなじゃないと思うんですけど、
あのYouTubeの方がいいという人はいるんだということがわかりまして、そっちにしました。
はい、でですね、えっと、お知らせはなくて、あのいきなりも本題なんですけど、
先日あの松木くにひろさんのQ&A集とフィリアム直樹さんの精神分析の割と本格的な例の3部作ですよね。
営み、続編、語らいの3部作、なんかこうわかったようなことを言っちゃってますけど、
要するにタイトルを全部思い出したりするのが手間だということで、
今のように飛ばしておりますが、の第4作目ですね。
もうマジに待っていたんで、昨日早速読んでるんですけど、寝ちゃったんですよね。
めちゃくちゃ眠かったということもあったんですけど、いやー寝るなーって思ったんですよね。
なんで寝るんだろうって思って、でも寝ちゃったんですよね。
で興奮するんですよ。興奮しながら寝るんですよね。
すごい不思議な感じがします。まあ眠いんだろうなって思うんですけど。
これだと営業妨害してるみたいで、めちゃくちゃいい本なんですが、
ただ3部作読んでからの方がいいなーっていう感じの本ですね。
なんかもう何だろう開き直ってる感が少し感じるんですよ。
でも藤山直樹さんはそういうところあるんですよね。
だって続ってタイトルを本につけちゃうじゃないですか。
あれビジネス書ではよほどのことがない限りは避けたいわけですよ。
前作以上に売れる第2作目って存在しないんですよね。普通は。
まあもちろん例外はありますよ。でもかなりレアなんですよ。
フロイトの精神分析の挑戦
どんなに売れてるシリーズでも1作目が一番売れる。
漫画って第1巻が圧倒的に売れるようにですね。
やっぱり2巻以降どんなに面白い漫画でも続き読まないって人はいるんで。
あのあれですよ。ちょっと先日すげーって。
あれですよ。認定トレーナーさんに厳しく言われたんですけど、
僕寄生獣って1巻しか読んでないんですよ。
あれを1巻でなぜやめられるんだとかいう人はいらっしゃったんだけど。
いやだって1巻が一番売れてるんですよ本っていうのはね。
絶対に途中で挫折するものなんですよ。ある種の人はね。
最後まで全ての本を読み通すってことはまず考えられなくて。
だってあのやる気クエストはそうですよ。
やっぱりね。1巻は圧倒的に売れてますもん。全6巻で。
で面白いくらいピアノのようにドレミファソラシドなんですよ。
どんどん売れなくなっていくわけですよね。
だから俗ってやめるべきなんですよ。
俗というのは前よりは売れなくていいって宣言してるようなものなんで普通に考えれば。
ましてその学術集じゃないですか。
学術書に俗ってつけるってのはもうあのまあ出版社さんがそれでいいならいいんでしょうけど。
まあ基本的に出版ビジネスの世界ではよほどのことがない。
俗ってのはもう前作が大ヒットしたっていうのと全く同義語なんですよね。
普通に考えれば。
連作が半分しか売れなくても採算は十分取れるからっていうなら俗ってことになるんだけど。
だから俗をつけられるという方は前の方に読んでるのは当然だよねっていうニュアンスが入ってきてるわけだから。
僕らもねチームハックスっていう本がスピードハックスの続編で出てるわけだけど。
絶対スピードハックスを読んでることがある意味前提になってしまう。
そうじゃない本なんですけど。
でもチームハックスがスピードハックスほど売れるかっていうとそういうことは起こらないことなんで。
まあそれは常識なわけですよね。
ある意味では。
でそういうことを踏まえて4作目はやっぱり全3作を半ば読んでることが、読んでなくても分かるけど、分かる人には分かると思うんですけど。
読んでても分かんない僕には分かんないんですけど。
なら読むなよって話もあるんですけど。
まあでも非常にためになりましたけど、ためになりすぎるとまた3ヶ月チャレンジが誰得でもないのにその影響を受けてやや変更を加えるってことが起きちゃいますので。
あの影響を受けすぎないように、こういうこと考えてるから寝ちゃうのかなと思ったりしましたね。
すっごいですねあのもう本当になんかそのお気持ちは手に取るように分かりますっていうのと一方でなんかこう不可能なことが書かれているような気もしますっていう。
なんか藤浦先生、先生じゃ藤浦直樹さん自身があのフロイトって無理なことばっかり言うよねってことをこの本の中に繰り返し言ってるんだけど。
藤浦さんも無理なことばっかり言ってるような気がするなあっていうことを感じますね。
なんでかっていうと例えば週2回は絶対やってほしいみたいなことがあっさり書かれているわけですよ。
まあちょっと文脈飛ばしてますけどね。
精神力堂っていうのは週2回やんないとわからないんだみたいな感じで書いてて、でも絶対わかる価値があるから週2回みんなやろうぜみたいなノリがあるんだけど。
いやだって隔週すら危ういっていうのがなんか一般に心理臨床で今言われてることじゃないですか。
隔週っていうのは、隔週対週2っていうのは4倍ですからね。値段も時間も4倍かかるよってことですからね。
隔週がきついって言ってるのにその4倍かけましょうねっていうのかなんかあの無理でもそうしてほしいみたいなのってわかるんですけど僕には。
あの僕はわかるようになったんですけど幸いこれラッキーでしかないんですけどね。
たまたまなんだけどわかるようにはなったんだけど、いやわかるわからないように無理だろっていうね。
あの平等に漂う注意のことを藤山さんはフロイトについて言うんだけどそれは無理なんだっていう。
無理なんですけど平等には注意は漂わないから。
僕はのアメリカの博士課程で偏向が注意だった、アテンションだったんで。
注意を平等に漂わせるってなんだよっていう感じなんだけどフロイトは言うんですよねそういうことね。
それは無理だろって藤山さんが書いていてこの無理なことをでもあえて書いているっていうことはそこに本質があるんだみたいなそういう、なんかこう2度も3度もひねっているような書き方なんですけどでも週2は無理なんですよ。
心理臨床のまあ僕はこれもどうせ制度外ですから何言ったって同じですけどまあ無理だろうなぁとは思いますよね。
週2、3日はやってますよ週2とか週3とかねでもすごい無理に無理を僕はアクロバットをやってるんで制度があったら無理なことを僕は制度外だからやれてるっていう話でしかないわけですからただねあのその言い分はめちゃくちゃ上がりますそのその文脈じゃなければあの今回出た藤山さんの新刊の意味ってのはすごいわかりにくいと思います。
もうなんかこう転移とか対抗とかもちろん出てくるんですけど精神分析のなんて言うんですかねいわゆる今まで中心にあったような議論の先行ってる感じするんですよね藤山精神分析官がすごいんですよ
あのもうなんかこう言うならやっぱり乳幼児心理ですよね乳幼児の心理をどうするかなんだみたいなノリがあってだからもう一個で解釈をするとかえーとなんかこう乳連想に対してまあよくそこは書かれてるんですけど理解して解釈するみたいなのは当然そうなんだけどなんて言えばいいんですかねそうじゃないんだみたいな
なんか先行はダメですみたいなことをすごく言うんですけどあんちゅんだろうかかえられるそして手放されてしまうってその体験が大事なんだっていう僕ねこれまで別に僕は制度外だから全然いいと思うんですよ全然よくわからないけどあのダメかもしれないけどいいと思うんですけど僕ねどうしてもの夢分析っていうのの意味がわかってなかったんだよね
そう繰り返し繰り返しこれ藤山さんの本読むたびにね他の人の本だとここまでは思い知らされないんですよ夢ってわかってないなーっていうのはですねめちゃくちゃ勘にさせられるんですよねなんでフロイトが夢判断にあんなにこだわっていると思ってるんだみたいなそういうこう感じで出てくるんですよね他はわかるじゃないですか精神分析って基本的にはあのものすごくマニアックにものすごく頭の人がものすごく一生懸命人生相談やってるうちにここに行きそうなのかなって思うんですよね
フロイトの夢分析
でフロイトのアプローチって夢占い的な雰囲気はなくはないけどすごく薄くてなんかこうそれよりもこだわりが強いっていうのはわかるんだけどかなり早い段階から夢へのこだわりってあってなんでなのっていう感じはありますよねありませんよね皆さんにはないかもしれない私にはあってあのなんでこの人こんなに夢にこだわってるんだろうっていう人生相談という目はそこまで深く結びつかないといけないんだろうかっていう感じで
でフロイトのアプローチって夢占い的な雰囲気はなくはないけどすごく薄くてなんかこうそれよりもこだわりのようなものを感じさせられるまあ無意識への王道って言うんですけどそりゃそうだと思うんですけどただあの今回の僕の読みですよこれはあの乳幼児への乳幼児心理っていうものの重要性まあだから言うなら独立学派っぽさが強いと思うんですよねウィニコットとかの辺だと思うんですけど
組織的対抗なんかバリントもすっごい思い知ら思い出させられるんですよ藤山さんの本読んでるとマイケルバリントですねなんかこうなんつーのかなそこですごい古風土とどう切り分けるかってことにどっかで書いてらっしゃったと思うんですけどそこはすっごいなんちゅうの混ぜられるのが嫌っていう感じはするんですよね
なんかこうふわっと幼児を抱くって話じゃないんだけどでもこう乳幼児のようにクライアントさんがなっていく過程は超大事だよみたいなそういうなんだけどこうふわっと優しく包み込んであげるだけじゃダメだよみたいなそういうコットってそういう雰囲気がちょっとあるんですよね
まああの自画心理学の方で波紋だった人であの人あの人ですごいビッグな人だし変わってんなと思うんですよねわざわざ自画心理学であんなにこうだって精神分析学会か教会の会長だったと思うんですよなのにこう言ってみればそれその人が波紋されるみたいな話ですからね精神分析の世界って怖いなって思うんですけどあのなんちゅうのかな
容赦ないところあるよねって思うんですよねなんかこうまあ自分から出ていったようにも見えるんだけど本当のところ本当のところは全部学面通り受け止めればいいのかもしれないけどなんかちょっと学面通りは受け止められないような感じがあそこら辺には漂いますあのねえミニコットさんの弟子のカンバーグだっけ
カンバーグじゃない全然違うカンバーグが全くないあの何だろう名前が出てこなくなっているとにかくあのあの人の話もちょっと学面通りなのかスキャンダルなのかなんだか非常に分かりにくい話がありますがえっと多重関係みたいな話なんですよねでも何かな
まあいいや話戻しますとその入業時のような心理状態になっていくわけじゃないですか店員とかもその基本的には見ず知らずの人だったはずなのにその別れがたくなっていってなんていうのかなダダッコみたいになっちゃうみたいな例えばね私もそのそこでボロを出さないと防衛が効きすぎていてあんまダメなわけですよ
私結局その辺が抜けなかったんですけどね秘密の話ってするわけだからある意味人生相談してるってことは結局のところその依存していくわけじゃないですかでこれが嫌だって言うわけですよねある種の人からするとでそういう人ってのは結局何を言ってるかっていうと自分一人で生きていけないけど人には頼りたくないですっていうことになっちゃうわけですよねそこに用事性がありますよねで
そういうふうに社会人ってなってると思うんですよだってどっち道人に頼ってるのに人に頼ってないっていうふうに言いたいがためにいろんなことを否認するわけじゃないですか例えば自分一人では食事も満足に用意できなくてもあのお金払ってるから俺なんか
人に頼らずにもの食えるしみたいに言うのかもしれないけど例えばそういうのは震災とかが起きると意外ともろかったりするみたいな話なんだけどそれはもろいんではなくて意外ともろいんではなくてもともとそうなのでそれが表に出るか出ないかだけの違いであって表に出ない間は否認がしやすいわけですよね自分は人に頼ってないぞっていうでも地球にも頼ってるし空気にも頼ってるし重力にも頼ってるんだけど頼りまくりなんだけど
あのいやそういうのは違うでしょっていう感じとにかく他人には頼ってないんですっていう感じでなんだけどあの異色獣にまつわるフルコースはほとんどが実は他人が世話しているとも言えなくはないんだけどでもお金は稼いでますからみたいな感じでそうすると例えばですけどお金稼ぐことにものすごい比重かけなきゃなんなくなるわけですよね
夢の役割と精神分析
どんなに嫌なことでももう仕事だからやるみたいになってしまってそれは何でかというと人に頼りたくないという気持ちが核にあったりするわけですよ頼っとけば話楽なのになっていうのが得られないわけですよねでそこには人に頼れないという要事性があるわけじゃないですかその発想は独特の幼稚さがあるんだけどその幼稚さってものは表に見えてこないわけですが
毎週毎週毎週相談相談相談しているうちにその人の幼稚性ってものが出てきてもおかしくはないわけですよこれが毎週1回じゃああれだよねっていうのが藤山さんの今回の本の割と僕は核にあるだからの
藤山さんってかなり長いこと今週1回問題にずっとかかずら割ってるというか頭を締めてる感じがありますよねまあ本人はわかりませんが僕から僕のようにこう程度外の遠脇に眺めている人間にはそういうことが感じられてくるわけですね
アムステルダムショックみたいな話があった時に僕が最初にアムステルダムショックってそもそも日付役が藤山さんなんじゃないかと誤解してたんですけどわかんないんですけど
あのそういうことではないのかなって感じなんですよどっちかというと藤山さんもそれでショックを受けた側の方ででも週4回踏みとどまりますみたいな感じでそのことが書いてあるんですよ
で100人以上はいたはずわかんないですけどいっぱいそこそこいっぱいいたりまあ100人だってちっともいっぱいじゃないと思うんだけど
小西西島何万人とかいるわけでしょ100人とかすでに少なすぎだろうって思うんだけどあの精神分析になろうとしてた人高校生とかいいんですよねそれがなんか
一桁になっちゃったみたいなかも8人とかいう世界ですよねのうちの一人が藤山さんだったみたいなんですよ
そういうような話14回とかにこだわった人たちが最後に残ったのなんかあれですよ僕の感じからすると最後の最後に分裂していった社民党みたいな
あなんかこうあの村山のアムライマ首相とかそういう元首相ね なんか憲法9条絶対頑張るんだみたいな
あれだけど気がついたら8人とかになってないみたいなそういうニュアンスを感じたんですけれども 比べられるとどっちが起こるかわかりませんが
僕がその時すごい思ったことはその ここまでこっちに残る価値っていうのは何なんだろうなって思ったんですよね
週4はい週1じゃないですか 妥協の意志がどっかにないのかみたいな感じですよね
でも藤山さんもその本今回の本の中に週にはやっやっておきたいみたいな みんなやっておきたいんだみたいな
みんなにやらせておきたいんだみたいなあのそうはそうは書いてないかなでもギリギリそんな感じ だけどねっていう感じがする
でてしでもなんでもない僕が週にに一生懸命こうチャレンジしようとしているこの変に滑稽 なんですがあるわけですけどここにね
あの精神分析にあるんじゃないですよ僕のところ僕という人間の滑稽さなんですけど これはまあそれが僕なんでそれはいいんですけど
その主流に入って何が週1と違うのかというと 明日があるっていう日が1回はあるんですよね
明日もまた私と話すって日が1回はあってでこう 依存度がもっと高まるわけですよ
わずか2回1回の差なんだけど いう1回っていうのは1回終わると終わってしまうんですよね
また長期にあの接触しない日が6日来ちゃうわけです でこのサイクルしかないんですよねでも週には違うんですよ
いっぱい終わるといつか開くっていう人1回終わったら翌日あるっていう人のこの2パターンに
ばらけるわけですよねつまりリズムに何種んだろうな こう不安定なものがそこに発生するんですよ
これが乳幼児審議のその非常に重大な核になってるって話なんですよ 要するにお母さんはすごくガッチリ面倒を見てくれる時と
まったく放置しちゃいがちな時とがあってであが者にとってはその2つはもう ねあの恋人と別れるのとあと新しく付き合えて
3月の時代ですぐらいの差があるんだと何か思い出すじゃないですか ボーダーですよね
総局でもいいんですけどなんかこのそういうニュアンスがありますよね理想的な世界と絶望的な 世界の行き来
これこそが僕らのその人生の悩みの多め核にあるものなわけじゃないですか あの
あなたに会えて最高みたいなまあ夜の営みもしまくりみたいな 知らんですけどそれがいいのか悪いのかを知らんですけどでも8じゃあこれから3
ヶ月会えないからみたいな何なんそれっていう それで怒り出しちゃう人とかもいっぱいいるわけでそれで別れちゃう人もいるわけ
じゃないですか でも赤ちゃんにとってはもっとこれが切実でもっと絶望的なわけですよ
お母さんと一緒みたいなもう永遠に一緒だからねみたいなのから急に何かじゃあもう 一緒会えないからみたいなもうそういう
母を訪ねてっていうのはやっぱりすごいしなんちゅんだろうな アイドルだよなぁと思うんですよね
その原点ですよねだから恋愛以上なわけですよ 恋愛をもって僕らはなんかこう自分の精神の不安定さの極地を連想するのか
じゃないと僕らはそれを遥かに超えたやつをとっくに乗り越えてきてるわけですよね あの家うちのお母さんはちょっとどこやでしたからとかいうのはもっと違うん
ですよもっとひどいんですよと濃いんですよこれがだって えっとほどほど仲がいい母ともっとこう不安定だった母子関係だったら
もっと安定だともっとこの振り子が激しく揺れるわけじゃないですか なんかもう
あっつんばっつんですよねある意味分振り回してるようなぐらいの振り子運動ですよね このレベルまでいったことが自分はあってそれがトラウマになったり
それがその人の耐えられる限界点の能力を高めていったり 両方あったはずなんですよきっとわからんけどざっくり言うと
僕も絶対そうなんですよね で
そういう私の見る夢ですよ だから夢判断みたいなことをしているのって結局そういうことなんだと思うんですよね
その世界では 夢が見られなくなるっていうのはつまり絶望しすぎて夢が見られなくなるっていうのが
まずいわけで だから藤山さんはもうとにかく夢を見る手伝いをするんだみたいなまたこういう
すごいは精神分析 あの精神分析
技みたいな感じでもうなんだかちょっとついていかれなくなりましたみたいなニュアンスだっちゃう だってそんなこと書いてあったって本の中で夢を見る手伝いをするんですみたいなことが書いてあった
ってどうするんだそれは何なんだって感じになるじゃないですか 夢を見る手伝いってみたいな美音ですけど完全に
もう美音以外何も連想できないよなって感じがするんですよあそこまで来るとね あの夢を
夢を
要するに夢を夢見る夢見る人みたいな話ですよね なんつーんだろうなその
私たちはえっとこれ 普通
来てる時って普通を見てますからねその 起きてる時の話ですよ起きてる時の夢なんですよ
重要なのはもちろん寝てる時の夢も重要なんでしょうけどそっちある意味乳幼児の夢 じゃないですか
来てる時の夢ってのはそのいわば多分ですけど精神分析で言ってることって夢をうまく使って社会的を
するんだって話なんだと思うんですね だから僕は行く atm で並んでいて後ろが気になる話するんですけど
まあね車で煽られて後ろが気になるでもいいんですけどそうするとどうしても本当 に文句を言われたらどうするんだって話をされるんだけど本当に文句を言われた時の方が
実はこの意味は大きいんですよね これがですねうまく僕はまだ喋れてない気がするんだけど
あの本当に文句を言われるという夢なんですよ
つまり文句を言われるって言ってる段階ですでにそれをメタファーで言ってるわけ じゃないですか
文句っていうのはメタファーじゃないですか文句の門は文章の文で句ですよね つまり
それはベータ要素じゃないじゃないですかって言ってもちょっとわけわかんないんですけど なんかですね
例えばその文句を言ってきている人は 鬼ですじゃないんですよね
比喩の重要性
鬼のような形相で文句を言われました本当に嫌でしたっていうのは夢を見 られてるじゃないですかっていう話なんだと思うんですよ
文句を言ってきた奴は鬼でしたみたいになってしまうとかなりヤバいんですけど で本当にっていう話をした時ほど実はヤバさは近いってのあるんですよね
いやあの東映ですっていうのは東映は完全に有名じゃないですか まあ文句っていうのは東映なんですけれども
つまり本当に文句を言ってきたから東映じゃないってことでは全くないんですよ 東映は幻覚じゃないんで
むしろ幻覚だと大問題なんですよ 本当だと言ってる本当というのは
なんて言えばいいんだろうなここ非常に毎度毎度毎度苦労してるな自分は鬼のような 形相をその人に見ているというのは
比喩じゃないですかあくまでも比喩ですよね鬼のような形相と鬼は全然違いますよね だから
多分ですよ熊に襲われたらそんな運では済まないと思うんですよ ベータ予想化すると思うんですよね
我々は熊に襲われたというものを他の比喩では例えられない体験になってしまうと思うん ですね
もうもうダメだっていう感じがするじゃないですかこのもうダメだ感に近づけば近づくほど 現実そのものに遭遇しちゃってるわけですよね
我々は現実というものを常に 例え話として受け止めるわけですよ
だからこそ対処の仕方というものを選択できるわけですよね ちょっとあんまり良くない例なんですけど今他に思い浮かばないんであんまり良くないで
できますけど イロ信号になりそうですって時
ての交差点のこう侵入の仕方っていうのはその時1回きりのものですよね なんですよ
151 s よね微妙に違うじゃないですか 青が点滅しかけた時なのか青が点滅している時なのかの歩行者の方ね
あんまり歩行者の方はなっちゃってるんだけどまだ車道は青なのか その微妙なタイミングが全部違うじゃないですか
それをギリギリでとか危ないのにとか 歩行者が渡っているかもしれないのにといった例え話とか比喩を用いてその現実を
現実を判断の材料にしようとしますよね 僕はいつもこれをしてますよね
このメールをこういう書き方でいいのかとかだってすごい細かいじゃないですか人って 最後が丸だと冷たい感じがするとかって言い出しじゃないですか
最後が丸っていうのは最後にこう苦点を打つと冷たい冷たいというのはメタファーですよ 冷たいというのは誰が冷たいのか
私は母親だと思うんだけど母親じゃなくても恋人でもいいですよ なんか最後にこうそっけなかそっけないも比喩じゃないですか
僕らは比喩で現実を捕まえようとしているわけですよ 現実そのものには対応できないのでここが大事だと思うんですけど
あのね伝わってないんですよねなんかここはどうでもいいことのようにして僕はスルー されてる気がするんですよ
現実そのものには対応できないんですよ我々は現実そのものに対応していたら 書類とかには何も書けないですよ
現実との遭遇
紙とかヤギさんみたいに食べちゃいますよね 紙が目の前にあるのが現実なんでもっと物理的にはね
インパクトとしてはですね つまり
あいいヒュー品種にもないかなぁあれも僕はいいヒューだと思ったんだけど松木九尾さんが その雨が降り出すと本当に幼い子はああとか言って感動すると
あれはいい例えだなぁと思ったんですよね つまりその子は雨の何たるかは知って
ただし比喩としては知らないんですよね だから雨を降ると感動したり濡れたりするしかないわけですよ
行動で対応するしかないんですね 我々は今雨が降っているということは雨雲があってとかすぐ言えるわけですよ
なぜならそれを比喩として用いているからなんですね 記号に化してみたり
8前の時の雨とを連想させてみたりいろんな高操作をしているわけですよ 脳内であるいは信頼で要するに内面でも操作ってものをすぐやるわけですね
外撃に起きていることは水が水滴が上空から落ちている でその水滴が上空から落ちる落ち方は体験するたびに違うんだけどそんなこと言ってたら何もできないわけですよ
それにこう梅雨とか秋雨とか シグレとかなんか名前とかまでつけちゃってなんか
例えば死に書くとかそういうことをやるわけですよ あるいはこの雨の日にあの恋人と別れたとかそういうなんか
声も言い出すわけですよそういうことをするためには心の中の情景がいる つまり比喩がいるわけですよね
この雨の時にとかって言うけどその雨じゃないだろって言ったらアウトじゃないですか つまり具体的に具体的に具体的に行くと私たちは現実に何も対応できなくなる
なんか虫みたいになるしかないわけですよもうとにかく雨が降ってきたから逃げるとか 葉っぱの下に隠れるとかもそれしかできないから家とか絶対立たないですよね
でここで僕らすっごい苦労してるわけですよね 家とか建てなきゃならんとか大規模投根取らなきゃならんとかそういうことを言い出すから
タスクみたいなものが発生して何をやってるんだよくわかんないんだけどやることは いっぱいあるっていうような事態が発生してそのさらにやることいっぱいある時代の中で
これを失敗すると怒られるとかこの時間までどこどこに行かないとみんなに白い目で見られる とかそういう
こう比喩比喩から比喩へと飛んでるから全部比喩ですよね白い目って 相手の目はちゃんと黒い瞳あるわけじゃないですか
白い目ていうのは比喩なわけですよ 全部比喩なわけですよだから
要するに言うならば別にそれなら大丈夫だってことではあるんですよね 夢が見られなくなるというのはものすごい危険な心理状態でまぁほとんど心理状態ではない
んですよね 直接近くの世界に入っちゃってるんで
だからクマに襲われた時って僕ら固まったりすると思うんですよね やっぱりもうそれは比喩が通らない世界なんで
クモゴジラに例えるとかやってる余裕はどこにもないわけじゃないですか つまり
どんなにATMで怖い思いをしていると思っていたとしても おっさんに怒られるとかにはまだまだ余裕があるわけで本気はないと思ってると思いますよ
でも心臓がドキドキするとか言うのはやっぱり比喩なんで 心臓がドキドキするっていうのは他の心臓がドキドキしている時との比較とか
連想とかをしてますよね まだ余裕があるんですよ
これらの余裕が一切なくなるともうなんか自分がどういう状態になっているのかとか どういうふうにしたらいいのかとかどこに逃げたらいいのかとかが一切なくなって
っていうことでなんか現実に遭遇して
あとはもう運を天に任せるみたいな話になるわけですよね 多剤をするのかすごい嫌な思いをするんだけど
なんとかかんとかかんとかかんとかとか言ってあとでなんかこうそれこそ精神安定剤飲むとか もあるのかもしれませんけれどもそういうことも含めてですね
我々はあくまでもメタファーでつまり夢の世界 夢見る力を利用して現実と関わっているわけですよね
人間ならではの関わり方をしているわけです それがやれているうちは少なくとも精神病ではないわけですよ
精神分析の工夫
であとはこれをいわばその夢見る力を強化したり促進したりするんだっていう それどうやるんだろうって思っちゃうんですけどね
この辺すごくこうだからマニアックな喜びがあります
今回の松木さんの本なんか僕モーツァルトと米東弁とか言い出したんですけど 全然違いましてスルスルスルってあれはとてもいい本です別の意味で
なんかねもともと嫌いでなければ松木さんのことが好きになるみたいな気がします 一番冒頭にあったのが松木先生はオリンピックとか見ないそうですけど本当ですかみたいな
質問に松木さんが答えるってこういうこのもの一問一答みたいな でも人柄がよく出てるって感じがする
その中でなんかね全然言ってることが逆なんですよ 多分松木さんと藤山さんは価値観とか意見が相当一致する
価値観は一致しないかもしれないけどいい文がすごい一致すると思うんだけど でも本のこの本とあの本では言ってることがほとんど逆で
だから藤山さんさっきみたいに週に2回はやるんだ しかも必ず連続する日を作るんだみたいなことを書いていらっしゃるわけですね
大概の心理臨床では実現しないんですねこれはきっとどう考えても だって今もう各週をどう維持するかみたいな議論に移ってきてるのに
週に2回ってねあのまあ無理だなと僕なら思います 素人的に4倍だから2倍だって難しいのになって
同じかなアイフォンとか2倍に金額についてになっちゃうけどさすがに4倍は出せない じゃないですか
4倍ってすごいですよ時間も4倍かかるわけですからね単純計算で まあ週にまず1回からだろうなってこの連続ってのがすごい大事だというのよくわかるんです
けど これ明日もあるよねっていうねこれね
大事なんですけどこれはねあのテニスやってたんで僕わかる あとスキーもそうですよね
4日目ぐらいまで連続して滑ってると 海外の人がインストラクターやってた時代ねめっちゃうまくなるんですよね
でその人と1年ぶりに会うじゃないですか元に戻りますね あの滑れなかった日に戻る
でまた4日かけてようやくアーシャ面大体いけるようになったかなーって4日か5日 かけるとねあのあのコブコブのところとか無理ですよ
でも何運動神経いい人は結構なんちゃってパラレルぐらいまで行くんですよ なのにもう1年経って同じ人は立てなくなりますからね
同じような場所で そういうことを言ってるんだとある意味思うんですよねただこれが情緒に関わることなん
である意味もっとこれがずっと深刻に出るんですよ スキーができるかできないかの問題ではない
で一方でそういう藤山さんの本がある一方で他方ではあの もう1ヶ月に1回しか会えないんですよこの私の枠組みではここで精神
力道とかって無理じゃないですかって いやでもあなたが精神力道の知見を持ってそういうことをやろうとしながらやるってことが
その意味を あの
なんていうのかな意味を持ってきますよみたいなことを松木さんはあっさり言っていて すごい不思議な感じがするんですよね並べて読んじゃったから
でもね異常にどっちもやっぱいるんですよね 私は今のこの状況では絶対どっちもいると思いますね
あのもうだから僕は割とこれでこの2つの本読んで自分は すげーおかしな人間だけどやってることもすごい土地狂ってるけど
やってることはこういうことじゃねっていう感じがしたんですよねだから精神力道を やりたいとか精神力道は大事なんだと思いながら認知行動やるとかでしょ
週に1回どころか月に1回だけどやるってことでしょ 精神力道には精神無責には全然なってないかもしれないがそういう考え方は大事なんだって
思いながらやるのが意味があるんですみたいな なんか
なんていうのかなもう下脱したような世界だなって思うんだけどでも あのいくつかの中でですねやっぱそういう議論が後ろの方は特に集中していて
非常にこう 勇気づけられる系ですよある意味週に2回は素晴らしい
っていうか大事だよっていう話は 原理原則的じゃ2年の話に近いじゃないですか現実にはその月に1回も怪しいものだっていう
感じなんだけどそれでその例えば精神分析をやりたいんだけど全然できないじゃん みたいなそういう質問もあるわけですよね
それで松木さんがその自分の時も精神科医やってたからどう考えたって 50分も医者がコンコンと話を聞いていたら赤字なんだと
で現実的には50分患者さんの話聞いて過ごしていたらもう 赤字垂れ流しですよねっていうだから例えばこう
まあ松木さんはちょっと特殊なんだと思うんですけど時間外でね 隅1個1角の隅っこの方を作ってここで自分の精神分析ややる
あの場所を作るとかそういうなんか労働外労働みたいになってなって感じなんです けど
まあそういうふうな工夫をしましょうみたいななんか急にね 反省のかなぁライフワーク系ビジネスみたいになるわけですよ
なんか前向きなのかポジティブなのかネガティブなのかみたいなのが冒頭で質問されて いてそれは本読んでくださいって感じなんですけど
こういう質問が出るのもよくわかるなというなんかこう人生はこう 生きていくのって大変ですよね絶望しますよねみたいな感じなのにやってること
精神分析と挑戦
エグない前向きなんですよねもうなんかこう時間外でも工夫すればやれるみたいな なんか新自由主義が好みそうなことででもなんていうのかな
非常にやっぱり らしいんですよね
まあ頑張る人だなっていうのもあるんですけど野球やるためにも結局 結構広大なフィールドと18人が必要じゃないですか野球ですからでも野球やりたいと思ったら
いろいろ工夫するしかないじゃんねっていうことなんですよね そういう例え話があるんですよ
であのだから精神分析やりたいと思ったら やっぱりいろいろ工夫してやるしかないよねっていう
黙ってて今精神分析さあやってどんどん人を来るようにしましょうって言ってもそうは できないじゃないですかほとんど誰にもたて正規でもやっぱり
あの月に1回の行動的な何か改善を目指すっていうものがそこでは求められますみたいに 普通に流れていけば普通にそうなるはずなんですよ
私がやっていることのこの3ヶ月チャレンジと無理無理感からしてもですね 明らかに全然普通じゃないわけでやっぱりこれは工夫の産物なわけですよね
だから何とか工夫してやりたいことをやりやりたいんだったらやれるようにしましょうね みたいなそういうノリがあって
えらい勇気づけられる系の本ですよねこれって自己啓発読んでるような あの気がしちゃうようそういうニュアンスがあって大変面白かったわけですよね
だって松木くじいろさんの本ですからね あのどっかのハーバード流なんとかかんとかの本とはだいぶこう
雰囲気からして違うし やってることからしても違うんだけど
だからそのオリンピック見る見ないはこれは本読んでほしいんですけれども なるほどなぁっていう感じがつまりリアルではそうだよねっていうことですよね
でその リアルではそうなんだと思うんですよ
やっぱりだってそんな日本に一桁しかいない時期があったような訓練生の人が ものを
普通の人が普通にやろうとしていたら 出くわすはずがもはやないじゃないですか特に日本人だったら自分の分析家になる可能性もほぼなく
そういうところが精神分析受ける可能性すらほぼないですよね 普通に生きていたら
でも藤山さんが書いている通りで これは松木さんも結局そういうふうに考えていらっしゃるんだけど
認知行動だろうとどっかそういうことではない それこそ非正規の対人支援だろうと
精神力動的な発想というものを持ってやることには意味があると思うみたいな感じで書いていらっしゃっていて
私はそう信じているんでこれをやってるわけですね 精神力動系のビジネスコンサルという定義でやってるわけですよ
でできれば2日連続って入れていきたいなとも思ってるんだけど これを全体に適用するっていうのはさすがにナンセンスな感じがするなと
今回100日チャレンジというところで それこそ100日に1回だけ個人面談
ワンオンをやるっていうことにしたんですけど 芸松崎さんと相談してですね
これなんか意味あるかなと思ったんだけど あれはむしろ松木さんの本読んで藤山さんの本読んでも絶対意味ある感じがしないんで
松木さんの本読んで意味はあると思うことにしようって思ったんですよ そういうことが結局大事なのかもしれない意味があると思ってやるっていうようなことがですね
やっぱり力度系の意識を入れてやるっていうのは その意識が不十分だろうと訓練不足だろうと非正規だろうといくらか誤解に基づくものだろうと
自己啓発の重要性
やっぱりそのライフハックとは全然違うんですね その人のなんつうんですかね
歴史ですよね一つには 歴史を意識するっていうことと その人の入用時期というものを念頭に置くということを
別に解釈とかしなくて それどころか情報を集めなくても 最近僕そこは極力頑張ってるんですよ
質問責めにしないっていうですね 質問責めにしないでも伝わってくるものをこう掴んでいくっていう感じ
だからそれこそトーンとかオンラインではありますけど 表情とかいい淀み方とかいい間違いとかそういうものを
やっぱり育っていくんだなぁと思うんですよね面白いぐらい そういうものをこうなるべくなるべくですよ
プロじゃないプロはプロなんだけど正規じゃないんで なるべくその右と左目の使い方の違いみたいなものを
横目に置きながらだから平等に漂う注意なのかな そこをなんかめちゃくちゃそこに集中するってのはおかしいじゃないですか
何がどう動くかわかんないんで髪型とか そういうものですよねそういうコロコロから語られている内容を
集めていって まあ集めて集めていって その人がどうしてそういう今喋ってるようなことを今この瞬間に喋るように
行き着いてきたのかっていう話 だからその中でもう何よく言う言葉にあるじゃないですか面倒くさいし嫌になっちゃいますみたいな
でも嫌になっちゃってもやってるわけですよね あの
あるいはもう投げ出したくなりますっていう話も でも投げ出している先はここなわけじゃないですか
まだ仕事は投げ出してない 投げ出したくなってしまうっていう話を中間領域的に私のところでするっていう話を聞きながら
まあロジアンスじゃないけど投げ出したくなるんですねとかっていうわけではないんだけど 投げ出したくなるんだなーっていう投げ出したくなるっていうのは何を投げ出したく
投げ出す何を投げ出すと楽になるっていうことなんだろうっていうのはやっぱり何を抱え込んで しまうと辛くなるんだろうっていうのは結局
赤ん坊みたいな感じじゃないですかその人男性で子育ての経験がなくてもですよ 赤ん坊って感じがやっぱり投げ出すとか抱え込むって仕事なんだけど
でも抱えるってのはやっぱり子供でしょ 子供の重さってあるじゃないですか私もその経験があるわけですけどでその時に思うことが
あるじゃないですか 自分も重かったんだろうなっていう
なぜ母は抱え込めたんだろうなと あるわけじゃないですか特にこのさっき途中言いましたよね
毒親だっうちの毒親だったんですよ でも毒親だって抱っこしたことはあるわけで
それは毒親というメタファーなんですけど 抱っこしたことあるわけで自分を抱っこされたことがあるわけで
でそれも赤ちゃんって大体結構やるんですけどうちの子すらやってましたけど
話せみたいな話せ話せみたいななんかこう人襲うなーみたいな 飲み込むんじゃないみたいな感じで話せってやるんだけど話せば落ちて死んじゃいますよね
死なないまでも痛い目見るのは自分ですよね 話して困るのはこっちじゃないですよねでも話さないんじゃないですか親は
こういうのって やっぱりこうカウンセリングの場とかでは出てくるわけですよね
いやもう早く佐々木さんから解放されたいわみたいな でサムチャレに来たわけですよね
でもこれって仕事ってそういうもんじゃないですか これは私の仕事ですからその人だってあの抱え込んでるものがあってもう話して
欲しいわって仕事がまるで言っているようになってんだけど仕事を抱えているのはその お方ですよねで仕事を手放してしまうということは
困るじゃないですかその仕事に仕事つきたいですとか言って来たのはその人じゃないですか 結局
赤ん坊抱きたいですって言ってセックスしたのはその人じゃないですか結局 でこの時に僕らは
ある意味自分の幼稚性ってものにのめり迷信していくというか突っ込んでいくわけですよね だって普通に考えれば例えばその確定申告とかやりゃいいわけじゃないですか
やりゃ やれよって話じゃないですか別にそんなねその
看護水阪持って30キロの荷物持って富士山に登ろうっていうわけじゃないわけですよ ちょっと右手を丸くつけたり罰つけたりしとけばこと足りちゃうわけですよね
そんなことすらいやいやもうなんか抱え込んでやんなって投げ出したいわみたいになっている っていうそういう
なんかこう変な重苦しさみたいなものに抵抗している幼稚な私っていうのがいて その幼稚な私っていうのが
まあみんなそうでありたくないわけですよね やっぱりこう一発の大人面をして生きていきたいという一発の大人がそういう
こう幼稚な気持ちっていうものに捉えられているわけだと思うんですよ その時に僕らは夢を見るってことがうまくできなくなってなんかこう
結局のところそういう現実っていうのは人為的で人工的でいかにも人間らしい現実なんで 遅刻しないとかもそうじゃないですか別に遅刻したっていいわけじゃないですか
鹿とかだったら奈良の鹿が話題になってましたけど 遅刻とかいう概念すらないわけじゃないですか
人間が作り出したものですよねこの作り出したものに乗っかっていて 中でこう群れから弾き出されるみたいなそれは鹿にもあることですよね
急に動物的な世界に連れ戻されてなんか人為的でないところに持っていかれるわけですよね でそういう時にどうやってうまく人為的なものに乗っておくかっていうのって
やっぱり夢見る力っていうものに あのほとんど夢見る力が全てですよねその適切に夢を見ると鹿にはできないことですよね
時間時刻に間に合うというそういうメタファーがある作り話があって そいつにうまく乗っかることでしかし鹿に爪弾きにされた鹿みたいな
そしたらもう死活問題ですからね シャレじゃないけど つまりそういうふうになっていくわけなってるわけですよ
現実的なすごく動物的なものの中でうまくやるためにすごく人為的で人工的で 夢見る力を駆使してメタファーの中でうまいことやっていきましょうと
メタファーなんでどう使ったって別にいいわけで 地獄だかしてもいいし 何なら上司に食ってかかってもいいんだけど
そうすると急に動物の世界で追い出されるみたいなことが起きるっていう恐れを抱いているわけですよね 私たちって
その中でこううまくやろううまくやろううまくやろうとやってるわけですよ 先日も私はすごい偉い失敗をメール書いてて
もう絶対やっちゃいけない系の失敗してるんですけど 別にそれはどうでもいいわけですよ こういうと相手怒るでしょうけど別にどうでもいいわけですよ
ATMで1時間操作して後ろに100人が並んだって別にいいわけですよ なんてことはないわけですよ
もちろん怒り出しますよ後ろの人たちはきっとね でも
だからなんだって話しかないわけじゃないですか メタファーはメタファーなんであくまでもね
1時間を損したとか完全にある意味幻想の産物というか妄想の産物に近いじゃないか 1時間に損も減ったくれもないわけじゃないですか
ただし そこで何かこう
現実っていうものが形を変えてなんかこう 私を苦しめてくる気がするみたいな
夢見る力と人間性
そういうような話がこうですね
なんていうのかなぁ
やっぱ夢見る力ってことになるんでしょうね だからそういうことを意識しながら
CBTやるのとそういうことを知らずにやるのとは違うっていう
話を松木さんの本ではされていて結局これは両方とも イベント現実の話みたいですけども
まあ面白くもなんでもない話かもしれないけれども やっぱりあれですよね
なんつうんですかねー やりゃいいじゃんなんだけどできないんだけれども
どっかでその人はそれをやっていて やってる時は少なくとも
うまく夢が見られている でそれができなくなってきてしまうと
なんかこう
人間らしさみたいなものではなくて幼児性みたいなものに入ってるんだけどでも いずれは大人に戻っていけるっていうそういう感じ
そのリズムみたいな話ですよね 掴めるようにしましょうみたいな話
なのかなと思います
51:36

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