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2021-04-16 05:11

新潟のへラジオ LIVE Vol.14 ボトナム通り

#新潟 #ボトナム通り #北朝鮮 #帰還事業
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こんばんは、新潟のへラジオ、一戸信哉です。
今日はちょっと夜になりましたけれども、ボトナム通りというところでお話ししてみたいと思いますね。
この間の機関事業の話で若干気な臭い話をしましたけれども、1959年に北朝鮮の機関事業が始まったということとの関係で、
実は新潟の国際ターミナルに向かう通りのところにボトナム通りという通りがあります。
あまりそういうふうな会話には出てこないんですけど、
背景画像に入れたんですけど、ボトナム通りの由来という看板とか、
食事の記念碑みたいなのがひっそり通りに立っているんですよね。
これは何かというと、ボトナムってパッと聞いてベトナムのことを想定しちゃいますが、
たぶんボトナムというのは朝鮮語でということですよね。
柳という意味でして、新潟というのはどうして柳なのかあまりよく知らないんですけど、
リュートといいまして、柳の町というふうにもともと言われているわけですけど、
その新潟に、要するに全国から新潟に集結して朝鮮に帰っていった、朝鮮に移動していった人たちが、
帰還した人たちがそれを記念して柳を植樹したと。
そういう経緯で、さっきちょっと調べたら300本ぐらい植樹したんだそうで、
結構な数の柳がその通りに植樹されたとされています。
でも元々柳の町だから、どれが植樹されたものなのかはちょっと私もわからないですが、
確かに街路樹として柳は確かにあるんですよ。
ただ1959年に植樹されたものがどれなのかっていうのはちょっとよくわかりません。
今ここに背景に出ているような看板をご覧いただくと、
これ調べたら5年前に撮った写真ですけど、
その時はもうこんな風に看板の文字もだいぶ消えちゃってて、
それを探していかないとほとんど気づかないような感じで、
看板も設置されているということですね。
新潟の町の中心部からボトナム通りって伸びていて、
このフェリーターミナルまであるんですけど、
途中で、あまり繁華街がずっと続いているわけでもなくて、
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わりと住宅街というか静かなところを通ってフェリーターミナルのあたりまで行きますので、
あまり歩いている人が多いところではないんですよね。
なので冬も海沿いだと風も強かったりして、
そういう場所なのであまりこの場所を訪ねて行って看板を読んでいる人っていうのは、
多分あまりいないんじゃないかなとわかりません。
散歩している人で見ている人いるかもしれませんけど。
私も一度だけ自転車でそこまで行って見て帰ってきましたけど、
なかなかあまり自分で何かの表紙で行って看板を目にするみたいなのはそんなにないということで、
ここでも結局日本というか新潟の人々にとっても、
機関事業で朝鮮に渡って行った人たちへの記憶とかその出来事についての記憶というのは、
だんだん薄らいできているのかなという印象をこの辞を見ながら感じるところなんですよね。
というわけで今日はボトナム通りという話を前回の機関事業の話の続きでお話ししました。
新潟市内でお住まいの方はもし聞かれたらぜひ探して行ってみてください。
場所はどこって言ったら…新潟市内の人しかわからないと思いますけど、
バンダイ高校のあるあたりに交差点のところに今の看板が立っていて、
そこを曲がっていくと国際フェリーターミナルの方に行くというような位置にあります。
住所はどこかな。住所わかりませんけど。
ということで今日はボトナム通りについてのお話をしました。
どうもありがとうございました。またお会いしましょう。
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