あの、リスナーのあなたに、ちょっと今、頭の中で、今日の夕飯何にしようかなって考えてみて欲しいんですけど。
はいはい、夕飯のメニューですね。
ええ。で、どうでしょう。その時、あなたの頭の中には、ハンバーグにしようっていう言葉の字幕みたいなものが浮かびましたか。
それとも、お肉がジュージュー焼ける映像とか、匂いの感覚だけが広がりましたか。
ああ、なるほど。それ実は人間の思考の仕組みに関わる、ものすごく興味深いテーマなんですよ。
面白いですよね。私なんかは、完全に頭の中で自分とおしゃべりする字幕派なんですけど。
そうなんですね。でも、最新の科学だと、私たちの複雑な思考に、言葉は必ずしも必要ではないかもしれないっていう見方が示されているんです。
え、言葉を使わずに考える世界があるってことですか。
そうなんです。もしそうだとしたら、私たちが普段当たり前のように使っている言葉って、一体何のためにあるのかって思いませんか。
確かに。今回のこのディープダイブでは、そういった身近にある言葉とか音を手がかりにして、目に見えない心の仕組みをどこまで解き明かせるのかを探求していきます。
壮大でワクワクするテーマですよね。
はい。人間って、これまで大きく分けて二つの方向を探求してきたと思うんです。
そうですね。一つは、自然とか物質の仕組みを調べて、科学を発展させる方向。これを物質文明と呼んでみましょうか。
なるほど。物質文明ですね。
そしてもう一つが、自分自身の内面とかどう生きるべきかっていう心のありようを理解しようとする方向ですね。
こっちが精神文明です。
なんだか、外の世界を望遠鏡で遠くまで覗き込もうとするのが物質文明で、自分の内面を鏡でじっと覗き込もうとするのが精神文明っていうイメージですね。
その意味すごくわかりやすいですね。まさにそんな感じです。
でも、星の動きとかは望遠鏡で見えて計算できますけど、人間の心って目に見えないじゃないですか。それを鏡に映すのってすごく難しそうですよね。
そこが一番の課題なんです。そこで重要になってくるのが、小笠原浩二という思想家が提唱した視点なんですよ。
小笠原浩二さんですね。
はい。彼はこの精神の仕組みを言葉や音とダイレクトに結びつけて考えたんです。今回は彼の思想を一つの入り口にして、心と言葉の関係性を紐解いていきましょう。
早速すごく気になっているんですけど、物質文明と精神文明って対立するものなんですか?科学対スピリチュアルみたいにバチバチぶつかり合うイメージを持つ人も多そうですけど。
そこは誤解されやすいんですが、むしろ逆なんですよ。
逆というと?
根底にあるのは、精神と物質は同じ生命とか宇宙の真理を全く別の角度から調べているにすぎないっていう考え方なんです。
同じ真理を別の角度からですか?
ええ。例えばすごく身近な例で、病気になった時のことを想像してみてください。
はい。病気になった時ですね。
お医者さんは血液検査とかレントゲンを使って、細胞のどこに異常があるかっていう物質的な事実を探求しますよね。
なるほど。大昔の日本人は自然と深くつながっていたから、既に五重音を使いこなして、琴玉の力で祈り、筆伏しで神様の意思を聞くっていう完璧に統合された精神のテクノロジーを持っていたみたいなことですか。
はい、そういうことです。
ストーリーとしてはすごくロマンがあってワクワクしますね。
そうやって一つの美しい物語としてロマンチックに語られがちですよね。
でもこれらが歴史的にどうやって発展してきたのか、実際の記録を解きほぐしていくと全く違う景色が見えてくるんです。
全く違う景色ですか。
リスナーのあなたも小学生の頃に、相植えをかきくけ子という五重音表を暗記したと思います。
はい、お風呂の壁とかに貼って覚えましたね。
あの整然とした表、実は大昔の日本には存在しなかったと聞いたら驚きませんか。
えー、あんなに日本らしいものが古代にはなかったんですか。
はい、あ、いやいいという音自体はもちろんありましたよ。
でも母音を横軸に子音を縦軸に配置するあのマトリックス構造、つまり完璧なシステムとしての五重音図が文献に登場するのはずっと後になってからなんです。
そうだったんですね。じゃあ誰がそのマトリックスを発明したんですか。
発明というより輸入されたテクノロジーの応用なんです。
輸入されたテクノロジー。
古代インドでサンスクリット語の音を精密に分析する疾天学という学問がありました。
疾天学。
ええ、仏教のお経を正しく発音するために、彼らは音を子音と母音のグリッドに分類するという高度な言語分析を行っていたんです。
ああ、なるほど。そのインドの言語分析アプリみたいなものが仏教と一緒に日本に入ってきて、日本の学者たちが、お、このグリッドの仕組み、日本語の音を整理するのにも使えるじゃんって当てはめたわけですね。
まさにその通りです。だから、太古の昔から日本にあの完成されたシステムがあったわけではないんですよ。
へえ、それは知らなかったです。
一方で言霊への信仰はどうでしょうか。
言霊への信仰ですね。
はい。これは万葉集でことだまのさかいふくにと読まれているように、古代の人々が言葉に呪術的な力を感じていたことは歴史的事実なんです。
あ、言葉にはパワーがあるっていうのは本当だったんですね。じゃあ占いの大足輪は?
これも古事記に登場します。鹿の肩の骨を焼いてそのひび割れを見て吉祥を判断する古代の占いですね。
ということはことだまも占めも音の存在も個別のパーツとしては確かに昔からあったんですね。
ええ、あったんです。でも古代においてそれらが五重音図というグリッドとがっちり組み合わさって一つの統合された完璧な精神の周期表として存在していたっていう記録はどこにもないんです。
なるほど、完全に理解しました。例えるなら古代には鹿の骨占いとか言葉への信仰っていうバラバラのレゴブロックが転がっていたわけですね。