母の歴史と感情の変化
おはようございます。社会保険労務士でキャリアコンサルタントのかなや なおこです。
社労士なおこの働き方・多様性研究ラジオでは、働き方、ジェンダー、子育てをテーマにこうするしかないなという考え方を
こういう考え方もありかもしれへんなと思えるような小さなきっかけをお届けする番組です。
これってなんでこんなんなんやろうとか、えーこれおかしない?という違和感を出発点に、歴史や制度、統計や海外の事例もたどりながら考えていきたいと思います。
はい、それでは本日のタイトルです。
働き方の歴史を知ったら、母への許せないが理解に変わった話、です。
私の母は専業処父でした。母に対して許せないという気持ちがどこかにありました。
母のようになりたくないと思っていたことも、冷たく当たっていた時期もありました。
なんで周りの言いなりなん?なんで自分の足で立たへんの?
一回の正体は、母が自分の意思を持っていないように見えたことへの焦燥感だったのかもしれません。
そんな私の心が動き出したのは、働き方の研究を少しずつ始めたことがきっかけでした。
特に昨年11月から聞き続けているコテンラジオさんで、ジェンダーについての音源が公開されているんですけれども、これが結構大きいかなと思っております。
27時間以上あるめちゃくちゃ長いラジオです。
もうすぐ1月が終わろうとしているんですが、火事の合間に聞いているため、まだ実は聞き終わってないんですよね。
半分は聞き終えたかなと思うんですけど、まだ半分ぐらい残ってます。
働き方について、本を読んだりとか、調べたりとか、あとはコテンラジオさんでジェンダーについての音源を聞いたりとかして、本当に少しずつ少しずつ学んでいます。
私の中で変化があったんですよね。
母に対する怒りだったり、許せないという気持ち。
これが少しずつ消えていったように思います。
ここで簡単に母の歴史を振り返りたいと思います。
母は20歳で短大を卒業しました。
その後、5年間正社員として働き、25歳で結婚のため退職。
27歳で私を出産して母となりました。
当時は専業主婦が当たり前の時代です。
友働き世代が主流の今とは全く違う時代でした。
こんな言葉を聞いたことはないでしょうか。
25歳で結婚しない女性。
なんて言われたと思います?
売れ残りのクリスマスケーキって呼ばれてたんですよね。
セクハラも当たり前だったそうです。
現代の働き方の課題
うちの母から聞いたところ。
保育園以上はちょっとわからないんですが、
未婚の女性でも今の私から見れば、
母の話を聞いていると、
そんなセクハラ大丈夫なの?
あかんやろって一発アウトなのね。
セクハラが横行する労働環境だったんですよね。
そういう話を聞いていると、
子育てをしながら女性が働き続けることは
難しかったのかなと推察します。
母は25歳という若さで家庭に入りました。
25歳という年齢は今の私から見て、
まだ社会の入り口に立ったところですよね。
これから自分のキャリアや人間関係を築いていく。
すごく可能性に満ちた年齢だと私は感じるんですよね。
家庭に入り、母となります。
もちろん働くことだけが社会ではないと思っています。
でも母の時代は、
母がここにいたいなと思う社会を選ぶことができないまま、
結婚を選んでしまうと、
仕事以外の社会へしか行くことができなかったんですよね。
なので今思うと、
母は抜け出したくても抜け出せなかったのではないだろうか。
そう感じるようになったんですよね。
もし私がその時代に生まれていたら、
同じ選択をしていたかもしれません。
そう思うと、母を責める気持ちも、
母に対しての怒りもなくなっていったんですよね。
私がこの価値観でいられるのは、
今の時代に生まれたからに他なりません。
今私は育児休業中です。
実は認可保育園に全部落ちちゃったんですよね。
希望していたものが。
私は行政で非正規雇用なんですよ。
契約職員。
なので来年の仕事も継続できるか、
今の段階ではまだ未定です。
先日面接に行ったんですけど、
それが採用されているかどうかは分からないです。
今は同働き世帯が主流になりつつあります。
けれども中身はどうなっているのかというと、
正社員と正社員のカップル。
その世帯ではなくて、
正社員と非正規雇用。
正社員とパートタイム。
という世帯の方が多いんですよね。
つまり何を言いたいかというと、
働く女性は増えました。
働く女性は増えたけれども、
正規雇用ではなくて、
非正規雇用だったりとか、
パートタイムで働く女性が多い
ということなんですよね。
日本の男性、長時間労働です。
世界的に見ても。
なのでそうなってくると、
家事や子育てに費やす時間が圧倒的に足りないんですよね。
だから日本の女性が家事も子育てもして、
なおかつ仕事もしている、そんな状況です。
だから日本の女性って、
有償労働と無償労働がとても多いんですよね。
ここでは詳しい説明は省きたいと思うんですが、
まだ私は育児休業中で、
無償労働、家事とか子育てとか、
そういうケアについては無償労働なんですけれども、
そういったことが中心です。
それが今の私の現在地。
理解と教訓
母が過去にいた場所。
私が今いる場所。
それから女性の歩んできた歴史を知る。
縦からも横からも斜めからも見る。
なんかね、すごく働き方の研究をすると言ってから、
やっぱりそういう視点がね、
自分の中で養われていったのかなと感じます。
そこから見えてくることって、
母はあの状況の中で精一杯生きてきたらってことなんですよね。
すみません、ちょっと過語形で言ってますけど、
すみません、めちゃくちゃ元気に生きてます。
存命してます。
私はね、同じ状況に置かれて、
母と違う選択ができるって言える自信はないんですよね。
だって私も今だってね、
日本の社会構造の中での働き方や生き方しかできてないんですよ。
今、当働き世帯で非正規雇用やパートタイマーで働く女性が多いって言いましたよね。
私もその大多数の一人なんですよ。
結局、日本の社会規範の中で作られてきた社会構造の中でしか
生きることができてないし働くことができてない。
すごく感じるのが、やっぱり強い意思だけでは
違う生き方をしていくことってめちゃくちゃ難しいと感じてます。
これまで、母という人間を私の母という一つの点だけで見ていました。
けれども、労働の歴史、ジェンダーの背景、
時代の縦軸と横軸を重ね合わせることで
ようやく母という一人の女性を冷静に見つめることができたんですよね。
丁寧にいろんな面から見ていくこと。
私ね、何かにつけてね、多分文句言いなんでしょうね。
すぐね、どっかでね、違和感がすぐ怒りに変わっていって
なんでこんなんやねんって怒ってしまうんですよね。
決してそれを外に出すっていうことまではなかなかいかないんですけども
結構瞬間誘惑式なんですよね。
すぐね、何かに対して怒りを嗅いでしまいがちなんですけども
母という一人の女性をいろんな角度から見ていくことで
こういうふうに許せなかったりとか
怒りの感情が冷静にだんだん見ることができてきて
母の気持ちまでは理解できないんですけれども
母が置かれた状況というのは理解して
怒りから距離を取ることができたんですよね。
なのでそれをすごく母が身をもって教えてくれた
大切な教訓のような気がします。
すごく感傷に浸ってるような感じがするかもしれませんけれども
母はめちゃくちゃ元気です。
若干高血圧ですけどめっちゃ元気です。
それでは最後までお聞きくださりありがとうございます。
本日もご機嫌な一日となりますように
金谷菜子でした。
いってらっしゃい。