こんにちは。横浜で15年以上、犬の保育園の先生を行っている、なおちゃん先生です。
本日は、教えて❣️スタエフ・プロの人❣️9回目になります。
9回目のゲストさんは、子育てパパさんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
ありがとうございます。
この番組というか企画、初めてご登場いただいたので、聞いていただいたことはたくさんあるということで、ありがとうございます。
もうご存知だと思うんですけれども、こちらの企画では、
私がですね、自分ではない、自分にはないその道に精通していらっしゃるプロの方を、
プロ・アマ、それをご職業としているかしていないかに関わらず、読んでお呼びしてね、いろいろ聞いてしまおうという番組になっております。
本日は、子育てパパさんに来ていただきました。
パパさんといえばね、やっぱり読書、ご本の紹介ということなんですけれども、
まずパパさんの自己紹介、改めて言うほどでもないと思うんですけれども、
自己紹介と、あとご自身のチャンネルの紹介をしていただいてよろしいですか。
ありがとうございます。
子育て×読書体験ラジオという番組をしております。
子育てパパ×読書術研究家と申します。
今回はお招きいただきましてありがとうございます。
番組自体は2020年4月から配信をしていて、今月で34ヶ月目に入りました。
もう少しで3年間ということですけれども、今ご紹介いただいた通り読書番組ではあるんですけれども、
その書籍越しにね、私が私に投げかけをするという題材を取っているので、聞いた方がどう思うかは査定期だったりしますけれども、
少しでもね、書籍っていうものに洞察を向けてくださるように、私がお話をした内容から調べてみようかとか、
書籍を手に取ってみようかと思っていただければいいなと思ってですね、配信を続けております。
そうなんですね。スタンドFMをパパさんが始められたきっかけっていうのは何だったんですか?
きっかけですね。何度かお話したことあるかもしれませんけども、本当に知人に勧められたんですよ。
そうなんですね。
スタンドFMという音声アプリがサービスが2020年3月ぐらいですかね、
ローンチされて試してみたらっていうその程度だったんですけども。
その、勧めてくださった方はスタンドFMをされていたんですか?
してないんですよ。
関係者とかそういうわけでもないですよね。
でもなくて、たまたまそういうサービスができて、
話す練習になるんじゃないの?ということで教えてくださったんですね。
毎日配信してしまうと、毎日配信できなかった時に落ち込んだりとか。
そうですよね。
あとは強迫観念にしなきゃってとらわれるとか、何日か間が空いちゃったら戻るのが嫌になっちゃったりとかね。
あるでしょうね。
あるでしょうね。
するのが、ちょっと自分的にはこれはあくまでも自分の趣味の一環として始めたものなので、
そこにとらわれてしまうのはちょっと違うかなって思っていたんですけど、
はい。
蓋を開けてみればほぼ毎日見てるみたいな。
そうですね。1日に配信されてらっしゃる方も時もありましたし、1日10配信されてる方時もありましたよね。
そうなんですよ。ただ、これは自分で思うことなんですけど、1日配信がちょっと長めなのでどちらかというとね、
1分とか2分とかっていうものではないので、15分のものを2回配信したら、
お一人の方のお耳時間を30分奪ってしまうことになりますので、
そうですね。
そうすると3分の方を10人聞けるわけじゃないですか。
はい。
それなんか申し訳ないなと思って、基本的には1日1配信と思ってるんですけど。
ぽぽさんはその辺、ネタ探しとかそういうのをどのように毎日されてるんですか?
番組を軸を3軸に決めてるっていうのが一つ大きいでしょうし、
あとは私は結構皆さんと違って楽をさせてもらってるのは、書籍って読書を通じて語ってるので、
そんなに負荷がかかってなくてですね、ネタといったら全部がネタといってしまっても過言ではないですよね。
例えばその表紙に書かれてる言葉だったり、タイトルだけでももしかしたら配信できるかもしれませんし、
何かこう本当にネタといったらもう本当にネタの方向ですけれども、
だからだいぶ楽をさせていただいてるので、ネタにこと書かないといえばこと書かないですし、
あとはインプットもね、当然ミニから皆さんのご配信聞いてみたり、
あとはポッドキャストとかボイシーも聞いてるので、ネタは本当にたくさんあるかもしれないですね。
そんなに困ったことはないんですけど。
なんかこうパパさんの、私もずっと毎日聞けてるってこともなくて、
たまにマフィンギキさせていただくこともあるんですけれども、
お話を伺ってたりすると、だいたい午前中ぐらいに配信されてることが多いじゃないですか。
そうですね。本当はもうちょっと早く配信したいんですけどね。
あれは、毎日のルーティーンになってらっしゃる、もう習慣化されてるというふうにおっしゃったんですけど。
そうですそうです。もうちょっと早く配信したいんですけどね。
案内がまとまらなかったりするので、少し深めてからと思うんですけど、
とはいえ、100%納得のいくものができてるかというと、全然そんなこともなくて、
まだまだだなぁと思いながら日々続けています。
朝起きて、今日はこれについて話そうとかっていうふうに思われるんですか?
そうですね。先ほど申し上げた通り、番組の軸が3軸でメインは切ってるので、
この前ブリクラージュ配信してからしばらくブリクラージュ配信してないなぁみたいなときに、
何かブリクラージュしたものが昨日あったかなぁみたいなことを振り返ったときに、
たまたまその言葉だったり、地名だったり、法則だったりっていうことがあって、
拡覧中程度仮説みたいな話を少し前にしましたけれども、
そんな単語を拾ったので、そこから少し膨らませたらどんなこと言えるかなぁみたいなことで、
前回ブリクラージュ配信で、変化ですよね。変化しすぎても滅びてしまいますし、
変化しなさすぎても滅びてしまいますよっていう話をさせていただいたんですが、
そんな感じで作ってはおります。
そうするとですね、パパさんは何かこれについて話そうって思ったときに、
一発撮りなんですか?
一発撮りですね。だいたいほぼ一発撮りで、
どちらかというと話す内容を脳内で黙々と調整させる時間を作りたいんですけど、
だから試作するってことですけども、
試作の時間がやっぱり午前中いっぱいかかるんですよね。
ですので午後1時ぐらいの配信が多いんですけど、
まとまらないと夕方とかになっちゃうんですけどね。
それは文字起こしなんかはされたりすることあるんですか?
ノートに記事を時々書いてて、先日ようやく書いたんですけど、
音声の文字起こしプラスアルファみたいなことで記事にはするんですけども、
文字起こしっていうのは、その記事に書くときに文字起こしを始めてしますけども、
普段は何か気のももくももに思ったことを、
だいたい私の番組聞いてくださると冒頭で何か一言言って、
その後番組のご紹介コールとコメントくださった方のご紹介と、
その後つぶやくというような、こういうふうに切っておりますので、
そんなに大変じゃないんですよ。切ってるので、
ここでこれ話して、ここで話して、話してっていうことで終わるので、
本当に負荷はそんなにかかってなくてですね。
このスタイルになったのも高校1年、2年ぐらいですかね、になってからですけれども、
やっていく中で番組っていうふうにもし捉えたら、
ずっと同じ聞き方が安心して聞いていただくためには、
ある程度フォーマット化した方がいいんではないかなと思ってですね。
私自身そういうフォーマット化して聞くのが、割と耳に負荷がかからないなと思っているので、
そういう形でですね、番組を切ってるということです。
なるほど、なるほど。そうなんですよ。
パパさんの配信で、やっぱり安定感が抜群なんですよね。
ほとんど同じフォーマットで流してるんで、安定はもちろんしてるのかなって思います。
とてつもない安定感を、これだけ長い間リスナーさんに提供されてらっしゃる方ってほんとそんなにいないんじゃないかなっていうふうに。
ありがとうございます。そう言っていただけると本当に嬉しいですね。
パパさんが34ヶ月前に、気なしにお知り合いから始められたスタイルなんですけれども、
音声配信を通して伝えたいことということで、先ほどもこの座席に触れるっていうお話をしていただきましたけれども、
やっぱり当初と今とまたちょっと伝えたいことっていうのは変わってきたんじゃないかなと思うんですが。
そうですね。本当にだから進められたときは書評のような形で、読んだ本について語るというようなことをしていたんですけれども、
途中からコメントが入ったりレターが入ったりして不思議なことが想定をしていないことが起きて、
34ヶ月前ってスタイフさんのアップデートなんて半年に1回入るかどうかぐらいな感じで、
配信する人もリスナーも少なかったんですよね。
そうですよね。
私が1回配信すると半日間ぐらい私のアイコンずっとトップページに載ってるっていうそんな日も珍しくなくてですね。
今だと配信するとすぐ消えてしまうんじゃないですか。泡のように次の方がいらっしゃるので席を譲ることになるんですけども、
34ヶ月前ですと配信する人はいないのでずっと私のアイコンが載ってるっていう不思議な状況があって、
当然聞かれないですし当然コメント入らないですしレターもないので、
なんて言うんでしょうね、本当に配信をして終わるっていう感じだったんですけれども、
いつの間にかレターコメントくださるようになってですね、
はてどうしたのかってその辺りからまた考えるようになったんですよね。
ただただアウトプットの場だったものが今度双方向に少しずつなり始めたということですね。
一方通行でしたけども途中からインタラクションに広がりを見せたので、
刺激が多いんですね、フィードバックいただきますのでまたそのフィードバックから考える問いが立つということで、
すごくいい循環にここ2年以上続いてるなという感じがします。
そうですよね。先ほど実はこのパパさんと収録をさせていただく前には、
ナンバー8のアロマリン・エチェゴさんとお話をさせていただいてたんですけれども、
自分の気づきがある、自分の世界が、
SNSってリアル、自分の日常に広がっているような広がってないようなっていう、
曖昧な誰かの暮らしを覗き見るみたいな感じだったものが、
やりとりが始まることで突然自分の日常の中に入ってくる感覚が、
私はスタンドFMをやって、そういう感覚があったんですね、他のSNSも。
なので、パパさんにとっても多分そういう日常生活の広がりというか、
今までと同じというよりはそこから発見があったり学びがあったり、
リアルの場ではやっぱり出会えないような方と出会えるわけじゃないですか。
そうですね。
なおちゃん先生にもなかなか、私犬も飼ってないですし、動物とか生物については興味がありますけれども、
では犬の先生に出会うかというと、多分出会わないと思うんですよね。
出会わないですね。
ですので、それはすごい奇跡的ですよね。このSNSの広大な宇宙の中で出会うって、
しかも今話までして、何か一つのコンテンツを作っているって、これ本当に奇跡的でして、
お互いこれ利害関係がないので、やれちゃうんですよね。
趣味で作れるっていうここがすごくポイントじゃないかなと思っていて、
例えばお仕事でビジネスなんかだと分かりやすいですよね。利害関係、ステークホルダーっていうのが存在するから、
どうしても駆け引きがあるんだけど、駆け引きなしの楽しんでるっていうこの感覚は本当に魔薬ですね。
やめられないような感じでして、その魔薬をどういうふうに使うかっていうのは使う方次第ですけれども、
今のところいいように使ってますので、進撃が多いですけれども。
すみません、途中でポーズを入れさせていただいたんですけれども、質問の方を続けさせていただこうと思います。
まず、パパさんのご自身のご紹介の中で、この読書術研究家さんというのを初めてお耳にしたというか、
だったので、この読書術研究家というのは、これはオリジナルのものなんですか?それともこの世の中に?
読書研究家さんという人に会ったことがありますけど、読書術研究家さんはいないかなと思ってますけど、
何か読書術を研究してるのかというと、研究してなくもないんですけれども、
未知や研究してるかというとそんなこともなくて、これは本当に私のネーミングセンスがないなということに納得をつけるだけなんですけど、
そんなにいいネーミングが浮かばなかったんですね。番組名もそんなに浮かばなくて、
子育てをしていて読書もしているぐらいな感じで、センスのなさを絶望的に感じているわけなんですけども、
すごい新しいなっていうふうに、改めてお伺いして思いましたね。
たまたまですけど、私はあまり読書ぐらいしか語ることがなくてですね、
私は読書だったっていうことで、
それをなおたの先生であれば、ワンちゃんを通して語るっていうことなんですけども、
私は読書だったっていうぐらいでして、
読書はいろんな本があって、日々新しい進化も出るので、
ことごかないに書かないんですけれども、やっぱり通定しているところっていうんですか、
これスタイフでも同じこと言いますけど、
皆さん一人一人は本のようなものであって、
一つのコンテンツは一つのページのようなものですね。
ですので、そこにいるのは人間なので、
人間がいかにどしがたくて、
いかに矛盾をはらんでいる生き物であるかっていうことを、
私自身が勉強したくて、配信を通して私自身が学んでいるというような、
そういう体裁、パラドクスを内包したような番組なので、
分かりづらさは100%分かりづらいだろうというふうに思って、
バンニング系は絶対にしないと思って配信しているので、
全く気にはしていないんですけれども、
私自身が反省的に試みると、反省的に変えりみているというような番組なんですよね。
なんかあれですよね、今は年間500冊以上読まれるパパさんですけれども、
それこそ幼少時代はそんなに読書というよりはスポーツ少年だったとおっしゃっていましたね。
そうですね。サッカーボールが友達という時期が長かったので、
サッカーボールが本に変わったぐらいな熱量のかけ方なので、
そうなんですね。
私自身は変わった印象はなくてですね、今は本ですけれども、
サッカーに熱中していた時期もあったなと。
なるほど。今多分これを聞いてくださっている方はですね、
この情熱をサッカーに傾けていたら、
ワールドカップ行けてたんじゃないの?って多分思っている方が大数だと思うんですけれども。
そういうことはないですけどね。
そうだったんですね。
そんなパパさんがですね、ご自身の読書術と言っていいのか、読書をする上で、
こだわっていることっていうのはありますか?
これは本当に選書ですね。本を選ぶ選書のところには時間と労力をかけてますけれども、
時間というかけがえのないものと、そしてお金ですね。
買いますので私は借りたりもしますけれども、
基本的に買ったものを投稿したりしてますので、お金も投稿しますので、
ここにいかにフィットしたものが選べるかっていうことがものすごく重要。
私にとっては重要ですけれども、
テーマの確認とそしてその選書をする書籍のジャンルがこれでいいんだろうかっていうことを何週も巡りますね。
これってね気分の問題だと思ってて。
気分ですか?
気分っていうと結構その軽い印象あるかもしれませんけど、
私のときは結構深い問いでございまして、
どんな気分なのか、どんな気持ちで今いるのかっていうことをよくよく向き合って、
それこそ自分のライフスタイルやそれこそステージや考え方が変わった時に、
そういえばあの人が前に言ってたことってこのことだったんだ、
その時に分かることありますもんね。
そんなことばっかりだと思います。
経験していないことはなかなか腑に落ちないっていうのは当然あるでしょうから、
それが状況が変わったら急に刺さってくるっていうことはよくよくあって、
本も同様でございまして、たまたまそのタイミングになかったっていうことに過ぎなくって、
そのタイミングが来るとね、ぐっとこう深く入っていけるような書籍もたくさんあるので、
そういう書籍は捨てずに塩漬けにしておくということです。
なるほど、今ちょうど私も大学生の時に挫折をした、
レイチェルカーソンの沈黙の春を読み直しているんですけれど、
やっぱり自分が変わったんだなっていうことがさらに実感ができますね。
大学1,2年生の頃だったかな、本を一番最初に手に取ったのがね、
その頃って全然刺さらなかったんですよ。
だけどいろんな経験を経て、やっぱりその時には20代の自分には、
20代もいってないか、18くらいの自分には刺さらなかったものが、
何年か経つと刺さるようになるっていうことがやっぱりあるので、
ありますね。
書籍はね、そのものは変化をしたりするわけじゃないじゃないですか。
去年だったかな、夏目漱石の心の読解に参加をさせていただいたんですけど、
ありがとうございました。
あれもやっぱり挫折をした本で。
そうですね、あれは割と長くてね、そして結構深い重い話ですから。
それこそ女子高生にはあんまり面白いと思わなかったんですけど、
年月を減ることでね。
ただ書籍自体は何が変わってるわけじゃないじゃないですか。
それこそ人対人はね、その相手の人も変わる場合もあるので、
変わった結果会うこともあるっていうこともあると思うんですけど、
書籍は変わらないですから。
そうですね、物質としての書籍は変わらない。
実感が本当に本を通して、自分が変わったことを実感ができるっていうのを学びましたね。
そういった点ではすごく面白いですし、先ほどおっしゃられた先書、
時間も有限ですし、
それはすごく面白いですね。
そうですね、そういったことを学びましたね。
そういった点ではすごく面白いですし、先ほどおっしゃられた先書、
時間も有限ですし、
それはすごく大切だなっていうのと、
でも、これはちょっと失敗だったかなと思うものでも
しさがあるっていうのもどちらもね、とてもすごく理解ができるなと思います。
例えば、どのような点で今まで書籍選びですとかね、
挫折した本とかもパワーさんもあるっておっしゃってたので、
読書の体験のどのような点でご苦労されたこととかってありますか?
例えば、読書を広げたいっていう、そういった活動の通してでもいいと思うんですけど。
ちょうどね、挫折っていうお話があったときに、すごくいいお題だなと思ったんですよね。
先ほどの先章の失敗っていうふうに捉えがちだ、挫折って失敗だっていうふうに捉えて
ずっと私も来たんですけども、挫折についてね、
ハリル・ジブランというレバンの詩人がね、すごく素晴らしいことを書いていて、
挫折っていうのは光る刃と盾だっていうふうに言ってて、
王座につけられるとは礼獣されるに過ぎず、理解されることは平らになることに過ぎず、
把握されることは自分が売れた果物のように摘まれ食べされ、食べ尽くされるに過ぎないことだっていうふうに挫折っていう詩の中でね、書いてるんですけども、
王座ってみんな一生懸命、シークスピアでもいいですけれども、王座を巡って姫を奪ったりとか戦ったり、あるいは裏切ったりしていくわけですけども、
これ王座につくと何が起こるかっていうとね、礼獣されるっていうことになるっていうことですから、
そして他人に理解されるっていうことは平らにならされるに過ぎない、結構激しい詩ではあるんですけれども、
そして他者に把握されるっていうことは自分が売れた果物のように摘まれて食べ尽くされるに過ぎないことだっていうことが書いてあってですね、
挫折っていうのはずっと私も失敗だなって思ってたんですけども、そうではなくて魂の上昇の箱舟だっていうふうに捉えると、
勇ましい同志であって不信なる勇気を与えてくれるものだっていうふうに解釈を変えていくと、挫折の悪いものじゃなくて、
むしろ挫折がないと魂の上昇ありえないっていうふうに捉えると、すごく怖いことであって辛いことではありますけれども、
このジブラーの言うように危険を払う存在になるべしみたいなことですね。
ですので挫折っていうこの挫折本っていうのは確かに私の人生の中でもたくさんあるんですけれども、
挫折本があるからこそ他の書籍に手が伸びるわけですから、またその挫折本に戻っていったりしますので、
挫折というものは決して悪いものじゃないなっていうふうに捉えるようになった素晴らしい詩なんですけれども、
確かにその挫折というかね、つまづきっていうもので自分を知ることができたりとか、
そうなんですよ。
そこからじゃあ逆にどうやったらそれをクリアできるのかとか、
なぜこれが今の自分には刺さらないというか難しく思えるんだろうとか、
こういったその順風満帆でさらさらっと読み終えてしまう書籍ももちろんたくさんあると思うんですけど、
ああ面白かったっていうだけの本っていうのもあると思うんですけど、
それとは違う資差をやっぱり与えてくれるものですよね。
そうですね、単に知識というものがなくて読み進められない書籍って確かにあるんだと思うんですけれども、
そうじゃなくて、どちらかというと一番最初の話に戻っちゃう、先章のところに戻ってしまうんですけど、
悔いの打ち方が甘いんじゃないかなって思うんです。
それは自分に対する問いの悔いの打ち方が甘いので悔いが抜けちゃうんじゃないかなと思うんです。
だからまだまだ深く惚れてないっていうことかなと思うんですけど、悔いが深く埋め込まれていればなかなか抜けませんので、
その書籍と向き合えるのかなと思うんですけど、私が挫折体験としてわかりやすい書籍で言えば、
マルセル・プルーストの失われた時を求めてなんかは長すぎるんですよね。
そうですね。
長すぎて、確かギミスで認定されてるんですけど、長すぎて全部読み終えないっていうか、単調な感じがずっと続くじゃないですか。
続きますね。
あのマインドに今私はあまりなくて、
確かにその紅茶に浸したマドレーヌの味から無理的な記憶っていうか追体験が蘇ってくるのはわかるんですけど、
そこからが長くてですね、とてもちょっとあの世界にしばらくはおりましたけれども、
独りょうまでに至ってなかったりとかしてですね、他の本も読みたくなってしまって、なかなか独りょう的に実にはおりますけれども、
そんな書籍ですよね。長すぎるっていうのも一つあるなって思いますし、
まだまだ私がその世界にそこまで入り込めてないなっていう本もあって、
あとはあの何回の哲学書なんかもやっぱり読んでみても何回過ぎますし、
日本語訳がね、戦前のものですと漢字もなんかこう旧語って言うんですか、ちょっと読みにくくて読み進みにくいという書籍があるんですね。
何が何が一体のかがどうもリーチできないっていうような書籍が。
ありますね。
今目の前に存在と時間っていう、これマルティン・ハイディガーの未完の書ですけども、こんな書籍はやっぱり上下、上中下間あるんですけど、やっぱりわからないですね。
なんとなくその人が不安であって、自分ではない、
現存在が世人って世の中の人って書きますけど、人に支配されてしまってるっていうところは読み解けるんですけれども、
これが全体としてどういうふうに自分に知性を与えてくれるのかみたいなところまでまだまだ深く掘れてないので、
こういう本はおそらく一生涯を通じて読むことになるんだろうなと思ってですね、
放っておきます。
塩漬けに、
干しにして、時々3ページぐらい読んでもう一回しまうみたいなね。