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皆さま、こんにちは。今日も一流万倍日、踊る気功師のイクコです。
実はね、こちらコロラド、ロッキー山脈のふもと、計画停電、昨日からなっています。
えっと、もうすでにね、何時間だ?もうちょっとで30時間くらいになるのかな。
我が家にはね、幸いなことに、発電機というものがあるので、それで生活はね、普段通りすることができているんですけれども、
近所の人がね、ちょっと携帯をね、充電させてって来たりしています。
なんか、お役に立てるならね、私も嬉しいなというふうに思っています。
皆さま、いかがお過ごしですか?12月、もう後半、もうすぐクリスマスですけれども、
結構寒くなってきているのかなと思います。温かくしてお過ごしください。
えっと、今日もね、次女のお迎えで、中学校の前に車を止めて、これを録音しております。
で、今日ね、ちょっとおしゃべりしたいなーっていうことは、今、世間を騒がしている釣り目ジェスチャーのお話。
フィンランドのね、ミス・フィンランドという称号も取られてしまったんですけれども、
ミス・フィンランドが、中国人のね、お友達なのかな?関係性がちゃんとわかんないですけれども、
中国人の人と一緒に食事しているんだっていうので、SNSにね、釣り目のジェスチャーの写真をあげてしまったんですね。
で、このことでアジア人差別だっていうふうに、すごく問題になってしまいました。
まあ確かにですね、彼女の行動すごく軽率だったと思います。ご自身のね、ミス・フィンランドという立場もありますし、
まあこれをやってしまったということで、結果的にね、ミス・フィンランドという称号を彼女は失ってしまったんですよね。
でも私これね、ちょっと思ったんですよね。もしかしたら、その写真を撮ったの、セルフィーではなくね、中国人のお友達がね、撮ったのかもしれない。
そういう間柄のね、すごく仲良くしているお友達だったら、もしかしたら、友達同士のおふざけの中で、
その写真をね、撮って、まあ面白いからアップしようみたいな感じで、軽い気持ちでね、投稿してしまったかもしれないなというふうに、ちょっとふと思いました。
で、現に本人は差別の意図はなかったという発言をされていましたよね。私もきっとね、そうなんだろうなというふうに感じています。
ただですね、だからといって何をしてもいいというわけではなく、しかも彼女はミス・フィンランドという立場がね、ありますから、普段からね、自分自身の行動を結構気をつけていらっしゃったんじゃないかなと思うんですよね。
なんですけれども、ふと気が緩んでしまった、友達と一緒だったりして、まあそうですよね、あの安心感というか、そういう、
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字が出たって言うとね、いいのか悪いのかわからないですけれども、まあそういう友達同士の中のノリとかでやってしまったかどうか本当はわからないよ。
だけれども、なんかそういうふうな感じでね、やってしまったことを、
まあ、投稿しちゃったのかなっていうふうにね、感じたりしてるんですけれども、まあ差別にね、今の時代すごく敏感ですよね。
なので、軽率すぎたなと思いますし、彼女自身ね、その吊り目のジェスチャーをわざわざする?
まあ、おふざけの中でもしたっていうことは、そのジェスチャーがね、アジア人を揶揄する表現であるっていうことはね、多分ね、知っていたと思うんです。
でね、何が問題かって、その後彼女のことを擁護するかのように、フィンランドの政治家の方が同じようにね、吊り目ジェスチャーをしてね、
投稿していましたよね。それがまたさらなる大炎上を生んだと思うんですけれども、彼の行動はもう警察中の警察ですよね。
お立場が全然違う。政治家ですからね。結局のところ、この騒動の後、フィンランドの首相が公式に謝罪文を出すということまでにね、発展してしまいましたよね。
私自身はね、フィンランドのことを知りません。フィンランド人のお友達もいません。
なんですけれども、一回ね、あのコロナの前にくるみ割り人形をやった時に、私のパートナーがフィンランド人の男の子でした。
そういうのがあったけれども、でも普通にすごくいい子だったなっていう印象ぐらいで、なのでフィンランドのことは全然知らないんですよね。
個人的にいい子だったなっていうだけだったんですけれども、フィンランドの国にはアメリカほどね、人種が入り混じっているっていうイメージがあまりありませんね。
私自身はアメリカに住んでもう13年になるんですけれども、その間に差別を受けたことがあるかというとあります。
一度や二度ではなく、あれこれちょっとって思うようなね、軽いものも入れれば、まあそれなりにあります。
で、その話をですね、白人のお友達にすると、たまたまだったんじゃないとか、いやーそれ気のせいだと思うよーみたいな言葉がね、返ってくるんですよ。
ただ、受けたこちら側としては、全然偶然じゃなかったし、たまたまではなかったし、
あ、もうこれ絶対意図的だなーって、あの日本人を差別しているというか、まあこの人アジア人好きじゃないんだろうなーっていう風な感じにね、わかるというようなことがありました。
経験としてね、やっぱりあるんですよね。で、白人のお友達がさ、お友達ですよ、友達が、気のせいじゃない、なんていうのは、その方がちょっと私としてはね、ショックが大きかったですね。
うーん、友達としてね、あの彼女たちは接してくれているんだけれども、もしかしたら友達じゃないアジア人に対しては、
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無意識的にね、なんとなくそういう、本人たちは差別的って思ってないかもしれないけれども、差別的な態度をね、取ってる可能性って、
あ、あるんじゃないかなっていう風に、その時に思ったんですよね。本当それはあの、無意識的なもので、差別かどうかって言ったら、絶対差別じゃないって彼女たちは言うんですけれども、
もう明らかに態度が違う、みたいなものを、自然にね、取ってしまっているんじゃないかなっていう風に思いました。
それはね、アメリカに来て数年の間にね、もう学んだことで、差別っていう意識じゃない中での自然なものなんじゃないかなという風に思います。
これってまあ結構怖いことだなっていう風にも、まあ思いますよね。ただね、まあそういうことに私自身も気づいたので、日常生活の中でね、あれっていうようなことがね、
あったとしても、あ、この人はね、多分わざとやってるんじゃなくて、無知なだけなんだなという風に思うようにもなりましたし、もしかしたらね、その人自身の過去の中に、アジア人とね、嫌な思い出があるとか、まあそういったね、因縁っていうかさ、
わだかまりっていうかね、それはその人との間に起こったことで、アジア人だからっていうわけじゃないけれども、やっぱり人種が違うと、
あ、何人だから、みたいなね、そういうものが意識の中に生まれてしまうっていうのは、まあ人間なので仕方がない部分も悲しいけれどもあるのかなっていう風に思います。
でもね、やっぱり経験していく中で、あまりにちょっとひどい人、あからさまではないけれども、あからさまって言っちゃあからさまみたいなね、なんていうのかな、そういうのがある時は、
例えばなんだけど、こちらがね、質問をしているのに、他の人にはにこやかにしゃべっているのに、こちらが質問をすると、無視をする。
で、周りの人に話す。で、あの、エクスキューズミー、エクスキューズミーって言ってるのに、こっちを無視する。
で、明らかにそういうのとかあるんですよ。めったにないけれども、そういう時はね、え、差別してる?みたいな感じで。
オメガ、アイユアレイシス?みたいな感じで、襲ってね、声に出すと、大抵の場合、相手はね、怯むし、慌てます。
そんなことないよ、そんなことないよって。そういうことをしたのは、私もね、過去に1回だけありますけれども、うんうん、まぁあるんですよ。
だからといってね、まぁこういうことはあるよねって言って、自分自身はこう、受け流す術っていうのがあるからといって、差別がいいっていう風に言っているわけではありません。
差別はね、もちろんない方がいいです。うん、それはね、もう皆さんもね、分かっていると思うし、
だからこそね、みんな、今回の出来事でね、ちょっと怒りを感じたりしているのかなぁと思います。
差別される側だからね。でもね、落ち着いて考えてみると、日本国内でもね、あるんじゃないかなぁという風にも思います。
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今ね、いろいろ外国人問題ありますけれども、クルド人の人とか、中国人の人とか、まぁいろいろね、あります。
で、おそらくはね、こういう人たちも、真面目に頑張っている人たちが、ほとんどだと思います。
ただね、問題を起こす人たちがいるのも事実で、また国と国の、あれこれっていうのもありますよね。
日本がなめられている部分っていうのが、あるのも事実だと思います。法の抜け穴っぽいところもね、ありますしね。
でも、それって、もう政府の問題かなぁっていう風に感じているんですよ。
政府の外国人受け入れの法律が甘すぎる。でね、そういう問題がかなりあると思います。
難民申請もすごく簡単に通ったりね、いろいろしてるみたいですよね。
あと外国人の人への、なんていうの?なんだっけ?生活保護の受給?
生活保護の受給が必要になるような外国人って、アメリカでビザ出ないと思うんですよね。
ビザを申請するときに、自分自身の財産とか、私だと夫がね、スポンサーになるっていう形で、ビザが発給されているので、
夫の財産、貯金がいくらあるとかね、そういうのをみんな提出して、
この人ちゃんと生活やっていけますねっていうのが、わからないとビザって発行されないんですよ。
なので、日本で外国人が生活保護を受けているって、すごく私は不思議な感じがしているんですけど、
そういうね、政治、その法律のシステムの問題っていうのがね、あるかと思うんですよね。
でまたね、日本人社会からの当たりがそういうのでさ、どんどん強くなるでしょ?
そういったものが強くなればなるほど、反発のエネルギーっていうのも自然とね、生まれていってしまうので、
悪循環だなというふうに思います。
あとはね、日本で言えば、例えば主に白人の人だと思うんですけれども、外国人の人に、
うわぁ足が長いとか、目が綺麗、顔が小さくていいなぁとかね、褒めてるつもりのことなんですけれども、
褒めてるからいいじゃんって思うようなことが、相手からしたらね、差別だと捉えられることもあります。
顔が小さいって、全然褒め言葉じゃないんですよね。
外国人の人でね、顔が小さい人、むしろそれをね、コンプレックスに感じている人もいるんです。
なんかね、私のお友達でもいるんですけれども、顔が小さすぎて帽子が似合わないと。
だから顔が小さすぎてコンプレックスなんだそうです。そういう人もいるんですよ。
あとは日本の中学校とか高校の、多分英語教育の中なんですけれども、
外国から来た旅行者に英語でインタビューをする みたいな授業がね、多分あるんですよね。
それを学校の授業の一環でやらさせたりする、これも結構グレーなんじゃないかなっていうふうに、私自身は考えています。
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私ね、これ実は京都に何年前、2年前行った時に、外国人に間違えられて、インタビューを受けました。英語で。
多分ね、子供たちがいて、英語でちょっと話したりしてたのを小耳に挟んでね、なんかインタビューOK?みたいな感じでね、声をかけられたことがあるんですけれども、
こういうのもね、あんまり良くないよねっていうふうに感じています。
まあそれはそれなんですけれども、話はね、戻りまして、その差別などに関するもの、
それぞれにね、個人個人の中に、それぞれが信じる価値観、正義とか、自分が信じる正しさみたいなものがね、あると思うんです。
実際のところね、あなたの目に見えている世界のあり方っていうものは、あなたの心の中を反映しているんですよね、実は。
釣り目ジェスチャーをする人たちっていうのは、世界を知らない人たちだと思います。
ナノジェスチャーのようにね、目が釣り上がっている人って、実際あまりいなくないですか?
いないとは言わないけれども、少なくとも、白人の人よりもでかい目をしているアジア人もいっぱいいますし、
白人でも目が細い人もいるし、目が釣り上がっている人もいますしね。
私は実際にね、そのジェスチャーをされたことはないんですけれども、子どもたちはね、それぞれ学校で経験があるそうです。
そういうことされてどうしたの?っていうふうに聞いたら、笑い飛ばしたり、無視するに限るとのことでした。
時代的にね、こういうことに対してすごく敏感になっている時だと思うんですが、
敏感になりすぎないように、個人個人心がけた方が、世界は優しくなるのかなというふうに思います。
特にね、日本は相手の間違いや失敗をいつまでもね、ネチネチと攻め続けて、
SNSなどでね、相手を追い詰めていくなんてことはね、もうみんなね、知っていることだと思います。
で、それが原因でね、命を落としてしまうなんていう悲しい出来事もありますし、
でもそういったことをする、そこにもし欠かなくても賛同するようなエネルギーをポンと放つと、
そのエネルギーというものは全て自分に戻ってきますよ。
もしもね、自分に直接関係のないことに敏感になっているなっていうふうに気がついたら、
深呼吸をして、距離を置くようにしましょう。
それができないのであれば、SNSをやめた方が自分を守るためにいいと思います。
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あなたのね、アンテナにこういう出来事、いろいろなことが引っかかってくると思うんだけれども、
どんなことであったとしても、あなたの心の在り方、心のありを、心のブロック、あなたのインナーチャイルドなどと繋がっています。
何か必ずあなたの中に原因があって、それでアンテナに引っかかってくるということですね。
スピリチュアルに目覚めていいことは、人を見た目ではなくてね、光として認識できるようになることかなというふうに思いますね。
見た目の違いっていうのは、その人の本質の光の中では本当に小さなものです。
私たちはね、体を抜けるその時まで、多くのことを経験して学んで広がっていく存在なんだよね。
今、差別だったりね、多様性ということに集合意識的に敏感になっていることは、
自分の中に差別があり、多様性があるということに、本当の意味で気がついて、受け入れて成長していく時が来ているんだというふうに感じています。
そういったことがね、現れての敏感さだったり、集合意識の集まっていくものなんじゃないかなというふうに見えています。
誰かが差別的発言をした時にね、「それは間違っていますよ。」と優しく指摘することは大切だと思います。
なんですけれども、それを理由に他人を責めていいという理由にするのは全然違いますよ。
それは自分を責めていることと同じなんだということに気がついていけるといいですよね。
土の時代、風の時代というのを聞いたことがあるかな、わからないですけれども、
1800年代から約200年間続いた土の時代というものは、2020年に風の時代にシフトしました。
このシフトしたと言っても、その時にバッツンと言ってね、「はい、土終わり、風になりました。」っていうんじゃなくて、
その変化っていうものは少しずつ少しずつ移行していく、少しずつ変化していくというものなんですね。
その風の時代のエネルギーが入ってきてからもうすでに5年が経っているところなんですけれども、
この土の時代っていうのはね、もっと物質的な豊かさが特に重要視されていたの。
お金とか財産とか。でも風の時代というものは、精神的な豊かさがより重要視されていく時代になっていくんですね。
個人的なものであったり、集合的なものであったりもするんですけれども、もっと精神的な豊かさ、調和というものにシフトしていく、
新しい生き方を選択していくエネルギーの波に乗っていくための指標に今回の出来事はなったんじゃないかなというふうに思います。
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今回の出来事があって、あなたはこれから何を選択していくのか、いろいろな出来事が目に入ってくると思う。
それを目にしたあなたはこれから何を選択しますか?
怒りのエネルギーを選択していくのか、それとももしあなたが愛だったら、私たちは愛なんですよ。本質的に魂なので魂は愛です。
私たちが本質の愛である自分として選択をしていくんだったら、ミス・フィンランドの称号を失ってしまった女性に対して、フィンランドの国会議員に対してどんな言葉をかけますか?
そしてどんな生き方を選択していくでしょうか?
私たちの本質はね、魂であり愛の存在ですということを何回も申し上げたい。
愛の存在だったら何を選択するのか、ちょっと立ち止まって考えていくということができたらいいですね。
というわけで、今日はこんな感じでもうそろそろ娘が出てきますので、終わりにしたいと思うんですけれども、
今日のお話ってなんかスピリチュアルラジオで話してもよかったかなというふうに思うんですけれども、
一流万倍日ラジオの方でお話をさせていただきました。
このお話ね、文字起こしっていうほどではないけれども、文字起こしにかなり近い形で、
ノートの方にもね、あげますので、もしね文字の方がわかりやすいという方がいたら、
ぜひノートの方を見てください。
ご意見とかご感想とかあったらね、ぜひノートのコメントだったりとか、
Xの方でつぶやいていただけると嬉しいです。
きこうしラジオっていうハッシュタグ作ったんだったかな。
あんまりこういうこと言わないのでね、言った方がいいんだよね、たぶんね、なんて思いながら、
今日はこれで終わりにしたいと思います。
ではではでは、みなさんまたいい1日をお過ごしくださいませです。
ではでは、バイバーイ。