ラマダン19日目の現状と体調
お元気ですか?なんばるわんです。
自分らしく生きるためのラジオを始めていきたいと思います。
この番組は、国際結婚25年目の私、なんばるわんが、
自分らしく生きるための挑戦や、日々の暮らしの中で気づいたことなどをお伝えしていくラジオです。
今日は、はじめてのラマダンで命の危機ということで話をしてみたいと思います。
その前にお知らせです。
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ちょっと鼻声ですかね。
ちょっと怪しいところなんですけども、気のせいだということで進めてまいりましょうか。
ラマダンがですね、今日で19日目となりました。
無事に断食を終えることができて、
生活のリズムがですね、結構逆、真逆?真逆までは行かないんですけども、
朝起きて朝食を済ませ、礼拝をして、その後2時間ぐらいは眠れないんですね。
そこから何も用事がない、出かける用事がないっていう日は、昼までぐっすり寝ちゃうんですよね。
5時間、4、5時間ですけども、夜はですね、逆に1時間も眠れないっていう感じでしょうか。
過眠して横になるっていう程度。
なので圧倒的な睡眠不足にはなってますね。
出かける用事がないとなると、もうずっとそんな感じで午前中いっぱいは寝てるかなっていう感じですね。
でもあと10日余りで、今年のラマダンも終わるっていうので、もうちょっとね、頑張っていけたらいいなと考えていますが、
体は結構ね、正直で、今もちょっと前から心臓がドキドキし始めて、薬もですね、朝晩と2回ちゃんと飲んではいるんですけど、
何でしょうかね、なんか運動不足っていうか、体も動かしてないかなっていう感じなんですけど、
ちょっとね、肩甲骨を動かすようなエクササイズをさっきやって、今ね、立った姿勢で、立ったままの姿勢でマイクに向かって話をしています。
初めてのラマダンと食事の苦労
はい、それで初めてのラマダンで命の危機があったっていう話なんですけど、
娘が1歳の時、1歳代の時に初めて夫の国に行ったんですね。
その年のラマダン、当時はね、11月ぐらいでしたかね。
その頃のラマダンで初めて断食っていうのを経験しました。
今でもそうなんですけど、辛いものがね、結構苦手なんですよ。
夫と結婚した当初はですね、結構料理をしてもらってて、青い唐辛子をこのカレーの中に入れたことがあって、
初めてそんなに辛いものをね、口にしてかじっちゃったんですよ。
それで怒りに震えたのを覚えています。
そんな状態で夫の国に行って、当然食べるものはスパイシーなものしかありませんでした。
でも娘もですね、離乳食の時期でもあったりして、
でも向こうって食べさせるもの、飲ませるものっていうのが日本と全く感覚は違うのでね、
もうヒヤヒヤしたり怒りに震えたことも何十回もありましたね。
多分一年中怒ってたんだと思います。
また娘にこんなものを飲ませやがって、みたいな。
コーラとかですけどね。
もう1歳代で飲んでましたから。
初めてそういうものを口にした時の娘の表情っていうのは私は見逃しているので、何とも言えませんけどもね。
辛いものもケンタッキーとか向こうにあったんですよ。
KFCって言いますけど、HFCとかAFCとか、もうあれですよ。
偽物っていうか、ネーミングをパクリン状しちゃったようなファストフードの店がたくさんあったんですけど、
そこのチキンっていうのも赤いんですよね。見た目からして辛くて。
ラマダンの後に夜は自由に食べられたので、夜の時間も長かったですから、当時ね。
初めてラマダンを経験した時っていうのは。
なのでみんなで力者というね、原付に箱をつけたような乗り物がありまして、
それで家族みんなでね、義理の姉たち家族と娘と私とみんなで町に繰り出してですね、
ピザ屋さんとかそういったKFCみたいなファストフード屋さんに行くんですよ。
ジャンキーなものを食べようとするんですけども、ピザでもチキンでも何でも全部辛いんですよね。
なので私があの当時食べられたのはピザの耳、耳って言いますか、周りの具が乗ってないところ、
あの縁の部分です。あれをね、ちぎってもらってそれだけをかじってました。
チーズのちょっとした端っこのところがね、その縁のところに乗っかっているので、
それを味わうっていうか、ちょっと棒状に切って、棒状にちぎって娘に握らせて、それをしゃぶっているっていう感じです。
本当に親子でね、ピザの縁を食べるっていう感じでした。
ラマダンの時って、他の家にね、お呼ばれする、みんなで断食明けの食事を取るっていうことも頻繁にありました。
昔初めて向こうに行った時にも、親戚の家にね、呼ばれたことがあって、辛いものが食べられないんですけども、
その親戚とかね、日本人である私たちを迎え入れて、迎え入れるにあたって、夫の方からもね、日本にいましたけど、
夫からも、スパイシーなものはとにかくやめてくれというお願いをしてもらっていました。
義理の姉たちもですね、親戚の家に行って、キッチンに真っ先に行って、私とね、うちの娘は辛いものを食べられないから、スパイシーなものを避けてくれと言うんですけども、
まずスパイシーでないものっていうのがないんですよ。
もうケーキとかジュースとかしかないです。スパイシーじゃないものは。
本当にご飯でもね、ビリヤニとかプラオっていうね、混ぜご飯的なものがありますけども、すべてですね、スパイシーなんですね。
ブラックペッパーが入ったりとか、グリーンチリも入ったりとかして、チキンもですね、フライドのものもありましたし、バーベキューのこんがり焼けたようなものとか、香りはいいわけですよ。
でも見た目が赤かったり、真っ黒だったり、真っ茶色だったりして、もうダメなんですね、見た目からして。
で、姉たちはですね、私に食パンにジャムを塗って、なんていうのかな、ジャムサンドって言いますかね、そのサンドイッチを持って行きなさいと。
で、断食が開けた時には、それをうちの娘とね、二人でそれを食べなさいと。
絶対にカレーとかは無理だし、うちの弟がものすごい怒るから、やっぱり親戚のものは食べさせられないわっていうので、その通りに食パンにジャムを塗って、バターとか、バターじゃないな、マーガリンですね、あったのは。
それを塗って、バッグに忍ばせて、親戚の家に行きました。
娘は赤ちゃん、子供でしたので、ジュースとかそういったものをどんどんもらってですね。
で、私もお腹がもうググググなって、やっぱり喉も渇いてますね。
大勢の向こうの人間がいるのでね、私一人、娘もですけども、一人で外国人がポツンといるような感じでね、まだ当時、そこまで言葉がわからなかったので、
誰と喋るでもなく、ひたすら娘の世話をしているというか、なんか変なものを食べなきゃいいなって、そういうのを心配してました。
親戚の家での食事体験
それで断食が明けて、いざ皆さんはもう食事にありついて、肉の塊とか、いろいろ食べてるわけですよ。
でも私はですね、「大丈夫か?大丈夫か?」ってみんな聞くんですけど、お姉さんたちが、「大丈夫、サンドイッチ持ってきてるから。」みたいな感じでね。
そうすると、もうまるっきり、なんか存在を忘れられているような感じでね。
本当にイチゴのジャムをつけたパン、あとジュース、それしかなかったので、
これちょっと私もうダメかもって、本当に死ぬかもって思いました。
断食自体、人生でその時に初めてやったことですし、しかも断食明けの食事がね、取れない。
もう食パンしかないわけですよ。
そういう話を夫にすると、「それって断食明けに食べるもんじゃないな。」って怒るわけですね。
姉たちに怒るんですけど、姉たちももう何もしようがないわけですよ。
もう甘いものしか私と娘はね、食べられないのだから、もう何もないじゃんっていう感じなんですよね。
だからこのスパイシーでないものを人に提供するっていう習慣がないので、わからないんですよ、誰一人。
だからそれこそ自分で作って用意するしかなかったわけなんですけど、
あの時にはキッチンに入ることもあんまり許されなかった。
それは歓迎されているからこそだったんですよね。
あなたは座っておいてと、日本で一人で子育てしてきて大変だったでしょ。
だからもう食事も食器洗いも何もしなくていいからっていう風に姉とか親戚に言われて、
もう本当に何もさせてもらえなかったですね。
こっそりと朝早くにキッチンに入ってちょっとしたものを作るとかっていうのはやってましたけど、
本当にあの時は本当危ないなと思いましたね。
このままじゃラマダン1ヶ月もあるっていうのにどうなるんだろうって思ってました。
食文化の違いと適応
自分たちの家では一応姉たちに伝えて、その赤いパウダーをね、レッドチリですよ。
あれをドバッと小さじ1杯ドバッと入れるところを事前に言って、
ちょっとそれは入れる方と入れない方をちょっと鍋は別々にしてくださいと言って、
それでなんとなく自分で味付けっていうのはやってましたね。
それとナンみたいな平らなパン、そういったものも姉が作ってくれて、
それだったらちょっとした塩味、それだけなので、
あとはカレーにつけて食べるっていう形で、
野菜の何か煮物っていうか炒め物を自分で作っておいて、
それと一緒にそのパンらしきものを一緒に食べればね、辛さは感じずに済むわけですね。
そういう風にしていたんですよ。
ただやっぱり他のお家、親戚であってもね、なかなかこの私たちのベロですよね、舌、味覚っていうのを理解してもらうのはなかなか難しかったですね。
もうどうだろう、娘がだいぶ大きくなってから、
親戚の家を夫と一緒に3人で訪ねたりとかする時っていうのは、
ほぼ皆さん完璧にスパイシーではない、ちゃんと塩味もある、そういった料理を作ってもらえるようになりましたね。
本当になかなか外国人の嫁がいるっていう向こうの人もね、そこまでたくさんいるわけじゃないでしょうから、結構苦労をかけたと思います。
親戚にもね、義理の姉たちにも。
でも本当に味をね、舌を合わせていくっていうのも限度があるなと思って、
なんか日本人って世界で唯一、いろんな料理に自分たちの舌をね、味覚を合わせられる民族だっていうのを聞いたことがあります。
本当に私たちいろんなもの食べられますよね。
夫の苦人の人もそうでしたけど、
現在の感謝と今後の抱負
寿司はまず理解ができないと。
え、気持ち悪いって言ってましたかね。
生のものを食べるっていうのが。
でも私たちって何でもいけますよね。
辛いのだって好きな人いますしね。
グリーンチリをボリボリ食べる日本人もね、見たことありますけど。
なので本当にね、ラマダンだからこそ自分たちが食べたいものをね、今食べていられるっていうのは本当に感謝だなと思いました。
はい、というわけで今日は初めてのラマダンで命の危機ということで話をしてみました。
まあ今でも結構辛いのはね、苦手ではあるんですけど、
まあ結婚して25年経ちますし、
当初よりかはね、新婚当初よりかは辛いものは口に入れられるようにはなったと思います。
ただね、胃腸がちょっともう限界ですっていう感じですね。
はい、ラマダンあとね、約10日余り。
もうちょっと踏ん張れればなと思います。
最後まで聞いていただきありがとうございます。また次のラジオでお会いしましょう。
ナンバルワンでした。元気でいてくださいね。