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アッサラムアライクム!お元気ですか?なんばるわんです。
自分らしく生きるためのラジオ、この番組はあなたの優しさの提供でお送りします。
はい、自分らしく生きるための挑戦や日常をゆるーくお伝えしております。
今日はですね、あるドラマを観てパキスタンの病院を思い出したという話をしたいと思います。
今、ネット配信で2003年から続いている、診療所のドラマがネット配信でやっていて、
当時ね、テレビで放映されている時には、私は全然見ていなくて、あんまり詳しい内容とかは知らなかったんですけど、
ネットの配信でたまたまそのタイトルを見て、あ、そういうドラマあったよね、というそれぐらいの認識だったんですけども、
離島でね、ぽつんと診療所があって、そこのドラマで、
なんかね、見ているうちに、こう、その診療所に人が集まっている様子とか、
そういうのを見て、なんか懐かしい気持ちになりましたね。
で、すごくね、パキスタンの病院を思い出したシーンがあって、
えっとね、2004年の特別編ですね、
前編があって、後編にね、ある女性がその診療所で手術を受けていて、
で、島に住んでいる皆さんがね、
その一箇所に集まって、診療所の中、待合室のとこだと思うんですけど、
女性たちがね、集まって、立ったままでね、手術の無事を祈っているみたいなシーンがあったんですよね。
で、その診療所の待合室の中も、なんかガヤガヤ、たくさんの人がソワソワしていて、
無事に手術終わってくれ、みたいな感じでね、
すごくその混雑ぶりが、なんかパキスタンの病院みたいだなぁと思って思い出したんですけども、
パキスタンでね、病院行くときに一人で行くって、患者一人が行くっていうことはほぼないんですね。
これはですね、パキスタンのパンジャブ州のグジランワラ、私たちが住んでいたところ、そこ限定の話になるとは思うんですけども、
パキスタン全部の病院がそうじゃないので、それだけお伝えしておきますが、
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一人で行くことはなくて、必ず一人か二人、それ以上付き添いがね、一緒に行ってくれます。
で、私なんかの場合は、余計にですよね、外国人なので、ちゃんと言葉が通じないといけないからって言って、親戚が心配してくれたり、
日本にいる夫が親戚に言って、病院連れてってあげてくれとかってね、お願いしたり、そういったことでね、
一緒にね、夫のいとこが同じ居住区に住んでいて、いとこ夫婦はね、
女性のいとこなんですけど、彼女にね、付き添ってもらって、私は婦人家系のね、ちょっと気になることがあって、
レディースドクターですね、女医さんのところに行きました。
で、そこでね、すごく強烈に印象に残っていることがあって、
町員室も人がね、ごった返すんですよね。で、特にパキスタンの女性は、やっぱり女医さんに見てもらいたいという希望を持っている方が多いので、
特にね、婦人家系となればなおさらなんですけど、
で、一人で、患者さん一人が行くってことがないので、 例えば10人患者さんがいたとしたら、町員室の中は、もう20人、あるいは50人、
まあその倍になることもあると思うんですけども、
いつもね、ごった返している感じですね。 そして、お互いの症状とか、
こういうことが辛いんだとか、痛いんだとか、で、あそこの病院行ったけどダメでここに来たんだとか、
口コミとかね、世間話とか、そういったのでも溢れているっていうかね、 もうすごくガヤガヤしてます。
シーンとしてないんですよね。
それで、そのいとこにつき添って行ってもらった時に、
やっぱり外国人なんで、すごく視線をね、感じて。
で、その中に何十人の人たちの中から、誰が私たちに話しかけるのか、みたいな雰囲気なんですよね。
そう、あんたが聞いてよ、みたいなね。
何なんでしょうね、初めて会った人たちのはずなのに、なんか変に意気投合しているみたいな雰囲気でね。
そして一人のおばさんが、あのいとこに話しかけて、挨拶して、で、あなたの隣に座っているのは、
あなたにとってどういった関係の人なんですか、みたいな感じでね。
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今すごくね、優しいふわーっとした言葉でお伝えしているんですけど、実際はかなりストレートです。
こいつ誰なの、みたいな、それぐらいの感じです。
で、いとこは、私のいとこの奥さんなのよ、みたいな感じでね、答えていて。
で、どうしてこの病院に来たのかとか、いとこはね、自分のこともね、話してましたね。
そう、だからね、退屈することは全然ないですね。
だからこう、そこのね、世間話に一緒に参加しちゃえばいいんですよね。
当時は、まだなんか受け身というか、外国人だし、みたいな感じでいたんだと思いますけども、
もうね、全部喋ってくれちゃうので、もうね、ねほりはほり聞いてくれちゃうから、
いやそこ、そんなとこまでね、話ししなくていいのに、っていう感じで、すごくね、ネガティブな感じで捉えていましたね、当時の私は。
それで、まあ一通りね、私についてすべてお話をしてくれてですね、暴露してくれて、
で、名前が呼ばれて、じゃあお先に、みたいな感じで、中に入っていくんですけど、
診察室でね、一応ドアがあったんですが、もうほぼ開けっぱなしでしたね、オープンで。
で、中に入ったらね、まだ人がいるんですよ。
診察室の中にも人が待っているんですね。長いベンチのところに座ってるんです。
で、これは何なんだと、うん、
で、プライバシーが全く守られていない状態です。
で、一からまたね、いとこが質問をされて、それに答えるというね、なんかちょっとおかしな
情景でした。うん、ちょっとなんか変でしたね。
そう、で、私はもう
無視して、その方々を、ドクターに、レディースドクターに症状と、まあ気になっていること、
で、今後手術をしたらいいのかどうしたらいいのか、
見てもらいたいんですっていう風にね、ウルドゴで話をして、うん、で、まあ、ドクターもね、慣れているから、あの、ガヤガヤ言っているのは無視して、
あ、じゃあ診察台に横になってくださいって言ってね、
で、ナースが、あの、手際よくコロコロコローっとこう、ついた手をですね、あの、引いて持ってきてくれて、
で、一応ね、あの、ほとんどの、この、待っている人たちの視線からはこう、
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あの、なんて、ガードできたっていうんですかね、うん、遮ることはできたんですけど、端っこの人とね、どうしても目が合うんですよ。
で、あの、
あ、あなたちょっと向こう向いてくれますか?とかって、あの、私、ウルドゴでね、言いました。
で、まあ、ちょっと伝わっているのが、おばさんだったんで、かなり恒例の、
ちょっと多分ウルドゴがわかんない、パンジャーブ州だったんで、パンジャーブ語がね、あの、主流、主流なので、
えー、ちょっとウルドゴがわからなかったのか、私のウルドゴが下手だったのか、わかんないんですけど、
えー、もうしょうがないんで、ナースに言って、ちょっとついたて、もうちょっとどうにかしてください、みたいに言ってね、あの、やってもらいましたね、うん、そう、
ね、なんか、話聞いてくれるのはいいんだけど、なんか当時の私は、その話をね、ネタとして、あの、それぞれの家庭にね、持って帰られるのがすごく嫌だったんですね、
うん、なんか今日、あそこの病院で外人いたよ、みたいにね、言われるんだろうなー、なんて思って、すごくね、ネガティブな感じでしたけども、うん、
そう、なんかね、その診療所のドラマを見てね、あー、なんか、綺麗な心でね、なんか、ま、純粋な気持ちでいられればね、よかったんだけど、
うーん、まあ、このドラマのようにね、そこにいた全員がね、私の無事を願っていると、そういうことじゃないと思うから、
まあ、あの時の感情は、ね、その時で、もう仕方がないと思って、うん、あの、思ったんですけどね、はい、
なので、できればね、病気にはならない方がいいんですけど、うーん、
ね、もしも、パンジャブ州グジランワラでね、病院にかかるとき、医者にかかるときには、あの、そういったことがあるよっていうことをね、あの、まあ、心構えとして、
えー、まあ、頭の片隅にでも置いて、置いといてもらえるといいのかなーという感じです、はい、うん、
まあね、あの、ドラマ、いいですね、なんか、まだ、えー、配信の期間がね、間に合ってれば、もう最初から見たいですね、あのー、なんか調べたらね、あれー、まあ調べちゃいましたよ、思わず、
えー、夜名国、夜名国島が舞台なんですね、もう、もうね、他の配信者さんのあの番組をね、拝聴していて、もう、
沖縄県とかね、まあ、離島とか、そういった島とかね、そういう島暮らしみたいなものにすごくね、興味があって、うーん、
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この診療所のドラマを見てね、なんか、さらにね、それが深まったというか、ね、素敵なドラマですね、うーん、
まあ、パキスタンの、はい、グジランワラの、えー、医療現場というかね、うん、その話をさせていただきました。
で、私はパキスタンでね、大きな手術を受けていて、その手術から、明日ですね、11月30日、
えー、丸6年が経ちます。えー、なので、その時の話もね、思い出しながら、あのー、今後、えー、お話ししていきたいと思っていますので、えー、また聞いていただけると嬉しいです。
はい、よろしくお願いします。はい、では、えー、今日も最後まで聞いてくださってありがとうございます。
また次のラジオでお会いしましょう。ナンバルワンでした。アラハフィーズ。元気でいてくださいね。