ネットに人生を残す250回を振り返ろう。
なんと、なかよしインターネッツポッドキャスト250回を迎えましたわ。パチパチパチパチパチパチパチパチ。
250回です。さあ、大変なことになってきましたね。
250回もやっているっていうのは相当なことです。
そしてこの250回、なんとずっと一人で虚空に向かって喋り続けています。
途中、ようやくやっとお便りフォームというのを作り、お便りをリスナー電機から募集してから、いろんな楽しいことが発生したような気がしております。
もっと早くやっておけという話ですよね。その通りだと思います。
イトッポイドにしては珍しくですね、計画とか設計とかデザインとか、そういうもの全くせずにですね、やっているので、
むしろ捨て頃感があって、ちょうどいいのかなっていうふうにも考えています。
今までですとね、区切りのタイミングで一個一個エピソードを振り返るっていう地獄のような長い長尺のやつをやってたんですけど、
ちょっと今回はそれよりもどうしても喋りたいことがあって、
インターネットにログを残していく、いわゆる人生を残していくということについて、今冷静に考えてみるとそれはどういう評価になるんだろうっていう話をしてみたいんですよ。
なんで今っていうのを強調したかというと、少し前はね、例えばブログみたいなものを書いて、自分の記録を、ある種日記を書くみたいな、
一人で日記を書くっていうのは続かないけど、ブログを更新するみたいな、テキストサイトを更新するみたいな遊びの形式にすると意外と書けちゃったみたいな、そういう需要ってあったわけですよ。
もちろん日記というものを誰にも見せずに普通に書くよ、書いてるよっていう人もたくさんいることも多いところでは知っています。
ただそれはそうとして、インターネットの民は意外とアウトプットが嫌いではないという人が、普通の30人のクラスで考えるとかなり濃厚に多い。
かつてはね、っていうようなユーザーペルソナーだったんじゃないかなと思います。
皆さん残ってますか?昔のブログとか、ミクシーとか、全略プロフとか、全略プロフにどういうプロフィール書いてたかとかって、
友達とかに知られて、ずっとそのURLを取っとかれると、何かのタイミングで爆弾として投下されるので、非常に恐ろしいと思うんですが、
意図っぽい度はいつも基本的には意図っぽい度のままなので、まあいいかなと思っています。
どうせいつもヤバいので大丈夫でしょうと。振り返ってみればそれはずっとヤバいんじゃないかと。
なので、大なり小なり別にもう良くないかという感じでございますと。
それはそうとしてですね、例えば昔といっても10年前、そんなに昔じゃねえじゃんって突っ込むインターネット老人会の皆さんもいるかと思いますけれども、
人生を切り売りすることというのの是非について議論されなかったタイミングがあるかと言われれば嘘になると思うんですよ。
いわゆる意図っぽい度が昔よく言っていたのが、自分の身を削れない奴はプロのカツオブシになれないっていう単語をよく言っていて、
これは本気とも冗談ともゴブゴブなんですけど、やっぱり一人前のカツオブシ、カツオブシって皆さん知ってますか?すごい硬いんですよ。
硬くて黒くて黒びかりしてるあの人を殴り殺せそうなドンキなんですけどカツオブシって。
あれを職人がシャーシャーシャーってこうやって削るわけですよ。そうするとあのふわふわのカツオブシになると。
でね、調子とかに行くと売ってるわけですよカツオブシ専門店みたいのがあってめっちゃ美味しいカツオブシがあって、
なんか無造作に握りしめてお味噌汁に入れるだけでめちゃくちゃ美味しい出汁出ちゃいますみたいなやばいカツオブシとかいっぱいあるんですけど、
やっぱり魚として生まれたからにはカツオブシになりたいわけじゃないですか我々は。美味しくなりたいわけですよ。
でね、やっぱ自分の身を削れないとプロのカツオブシにはなれないわけじゃないですか。文字通り身を削ってカツオブシになり出汁を出すんで。
だから人間とかやってる場合じゃないんですよね。魚としての本分を思い出して人生を切り売りする。
切り売りとかさ、切り売りとかじゃないからカツオブシ削られてんだよ。削られてグラムで売られてんだよ。
切るなんてねそんな生優しい感じじゃないわけ。分かる?削られるわけ。そう魚だから。
何言ってんのか分かんないと思うんだけど。まあ伊藤っぽいでも何言ってるか分かんないんだけどさ。
まあそれがね良くないという言い方もあったわけですよ。やっぱりなんやかんやに言って結構自分の中から自分をこう切って出していく。
いわゆる見せる自分っていうのをこう作っていく。それでいっぱいいっぱい書いちゃって。
でやっぱちょっともったり脚色したりしてしまってだんだんとこう分かんなくなってきたりとか自分の人生って何なんだっけみたいな。
こっからやることもどうせブログに書くんだろうなとかブログに書くように何かしないとってうわーこの人生っていいんだっけみたいなのって周期的によく議論になるんですよね。
でそれに対して伊藤っぽいのはインターネットに何か書き込むって時点でもはやコミュニケーションのログすらもコンテンツなんだから。
書き込んだ時点でコンテンツになることからは絶対に避けられないからなんか人生はコンテンツじゃないキリいい話言っただろうみたいな。
なんかそういうこと言ってる奴ぬるいからもうマジマジなんなんみたいな。そもそもそもなんだけどみたいな。
そのエモーショナルな話とかいいんだけどバーンみたいなことをあのトゲピーだった時代はめちゃくちゃ言ってるわけですよ。
その全然そのインターネットの面白さってなくなっちゃうんじゃないかっていうより過去の ものもよりその
ディグっていくから能動的にディグれるからこそのネットワークだよねっていう話をしたわけですよ ちょっと前にね前回前々回くらいかで
それってやっぱりその時系列みたいなものも 結構エモい感じであるわけですしサービスでこう時系列が残るってなるとそこって編集できない
んですよ例えばワードプレスとかで自分の サイトとかで作っちゃうとぶっちゃけ手打ちで日付って変えられるわけですよでもサービスとか
に なると例えばはてなダイヤリーからはてなブログに移行しましたとかはてなダイヤリーから
ワードプレスに移行しましたとかって時に日付なんかちょっと変えられる可能性って あるわけですよねでもねそれはポートフォリオ的じゃないですか
そうじゃなくて残っちゃうものってあるわけですよ より何かのサービスに投稿するとその投稿日時がずっと残ってるみたいな
で昔のブログだとなんか編集したタイミングで5時編集したタイミングでなんか日付 が上書きされちゃってうわ違ぇんだけどみたいな感じにとかよくそういう不具合ありました
けど その時系列で並んでるとめちゃくちゃいいっていう
で あとね振り返るとやばいなっていう
のを思うわけですよ 多分なんだけど
その自分がやったことの振り返りとグーグルフォトとかをなんか iphone 容量なくなるからグーグルフォト連携してすべての
heic のデータをなんかグーグルフォトにぶち込んでって なんかログ撮ってますみたいなそういうのやってる人多いと思うんだけど
なんかこういかにこう振り返るかみたいなのが 大人になってくると結構面白くなってきちゃうっていう
いやなんか その高校のあの
唯一の糸っぽいだの親友というか友人と言っていい あの亀太郎っていう亀つーかまあ亀じゃないんだけどまあ太郎っていうやつが
いて 太郎はもうとにかくなんかなんか大学の時からも常にもなく高校の話高校の文化祭の話を
異常にし続けるみたいなお前人生を振り返るのやめろよみたいな今起きろよみたいな 感じで
毎回そういう下りがあるんですけど親もとにかく9時の文化祭のこれは良かったみたいな この時の伊藤さんは何か考えててうるさいみたいな
なんかそういうずっと昔話をする太郎っていうキャラクターがいるんですけど で何を振り返ってるんだとやめろとこれから先をやっていくんだと
何を言ってるんだって言って毎回こう 揉めるみたいなお決まりの下りがあるんですよね
だけど大人になっていくとその振り返った時の解釈ができるようになってくる っていうのになんかハッて気づいてやばいみたいな
だから思い出話が楽しいとかじゃなくてなんかずっと昔話しかしないおじいさんとかも あると思うんだけどあれ多分話してる
自分的には何か発見があって話してるんだと思うんだよね でその舞遊伝がしたいとか自慢話がしたいとかじゃなくて話してる時に今の解釈で考えると
って言って多分脳が結構アドレナリンが出てるというか結構刺激的なんだと思うんだよね 当時は見えなかったけど今見たらこう見えるみたいなのが多分発生するからそれに
中毒的になってしまうんだろうなっていうところまでまあ予想できるわけですよ ただがホモサピエンスの脳みその動きなのでそれはそれで
まあなんとか気持ちいいことではあるんだろうなっていうのもまあもちろん予想はできる わけで
ですそれの中毒性に立ち向かうほど あの人を先の脳はそんなに強くないのでまあ仕方ないだろうな
どうせみんな全員そうなるんだろうなというところもまあわかると ただ
なんて言えばいいかなぁ
それはそうとして例えば半期半年間何やってたっていうのを洗い出して自分がやったこと できてるのかなと思うんでこれから先のことを考えるって時に
pdca を回すために あのキーププロブレムトライ kpt をしましょうわかりました
あの 今ちなみに pdca とか kpt とかなんかなんかアルファベットみたいなことを言ったのはなんかだるい
みたいに振ってる言ってる人はなかしインターネッツの8ビジネス専門用語をだるい っていうやつはそもそも仕事のコミュニケーションの本質がわかってないので出直して
こいっていう回があるんですよ あのそれがかっこいいから使い使いたいんじゃなくて本質をぼやかすことによってなんかよく
わかんないけどぬるっと会話を進めて進めるっていうそのよくわかんないまま とりあえず話を通そうっていう時にだいたいそういう単語が使われるんです逃げのために
違う概念の言葉にこう言ってるわけですよ まあいわゆるその具体と抽象を行き来して人間が考えていくんですけど具体の話すると
なんか細かいところにつっかかるツイッター民とかいるわけですよそれは例外があるん じゃないですかーとか言うからそれがだるすぎるから1回抽象的にやってなんかふわっ
とさせておいてなんかそういうなんかかーとかいう人 ううううみたいな風にいう人をごまかしてそこ先のステージに進めるっていうそういう
ようなコミュニケーションの効果があるので まああの
反射的にそういうの嫌だうっていう人は多分そういうコミュニケーションするような場面に まだ出会ってないんだろうな
バンっていうえっとぶった斬りをしている回があるんでそれを聞いてください それを置いといてその話はどうでもいいそんな低レベルの話はどうでもいいんですよ
あの
振り返りの材料としてログを残すというのは非常にかなり使えると思ったんですよね 使えるし自分の行動のテンポ感っていうのを計算できると思ったんですよ
250回250回近いなってふと渋谷のスタバで仕事している時にあって思って計算したん ですよ
250っていつなんだろうみたいなでえっと ディスコードに書いたんだけど6月10日に来週の金曜6月21日金曜日には
ポッドキャストの一層ずつが250回を迎えますと 週2回更新続けたとして50回更新するにはちょうど6ヶ月半年かかる計算ですと
ちなみに200回は2023年10月19日って書いてあるんですよ これ普通に算数の計算じゃないですか
でもいわゆる結構週2回更新って始めてそんなに経ってないじゃないですか だから今まではランダム更新だったわけですよ
ランダム更新した場合なんか意外と毎日更新してるタイミングとかあって結構やってたなぁと思ったんですが
なんと半年以上8ヶ月8ヶ月経って50回やってるんですよ だから週2回更新できてたら6ヶ月で済むはずなのに2ヶ月も遅いんですよ
ってことは2ヶ月2ヶ月分イトッポイド遅かったんですよ そう歩みが遅いはずなんですよ計算として
2ヶ月サボってたってことじゃねーみたいな まあ考え方いろいろあると思うんですけど少なくともイトッポイドはああなんかこれぬるいことやって
いたなぁみたいな思ったわけですよ おやみたいなでも今多分週2普通にいけそうじゃないですか
でなんか月勤って近いなぁみたいなでも何かカースイモクはなんか意外と喋りたいことあるのに更新しないなぁできないなぁみたいなことを考えたりするわけで
まあ隣の芝は芝生は青い状態なんですけれどもでもそういうふうに振り返れるわけですよね 計算もできるわけですよ
でなんか凍ってこう一個ずつ見て言ったらこの時こんなこと言ってんだみたいな まだこいつこんなこと言ってんのかみたいな
いいから早くやれよみたいな いいから黙ってやれやみたいな今だったら思うこともあるわけですよ
もう何かうだうだ言ってんなーってもう諦めろよみたいな いいからやれやみたいな今だったらそうって結構言えるわけじゃないですかそれも結構
価値になると思うんですよねそれ反省じゃないですか で
その過去をだから太郎は過去を振り返ってそこの過去を書くという宝石をなんかめっちゃ磨いてるんです けど
そうじゃなくて先に進むためのログを残すっていうのを自分一人でやるのがちょっと難しい 場合はサービスにサービスに頼るっていうことができるわけで
で別にそれはあの外部の人にアウトプットをした方がいいって話じゃないんですよ これ結局例えばほぼ日のの手帳があるじゃないですか
ほぼ日の手帳に何かメモを書いたりとかするっていうのは普通に何も書いてない a 4のノートなんだったら計算
計線すらなくてもいいですよね2日メモ帳でいいよね メモ帳に何かいろいろ書いてそれを日付書いてフォッチキスでまとめて
なんか月ごとに綺麗に凝ってファイリングすれば別にでいいわけですよ でもそれがだるいから何か手帳を使ってみたりのノートを付け線が入ってノートを使ってみたり
自由帳使ってみたりのケースが入っているノートを使ってみたりシステム手帳を使ってみ たりほぼ日手帳使ってみたりとかいろいろで進化するわけですよ
それの先に進化先のメディアとして例えばパソコンのメモ帳がワープロがあってメモ帳が あってワードがあって
ブログがあってスクラップボックスがあってなんか youtube があってニコニコ動画があってグルグルってあるわけですよね
なしなしじゃないんだよなしじゃないんだよ まあ話を頑張って戻すけど
時間を濃密にすることでできて例えば1ヶ月間で 何だろうなぁ
週に2回ポッドキャスト更新しますって言ってまあ8回か10回ってなってるときに なんかだらーっとした8回か10回ってやると意外となんかここなんかうだうだ考え
てたなーって振り返る時になるんだけど毎回何かがあるとこの時そうかこれがあって なんかこれの話してんだあその時確かこれがあったからこの話してんだ
この時これがあったんだあったんだったんだってなると 結構なんかいろいろあんなって感想になるじゃないですか
このなんかいろいろあんなってなったらその分だけ人生が充実してね良かったねハム 太郎へ系じゃなくてそれはそれでいいんだけど
なんかあったなっていうだけ反省ができるじゃないですか ってなると今に今次何をするかっていうのを考える材料が一つ増えるという
それって結構お得だなって思っちゃってだって次何していいのかわかんなくないですか 糸っぽいわかんないけど
リスナー電機の皆さんはどうすか自分がどうすべきか明日何をするのが一番いいのか そして自分にはできる落とし所は何なのかどう生きるべきなのか
うーんでわかります無理じゃねわかんないよなぁ わかんないと思うんだけどわかんないんだったら材料がたくさんあればよくないみたいな
風に思うわけですよ悩んでいる状態というのは判断ができない状態で判断材料が 少ないからずっと悩み続けてしまう
いわゆる判断ができない状態だからなそれを悩むという風に思うサピエンスは言っていると だから判断材料が増えるまで待つ
一旦考えねどこか判断材料をかけ集めろという話になるわけですよクソドライなことを言うと 判断材料をかけ集めたいと思うわけですよってなった時に
こういう刺激与えた時に自分ってどういう反応するんだろうとかこういうこういうのが 発生した時に自分でどうなっちゃうんだろうっていうのが事例がたくさんわかってるとなんか次
考えられるじゃないですかってことはそれをめっちゃ早く増やせばなんかいい感じになるのでは みたいな
うん まあこれに対してそのなんか若い時は辛い目にめちゃくちゃあった方がいいみたいなのは生存者バイ
まあ生存者バイアスって単語を軽々しく使うの意図っぽいはちょっと危険かなぁとは思っているんですが まあ辛い思いじゃなくてもハッピーな思いでもいいわけですなんか楽しかったみたいなこのなんか
この時マジで映画見てクソ上がったみたいなそういうのでもいいじゃないですか そしたら自分がどう何が好きなのかっていうのを思い出せるじゃないですか
なんかさん自分が何見て感動したみたいなの一個一個こう なんかメモ帳で一個一個とっていくと大変だけどなんかこのタイミングで確かこの時に
窓曲げの映画見たなぁとかそれなんか歩いてなんかなんか 新宿から池袋から目白川からなんか歩いたなぁみたいなアイス食べたなぁみたいな
そういうのがあると何か確か窓曲げのなんかがな小村ちゃんこえーみたいなことを考えながら生垣の なんか葉っぱを右手でツンツン触ってたなぁみたいなことを思い出すわけですよ
なんでそんな細かいことを覚えてるのって感じだと思うんですけど今も自分でびっくりしたんですけど そうなるとその時のなんかみずみずしい感情とか普通に思い出せてああこういうの好きなんだってあるじゃないですか
いやそれを打って覚えてられないから何か サービスやシステムとかに委託しておくっていうのは結構ありなんじゃないかっていうのを持ったんです
よね 多分それを一番簡単にできるっていうのがツイッターなわけですよ
なんだけれども今のツイッターでが x 君か x 君 あのさ基本的にさあのサービスのことに君つける時ってさバカにしてる時しか使わないよね
サービスに君つける人って基本的に罵倒してるいうペルソナーだと思うから なんかこの人はクレーマーになる可能性が非常に高いから近寄らんとこって言っとっぽいで音速で
判断する癖があるんだけどこの子の人はやばい気がするみたいな これも1個のリテラシーですよねあのおもころチャンネルで座右の名がある人はやばい
みたいなことを言っててゲラゲラみんなで笑ってましたけど不確かにそれはそうみたいな 座右の名って何ですか
座右の名とか就活とか就活で座右の名とか聞くのもキモいよなぁ わかんないですよね
座右の名って何ですか昔の概念だからちょっとわかんないですね なんか他の人の名言とかですか倒れるときは参りのめりみたいな感じ
チャンスの女神はには後ろ髪がないんだっけあれつなんだっけ 全然わかんないわ座右の名座右の名別に悪くはないと思うんですよ
例えばめっちゃ本読んでるなぁとか教養があるなぁとか昔だったら多分そういう判断基準に 一発になってたと思うんですよね
なんだけど最近はなんかそういう感じじゃなくなってきたので座右の名というそもそもが 違くなったっていうのが多分真実だと思うんですよね
うんあの昔は多分全然 全然のなんというかコミュニケーションの通貨というか通貨っていうのはあの
マネーのことね通貨お金のことですあのやりとりできる通貨として多分非常に パフォーマティブだったんですけれども今は多分そうじゃないんだろうなっていう感じですね
だから世代が違うともしかしたらこの価値観というのはずれるかもしれないです 結構
50代60代70代60代70代かなは座右の名いけると思うけど 40代以下は座右の名ってなんても結構ちょっとっていう感じになるんじゃないかなだからそういう話題
でインターネットが盛り上がったのかなと思ったんですけどまぁそれどうでもいいですね まあなんか振り返る
振り返るなんか未来の振り返りのために何か今やっとくかみたいな 同性同性なんかいとぽるちゃんに何か考えるでしょみたいななんか
いとぽるちゃんに任せたみたいな先のいとぽるちゃんに任せたみたいな なんかその気持ちでやるってだけでもいいんだなって思いました
だからこれの考え方のすごい良いことはなんか今ずっと話してるとなんかすごい反省を めちゃくちゃしてみたいな真面目でなんかすごい努力をしててなんか常に何か考えててみたいな
なんかそういう印象に思うかもしれないですけど違うんですよ楽するための話で 同性先のいとぽるちゃんが何かやってくるから今別に考えなくていいわみたいな
今 今多分わかんないよみたいなわかんないわかんない
なんだったら録音も適当だしミックスも調べてないわけよくわかんねーみたいな リミッターとコンプレックスだけかけるといいのかみたいなノーマライズなんかかけると
ちょっとあれなのかなみたいなようわからんみたいな マイクもちょっと新しいの買ってみたけど本当にこれで合ってるのかもわかんねーみたいな
ていうかなんかもっとジングルとか作れやみたいな 普通になんかこれ仕事でやってたら自分で多分鍵盤出してきてジングル作ってるよみたいな
やってないしみたいな それが面白いんだなーってやってねーこいつみたいな
あやらないんだお前みたいなそれも 面白いなと思ったんですよね
そう 1回 bgm 変えてないですか1回しかくれないんですよ
やばいなぁみたいな でも一方でやっぱその時その時でいろいろ考えて
あのジャケットとかもちょっと変えてみるかとかもしてるわけですよ これも面白いですよねそれのログとかはめちゃめちゃ
視覚的に面白いなと思ったから音声メディア聞き返すのがだるいっていうのがちょっと あるなっていうのはまあデメリットしてありますねまぁ聞きづらいですよね
でもね最近ね初めてポッドキャストっていうのを聞いてみたんですよ 中吉インターネットってポッドキャスト初めて聞いてみて
ちょっとびっくりしたのがこいつマジ無限に喋り続けると思った いや本当に北三堂駅覚えて地下鉄がこの間なんですけど地下鉄のキサッ
北三堂駅の なんかコーヒーかなんか買って
イヤホンつけながらエスカレーターを降りてて明治神宮前原宿まで乗ったんですよ その間聞いてたんですよ
こいつマジクソほど喋り続けてて なんだこいつって思いましたね
お前は何なんだよみたいなまずまず何みたいな 今まで聞いたことなかったんですよ一回もなかった
だって編集とかしてないから自分の聞き返すっていうのがない 仕事でやったらめっちゃやるよ
めっちゃやるんですけど全くやってないんですよ むしろやんないことを縛りにしてるぐらい
で そんなことやってる場合あったら更新した方がよくないみたいな感じでやってるんですけど聞いてみ
たら あーへーみたいな結構喋ってますねーみたいなずっと喋ってるわみたい
思いましたあと東京駅で新幹線待ってる時にもなんかちょっと聞いたんだよねー 1.5倍とかにして聞いてみたんだけどそしたらマジほんとなんか
マジギャンボエチワーみたいなずっとギャンギャンシャウトしてて 落としたとしたとしたみたいなどうしたらホエグセが治らんかみたいな気持ちになって
もっとなんか ゆっくりしてみたらみたいな気持ちになった
ですよね ギャンボエチワーはですね
チワーはすぎんだけどチヨねー あの
かわいいの代名詞のチワーじゃないですよかわいいの代名詞はどっちかというとポメラニアン とかだと思うけどチワーはもうマジいかれるほど
吠えるときギャンギャン吠えますからねあの顔怖いですよね チワーは体弱いからちょっと心配になるんですよね見てて大丈夫か大丈夫か