これだがね、このカチカチの麺だがね。
カチカチの麺なんだけどもっていうところ。
いったね。
どうよ?
カチカチじゃないがね。
大でしょ?
これ驚きじゃない?
なんかもっとカチカチの粉。
そう、ガシガシしたね。粉々しい。
そうだね。
普通のうどんよりはなんかちょっと形があるけどさ。
そうそう、これは塩分と一緒に粉取らんで、
ああいうなんて言うか、いわゆるもちもち感は出るんだけど、
独特の水だけの歯触りが生まれるんだわ。
あ、塩を使っとらんで、その中まで煮えるってこと?
そう。
どうよ?
これはもう僕、倉橋岳は。
岳、違うやつ頼んだね。
味噌煮込みうどんじゃなくて、これ2が頼むスマッシっていうのがあって。
味噌煮込みうどん食べる店じゃないのかね。
そう。
普通はこれね、まかないとして食べられていたものが人気になってメニューになったっていう裏メニュー的なのがね。
だから味噌じゃなく。
味噌じゃなく醤油ベース。
醤油ベースのスマッシ煮込みうどん。
そう、それに名古屋コーチンが入っとる。
名古屋コーチンが入っとる。
それも美味そうだからね、普通に。
後でレアルで食べたって。
七味とかよくかけたイメージあるんだけどね。
おかしい?それ。
七味ぶっかけて。
でもないってことは邪道な感じ?
いや、出してくれるよ。
裏メニュー的な感じ?これ。
なんか食べながら思ったけど、なんかいつもと違うな。
確かにね、ピリ辛だわね。
ではスマッシいただきます。
はい、スマッシどうぞ。
七味っていただけますか?
お願いします。
麺は一緒だね。
麺は一緒。
でも味噌煮込みじゃない麺だね。
ちょっと色が普通のうどんみたいだけどね。
そうだね。
なんか味わいとしてはお雑煮に最後麺入れるみたいだね。
はいはい。
お雑煮。
ありがとうございます。
一味七味はどっちがおすすめでしょう?
七味です。
七味。
そうなの?
香りがね。
直接かけていいの?
うん、直接かけて。
いろいろ確認せんとさ。
ガリューでやっとってもね。
ちょっとかけさせていただきました。
それはさ、スープ以外全部一緒なの?
スープ以外全部一緒。
中に入っている具が違うけどね。
具は違う。
全然違うものに見えるね。
確かにね。
この味噌のギトギトな感じがない。
七味を加えてからのはどうでしょうか?
ここで登場です。
お待たせしました。
ありがとうございます。
何でもございません。
お忙しい中ね、本当に来ていただいてありがとうございます。
たった今到着ということで。
すみません、お待たせしました。
奥手山本屋5代目店主の青木博之さんです。
よろしくお願いします。
まず簡単に自己紹介をお願いします。
そうですね、私が山本屋といううどん屋をやっているんですけども、
山本屋はいくつかありますけど、僕たちの方では今名古屋で3店舗、
あと海外2店舗、合計5店舗ですね、うどん屋をやらせていただいてまして、
今歳が30、いくつになったんでしたっけ?
35か?
僕いくつでしたっけ?
34歳?
35歳ですか?
その辺?
はい、35だと思うんですけど。
すみません、わかりません。
35歳でやってまして、青木と申します。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
うどん屋っておっしゃいましたけど、やっぱり有名なのは味噌煮込みうどんですよね。
そうですね、やっぱりうちのお店だと9割くらい味噌煮込みうどんの注文になるかなっていうところですね。
いや、それですごいなと思ったのは、
メニューの一番最初に味噌煮込みうどんが来てないのにも関わらず、
味噌煮込みうどんを全部注文されるっていうのがすごいなと思いました。
そうですね、やっぱりうちのお店が味噌煮込みをベースにしつつ、
やっぱりいろんな名古屋の共同食を召し上がっていただきたいというところで、
味噌煮込みうどんをはじめとして岸麺とか、土手煮だったり、おでんだったり、手羽先だったりとか、
大体名古屋の共同食というものは召し上がっていただけるような形になってますね。
しかもお客さんを見るとファミリーで来ていらっしゃるとか、
すごく名古屋から店内の空気が他の山本屋さんとは違いますね。
そうですね、どちらかというと常年さんの率が高いというか、
昔からこの場所で、この場所に関しては大体50年くらいですかね。
この場所ではやらせてもらっていて、どちらかというと地元のファミリーの方。
場合によっては4世代に渡ってきていただいたり、そういうような形のお店ですね。
しかも今年はアニバーサリーイヤーということで。
とんでもないことになってる。
実はこれ2位が、とんこつラーメンの一蘭さんがずっと2位で。
ずっと1位が?
そうですよ。一蘭さんって本当に世界大会をいち早くやって、世界中でも網羅的に勝っているところで。
ノウハウもあればバックグラウンドが強いわけ。
だけどほぼバックグラウンドもなしで、ネームバリューもまだその時はなかった。
一蘭に比べたら全然ないですし。
なんか特別なマーケティングされたとか?
実はそこが、いわゆるものすごくお金を払ってるわけじゃなくて、月額の有料プランみたいな感じで入ってるだけなんですけど。
とにかく受けがいいんですよ。
シンプルにご飯として受けてるってことですか?
そうですね。
しかもちょっといいものを食べに行く感覚ですよね。
僕たちでいうとちょっといいパスタを食べに行こうかな、デートに行こうかなみたいな感覚ですかね。
ちょっとリッチもすごくいいのがあるので、香港のチムサーチョイっていうど真ん中の、いわゆる合格客船が泊まる港。
ものすごく景色が半端じゃないんですね。
わざわざお金払って見るような景色のところにお店があるので、そこでちょっとオシャレに食べようっていう形になってます。
しかも動画とか写真で見せてもらったんですけど、内装も素敵ですね。
ありがたいことに。内装も綺麗にやっていただいてますし。
あとはそのうどんの中でも味が濃いというか、味があるっていうところが受けてる要因かなと思います。
なるほど。
ラーメンでも塩ラーメンとか醤油ラーメンはなかなか受けないんで。
あ、そうなんだ。豚骨。
味が濃いのが中国人ごとに。
そうですね。それもあって受けてるんじゃないかなと思ってはいますし、また香港の方々って香港から日本ってものすごい人数がいくんですよね。
700万人しか香港人って住んでないんですけど、年間120万ぐらいが日本に来てるんですよ。
5人に1人は1年で日本に来てるわけなんで、うちのスタッフでもほぼ日本に何回も行ったことある人ばっかりなんですよ。
普通の階級の子ですよ。厨房のスタッフ、ホールスタッフでも何回も日本に行ってるので、やはり本物がわかるようになってきていて。
なるほど。
ある種、東京も大阪も北海道も沖縄も行き尽くして、じゃあ名古屋行ってみようかなっていう。
常連さんが結構香港って多いので。
なので、よりツーなところを攻めると意外と香港の人は嬉しがる。
逆に言えばオールジャパニーズ居酒屋みたいな、寿司たこ焼きがあってすき焼きがあるみたいな、わかりやすい日本食居酒屋みたいなのは今ちょっと調子が逆に悪い。
専門店の本格派が受けるんだ。
そうです。言えば和食って言ってもいろんな和食があるんですけど、それが多分香港は一番日本に近い分類になってきてるっていうか、専門化してるっていうのが香港の形かなと思います。
そんな青木さんですけど、さっき戦略がないよっていう話もちらっと出ましたが、戦略的に動いてる部分も実はたくさんありまして、その一つが10億人の胃袋にリーチするという戦略についてちょっと教えてもらえますか?
そうですね。これも先ほど申し上げたみたいな全職が建設機械のバイヤーというかと触れ合うことが多かって、あの業界ってイスラム教の方々がすごい多い業界なんですね。
宗教ってなったらイスラム教だったり、ヒンズー教だったり、ユダヤ教だったり。
食べ物を宗教上これ食べないって人がいるところを全部変えようってところ。
あとはその主義とか主張の部分。
僕はビーガンですと、動物がかわいそうだからとか。
あとは健康のためとか。
あとはアレルギー。
あとは病気障害を持っているとか。
そういったところを全部崩していくと、お客さんが増えるんじゃないかっていうシンプルなお話ですね。
よー考えとるでしょ。
俺も20代の頃からこういう頭があるで、ここまで来たんだわ。
ビジネスマンですね。
そうだよ。
しかもね、すごいね、この名古屋および愛知県を代表する人たちに偉い代わりが積もらっとるんだ。
ありがたいことにいろいろ。
若い頃からそうですよね。
しかもちょっと違う形ですけど、一番最初にお会いしたのがまだ青木さんが学生の頃だった。
僕が18の時ですね、学生さんをお会いしたのは。
そんな古い付き合いなんだ。
18もっと前かもしれないですね。高校時代ぐらいかもしれないです。
学生さんが家康さんのやってらっしゃった時の後ろで最高尾看板を持つバイトをしてて。
そんな出会い方なんだ。
そこでお会いしてるんです、実は。
もちろん学生さんもわかんないと思いますけど、その時。
そしたらね、それから時が経ってこうやってお会いできるのは嬉しいなと思ってまして。
本当にありがとうございます。
青木さんを覚えてみえてってことですね。
そうですね。
僕自身のイベントにもトークフェストに出てもらったり、夜食事に一緒に行かさせてもらったり。
結構こういう風に冷静に話しとるけど、ぶっ飛んどるんだわ。
ぶっ飛んどるんだ。
酒入るとまたね、頭の回転早くなる。
飲みます、ちょっとこれ。ちょっと今日はね、予想行きな感じで。
そうですね。でも本当に仕事は面白いですし、飲みながらいろんな出会いもありますしね、やってますけど。
あの話をちょっと聞きたいんですけど、もともと山本屋さんは山本さんが初めていなかったっていう話を聞きたいんですけど。
おそらくその山本屋自体が、僕は青木っていう名字ですけど、「山本じゃないの?」って、たぶん小さい頃から1万回くらい言われていて。
たぶん他の山本屋の親戚も同じこと言われてるんですけど、創業者が島本万吉っていう。
島本。山本じゃないんですか。
山本じゃないんですよね。
そこから大正14年に創業したっていうのが基本的な流れなんですけど。
そこからうちのお店って、島本万吉から始まって。島本万吉さんが、うどん屋さんはやらないよってなって。
うちのひいじいさんがそれをもらって。うちのひいおじいさんの中に4兄弟いてですね。
うちの2代目がひいおじいさんで、その3代目が4兄弟いるんですよ。
そこで会社が別れたんですよ。
山本山本っていっぱいあるもんね。
そうです。
いっぱいある山本さんは、おじいさんの代で別れたんですか。
そうです。長男、長女、次女、次男って4兄弟いて。
うちのおばあちゃんは長女なんですけど、長男の方が山本屋総本家っていう名前でうどん屋やってて。
うちが多くて山本屋っていう名前でやってて。
次男も次女も別枠でまたお店をやってて。
そこにふずいして山本屋本店さんもあるんですよね。
それは兄弟関係ない?
そう、関係なくできた経緯があって。
古すぎて僕もね。
全部一緒に見えちゃう。
そうそう。どういう風にできたかあんまり知らないんですけど。
そこは血筋じゃないお店があってっていうところで。
細かくすごい分かれてる。
あとはその弟子がやってるお店とか。
例えば近くだと今池のガスビルの下はまた別の人がやってますし。
なんか商標どうなっとるのかなって気になっちゃいますよね。
その当時ってやっぱりこの乗れんわけとかが普通の感じだったんですよね。
別に当たり前に増えていったっていう感じなんですね。
古いお店に聞くとやっぱり普通に行われていることなんで。
当時フランチャイズとかないですしね。
そういうところもあるので。
最初に始めたのは山本さんでもなければ青木さんでもなければ
元々そのうどん店を引き継いだ形。
射抜きで入ったみたいなそういうことですよね。
そうですね。
なんでその初代がやらなくなって
その時にうちの火おじいさんがいてお前にやるわっていうシンプルな形。
初代の人は血つながってないんですか?
初代だけ血つながってないです。
初代の親戚はもううどん屋全くやってないので。
うちの店も来ますけどねお孫さん。
よっちゃんっていってお孫さん来ますけど
もう全然うどん屋には関わってないです。
2代目から青木さんってことですか?
2代目は町田さん。
町田さんがいてみんな女の子なんですよ子供たちが。
おじいちゃんとおばあちゃんが結婚するんですけど
おばあちゃん側が山本屋の町だけなんで
おじいちゃん側のせいに変わって
娘がまたうちの母親ですけど
またうちの親父と結婚するんで
また名字が変わってっていう感じですけど。
山本さんはどこにも登場しないってことですね。
そうですね。
驚きじゃない?
初代ですら。
そうそうそうそう。
由来は何だったんですか?
分からないんですよ。
もしかしたら僕たちが知らないけど
山本屋っていううどん屋さんが昔明治ぐらいからあって
買ったっていう可能性もありますし
誰も知らないっていう。
自分たちも知らないこのネトウネティが面白いですね。
歴史があるのに分からないことがある。
特に大正末期、創業が大須なんですけど
大正末期に大須全体の
もともと裕郭がある場所だったので
町中にあんまり裕郭があっちゃ良くないよねっていう風潮の中で
全部そこを裕郭を外す。
町全体が道になったんですよ。
伏見通りに全部ガーッとなって
そのタイミングで町全体がなくなったので
残ってるものが全くないっていう。