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いや、寒い。 今日は寒い。
風も強くて、夕暮れも結構
雨しっかり降ったっぽくて、今は雨止んでますけど、朝モーニングショーで関東地方で
朝方、結構な強い雨っていう話をしてたんで
まあちょっとそういう気候になってるっぽい。今日は21度かな。 なのでまた服装を戻してます。
昨日さ、ちょっと気が緩んで、肌着も
エアリズム。その上に着る七分袖Tシャツも薄手のやつ。
その上に着る長袖シャツ、エリ付きのボタンダウンのシャツ着ましたけど、それも割と薄手のやつ。
着ちゃって、職場に行って、昼ぐらいかな。
ちょっと肌寒いなって、逆に感じちゃって、あの、
この組み合わせちょっと、あの、
過信しすぎたなって反省して、今日は全体的に戻してます。 肌着もヒートウォームだし、
ヒートウォームではない、ピースフィットウォームか。イオンで売ってる。
七分袖は、
いや七分袖じゃなくて、長袖のTシャツ、ちょっと肝をしてるあったかけのやつを着て、その上に着る
長袖のシャツも
ちょっとあったかめのシャツで、もう上着着てます。今日はブロックテックパーカー。
これね、一枚羽織らないと、俺にとってはもう寒いって感じになっちゃうんでね。今日はちょっと防寒気味の
格好で出社しております。 ほんともう、なんか行ったり来たりが激しいですね。
気候の。
昨日ちょっと鼻水が出ちゃったりしてさ、 また風邪ひくなんて嫌だぞって思いながら、
今日は下のズボンもね、またあったかいウールライクのスラックスみたいなやつを履いております。
そんなところで、ちょっとあったかい格好をしながら、
ミイシャの歌唱力について
ながらキャストを始めようと思います。 今朝、NHKテレビの朝一で
プレミアムトークってね、金曜日はゲストを呼んで話を聞くっていうパターンなんですが、
今日はミイシャさん、歌手が
ゲストでした。 ミイシャさんってさ、
歌が上手い人ですよね。
紅白ももう8回ぐらい出てるって言ったかな。9回かな。
そのうち大鳥、つまり最後の最後の
1曲として歌ったのが4回って言ってましたかね。
去年の紅白の大鳥も確か、ミイシャさんだった。
と思います。 僕は個人的にはミイシャさん、何の思い入れもなくて
そうやって紅白で見るくらい。 だから他の曲とかも全く聞いたことがないので、
年に1回 紅白で見る人
なんですが、 ちょっとミイシャさんを起点に
僕の好きな音楽って何だろうっていう話をしてみようかなと思ってます。
ミイシャさん歌うまいなと思うんだけど、好みではないんだよね。好きな音楽ではなくて、
なんだかどちらかというと、 歌い方がそんなに好きじゃない。
あの 、
みたいな、あの すいません好きな人がいたら、ちょっとこうこねくりまわして歌う感じが
ちょっと好きじゃなかったり。あと
うまいんだろうなと思うんだけど、 うまいのは良いよって思うんだよね。
なんかさぁどの曲聞いても同じように聞こえちゃって、まぁこれさぁ
音楽の好みと感情
ジェネレーションギャップとか好みとか、いろんな意味で解像度が低すぎなんだけど、
みんな似たような曲に聞こえちゃって、逆に伝わってこない。
歌も上手すぎて、さっきの歌い方も含めてなんだけど、逆に伝わってこないっていう感じで。
上手いっていうことと、好きっていうのは全然違う話なんだよなって思ったりしますね。
今日はね、そのプレミアムトークも途中で離脱しちゃったんですけど、
アフリカに行ってとか、そういう社会貢献もされてるみたいなんで、
俺の中ではマイケルジャクソンが浮かんでくるんだけど、
その辺もちょっと比較してもいいかなと思います。
改めてお断りしておくんですが、私はミンシャさんの曲をちゃんと聞いたことはなくて、
紅白でしか知らないので、ミンシャさんのことに詳しいわけではなく、ただの印象に基づいて話しています。
今回出している理由は、歌が上手いってことと好きってことは違うんだよなというところで、
一つの題材としてミンシャさんを出したり、あと平井健さんを出したりしています。
平井健の話をちょっとすると、あの人もめちゃくちゃ歌が上手いなって思うんですけども、
やっぱり好きじゃないんですよね。
例えばなんだけど、おじいさんの古時計、大きなノッポの古時計を歌ったじゃないですか。
あれが出てきたときに、だいぶ昔ですけど、確かに上手いなと思ったんだけど、
ただ僕自身はそこまで、というかそんな好きじゃなかったんだよね。
で、これって僕の音楽の趣味、趣向性の問題ではあるんですけども、
例えばブルーグラスとか、あとブルーグラスもやっていた高橋友也とナタアサシブンなんかの音楽性に憧れていた部分もあって、
例えばおじいさんの古時計もそうなんだけど、ブルーグラスなんかも悲しい歌なんだけど、
やってる音楽そのものは、すごく明るい、板状がパンパカパンパカ鳴ってるような曲調に乗せて、悲しい恋の歌を歌ったりするんですよね。
なんかね、そこにね、自分の中にそういうジメジメっていうとはちょっとイマイチかもしれないけど、
そういうメンタリティ、悲しみにどっぷり使っていくみたいな、
だからちょっと演歌的というと、また演歌の人から異論があるかもしれないけど、
そういうメンタリティを吹き飛ばした感じがしたんだよね。
3コードでベースがブンチャーブンチャーブンチャーブンチャーっていう中で、悲しい恋を歌うっていうのがかっこいいなというか、いいなって。
実際それでやっぱり気持ち、感情的には結構グッとくるものがあるんだよね。
これはちょっと余分な話になるんだけど、
ズンバ関連でよく聞くラテンの音楽にも通ずるところがあって、
サルサなんかも明るい曲調だったり、そういう中でやっぱり切なさみたいなものを歌ったりするっていうところが好きというか、
そういう方向性にわりと憧れるっていうのがあるので、
情緒とドラマチックな曲
おはようございます。
なんか大きなノッポンの古時計、おじいさんの古時計を、
とうとうと、すごくドラマチックに盛り上げて歌われてもなっていうところが、
これは僕の趣味の問題、音楽の。
むしろ明るく歌っちゃいたいっていうふうに思ったりするっていうところで、
ただただ上手に朗々と歌い上げればいいってものでもないんだよなって思いますね。
自分の場合ね。
今の考察の中で、要はドラマチックに歌い上げられてもなっていう話をしたわけなんだけど、
だからといってそういう曲がみんな嫌いってわけでもなくて、好きな曲もあるんですよね。
その違いが自分でもうまく言えないんだけど、
単にこれ曲の好みなのかもしれないですね。
ただ、さっきチラッと言ったんだけど、
そういう情緒にグーッと訴えかけてくるような音楽って、
ある意味、なんだろう、ティーンエイジャー、10代、中高、大ぐらいの間に結構消費したような気、消費っていうか、
もう十分吸収しちゃった気もするんだよね。
だからまあ、そこまで求めてないのかもしれないんだけどね。
でも例えばさ、ドラマチックな曲でパッて思い出すのは、
かぐや姫のこの秋に行ってすごい好きだった。
結構これもさ、なんだろう、あるいはポップコーン関係、
コッキーポップで言えばシャルビアの花?モトマロだっけ?
ああいう浸ってる自分が結構好きだったんだよな。
高校生ぐらいの時、ちょっと悲劇みたいなところに迷ってたんだろうなと思うんだけど、
シンガーへの思い
でもまあ客観的に見るとさ、10代の小僧がそういうものに浸水してるって、
まあ今でいうところの中二病みたいなものかなって思うんですけどね。
ただまあちょっと次元が違うかな、今日言ってるミイシャさんとかの、あるいは平井健とか。
ただまあさっき言ったように、そういうものを朗々と歌い上げられても、
そんなにね、歓声が渇いてきたのかもしれませんけどね。
まあでも今でも町田よしとさんの赤い狩人とか、クリスタルキングの大都会とかは大好きなんだけどね。
やっぱり曲として好きなのかな、やっぱね。
はい、そんなわけで今日はミイシャさんを朝一で見たっていうところからね、
なんだろう、音楽、歌ってうまけりゃいいんだろうか問題をちょっとお話ししてきました。
相変わらずちょっと、ちゃんと考えてない内容で申し訳ないんですけどね。
最後にですね、ミイシャさんがアフリカに行って、
なんか失礼だな、よくも知らないのに言っちゃって、
そういう貢献活動みたいなことをしているっていう流れの中で、
マイケル・ジャクソン、僕の好きな人とちょっと比べるというか、
マイケルはあれはどの時期なんだろう。
おそらくWe are the worldが一つのきっかけになったと思うんですけども、
特に子供たちに対して何かしたいっていうようなところでね、
いろんな活動もしていたアーティストで、
実際、曲の中でもそういったテーマを歌ったり、
あるいはミュージックビデオの中にもそういったものが出てきます。
例えばマン・イン・ザ・ミラーっていう曲の中にも、
そういったテーマ性のあるような映像が出てきたりもしますよね。
それを何だろう、手放しでマイケル万歳すごいぞっていうわけではないんですが、
やっぱり彼はそういうことをそれでも大事にしていたっていうのは、
間違いないんじゃないかなと思っています。
それを僕も、だから好きってわけではないんですけども、
ただそういうことをしていた人っていう部分はすごいなというか、
やれることをやってたんだなっていうところでの共感みたいなのはありますよね。
ちょっとミシャさんが何やってるかは知らないんですが、
それはそれでやってくれればいいかなとは思うんですけどね。
だからそれはあくまでもやっぱり、アーティストの何ていうか、
詩人としての側面っていうか、音楽活動と別の場合が多いというか、
まあでもそうでもないのかな、そういう曲も歌ってるのかもしれないね、ミシャさんも。
なんせ聞いてないからさ。
ただ俺の場合、マイケルの場合は、マイ・ザ・ミラーなんかまさにそうなんだけど、
そういう社会に対してとか、いろんなことに対する歯がゆい部分を、
鏡の中の自分を変えていくんだっていうような部分に消化したというか、
そういう曲になってるっていうのはすごいなと思うし、
例えばヒール・ザ・ワールドなんていう曲とかね、
アースソングとかいろんな曲をやってるわけですけどね、
割とそういう意味では一貫性があるなと見てる方はね、っていうのは思ってました。
で、まあ亡くなって久しいわけだけど、もしマイケルが今生きてたら、
この今の状況の中で何を言うんだろう、何をするんだろうっていう気持ちになることは時々、たまにだね、あったりもしますね。
彼だったら今何をするんだろうかって思ったりもするっていうところではね、
結構なんていうか、僕の中に薄く内面化されてるっていう気もしますけどね。
ただ音楽に関して言うと、俺はマイケルはそれなりに聴き込んでいるので、非常に曲のバリエーションが豊富。
彼は歌が、もちろん歌うまいし、バラードも歌えれば結構激しい歌も歌えるし、
もちろんパフォーマーとしてもすごいダンスを見せてくれる人なんでね、
そういう意味では、すごくバラエティ豊かな音楽性を見せてくれるっていう特徴っていうのかな、
良さがあるので、全然違う曲を聴かせてくれるなっていうところはありますよね。
だからそもそも比較にならないんだけど、全然質の違うものを無理やり並べて論じてるだけなので、
ちょっと本当に的外れな話にはなってるんですけどね。
ただ、結論としては、歌が上手いっていうところが、聴き手の僕としては一番大事なことではなくて、
逆にそれがなんていうか、上手すぎてなんだか、なんだかなって思っちゃうっていう部分があるよってところですね。
割とどうでもいいような話をまたしちゃいましたが、ご勘弁ください。
というところで今日はおしまいです。
最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。
ではまたね。
ちゅーす。