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死ぬまでに使い切れないお金があっても働き続けるのか?
2026-10-13 11:27

死ぬまでに使い切れないお金があっても働き続けるのか?

死ぬまでに使い切れないほどのお金があったとしても、私は働き続けるだろうな、という話です。お金のためというより、仕事を通してしか得られない、誰かの役に立っているという感覚がほしいからだと思っています。Udemy講座にいただいたレビューや、新しく始めたゲーム開発のことも話しています。


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サマリー

死ぬまでに使い切れないほどのお金があっても働き続けるか、という問いについて考える。FIREの考え方や、新庄剛志さん、イチローさんの例を挙げながら、働く理由はお金だけでなく、誰かの役に立っているという貢献感にもあると語る。自身のUdemyのBPMN講座に寄せられたレビューを通じて、苦労して作ったものが受講生に評価される喜びを紹介する。さらに始めたゲーム開発について、依存などの負の側面を認めつつ、ゲームが人生を豊かにする可能性や、時代によってコンテンツの評価が変わることを考える。

お金があっても働き続けるのか
今回はですね、ちょっと少し大きな問いみたいなものについて、ちょっと考えたいと思うんですが、「もしあなたに死ぬまでに使い切れないほどのお金があったとしたら、それでも働き続けるでしょうか?」と、そういう質問されたらどう答えるでしょうかね。
まあこれ私にこの質問が来たとしたら、まあ結論から言えば私は働き続けるだろうなというふうに思ってます。
で、これ死ぬまでに使い切れないほどのお金があって働くかということについて、実際にそういう状態になった方っていうのがやっぱりもうすでに先人たちには結構、まあ一定数いらっしゃるようで、それがいろんなケースがあるみたいなんですよね。
で、そもそもそういう考え方、つまりもう一定のお金を築いて働くのをやめるっていう考え方かなっていうのが、まあここ数年、5年から10年くらい前からかな、だと思うんですけど、そのFIREっていう言葉で語られたと思うんですよね。
これあの何の言葉かっていうと、ファイナンシャルインディペンデンスリタイアアーリーかな、の頭文字で多分ファイヤーだと思うんですけど、その頭文字ですね。
これ日本語にすると、経済的に自立して早くリタイアするっていうような、そういう意味の言葉だと私は理解してるんだけれども、資産を十分に築いてですね、早めにリタイア、仕事をやめて自由に過ごすみたいな、そういう言葉かなと思ってるんですが、
で、そういう生き方を目指している方っていうのも一定数いらっしゃるのかなと、憧れみたいな感じで目指している方もいらっしゃるのかなというふうに思います。
で、有名人の方でもですね、このファイヤーを意識された、この言葉を意識されているのか、されていないのかっていうのはちょっとわからないんですが、一定の資産があるから仕事を引退してですね、自由に過ごされているっていうそのケース自体、具体例っていうのは結構前からあるんじゃないかなと思うし、最近でもそういうケースもあるのかなというふうに思います。
新庄剛志さんとイチローさんの選択
で、私がですね、これすごく印象に残っているのがプロ野球の新庄剛さんなんですよね。
新庄さんはですね、その現役時代から私は拝見しましたけれども、私は野球別にそんな上手くないし詳しくないですが、新庄さんっていうのは素人にもわかるぐらいスター性がすごくあって、で、メジャーリーグにも挑戦されていましたよね。
ですが、現役を引退されてからですね、もうなんか日本の野球界に残って指導側の立場に回るとかっていうのが割とですね、そういうスター選手の辿る道だと思うんですけれども、そういうことをされずにですね、多分すぐにですかね、海外で引っ越されて暮らしてらっしゃったみたいなんですね。
私さんはそれこそもう十分あるでしょうからね、スター選手だったので十分に稼がれたっていうのもあるから、で、その後すぐに海外で暮らしていらっしゃったと思うんですよね。
で、それが多分インドネシアのバリ党だったと思うんですけど、まあ変な話、本当にかなり自由に気ままに特に働くというような活動はされることなくですね、まあ変な話、言い方変かもしれないから遊んで暮らすみたいな、そういう過ごされ方をしたんじゃないかなと思います。
で、まあかなり長い間ですね、そういう生活されてたと思うんですけど、まあその後ですね、日本に帰ってこられてですね、日本ハムの野球のチームの日本ハムですね、の監督に就任されましたよね、ビッグボスとかって言って監督に就任されましたけれども、
まあやっぱりもう一度野球に仕事として、いわば仕事として携わられるように携わっていらっしゃるということで、まあ簡単に言えばだから一度そのプロ野球を引退した後に休止期間のようなものを経てですね、もう一度働くことを選択されたと、そういうことなのかなと思ってます。
で、まあ同じ時期というか、まあ割と同じ時期ですかね、で野球選手で同じような野球で言えばイチローさんがいらっしゃいますよね、メジャーリーガーのイチローさんですね、イチローさんってあの45歳まで本当に長い間もう現役のプロ野球選手として活躍されましたよね。
働く理由としての貢献感
なんでお金という面だけで言えば、もっと早く引退しても全く困らないだけの年報をもらってらっしゃったと思いますね。
ですがまあそういうところとはまあ別の次元でですね、やっぱり選手として活躍し続けるということをまあ目指されてたんだと思ってますけれども、実際にですねもうアンダースーとかヒットスーすごい記録残されましたよね。
で、多分ですがまあ引退された現時点でも何らかの形でですね、野球に携わり続けていらっしゃるんだというふうに思ってます。
で、もちろんこれはもうトップの方々の話なんで、まあ私たちのようなですね、まあ普通の人、一般人とは次元の違う話なんですが、それでもですね、ちょっと自分に当てはめて考えてみたいなと思うんですけど、
私はですね、本当に仮にですね、お金が有り余って困るみたいな、まあそれは嬉しい悲鳴ですけど、お金が有り余って困るような状態だったとしてもですね、まあ働き続けると思いますね。
まあ何でかというと、やっぱその仕事を通してしか得られない貢献感ですね、貢献感があるからだと思ってます。やっぱ誰かの役に立っているとか、世の中や社会に貢献しているみたいな感覚ですよね。
それはもう本当にボランティアのような活動でもいいと思ってるんですよね。究極的には本当にボランティアでも全く構わないけれども、まあただ世の中はやっぱり資本主義で成り立っているので、
まあある程度ですね、お金が動く形で貢献するっていうことにもやっぱり社会的な意味はあると思ってるし、まあこれまではですね、やっぱり会社員とか、まあそういった中で、まあ資本主義の中、ルールの中でね、
活動してきたので、やっぱそういった形の方でも貢献できるのかなというふうに思ってます。ですが、まあどちらかというと、やっぱり本当にお金のために働くっていうよりは、社会に貢献するために働くと。
で、その上でその分の対価をいただくっていうことは健全なことなんで、まあ仕組みとしてまあいただいている、そういう形なのかなという気がしてます。
UdemyのBPMN講座と受講生の評価
で、もう少しまあもっと具体的にお話しすると、私はUdemyの講座作ったりしてるんですが、本当に先日、昨日かな、本当にありがたいレビューいただいたんですよね。
BPMNっていうものについて解説した講座なんですけど、BPMNっていうのはご存じない方多いと思うんで、まあ業務の流れをですね、図にするための書き方のルールみたいなものなんですけど、
まあその講座にですね、めちゃめちゃありがたいレビューいただきまして、まあ少しだけちょっとご紹介すると、なんか明日からでも実践できるような基礎力をつけられる講座だよとか、
周りの人にもお勧めするくらい丁寧だとか、わかりやすく実践的だとかっていう本当にありがたいお言葉をいただけたんですよね。本当にありがたいですよね。
こういうお言葉をですね、いただけると、受講生の方からですね、こういうお言葉をいただけると、本当に苦労して作った甲斐があったなと思うし、この講座は5時間くらいの長さがあるんですけど、
それ全部丁寧に作ってるんで、1ヶ月以上くらいかけてですね、かなり苦労して作ってるものなんで、
まあそういった形で、そういったものをですね、こういってありがたいレビューでですね、評価していただけるっていうのは、本当に嬉しいことだし、ありがたいことだし、
頑張って作ってよかったなっていうことが認められたような感じがするし、嬉しいんですが、
こういう気持ち、貢献できたなっていう気持ちっていうのは、もうお金ではとても買えない貴重な価値だと思ってます。
だからこそ、まあやっぱり誰かにですね、貢献できているという感覚のために、働き続けるのかなっていうふうに思ってます。
ゲーム開発の意義とゲームの評価
今、ユネミと並行して、他の仕事とも並行してですね、実はその前からPodcastでお話してますけれども、新しくゲーム開発っていうのも始めてるんですよね。
で、そうなった時に、じゃあゲーム開発の社会的な意義って何なのかなっていうのは、これ確かに考える面があるなと思ってます。
っていうのは、やっぱりゲームってどうしてもやっぱり負の側面で語られがちですよね。
ゲームで遊んでるだけとか、無駄な時間を過ごしてるとか。
実際問題ですね、ゲームにのめり込みすぎてですね、社会生活が送れなくなってしまうっていう、子供も大人でもありますよね。
そういう負の面、それは非常に負の面だと思いますけれども、そういうところはすごく問題だと思うし、ゲーム業界としてもですね、開発者としてもそこは考えないといけない問題だと思うけれども。
とはいえですね、ゲームが人生を豊かにしてくれる面っていうのも当然あると思うんですよね。
子供の頃にゲームをやったことがある方っていうのは多いんじゃないかと思うんですけれども。
実際私もそうだったけれども、ゲームを通じてですね、色んなことを学んだりとか楽しさを知ったりとか、そういったポジティブな面、ポジティブな影響っていうのもあるとは思ってます。
少し歴史を振り返ってみると、ちょっとこれあんまりはっきりしたことは言えないんですが、多分明治の頃とかそういう時代だと思うんですが。
小説なんか読んでるとダメになるよみたいな、と言われた時代もあったと思うんですよね。
物語の中小説みたいな、空想上の物語の中にですね、入ってですね、空想にふけていても人間としての力にならないよみたいな。
実務的なことを学ぶならまだしも、体を動かすならまだしも、小説なんか読んでたらダメだみたいに、風に言われることもあったんだと理解してます。
ですけど、今はそんなこと言われないですよね。むしろ小説読んでたら褒められるぐらいです。
想像力が豊かになるとか、人間としての素養が身につくとか、そんな言われ方しますよね。
何かのコンテンツに触れるっていうこと、時代の社会的な評価みたいなのっていうのは、本当に時代や背景によって結構変わってくると思うんですよね。
そういう意味では、ゲームっていうものも時代によって受け取られ方がだいぶ変わってきたのかなと思いますし、今後も変わっていくだろうと思います。
なんで、どう評価されるかっていうのは人それぞれだし、その中で遊んでくれた方に、やっぱりこのゲーム面白かったよ、楽しかったよって思ってもらえるものを作るっていうこと自体は別におかしなことではないかなと思います。
ユデミの教育っていう分野、ジャンルとは全く別のジャンルのように聞こえるかもしれないんですけど、私自身子供の頃にゲームをすごく楽しんできた側の人間だったし、
だからそういうものを作れるようになるっていうのはすごくいいことじゃないかなと思っている面もあるので、そちらにも頑張って挑戦していきたいなというふうに思っています。
お金以外の報酬を求めて働く
なんで、最初の問いですね。もう一度答えると、死ぬまでに使い切れないお金があったとしても、私は働き続けるだろうなと思うし、働き続けることで得られる報酬っていうのはお金だけじゃないかなというふうに思っています。
正直言って、本当に今それとは別なんですけど、本当にガムシャラにですね、今めちゃくちゃいろんなことをすごい量の仕事をこなしてるなって感じがあるんだけれども、
いろいろやっててですね、土日もかなりずっと仕事してるような時もあるぐらいで、そんな状態ですけれども、それはですね、お金もあるけれどもそれ以上にですね、やっぱり貢献感みたいなものを求めているところもあるから、そういう面で頑張れている面もあるのかなと思っています。
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