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2026-01-07 12:32

頑張っているのに満たされない起業女性へ「働きは、最上の喜び」と胎内記憶が教

起業すると、
こんな状態に入りやすくなります。
好きなことを仕事にした
使命感もある
でも「売上・結果・数字」に追われる
いつの間にか、
“誰の役に立っているか”より
“ちゃんと出来ているか”
ばかりを見てしまう。
すると、
喜びよりも
プレッシャーが大きくなっていきます。
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サマリー

このエピソードでは、村尾正則の「働きは最上の喜び」というメッセージが現代のウェルビーイングについて新たな視点を提供します。特に、成果主義の現代社会において、対話や貢献の重要性が強調され、心の満たされなさを解消するためのヒントが提示されます。起業女性たちは、働きに対する満たされなさの背後に、内面的な喜びを見出すための意識的な構造を求めています。彼女たちの仕事が他者にどのように貢献しているかを認識することが、真の幸福感への一歩となります。

心が満たされない理由
さて、今回の探求を始めましょう。あなたにも経験がありませんか?大きな目標を達成して、まあ昇進して、誰もが羨むような成果を出したはずなのに、なんかこう、心のどこかが満たされない。
むしろふとした瞬間に、誰かから言われたほんの小さなありがとうの一言の方が、何日も心を温めてくれる。この不思議な感覚、一体何なんでしょうか?
今回はですね、村尾正則さんという方の文章と、その洞察を分析したテキストを手元において、この仕事の喜びの本質に迫っていきます。
テーマは、働きは最上の喜び。この言葉が、なぜ現代のウェルビーイングという課題に対して驚くほど的確な答えになるのか、一緒に考えていきましょう。
今日の話は、えーと、単なる精神論とか自己啓発とは少し違うんですよね。人間のモチベーションのもっと根源的な、まあ言うならばOSの話だと思ってください。
なぜ私たちは働くのか、そして何が私たちを本当に満たすのか。資料が提示するのは、現代の常識とは少し違う、しかし非常に説得力のある視点なんです。
特にこの成果主義が当たり前になった今だからこそ聞く価値があると思いますね。
では早速、多くの人が共感するであろう、この感覚から始めましょうか。成果では埋まらなかった心の空白。村尾さんの文書にはまさにその経験が描かれています。
数字多い評価を得て、周りからはよくやっていると認められる。でも本人の心の中には埋めようのない空白が広がっていくと。
ああ、その感覚非常によくわかります。目標を達成した瞬間の高揚感というのは、農科学でいうドーパミンが放出されるような強い快感です。
しかしこの種の快感はまあ長続きしない。まるで砂糖を摂取した後の血糖値みたいに急上昇した後ガクンと急降下してしまう。
そしてさらなる刺激、つまりもっと大きな目標を渇望するようになるように。まさに渇きの状態ですね。
働きの喜びと体内記憶
なるほど、達成感のシュガーハイみたいな感じですね。
そして資料はその大局にある経験を描写していて、ここが本当に面白いんです。
例えば、ただただ相手の話を評価も判断もせずに聞いたとき、あるいはほんの少し言葉を添えただけのとき、相手から話せてよかった、本当に助かりましたと言われた瞬間に、体の奥からじんまりと力が湧いてくるのを感じた、と。
そうなんです。そこには金銭的な報酬も人事評価も肩書きも何もない。
それでも、あのドーパミン的な興奮とは全く質の違う、生きているという静かな確かな実感があるわけです。
資料が指摘するのは、この2つの報酬の質の決定的な違いなんですよ。
前者がシュガーハイなら後者は栄養のある食事のような持続的で深い満足感。
心理学で言うユダイモニア、エウダイモニアですね。持続的幸福に近い状態です。
なるほど。報酬の量が問題なのではなくて、種類とか味が根本的に違うということですか。
では、なぜ私たちは後者の栄養のある食事、つまり貢献によってこれほど深く満たされるんでしょうか。
ここで資料は、一見すると全く異なる2つのヒントを提示します。
一つは、日本の経営者たちが倫理を学ぶ倫理法人会という団体の教えです。
彼らの指針である万人幸福のしおりの中に、働きは最上の喜びという非常にシンプルな一条がある。
そしてもう一つが、少々風変わりなアイデアなんです。
そうなんですよ。それが体内記憶という概念。
生まれる前、母親のお腹の中にいた時の記憶を持つという子どもたちの話ですよね。
正直に言って、初めてこの部分を読んだ時、少し戸惑いました。
科学的な話から急にスピリチュアルな領域に入ったように感じて。
その戸惑いは最もです。
ここで重要なのは、この資料の筆者が、体内記憶は科学的に証明された事実であると主張しているわけではないという点なんですよ。
むしろ、これは一つの強力なメタファー、あるいは思考実験として提示されているんですね。
メタファーですか。
そうです。もし、人間が誰かの役に立ちたいという強烈な願いを持って生まれてくるとしたら、という問いを立てるための装置だと考えてください。
実際、体内記憶を語る子どもたちに共通していると言われるのが、
ママを助けたくて来た、とか、この人の役に立ちたくて選んだ、という言葉なんです。
自分の幸せのため、ではなくて、誰かのため、という動機が先に立っている。
ああ、なるほど。科学的な真偽を問うのではなくて、人間の本質を考えるための、うーわとして読むわけですね。
そう捉えると、見え方が全く変わってきますね。
私たちのデフォルト設定は、何かを得ること、ゲット、ではなく、誰かに与えること、ギブ、にあるのではないか、という仮説を立てている。
ウェルビーイングの正しい理解
その通りです。
そして、そのメタファーを通してみると、先ほどの、働きは最上の喜び、という言葉が、全く違う深みを持って響いてきます。
もし、人間の基本設計が、役に立ちたい、なのであれば、役に立っている、と感じられる働きが、最も根源的な喜びをもたらすのは、まあ当然のことだ、と。
そうなると、資料に出てくる、働かないから弱るのではない、働く心にならぬから弱るのである、という言葉も、単なる根性論ではなくなりますね。
ええ。無気力とか虚しさというのは、あまんじているサインなのではなくて、本来の目的である、誰かの役に立つ、という回路から切り離されてしまったことによる、真心のエラーメッセージなのかもしれない。
そう考えると、これは非常に重要な指摘です。
いやあ、面白いですね。その視点で見ると、現代の経営課題である、ウェルビーイングも、全く違って見えてきますね。
福利構成を良くしたり、オフィスをきれいにしたりすることが、なぜか、本質的な解決策にならない理由が、ここに繋がってくるわけですね。
まさに、分析テキストは、ウェルビーイングとは、快適であることではなく、役に立っている、と実感できる状態のことである、と断言しています。
これは、多くの企業が見落としている点です。
世界保険機関、WHOの健康の定義も、身体的、精神的、そして社会的に良好な状態、としていますよね。
この社会的に良好というのが、まさに誰かと繋がり、社会の一部として機能している、という感覚に他ならないんです。
つまり、現代のウェルビーイング論の多くは、ストレスをなくす、とか、楽をさせる、という、ある種、引き算の発想に偏りがちだけれど、本当は、意味や貢献を実感させる、という、足し算こそが必要だ、ということでしょうか。
その通りです。
だから、資料は、「何もせず、ぼんやり過ごした一日は、死んだ一日である。」と、あえて厳しい言葉を使います。
人間は、何もしなくていい自由よりも、誰かから必要とされている、ある種の窮屈さの方で、より深く満たされるようにできている。
これが、休暇をたくさん取っても、心が満たされない人や、定年後に目的を失って急に老け込んでしまう人がいる理由を見事に説明していますね。
なるほど。では、この考え方を、実際の職場とか経営に、どう活用すればいいんでしょうか。
今、まさにチームのエンゲージメントが低くて悩んでいるマネージャーが、これを聞いているとしたら、彼らは明日から何をすべきなんでしょうか。
休暇制度の改訂や、オフィスの美化ではない、としたら。
資料が示す答えは、働きの意味に直接触れる、ということです。
これは、管理とか操作、あるいは外部からのモチベーション注入とは全く違うアプローチです。
具体的にすべきことは、3つありますね。
3つですか。
働きと貢献の意識
はい。1つ目は、あなたの仕事が具体的に誰のどんな役に立っているのかを、物語として見せること。
例えば、ただこのデータ分析ありがとう、で終わらせるんじゃなくて、
佐藤さん、先週まとめてくれたあのデータ、営業チームが使って、
解約寸前だったお客様が、なぜ不満だったのかピンポイントで突き止められたんだ。
あのおかげで契約を継続してもらえた。本当にありがとう、と伝える。
自分の作業が誰かの勝利に直接つながったという実感。これに勝る報酬はありません。
なるほど。結果と貢献を一本の線で繋いであげるんですね。
2つ目は、あなたの存在そのものが、組織にとって意味を持っていると伝えること。
これは仕事の成果だけじゃないんです。
田中さん、この前の難しいクレーム対応、見事だったね。
あなたのあの粘り強い姿勢を見て、チームの若手も学ぶことが多かったと思う。
こう言われれば、自分のスキルや人間性そのものが、組織という共同体に貢献していると感じられますよね。
ええ、そして3つ目は何でしょう。
3つ目は、働きが喜びという内的な報酬に変わる構造を意識的に作ることです。
資料は、報酬の順番が決定的に重要だと指摘します。
正しい順番は、まず1、働きがあり、2、そこから喜びが生まれ、3、その働きを続けるための生活の糧として給料がある、この順番です。
給料が目的ではなく、結果であり手段であると。
そうです。これが逆転して、給料のために働くが目的になった瞬間、人は疲弊し始めます。
私たちはみな、そんな人を何人も見てきたはずです。
業界トップの成績を上げながら目は死んでいる営業マン、素晴らしい行動を書きながら完全に燃え尽きているエンジニア、彼らは喜びなき成果という罠にはまっているんです。
システムが彼らから仕事の本来の喜びを奪ってしまっている。
そう考えると、経営者とかリーダーの役割も変わってきますね。部下をどう動かすかという操作的な発想ではなくて。
人が本来持っている役に立ちたいという欲求を、仕事を通してどうすれば思い出させてあげられるか、というもっと根源的な問いに変わるはずです。
人は怠けたい生き物なのではなく、役に立てないことの方がよほど苦しいのだ、という人間観に立つことが本物のウェルビングの経営の出発点になるんです。
仕事への新たな問い
さて、これら全てが何を意味するのでしょうか。
今回の探究で浮かび上がってきたのは、かなりラディカルな結論かもしれません。
つまり、現代の職場に広がる燃え尽き症候群やエンゲージメントの低下は、人々が怠惰だったり、仕事が過酷すぎるからというだけが原因ではない、と。
むしろ私たちが築き上げてきたKPIとかボーナスいった評価システムそのものが、人間の生物学的な仕組みと根本的にずれているのかもしれない。
私たちは、達成感というシュガーハイを与えることばかりに集中して、貢献感という栄養満点の食事を組織から体系的に奪ってしまった。
そして、なぜみんなが不健康になるのかと首を掲げている。
今日の話はそんな風に聞こえました。
最後に、これを聞いているあなたに一つ問いを投げかけたいと思います。
私たちは普段、仕事について考えるとき、無意識にこの仕事から自分は何を得られるだろうか、という視点に立っています。
給料、スキル、キャリア、評価。
しかし、今回の話を踏まえるなら、もっと根源的で、もっと重要な問いが存在するのかもしれません。
それは、自分はこの仕事を通して一体誰の、何の役に立ちたいのだろうか、という問いです。
この問いの答えを自分なりに探し続けること、もしかしたらそのプロセス自体が本当の意味でのウェルビングへの最も確かな一歩になるのではないでしょうか。
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