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2025-11-14 26:36

#33 文フリ出店企画「なにかを手放すのは、なぜ難しいのか?」――哲学対話

📣哲学対話企画「なにかを手放すのは、なぜ難しいのか?」

朗読会メンバーでもある池田祐子さん、瀬々いをりさん、野やぎさんを迎えて、

“手放す”という行為について、じっくり語り合います。

着られなくなった服、積まれていく本、視界から消して「なかったことにする」先送り、

ラベルを張り替えてようやく捨てられた日常品、

ときめかなくなったけれどまだ“記憶”のついたものたち——。

哲学対話という手法を使って、ひとつの結論ではなく、

「それでも考え続けること」を大事にした時間。

あなたにとって、“本当に手放したいもの”はなんですか?

📍

INDEX

哲学対話のルール/捨てるは得意?/床がある限りタワーは作れる/

漏水とともに積読が流れ去る/「見えない」は本当に持っていないのと同じ?/

保留という名の箱/人のものは捨てられる?/放流としての手放し/

未消化のままペッと吐き出す/必要だから買う vs 無駄がうれしい/

袖を通せない服と、冷蔵庫のシャインマスカット/

ものへの愛着、使用と所有のあいだ/捨てることで思考を放棄する?/

ときめきの境界線と、記憶の中に残る“着ないスーツ”

✉️おたよりはこちら

https://forms.gle/hfw4NxAVR6DXPdVw8

サマリー

文学フリマ東京41の出展に向けて、参加者たちは「手放すことの難しさ」について哲学対話を行っています。対話では、物を手放す際の心の状態や、捨てることに対する思いについて深く掘り下げていきます。このエピソードでは、物を手放すことの難しさについての哲学的な対話が展開されており、実用性や愛着がその理由として論じられています。また、食欲や所有欲の違いに触れながら、物への感情的なつながりについても語られています。

文学フリマの出展
こんばんは、カシミアノートです。初めにお知らせがあるのですが、11月23日日曜日、東京ビッグサイトで開催される
文学フリマ東京41に出展することになりました。それに伴い、今回本の執筆に参加していただいたゲストの皆さんをお呼びしております。
経輪キャスター・ナレーターの池田ゆう子さんと、文筆業のぜぜいよりさん、インターネットで書いている人ののやぎさんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
すいません、池田さんから自己紹介いただいてもよろしいでしょうか。
はい、経輪キャスター・ナレーターをやっています。池田ゆう子です。今回2回目の文学フリマに作品を出すということで、頑張りました。よろしくお願いします。
お願いします。じゃあ、ぜぜさんお願いします。
文筆業をしております。ぜぜいよりです。体をたどるように、ちょっと言葉を探しながら書くことを試みております。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
どうも、インターネットで相変わらず書いているのやぎです。希望と諦めの気遂げ気。30代後半、頑張ります。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。皆さんもほんと、なんか意気込みを感じますね。
毎度お馴染みのメンバーになっておりますが、今回出展します文学フリマ東京44で販売するエッセイ人に参加していただいている皆さんです。
そこでですね、今回ちょっと文学フリマ東京41のために書き下ろしたエッセイ人、大人のための手放し入門という人を発売します。
哲学対話のテーマ
それに伴い、今回はですね、ちょっとこんな企画をご用意しました。
哲学対話企画。何かを手放すのは難しい?
例えば、もう着ない服、もう読まない本、ラインに残っている、もう会わないかもしれない人。それを手放すとき、私たちは一体何を思っているのでしょうか。
今回は手放すことをテーマに執筆したメンバーと一緒に哲学対話していきたいと思いますという感じなんですけれども、皆さんは哲学対話したことはございますでしょうか。
ありません。
なんで?
ありません。ということでございましてですね、ちょっと哲学対話のルールというものをちょっと3つほどご用意しましたので、ちょっとお話しさせてください。
1つ。人の話をよく聞くこと。話の途中で評価やジャッジをせずに、まずは相手の話を受け入れましょう。
2つ目。誰かの言葉を借りてこないこと。誰かの言葉の引用ではなく、私はこう思うことを大切にしましょう。
そして3つ目。諦めないこと。人それぞれで諦めず、それがスタートになるようにしましょう。
こんな感じで無理に結論を急がずですね、考えていければいいなと思っております。
で、今回はちょっと時間を用意しておりますので、その時間いっぱいまで対話をしていければなと思っております。
何かを手放すのは難しいをスタート地点として哲学対話始めたいと思います。
それではスタートです。
何かを手放すのは皆さんにとって難しい感じですか?結構簡単に捨てられるものとかあったりするんですか?
割と簡単派です。
あら、断捨離得意な感じですか?
得意かはわかんないですけど、結構えいってやることが多いです。
なるほど、なるほど。
ミニマリストっぽい思考みたいな感じなんですかね。
何かある意味考えるのを放棄してるのかもしれないですね。
えいってやるのが得意です。
そうなんですか。お二人はどうですか?
割と物を見えるとこに置かないようにしてて、
物の手放し方
本は別なんですけど、本はいくらでも塔みたいに積み重ねちゃうんですけど、
なんかすっきりしたいんですよね。
だから本以外はあんまり目の前に置かない生活をしてます。
なるほど、なるほど。
え、のやぎさんはどうです?
割と覚えてない派です。
覚えてない?
なんか難しいというか、そもそも自分の持ち物をあんまり把握してないというか。
何を持ってるのかをってこと?
いつ手に入れて、いつ捨てたかを大して覚えていないっていう。
じゃあなんか物がなくなっても気づかない?
多分気づかないです。
え、そうなんや。
じゃあ泥棒入られたら被害者とか出せない。
地震保険の火災で評価して何円みたいなのやるじゃないですか。
あるね、ある。
全く分かんない。
え、そうなんや。
一般家庭で出しました?
いや、まさに今俺、皆には話したけど、部屋が漏水しちゃったから、
被害の項目を一個ずつ出してるんだけど、めんどくさいくて本当に。
だから池田さんがさっき言った、なんか捨てたほうがいいっていうのは、
今ちょうどすごく身にしみてるというか、
たくさんあったからたくさん書かなきゃいけなくて、
それがもう本当に苦痛だったので、
逆に皆は、ぜぜさんとか、本は見えるところにあるって言ったんですけど、
本はスペースに限りがあるじゃないですか。
それはもうどうするんですか?
一回本棚の外に置くことを許したら、もう大丈夫ですよ。
え、どういうこと?
処遇がなさすぎますね。
もう吹っ切れるというか、
もう一回本棚に入れない本が出てきたら、
もういくらでも床にでも、どこにでもタワーを作れるようになれます。
それは、でもタワーも限界があるじゃないですか。
ないです。
床がある限りタワーは作れるんですよ。
4次元世界にいるんかしら。
あ、なるほど。
え、でも、じゃあもう床に置けなくなったらどうするんですか?
もうそしたらね、置けないので、
あのね、手放すんでしょうね。
なるほど、まだそこには至ってないってことですか?
全然まだ床は全然あります。
なるほど、なるほど。
でもそうすると、この問いのテーマ的には、難しいんですかね。
やっぱなんか、迫られたらいけますよね、きっと。
床がなくなるという。
そうよね、確かにね。床がなくなったら。
まさに漏水して、本ビシャビシャになったら。
確かにないね。
まあないと思うかもしれない。
めったにないと思うけど。
でもまあ、今回私は漏水したおかげで、
ツンドク本は全部ダメになってしまったので、
本当にだからツンドクは解消しておかないといけないなと、
本当に思いました、それは。
私は実は手放すの結構難しい派で、
今回その手放すをテーマにしたGの中でも書かせてもらったんですけど、
結構こう抱えてしまう、何でも、物にしても、なんかいろいろ。
で、なんかまたいつかこれが、なんだろう、
なんか伏線回収みたいに生きるタイミングがあるんじゃないかと思って、
いつか使うかなって思って、持ってた物も結構あるんですけど、
まあただいざね、漏水にあると、
もう忘れたいんで、漏水のことを。
もう捨てたれ!っていう感じで、今めっちゃ捨ててるんで、
日常、自分の人生が平穏なうちは結構難しい派だったなっていう感じは、
すごくしてるって感じですね。
なんかそれある気がしますね。
生活の中心にあるものがなくなった瞬間、
なんかそれ以下のものは結構手放す、ハンドルが下がる。
いやでもね、ほんとに、なんか人が変わったみたいな感じに、
物に対しての思いがちょっと違うんですよね。
その漏水前と漏水後で。
考えさせられたんですね、なんかこう物に対しての。
なんかね、これちょっとだけ漏水だな、ちょっと。
あんまするつもりはなかったんだけどね。
2回あったんです、漏水が。
で、1日目はほんとに漏水して、
つんどく盆がダメになったんですけど、
2回目、3日後にもう1回起こったんですね。
で、その時に夜中に起こったんですよ。
なので、避難しなくちゃいけないってなったんです、簡単に言うと。
要はまた水が寝てる最中になっても困るし、
で、深夜だから業者も来れないってなって、
どうすることもできないって判断になった時に、
何を持ち出すか決断しなくちゃいけなかったんですよ、その2日目の時は。
だから、ほんとに大切なものだけを持ち出したんですけど、
でもそれをしたせいで、
帰ってきた時に、
俺が置いてった物たちになってるんです、今。
つまりは、水に濡れてもいいとか、
最悪何があってもいいような物を置いてっちゃったから、
無事だったんだけど、
俺の中でラベリングがもうされちゃったんですよ、その中で。
だから今はちょっと難しいのかどうかと言われたら、
バンバン物を捨ててるっていうのは、
そういうラベルの張り替えがそこで行われちゃったなっていう感じがしちゃって、
ある意味そういう物を何かないとしないのかなっていう感じもしたんですよね。
野焼さんは何を持ってるかわかんないみたいな、
それって、物に限定すると、それを買う時はどんな気持ちで買うんですか?
必要で多分買うのが多くて、
そんなにファッションとか、プラスアルファの物を大して買わないので、
必要で買っていくから、多分あんまり覚えてない。
その時必要だった物は覚えてるけど、
その物を愛して買ってないので、
だけど唯一捨てるチャンスが引っ越しだったんですよ。
いる、いらないができるから。
でも今、住宅ローンに全ベッドして家を買ったんですけど、
定住するってなったらもう引っ越さないじゃないですか。
確かに。
やばいです。
どうしよう、自分のこの容量がもう決まったので、
この家に入る物だけ捨てなきゃいけないんですけど、ね。
困った困った。
確かにそうだよね。
もう本当にどうしようって感じです。
でもその感覚だと捨てやすいんじゃないですか?
そういうわけじゃないのか。
さっきの見えないようにしてるわ、マジその通りで。
物を手放すことの難しさ
箱にしまって奥にあるんですよ。
家が狭いだけなんですよね。
多分見えるとこに置いとくと、いらなければ捨てるし、
もう役に立つことがないだろうと思ったものは捨てていくんでしょうけど、
見えてないんで、ただ部屋が狭いっていう状態をキープしてる。
なるほど。
本当に意味わからんですね。自分で言ったら。
でも確かに見えないと気にならないもんね。
持ってることすら忘れるもんね。
そっか、忘れてるんだ私は。
かもしれない。
そうですね。
お話すのが得意じゃないってことも言えるんですかね。
なのかな?
奥に追いやってるってことは、ほぼ使わないものなのに、取っておいてるから。
だからその見えなくするって、何て言うんだろう、先送りにしてるというか、
何なんすかね、見えなくしたくて何の作業なんだろうっていうか、
捨てるでもなく、使うでもなく、見えなくしかない。
何なんですかね。
これも完全に先送りにしてるだと。
判断を先送りに。
保留にしてるってことですね。
死ぬまでしたい。
いつか使うかもしれない。
絶対使わないアルバム的なアイテムも捨てるという、
何でしょ、心力を、弾力を使いたくないから箱に入れて、
確かに。
スンッと。
なんかさ、サイズアウトした服とかさ、捨てづらくて、
特にお子さんとかさ、まあ頻繁にサイズアウトするわけじゃん。
それはもうバンバン捨てちゃう。
これはもう完全に人のは捨てられるっていう。
あーやっぱり。
あの服はわかりやすいんですけど、もう使わないから。
おもちゃとかは、いるかいらないか聞いたら100%いるので、
いりませんって。
あ、どっか行ったねっていう。
なるほど。
ない。
でもさすがになんだろう、積極的に捨ててるわけじゃないですけど、
もう確実に月齢的に使わないやつとか、極論言うとガラガラとか、
口固めのやつとか、歯固めか歯固めのやつとかも使わないので、
さすがに愛着があっても、それは捨てるみたいな。
なるほど。
愛着があっても。
本人はまだわからないから。
こっちの愛着は取っとくんですけど、初めてのやつとかは取っとくんですけど、
もう戦い終わったやつらは、もうどっかにリサイクルに出すか捨てるか。
トイストーリーみたいな感じでどこか行っちゃったねっていう。
地球レベルで考えたら、もう一回戻ってくるかもしれない。
確かにね。
という法流みたいな。
法流ね、確かに最初は。
でも自分のは箱に入れて、部屋は狭く。
確かに。
箱に入れちゃダメだと。
確かに。
考えようとすることすら放棄したいみたいな感じかもしれない。
見えないという状態
一定のストレスとか不自由があれば、捨てて新しいものを手に入れるはずなんですけど、
道具、箸とか皿とか割れたら新しいものが欲しい。
でも見えない、普段使ってないは、ちょっともう手放す手前の問題ですかね。
もう把握してない。見ないことにしか。
一番心地いい、なんか今の話聞くと一番見えない状態がやっぱり、今だと。
隠す。
隠す。
でもちいちいさんの場合は、本はそれを許されてるというか、隠される。
見たい。
そうですよね。
見たいです。
出しておくこと、許されてるわけですもんね。
でもやっぱ見えなくなるってことを、今先送りにしちゃう。
でも今決断したくないってことだよね、たぶん。
そうですね。
池田さんはなんかもうポンポンポンポンって捨てるって言ったじゃないですか。
それはある意味決断をしてるんですか?
決断だけど、だからそのある意味放棄ですよね。なんか捨てればもう考えなくていいじゃないですか。
捨てることで見えなくしてるってこと?
そうかもしれない。
いや、そうかも本当に。
逆なんだ。
そうかも。ないから仕方ないじゃんってなるっていうか。
なるほど。
でもなんかある意味それは、見せかけの手放しかもしれないですね。
捨てることと新たな購入
見せかけの?
本当の意味の手放しじゃなくて、見せかけかもしれないですね。
なかったことにする。
本当に手放すって、きっと向き合って感謝して終わったりとか、消化するみたいな。
消化して手放すっていう感じなんですけど、
未消化なまま、汚いけど吐いちゃうみたいな。
どういうこと?
吐き出すみたいな。味わって、ぺってあきらめるみたいな。
まだ味するけどってこと?
独特。
味楽しいんだから、ぺみたいな。
栄養になったり、排泄物になったりする前に捨ててんのかなみたいな。
面白い。
確かにそれだと、手放すとはちょっと違う動詞かもね。
逆にそれはもう、また買い直せばいいやみたいなこんな感覚なんですか?
だから、物を買うときどう思うのかなっていうのは結構気になる。
人が選ぶときの基準っていうか。
ぜんぜんさんとかはどういう感じで買ったりするんですか?
絶対に必要だと思って買わない物の方が嬉しいです。
必ず必要じゃないのに、買おうとしてることが嬉しくて。
分かる。
無駄なものすごい嬉しいんですよ。
こんな無駄なのに買いたいんだみたいな。
でも買いたいんですよ。
私の中のイメージでは、すごいそういうものに囲まれてそうな気がする。
嬉しい。
そこまでじゃないかもしれないですけど。
だからそれって、ぽいぽい捨てるとかない気がする。
夢、結構してます。
隠ししてるし。
隠ししてるし。
でもやっぱり自分の中の基準がはっきりしてるのかもね。
かもしれない。
何を持って買うかな。
でも確かに、でも俺は無駄なものっていうよりかは、結構すぐ欲しい。
買っちゃうんですね、私。
シャクティマットっていう、マットがあるんですか?
針みたいな。
針みたいなマットとかもちょっと買っちゃうし。
無駄というよりかは、もうこれで綺麗になってやるって思いながら、
なんか結構そういう、自己投資じゃないけど、そういう系に結構使っちゃうんですよね。
そのものに対しての愛着みたいなのはあるんですか?
結構あるほうじゃないかな。
なんか一生使ってやると思って、なんかカバンを買ったりとかするタイプなんですよね。
で、こういうフォトキャスト収録するときみたいなカバンとかは、
できるだけ使い捨てできるようなものがいいかなとか思ったりとかしてて。
結構物に対して、なんか変な愛着を持ってるかもしれない。
だから物が壊れると結構悲しいですね。
ずっと共にする前提なんですもんね。
かなりそうかも。
意外とそうでもないかもと思いました。
良いものを長く買う?
良いもの、良いものというか自分に合うものを買うって感じかな。
結構時間かけて選びますか?
かなり。あんま衝動買いしないかも。
俺さ、ちょっとさ、俺だけかもしれないんですけど、
ちょっと話変わっちゃったら申し訳ないんですけど、
お洋服買うじゃないですか。
それすぐ着ますか?皆さん。
私、買ってすぐ着れないんですよ。
1ヶ月ぐらいハンガーにかけて放置しちゃうんですよ。
なんか袖通すターンじゃないんです、まだっていうなんか。
あえて?
あえてっていうか、なんかまだ着たくないっていう感覚が出るんですよ。
馴染むまで置いとくってことですか?
わかんないけど、これまだ新しいからまだ着たくないっていう感覚があるんですよ。
もったいないから的な?
多分。で、流行りとかスタリが終わってから着始めるんで。
そんな?
やっぱ長く一緒にいる前提だからだ。
で、その頃にはサイズアウトしてるかもしれない。
そんな?
でもこれ、なんだろう、
洋服を買い始めて、お洋服これ好きだなとかブランドとか好きなものができ始めてから、
あれ、俺全然袖通してないかもってなんか思うみたいな。
逆に服買ったのに、この服を着ないからもうちょっと別の服買おうとかってなったりするみたいな。
えー。
もうちょっと聞かせてくれませんか?ちょっとわからない。
なんか、俺ちょっとファッションの勉強して始めた時に、
セオリーっていうブランドがあるんですけど、このスーツ着た時にもう本当幸せに包まれてるぐらいの気持ちだったんですよ。
で、俺本当に当時20代だったんですけど、結構無理してセオリーのスーツ買ったんですね。
かなり高いんですけど、20代からしたら。
で、このスーツ袖通すの、なんかちょっとまだ、なんかどうかなって思いながら。
で、そのスーツはハンガーにかけて、その下のファーストリテイリング系列のブランドなんで、
プラステっていうブランドのセットアップ買って、それ着てたんですよ。
えー、なんでなんですかね。
自分でなんか価値を育ててるんですか?
いや、そのなんだろう、よくあるじゃん。Tシャツ、古着のTシャツ買って価値上がるみたいな。
全然セオリーってそんなブランドじゃないから、じゃないんだけど、なんか愛着をもう感じてるんですよ。
買った時点で多分僕の中で。
で、これを多分着るために多分買ってるはずなのに、
めでるみたいな感じになってるみたいな対象になってるんですよね。
で、結局このスーツがサイズアウトしちゃって、着れずに今も家にあるっていう。
今もあるんですね。
物を手放す難しさ
すごい、全然わかんないですね。
着ちゃうんだかみんな、もう服買ったら着る?
着ちゃう。
もうすぐ着たいですね。
そうなんよ。
着るために買う。
そうなんよ。
なんか多分別のなんかあるのかなって、物に対しての着るために買ってるんじゃなくて、
何かその服にしても別の物にしてもなんか別の感情が俺はついてる気がして、
だからすごく何か捨てるときに何かもう別の感情がさらに出ちゃうみたいな。
着れないから捨てるっていうことができないみたいな。
なんか実用性を基準にして何かできないなって思う。
いや全然真逆かも。
あ、そうなんだね。
大で服買わないし、買ってその愛着もあんまり。
毎回もう服買うテンションなので。
必要だから手に入れる。
使い終わったら捨てる。
でも捨てるタイミングはあんまりわかんない。
いつの間にかないっていう。
いつの間にかない。
いつの間にかどっか行ってる。
実用性の物はやっぱ手放しやすいってことだよね。
明確にはっきりしてるじゃん。
使えなくなったからとか。
確かに。
じゃあ実用性じゃない物はいつ捨てるっていう話に多分なる。
こんまりさんのときめくかいなか。
ときめくかいなか。
まだだからセオリーのスーツにときめいてるから、
なるほどね。
手放せないんじゃないですか。
食欲と所有欲
でも思い出ってさ、ずっとときめきません?
うん。
てかどんな物にときめくんですかね?
特にのやきさんは。
ときめく。
ときめき教えてほしいですね。
なんかないですか?
でも食べ物とかは。
食べ物。
ちょっと物と違うんですけど、これ食べたいとかはあるから。
欲の向きが違うんですかね。
所有欲があんまない。
けど食欲は防災ですみたいな。
あれは食べたいみたいな。
食べると違うから、食べて摂取しちゃうもんな。
でも摂取も同じかもしんないね。
知りたいかな?味を知りたいというか、この味を。
好奇心的な。
好奇心もあるし、
なんかちょっと物語軸で食べに行ったりとか、すっごい古い居酒屋さん食べに行ったりとかしたいじゃないですか。
あー、あるね。
そういう感じかな。
全然違うな。
手放せないしな、リリース。
摂取リリース。
結局にさ、ふるさと納税とかでさ、社員マスカットとか来たらさ、すぐ食べる人多いよね。
そうですね、ふるさと納税は必要性で、
米とトイレットペーパーとティッシュペーパーがおすすめなんで。
なんか俺さ、社員マスカット来てもさ、すぐ食べらんないのよ。
食べ物もなんですか?
なんか、3日ぐらい空けちゃう。
美味しいところが。
なんで?
もったいない。
なんでかわかんないんだけど、なんかすぐ食べらんない。
食べ物も。
時々と、必要性、機能性がもし物にあるとして、ゆうすけさんはその境界が分けられないんだよね。
あー、かもしんない。
社員マスカットは絶対食べたほうがいいって思うけど、
多分、飾るかわかんないですけど、
冷蔵庫開けたときに、社員マスカットあるっていう風景だけで生きていける気がする。
あー、なるほど。
なんか焦るけどな、逆に。
早く食べなきゃって。
冷蔵庫に、なんかいろんな物が入ってると焦る。
なんか早くなくさなきゃみたいな。
あ、これひな祭りみたいに持ってるのかな?
人形出して、眺めてみたいな。
社員マスカットは冷蔵庫に入れて眺めて、
あ、美味しい、しまわなきゃみたいな感じで。
あー、食べる。
あー、かもしんない。
クリスマスツリー飾るの好きでしたかわいいですけど。
あー、でもね、飾った記憶があんまないかもね。
クリスマスツリー。
いわゆるイベントごとの、なんかときめくために出すもの。
あー。
いや、ないな。
でも、なんか確かに季節ごとに玄関に、なんかそういう物置いたりするかも。
ハロウィンとかクリスマスとかちょっとした小物。
うんうん。
なんか細かくやられるのかなってイメージが。
なんか確かにやるかも。
うん。
私はもう一切やらないです。
私は全部出っ放しに。
あ、なるほど。
年末は、いろいろ。
ハロウィンからクリスマスからおもちまで。
確かにね。
あの、えっととか飾るじゃないですか。
飾る。
なんか2年目かなみたいな。
しちゃう。
終わってしまいました。
はい、というわけでお時間が来まして、一体何の話をしていらっしゃったんでしょうか。
えー、というわけで時間になりましたので、哲学対話は終了となります。
哲学対話はまとめたり、一人一人感想を設けておりません。
もしですね、これ以上話してみたいなと皆さんも思ったら、ぜひ対話の場を作ってみてください。
それでは、かしみやの後半パートに続きます。
26:36

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