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#3 ライフアウェアネスってなんですか?
2024-11-06 28:39

#3 ライフアウェアネスってなんですか?

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【今回の内容】*今回はTwitterスペースの録音となります

ライフアウェアネスとは何か?/何が目覚めるのか?/掃除を通じて我を没する/純粋経験とフロー体験/フローは自己肯定を高める?/自意識から解き放たれる/個を超えた大きな流れに乗る/ etc.

(引用書籍:スポーツを楽しむ:フロー理論からのアプローチ/ジャクソン,チクセントミハイ/2005)

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岡田裕介

沐舎 代表|文化資本研究所 理事|国際コーチング連盟認定コーチ(PCC)

新卒でパーソルキャリアに入社、オルタナティブスクールの設立・運営、ポスト資本主義の具現化を目指すNext Commons Labでの活動、THE COACHにてカリキュラムやコーチングモデルの研究開発を管掌、代表取締役を歴任。その後、沐舎を創業。文化資本研究所を共同設立。茶道裏千家にて稽古中。

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長井雅史

沐舎 共同開発者|SFC研究所上席研究員|国際コーチング連盟認定コーチ(PCC)

対話の研究を経て独立。コーチングや対話を通じて個人・組織の変化に関わることやパターン・ランゲージを通じて経験則の言語化・体系化などを行う。感じることを大切にする文化や考え方、場所をつなぐことが人生のテーマ。共著書に『対話のことば オープンダイアローグに学ぶ問題解消のための対話の心得』(2018年)

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感想

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00:00
ライフアウェアネスってなんですかっていうものをやっていきたいなと思います。
はい、やっていきましょう。
そうですね。
大体どうでしょうね、10分、15分話していければと思いますし、
ちょっとこれを今はちょっと絶賛我々2名っていう感じなんですが、
これから聞いていただける方にも向けてですが、
我々もくしゃっていう団体で、
ライフアウェアネスプラクティスというものを提供している身なんですけども、
ライフアウェアネスってなんですかっていうテーマで、
ちょっとこういうスペースでこれから定期的に話していけたらなと思っての第1弾ということですかね。
当たり前ですね。台本とか事前のテーマとかなく、
ちょっと今ここで湧いてくるままに探求していく時間ができればなと思っています。
じゃあ、どうですか、正さん。どうですか、この問い。
僕ちょっと身近なところで、この問いを今ここの自分が前にしたときに湧いてくることがあって、
岡ちゃんには、さっきのミーティングのときに話しましたけど、
身の回りを整えるっていうことは、すごくこのライフアウェアネスっていう感覚に繋がるなっていうのを感じていて、
僕ちょっとこの3連休旅行行ってて、家に帰ってきてっていう感じなんですけど、
やっぱり旅行中はパソコンも持ってってないし、非日常な感じでいろいろ回ってて、
日常に戻ってきたときに、ちょっと地に足つかない感覚みたいなのがあったんですよね。
半日ぐらいちょっと洗濯物したり、それをたたんで収納したり、掃除機かけたり、ゴミまとめたり、食器洗ったりみたいな、
そういういわゆる家事みたいなものをする中で、どんどん落ち着いてきたというか、腹が育ってくるというか、
ちょっと浮き足立てたり腹が浮いていたようなところから、地に足つくような、そんな体感覚に変わってきて、
03:03
そうすると気持ちも落ち着いてくるというか、穏やかになったり、今目の前にあることに集中しやすくなったり、
っていう変化が家事をすることを通じて起こってたんですけど、
あとあれか料理もそうか、旅行先だと全く料理しないけど、
昨日ちょっと久しぶりに料理したりとか、なんかそんなので、
なんかこの感覚は何て言うんですかね、ある意味のライフアウェアネス体験というか、
なんか自分の中心に立ち返るような、なんかそんな時間だったなっていうのを感じてました。
なるほどですね。
アウェアネスっていうのは、気づくとか目覚めるっていう、目覚めるでしたっけ、アウェアネスっていう。
気づき、まささんは何が目覚めたんですかね、それ。
いやー、なんか、何て言うんだろうな、これ多くの人が共感する気もするんですけど、
なんか、昨日の僕の状態ってやっぱりちょっと上着いてて、
で、それって何かっていうと、なんか今目の前にあるもの、今目の前で起きてることっていうかは、
なんかちょっと漠然とした不安感とか懸念とか気がかりとか、なんかそういうものに覆われていて、
なんか集中しきれないとか、ちょっとこうまあまあ上着いてるみたいな、そんな感じだったんですよね。
けどこう、舵を通じてちょっと地に足ついて重心が下の方に下がっていた時に、
なんかそういう漠然とした自分を覆っていた何か気がかりとか懸念みたいなものが、からちょっとアウェアネスするっていうか、
で、なんか今ここ目の前で起きてることに意識を向けている状態になったっていう感じがあって、
なんかこういう、まあこれはすごい引きになる絵ではありますけど、
なんか自分のこう、いわゆる頭が作り出している、
そういう、ある種の想像の世界というか、
まあ想念っていうんですかね、みたいなところからちょっと覚めるみたいなのが、
06:04
まあこのライフアウェアネスっていう言葉の意味することの一部としてあるよなっていうのを感じましたかね。
なるほどですね。
今あの、多くの人が共感したかもしれません。
すごい、多くの人の代弁者になってる、岡ちゃんが。
今多くの人からちょっと共感したような予感がしました。
予感。
それは特殊モードの特殊能力ですね。
はい、でもそうですね。
なんか、そうですね。
ちょっと一個思い出したんですけど、
この家事だったり掃除ですよね。
料理とか掃除とか。
で、マサさんは何かが呼び覚まされた。
何かに気づいた。
何かが目覚めてきたっていう、まあそんな体験をシェアしてくれましたけど。
しゃべりたいことがあるんですけど、
ちょっとそれを呼び覚ましながら今、呼び覚まそうとしてます。
どうぞ、呼び覚ましながら話してください。
何かを遡ってる時に。
ちょっと何かを今遡ってますね。
赤ちゃんも最近会社ハマってましたよね。
そうですね。
あの、皿洗いにハマってます。
そうですよね。
そうですね。
でもやっぱ掃除って何か、
まあこの身の回りを整えることで、
まあシンプルに気持ちいい感覚があると思うんですけど、
なんかシンプルに気持ちいいこと以上の何かしらがあるのではないかって思わさせられます。
いやー、なんか、
09:05
はい。
まあなんか机の上は心の鏡的な、心の現れ的な話とかもあるけど、
まあ別になんか綺麗がいいとか汚いが悪いとかそういう話ではない気がするんですけど、
なんていうんですかね、こう、
単純に気が良くなる、掃除することで気が良くなるみたいなのもあると思うし、
なんかその自分の身の回りにある物理的な環境って、
ある種こう、
身の回りにある物理的な環境に手を加えるっていうことは、
つまりは自分の内面にも何か手を伸ばしているというか、
触れにいってるっていう、なんかそんな感覚があるなと思って、
外に対してしてる行為は同時にこう内面に対してもしているみたいな感じがあるからこそ、
まあさっき岡ちゃんが言った、なんかこう掃除するとか果樹するみたいなことって、
それそのものの以上、それそれ、それそのもの以上の意味というか、
何かが起きている行為でもありよなあっていうのを感じますかね。
これ拡大解釈していきますけど、
最近、フロー体験とかゾーン体験とかありますよね。
もう球が止まって見えるみたいなそういうフローかゾーンか、
そういう一流のスポーツ選手が体験する無我の境地というか、
というものと、あとはこの日本哲学編西田紀太郎の純粋経験というのがありますけど、
そこについて分析した資料を拝見させてもらうことがあって、
その中でこの行為と意識ですね、要は掃除をするっていう行為と、
自分、自意識っていうんですかね。
自分ってものがあるって思ってるその自意識っていうものが融合していったときに、
いわゆる自分っていうものが忘れられて、我というものが忘れて無心になっていって、
そういうプロセスとこのフローっていうんですかね、
ゾーンとかフローに入っていくっていうものの関連みたいなのがあるっていうのを読んだんですね。
12:05
このフロー体験を提唱したっていうか、畜生と未配っていう人はどちらかというと、
楽しいとか、すごいなんかそういう感覚、楽しさ。
楽しさとは何なのかっていうところから研究してフロー体験っていうものを見出したりしてるんですけど、
今のこの身の回りの掃除もあたかちとからずな現象の入り口に立ってるんじゃないかなって思って。
掃除してるときってその行為そのものにだんだんなか没入してくっていうか、
僕もその皿洗いしてるとき結構めんどくせえなって思うときはあるんですけど、
なんか無心になっていく感じっていうんですかね。
そのときのなんかこの気持ちの良い感じ。
それってなんか言い換えるなら、何かがライフアウェアネスにあえてその文脈に載せるなら、
自意識というものから解放されて無心になっていくほど純粋な、
自分の実態というか何かみたいなものが現れてくるっていうか、そういうのをちょっと今思いました。
うん。今のときのめっちゃ大事な気がしますね。
僕らがやってるLAP、ライフアウェアネスプラクティスでも、いろんなプラクティス大事にしてると思うんですけど、
一つの側面においてその、何て言うんですかね。
まあ、けど今の言葉を借りると、ある種無心とか何かこう、意味とか目的性みたいなものを意識した自意識みたいなものではない、
純粋な体感覚みたいな、何かそういうのを養うみたいなもの、養うことを目的としたプラクティスみたいなものもいろいろ入れてると思うんですけど、
何か今のカジを通じて無心の感覚に立ち返るとかもそうだけど、
やっぱ何か普段自意識的な、今の話で出てきた自意識的なものがやっぱ強く働くからこそ、
15:07
そこからちょっとこう一息を受けるというか、
解放されて、ある種ただ今ここ、今やっているその行為そのものと一体となれるような時間っていうのは結構心の健康的なのにおいてもすごい重要な習慣だよなっていうのは聞きながら感じましたかね。
そうですね。まさにこの今、今ここ、今ここを体験、純粋に体験しているっていう。
何かこの囚われたり、何かこの悶々としたりするときって、
大抵は今この瞬間っていうよりはこれから来るべき未来に対する不安だったり、もしくは過去のトラウマ的な現体験、
トラウマまでいかないまでも何か自分にとって不都合な現実みたいなものが思い返されて何かに囚われてしまうことはあると思うんですけど。
無心になっていくと本当にあるのは今ここですね。
もう一個、引用したくなったのはフローについてですね。
読み上げてみると、フローは人を利己心と自己不信から解放する。
自我意識の喪失は人を力づける特徴である。
フロー体験の後では自己への認識はより強く肯定的なものとなるというふうに言われているようで。
自己肯定っていう何かそこもちょっとキーワードかなすごい。
18:04
最後何て言いましたっけ?自己への認識?
フロー体験の後では自己への認識はより強く肯定的なものとなる。
より強く肯定的なものとなる。
なるほど。肯定的な自己への認識が育まれるっていうことなのかな。
そうですね。一応、自己への認識がより強く転肯定的なもので、どっちにかかっているかちょっと文脈どっちなんだろうとか。
でも、自己、自我意識ではなくもっと大きな意味での。
ある種ここで言う自己というのは、個人、岡田祐介、永井雅文という個人を超えたもっと大きな意味での自己だと思うんですけど。
物への認識がより強まるっていう捉え方はもうできなくはないですし、肯定的な気持ちがより強くなるとも捉えられるんですけど、
両方なんか、穴がずれてなさそうな。
いやー、面白いですね。最初何て言いましたっけ?利己心と何か。
利己心と自己不信。
いやー、マジでそうですよね。
マジでそうですね。
いやー、ある種プロっていう言葉をどの日本語で言い換えたら適切かは厳密にはいろいろあると思いますけど、
没頭してるとか没入しているっていう時って、ある種時間軸もそこにないし、相対的な相対性もそこにないっていうか、
分かんないけど、今その自分がしている行為そのものと一体となっている、そこに入り込んでいると思うので、
なんか客観的に自分と他者を比較して勝ってる劣ってるみたいな、そういう冷めた意識もそこにはない感じがしていて、
そうするとなんかそのフローの状態の時に流れている場って、ある種のなんか絶対的な安心みたいな質感がそこにはある気がするし、
だからその中で今言ってたような、何だっけ、利己心や自己不信みたいなものから解放されるということや、
21:09
自分が自己認識がより強く肯定されるみたいなのもすごく言い得ている感じがするなと思って、
なんかこの感覚、僕ら大人になるとちょっと冷めた意識で自分というものを何かやっぱ比べて認識して、そこでなんかいろいろアップダウンが起こると思うんですけど、
このなんか絶対的な感覚に立ち返りとか、そこの感覚に思い出す時間みたいなものを取っていくっていうのはすごいなんか重要なことだなって思いましたね。
そうですね、このフロー、フローってあれでしょうね、流れている、フローティング、流れフロー、流れるっていうことですよね。
流れている、なんか結構このライフアピアネスって何なのかも、ある意味、何か、なんだろう、我々が認知できる次元を超えて流れている何かみたいなものに気づいていくプロセスでもあるのかなとは。
かつこれが自意識の喪失と共にフローに入っていくのだとしたら、ある種なんですかね、これもいろんな認識論がこれまで展開されてきたと思うんですけど、
なんかこの世界を今私は認識している、目、鼻、五感で認識しているっていう、なんかそういうものでは認識できないもっと大きな流れみたいなものがあって、
前提それがあって、自意識がまあ、普通認識するって自意識を過剰に働かせないと認識って頭ではできないと思うんですけど、むしろその自意識を解いていく、
ゆるめていくことで、この体というか腹がその流れにこうしていく。
24:17
時間もごちごちなので、
確かに。
どうしよう、なんか一言ずつ出して閉じますか。
そうですね、チップアウトしていきましょう。
僕出してみると、なんか今日ちょっと散歩しながら、なんか本当に自分、これは比喩的な表現でもあり、かつ精神的な表現でもあるんですけど、
まあもう自分にできることは、目の前にある道、自分が乗ってるその道を歩んでいくことで、
まあいろいろあれどうなるかなとか、これどうなるかなとか、いろいろまあよぎるものものはあるんだけど、結局やれることはもう自分の目の前にある道を歩んでいって、
あとはまあ何か結果を待つっていうか、みたいなことだなって思ったときにちょっと気持ちが落ち着いた部分があったんですけど、
なんか、これもある種のなんか、何て言うんだろうな、なんか自分の中の感覚的なものじゃないですか、こういうのって、
なんか別に何かその感覚、僕が思ったその感覚を説明できるかっていうとそうではなくて、感覚的にそう踏み落ちたっていうことで、
ある種自分の中で絶対的に感じた感覚だと思うんですけど、なんかこういう相対的なものっていうかは、さっきのフローの状態もそうなんですけど、
なんかこう自分の体感覚的な、ある種自分の中での絶対感みたいな、なんかそこにこうつながり直すみたいなのはすごいLAPでも大事にしていることだなっていうのを改めて思ったし、
なんかその時にさっき岡ちゃんが言ったようなプロセスというか流れというか、それが僕が言葉にした道っていうのと、もしかしたら道理なのかもしれないんですけど、なんかそういうのも感じ取るんだろうなっていうのを思いましたかね。
27:05
あとはなんかよりラジオよりゲリラ的なスペースだったので、なんか面白かったです。
これなんかいろいろ生まれそうだな、僕らの中でもいろんな発見が生まれそうな場所になりそうだなと思いました。
ありがとうございます。
はい、ありがとうございます。
そうですね。
僕も時間をとすると、
今日はライフアウェアニスって何ですかから始まって、これもまたいろんな捉え方ができると思いますし、いろんな側面からライフアウェアニスの輪郭を捉えていきたいなと思っているんですけど、
今日はチクセントミハイのフロー、おなじみ西田哲学の純粋経験みたいなところから紐解いていきましたけど、今後ちょっといろんな角度から、つながっていることは結構多いと思うので扱っていけるといいなと思いました。
はい。
今日はありがとうございました。
ありがとうございます。またやりましょう。
はい。おつかれさまでした。
はい。
28:39

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