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🌋【耳毒LM】中国人は「〇〇アルヨ。」とは言わない!
2026-07-04 17:54

🌋【耳毒LM】中国人は「〇〇アルヨ。」とは言わない!

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00:04
あなたは、漫画とかアニメで中国人キャラクターが登場したとき、
彼らがどんな話し方をするか、頭の中でパッと再生できたりしますか?
ああ、ええ。きっと今この深掘りを聞いている方の多くがですね、
頭の中で全く同じようなフレーズを思い浮かべているんじゃないでしょうか。
ですよね。なんか、「私、中国人あるよ。」とか、
それ本当あるか?みたいな独特のアクセントと語尾ですよね。
ええ、まさにそれですね。日本のポップカルチャーにおいて、
言語とキャラクター性がその最も強固に結びついている例の一つだと言えます。
いや、これを聞いただけで私たちは視覚情報がなくても、
一瞬で、あ、中国人のキャラクターだなって認識しちゃうじゃないですか。
すごい強い結びつきですよね。
そうなんですよね。
でも、よくよく考えてみるとちょっと不思議だなと。
と、言いますと?
だって、実際の中国の人はあんな話し方は絶対にしないですよね。
現実には存在しない話し方なのに、
なんで語尾にあるよをつけるだけで、一瞬にしてキャラクターの国籍が確定してしまうのか。
ああ、確かに。言われてみれば奇妙な現象ですよね。
ですよね。なので、今回の深掘りでは、
このアニメの超定番とも言えるお決まりの表現が、
実は幕末から明治にかけての、ある意外な場所での、
すごくリアルな異文化交流から生まれたものだ、という謎を解き明かしていきたいと思います。
わかりました。まず、なぜ私たちが特定の語尾を聞くだけで、
そのキャラクターの姿までありありと想像できてしまうのかっていう、
根幹の部分からお話ししましょうか。
はい、お願いします。
これですね、言語学においては、
役割語ですか。キャラクターに与えられた役割を示す言葉、みたいな感じでしょうか。
ええ、その通りです。
性別や年齢、あるいは職業や時代といった、
特定の人物像を連想させる言葉使いのことですね。
例えば、おじいさんのキャラクターなら、どんな話し方を想像しますか。
うーん、そうですね。
わしはそうじゃよ、とか、じゃの、ですかね。
なんか、ひげをなでながら話している姿が目に浮かびます。
うーん。では、お嬢様キャラクターならどうでしょう。
ああ、それはもう、ですわ、とか、存じ得ておりますわ、ですね。
ですよね。
確かにこれ、文字とか音だけで、勝手に頭の中でタテロールの髪型とか、優雅に紅茶を飲んでいる姿が浮かんできますね。
そういうことです。他にも侍なら、拙者でござる。軍人なら、であります、とか。
あ、赤ちゃんだったら、でちゅう、とか。
ええ、お金持ちのおばさんなら、ざます、なんかも典型的な役割語ですね。
よし、ちょっとこれをひも解いていきましょうか。
つまり、役割語というフィルターを通してみると、これって、キャラクターが着る、なんていうか、声のコスプレや、言語のユニフォームみたいなものなんですね。
声のコスプレ。ああ、とてもわかりやすい表現ですね。
03:02
その制服を着せるだけで、読者や視聴者は一瞬で、あ、この人はこういう属性なんだなと、直感的に理解できるわけじゃないですか。
ええ。
いちいち、私は有所正しい家柄の出身でして、なんて背景を説明する手間が省ける、クリエイターにとっての魔法のツールってことですね。
実用的な観点から見ると、まさにそういう機能を持っています。
ツーアルヨも、その声のコスプレの中で、中国人キャラクター専用の、非常に強力なユニフォームとして機能しているわけです。
なるほど。でもここでちょっと大きな疑問が湧くんです。
はい、なんでしょう。
おじいさんとかお嬢様なら、過去にそういう話し方をしていた人たちがある程度実在したっていうのは想像がつくんです。
でも、アルヨは実際の中国の人が使っていないのに、一体誰が最初にこのユニフォームを作ったんですか?
ああ、そこですよね。
昔のアニメーターが適当に思いついたのか、それとも漫画家が発明したのか。
そこが今回の情報源の最も驚くべきポイントなんですが、実はこの起源はアニメや漫画といったフィクションの世界にはないんです。
え、違うんですか?
ええ。時計の針をぐっと戻してですね、幕末から明治にかけての日本、特に1858年の日米就効通商条約の時代まで遡る必要があるんです。
1858年、江戸時代の終わりですね。アニメどころかまだちょんまげを結びった時代じゃないですか。
そうですね。
そんな昔にあるようなルーツがあるんですか?
あるんですよ。この条約によって日本各地に外国人居留地が作られました。
特に横浜には西洋人だけでなく、西洋商人と共にやってきた中国人など本当に多くの外国人が住むようになります。
はいはい、横浜開港ですね。
そこで全く異なる言語を話す者同士が日々の商売や生活のために意思疎通を図らなければならないという強烈な環境が生まれました。
その結果、ピジン日本語と呼ばれるものが自然発生的に誕生したんです。
ピジン日本語。ピジンというのはあれですよね。異なる言語同士が混ざり合った言葉のことですよね。
ええ、そうです。言語学的なピジンというのは、異なる言語を話す人たちがコミュニケーションを取るために文法や語彙が極端に簡略化された共通語のことなんです。
なるほど。
ちなみにこの言葉自体の語源も面白くてですね、19世紀の中国の貿易港でイギリス商人と中国人が取引をする際、英語のビジネスという単語が中国語鉛でピジンと発音されたことに由来しているんですよ。
えっと、ビジネスが鉛ってピジンに?
ええ。
まさに現場の必要性、その商売のサバイバルから生まれた言葉なんですね。
ということは、その横浜の外国人居留地で使われていたサバイバル日本語の中にあのあるよがあったということですか?
その通りです。当時の居留地では、とりあえず通じる日本語が必要でした。そこで複雑な日本語の文法をそぎ落とした言葉が使われるようになったんです。
06:01
ほうほう。
ただ、資料を詳しく見ていくと、ここで非常に面白い事実が浮かび上がってきます。ここからが本当に面白いところなんですが。
はい、何でしょう?
当時このあるよを使っていたのは、なんと中国人だけではなかったんです。
え、ちょっと待ってください。中国人だけじゃなかったってことはまさか?
ええ。当時のあるよは、西洋人も含めた外国人全般に広く使われていた表現だったんですよ。
いや、ちょっと想像してみてくださいよ、あなたも。金髪でシルクハットをかぶったイギリスやアメリカの商人が真顔で、私これ買うあるよって言ってる姿。
あははは、そうですよね。
今のアニメの常識からするともう脳がバグりそうですね。全く結びつかないです。
現代の私たちの感覚からすると本当に奇妙ですよね。
でも当時の彼らにとって一番大事なのは、とにかく通じて取引を成立させることでしたから。
現代人が思い描くような国籍ごとの明確なキャラクター分けなんていうルールはありませんでした。
まあ生きながるため、商売するためですもんね。
ちなみに、現代のコントやアニメで、西洋人のキャラクターがシューデスー、シューマースーと語尾を伸ばして話す表現がありますよね。
ああ、ありますね。ブロンド髪のキャラクターとか。
あれも実はこの同時期のピジン日本語から派生して生まれたものなんですよ。
なるほど。外国人が話す片言の日本語という大きなサバイバル言語の隔離の中に、今のあるよもデスも一色他に存在していたんですね。
ええ、そういうことです。
でも全員が使っていたのはわかりましたが、そもそもなんでデスの代わりにあるだったんでしょうか。
日本人が教えるなら普通、これおいしいですって教えそうな気がするんですけど。
そこですよね。少し言語のメカニズムを紐解いてみましょう。
この言葉、使われ方をよく観察すると非常に論理的によくできているんです。
と言いますと?
例えば、これはおいしいですわが、これはおいしいあるよになります。
わかりませんは、わからないあるよに。
確かに単語の後ろにあるよがそのままくっついていますね。
面白いのは、ただあるをつけるだけじゃなくて、日本語の修助詞であるよ、ね、かがそのまま活かされている点なんです。
修助詞ですか。
あるの後ろに断定や強調のよをつけてあるよ、同意や確認のねをつけて今日は暑いあるね、そして疑問のかをつけてどこに行くあるかといった具合です。
なるほど、これってある意味レゴブロックみたいじゃないですか。
レゴブロックいいですね。
あるという万能の土台ブロックがあって、そこによとかねとかかっていう感情やニュアンスのブロックをくっつけるだけで、いろいろな表現が一瞬で作れてしまうっていう。
素晴らしい例えですね。まさにそのレゴブロックの土台としてなぜあるが選ばれたのか。これについては現在2つの有力な説があるんです。
ほう、2つ教えてください。
一つ目は日本語簡略化説です。外国人にとって日本語の食べる、食べない、食べます、食べましたといった活用や敬語はあまりにも複雑すぎます。
09:07
確かに日本語の活用は難しいってよく聞きます。
そこで存在を表す最も基本的な動詞であるあるをすべての語尾の代用品として使ったという極めて実用的な説ですね。
あー、食べるですとか食べたですよりも食べるある、食べたあるの方がルールがたった一つで済むから圧倒的にサバイバル向きだったわけですね。
そういうことです。そして2つ目が中国北方方言の影響説。
北方方言。
ええ、中国北部の方言では語尾に巻き舌のアールの音がつくアールカという特徴がよく見られます。
当時の中国人がこのピジン日本語を話すとき、保護の癖が出て語尾がアールと響く。
それが日本人の耳にはあると聞こえ、そのまま定着したのではないかという見方ですね。
なるほど、相手の言葉の目立つ特徴だけを抽出してモノマネするようなある種の黒むみアワー的な現象が起きていたのかもしれないですね。
ええ、まさに黒むみですね。
日本人があ、彼らは語尾にアルってつけてるぞと思い込んで、逆に日本人の側からもこれ安いアルよって外国人に話しかけてお互いに誤解したまま歩み寄って定着していったみたいなそんなカオスな光景が目に浮かびます。
そういう双方向の歩み寄りがピジンの面白いところです。
ただここでまた大きな謎にぶつかるんですよ。
はい。
横浜の拠立地では、外国人全般が着ていたアルよという言語のユニフォームが、一体どういう経緯で中国人キャラクター専用へと絞り込まれていったんですか?
ああ、そこですよね。
アメリカ人はデース、中国人はアルよにどこかできっぱり枝分かれしたターニングポイントがあったはずですよね。
そのシフトを理解するには、大正から昭和初期にかけての歴史的な文脈、つまり日本人の大規模な移動を見る必要があります。
大規模な移動。
この時期、多くの日本人が満州へ入植し、中国大陸で実際の中国人と接する機会が爆発的に増えたんです。
横浜の拠立地という小さな箱庭から、満州という巨大なスケールでの接触に変わったんですね。
ええ、数え切れないほどの人々が交わる中で、日本語と中国語が混ざり合った共和語と呼ばれる新しいコミュニケーション言語が広く使われるようになりました。
共和語ですか。
はい。
私、中国人アルよ、とか、これ高いアル、といった表現が、満州の街角で日常的に飛び交うようになったんです。
拠立地時代には、外国人全般のものだった言葉が、この満州での膨大な接触経験を通して、初めてアルよ、イコール中国人特有の表現という強烈なイメージとして、日本人の間にロックされたと考えられています。
面白いですね。言葉って、なんか辞書の中でじっとしているわけじゃなくて、時代や人々の移動に合わせて、その所有者や意味合いを劇的に変えてしまう生き物みたいです。
12:03
その通りです。そして、その強烈なイメージが、日本のポップカルチャーの中にどうやって定着していったのか。その歴史のタイムラインも非常に興味深いんですよ。
ここですよね。歴史の教科書のような出来事から、どうやって現代の漫画やアニメにジャンプしたのか。情報源を見ると、まるで時代を超えたリレーみたいになっているんですよね。
ええ。様々なメディアが、仲介役を果たしています。まず、大正時代ですね。宮沢賢治の童話に、「山男の死月」という作品があるんですが。
え?あの宮沢賢治ですか?
そうなんです。そこにですね、中国人交渉人が登場するんですよ。そのセリフが、「これ、長期乳の薬ある。」という感じでして。
宮沢賢治の作品にあるが出てくるなんて驚きです。
もうすでにこの時代に、文学の中でこの表現が使われているんですよね。そして昭和初期になると、人気漫画、ノラクロに、「豚カツ将軍」という中国をモデルにしたキャラクターが登場しまして、彼が語尾に、「ある」を付けて話すんです。
おお。ここで視覚的なメディアである漫画と明確に結びついたわけですね。
はい。さらに昭和38年、1963年ですね。ここで面白い人物が登場するんです。
誰でしょう?
大阪でコミックマジックをしていた芸人、禅治碧金さんという方です。
彼が、「あるよ」を使う怪しい中国人マジシャンというキャラクターを確立して、テレビで大ブレイクするんですが、この禅治碧金さん、なんと隣の中国料理店の店員さんの話し方を参考にして、あのキャラクターを作ったそうなんですよ。
えー、隣の店員さんのリアルな話し方が元ネタだったなんて。
このエピソードは資産に富んでいますよね。すでにあったステレオタイプに現実の観察が肉付けされて、フィクションのキャラクターがさらに強化された瞬間です。
いや、本当に面白いですよ。隣の店員さんの言葉が元ネタになって、それがマジックの舞台に乗って、テレビの電波に乗って全国に広がった。
そしてその影響もあってか、翌年の昭和39年には、あのSF漫画の金字塔サイボーグ009にハリグオ5という中国人の細胞が登場して、彼も当たり前のようにあるよを使っていますよね。
そうですね。文学から始まり、初期の漫画、テレビのお笑い演芸、そして再び大ヒットSF漫画へと、様々なメディアで繰り返し反復されたわけです。
なんだか壮大なバケツリレーですね。
このメディアミックスの歴史があったからこそ、中国人キャラクターイコールあるよ、という役割語が誰の疑いも持たれない常識として完全に定着したわけです。
なるほど。で、結局のところ、これってどういうことなんでしょうか。私たちが今何目なくアニメで聞いてくすっと笑ったり、キャラクターの個性として自然に受け入れているあのあるよという語尾。
15:04
はい。
それは決して誰かが机の上で適当にデッチ上げたステレオタイプなんかじゃなかった。
実は150年以上前の横浜の居留地という異文化交流の最前線で、言葉も通じない人々が必死にコミュニケーションを取ろうとして生み出したサバイバル言語の生きた化石だったわけです。
そう考えるとなんだかすごくロマンチックに聞こえてきませんか。
確かに。言語がどうやって生まれ、どう変化していくかという歴史のロマンを感じる壮大なストーリーです。
しかしここで一つ、冷静に釘を刺しておかなければならない重要なポイントがあります。
はい、なんでしょうか。
それは、今の現実の中国人は決してCあるよなんて話し方はしないということです。
まあ、そりゃそうですよね。
これはあくまで150年前の歴史的な接触から抽出され、メディアによって強化された役割語であり、フィクションの世界を楽しむための記号にすぎません。
現実の人間とフィクションの表現をしっかりと区別するリテラシーを持つことが私たちには求められますね。
間違いないですね。アニメの影響を真に受けて現実の友人に向かって、私、元気あるよなんて話しかけたら、ただの痛い人になっちゃいますからね。
フィクションはフィクションとして楽しむという前提は絶対に忘れてはいけません。
はい、おっしゃる通りです。
さて最後にあなたに、今回の深掘りを踏まえた少し視点を変えた問いを投げかけてみたいと思います。
考えてみてください。
150年前の外国人が使っていた、とりあえず通じる片言のサバイバル日本語が、回り回って現代のアニメの定着したステレオタイプになりました。
ということはですよ、今私たちがネット上で何気なく使っているネットスラングや、翻訳アプリが作り出すちょっと不自然な機械翻訳の日本語も、100年後の未来のアニメでは、21世紀の地球人キャラクターの役割語として定着しているかもしれないってことですよね。
ああ、なるほど。
例えば未来のSF漫画で、昔の地球人をオデルにしたキャラクターが、みんな当たり前のように語尾にツーデクサってつけていたり、あるいは私の名前はジョンです、あなたに有益な情報を提供します、みたいなロボット翻訳帳で話すのが地球人キャラのお決まりになっていたら、
なんて想像すると、私たちが毎日使っている日常の言葉の見え方が少し変わってきませんか。
面白い視点ですね。言語がどうやって化石化して新しい役割語になっていくか、私たちがまさにその歴史の真っ只中にいるのかもしれませんね。
ええ。次にアニメであるようお聞いたときは、ただのギャグとして聞き流すのではなく、幕末の横浜の港で必死に言葉を交わそうとしていた人々の景色をぜひ思い浮かべてみてください。それでは今回の深盛はこの辺で。
17:54

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