スピリチュアルへの疑問の始まり
あの、まあ、しゃべりたいときにしゃべりたいことを拍る、配信するっていうのが
一応、私のスタイレベルのスタイルということで、いま、やらせてまいっておりますが
まあ、まさにね今日そんな話をしたいと思います
平精電
あれどんなんだっけまいりゃ あのふと思いついたんですあの
自分自身がなんかスピリッチュあるっていうのに対して ちょっとちょっとなぁって思うところがあるのがこういうことだからかっていうのにね
なんか ふとね気づいたっていうかねそういう話ですそういう話なのであの
まあ えっと
ピリチャロを否定するような感じになるなっちゃうかなと思ってて っていうのは僕自身はこう考えてるっていう話ので
あの 恋的な意図は全くないつもりないんですけれどもまぁ受け取る方がね
いたらちょっと申し訳ないなぁと思うんだけど あくまで私はこういうふうに考えてるから
こう考えてるんだって何言ってんだって的な話 を
まあ一つのねえっと ラベルとしてラベルとして
そんなラベルも置いてるんだこのこの このビール棚にはみたいこのワインセラーにはみたいなね感じで
受け取って 受け流していただければなぁと思いますというぐらいの予防線を張った話をさせて
いただきたいと思うんですけど 8まあそもそもね
宗教と死後の不安
新人深さっていうところで言うと 私はねまあまあ前にね新人深さがないよねって言われたこともあるんですけど
まあないんですよねそのやっぱり普通にね なんか神様っていう話をねまあ思春期とかね
考えると思うんですよ神様って不平等だよねとかさ 全知全能の神様のなんでこんな苦しみを与えるんだとかね
いうのを考えるわけじゃないですかで なんか本当にそのなんだろうな神様みたいなのがいるっていうことに対して
まあ現代人はね 科学の
科学万能の時代でもある現代人の手はまあ会議的になる時期があったりもして でもそんな中でもいろんな出来事をきっかけにやっぱりこう
ねえやっぱ神を信じるべきだなっていう考えて人生を送る人もいるし なんか
アホらしいなって思う人もいるだろうしまあそれはそれこれはこれと思う人もいるだろうし 受け取りたい時だけ神のご加護を受け取ろうっていう人もいるだろうし
なんてあるじゃないですか でそれで言うと僕
自身はなんか要するに何だろうなその神様とかし まあいえば宗教的な話っていうのは
まあ死後の不安っていうのが多分一番あるんだろうな大きいところにあるんだろうな っていうのと
自分自身の死後の不安とかもう出されることながら自分の大切な人が死んだ 死んでしまった後に何か報われてほしいなとか
死んでしまった後に不幸になるとかは嫌だなとか 死後の世界があるとすればあるとすればというかまぁなんとなくありそうな気がする
じゃないですか感覚的にね普通に考える普通に現代人で生きていたとしても 死後の世界っていうのはなんかあってほしいなというかありたいなっていうかまぁあるんだろうなってね
輪廻転生とかあるんだろうなみたいななんとなく思うじゃないですか深く突き詰めなくても でもそういう意味ではまあやっぱあってほしいし次生まれ変わったらとか
思うじゃないですかまぁいいんですよあの真っ当にね 真っ当にても変だけどまぁ幸せな人生を送った人に対しては特にそう何も思わないけれども
なんか不幸な目に遭った人とかまあ世の中で悲惨な事件とかもありますけど そういうのでまぁ子供が亡くなったとか言い聞けばせめて来世では幸せになってほしいなとか
なんか思ったりするじゃないですか っていうのはやっぱそういう死んだ後のことに対しての希望っていうのが
まあ一番大きいところなんじゃないかなぁと思うんですよね そのその延長線上に今生きている中でどういう生き方をしたら
する方がいい人生になるんだろうかみたいなねそういうのが競技にあったりとかね するんですけど大きな宗教っていうのは一番のメインコンテンツやっぱ死後のことについて
ということで だと思うんですけど僕自身はある程度のところからまあ死後に世界はないなっていうふうに
思い始めていて その時点でまあ宗教的な大きな宗教的なものは自分の中にやっぱ受け入れられない
ものだなっていうところがあって自分の中ではですよだから人がどうこうは別にいいんです けど
まあさっきも言ったようにやっぱ希望になるのは間違いないのでね このどうしようもない気持ちを癒してくれるっていう効果は絶対にあるって思ってるんで
スピリチュアルの流行と初期の受容
ただ僕にはず僕の理屈だとどうしてもそういう効果が僕の中に得られるものじゃなく なってしまったんですよね
で次にやっぱこうスピリチュアルっていうのがまあ 言われるよねっていうので一時期だから僕の周りでも流行って
いろいろこうなるほどっていう話をしてくれる人がいたりして その頃もネットも出始めたのでていたので
ネットとかを通じてこのこれ見てみてんとか人にこう誘われたりしてみてみて あーなるほどとかね
8神との対話とかね あれなんていう人だったかな忘れちゃったけど
なんか上下間高3巻ぐらいあるやつですねえっと勝手に頭から降りてくる文章を書き綴った っていうねなんかアメリカ人かなんかの神との対話っていう有名な本もありますね
あとイージーさんあたりは新産の紹介から場所あるって人の話もあれ あれ神との対話は場所あるだったまあ忘れたけど
とかですねまあそれなりにいろんなこう ところもね一通り学んだりしなるほどねって思うところすごく多かったでしたなるほどね
思うところはね スピリチュアルに対してあってやっぱりピッチリチュアル的な受け取り方
を思ってた時もあって えっと
んですねえっとまぁなんだろう うーん
8なんだろう8 要はプラスなエネルギーをで
生きた方がいいよとかねあと何が引き寄せの法則とか あのあたりの話とか
要は明るく楽しく生きていればいいものを引き寄せるよねっていい人生に向かって いくはずだとかね
いうマインドだったりとか辛いことがあったとしてもこれは自分が成長するための試練で あると神は乗り越えられない試練しか乗り越えられる支援しか与えられない与えないみたいな
ね いう話で頑張れたりとか
いうのでまあまあ僕もありだなと思ったんですけど どうしても解けない疑問が一つだけあって
自然の法則と生命の平等性
えっとあその前にもう一個もう一つ前提を言っておこうかな えっともう一つ前提として何よりも私そういういろんな人の話とかよりも
やっぱり大自然の自然の法則っていうのが一番自分の中でしっくりするもの なんですよね
とは自然の法則もまだまだ解き明かされたものではないんですけどないとしてもですよ えっと
なんだろう虫も生きてるアメンボだって ムカデだって
山犬だってみたいなね だから命は平等みたいなのが
あの僕の中には結構強いものがあって えっとなんだろうなぁこれもアレ一緒かな誰が言うかよりも何を言うかみたいなのと一緒で
人間が喋るから偉い犬が喋るのは犬ちくしょうだみたいなね 無視なんか喋りもしないんだから無視していいだろうとかさ
やっぱ僕はそういうふうに思わないんですよね 虫は喋れないし
ここの意識を持ってないし集団意識だったりとかするするしするしというか集団の意識 というものがあるかどうかすらもわからないけども
わからないけどもそれがないからといって過等な生物だとは思わないし 人間がいろんなものを生み出せるから上等な生き物だと思わないしみたいな
そういう意味で言えば宇宙には宇宙人もいて宇宙人の方が科学技術が進んで上とか あんま思わないし
って考えるとそういったものの上位に神様がいるみたいなのもなんか僕しっくりこないな っていうのがあって
意識があるなし関係なく平等というか同じなんじゃないかなっていうのが あってだから植物も一緒だし
鉱物も一緒だしみたいな 空間も一緒だし原子も一緒だし原子としては全部一緒だしみたいなね
究極のこの平等性っていうのがなんか僕の中で一番しっくりきてて っていうのが
魂の概念への根本的な疑問
を前提にするとですねやっぱり 魂っていう存在がどうも僕は納得がいかないですよね
魂ってどこに誰が持っているのって まあ人間に魂があるまあそれはなんとなくわかりますよね
わかるというかわかりやすいですよね 動物には魂ないんですよいや動物もあるでしょ
動物霊とか言うし犬のとか あと慰霊碑とかねあの咄嗟処分したところにはその動物の慰霊碑を建ったりとか昔からね
あるし魚には魂あるんですか魚に魚 犬ありそう馬ありそう
クジラいるかこの辺りありそうなぜありそうって感じるか知能が高いから 知能が低いとないのかいやないことはないよね
魚は魂 まああるでしょ生き物だから
じゃあ
木は草は花は花は花はじゃないな植物は 植物は魂
まあ生物だからあるのかな っていう感じでどこまで魂持ってるんですかって考えた時に
再現がない微生物は 細菌はバクテリアは
ウイルスはウイルスは生物なのか生物じゃないのか いや生物なのか生物じゃないのかどうでもいいはじゃあ魂あるのか
おかしくない魂って理論やっぱおかしくないかって僕 ずっと引っかかってるんですよね
魂っていうのはやっぱり仮説としてもありえないなって思っててミトコンドリアは
ミトコンドリアは魂あるんですかみたいなね っていうかじゃあ生まれた時に魂っていつ来るんですかみたいな
胎児ができた時にヒュッて魂入るんですか あ違うお腹から出てきた時に魂が入るんですかどっから入るんですかどっから来るんですか
いつ入るんですか生まれた時ですか受精した時ですか やっぱ魂のねっていう概念は無理があるんですよどう考えても
だから僕の中では全く魂というものに存在感がない 存在感じゃない納得感がないんですよね
で いろいろ思ってで結論っていうか気づいたことっていうような答えいくんですけど
スピリチュアルと宗教の共通点
うん スピリチュアルの結構前提には
魂の成長とか魂が変えるとか 一つの魂だとか
なんかやっぱ魂の概念が結構強いなぁと思ってて特にあの 自分がに試練が与えられているとかっていう時の
要は説法が それはやっぱ魂の成長のためみたいな説法になるんですよね
どうですかこれ僕勉強足りてないですかもしかして もしかしたら僕の勉強の足りなさかもしれませんが
一応そこに帰着してるなと僕は思ったんですよね考えたんですよね ということは魂の救いを求めて
その理論を取り入れているスピリチュアル的な理論を取り入れてそれを人生に取り入れている っていうのは
結局はあの えっと他の大きな宗教と変わらないなっていうのに
ふと気づいたんですよね
えっと 死んだ後の死後の世界死後に救われたいっていうのも魂前提じゃないですか
要は肉体から離れた意識 意識 個という意識があって
それが救われたいっていう前提じゃないですか スピリチュアルの話だと思う全体意識だよっていうのもね話としてあったりして
個っていうのがあの錯覚だよっていう話もあったりするんで そこは僕はすごく納得がいくんですよ
なるほどなって思うんだけど だけど人生で苦しい場面とか辛い思いしてる時にやっぱりそれは与えられた試練ですよ
っていう話になると何のための試練成長するためでしょう それは個別の魂が成長するでなく全体が成長するためっていう理屈もあって
まあそれはそれでそうだなぁと思うんだけども いずれにしようどっかでか救われたいっていう
救いを求めるというのが 理屈の起点になっているんだとすれば大きな宗教とスピリチュアルはその意味では一緒だなっていうのに
ふと昨日思いついたという話でした でそうなった時にあーなるほど自分がなんとなくスピリチュアル分かるところもあるんだけど
完全に受け入れられないというか一時期は受け入れてたんですけど だけど距離を取るようになったのはまず魂の概念がなんとなく納得いかないっていうのと
もう一つは実際まで聞いてなかったけど突き詰めれば 大きな宗教とか要は神を信じる宗教と変わらないなっていう
ことがあったのかというのに気づいたというお話でございました まあねこのあたりはもう人によっていろんな考え方があってそれはもうそうあるべきだと
思うんですけど あくまで最初に言ったように私個人がこういうふうに考えててこう思って
最終的には私の納得感は私だけのもので 皆さんの納得感は皆さんだけのものなので
これを無理にねこの合わせようとか納得し8 寄せようとかそっちが合ってるとかそっちが間違ってるっていうジャッジするものではない
っていうのはもう皆さんあの感じていらっしゃると思うので そんな中で私の一つの
ラベルのボトルを公開してみました ということで
終わります ありがとうございました宮城でしたじゃあまたねバイバイチェスト