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ちょっと時間がないんで、短めに撮ろうかなと思いますけど、
えーっと、気づきました。
あのー、前にですね、えーっと、
私は、あのーこう、悟り!みたいなね、世界観があるっていう風に、まあ思っているんですよ。
力3の分類で言うと、第2の世界、そして第3の世界、あるとするならば第3の世界、みたいなところの話なんですけど、
第2の世界では、最終的には全部主観なんだから、これで宇宙の真理が、世の真理が分かったっていうのも主観の思い込みで言う可能性は、
あるというか、まあ主観、主観、人は主観でしか判断できないんだから、
ブッダとかも悟り開いたと言っても、それもブッダの思い込みの世界から抜けてない話じゃないかっていうね、
言うようなね、なんか分類の話があって、
そこからそれをさらに超えた、自我を超えたブッダの世界とかがあったとして、それは主観では認知できないんだから、
なぜそれをあると信じられるのかっていうね、
いうことを、まあリブラ先生とかにも、なんでそんなに宮剣さんはそれを信じられるんですか?みたいなね、
ことをね、聞かれたことがあったんです。で、力さんとも、その宮剣さんが信じているその世界観っていうのは、
宮剣さん100%信じてるんですか?って、それとも99.9999パーセントですか?みたいな、言われたときに、
まあそれこそ僕はざっくり100%で、だから100%って言ってたんだけど、
99.99パーセントとか99とか言われれば、確かに体験していない以上は100%ではないですよねっていうことで、
決着したというかね、まあそれはそうだなっていうふうに僕も思ったんですけど、
今ね、相変わらず100%だとは言わないんですけれども、
もうちょっと、自分にはこれもあるからそういうことを信じられるんだなっていうことが、
自称思いついたというか、うん、気づいたので、
それをちょっとね、この短い間で喋ろうかなと思いました。
と言ってる間にもう2分、3分経つんですけど、
それ何かっていうとですね、僕はですね、覚醒夢っていうのを見れるんですよ。
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あれ、覚醒夢だったっけ?
ちょっと待って。
はい、覚醒夢でしたね。
夢の中で、これは夢だと自覚しながら見ている夢のことですね、覚醒夢っていうのは。
で、僕はこれを見るんですよ。
夢の中でね、あれ、これいくらなんでもこんなことありえないよな。
夢なんじゃない?あ、夢だ、これ夢じゃんってね、夢の中で気づくことが時々あるんですよ。
で、夢の中でこれが夢だって気づいたら、ある程度はコントロールできるんですよね。
で、ここが今まで喋った中でちょっと足りてなかったかなと思うんだけど、
ある程度はコントロールできるんです。
で、なぜある程度コントロールってなるかっていうと、
これは夢だって気づいた時に、あ、夢かっていうのをしっかり認識し始めると目が覚めちゃうんですよね。
なので、あ、これは例のやつだ、例の夢だって思った時に、
それを完全にそっちに気持ちを持っていくと夢から覚めちゃうんで、
ここから先夢をコントロールするっていう楽しみがなくなっちゃうから、
夢だと気づきながら、この気づいた感覚を少し抑えながら夢を続けたいなって思うんですよ。
で、その結果、ある程度コントロールできるんですよね。
完全コントロールしようとすると目が覚めちゃうから、
少し夢をつつぼやっとしたのを残しながら、
自分の都合のいい方に、あるいは楽しい方に夢をコントロールするっていうのを楽しむことができる状態になるんですよね。
僕がそもそも覚醒を見るのは、
運転手をしてたから、ものすごく恐ろしい事故を起こす夢っていうのを見ちゃうんですよ。
とか、とんでもない大失敗をするっていう夢とかを見るんですよ。
今でも運転手をしてるんですけど、バスの運転はしてないんですよ。
なんだけど、バスの運転を辞めてからも結構バスの運転手である夢を見ることが時々あって、
そういう時って、なんとなく久しぶりだなっていう感じで夢を見るんですよ。
久しぶりだから手順を覚えてるかなとかいう感じで、
そうか、今日は南蛮線の運行だな、南蛮線の運行はあそこを通ってこう行くんだよなとか、
夢の中で昔の職場に行って、運行表とかをパッと持って、ルートを確認とかして、
そしたら実際走り出してみると、しまった、あれも準備してない、これも準備してないとか、
あるいは、あれ、このルート全くわからなくなった、忘れちゃってる、やばい、
しかもあそこのバス停通り過ぎてるじゃん、どうしよう、みたいな夢を見てたんですよ。
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今も見るかもしれないですね。
でもそんな時にふと、いや待てよ、俺バス運転手やめたよね、確か。
あ、そうか、これはまたバス運転手時代の夢を見てるんだっていうことに夢の中で気づくっていうことがやっぱり今でもあるんですよね。
とか、それは怖い夢のパターンなんですけど、ちょっと別なパターンで、
なんか素敵な女の子とデートするみたいな夢。
見ることあるじゃないですか。男性なら誰でも、誰でもあるじゃないですか。
いくら結婚してやっとはいえ、夢なんでそういうことが起きるじゃないですか。
そういった夢を見た時に、これ夢って気づいた時に、やっぱりできるだけこの夢を続けたい。
もうちょっといい感じのところにいたいとか思うわけですよ。
そういう時、そういう時はやっぱりこう、このまま夢を、夢という認識をもっと強めると目が覚めてしまうから、
微妙に夢、うつつの中で少しずつコントロールを与えていきたいみたいなね。
思ったりしながら、粘るんですよ。粘るんだけどはってもう完全に目が覚めそうになって、
一瞬目が覚めたりして、目覚めた、続きをとかね。
やるんですけど、そういうことですね。覚醒夢ですね。
これを子供の頃から結構見てて、子の感覚ですね。
子の感覚があるから、その主観を、夢ってほらもう完全主観で夢の世界を疑えようもなく夢の世界を過ごすじゃないですか。
これは誰しも一緒だと思うんですけど。
でもそこから一歩抜けた、覚醒してこれ夢だみたいになった自分っていうのが、
その同時をコントロールするっていう自分自身を体感として知っているから、
悟りの世界で言われる無我を自覚する自分っていうこともあり得るんだろうなって思えるんですよね。
っていうことに気づきました。
ものすごく今更の話なんですけど、なぜそんなに信じられるんですかっていうのを聞かれるとある時に、
今言えるのは、今アップデートして箱に入れた考えを引っ張り出してアップデートして言うとすれば、
覚醒も見るという経験があるから、完全にこうだって思い込んでこの主観しかありえないっていう世界から一歩離れてみるっていう経験を一応しているので、
いわゆる悟りを開いたみたいな一別体験をしたっていうメンターが言う、
自分が存在しないということを認識するというこの矛盾した状況っていうのは、
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あり得るなっていうのを感覚的に感じているからっていうところになるのかなということに、
今急に気づいて最近、
ついに気づいたので、自分の中である程度納得して置いておいた箱をまた引っ張り出して、
ちょっとアップグレードしたところでございました。
という話でした。
もう10分経ちますね。終わりまーす。
またね。ミヤキンでした。バイバイ。チェスト。
というこんな話も時々しております。
思いついた時に思いついたことを言うでおなじみの耳どくラジオでした。
またね。チェスト。