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本当の私をあむラジオ。こんにちは、misaです。今回は、自分の魅力を考える、おテーマに話してみたいと思います。
このラジオは、ジェダイマスターを目指すmisaのホロクロン作りの過程を記録するものです。よろしくお付き合いください。
えーとね、いやもうタイトルでね、タイトルしか決まってないんですけど、自分の魅力って何でしょう?みたいな。
えーとね、何かで見たんですけど、その結局自分の強みって多分当たり前にやってることだと思うんですね。
なんか使命とか天命みたいなところで話したような気もするんですけど、でもさ、私たちって憧れを持っちゃうじゃないですか。
その、私の一方的に提唱している人生は自分が作ってるゲームなんじゃないか、説があるんですけど、
それでいくと、自分の幼少期とか大人というものになる、精神的に大人になる過程で、自分の中にいろんなエゴくっつけて、
なんかこうじゃなきゃダメみたいな、こうであるべきみたいな呪いをね、自分で自分にかけて生きまくるんですけど、その呪いってなんか憧れだと思うんですよ。
こうありたい、みたいな。こんな風になりたいっていう憧れ。
それって、ただ、自分にないから持つんですよね。
かっこよくなりたいとか美人になりたいっていうのは自分が美人じゃないから思うのよね。
そ、そうじゃないのかな?美女もそんなこと思うのかな?
いや、もっと綺麗になりたいって感じだろうな。美人になりたいっていうよりは、より美しくなりたいみたいな、自分の美を極めたいみたいな感じになってて、なんか自分軸な感じ。
でもなんか、あの人みたいになりたいっていう、他人に対する憧れっていうのは多分自分にそれがないから持つんですよね。
そうよ。私だっておしゃべりうまくなりたかったし、なんかプレゼントかビシビシやってる人見て、かっこいいみたいなね。
あんな風にプレゼンできるようになりたいわーって思ったけど、もう自分がこのゆるふわのしゃべりしかできないし、結論からとか喋れないから、
もう、いかにその結論にたどり着くまで詳細に喋れるかみたいな勝負するとこあんのに、そんなね、端的になんか喋れないから、そこに憧れ持っちゃうんだよな。
短いワードで、なんかキラーワードみたいなのでビシビシビシってプレゼンしてしっかり笑いとってる人とかめちゃめちゃ憧れるけど、
全然無理よ。慣れないのよ。ないから憧れちゃってるんだよね。もういっぱいありますよ。恥ずかしくて言わないけどね。
言わないけど、その憧れる、私のね、憧れてるあれこれっていうのは私にないものなんですよね。だからみんなもそうなんじゃない?って思うんですけど、
だからその自分の憧れを目指すじゃないですか、みんな。目指してできないところをできるようになろうとか、自分にないものをくっつけようみたいな感じで頑張るんだけど、
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頑張れば頑張るほどそこに執着してるから、すごい、しかも茨の道じゃないですか、マイナスからスタートしてプラスに持っていくって超茨の道だから、やっぱそこで勝負したくなるんですけど、だって頑張ったしみたいな。
でも本来その人の魅力っていうのは、生まれながらにしてプラスの領域だと思うんですよね。勝手にできるみたいな、その生まれながらに顔面が美しければやっぱそれが強みだけど、
そんなことより私は勉強ができないから勉強できるようになりたいとか言って、みんな顔かわいいねって褒めてくれてても、いやでも私勉強できないんだよなーって試験勉強して、ちょっとできるようになって、でももともとそのアホだったとしたら、めっちゃ勉強してもまあそこそこみたいな、平均点ぐらいってなって、
そんな大したパッとしない、その成績の方で勝負かけたくなるんだと思うんですよ。てか私はそうだったかも。別に天然でできたこと、
天然でできたことが何なのって言ったらちょっとよくわかんないんだけど結局。自分では当たり前だから、そうでなんか、そうそうそうそう。で、なんかそのできないことは超わかるじゃないですか。
比較してあれ?なんかみんなできるけど私できないっぽいみたいな、すぐわかるけど、できることっていうのは、なんかわかんないんですよね。当たり前だから認知できないし、全然こう、
何だろう、運動神経が良い人は、自分が運動神経良いってあんま自覚できないかもね。なんか体育とかあるからまあ比較される、比較されるから、
その数字になるからわかりやすいとかあるかもしれないけど、そういうのがないと気づけなかったり、あと褒められてても、なんか、
何だろう、運動神経良いよねみたいな、もっとわかりにくいのないのかな?なんか、話は面白いよねとかって言われてても、なんかそういう、
なんだろう、挨拶みたいな感じで、なんかみんなに、みんな言われるもんなのかな?みたいな、あまりに言われると、みんなに言われて、みんな言われる、言われてるもんなのかな?みんなに言ってはるんかな?みたいな、急に関西弁になりますけど、
みんなに言ってるのかな?この人は、みたいな感じで、なんかスルーしちゃうんだって、っていうのを見て、あーそれー、なるほどねーと思って、でもそうやって、こう、でもそれって多分嘘じゃないんですよね。
この人めちゃめちゃ素敵だな、なんかセンスいいなって思って服装褒めてて、その人はすっごい服褒められるけど、なんかみんな、世の中の人って全員服褒められてるんだろうな?みたいになっちゃうんでしょうね。多分あまりに言われすぎて。
で、なんかそれが自分の強みだってことに全然気づけない、みたいな。 これってさ、そんだけど、なんか、まずはさ、その憧れに固執していることを諦めて、その次ですよね、きっと気づけるのは。
自分が目指しちゃってるのは自分にないところだぜってなって、あ、そうだった?ってなったら、逆に全然目指してないところが多分強みなのではなかろうか。
こんな風になりたいな、みたいな。 後はその挨拶みたいな思ってたけど、別にみんなは言われてないっぽい褒め言葉とか。
なんだろう、それで、そうそう魅力を考えよう。 私の場合、まあ自分のね、ラジオなんて自分語りしておきますけど、なんか、
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なんかずっと私は自分に価値なんかないって思ってて、人に拒絶されるのをすごい恐れてたみたいなんですね。
なわりに、なんか、重たい愛をぶつけられることが割と多いのかなあって、私はあんま好きじゃないけど、すごい愛を押し付けてこられる、辛いみたいな。
でもなんか、冷静になってみたら、なんか私はそれは結構悩みだったんだけど、よく考えたら、自分は無価値だって思ってるのに、そこにこう愛情を押し付けられてるって、なんか愛されてるって思うと、
えっ、なんか悪くないんじゃないの?みたいな。なんでこの人たちは愛情を押し付けてきて、いったい私の何にそんなに、なんか、
愛を感じてくれているのだろうかーってなって、 これがなんか自分の強みみたいなものなんじゃない?自分の魅力みたいなものじゃないの?
って思ったけど、いやあんまわかんないんだよな。なんか1個は、 なんか明確にフィードバックをみんなにもらえるわけじゃないけど、
1人に聞いてみたのは、なんか私なんかあらこりゃハマるんですよ。 なんか今、なんだろうねあれ、なんかどっかからか情報知れてきて、すっごい調べたりして、
いやこれおもろいわ、みたいな。で、なんか定期的に毎週末話す時、なんか雑談とかしてた時に、
いや今週はこれが熱くてね、みたいな。毎回なんか違うこと言うのよ。 今週はこれにハマってドハマりしてめっちゃ調べたとか、これめちゃくちゃ面白かったみたいな。
熱いわ、とか言って、なんか。でまた違う週は全然違うことやったりとかしてて、なんかそういうのすごいモチベーション上がるわーって言われて、
何モチベーって?ってなったけど、例えばなんか、YouTubeとか今全然ノロノロってしかやってないですけど、
当時は勢力的にやってる時に、なんかこれじゃダメかなって思ってからこうやってみようかなと思って、今週こうやったら、まあこういうフィードバックあって、
ちょっとダメっぽかったみたいな、多分こうなんだと思うなーみたいなこと、なんかあれこれ考えたり調べたりとか、こうトライアンドエラーしてるの見て、
あ、なんか頑張ってるみさ、みたいな。私も頑張ろうみたいになるわって言われて、あ、そうなんだ、みたいな。私からするとその熱心に遊んでるだけだから、
それがなんか隣で聞いてるだけでモチベーションになるというのは結構衝撃だったのと、まあ結構なんか、このラジオとかでも一緒喋ってるじゃないですか、一緒語ってるんですけど、全然
もっとダラダラ喋れるんですけど、一応なんかなんとなくこう、ネタはこの辺のネタ喋ろっかなって決めてるから、そこに集約されるので喋ってるけど、関係なくてよければ、もっとなんか趣味の話みたいな、
この間バスケ見に行ったけどめっちゃおもろかったみたいな話とかも全然できるんですけど、それぐらい、なんかあれこれ考えて、なんか一人で遊べるっていうところが、なんかいいのかなーと思って、
あーそうなんだ、みたいな。でも確かに、なんかエンタメに飢えてる人たち結構周りに多いかもと思って、
なんか無趣味というかね。でも調べたら、無趣味な人って全体の何割だっけ?なんか思ったより少なかったんですよね。私の体感的にはなんか全体の6割ぐらいが無趣味なんじゃない?って思ってたけど、そんなことなかった。
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1割、無趣味、完全に無趣味って人1割とか2割とか1割とかだったかな? だから思ったより少ないなって思ったんですけど、
私なんかその長期的な趣味があるってわけじゃないけど、結構なんかこれ面白そうとか、アンテナ立てといて、なんか飛びついて調べたりやってみたりとかは割とするんですけど、
別にそれ発信しないから、なんか身近な人にしか喋んないんですけど、でもこんだけ、なんかあれこれネタ出せる、でめっちゃおもろいんですよって喋れるっていうのは、
ある種才能なのかもしれない、最近思いました。 それだけでなんか愛情を押し付けられてるとは思わないけど、あとはなんかその心理的な面でいくと、
自分が人生苦しいってなっていろいろこう策を講じてきて、結構引きで人生見てるから、なんかちょっ苦しいことがあっても、
超楽しいことがあっても、なんかドラマを見てるみたいな感じでちょっと捉えられるんですよ。 いや一応没頭するけど、「おー苦しい!」みたいになるけど、
あーでも今ここすごい視聴率取れてるみたいな感じで、今ここが面白いところだみたいな。 その苦しみもなんかアップダウンって思うと、まあエンタメ性あるよねと思って見てるというか、
というところを期待して、なんか超苦しい時に連絡してくる人達がいたりとか、 なんかこれで辛いみたいな。
えーなんでそんなこと一般的に言ってくるんだろうと思ってたけど、まあコメント力を求められているのかなと思って、
まあじゃあこういう風に考えてみたらどうなん?みたいな好きなこと言って終わるみたいな。別に責任を取らないんですけど。 とか、
なんかその人生を能動的に遊んでいこうっていうのは、遊べない人たちにとっては結構、なんだろう、
面白がってもらえるのかも。貴重な情報源として、そう重要なのかもっていうのに最近気づいて、なんかそれを試してます。そういえばこのスタイフでも。
これ面白いと思うんだよな、私こう思うんだよねみたいな。なんか自分的にはこうっていうのを一生語って、これがなんか面白がってもらえるのか、
世間はどう思うんだろうみたいなのを試してる気がする。 ちょっとYouTubeでやっても良かったんだろうけど、あっちはなんかもうちょっと情報が欲しい媒体なのかなと思って、
これって別に情報としてまとまってないなぁと思うので、まあラジオにしてみようかなと。 まあ知人がスタイフやり始めたって聞いて、
なんかそれが聞きたくて、知人のラジオ聞きたいからスタイフ始めたんですけど、じゃあここでいいかみたいな感じで発信を始めました。
前回ねスタイフとか発信活動って自分にとって何だろうみたいな考えたんですけど、そこから
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自分の良さってもしかしてこの観点とか、なんか面白い、これおもろいじゃんってなる、なんでしょうねこういうのってなんて言うんだろう、
なんて言うんだろう、嗅覚みたいな、センスっていうのかな、反応みたいなのが、おもろおもろいって言われたことがあったから、そうなのかなぁと思って、面白がってくる人いるのかな、もしかして。
私からすると別にマジで普通、何に価値があるんだろうみたいな、長年わからなかったけど、もしかしたらそうなのかなぁってちょっと思ったことがあったので、
この辺かなと思って語ってみている感じですね。でもわかんないから、もうなんかあれこれやってみる感じです多分。
自分の強みとか魅力がちゃんとわかって、それがちゃんとこう社会にマッチするところを探すことが多分なんか必要なんだと思うんですよね。
みんな天然でやれる人もいるし、いると思うけど、私はちょっとよくわかんないから、あまりにクローズドに行き過ぎているゆえに周りからの反応を全然取り入れてなかったせいもあって、ちょっとわかんないから、いろいろ考えてますね。
早く見つかるといいんですけど。
っていうところでした。なんかあんまり、そうね、結論はないんだけど、なんかその、つまり頑張っちゃダメなんだと思うね。魅力を出すというのは。
じゃない?なんかそう思いますな。見てても。自分がどうかはちょっとわかんないけど、周り見てても魅力的な人ってなんかあるがままな人じゃない?って思うから、
欲も悪くも。超自堕落でも、なんかもうそれ楽しいですよねって生きてたら、そうなんだって面白いなってなるし、
なんかすごいきっちりして、なんかこう、なんていうかな、価値提供してくれる人だったとしても、なんか何考えてるかよくわかんないなみたいな人って、ちょっとこう、情報だけ欲しいとか、その人の提供してくれる価値にのみ魅力を感じるけど、その人自身の魅力かっていうとちょっとさ、違う感じしますもんね。
だからやっぱ、いかに自己一致していくか、いかにありのままの自分で世界に表現していけるのかっていう勝負かなって、今んとこね、思ってるから、そういうゲームなのかなって思ってやっております。
みんなどうなんだろう。よかったら教えてください。なんか特に結論出ないけど、こんなもんにしたいと思います。
最後まで聞いてくださってありがとうございます。よかったらタロットも見てみてね。YouTubeです。
じゃあまたねー。