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理想の人生を考え抜いたけど、めっちゃ平凡だった #191
2026-09-23 20:34

理想の人生を考え抜いたけど、めっちゃ平凡だった #191

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🎹 楽曲(いつも素敵な曲をありがとうございます!)
ドミノ / Domino - 騒音のない世界

#理想 #人生 #MVV #Will #目的意識 #人生 #人生観
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サマリー

転職を機に人生を棚卸しし、MVVや理想の生き方を考え抜いた結果、望んでいたのは「仕事以外の生活も楽しみ、自分の時間を自分で使える」平凡な暮らしだと気づく。仕事を引き受けすぎて全リソースを投入し、疲弊していたため、今後は仕事のスコープを定め、できることを何でも担わないようにしたいと振り返る。成長や明確な目的地より、低負荷で成果を出し、限られた時間と体力を自分らしく配分することを重視するようになった。子どもとの時間、読書、趣味の研究、予定に縛られない生活を守ることが、現在の具体的な理想として語られる。

理想の人生を考えたら平凡だった
私と私のひとりごと。こんにちは、misa.です。今回は、理想の人生を考え抜いたけど、めちゃくちゃ平凡だった、という話をしていきたいと思います。
このラジオでは、願いを生きる過程や自己一致するためのヒントをお届けしております。 本日は9月の10日、木曜日です。よろしくお付き合いください。
というのも、人生について、最近、今、有給休暇期間なんですが、ちょっとこの1年しんどかったから、ちゃんと棚下ろしして、次の人生、次の転職後、どう生きていくのかを、ちょっとマジでちゃんと定めればと思って、
なんかいつもこんなこと言ってる気がするけど、これを機に反省を棚下ろしして、次のアクションにちゃんと結びつけようと、真面目だね、考えていたわけですね。
人生について、めっちゃこう考えたんですよ。どうなりたいかな、みたいな。ただ、その出てきた結果、理想がめっちゃ普通だったわってなって、すごい遠回りして、すごい壮大だったのに、
いやマジかってなったから、その話をしていきたいと思います。
最近ね、その転職のタイミングっていうのもあって、じゃあ今後どう生きていきたいのかなっていうのをかなり考えていたんですよ。
本当に派生させてさ、区切りでね、半年に1回くらいやるんですけど、自分のビールとか、MVV、ミッションビジョンバリューみたいなのとか、定め、もう一回洗い出してきて、もう一回定めるとか、
あとは仕事の仕方どうだったかなとか、この間エピソードでも何回か撮ってましたけど、あとは自分の特性とか、これはずっとやってることですね。
で、いろんな角度から掘り下げてみたんですけど、結構そのMVVとかビルのあたりとかって、なんつーかな、まあこねくり回して結構壮大な感じになりがちなんですけど、
まあでもこれでいいのかなーみたいな感じでちょっと仮置きしてたんですけど、ただでも結局、まあ出してみるんだけど、ちょっと日が経ったりとかして改めて眺めると、
なんか結局その仕事だけじゃなくて、その余暇も欲しいなーみたいな、遊ぶ暇も欲しいなーとか、あんま疲れたくないなーとか、自分の時間、自分の命をどう使うのかは自分で決めたいわーみたいな、
まあその仕事はちゃんとするけど、仕事以外の生活もちゃんと楽しみたいな、みたいなのが出てきて、でそれをすごいこねくり回してたんですけど、でもなんか本当恐怖と思ったら、これみんな普通に、普通のやつじゃない?みたいな、ごく一般的なさ、すごいごく普通の、なんか当たり前の価値観なのでは?って思ってめっちゃウケて自分的に、
えーなんか、もっとなんかこう変なことしてきたなーって思ってて、いろんなこと試して、いろんな実験してみて、で出した結論なんだから、なんかもっと特殊なものが出てきてると思ってたら、えーめっちゃ平凡やんと思って、ウケるーと思ったのでね、はい、でなんでそんなさ、でもなんでこの平凡なこと、普通のことが今までそう難しいっていうか自覚できなかったのかなって思ったら、
仕事に全リソースを投入してしまう癖
なんか問題はその理想がよくわかんなかったことじゃなくて、仕事にリソースを自分がね、なんかオートで全部こうぶっこんでしまうんですね。全リソースを、私のすべてを仕事に自動でしかもね、自動で全投入してしまうっていう癖があると。
で、これが問題になったのではないかなと。仕事が来たら、なんかまあ面白いし、なんか私からすると人生ってなぞき解きだから、仕事ってすごいわかりやすい問いなんですよね。どうしたらできるかなみたいな。で、じゃあこうしたらできるなーみたいな感じで思うと、どんどん処理しちゃって、なんかその自分ができることと、できることはなんか増えてきたんですけどとても。
でもそれと自分が引き受けることっていうその区別は別なのに、なんかそこの区別が非常に薄くて、これもね、結構長年苦しんできたんですけど、なんかあんまよくわかんなくて、よくわかんなかったね。やっと最近そう切り分けられてきたんですけど、その仕事のスコープを自分でちゃんと決めないといけないんだなっていうのがね、やっとわかったんですよね。
その、私は全部できるけど、私はここまでが私の仕事なので、ここまでやりますねとか、ここから先はどうしますかって一回返すとか、私はなんか結構この、なんかやり始めて、もともとのスコープはちっちゃいもんだったんだけど、でもこれもこれもこれもこれも直した方がいいだろうなーって思うと、渡されてる時間、使える時間ってこれぐらいだなーって思ったら、
んー、ここぐらいならいけるかなーみたいな感じで、めっちゃでかくして3倍ぐらいの量にして、その期間内にまたなんかそれっぽく終わらせてしまうからこそ、やれるんだがめっちゃ疲れるんですよね。
なんだろうみたいになる。で、だからこう、自分がここまで、もともとここまでって言ってたんだから、まずはそこまでやるとか、でかくした方がいいだろうなってことは、それはそれでメリットあるから、それはちゃんとそれは別途言うみたいな。
なんかその、ちゃんと伝えるっていうのはこれでもこれってさ、なんか仕事術として非常に基礎的ではんって思って、今までなんでそんなことできなかったんだろう、えーってなって、結構こう自分にとってはそれができないことが生活自体がね、仕事にすごい浸食されるんだよなーなんか、全リソースぶっこんじゃうから、もうヘタヘタになるしね。
でこう、うーんってなったんですけど、まあ理想の人生を作るとかいう壮大な話っていうよりは、これはこう仕事を人生の適切なサイズに戻すっていう話だったのかもしれないなーってちょっとなってきたんですね。
まあなんか非常に基礎的すぎて、最終的に、なんかこれもさすごいこねくり回して考えたから結局そんなコンパクトな話だったんかいってなってびっくりしたけど。
まあでも仕方ないんだよな、たぶん、そのできるなーっていうのと散乱がつくなーってなったら、あとはやるだけになっちゃうじゃないですか。
で自分の範疇でできるなーって思って視線引いてやっちゃう、それを黙ってやっちゃうから、なんか非常に便利屋さんになるんですよね、社内としても。
なんかこいつに任せとくとそれっぽく、なんかプラスでやってくれるなー便利便利ってなって、でも仕事としてちゃんと受注してないから、なんかちゃんと正しく評価されてないなってことが今回よう分かりましたね。
ミスってるな、なんかここまでやりますねってなってここまでやってねってやってそこ握ってたら、それをちゃんと普通にすればそれで評価されるじゃない。
私はそこから5倍ぐらい仕事でかくしてやってんだけど、なんかちゃんと言ってないから、なんかよくしてくれたなぐらいで終わっちゃって、でもそこまでいってないけどな、みたいな感じになるというか。
もちろんそのやっちゃいけないことはやんないんですけど、これもやった方がいいと思いますねぐらいでチャチャチャチャってやるから、向こうからしてもなんかできるんだみたいな感じになって、
なんかその大変さとかがあんまりわかってもらえずに、なんか疲れたんだけどってなってなんか消費されるんだけどみたいな感じでずっとストレス抱えてたんだなぁと。
だから次からはしっかりスコープ切って、でなんか疲れるなーみたいなそのギリまでやるとかじゃなくて、結構限界に挑み続けていくかなしないけど、
自分のこと過信しすぎてて、私はできると思い込んでるから、なんか3日ぐらいでできるかなーとかやってやるんだけど、実際はの5日分の仕事だったりとかすることがマジでたままある。
で、またいろいろ面についてこれもこれもこれもってなるタイプなのに、その1個集中できるわけじゃないし他の仕事を持ってるくせにということするから疲れる。
で、疲れたらもう会社嫌だなって思っていくから、ほんと良くないからこれは直そうと普通に反省しました。
話は次に行くんですけど。
なんか振り返ってみて、これはなんか普通に仕事術として反省したんですけど、
成長よりも低負荷で持続可能な暮らし
次って考えた時に成長したいとか何者かになりたいぞみたいなのが思ったより中心じゃなくなってきたなってことに気づきましたね。
昔はさあできること増やすとか新しいことを覚えて仕事で成長するみたいなところにかなりリソースを使ってきたけど、
今はこれができるかとか言うよりもこれ続けても疲れないかなみたいな方がもう遥かに重要というか、
できる大体のことはできるぞと分かってきたけど、これできるけどやったら疲れないかなみたいなのの方が遥かに重要。
もうそうそうできることはもうそれなりにあるから、
でも全部やる必要ないんだよね。できるからって全部やる必要ないんだなってことが結構大きな気づきでしたね。
高い成果を出すことよりも天然でできる、私にとって低負荷なことで結果を出したいなぁと。
もっとできる自分とかよりも自分の人生をちゃんとコントロールできている状態が欲しいなぁって思ってきたんです。
イライラしなくていい状態、ゆるくサスティナブルな生活がいいなと思ってきました。
これは成長を否定しているってわけじゃなくて、成長を人生の主目的に置かなくなったし、
その成長ってやつができること増えるじゃないなぁって変わってきたっていう証拠ですね。
40手前になってきてですね、もう40が見えてきまして、人生には限りがあるなぁっていうのがすごい現実的になってきたんです。
どっかでも話しましたけど、やっと私老いを自覚してきましてね。
やっと死に向かってんだってことがやっとわかってきて。
なんかこれもいろんなスレッドで自分は考えてたんですけど、
あれ?これって普通にミッドライフクライシスじゃない?って思って、ごくごく当たり前の一般的な概念じゃない?みたいな。
若い頃はみんな可能性を増やす方向で努力していくけど、
今は途中、中年期に差し掛かってきて、時間とか体力が有限だなってみんな実感してきて、
何ができるかじゃなくてさ、限られた時間を何に使うかみたいなところに意識がシフトチェンジしていくっていうごく当たり前の。
これもまたさ、そんな大層なもんじゃなくて、めっちゃ一般的な感覚じゃね?みたいなことに気づいて、
なんかここからは全部取りに行くとかじゃなくて、何をやらないか?
どこに余白を置いていくのか?みたいなのの方が大事なのかな?ってなってきましたね。
人生の正解を見つけるより、限られたリソースの配分を正しくっていうか、好きに自分がいい感じになるように
決めるっていう、そういう時期かもしれないなぁと思いましたね。
目的地を定めず、その時々で選ぶ生き方
しかも、私、冒頭で言った通り、MVVとかミッションビジョンバリューだったり、自分のウィルは何なのかとかをさ、
ずっと定期的に設定してきたけど、こうやって理想の人生みたいなもの?ゴール?目的ドリブンなんじゃない?こういうのって。
どこに行くんだ?私は?っていう問いだからどっちも。
そういうのをやたら綺麗に言語化しようとしすぎてたんだなぁってことに気づいて、
ウィルとかMVV大事だと思うんだけどね、出す過程が大事であって、
それはすごいんですよ。人生棚下ろしてさ、何ができる?何ができないんだ?何が辛い?何が楽しいんだ?みたいな棚下ろしは普通に重要だから、
ウィルを何度も何度も再設定してるのも、そこを改めて棚下ろしするためにやってるんですけど、
でも今回特に何歩か設定してみても、あんまときめかないっていうかしっくりこなくて、非常にロジックとしては綺麗だったんですけど、
他の人たち、仲間がいたので、仲間の皆さんの設定しているもの、それに対するなんかこう、何ていうの?なんか盛り上がってる感じというか、
これがやりたいんですよ!みたいな。あんまないんだよなとかちょっと思っていて、私はずっと。
そういうウィルとかMVVもそうだし、価値観とか天然スキルとか働き方とかを、全部綺麗に軸通そうとしてしまって、
綺麗な答えは出るんだけど、なんだかな?みたいな。途中で気づくんですけどね、これ頭で作ってるな、みたいな。
もうちょっとこう、エネルギードリブンというか、燃える、上がるわ!みたいな感じにならないのかな?ってちょっとやってたけど、
深掘りが足りないのかな?とか、やり方間違えてるのかな?とか、頭で出してるのかな?とかちょっとやってたけど、
なんかあんまり、あんま乗らないんですよね。とにかく。あれ?みたいな。そもそもなんかしたいなんかあったっけな?みたいなもありましてね。
そもそも、なんかこの人生に1個の綺麗な貝みたいなものを作ろうとしてること自体が、なんかちゃうんか?っていうことにふと気づきまして、
そもそもそのウィルとかMVVみたいな、私にとって目指す先みたいなものってなくないか?ってちょっと思い出してさ、
大学生くらいの時から、その我々就活していくあたりで、お前は社会で何をするんだ?みたいな問いがでかく立ち上がるじゃない?
私は何者として社会貢献していくつもりなんだろう?みたいな。私はこの人生をどうしたいんだ?みたいな。急に問われるじゃない?今までさ、
言われた通りやれっていう人生だったのにさ。急に社会を掘り出される時に、私はこれがやりたいですって言わなきゃいけないってなった時に、
すごいこの問いが立ち上がって進路迷った時にさ、なんか考えたけど、でも結構、いや別にやりたいこととかそんなないかもってなったんですよね。
なんかそんな、そんなタイプじゃないかも?みたいな。特に1年目の時にすごい思ってたかも。
どうしたいわけ?とかよく聞かれてきたけど、別にない!みたいな。チームの課題を最大限解決できるように努力するし、
降ってきた仕事に対して最大限どうするべきかな?を考えてパフォーマンスをとるし、パフォーマンスを出すし、
なんか自分の成長とかどうなりたい?とかじゃなくて、必要な武器は身につけるその都度、みたいな。
なんか私の人生ってこんなもんなのかな?みたいなのをその1年目ですでにちょっと思ってたんですよね。
今も10年後に絶対これを実現したい!みたいな強い目的地があるわけじゃなくて、
その時々でこう面白いな!とか、これをやりたいな!とか、今これ大事にしたいな!みたいなのを選びながら生きる方が自然なのかな?とかちょっと思いましたね。
じゃないとこんなキャリア散らからないんですね。いろんな仕事をさ、いろんな場所で先々やってきて、
その都度必要なことを身につけて、その都度その場の問題解決をして生きてきましたが、
だから結局その実績がありまくりなんですよね。それに関して。目的取り分で生きてないっていうことの実績がありすぎて、
こうなりたいからこうするっていうか、今嫌だからこうするとか、今やりたいからこうするとか、なんかいい気がするとかでうろうろして、
行った先々で過去に理由がついてくるというか、だからこうやってきたのか?みたいな感じになりまして、
転職の時もすごい毎回迷ってたけど、今これがやりたいっていうところに嘘さえつかなければ未来回収できるんじゃないかな?みたいな、
今全くなんでそれをするのか私にはわかんないけど未来の私はわかるかも?と思って転職してきたんですよね。
もう実績がありすぎる。なんかその、見るとか定めて目的取り分に生きていくのがやっぱちょっと違うし、
っていうか作れないのかもって思うし、もうそれは一旦いいか?ってなってまいりましてね。
自分の時間を使える平凡な生活
それも今日気づいたんですけど、じゃあ今なんか欲しい人生ってなんなの?ってなった時に、
なんか普通に無理なく暮らしたいなみたいなめっちゃコンパクトな理想だったんですよ。
仕事はおもろい範囲でちゃんとやるし、でも仕事が人生のメインステージになりがちなんですけど、
全部リソースを突っ込まないようにして、疲れたら寝たいし、天気が悪かったら会社行きたくないし、平日に私はフラッと出かけたいんですね本来言うと。
なんてもう基本的に子供の世話して、子供を追いかけてなんとかして日々暮らしてるわけだから、私の休みってほぼ平日しかないわけだから、
仕事してる場合じゃないの本来は。そんなに長い時間働きたくないし、ゆっくり本も読みたいし、
子供に対してもなんかいつもご飯とかもなんか栄養だけ考えて、手間と栄養のみでメニューガンガン決めて、
なんかもうこんな感じかなっていう、本当になんか自分的には20点ぐらいで晩ご飯作ってるけど、
夏休みのお弁当は私は頑張りましたけれども、本当は子供の好物作ってあげてちょっと手間かかるなぁと思っても、
作ってあげたりしたいし、なんか本読んであげたりしたいなぁとか、面白そうって思ったらそれ調べてって、
なんかこう研究を、私の趣味は基本研究なんですけど、なんか研究して、何の意味もない研究を一人で突き詰めたりしたいし、
予定は、私は約束が好きじゃないので約束もしたくないし、みたいな、なんかこう、
なんか立派な何者かみたいな、そんな大それた何かになれる人生じゃなくて、普通にね、自分の時間を自分で使える人生という非常にコンパクトな、
なんかめっちゃ平凡な着地点に戻ってきて、えーって、なんかどこかで知ってた気がするんですけど、なんかすごく、
遠回りしていろんなことを考えたから、そうなのってなったんですけど、
平凡な暮らしを守るための境界線
まあでもさ、平凡な人生って案外ちゃんと作らないと手に入らないのかなとか思いますよね。
普通に暮らしたいって結構簡単そうに聞こえるけど、でもまあ私みたいにこう仕事引き受け過ぎたり、期待に応え続けてしまって消耗したり、
なんか予定入れすぎてしまったりとか簡単に壊れちゃうし、平凡な生活にもその境界線とかね、人間関係、人間関係のスコープ聞くのうまいんだけど、
仕事のスコープ管理がめっちゃ下手くそだからそういうのちゃんとやったりしなきゃいけないし、難しいのかもしれないなぁとか思いまして、
だからまあ今後やることはその壮大な夢を自分のウィールとかMVV追いかけるって言ってそれを見つけるみたいなことじゃなくて、
この普通の生活をね、コンパクトな地味な生活をどう守るかみたいなものがテーマなのかなって思ってきましたね。
理想が平凡だったんですけど、理想がないってわけじゃないから、まあこれぐらいでいいじゃなくて、
これがいいなってところにやっと落ち着いてきた、これがミッドライフクライシスの出口なのかなってちょっと思いましたね。
まだ差し掛かったのか差し掛かってないのかみたいなところで出口をちょっと見つけた気がしますね。
あんまなんかね、でかいものを目指して何かになるとか、もっと上にもっと上にって言うよりは、いやそろそろなんかコンパクトサイズに。
なんかそれってちっちゃくなるって、縮こまるとか、なんか未来に期待しないってわけじゃないと思うんだよなぁ。
でもなんか、なんていうかな、その平凡な当たり前の日々みたいな普通の生活みたいなところで、
なんかそんなんでいいのか?みたいな外的なさ、何かに踊らされてきたような気がせんでもないのですが。
だってさ、なんか昔の同期とかがさ、すごいすごい派手派手しい経歴を積み重ねてるってなると、
あ、私何にもなれてないみたいな、まだ同じようなことしてるみたいな、うろうろしてるとかでああーってなるけど、
でもまあ、これでいいのかな?みたいな。
それがなんか、ああなりたいか?って言うとなんか疲れそうだなぁとか、別にそれやりたくはないか?とか思うので、
結局この手のひらサイズになってきた私の理想が一番ベストなのかな?とか思いまして、ちょっとほっとしましたねっていう話でした。
あなたがどう思うか、よかったら概要欄にデータの投稿フォームがございますので、ご意見ご感想など書いてくださればめっちゃ嬉しいです。
では他のエピソードでもお会いいたしましょう。じゃあまたねー。
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