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#04 待つことと、放っておくことは違う
2026-10-09 12:01

#04 待つことと、放っておくことは違う

【今回のテーマ】待つことと、放っておくことは違う


前回、「まだ勉強ではなく、心の充電が必要な時期」というお話がありました。

では、その時期に親は何をしていればいいのか?

ただ待つのは、放っておくことと同じではないのか?


志学ゼミの阿部塾長の答えは、「沈黙を恐れない」でした。黙っているとき、子どもは本人なりに考えている。話を聞いてほしい素振りが見えるまで待つ。それは放ったらかしではなく、様子を見ている、見回っているということで、子どもにはそれが分かる。


小さい頃は手をつないで歩いた。やがて横で伴走し、いつか後ろから見守る形に移っていく。いま自分がどの位置にいるか。話してくれたときの相づちの打ち方から、「今日も生きててありがとう」という原点まで、43年、田端で子どもたちを見てきた立場からうかがいました。


▼今回お話ししたこと

・話を聞いてほしい素振りが見えるまで、待つ

・沈黙を恐れない。黙っているとき、子どもは考えている

・待つことも寄り添うこと。放ったらかしではない

・子どもにもプライバシーがある。触れられたくないところがある

・干渉しないで、見守る

・手をつなぐ→伴走する→後ろから見守る

・その子のペースがある。その時間の中で、もがいている

・話してくれたら「そうだね、それから?」。結論を急がない

・聞き切ってもらえた子は、「また聞いてほしい」と思う

・蓋をこじ開けようとすると、かえって閉まる

・できていることを認めて褒める。「ありがとう」を使う

・一緒に掃除や片付けをする。家族の一員として、手伝いを頼む

・原点は「今日も生きててありがとう」


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出演:阿部塾長(志学ゼミ)/横山(チャコウェブ)

#不登校 #不登校の親 #見守る #子育て #志学ゼミ

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サマリー

不登校の子どもが心を整理している時期、親は話しかけるのを急がず、話を聞いてほしい素振りが見えるまで待つことが大切だと語られます。沈黙を恐れず、放っておくのではなく、子どものプライバシーを尊重しながら見守ることが「寄り添う」ことになります。子どもが話し始めたら、「そうだね、それから?」と相づちを打ち、結論を急がずに聞き切ることが、また話したいという気持ちにつながります。できていることを認めたり、一緒に掃除や片付けをしたり、家族の一員として手伝いを頼んだりする関わりも紹介されます。親が立つ位置は、手をつなぐ段階から伴走、後ろからの見守りへと変わり、原点には「今日も生きていてありがとう」という思いがあるとまとめられます。

待つことは沈黙に寄り添うこと
不登校の親の時間。この番組は、お子さんが学校に行けない、行きたがらない、そんな日々の中で、この子はこれからどうなるんだろう、と考えている親御さんのための時間です。
東京田端で43年続く塾、志学ゼミの阿部さんと一緒に、子どもの受け止め方から勉強や進路のことまで、答えを急がずにお話ししていきます。
進行役は、茶子部部の横山です。 阿部さん、よろしくお願いいたします。
はい、お願いします。
前回はですね、学校に行っていない間に、勉強はどうすればいいのか、というテーマでお話をしまして、自分の学年の学習レベルにこだわらなくてもよくて、わからないところまで戻ってもいいよ、と。
例えば、中学生であっても、小学校の分数のところから戻ってやり直してもいいんだよ、というようなお話をいただきました。
今回のテーマなんですが、それを受けて、こちらが待つことと放っておくことの違いについてお話をしていきたいと思います。
阿部さん、前回のお話の中で、心の充電が必要なときには、待っておいた方がいいよ、というようにお話をいただいたんですが、実際にこの待つというのは、どうしておいたらいいということなんでしょうか。
はい。これは非常に子どもの気持ちに寄り添うというのが前提なんですが、やはりあまり親の方から積極的に声がけをすると、
あまり干渉されたくないと思う年頃でもあったりします。
ですから、子どもさんが話を聞いてほしいなという素振りですね。そこが見えたときに話を聞くということを心がけてほしいと思います。
そこまでは待つしかありません。
そこまでは、例えば親御さんからこれやったら、あれやったらとか、いろいろ話しかけたくなってしまうけれども、一旦待つということなんですね。
はい。ですから、沈黙を恐れないということですね。
沈黙を恐れない。
はい。その沈黙をしているときは、本人なりに考えているときかもしれません。
なるほど。
本人なりに考えて、自分で答えを出そうとしているかもしれません。
または、話しかけてほしくないときであるかもしれません。
ですから、そういった素振りが見えるまで待つのがいい、よろしいかと思います。
なるほど。表面的には、ただ落ち込んでいるとか、何も言わないだけかもしれないけれども、
お子さんの中には何かが振り返りだったり、心の整理が進んでいるかもしれないということですね。
そうです。
そうなると、待つとなると、親御さん的には待ったほうがいいのはわかると思うんですが、
ちょっと苦しいなというふうに大物になる方もいらっしゃると思うんですよね。
もちろんそうだと思います。
待つことも寄り添うことですから、決してほったらかししているわけではないんですよね。
様子をうかがっている、見守っている、そういうことですから、子どもにはそれはわかるはずです。
なるほど。
逆に気を遣われているなとか、口を挟んでこないということが、自分のことを思っているなと思う、そういう要因になるかと思います。
つまりは、苦しいけれども、一旦待つというのは、ただ待っているというよりは寄り添うという気持ちで待ってあげたらいいということですね。
そうですね。
ちょっとタイトルのほうに入れさせていただいた、放っておくことの違いなんですが、これは打ち合わせのときにはなかなか難しいところだなというふうになったんですが、
放っておくのではなく見守る
子どもとしては少しそっとしておいてほしいという気持ちはあると思うんですが、
完全にほったらかしにしてくれよって思っていること、そうじゃない場合もあるかもしれないので、
ここの違いってどう見極めて、どう対処したらいいのですかね。
ほったらかしにするというわけではないんですけど、干渉しないということですよね。
子どもには子どものプライバシーもありますし、触れてほしくないところもあると思うんですよ。
ですからそこはそれぞれのプライバシーがありますので、尊重してあげて、そして干渉しない。
干渉しないということはほったらかしするわけではなくて、干渉しないで見守るということですから。
干渉しないで見守るということなんですね。
はい。だから子どもと伴奏しているイメージですね。
小さい頃でしたら手をつないで一緒に歩いていたかと思うんですけれども、
徐々に伴奏して、そしてやがては後ろから見守るという形に移っていくわけですね。
ですからあくまでも今の段階で伴奏するか、後ろから見守るかって伴奏して横で見ていると。
何かあったら話を聞くよという形ですね。
はい。
そのポジションが大切ではないかと思うんですが。
なるほど。
伴奏するということで、少しずつお子さんに何か変化があるのか見守りながら待っていくということですね。
その子その子によってペースがありますので、時間がかかる場合も当然あるでしょうし、そうでない場合もあるかもしれません。
でもその子はその時間の中で考えているんですね。もがいているんですね。
だから一緒にそうかというふうにその状態を理解してあげるということですね。
話を聞き切り、結論を急がない
なるほど。
お子さん側から働きかえけがあったときには対応すると思うんですが、
もしかしてまたちょっと放っておいてほしいというムードになるかもしれないですが、
そこもしっかり一回話してくれたと思っていっぱい鑑賞してしまうのではなくて、
とにかく寄り添ってその子のペースで対応するということなんですかね。
そうですね。やっぱり一度こう話をすると、やっぱり親御さんの期待はされますけれども、
お子さんもまた話したいな、話してみたいなと思わせる。それが大切なんですね。
ですからしっかり話を聞く。しっかりあいづちを打つということですね。話をする。
あいづちを打つ。
ああ、そうだね、それからって、これだけでいいんですよ。
興味関心を相手に持って、自分のことを話さないでいいですから、
これはコーチングになりますけれども、話を聞いて、ああ、そうなの?それで?
相手の話に興味を持つ。相手が話をしやすいように持っていけばいいですね。
で、結論を急がないことですね。
あ、結論を急がない。
これは以前にもお話していただいた、やはり親だとちょっと大人なので答えとかを先に言いがちですが、
そこを少し待つということなんですね。
そうですね。そうすると話を聞き切ると、お子さんの方が話し切ったなという安堵感というか、
充実感を覚えるわけですよね。話を聞いてもらったらまた聞いてほしいなと思うわけですね。
はい。これ一概には言えないと思うんですが、
待つと言ってもどのくらい待てばいいんだろうって結構やきもきされるんじゃないかなと思うんですが、どうでしょうね。
できていることを認め、一緒に過ごす
それは人によってそれぞれですから違うと思いますけれども、
無理に蓋をこじ開けようとしても、逆に蓋が開くどころか閉まる場合がありますので。
そうですね。確かに。
声掛けとしては、とにかくできていることがあるわけですよ。それを認めて褒めることです。
なるほど。
とにかくこれできているね。すごいね。よくやってくれたんだ。
子どもでもありがとうという言葉を使うんですよ。やってもらったことに対して。
そうすると心が温まってきますから、そうすると話そうかなという気持ちになってきます。
それと一緒のことがもしやれるといいですよね。
例えば一緒に掃除をする、片付けをするでもいいんですよね。
一緒にこうやってみようかって。
何か一緒にするということですね。
はい。そうですよね。
なんとかちゃんは片付けが上手だねとか、うまいこと考えるねとか、
そういうのが必ず出てきますから、日常の中で。
前にもお話ししましたけれども、今日も生きている。ありがとうでいいんですよ。原点は。
そうですね。
なるほど。今日も生きているからありがとうって思っておけば、
そんなに焦ってもしょうがないんだなというふうに、ちょっと心が落ち着くのかなと。
そうですね。
はい。と思いました。
ここまでをまとめますと、まずというのは、実際にはただほったらかしにしてほしいという、
お子さん側にとっては少しそっとしてほしいという心があるから、
干渉してほしくない時には、やはり見守るということが大事ということですね。
そこでいろいろとも焦らずに、今日も生きていてくれてありがとうという気持ちで伴奏するということ。
あとは、少しでも何かできたら、できたねということで褒めるということなんですね。
少しずつ褒めるということと、何か一緒にやれることがあったらやってみようかということで、
今日も生きていてありがとう
一緒にやってみるということですね。
だから、家族の一員だということの生死方ですよね。
そうですね。
例えば、これ手伝ってくれるとかありますよね。
じゃあお願いできるかなということで、そういうことから入ってみたらいかがでしょうか。
そうですね。そうすると、過度に干渉はしないけれども、孤立はしないという状態ができるんですね。
そうですね。
ここで締めに入っていきたいと思うんですが、ここまでで、
お子さんがどうにか変わってしまったとか、うつむいているという状態を待って回復を持つというのも
親御さんは少しつらいなという気持ちがある方に向けて何かお伝えするとしたら、安部さん何でしょうか。
今日も生きていてありがとうというところですよね。
そうですね。これはすごく思い出すたびに勇気が出る言葉だと思うので、
私も忘れずにいきたいなと思います。
それでは今回も締めていきます。
不登校の親の時間。今回は待つことと放っておくことの違いについてというお話をお届けしました。
この番組では皆さんからのご質問やお悩みをお待ちしております。
うちの場合はどうなんだろうということがあれば、番組の概要欄にあるフォームから特命でお寄せください。
放送の中でお答えしていきます。
それではまた次回お会いしましょう。
12:01

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