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#153_貝塚の古民家で聞く上海発ホストの原点と10年ぶりの再会
2026-10-09 24:46

#153_貝塚の古民家で聞く上海発ホストの原点と10年ぶりの再会

📖 この回は読み物としても読めます

https://bunko.yuukipodcast.com/minpaku/

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・大阪のベテランホストシンヤさん登場

・Airbnb体験の原点「LAオープン」の衝撃

・ホストとしてのルーツは上海でのAirbnb体験

・リスティング未完成で迎えた最初のゲスト

・Airbnbの理念「Belong Anywhere」への共感

・ホストコミュニティ「Home Share Club」を大阪で設立

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貝塚取材の3回シリーズ(前編 #153 → 中編 #154 → 後編 #155)です

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■ シンヤさんからの補足

ゲスト シンヤさんの自己紹介・活動一覧

https://linktr.ee/shinyaN


Airbnb Open 2016(ロサンゼルス)

100か国以上から延べ2万人以上が集まり、17会場で開催。のちのExperiences(体験)につながる「Trips」が発表された回で、シンヤさんも現地で参加していました

https://www.juliannerodriguez.com/airbnb-open-la


大阪ホームシェアリングクラブ

https://www.osakahomesharingclub.com/

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■ チャプター

貝塚の古民家から。ゲストはZEN HOUSE KAIZUKAのシンヤさん

6月のAirbnb Uniteで、トイレで10年ぶりの再会

10年前のロサンゼルス Airbnb Open。体験(Experiences)が発表された日

ユウキとシンヤさんの出会い。ブライアン・チェスキー来日の時

シンヤさんの留学歴と語学

上海で泊まったAirbnbが、ホストの原点

2015年に貝塚で開業。3時間10分後に来た最初のゲスト

ゲストの国籍と、10年で起きたトラブルの話

家業とホスティングの両立。Belong Anywhereへの思い

大阪ホームシェアリングクラブの結成と、本社からの招待

次回の触り: サンフランシスコ本社で待っていたサプライズ

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貝塚取材の3回シリーズ(前編 #153 → 中編 #154 → 後編 #155)です

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■ シンヤさんからの補足

シンヤさんの宿(Airbnb)

https://www.airbnb.jp/rooms/9174649


ゲスト シンヤさんの自己紹介・活動一覧

https://linktr.ee/shinyaN


Airbnb Open 2016(ロサンゼルス)

100か国以上から延べ2万人以上が集まり、17会場で開催。のちのExperiences(体験)につながる「Trips」が発表された回で、シンヤさんも現地で参加していました

https://www.juliannerodriguez.com/airbnb-open-la


大阪ホームシェアリングクラブ

https://www.osakahomesharingclub.com/

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■ チャプター

貝塚の古民家から。ゲストはZEN HOUSE KAIZUKAのシンヤさん

6月のAirbnb Uniteで、トイレで10年ぶりの再会

10年前のロサンゼルス Airbnb Open。体験(Experiences)が発表された日

ユウキとシンヤさんの出会い。ブライアン・チェスキー来日の時

シンヤさんの留学歴と語学

上海で泊まったAirbnbが、ホストの原点

2015年に貝塚で開業。3時間10分後に来た最初のゲスト

ゲストの国籍と、10年で起きたトラブルの話

家業とホスティングの両立。Belong Anywhereへの思い

大阪ホームシェアリングクラブの結成と、本社からの招待

次回の触り: サンフランシスコ本社で待っていたサプライズ

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問い合わせ/各種情報

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当番組は新しく民泊をはじめたい人を応援します!

ご興味ある方は以下フォームからお問い合わせください🙏

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「民泊事業に興味はある、でも法律申請や物件探しに集客などな どややこしいことだらけで何もわからない、、、」

そんな風に感じているそこのアナタ!この番組では「ゼロからでも始められる」をモットーに、基礎知識から専門分野、また民泊経験者が実際に体験した話を分かりやすく発信していきます。

パーソナリティは「五つ星民泊ホスト・民泊先生」てつろーと、「民泊知識ゼロ、でも興味はある」ユウキの二人でお送りします!

【パーソナリティ】

てつろー(五つ星ホスト・民泊先生)

https://www.airbnb.jp/users/show/31484416

ユウキ (@animesensei)

https://www.airbnb.jp/users/show/156849545

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サマリー

大阪府貝塚市の古民家で、ホストの新谷さんがAirbnbとの出会いと10年の活動を語る。10年前のロサンゼルスのAirbnb Openでは、ブライアン・チェスキー氏による体験サービスの発表を現地で聞き、今回のAirbnb Uniteでは偶然の再会を果たした。新谷さんは高校時代にニュージーランド、大学時代に上海へ留学し、上海で同居型Airbnbのホストから受けたもてなしが、自身のホスティングの原点になったと振り返る。2015年に貝塚で始めた際は、リスティングが未完成で段ボールも残る中、公開から約3時間10分でオーストラリア人3人組の予約が入り、実際の需要を初めて実感した。現在はゲストの約8割が訪日客で、中国語対応を生かして中国本土・香港・台湾などを含む約22か国のゲストを受け入れている。大きな損壊はほとんどなく、家業と民泊を両立しながら、事前の情報提供とオンラインの密な連絡を重視している。Airbnbの理念「Belong Anywhere」に共感し、2017年には大阪のホストの声を届ける大阪ホームシェアリングクラブを立ち上げた。法制度をめぐる活動が評価され、サンフランシスコ本社に招かれたものの、到着すると250〜300人の社員が待つ大規模な場だったというところで次回へ続く。

貝塚の古民家と10年ぶりの再会
ゼロからの民泊ガイドラジオ みんなじいなじい
この番組では、5つ星民泊ホストのてつろーと、民泊に興味はあるけど、どこから始めていいのかすらわからないユウキの2人が実践的な民泊知識をシェアし、またリアルな民泊事情や実際の経験談を面白く共有していきます。
てつろーさん、おはようございます。 おはようございます。 今日も対面収録ですね。
今日も東京から出て、とあるホストさんのところに来ているわけですよね。 今日は飛行機に乗って大阪まで来ましたね。
どうですかユウキさん、この大きな民泊。 すごく寝心地がいいですよね。
この素敵な和室があって、いろんな調度品が趣に溢れているというか、すごく年代的なものを感じるような調度品もありましたし、
後ろには勤病部って大阪そのものじゃないですか。 そこのホストの方に来てもらっているので、早速紹介しましょうかね。
おはようございます。今日のゲストの新谷さんです。 おはようございます。
遠路ハルバル、大阪、南部まで来ていただいてありがとうございます。 遠路ハルバルといっても、僕もユウキさんも飛行機で来たので、若干1時間ちょいで来ちゃいましたからね。
結構すぐですよね。安いですね。 関西空港から15分くらいで電車で来れるので、改めましてホストの新谷です。今日はよろしくお願いします。
今日本当に収録が実現したのは本当に偶然なんですよ。 私とユウキさんとで6月30日にAirbnb UNITEっていうホストが700人くらい集まるイベントがあったじゃないですか。
私とユウキさんとでニンパクガイドラジオの公開収録をして、ユウキさんその後体験ツアーガイドの公開収録をして。
あれありましたよね。やりました。 あそこに登壇した後で、私トイレに行ったんですよ。
ロサンゼルスAirbnb Openでの体験発表
僕がトイレに行く直前くらいに、Airbnbのロサンゼルスのオフィスを紹介してくれていた新谷さんとばったりトイレに会いました。
アッサンフランシスコですね。 アッサンフランシスコ。何やってるんですか?それが10年ぶりの出会いだったんです。
実はかなり昔に。 初めましてじゃなかったんですね。
初めましてじゃないですけど、とはいっても10年間。 10年前どこだったんですか?新谷さん。
実はロサンゼルスのAirbnbオープンという大きいイベントがありまして、当時まだ日本から行かれる方は少ない中で、
私たち含めて何名か日本からも行かれていて、そこでチームジャパンとして、
鉄路さんとも現地で交流をさせていただいて、久しぶりにユナイトの場でお話をできた。 私もすごいびっくりしましたよ。良かったです。
私も何回かこのラジオでお話したことあるんですけど、10年前のAirbnbロサンゼルスオープン。
ロサンゼルスの街中のシアターとバーがAirbnbによって借り上げられて、
昼間はロサンゼルス中のダウンタウンの全部のシアターでセミナーをやっていて、
夜はロサンゼルスのあらゆるバーで世界中から集まったAirbnbのホストが、「お前の物件どうなの?」みたいな世間話をする。そういう話だよね。
当時の規模だからできたのかなっていうところで、 目抜き通りを2本ぶち抜いて交通封鎖してやるっていうまさかのイベントでしたけどね。
初日にブライアンチェスキーさんがAirbnb新しいサービスを始めるんだって発表したのはエクスペリエンス?
その時に体験が公開になった。
世界で初めて僕らが聞いたっていう。
その後もマルーン5とかレディーガガとか見せていただいたりした。
今やろうとしても無理なんですよね。
やりたいという声はあるらしいですけどね。船が大きくなりすぎちゃって、なかなか難しいかなって。
日本から行ったのって20人くらいでしたっけね?
当時そうですね。当時の写真で多分20人くらいでした。
集合写真はね、私まだ持ってます。
えぇ!?後で送ってください!
いやいや、僕も誰がいて誰がいなくなったかよく覚えてないように、その集合写真は見たいですね。
でも参加された方は本当数十名だったと思います。日本からはね。
今でもね、このラジオにも出ていただいたケンさんやユカリさんみたいなホストさんが大活躍してる集まりだったんですけど。
留学経験とブライアン・チェスキー氏との対話
私で深夜さんとはそんな繋がりだったんですけど、結城さんはまた別なところで深夜さんと?
初めて会ったのがちょっといつか思い出さなくて。
僕の中でちゃんと覚えてるのは、それこそね、ブライアンが来日したときの、あれはなんて言えばいいんですかね、あれは。
あれはブライアンの来日、2つ大きいリリースが。
これはね、前回の回でいろいろとご説明あるので割愛しますけど。
大きい発表が2つあって、それに世界中をキャラバンしてる中で、最後が東京だったということで。
私とユキさん含めて、あれ何名くらい?
12人くらいですね。
ホストさんが呼ばれて、ブライアンを囲んでラウンドテーブルっていう形で、生で皆さん、ブライアンとお話をするっていうようなイベントでしたね。
実際に話すのはもう3、40分くらいでしたよね。
そうですね、少なかったですけどね。
あそこに出られたという方、ホストさん、皆さんに私聞いてるんですけど、ブライアンに何をぶつけたんですか、深夜さんは。
そうですね、私自身は、皆さんいろんな角度から話をされてたんですが、
私は本当に最近してること、今別のとこでお話しましたけど、また後ほどお話はしますけど、高校生の方々に民泊を始めていただくっていうようなことを少し紹介させていただいたりとか、
観光以外の部分で様々な可能性があって、具体的な動きを日本でもしてるよっていうことを簡単にかいつまんでお話した。
一人一人がね、結構時間は短かったんだよね。
さわり部分っていうのでお話はしましたがね。
ブライアンさんの反応はいかがだったんですか?
非常に興味を持っていただいたんですけど、それに対して具体的に親指が動くとかっていうところにまではならなかったんですけど。
すごく日本で面白い試みをされてるっていうことは、後々感想としてはいただいたので、良かったかなと思います。
ブライアンさんと会う前の日に、結城さんのツアーにホストの何人かが参加されたと聞きましたけど。
そうなんですよ。実は私、仕事もありまして、そこには参加は残念。
でも、下片岡はもう最高だった。
いや、メイドカフェが最高だったよ、結城さん。
結城さんの方が超盛り上がってた。
取り巻きの社員の方も来て、フーってなってるのがすごい印象的でしたけどね。
今度ぜひ東京の時は改めて結城さんのツアーに参加したいなと思ってます。
ちなみにブライアンさんには英語で喋ったんですか?
当時、一応通訳、同通はジャパンの社員の方が入ってたんですが、喋れる方は英語でっていうことだったんで。
私はそんなに上手ではないんですけど、英語でお話をした感じ。
先ほど伺ったら、信也さんは海外の留学をされていたと聞きましたが。
そうですね。振り返りますと、高校生ですかね。
高校2年の1年間をニュージーランドのウェリントンっていう所でホームステージしながら留学をしまして。
その後も大学では中国の上海の方で。
中国。それは中国を先行していたから上海に行ったんですか?
そうですね。私の大学は外国語大学だったので、第二言語が中国語だったということで。
当時ね、上海ってまだこれから伸びるっていうのは面白い年だったので。
私も当時単純な考えだったので、英語と中国語が喋れたらスペイン語圏を除く、
ほとんどの人とコミュニケーションが取りやすいんじゃないかっていうところから、
中国語にシフトして、中国語を学んだっていう感じですかね。
上海のAirbnb体験がホストの原点に
しんやさんが上海で学ばれたと同時に、同じように私も北京で仕事していたので、中国語。
しんやさんがおっしゃる通りで、英語と中国語ができると、まあまあ9割以上のお客さんとコミュニケーションできる。
実際今役立ってますよね、お客さん。
そうですね。
さっきも聞いたけど、ここに来るお客さんね、今もゲストノートをいろいろ出ますけれども、かなり多いですか、中国って言われたら。
そうですね。私自身もリスティングに中国語対応かっていうのを書いてるのもあるんですけど、
やはり皆さん母国語でコミュニケーション取れるっていうのが、やはり安心材料になるみたいなので、
香港、台湾含めて、中国、メインランドのチャイナの方も結構多いですね。
エピソードとしても、私上海にいたんですっていうので話しやすいので、それはいいかなと思ってます。
そして先ほど伺ったように、上海にその後仕事で出張したときの上海でのAirbnb体験が。
そうなんですよ。
原点になってる。
実はホストとしてのルーツは上海に実はありまして、当時仕事で行ったときにホテルがなかなか取れないってなったので、
いろいろ検索してる中で、どうやらAirbnbっていうものがあるらしいという情報を得まして、すぐに予約をしまして。
当時泊まったのが同居型のホストさんで、今ちょっと中国の本土の方はホスティング事業は止まっちゃってるんですけど、
当時はもうすごいたくさんリスティングがあったので、選んだのがその方ですごい親切な方で、
到着するやいないやお茶を片手に交流もしながら、なんだこれはと。
このシェルチャー以上の存在にホストがなってるっていう。
翌朝も本当に看板もないような、地元民にしか行かないような朝買いのお店とか連れて行っていただいて、
いい意味で衝撃を受けて。
これも日本で私がひょっとしたら同じように本地の方に提供できるんじゃないかなっていうのが僕のホスティングのルーツかなっていう感じですね。
中国の人って本当にそう親切ですよね。
そうですね。
私も今深夜に言われて思うんですけど、原点って大学3年生、それこそ1990年代に今遡るんですけど、
大学生の時中国一人旅していたんですけど、そこで上海のバスで一緒になった男の人に、
お前一人旅なのか?一人旅ですって筆談で中国語喋りながら答えたら、
俺んち今から食うよって言って飯を持ちそうになったんですよ。
その時に人にもてなしてもらうことってこんなに楽しいんだって。
結構人が好きな方いらっしゃいますよね。
本当に日中関係いまいろいろありますけども、
政府は政府だけど人は人で本当に良い人多いっていうのは、
このラジオでもお伝えしたいと。
本当に草の根の人的交流っていうのは、
政府の交流とはまた別かなって私も思ってますので。
そうですね。
2015年、貝塚で迎えた最初のゲスト
で、民泊を始められたのが2015年。
そうですね、はい。
当時はどうやって、
Airbnbを上海で知ったから日本でも簡単にAirbnbの始め方がわかったんですか?
それとも誰かに教えてもらったんですか?
本当に当時ですね、大阪市内もしくは東京都ではそれなりに知名度もだんだん高まってきてたかもしれないですが、
私どもがやってる大阪の海塚市というところは南部で田舎ですので、
Airbnbの絵の字すらみなさん知らないような中で、
特に教えてもらえるとかマニュアルになるような方もいらっしゃらなかったので、
本当に手弁当ですけど、
自分で試行錯誤しながら改善に改善を重ねて進めてきたという感じですね。
じゃあ全然説明会とかもなかった?
そうですね、当時はほとんどそれすらもなかったので、
1回か2回Airbnbが主催するファンイベントみたいなのも行ったかもしれない。
それまでも梅田で大阪市内だったので、
全然こちらの状況とは相入れない感じだったので。
本当に手探りだったんですね。
そうですね。
でもその手探りが楽しかったっていうのは今から思えばありますけどね。
そして2015年から始めた中で思い出に残るゲストっていらっしゃいますか?
そうですね、やっぱり振り返ると一番最初のゲストのエピソードが、
どうしても避けては通れないかなと思うんですけど。
教えてください。
まだリスティングが未完成の中で、
ダンボールとかがある中で一応リスティングとしてオンラインにオープンしまして、
忘れもしませんけど、3時間10分後ぐらいにポンという通知音がありまして。
早っ。
全然気づきもせず、その音すら何かわかってない状況だったんですけど。
どうやら予約が入ったようだということで、
全然写真の完成度も低いリスティングを見て予約をしてくれたのが、
オーストラリアから来られた3名の仲良しグループの男の子たちだったんです。
学生さんですか?
社会人1年目、2年目ぐらいの若い方がグループでしたね。
そこで初めて事前にやり取りができるLBBとしてのコミュニケーション機能とかっていうのも学びながら、
ほんとOJTじゃないですけど、やりながらいろいろとやっていて、
実際に当日になって受け入れるということで、
本当に来たんだっていうところが当時の感想ではありました。
今なんかクイック返信とかってテンプレがバンバン出せるんですよ。
当時なんかアプリもないし、クイック返信もないし、
ほんとみんな手探りで全部手入力していた時代ですよね。
でも本当に気さくな3人組で、
本当に当時覚えてますけど、一緒に夕食に行っていろいろ話をして、
オーストラリアでは当時、徐々に知名度が上がったような感じだったので、
日本で絶対これから流行ると思うよ、みたいな話をしたのは覚えてます。
確信を持ったと。
当時そうですね、そこで初めてちゃんと本当に来るんだっていうところが、
そこまでは本当に始めるって言ったら、
みんなからこんなところには誰も来ないよっていうような感想ばかりいただいてたので、
実際に来て泊まられる、そういうニーズもあるんだっていうのを
そこで初めて実感した感じです。
国際色豊かなゲストと10年のトラブル
今、信也さんのリスティングには何割ぐらいのインバウンドが出ているんですか?
何割ぐらい日本人なんですか?
コロナを経て少し日本人比率も上がってますが、
それでも8割はインバウンドかなという感じですね。
どんな国から?
本当に今までカウントした22カ国ぐらい。
カウントしたんですか?
はい、いらっしゃってるんですけど、
印象的なところでいくと、ニューカレドニアとかですね。
アフリカ大陸はないんですけど、
北欧であったフィンランドとかノルウェーもそうですし、
一番多いのはやはり、まず中国語での対応化ということなので、
メインランドの中国の方、香港、台湾含めてですね。
結構いらっしゃってるかなっていうのが印象ですかね。
何か失敗したことありますか?
そうですね、その失敗談、いつも考えてるんですけど、
私自身ちょっと考えがあって、
仲介事業者自体はAirbnbしか使ってないので、
ダブルブッキングとかっていうのはあまりないんですけど、
ただ全然全く連絡を取るのを忘れていて、
当日来てしまって、
鉢合わせみたいなのは何回かありましたけど。
忘れちゃってたんですか?
忘れてたんですけど、色々してる中で通知が切れちゃってたりとか、
不可抗力的なところでっていうのはありましたけど。
基本的には大きな失敗はなく、楽しくやってるかなっていう感じです。
いいですね、大きな失敗ない。
お客さん側でっていうと、みんないいお客さん側ばっかりで、
何かこういう問題があるっていうのは本当にないですか?
そうですね、やってない方は特に質問いただくんですけど、
いっぱい壊されたりとか、
正直ぶっ壊されないのとか言われるんですけど。
作業10年ぐらいやってますけど、
大きな損壊とかトラブルっていうのは、
私思い返す限りあんまりないかなっていうのがありますね。
ちょっとアクシデントで窓ガラス、扉、
引き戸が倒れて割れちゃったりとかっていうのはあるんですけど、
その辺はマイナーなトラブルかなと思うので、
意図的に悪気を持って壊すとか、
そういうものはあんまりなかったかなと思います。
Belong Anywhereへの共感と家業との両立
西野さんはそうは言いつつ、ご実家の家業もやられてるってことなんですけど、
民泊と家業両方やるということで、
結構時間的なやりくり大変なんじゃないですか?
そうですね、届出自体は私の母親も一緒に入ってますので、
助けてもらったりとかっていうのと、
あと比較的オンラインでのやり取りを密にしたりとか、
なるべくコミュニケーションの面でトラブルが起きないようには意識はしてるので、
タイミングとできるだけ先回りして、
必要な情報を提供できるようにしてますね。
では次の話題にいきますと、
西野さんの場合、エアビーのホストとしての面がある一方で、
エアビーの本社との関わりが結構深いんですか?
僕ね、最初、この人はエアビーの社員さんだと思ってたんですけど。
そういう人なんじゃないかと。
現場に来ると1ホストなんですけど、
中の人っぽい言い方がある。
そういうオーラが出てる。
それはどこから本社と関わりがするんですか?
そうですね、私も特にエアビーに対してコビを打ったりとか、
回し物とかいうわけでは全くなく、
哲郎さんと同じ1ホストから。
お金もらってないぞとか。
1ホストから始めてやってたんですけど。
正直私ホスティングも大好きなんですけど、
エアビー&ウィーっていう会社も非常にユニークで、
面白いなという部分がありまして、
創業者のブライアンチェスキーさんとか、
かねてから、創業の時から掲げてる
Belong Anywhereっていうポリシーとか。
Belong Anywhereってどういう意味なんですか?
どこかに所属するっていう意味なんですが、
私は拡大解釈してまして、
国籍とか人種、あとは性的指向とかですね、
その面を全部取っ払った状態で、
どんな方でも、例えば海外行ったりとか旅行した時に、
居心地がいい、安心できる場所があるべきだっていう、
理念なのかなというふうに理解をしてます。
そうですね、エアビー&ウィーってそういう理念、
本当にすごいなと思っていて、
例えばキャンセルとかにおける差別的なことでのキャンセルとか、
一切認めないですもんね。
ちょっと一部極端だっていう感想が出るところもあるんですが、
それは個人的にはおおむねエアビー&ウィーの掲げるポリシーとかっていうのは、
共感できるところがあるので、
さっきに戻るんですけど、
プラットフォームとしてエアビー&ウィーでしか使ってない理由っていうのは、
そこにあるかなという感じですね。
大阪ホームシェアリングクラブと本社訪問
というふうなエアビー&ウィーに対する共感とか愛がある中で、
いつからエアビー&ウィーですか?
一応やってる中で、
様々、
例えばミートアップとかですね、
東京でやるのできますかっていうような感じで、
お声掛けをいただくところから始まって、
東京でのホスト同士の集まりに、
そうですね。
私初めて行ったのが世田谷で行われたホスト同士のミートアップっていうのがありまして、
そちらに初めて呼ばれて東京に行ったのが、
おそらく初めて参加したミートアップかな。
それ自腹?
どうでしょう、忘れましたね。
多分自腹だったと思うんですけど。
なかなか大阪から世田谷まで、
自腹が呼びつけられるのも大変ですね。
そうすると、交通費ぐらいはいただいてくる。
そうですよね。
呼びつけるほうもむずいですよね、いくらでも。
でもね、本当に一事業者として行ったときに、
すごい面白いなと思う。
やはりその事業以外の部分に投資をするというか、
人であるとか、ホストとゲストがいてのホスティング事業、
会社として続くっていうのを必死と感じたところがあったので、
面白い会社だなというところはあったんですけど、
そこからかやしているうちに、
住宅資格事業法が検討され始めて、
2018年の6月15日ですかね、
一応施行はされたんですけど、
その前の段階で、いわゆるホスト、
事業者の声を届けるための器がどうやらないようだと。
ホストのグループとか団体が大阪で、
当時はまだあったのかもしれないですけど、
小さかったりとか。
今でもどこでもないですね。
そのときに、
BNBジャパンの公共政策部門の方にお声掛けいただいて、
同じような思いを持っている大阪のホストさんに、
一人一人声をかけながら、
2017年の7月に発足。
大阪ホームシェアリングクラブという任意団体を、
立ち上げメンバーとして立ち上げさせていただいて、
今も今日まで、
その任意団体は続いて活動はさせていただいています。
大変じゃないですか。
任意団体といっても、もちろん統計はしないけれども、
規約を作ったり、
会員の名簿を作ったり、
お知らせをしたり、
年一回総会開いたり。
結構運営するのは大変なんじゃないかと。
当時はそうですね。
駆け出しの頃は本当に、
各個任意団体みたいな感じで、
同業者団体みたいな感じで始めたんですけど、
当然その連絡であったりとか、
何回しかそれにしても費用がかかるので、
参加費を集めたりとかっていうのが、
私と含めて幹部の方が何名かいらっしゃったんですけど、
一応旗振り役っていうのは、私が基本的にはやってたので、
ホームシェアンクラブっていうのが、
世界中に当時はあったんですね。
サンフランシスコが本社があって、
そこのホームシェアンクラブっていうのが発祥なんですけど、
その後東京にも実はありまして、
あったんですね。
京都とかにもあったんですけど、
その流れで大阪でも作ろうということで始まったので、
そこまでが一応ホームシェアンクラブの話として置いといて、
なぜ本社からと繋がりが強くなったかっていうのはですね、
その後、法施行後にですね、
要はそういった団体を立ち上げて、
様々なキーマンとなる方とか、
法令の段階でいろんなホストの声を届けたっていう経験をですね、
本社で紹介してほしいと。
ベストプラクティスだと。
ということで、本社から直接連絡をいただいたんですかね。
それも確か2週間前とかに連絡が来て、
2週間後にサンフランシスコまで通えますかという話。
普通に1泊やってるんですよ。
お客さん来るんですよ。
無茶ぶりですね。
確かそうだったと思います。
私自身も全然面白い会社でしたし、
それまでいろいろサポートとかも、
ジャパンの社員さんにもしていただいたので、
なんとか都合をつけていきますということで。
当時は、ブライアンチェスキーさんに関しても、
単なる創業者というふうにしか感じてはいなかったんですけど、
どうやらその方含めて、
呼ばれたのが私と、
ドイツから1名、
イギリス、ロンドンから1名、
当時3名のホストが。
足が代表じゃないですか。
私もこんな言い方したら、
当時の社員さんからは、
ちょっと行って、
ファイアーサイドチャットみたいな形で、
ブライアン囲んで、
ちっちゃいところで話すだけだからって言ったんですけど、
いざ行ったら、
本社の1階のホールに、
社員が250名から300名くらいバーンって、
ステージが出来上がってるんですよ。
やばい。
もう着いた瞬間に、
騙されたって思ったのが、
当時の印象で。
次週へ続きます。
ご静聴ありがとうございました。
というわけでお送りしました、
ゼロからのミンパクガイドラジオ、
ミンラジ。
番組では今後も、
未経験者でも分かる、
ミンパク関連情報や、
体験談を共有していきます。
ポッドキャストやスポティファイ、
YouTubeでもお気の方は、
高評価、レビュー、
チャンネル登録もいただけると、
活動の励みになるので、
ぜひよろしくお願いします。
今回はここまでです。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
24:46

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