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#152_TOGISO佐藤さんが能登に私財を投じる理由とは?
2026-10-02 25:24

#152_TOGISO佐藤さんが能登に私財を投じる理由とは?

・赤崎の古民家再生 TOGISO オーナー・佐藤正樹さんへのZoom取材

・東京在住・住民票が無いため補助が一切出ないまま私財を投じ続けている

・元日の被災から1月7日までに復旧させ AP通信の取材で世界へ発信

・間垣の技術継承・輪島塗の買い取り販売・地域おこし協力隊の募集

=

前編「能登のホストから聞く震災当日と現在の状況」の続きです

感想

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サマリー

石川県能登の赤崎集落で古民家再生に取り組むTOGISOの佐藤正樹さんが、東京でIT企業に勤めながら空き家を買い取り、複数の建物を宿や店舗として育ててきた経緯を語る。元日の能登半島地震では、住民票が東京にあるため公的支援を受けられないまま、被災したTOGISOを1月7日頃までに復旧し、支援団体の宿泊拠点として提供した。報道が少ない地域には支援が届きにくいと考え、SNSやAFP通信などを通じて、能登には人が暮らし続けていることを発信した結果、ふるさと納税や支援団体の利用につながったという。佐藤さんは、歴史的な家を解体から守り、間垣の技術継承、若者向けシェアハウス、輪島塗を使った商品開発や買い取り販売を進めている。今後は石川高専の学生との街づくりや、地域おこし協力隊の採用を通じて、赤崎に人材と住民を呼び戻したいと話した。

佐藤さんの空き家再生とTOGISO
ゼロからの民泊ガイドラジオ、みんなじ! この番組では、5つ星民泊ホストのてつろーと
民泊に興味はあるけど、どこから始めていいのかすらわからないユウキの2人が実践的な民泊知識をシェアし、またリアルな民泊事情や実際の経験談を面白く共有していきます。
前回からの続きです。
始めましょう。おはようございます、てつろーさん。 おはようございます。今日はみんなじのゲスト収録で、どこに行きますか?
今、野党の、ここは、えっと、そっか、都議、都議。 石川県の都議というところに来ている。
ご案内していただいているのは、北陸の100万国コミュニティリーダーのてつろーさん。 100万国コミュニティリーダー。
お世話になっております。 お久しぶりです、てつろーです。
そのつながり、今日はどういうツアーというか。 そうですね、2024年の地震から2年と、9ヶ月、8ヶ月経過して、今の野党の現状がどうなっているのか。
あと、実際にその地震の時に、皆さんどんなことが起こっていたのかとか、 っていうお話を聞けたらなと思って。
ありがとうございます。 そしてけいささん、今日、早速ズーム越しですが、お招きいただいたゲストの方をご紹介いただいていいですか?
はい、佐藤さんです。都議総の佐藤さんです。 佐藤さん、よろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。
はい、ではちょっと短い時間なんですが、佐藤さん、今日、都議に我々来させていただいたんですけれども、
早速、都議総に関するご紹介ですとか、
2024年の野党地震の時に何があったのか、いろいろお聞きたいでしょうか。
はい、承知いたしました。ありがとうございます。では、画面共有させていただいたんですけども、大丈夫ですか?
大丈夫です。
どうも、久しぶりです。お疲れ様です。
はい、では、ちょっと時間もないので、始めさせていただこうと思うんですけど、まず、自己紹介からさせていただこうと思います。
佐藤と申します。エアビのホスト歴が10年ですね。エアビの利用歴は15年ということで、
結構、初期からユーザーとして差別に可能性を感じて使っていた方ではないかなというふうに思っています。
ホストに関しては、10年前にちょっと行ってやってみて、
最近また、コロナの前ぐらいからやり始めたような、そんな感じでおります。
1980年の山形生まれ。この都議には、野党にはあまり馴染みがないというか、
縁もゆかりもないような、そういう形になっています。
いたんですね。
基本的には、僕は東京にいるので、そこは趣味の延長で付き合っているような、そういう形になっています。
普段は、IT系の会社に勤務しているんですけれども、
2012年から、住宅に関する趣味のあれこれということで、いろいろ活動をしております。
空き家を価値に変えるようなことを、趣味にしているという形ですね。
一応3つ、2012年からやってまして、不動産の賃貸業、17年間はハウススタジオの運営。
20年から、この野党のコミュニケーションの運営という形になっています。
仕事の中で、一応、不動産の物件をよく見ることが多かったんですけれども、
いろんな物件を見た結果、自分だったらこうしたりとか、もっとこうだったらいいなという風に感じることが増えてきて、
じゃあやってみようと。古い物件を探して買い取って、賃貸に出すみたいな、
そういうことをやっております。
中になるとこの作りです。
新宿区があるんですけども、テラスカースですね。
これは2012年の、15年、16年前の、もともとビフォーアップになるんですけど、
で、アフターがこれくらいになったんです。
佐藤さんは建築士なんですか?
はい、なんでしょうか。
佐藤さん建築士さんなんですか?この古い家を建て直すっていう。
違います。
いや、これは趣味ですね。別に建築士の資格は持ってないです。
デザインとか設計とか、いや、DIYもする時もあるんですけれども、
基本的にはこれは賃貸に出すという前提だったので、
自分でこういう風に展示してくださいということで、楽な設計を出して、それをやってもらったんですよ。
そんな感じで、板橋のアップアップは6畳、プラス風呂泣き、そんな感じの物件なんですけども、
押入れにユニットバッションで、そんな形にしていただいて、
こたての物件というのもいろいろとやらせていただいているという感じ。
これはエアビーではなくて、賃貸物件として出していったような感じですね。
いろいろな物件、自分だったらこういう風にしたいなみたいなのをちょっと形にして、
そんなことを10年以上やっているかなという感じ。
こんなボロボロなやつだったんですけども、なんとかなおしたいですね。
木造住宅の可能性を知ることができてよかったなということを、
物件に住んでいる入居者さんからやってもらって、
空室末が出たりするので、新物件に出ると結構決まって助かるなという感じ。
木造さんにお願いすることなく、基本的には物件の選定から入居者付け、管理の上まで全部一人でやっていたという感じ。
17年からがハウススタジオ。
子供が大きくなって、家で居場所がなくなったりとか狭くなってきたなという感じなので、
自分の部屋を引っ越すとかじゃなくて、環境が決まっているので、
自分の部屋を家の近くで借りるみたいなことをやりました。
ここの部屋。これは新宿、市街の方にある。
これはDIYで直した。
リフワーがこんな感じ。
アフターがこんな感じ。
解体から施工まで、基本的には一通り自分一人でやった。
わからないところは大工さんに協力してもらいながらやりましたよという感じ。
YouTubeの撮影とか、テレビ番組とかドラマの撮影とかで使われた。
このミューラーハウスみたいなところが主役のドラマとかで使われて、ちょっと嬉しかったなみたいな。
酔っ払ってここを泊まったりすることはあるんですけど、
僕が浴びるシャワールームでミューラーハウスも浴びる。
こんなこともある。
今のCMとか、テレビの番組とか色々使ってもらったり。
映画、ドラマ、CMなどもサポートしているよと。
筋肉デブ対策、古い家なんでね。
歌ったりとか絶対ダメだよということで貸し出しをしているんですが、
知ってます?この人たち。
ケミストリーですけどもね。
めちゃくちゃ歌ってるのを後から知ると。
後からYouTube見て知るみたいな。
すごい僕も傷つけられたっていう。
そういう方ですね。
覚えちゃったんだろうね。
そうなんですよね。
2020年からこの小民館の研ぎ添い運営をしております。
2017年にこの物件は買っているんですね。
美しい街並みなんですけども、奥が焼き屋になっているんです。
今までは家を一つずつ直してきたんですけれども、
入居者さん、住んでいる人の暮らしが変わっても近隣の人の暮らしまでは変えることができなかった。
ちょっとインパルスが少ないなというか。
で、あればエリア全体の再生をしてみたいなと思ったんですが、
やはり東京だと隣の家買うとか向かいの家買うとか、
斜め前の土地を買うとか、そういうことがちょっと難しいということで、
ここが進んだ集落で焼き屋を買い進めて、
自分好みの街を作るというのが現実的ではないかなというふうに考えて、
今活動しています。
レストラン、カフェ、焚き具屋、立ち飲み屋、
釣り道具屋、カラオケスネスなどを作るわけです。
すでに近隣で数個焼き屋を譲っていただいて、
通りに参して7棟家があります。
焼き地も2つあるという感じですね。
それぞれ、斜め前の蔵とかはご覧になりましたから、
まだ見てないんですかね。
はい、店舗として再生したいというのもやっております。
ここの集落自体がですね、北米船の京都の近くで、
昭和初期の運用漁業工芸で栄えた地域です。
火事で3分の1が焼けたんだけれども、
お金があったので一斉に建て替わったり、
その後、新鎮退社がなかった。
そういうちょっと稀有な歴史の場所というところで、
観光地になったこともなければ、人が多く集まったこともないような場所。
素朴な日本の風景というのが残っているような、
非常に近似たような場所になります。
こちらの部分ですね。
後回ってくれた方から資格料をもらっています。
能登半島地震とTOGISOの復旧
ここから本題です。
あと何分ですかね、10分くらいですかね。
野田半島地震を受けてしまってですね、
復興に向けてどんな動きをしたのかというのを
お話しさせていただこうと思います。
町づくりを楽しむにはまず自分が町を知って楽しむ必要があるということで、
海に潜って魚をついたりとかですね、
そういう休み時間で昼飯の調達ができるような、
そういうクラスです。
僕の地元リモートでできているので、
働きながら昼休みに一緒に地方幹部について。
で、捕った魚をいろいろ焼いて食べる。
こういうちょっと、なんていうんですかね、
現世代の暮らしというか、
ちょっと昔の日本の暮らしみたいなのが
しっかりと体験できるなというか、
非常に気に入ったというか。
で、海上に苗があるんですけども、
そこは夕日見ながら別にビールが飲めるという場所。
こちらもちょっと天気が悪いかもしれないんですけども、
後で見ていただくと。
人に来てもらうためにまずは自分が全力で楽しんで、
集落の方が便利になったり喜ぶ建物、
そっちを作ったりといっています。
ということで、2023年の夏、
オモヤを大規模回収しましたよ。
ビフォーアフターでこんなに違うんですけれども、
自分好みに育っていく小民家は最高の趣味だよね。
ビフォーアフターは普通のピッチになったんですけども、
それなりに手を入れましたよ。
593の憩いの場になるようにですね、
月に1回お茶会を開催。
歩いて行ける場所に喫茶店がなかったので、
みんな楽しみにしてくれているよと。
明日もお茶会やる予定。
自分で刹那を取って街と空間をデザイン。
都市で働き、ノートに資材をぶっ込む。
向こう40年ぐらいかけて、
赤崎のこの集落を育てていく。
そうすれば今は地区90年の街並みなんですけども、
地区130年の街並みになる。
やる価値があるかなと。
などと何度も強制しておりましたところ、
改修から半年も経たずに、
ノート半島地震が発生しちゃったよと。
近隣に複数の家を持ってますよ。
結果的に6枚。
普通の人だったら家1軒しか持ってないんですけど、
僕はたくさん持ってたので、
6枚の遺産証明が届いた。
あとは住民証がどっちにあれば、
義援金とか支援金とか受け取れるんですけど、
僕は全部東京なんですよね。
空き家でまだ退院なので、
一切支援を受けられないようなそういう立場で、
たくさんの建物が被災した。
そういう感じ。
発災時僕は東京にいたんです。
どうかなと。
防犯カメラといって、
立ってる僕は。
中いろいろ倒れたり崩れてたりしてた。
近所さんの波が来るよ、みんな逃げるよ、
温泉も残ってたのが、
声で誰かが分かるので、
その辺りはちょっと一安心かなという感じ。
元旦からSNS、ニュースにかぶっていって、
落ち着かない日々に。
あとは1月4日から東京での仕事。
普通に3月1日は休みなんですけど、
4日から僕は東京なんで、
普通に仕事が始まるわけなんですよね。
天気になったのが1月4日にかかって、
関西の自治体の危機管理室です。
農村の復興のための人員を派遣するのですが、
都議省には泊まれますかという連絡が入ったんですね。
奥の部屋にはきっと泊まれる宿がないのだろう。
都議省に僕にまで連絡が来るぐらいなので、
全国から支援に行く人の宿が足りないんだろう。
というのはある程度容易に想像できる。
頭の中を整理して折り返しの連絡をしました。
今週末に現地を見に行きます。
もしも泊まれるような状況になりそうでしたら、
連絡をしてみます。
ということで1月5日、仕事が終わったタイミングで
支援物資を積んでくるまで野党に向かいましたよ。
6日朝野党に到着。
近くの赤関横、ここは実は4.2mの津波が
家の前まで押し寄せたという感じで、
被害を受けたことは事前に知ってましたよと。
ニュースを見てた感じでわかる。
津波の後、ちょっとここ片付いた感じなんですけども、
こんな感じで、建物ここまで津波に来ましたよという感じですね。
壊れてる。
研ぎ層はどうかなということで、
ちゃんと建ってます。
海の裏側に回ってみるとですね、
これはちょっと津波来たなという感じの、
ちょっと嫌な感じというかね。
ただ津波は建物までは到達していないなと、
ギリギリ届かない。
復活の悩みはどうかなと。
こんな感じ。
案内はどうかな。
玄関はこんな感じですね。
自衛の中。
屋根もちょっと一味変わらず、
ずれちゃってるなとか落ちちゃってるなとか
なんですけれども、
この状況を見て感じたことが余裕だなと。
僕が23日作業すれば、
全国各地から集まった復興のプロが
滞在できるようになるなと。
支援団体が拠点として支えれば
ノートの復興が加速できるということで
やる気が出ると。
結構ね、器用なんですよ。
おだしょー 器用ですね。
大平 器用ですね。
大平 いろいろ。
綺麗に。
これ、ちゃんとその日、
1月の7日ぐらいに撮った写真ですね。
めちゃくちゃ、寝ないでめちゃくちゃ頑張りましたね。
おだしょー すげー。
大平 手を動かさないと作品進まない環境には
慣れてるというか、
止まれるように整えました。
おだしょー すごい。
大平 縦スクの悪くなったドアを調整したり、
DIYとかそれなりにできる方法でやります。
徒歩だから関西の危機管理室の方と調整を進めて
3月末まで利用していただくということで
話がまとまった。
しかし想定の終点点は2,000万を超えるよと。
これちょっと、
概算ではあるんですけど、
この敷地にある建物だけでは
結構デカいダメージ。
一晩で2,000万って結構嫌だなって。
とはいえ水が出なくても、
一部の設備が使えなくても文句は言われないぞと。
リネールの交換もないし、
トラブルは自己解決してもらえるし、
利用中の修繕工事も応じてもらえる。
資格費も払ってもらえる。
ノートの復興も確保するし、感謝も払う。
これは非常に素晴らしい話だ。
素晴らしい話なんですけども、
今までの人生の中で話がうまく進みすぎて
警戒が必要になる。
あまりにも流れが良すぎるので、
そういったときってうまくいかない。
なので一応次の一手を打ちました。
Xでコストを支援して、
1月7日の夕方ですね。
予約すると、復興支援団体みたいに
宿泊施設を整えましたよと。
使えるのは公的な支援団体だけです。
電気とWi-Fiあるよ。水は出ないよ。
それでもよかったらお問い合わせをしてくださいね。
ということでご連絡を、連絡中からポツポツしましたよ。
報道とふるさと納税で支援を集める
もちろん関西の機械室は利用開始日などの調整を
お勧めって言ったんで、
契約がまとまらなかった場合のリスク返事。
これから育てようとしている
研ぎ備える赤崎集落は大丈夫だろう。
地震の後って報道が崩れた、壊れた、燃えたみたいな
今でも耐えてる街がある。
しっかりと表現させることが大事。
ホームプロモーション、宿として盛り上げていく。
そういう気持ちになる。
合わせて事前に調整していた
フランスのAFP通信社の取材も受けまして
ノートが全部ダメになったわけじゃないんだよ。
ということで社会に発信しました。
こんな感じですね。
フランステレビに出てる?
はい、出ちゃいます。
その後の取材は積極的に受けて
情報を発信できる装置というのを作ったよ。
Yahooニュース。
なぜ取材に来たのか。
これは仕込んでいたから。
報道が少ないところに支援が集まらない。
僕は山中市長に対して学んだ教訓。
支援を集めるためには積極的な情報を発信する。
ということで1月1日の発災の直後から
SNSでは動いていました。
1日の日にポストしましたよと。
僕が地震の当事者であるということを
ふるさと納税を使って支援してください。
新しい基金とかできると思うんですけども
既存の仕組みで持って支援を考えていただきたいという話をした。
その次の日ですね。
これは僕の本音なんですけども
納税への支援をお考えの方へ。
地震が落ち着いたら
納税へ旅行に来てください。
遠いですし立派な観光地があるわけではないですが
人と自然と飯が最高です。
ちょっと昔の暮らしを味わえて
生きてるなって感じました。
防止になる前にいろいろと整えると
必ず来るって分かったらもっと頑張れるので
どうかよろしくお願いします。
おかげさまでバズった。
1月2日の大パニックだったじゃないですか。
日本全体が。
その時にこのポストはすごいですね。
ありがとうございます。
ちゃんと未来を見て動く必要があるのと
ポジションもあるんでね。
この辺はいろいろ考えながら。
おかげさまで報道の連鎖が続きます。
この赤崎集落にも人が来る。
報道陣が来るという形になります。
支援が集まってまた手になったと考えて。
報道のないところに支援は届かない。
報道が人の多い和島市とは異なる戦略が必要。
1月18日時点での楽天風外納税の金額の企画です。
すでに3億7千万、和島市3億1千万。
鹿町同じ震度なので3千5百万なんです。
そのぐらいの報道の格差。
津々市であるとか和島市。
映像が撮れていた、報道が多い。
それだけ支援が偏っている。
僕は鹿町で戦っていただければいけないので
別のやり方なく撮っていく必要がある。
3歳の危機管理室は和島にベースキャンプを作るということで
2日のみの滞在でした。
ただXをポスト停止してのお問い合わせで
三重県の執行支援団体が3月末まで借りてくれるようになりましたよ。
非常に助かっております。
今でも三重の支援団体の方とは
コミュニケーションが取れているよというような。
歴史的な家と間垣を守る地域づくり
建物の修繕について。
住民票はノートに置いていないので公的な支援は一切受けられない立場ですよ。
所有している他の建物も空き家なので同様に支援はありません。
だからといって解体の選択肢もない。
ご近所でも動きがありました。
震災の後なんで。
建物を建てるんですけども川が落ちたり。
ノート半島地震を受けて
赤崎の集落内でも家を諦める方々ができている。
反壊した家を控えたりするという。
地域の学校の先生の家。
本当は壊したくないけれども一人で住むには修繕が大変だということで。
壊すのは無料でやってくるから壊しましょうと言ったんです。
結構いい雰囲気の家なんですね。
一度壊したらコミュニケーションはもう戻ってられない。
赤崎の歴史を伝える家を守ることも信頼だった。
こんな状態の家です。
反壊した家を河原を捨てる家。
雨漏りしている家を買うという苦行ですね。
残るべき家を残す。
自信があることもやることが変わる。
この街並みを直す。保存するというのが僕の日常なので。
こういった状況でも相手に寄り添う。
ねぎらず先鋒の希望の形で取る人。
不動産屋さんがない。
信用を積み上げてそういう話が出てくる。
困っている人に寄り添うことをずっとやり続けて、建物を増やしていく。
あとは、外国人の方が高く買うよと言っちゃう人もいる。
ここは日本海沿いで国土をある程度ちゃんと守らなければいけない場所なんですよね。
そのあたりの責任も感じています。
正直なところ、どうしてもお金と人手が必要です。
人のために考えたことが3つあります。
皆さん手伝ってください。
1つ目は人材。2つ目は行政。3つ目は消防。
1つ目は人材の買い物。
被災地に圧倒的に人手が足りない。
鈴とか和島は市なんですけど、ここは都議会、街でかつ加速化がめちゃめちゃ進んでいるところなんですね。
本当に採用ができない。
新しい予約はいつまでも被災地にいるわけにはいかない。
未来を見て実践的な街づくりを進めなければならない。
具体的な方法を考えています。
僕は高専出身なので、石川高専というところの建築学科の学生に協力をお願いして、
実践的な場として、実際の街づくりというのを学生の時からやっていただこうかなと。
例えば農園の風景を守るために、コンクリートブロックの代わりに竹受けがあったらどうだろう。
これは壊れちゃったやつですね。
今、真垣市はこんな感じなんですけれども、
ちょっとボランティア団体を立ち上げて、組織として真垣の作戦の技術の継承、消滅。
で、赤線に伝わる真垣を復活させました。
今、こんな感じになっています。
例えば連続する家が600人、初中を並べた。
もともと震災前の街並みではある。
これがこんな感じになったら人呼べるよね、という感じがするんですよね。
なので、その辺りに人をしっかりとここで育てていく。
学生を育てていく。
で、ふるさとにまた戻ってくるような工夫をしていこうと。
2つ目、拠点の開発ですね。若い世代に向けて自分にできることを考えてみました。
シェアハウスと輪島塗の商品開発
まず、譲っていただいた赤崎集落の家をDIY可能なシェアハウスとして提供。
赤崎集落に住者を生み出していこう。
で、先ほど反壊した家、実はもう直したんですよね。
シェアハウスとして使えるようになったんですが、入居者はいないと。
入居者はまだ集まってない。
3つ目、商品の開発。
ノットらしい素材を活かして素早く流通させられて、利益率の高い商品を開発する必要があるなと。
和島塗りのランプシェードを作りました。
キッチンというか、カフェスペースに使っているけれども、こういったランプシェード。
これを漆器をひっくり返して、ソケットも真鍮削り出しでワンオフで作っているという感じ。
専用設計ですね。
これが、裏から出てきた工業品をアップサイクルしているため、限界率は高くはないです。
しかし、歴史と地域性を伝えられる物語がある。
和島塗りを広めることができて、既存のアーティストの興亡をしない。
旅館など新築の建物だっても、土地に一括に決められていた歴史を伝えることがある。
和島塗りの工場は甚大なダメージを受けているんですけれども、
既に職員に仕事を提供しています。
しかも、ふるさと納税の返礼品にもなっていますので、皆さん是非。
普通に買うこともできるんですけれども、返礼品でもよろしければ、
ぜひご活用いただければと思います。
2025年の9月、ちょうど1年ぐらい前に、
都議村の斜め前に古物の店をオープンしました。
解体する蔵から悩みを保管されていた和島塗りシピを買い取らせていただいて、
次世代になるプロジェクトです。
東京とかでもイベントで販売をしていますよという感じです。
販売場所をいろいろ探していますので、
そのあたりもご協力いただけるようだったら、
お知らせいただけるとありがたいなと思います。
自分には何ができるのか、これからも本気で考えて行動をします。
合理的に動くだけでは何も変わらない。
みんなが合理的に動いた結果、この地方はついたりするということがある。
素晴らしい景色をこれからも育てて、
お陰様で地盤がいいことが証明されたので、
安心して資材を積もることができる。
人生には本気を出さないといけない時が、
今回地震の時にそのタイミングが訪れたのかなと。
こんなに立ち向かうときに最初に力を与えてくれるのは過去の自分。
今までやってきたことの積み上げでしか、
前に進めないなというのが強く感じた。
未来の自分を信じて、今を全力で取り組みましょう。
地域おこし協力隊を募集
真面目に活動していたら、先月ですけれども、
県知事が主催に来てくれたり、みたいなことも。
ノートに関わる人を増やす制度設計が必要なのでも、
最後に一番困っていることをお知らせ。
人材募集中です。
地域おこし協力隊として、
僕と一緒に活動してくれる方というのを探しています。
地域は給料が29万円ですから、
地方としては非常に良い。
住宅の手当とかは別で出るような、
いい条件かなと思いますので。
もし、野蔵の運営もしたいし、
街づくりもしてみたいし、
という方がいたら教えていただければと思います。
またお越しいただければと思います。
よろしくお願いいたします。
ありがとうございます。
けいたさん、
今日佐藤さんをご紹介いただいてありがとうございます。
けいたさん、佐藤さんにぜひメッセージがありましたら。
突然。
佐藤さんありがとうございます。
いえいえ、お世話になります。
けいたです。
今、鹿町と都議とちょっと回ってきたんですけど、
地震の後からの状況は、
ちょっとは良くなっているかなというのは感じたんですが。
もう随分良くなったと思いますね。
ただやっぱり人の動きっていうのは、
ほとんどない感じですね、今。
そうなんですよね。
ただその、
佐藤さんのお話を伺っていて、
人をまた呼び込もうという、
動きであったり活動であったりとかが、
すごい僕の中では感動でした。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
ちゃんと、
ちゃんとやってます。
同じ石川県に、
なんていうのかな、
縁がある、僕たちまたちょっと一緒に頑張っていきます。
ぜひぜひ、よろしくお願いいたします。
お願いします。
時間もあまりないので、どうでしょう。
何か聞いておきたいと思います。
佐藤さん、これからどんどん野党を一緒に盛り上げていく、
地域おこしの人を募集しますという話なんですけど、
その場合には、佐藤さんは確かピンポイントという名前でXを、
この番組のホームページに、
XのURL公開しちゃっていいですか。
そちらに皆さん問い合わせてくださいという感じがいいんですか。
それは構わないですよ。
もちろんです。お願いしたいです。
本当にもっといろいろ聞きたいんですけども、
今日はちょっと時間ないな。
ごめんなさい。本当にすいませんでした。
最後ちょっといらなくて。
聞かせていただいてから、お邪魔、退散させていただきます。
はい、恐れ入ります。
ありがとうございます。いい話、本当にありがとうございました。
今度はぜひ対面でお会いしましょう。
はい、ぜひぜひよろしくお願いします。ありがとうございました。
というわけでお送りしました、ゼロからの民博ガイドラジオ、民ラジ。
番組では今後も、未経験者でも分かる、
民博関連情報や体験談を共有していきます。
ポッドキャストやスポティファイ、YouTubeでもお聞きの方は、
高評価、レビュー、チャンネル登録もいただけると活動の励みになるので、
ぜひよろしくお願いします。
今回はここまでです。ありがとうございました。
ありがとうございました。
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