・空港前で収録した能登ミートアップの番組パート
・民宿 地蔵前のとしゆきさんが語る2024年元日の震度7とフランス人ゲスト
・「復旧」には緊急復旧と耐震化まで行う復旧工事の2種類がある
・能登で起業する人向けの県の居住施設(20部屋)
・参加ホスト3名が見てきた能登の今とポケモンとの連携
=
後編「TOGISO 佐藤正樹さんが能登に私財を投じる理由」へ続きます
感想
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サマリー
能登半島地震から約2年8か月後、民泊ホストたちが能登空港周辺や輪島市などを巡り、現地の状況を聞くミートアップの様子が語られます。民宿・民泊「地蔵前」のとしゆきさんは、2024年元日にフランス人夫婦の宿泊中、震度7の本震を経験し、水道や電気が止まる中で屋外に避難場所を作り、翌日ゲストを金沢へ送り出した経緯を振り返ります。その後も地蔵前は政府関係者や支援者を受け入れ、建物が無事でも道路やインフラの復旧には時間がかかると説明します。復旧には、通行可能にする緊急復旧と、耐震化・防災化まで含む復旧工事の二段階があり、大雨や土砂崩れも復興を遅らせています。能登の民泊・民宿は営業を再開しても震災前ではなくマイナスからの再出発であり、長期的な応援が必要だと語られます。
能登ミートアップと地蔵前の紹介
ゼロからの民泊ガイドラジオ、みんなじいらじい。
この番組では、5つ星民泊ホストのてつろーと、
民泊に興味はあるけど、どこから始めていいのかすらわからないユウキの2人が実践的な民泊知識をシェアし、
またリアルな民泊事情や実際の経験談を面白く共有していきます。
はいどうも、みんなじいですけれども、今日がゲスト会というか、どこにいるんでしたっけ?
目の前にノト空港が、あれポケモンU、ウィズU空港になったんですか?
という名前の空港の前に来ているという経緯ですが、まずゲストというか。
2回目のご出演になりますが、今回もカラザの民泊ホストにして、
北陸100万国から100万国のリーダーと、ケイタさんに来ていただいております。
ケイタさん今日はお呼びいただいてありがとうございます。
こちらこそありがとうございます。
再び石川県にありがとうございます。
今回はただ来ただけじゃなくて、ケイタさんが何か会を思い起こしてくれたというか。
今日はどんなミート?
我々は今日、東京からケイタさん主催のミートアップに呼ばれているんですけれども、
このミートアップはどんな趣旨なんでしたっけ?
ノト半島地震が2024年の元旦に発生して、それから2年8ヶ月ぐらい経過して、
今の現状を民泊ホストさんたちが知って、
世界にどう発信していくかということを考えるきっかけになればなと思って、
今回こういったミートアップを開催しました。
今日朝からずっとノトをいろんなところに伺いましたが、
ケイタさん、今日どんなルートでノト空港に至ったか教えていただけますか?
まず石川県といったら、世界でも珍しい散り浜渚ドライブウェイ。
そこに行ってちょっと日本海を堪能して、
そこから鹿町の地蔵前、隣職地蔵前。
今話していただいたのが地蔵前という原始の地蔵前。
としゆきさんとよろしくお願いします。
としゆきさんには書道をたっぷり伺いたいことがございますので、よろしくお願いします。
その後に都議総という、
鹿町にある都議地区の代表的な民泊にも伺ってきました。
こちらは女の佐藤さんという方とオンラインでつながってもらって、
ちょうどお話も来たんですが、
これは今回の後ぐらいに差し込めればいいなと思うので、
それもいい話が来ましたね。
復興に関する熱い思い、すごく感動するインタビューを
桂田さんにアレンジしていただきました。
ありがとうございます。
その後に和島市に入って、
あれ何て言えばいいんですかね、復興に関する。
朝一通りだったところを見たのかな、僕らは。
その前に仮設住宅もありましたね。
仮設住宅も実際に見たりとか、
あと海岸沿いを走って、ドライブして、
隆起している場所、
あとまだまだ土砂崩れしている場所を実際に見て、
ちょっとみんなでいろいろ考えることがありましたね。
本当に今回、皆さんに今日の感想を
これから参加していただいた皆さんがいらっしゃって、
いろいろ語っていただくと思うんですけれども、
今日は民宿地蔵前の栃木さんを呼びしている。
桂田さんの意図としてはどのような形で、
栃木さんをお招きしたんですか。
NOTOでミートアップを開催するときには必ず参加してくださるんですけど、
その時から地震発災時にどんな対応をしたのか、
ゲストさんに対してどんな対応をしたのか、
あとその後に何が起こったのかということを
たくさんお話をしてくださっていて、
それをもっともっといろんな人に知っていただきたいと思って、
ちょっと今回またお声掛けさせていただきました。
それでは栃木さんに自己紹介をしていただきましょうか。
はい、栃木さんどうぞ。
いいんですか。
地下町福浦湖と呼ばれる集落なんですけれども、
地下原発のわりと近いところで、
もともとは民宿、
何年か前からは民泊の方にシフトして、
地蔵前という名前をそのまま継いだままやらせてもらっています。
中町栃木と申します。
お願いします。
民宿業、民泊業をメインでやられているっていうことですか、お仕事としては。
仕事としては本当に僕パラレルワーカーで。
特定できないレベルなくらい本当にいろんなことを今やっています。
もちろん民泊の方は順調にやらせてもらっているんですが、
僕自身の本業としては河原屋さんだったはずなんですが、
河原屋さんって屋根工事の時に点検したいですよね。
ドローンパイロットもやっています。
ドローンを使って僕は多分日本で一番最初に事業としてドローンパイロットとして屋根を調査する人間なんですよ。
コミュニティもそれで運営しています。
日本ドローンズという一般社団補充を持っています。
最近というわけでもないんですけれども、
最近やたらと周りから注目されるのはAIクリエイターとして、
コンテンツ作りとか音楽とかを出させてもらって。
さっきAI演歌っていうのが新しいじゃないですか。
サイバー演歌。
音楽と河原とドローンとインパクト、パラレルですね。
マルチな才能を持ちのとしゆきさんなんですが、
今日はミンバクガイドラジオなので、
他の3つについてはまた別のチャンネルでありますので。
それはそれでね。
元日の震度7とフランス人ゲスト
早速なんですけれども、今日の趣旨、2024年1月1日、
あの時何があったか振り返っていただきたいです。
24日ちょうど正月ですよね。
フランスからの夫婦2人の予約が入ってまして、
8時ちょい間にチェックインされたんですよ。
まさにこれから地震が起こる直前です。
最初に震度4だか5だかの予診があったんですよね。
その時にちょうどゲストハウスのドアを開けた時で、
あの扉を開けた時で、
地震にてフランス人の方ってもちろん経験したことがないんで、
アスクエクって最初に聞かれたんです。
いつもの頃だからと思って、
いやノープロブレムって答えたんですけど、
その数分後ですよね。
本震が来て震度7をマークしたくそでかい地震が来たわけなんですけれども、
それを初めて地震を体験するフランス人の老夫婦と、
私とで外に行った時に、
ちょうど車から日本残高部の手伝うよって言ってる時に喰らいました。
で、面白いって言ったら失礼なのかも。
語弊があるんですけれども、
本当に外で地震を受けるっていうのは、
目でいろんなものが見ることができて、
もちろん音ででもですよね。
いろんな方向から家がきしむ音から、
何か木がきしむ音っていうのと、
もちろんドドドドドっていうゴロゴロ音。
目で見ると、
アスファルトでしっかりとした場なはずなのに、
大海原に放り出されたみたいな波打ってる状況が見えるんですよ。
通して見れるんで。
お客さんと僕とで、ゲストさんと僕とで、
道路の真ん中でサーフィンしてるような感じって言うんですかね。
立っていられないんで、
中腰になって。
それが普通地震って起きると、
ちょっと揺れて止まるっていうのが一般的だと思うんですけど、
本当に長かったんですよ。
後から聞いたら1分20何秒?
1分20何秒の終わりは誰が予測できるかってことなんですよね。
このままずっと揺れ続けてこれ死ぬだろうなとか、
いろんなことを考える時間がいっぱいあった1分20何秒だと思うんですよ。
1分20何秒すごいですよね。
1分20秒で終わりますって誰も言ってくれないですから。
フランス人の方はどのように、すごく大変だったんじゃないですかね。
最初にやっぱり言われたのが、
自分のことよりもすごく僕らのことを心配してくださってて、
大丈夫か大丈夫かって言ってくれたんですよね。
僕らは全然大丈夫、こんなの平気っていつものことだからって、
冗談まじりで言ってたりとかしたんです。
とにかく心配かけちゃいけないっていうのがあって、
遺憾線、天気と水道がその時には止まってましたね。
家の中自体は何ともなかったんで、
家に入ったらどうだって言ったんですが、
周りで壊れてる家見てるわけじゃないですか。
そうするともう怖くて入れないんですよ。
もちろん地震でそれで終わるんじゃなくて、
余震はいつまでも続きますんで、
ふとした時に震度4とか当たり前にありましたよね。
あれでじゃあ次いつ起こるのとかって誰も言えないわけだから、
とにかく不安いっぱい来るわけなんですよ。
お客さんももう家には入りたくないって言い出した。
じゃあゲストもその場で帰りたいと。
それがもう日が暮れちゃってどんどん真っ暗になってるし、
状況全く分かんないから、
とにかく家に入りたくないんだったら、
ここで家営始めようって言って、
うちダルマストーブが何台もあるんで、
用意していきなり家の前で囲いとか作ったりして、
家営が始まるんですよ。
むしろ水道出ないんで。
けど役立ったなと思ったのは、
ウォーターサーバーがうちあって当時は。
それでお正月前だしねって言って、
12本持ってたんですよ。
水は潤濁にあるって。
それを使い切るまでには必ず給水車とか
ああいうシステムが来るだろうって思ってて。
割と水を使って、
カップラーメン食べようとかコーヒー入れますよとか、
そういうのができたんで、
電気なくても発電する、
ポータブル電源とかありますか?
ポータブル電源あったんですか?
今聞けば聞くほど、
シーサージ何が必要なのかっていうことが、
もう意味があります。
結果論なんですけど、
ポータブル電源は、
余裕があることは持ってた方がいいと思いました。
それと水ですね。
あとはもう本当、
地震が起こって、
4日後ぐらいからは支援の話とかも来てたんで、
それさえ乗り切れればと思うんですよね。
家自身がダメになったとしても。
ダンスの方は何日ぐらいいて?
結局翌日には、
帰る方を選択して、
本当は4日間泊まる予定だったんですよ。
1月の4日まで泊まる予定だったんですけれども、
4日まで泊まる予定だったんですけど、
次の日になったら、
やっぱりちょっと帰る方でチャレンジしてみるって言い出して、
もう泊めるわけにもいかないですし、
帰られた。
で、後で、
安全なところまで、
金沢まで来たらもうこれで安全だと思うっていう連絡があったんで、
ちょっとこっちはほっとした感じで、
我々地蔵前に来ましたけど、
どうやって金沢まで来るっていうぐらい、
公共交通機関がない場所。
もう本当に車ありきで。
僕も自宅は、
鹿町よりもまだ南の白石なんですけど、
両方のことももちろんちゃんと心配で、
帰ろうとしたんですけど、
僕は帰れなかったです。
もうその時には、
時間差があったんでしょうね。
道路が寸断されてたんで、
完全にガタッと落ちちゃってて。
帰ろうと思ったら、
東海岸の方というか、
七押しの方をめぐって帰れば、
もしかしたら帰れたかもしれないんですけど、
そこまでする必要もないかなと。
お客さんは、
それで2日にチェックアウトした後、
地蔵前の民宿は無事でしたか?
チェックしたところ、
ちょこっと、
棚の上に置いてあったものが落ちたぐらいで、
構造的には、
僕一応建築士なんで、
構造的にはなんともないのを確証しましたね。
とにかく、
被災後の宿泊受け入れと復旧の段階
水と電気が出ない。
お客さんの受け入れは、
ダメだろうなと思ってたんですけど、
スマホは通じるじゃないですか。
もちろんエアビーからもそうだし、
グーグルマップからもそうなんですけれども、
問い合わせの電話はすごくありまして、
地震の直後っていうのは、
ちゃんと動くためのシステム、
機関がいろいろあるんですよね。
うちの場合だったら、
東京都内の区の防災センターの会長さん、
東京都の区の防災センターの会長さん、
東京都の庁の役所の方、
内閣府の方とか、
そういう方っていうのは、
一回とにかく状況把握、
情報整理をするために、
こっちに来られるんですけど、
その拠点として入れ替わり立ち替わり来る方。
当時そうか。
要は震災で、
いろんな人たちが見に来たいんだけれども、
泊まるとこがなかったということですね。
そうですね。
エアビーの普及率もどれくらいかわからないですけど、
たぶん情報は限られていたんだと思います。
ましてや、
工事関係者以外来ないでとか、
そういうふうなことが、
SNSとかで拡散されていましたんで、
ますます動きにくかったと思うんです。
一般の方で考えれば。
ただ、仕組み的には、
NPO法人さんとか、
ボランティア団体さんというのは、
ちゃんと心得ていて、
熊本とかのおかげだと思うんですけど、
よく熊本の話を聞かされたんで。
そういう流れっていうのは、
普通にテンプレートができているんだろうな、
という感じはしましたね。
ゲストさんが帰られたと、
実は、
栃木さんの面白には、
政府関係のいろんな方々が、
泊まりに来てくれた。
そうですね。
あえてうちを選ぶっていうんじゃなくて、
とにかく泊まれるところを。
うちも条件言ったんですよ。
まだ電気開通していませんし、
水道もわからないです。
保存分の水は蓄えてますけど、
お風呂は諦めてくださいっていう連絡を入れたんですよ。
そしたら向こうは、
眠れさえすればいい、
あとは全部自分たちが何とかしますので、
止めさせてくださいっていう言い方をされたんで、
じゃあぜひぜひっていう感じで、
引き受けしたっていうことを何回もやってました。
結果として営業はほとんどずっと止めてなかったってことですね。
営業自体はちゃんとやられてた。
建物自体は壊れてるわけじゃないし、
水道とか電気とかって今一番のインフラだから、
代替え措置もあれば、
復旧するのもそんなに待たされないだろうっていう考えがあったんで。
本当にケイタさんと一緒に回らせていただく中で、
元の道路が復興したとはいえ、
すごく寸断されてる図をたくさん見て、
地蔵前の飲食をずっと運営されていく中で、
元の復興に関してこの1年9ヶ月、
感じられたことありますか?
みんな復興が遅れているとか、
いろいろ言われてますけど、
復興はもちろん遅れるものは何も、
復興するのが目標であって、
いつをもってっていうのは、
復旧作業っていうのを今、
みなさん必死になってやってらっしゃるんですね。
その復旧作業自体も実は2種類あって、
とにかく通れるようにとか、
とにかく使えるようにっていうふうにやる、
緊急復旧と、
今後地震が来ても今度こそ大丈夫だろう
っていうふうにやるための復旧工事と
2種類あることを、
いろいろみなさんが吐き違えてて、
まだまだかかってるとかって言うんですけど、
今日も通ってきた中で片側交互通行とかやってるのは、
緊急復旧ではなくて、
復旧のほうだったりとかしたこともあります。
そういう違いがあるから、
それがじゃあ、
今日の明日に終わるわけでは、
通ってないわけだし、
またましてや、
このところの大雨洪水ですよね、
追い討ちをかけるように、
実は自然災害って、
わりと頻繁にこのところ起こってるんですわ。
1昨年9月の大洪水もそうですし、
ついこの間も、
うちの家の後ろなんかも土砂崩れしてますんで。
いや、トンネルが通行禁止になってて、
震災じゃなくて、
その後のついこの前の洪水だったよ。
大雨だってさっき浮かびましたもんね。
そういう状況なんですよ。
もう、
もともと復旧しても、
耐震化とか防災化とかってされてるわけじゃないものが、
復旧してて通れるようになってただけのことなので、
完全なものっていうのは、
まだまだずっと先なのは当たり前なんですよね。
そこをご理解いただきたいなと思うことが、
本当に長丁場なんで、
いろんな応援していただけたら嬉しいなと思うし、
僕みたいに民泊業、
民宿業されてる方にしてみれば、
今終わったからどうこうっていうんじゃなくて、
今マイナス状態スタートなわけですよね。
いろんなことが。
お金もいっぱいたくさん使っちゃったし。
それを取り戻すために、
商売を早く、
軌道にもう一回戻し直して頑張ってるところなんで、
それが回収できるのって多分、
またここやって、
追い打ち攻撃を、
自然からの追い打ち攻撃を食らうことを考えると、
みんなどこもそうでしょうけど、
そんな2年後3年後に終わるわけないだろっていうのが本音です。
そういう意味じゃ、
今ちょうどポケモン空港の前にいまして、
このポケモンは3年間リミット。
ハンケンがただでしかないのが3年間リミット。
この3年間の間に果たして、
自立できるくらいしっかりとしたノト半島が
できているかっていうことを考えると、
さすがに誰も首を縦に振る人はまだまだ少ないだろうなって。
カンフル剤が欲しい、応援が欲しい、
そういうふうに思ってますね。
さっきとしゆきさんおっしゃってましたけど、車の中で、
例えば寿司で塩作り体験っていう、
新しい動きがあって、
そのために来る人が現れたりだとか、
新しいビジネス、
新しい復興の芽がノトに芽生えているのかなっていうのを、
ちょっといろいろ今日お話を伺いながら感じたんですけど。
ちょっと持論ぶくみですけど、
ここノト半島っていうのは
能登の自然共生と住宅の防災
世界農業遺産に認定されています。
たぶん一番最初に認定されたうちの一つなんですね。
世界農業遺産って何ですか?
それはですね、
自然と共存する生活モデルができていることなんです。
農家みんなやってるようじゃないですよ。
アグリカルチャーっていうふうに一言になっちゃいますけど、
人間の生活スタイルが自然と共生しているっていうので、
世界農業遺産という形でノト半島は指定されています。
田んぼやってる人もいれば、
海のことやってる人もいるし、
草原育ててる人もいれば、
動物飼ってる人もいる。
そういうのがもともと生活習慣としてあるのが
このノト半島なんですね。
僕自身も表向き民泊だとか河原屋さんだとか言ってるけど、
夏になったらスモグリ社材料がありますし、
冬になったら海に行って、
フクーラ岩のりってあるんで、
それを取るなりわゆみをしてます。
そういう感じで自然と共存します。
今日行かれたトギソウの後ろ側には、
マンガキって言って、
切ってきた竹を縦に並べて、
風を防ぐための仕組みがあったりとか、
田んぼで採れた稲って、
普通に濁穀機かけて、
農協持っていって乾燥機かければ、
めちゃめちゃ早く製品ができるけど、
ほとんどのノトの人っていうのは、
ハザ掛けって言って、
田んぼの真ん中に竹渡して、
束ねた稲をこす習慣があるんですね。
そうする方が自然に乾いていくから、
味が美味しくなるぞっていう風に
僕は教えてもらってるんですけど、
ブチャ農家じゃないですけど。
そういう自然と共存し合うっていう流れが、
もともとノトの人間には根付いてて、
悪い言い方ですけど、
このノトにあった地震、
ノト半島地震についても、
この間の大災害の大雨洪水についても、
受け入れるしかないっていう感覚も、
かなり実はあるんだよなっていうのは、
僕はあちこちで感じることなんですよ。
前は、
いしかけに地震なんかないよとかって、
僕言われてたんですけど、
いやいやあったじゃないか、
になってかかって。
もう地震なんか起きないからって、
よく言われるんですよ。
リフォーム屋さんですから営業するんで、
おばあちゃんとかが、
もう私が生きてるうちは地震なんかも来ないよとかって、
言ってた矢先のこの地震だったんですね。
それを考えると今、
ノトに限ったことじゃないんですけれども、
日本全国どこでも災害って起こる。
それに人間は逃げられないっていう考えを、
持つべき、
持って備えるべきだなっていう風には思いますね。
人間なんて文化持ってるんで、
抗い方は色々あると思うんですよ。
だけどそのノウハウっていうのを、
共有する方法っていうのが、
本当に今限られてるから、
例えば僕の家なんかは、
僕は本当にノト半島地震の
18年前の方のノト地震で、
頑張ってお金稼いだんで、
住宅ローンを組んで白衣に家建ててるんですよ。
けど僕はノトならではの、
在来広報とか、
瓦屋根とかっていうのをやらないで、
自分で設計した輸入住宅を建てたんですね。
これもう過去たる、
過去経験があって、
神戸の阪神大震災の時に、
僕建築士だから、
もちろん調査っていうか、
やるんですけど、
軸組み広報の家みんな傾いたんで、
全壊なんですね。
某ハウスメーカーさんが建ててる通売広報って、
無傷なんですよ。
同じ時期に同じ場所で建ててんだに。
それ見た時に、
普通に基本軸をそこだよね、
っていうのがまずあって。
今は色んな方とお付き合いするようになって、
小民家をリノベーションして、
その民泊化するっていう考えが、
すごく強くて、
すごくまずいなって思うのは、
もともと小民家ってみんな、
かやぶき屋根とか鉄板屋根が当たり前だったんですよね。
板ぶき屋根、
杉板ぶき屋根とか。
防水効くのがほとんどないような状況。
そこに大発明として、
瓦っていうのが生まれて、
みんなこぞって瓦に変えたんですよ。
古いお家で、
瓦の重さが乗っかるような設計をされてないものの上に、
重たいものを乗せたら、
壊れて当然なんですね。
だから小民家を支援する人の中には、
結構言ってる人がいるんですよ。
まだ板金の方が軽いから。
10倍軽いから。
板金で拭いた方がいいよっていう人もいるんで。
僕もそう考えるんですけど、
かやぶきはもっと大変ですよね。
かや集めるだけで10年かかるんで。
いろんな間違った価値観っていうのがあって、
もちろんそれって必ずしも防災に結びつくことではないし、
価値アフトにも結びつくことはないんですけど、
もとの場合は、
本当にラッキーなのが、
いい粘土質があったから、
瓦割れた?壊れた?
じゃあいいよ、瓦また焼けばいいじゃんっていう、
地産地消の考えがあるから成り立ってたんですよ。
けど今、
瓦って県外から買うし、
もちろん燃料代高騰だから、
買ってくるだけでも結構何倍かかるし、
そういう時代になっちゃった。
だから、
いろんな悪いことが、
積み上がった状態になってるところで、
今回の元地震があって、
しかも、
いろんな価値が見直されながらも、
見直しきれてないところで、
論争が起こったり、
パニックが起こったりしてるっていう様を、
僕はずっと見てるんで、
この度、
熊本が10年で、
もう一回来ちゃったじゃないですか。
もしかしたら、今日こうやって話してるうちに、
東京とか、
静岡とかでまたクソでかいのとかが、
あったりする可能性もあるんですよね。
これは誰も否定できないんですよ。
誰も予言ができないことなんで。
そう思うと、
今、確かにNOTO大変です。
まだ全然大変ですけど、
みんなでその大変っていうのを考えなきゃ。
やれることって、
人によっていろんな種類があるし、
限られてるんですけど、
考えることは誰でもできることだから、
みんなでちゃんと考えるようにしていきたいなと、
いつも思ってますね。
としゆきさんのような方が、
NOTOの経験を、
こうやって全国に発信してくださることは、
どれだけ大事かっていう風に思いますね。
どうですかとしゅきさん?
どうしてもね、
さっき最後にお伝えしたように、
どうしても僕、東京、
初心埼玉ですけども、
いつまでも安全安全って言われて座ってきてるし、
今のところ何もないからってなってるけど、
多分同じ気持ちだったんですよね。
石川にいたとしても。
でもこういうの来ちゃって、
自分の中の常識が崩されるってことが起きてるから、
僕も自分の中で何か考えを考えて、
変えていかなくちゃとは思うものの、
じゃあ何すりゃいいの?
っていうのでまだ自分の中にハテナは浮かんではいるんですよ。
さっき圭佐さんから教えていただいたのが、
まさにとしゆきさんのところもそうですけど、
のとって2年経って、
実は僕らのとじゃない人、
金沢とかのとに住んでない人だとすると、
まだ宿泊施設どこもやってないんじゃないかって、
思いがちなんです。
ところが、
宿泊施設で開いてる人がたくさんあって、
来れるんだよっていうマップを、
圭佐さんから渡されて、
僕は実は正直驚いたんですね。
今石川県では行政が出している、
今行けるのとっていうリンクと、
あと先ほどちょっとご紹介したんですけど、
今行ける、今泊まれる宿泊施設っていうリンクと、
まだまだ他にもあるんですけど、
そういったものも用意してて、
そこから簡単に探せるよっていうのが、
発信されてますね。
もちろんAirbnbのリスティングも、
その中にはたくさん掲載されてると思います。
そうですね。
野党のことを知ることはすごく大事。
そこから今ある野党の現状を、
野党でこれから始まりつつある、
新しい復興の日差しを知ることがすごく大事。
来ることがすごく大事だなと、
今日本当に思ったんですね。
ありがとうございます。
能登で起業する人を支える居住施設
今日実は、ずっと運転手をしてくださった、
瀬戸さんもいらっしゃるんですけど、
我々が今いるところは、
なんとこの野党に住み、
野党で挑むっていう風な、
プロジェクトの場所、
つまり野党で起業する人を応援するシステムがある、
みたいですけど、
瀬戸さんちょっと教えていただけますか?
初めまして。
僕は石川県に住みながら、
今ここ和島、
野党の空港の目の前にある、
宿泊施設に住まわせてもらって、
2拠点生活をしてます。
この施設っていうのが、
石川県が整備してくれた、
宿泊施設という、
居住スペースになるんですよね。
20部屋で、
20人が利用できるんですけれども、
石川県内外問わず、
野党のエリアで、
何か新しいことをしたり、
起業したり、
こういうプロジェクトをしたり、
学生さんも含めて、
利用できるんですけれども、
そういう方に向けて、
県が提供している、
宿泊、
居住スペースになります。
仮に、
アパートとかを契約するのは難しい方でも、
県が応援してくれて、
空港のすぐそばで、
住む場所があるよと。
本当にどこで起業したい人にとっては、
すごく投資になるシステムがあるんですね。
そうなんです。
住むところっていうのが、
この被災地、
まもなく3年ですけれども、
未だに、
アパートを1人が住めるような、
ちょうどいいサイズのアパートだったりとか、
家とかっていうのが介護なんですよね。
じゃあ泊まればいいじゃんって言うんですけれども、
宿泊施設も、
12分に確保されていない状況なので、
新しい活動をしようという、
する方々の、
やっぱり足場線になるんですよね。
僕も、
ここ5月から入居させてもらっているんですけれども、
それまで、
ちょうど4月に、
この和島の方で、
事務所を開設したところであったんで、
その準備等々で、
その時に、
こういう場所が使えたらよかったんですけれども、
まだ入居できなかったので、
その時は僕はずっと事務所で寝泊まりして、
お風呂は入れなかったりっていうのは、
ずっと続いていたんで、
やっぱりこういうのがあると、
体的にも楽ですし、
同じ石川県内に住んでいるし、
近いんじゃないって言っても、
片道2時間3時間かかっちゃうところなので、
被害リベースで活動することが、
今こっちに進むようになったら、
できるようになったので、
一泊して、
2日フルでこっちで活動していこうかな、
っていうのができるようになったんで、
やっぱりかなり楽ですよね。
ありがとうございます。
本来、寝泊ホストのはずの瀬戸さんに、
違うことをコメントしていただきましたが、
野党に来ること、体験すること、
そしてチャレンジすること、
今、いろんな可能性が開かれている。
どうですか?
栃木さんから見て、
野党にもっと見に来てもらいたい、
チャレンジしてもらいたい、
思うところはございますか?
現地を訪れて知る復興の現在
いや、もう普通に、
地震が経ってから2年ですか、
まだ、
多分、今日みなさん回られても思ったけど、
普通に、
地震のそのままの状態って言ったら、
ちょっと語弊がありますけど、
海岸のこと、
隆起した海のこととか、
崩れた崖、もちろんそれも、
生活に関係ないところとか、
本当にまだ壊れたまま、
崩れたまま置いて、
あるところもあるし、
そういうのからでも、
ご覧になっていろいろ感じることは、
必ずあると思っています。
で、
生活されているというか、
普通の民家施設についても、
まだ手付かずな状態、
手をつけられない状態って正直あるんですよ。
所有者が誰か分からないとか、
いろんな利害関係があって、
今まだ判断ができていないとか、
っていうのももちろんあるんで、
そういうのももちろん残っています。
あまりお節介的に家の人に声をかけると、
よくないことかもしれませんけれども、
見る分には迷惑さえかけなければ、
見ていただいた方が、
僕は全然いいと思っていて、
まさにテレビやガイドブックでは、
紹介しないノトっていうのは、
いまだに生のようにありますんで、
それは見ていただいた方がいいなと、
思っていますね。
としみつさんのような、
ノトで民泊をやって、
実際に震災を体験された方々のところに、
一人でも多く、
みなさんが泊まっていただいて、
リスターの方に何が起きたのかっていうのを、
リアルに聞く、体験する。
それがたぶん、
次の震災の備えになる。
そんな形で、
桂田さん、今日お呼びいただいたんでしょうか。
はい。
そうですね。
こういう経験があるからこそ、
新しい知識が生まれた。
知識ができた。
それをシェアしていくことによって、
今後どこかで起こりうる災害に対しても、
事前に準備できたりとか、
防災関連ですね。
予防できたりということも、
あると思っているので、
今日みたいなこの機会って、
とても有意義だな、
意味のある、
とても意味のあることだなと思っています。
そういうわけで、
桂田さんがお呼びいただいた、
神奈川のホストさんです。
いいのかな。
あと香川のホストさん。
3人目の方もいらっしゃったんですけど、
今日いらっしゃっていただいているんですけど、
もしよろしければ、
皆さん、民泊ホストの仲間なんですが、
一人一人お名前と、
どこで民泊をやっているか、
今日1日のツアーで思ったことを、
何度お聞かせ願えますでしょうか。
じゃあまず美穂さんから。
2回目の登場です、美穂さんは。
2年前に登場されていますので。
はい。
2年前はちょうど、
ノットの震災の後、
直後に神奈川にたくさん、
住まいを、
住めるところを探して、
どんどんノットのほうから、
神奈川のほうに、
大移動が始まっている時期で、
自分の施設を、
ご家族とかにオープンに、
利用していただくという、
活動をしたんですけれども、
お話は伺っていたんだけれども、
直接このノットの奥のほうまで、
今回初めて、
何年かぶりに来てみて、
様子を見て、
本当に驚くというか、
まだこの状態なの?
というよりも、まだじゃなくて、
リアルで、
1日1日、
震災の時から、
生活が続いている、
ということを、
まさに、
目の当たりにして、
ずっと見て、
発信して、
今こういう状況です、
こういうことが起こっています、
ということを、
誰でもいいから発信し続けることって、
すごく意味があるんだな、
というのを改めて今日、
ご一緒させていただいて感じました。
ありがとうございます。
こちら先に、
あきらさん。
神奈川の、
郊外と、
石川県香川の方で、
一頭がしの、
民泊をしています、
あきらと言います。
今回、急遽、
この会に、
参加させていただきまして、
本当にすごい、
刺激がありました。
皆さんの色々な話から、
この野党の方の、
現状を、
震災があって、
一回は来させてもらったんですけど、
それもちょこっと、
少しずつの方に来ただけで、
今回ぐるーっと、
車で皆さんと、
回らせていただいて、
本当にもう、
まだまだ復興が、
もう2年、
もう3年、もうちょっとで、
やっと4ヶ月くらいで3年、
経ちますけど、
まだ追いついていない、
まだ観光も、
まだまだ戻ってきていない、
というのが現状。
本当に同じ石川県内ですけど、
金沢に住みながら、
全然まだまだ、
自分は、
この野党の震災のことを、
知らなかったなというふうに、
本当に反省、
みたいな思いにもなってまして、
本当にもう、
どんどんどんどん、
この機会をきっかけに、
もうちょっと野党の方を、
自分からも、
皆さんに発信できるように、
心がけたいなというふうに、
思いました。
本当に皆さんの、
県外からも、
ボランティアなり、
復興の、
建築関係で、
頑張っていられる方が、
本当に頭が下がる思いだな、
というふうに思いました。
以上となります。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
石川県の白山市という場所で、
宿泊ホストをしております。
ホスト名は、
ハコと言います。
金沢市よりも、
福井側に30分ほど、
行ったところに、
宿をしているんですけれども、
宿は去年の年末から、
開始したもので、
震災時は、
宿の経営はしておりませんでした。
震災時、
私は建築の仕事をしているもので、
当初から、
駅上下で傾いた家とか、
前回反壊した家は、
結構見に行ったりとか、
今も工事は、
いろいろしている中で、
やっぱり、
震災直後だと、
私も崖から、
車で落ちそうになったことも、
ちょっとあったりとか、
結構危険なことも、
あった中で、
今はもう、ちゃんとまともに走れるなって、
去年ぐらいから、
もう随分戻ってきたな、
なんて思っていたんですけど、
今日、やっぱり自分が普段走らない道を、
一緒にドライブさせていただくと、
ちょっとまだまだ、
復興できていないエリアも多いな、
なんて思いながら、
参加させていただきました。
自分が、
いつも仕事とか、
家族と見ているとは、
また別の視点で、
いろいろなものを拝見することができたので、
とても貴重な機会になったのと、
ポケモン連携と能登の観光
あと、ポケモンを、
すごい全面に押し出していらっしゃって、
結構千枚田でも、
面白い写真が撮れたりとか、
三ツ家島も、
軍艦島って通称言われている島も、
地震で崩れてしまってはいるんですが、
そこもフォトスポットになったりだとか、
いろいろ力を入れていらっしゃるな、
というふうに思ったので、
また宿泊されるゲストさんにも、
いろいろご紹介できるかなと思いました。
ありがとうございました。
野党がポケモンタイアップをやっていて、
アメリカ人の方が、
野党の空港でポケモンを撮影しに来て、
そのまま泊まるところがないんだけど、
世界中から今集まっているという、
ポケモンファンの人たちはたまらない。
ユキさんもマフォルトに行っていました。
ポケフタっていうのが、
47都道府県いろんなところにあるんですけど、
金沢、石川県には、
てんてんとしたところにありますよね、
そうですね。
ポケモンウィズユ財団が、
野党の復興支援で、
先月でしたっけ、
先々月ですかね。
先々月から、
ポケモンウィズユ財団が、
野党の復興支援に入ってくださっていて、
それで野党のあちこちに、
ポケフタであったりとか、
ポケモンと写真が撮れる、
野党の観光地のフォトスポットができたりとか、
いろんなことが生まれていて、
実際、元空港も、
元ポケモンウィズユ空港になって、
期間限定なんですけど、
1ヶ月の間に、
例年の4.5倍でした。
わーすごい。
会場者数が、
あったっていうことで、
結構盛り上がってきてるなっていうのは感じてます。
ただその中でやっぱり、
泊まれるところであったりとか、
もっともっとあれば、
いいんじゃないかなって、
今後につながっていくし、
またその、
宿泊エリアの近くの飲食店であったりとか、
お土産屋さんであったりとか、
いろんな商店、お店も、
多分それに合わせて盛り上がっていけるんじゃないかなって、
思ってるので、
今、
ある宿泊施設の中で、
宿泊施設をみなさん見つけて、
ぜひ泊まりに来てほしいですね。
野党を体験するっていう中で、
ポケモンを体験するという、
ちょっと楽しい目的も、
世界で初めてのことなんで、
世界初のことなんで、
ぜひ体験してほしいですね。
ありがとうございます。
すごい盛りだくさんだったし、
なんでしょうね、
僕ら県外の人間からすると、
ニュースで見てる情報じゃ、
全然物足りないというか、
本当にこんなに起きてることって、
実際は、
思ってる数百倍、
結構激しいものが起きてるんで、
めちゃめちゃ思いましたね。
そうですね、本当に、
感じることがすごく大事で、
まだ元に来たことがない方々には、
一人でも多く、
見て、
感じていただいて、
でもその中に、
本当にいろんな新しい、
なんていうんですかね、
新しいことが生まれつつ、
いろんな取り組み、
このアイデンティフォトベースだったり、
あと佐藤さんの研ぎ層だったり、
すごくポジティブなパッションを持って、
復興させていこう、
という思いを持った人が多い、
たくさんいるんだなっていうのも、
元気をもらいましたね。
熱い思いとエネルギーを感じられる場所ではあるなって、
僕は実は今日一日思いました。
東京に住んでると、
物がすべてクールに進んでくるんですよ。
もうね、熱い。
今日インタビューさせていただいた、
佐藤さんも栃木さんもみんな熱い。
だって今日鉄朗さん何回か涙ぐんでましたよ。
そうなんですよ。
能登を訪れ、食と自然を体験する
じゃあ桂田さんに最後に、
全国のリスナーに、
ミンパクホストリスナーに、
伝えたいことがあれば。
そうですね。
もうすぐ、
地震から、
3年になります。
3年過ぎるのか。
3年過ぎるんですけど、
でも、
野党は頑張ってるし、
あと、今からまた美味しいシーフードが、
というお話も、
僕前回も話しましたけど、
冬にぜひ来てほしいです。
シーフードが本当に美味しいし、
シーフードが苦手な方も、
のとうしであったりとか、
のと豚っていう美味しいお肉も、
あるので、
ぜひぜひいらっしゃってほしいです。
あと、
のとには工芸品であったりとか、
大自然もたくさんあるし、
楽しめるコンテンツはたくさんあると思います。
ぜひぜひいらっしゃってください、
一回体験してください。
次は冬ですね、テスロさん。
もうすぐ来てほしいです。
今日は本当に皆さん、
ありがとうございました。
こちらこそありがとうございました。
次週へ続きます。
ご静聴ありがとうございました。
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ぜひよろしくお願いします。
今回はここまでです。ありがとうございました。
ありがとうございました。
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