00:06
- こんばんは、港町れいでぃおへようこそ。鶴田です。
- 村田です。
- この番組は、争いになって森国郷の横浜に帰ってきた二人が、
- アルコールを片手に、横浜家系ラーメンに花を咲かせるレイドです。
- ちょっと待って、浜談義や趣味の話じゃなかったっけ?
- はい。
- いや、今回はね、
- 今回は、
- 前回に引き続き、家系ラーメンについてということで、
- はい。
- 冒頭から飛ばしておりますが、
- 飛ばしております。
- じゃあ、鶴田君、今回のお酒は何ですか?
- 今日は、横浜ビールの横浜ビートです。
- おー、これ、この前の収録の時にね、
- うん。
- 探してて、
- そう、探してたんだけど、
- 店長いなくて、
- うん。
- 買ってきました。
- 横浜には横浜のビールがある。
- うん。
- 素敵ですねー、小麦ビール。
- 良いですね。
- 乾杯。
- はい。
- うん。
- こう、小麦の甘さがフルーティーで、
- 飲みやすいですね。
- 飲みやすい、これ久しぶりだね。
- うん。前飲んだ。
- 飲んだ、ウィートも、ラガーだっけ?後も一つ。
- うん、ラガーも飲んだ。
- 両方とも、飲んでた記憶がある。
- うん。
- ということで、まぁ横浜ビールを飲みながら横浜駅を語っていきたいと思いますが、
- はい。
- 前回ね、
- うん。
- えー、次回カテゴリーの話をしますと、僕言ってたんですけど、
- 言ってたね。
- で、まぁ実際に一回撮ったんですけど、
- 実はね。
- どうしても、ちょっと後にこう、
- 構成を変えたい思いを抑えきれず、
- うん。
- すみません、あのーカテゴリーの話の前に、
- うん。
- 吉村の歴史の話を先にやらせていただきたい。
- リテイングだと?
- ね、こっち先に話した方が、たぶんね、カテゴリーの話がすごく分かりやすくなると思ったんだよね。
- あー、なるほどね!
- あ、話した後にちょっと思っちゃったの。
- うん。
- まあなんで、あのーちょっと歴史の方の話を今日させてもらいたいと思います。
- 吉村や。
- うん。
ちなみにちょっと前置きとして港町レイディオは普段非常にマイルドというか 上品なトークで切り拭げられる番組だと思うんですけど
今回ちょっと吉村は使いにあたって 暴力的な言葉や表現が出てくるかもしれないのでご了承ください
バイオレンスのタグついちゃう
またもうねあのちょっと長くなると思うんですけど面白いと僕は思ってるんで ぜひ聴いて頂ければと思います
はいじゃあ吉村その厚き歴史編行っています
はい
EKの発祥店であるEK総本座吉村屋とその創業者吉村実さんのストーリーを話していきます
実さん
一応今回の調査では本とかラーメン評論家の人のブログとかインタビュー記事とかがベースで
特にね1999年にテレビで放映されてた密着取材ドキュメンタリーがあって
99年
それを結構元にお話しさせてもらってます
はいってことで吉村実と吉村屋のストーリーね
吉村さん昭和23年1948年生まれです
今年でもう74歳です
ご存命今
今もすごい元気にご存命
03:01
横浜市出身で兄弟はそのドキュメンタリー番組上では吉村さん曰く8人兄弟いたと
だったんだけどもう一人に自分一人になってしまった後に語っている
だからまあその他の居ない人たちはどうしているかは分からない
むしろ亡くなっているのかもしれない
で大和の近くの中学校を卒業して
大和駅
県営東北線
あそうそう
ねぎし線の範疇か
ねぎし線のね
で中学卒業後に働き出して
そこからいろんな職を転々とします
大工見習いとか
大工見習い
養殖屋コックとか
弁護士秘書とか
床屋見習いとか
運転士とか
ほんといろんな仕事で
インタビューでは吉村さんは
僕は昔何をやっても中途半端でダメな男だったと
ふうに語ってます
うん
で転々としながら
えっとね東京の大田区の平和島あたりにあった
ラーメンショップっていう
ラーメンショップ
今もねあるラーメン屋さんのチェーンなんだけど
その一覧みたいな感じ
なるほど
そこで働いてた時に
ふと
九州の豚骨と
東京の醤油を混ぜたら
うまいんじゃないかと思いつきます
あーなるほど
うん
でそこから
すさまじい研究の末
当時全くなかった関東で初めての
醤油豚骨のスープが完成します
あーなかったんだ
当時はねなかったみたい
今でこそたくさんあるけどね
醤油豚骨ってなんか
普通なイメージだったけど
そうだよね
70年代ぐらいかな
まだなかったらしい
でそのスープと最高のパートナーになる麺ね
麺ね大事よね
麺大事です
麺も大田区にある堺製麺という製麺所の
堺さんという社長の方と
2,3年ぐらいかけて作り上げます
吉村さんは私の命の恩人だと堺さんがね
語るほど本当に堺製麺の麺が重要な存在らしくて
もともと堺製麺はうどんの製麺所だったみたいで
そういったちょっと背景もあったら結構太麺な
あーなるほどね
家系の麺の由来があるのかなと思います
そして昭和49年
1974年ね
横浜磯子区の杉田に吉村がオープンします
あーそれは前回もやった
杉田のねところにできますと
あの新杉田からね
徒歩4,5分ぐらいのところでやりますと
近いね
でこのエリアはね
工場密集地帯で
あーなるほど
工場いくつかあって
だからそこの労働者の人とか
そこに来るトラック運転手とかね
を中心にどんどん吉村に人気になってきます
オープン時間は朝5時
早っ
なんと朝5時
あでもそうか運ちゃん早いから
運ちゃん早いし
朝まで仕事してる人とかね
それで開けて
仕事後の一杯みたいな感じで
そうそうそうそう
でもう夜8時には閉店
してました
ちょっと早いね
ね結構早いよね
06:00
こんな感じの営業形態で運営をしていました
その時はもうなんだ
吉村屋っていう
その看板を担いで
そう吉村屋という看板を担いで
後にEKラーメンと言われるラーメンを
作ったんだよね
でここでちょっと当時の仕込みの様子を
お伝えします
なんかもう番組になってるね今
いやもうそうね
午前3時半ぐらいに
午前3時半ぐらいに
吉村さんお店に行きます
みのるさん
そして一人で仕込みを返します
吉村屋はね白い鉢巻きと
白いTシャツと
白いズボンに長靴っていうのが制服
みたいな感じで
真っ白なんでね
鉢巻きを巻いたら銭湯返しということで
ネクタイと同じだというふうにおっしゃってる
ネクタイと同じ?
ネクタイみたいなもんだと
サラリーマンにおける鉢巻きが
吉村屋ではこう
鉢巻きのことネクタイと呼ぶらしい
そうなの?
そうみたいな
でその仕込みでは
豚骨
豚の背骨とかね
原骨っていうだで骨とか
あと鶏がら
鶏の骨とか
これを毎日
豚骨約1トン
鶏がら500羽以上ぐらい分を使って
それは大きな大きな
寸胴鍋で煮込む
そうこれは重労働なんですよ
これを毎日毎日やってきます
なるほど大変だね多分ね
そうでその骨がね崩れたりしないように
丁寧に混ぜたり作ったりする
結構相当な技術が必要とのことです
でも朝5時にオープンしてから
多くのお客さんが来て
20時までフル稼働と
いやーなるほどね
すごいよね
99年のねその番組の映像では
1日に1000人ぐらい来ていた
すごいねすごい回転数だな
すごいよね
15時間営業でしょ
だから1時間66人ぐらい
いるイメージ
1時間66人か
すさまじい人気でしたと
そこから25年間1999年まで
この杉田で吉村屋をずっと営業し続けて
そんな時期まで杉田にあったんだ
25年ぐらいやったんだね
その間にたくさんのお弟子さんを迎えて
修行した弟子たちが80年代頃から
自分のお店をオープンしていきます
82年の頑固定とか
84年の長谷川屋とか
86年の吉村屋の2号店としても本木屋みたいな
こういったお店があって
ちなみにこの本木屋は後でちょっとやるので
頭の片隅にちょっと置いておいていただければと思います
そんな感じどんどんどんどん広がってて
人気になっていくんだけど
ここでちょっと吉村実さんという男は
とにかく情熱にあふれて豪快だったり
めちゃくちゃ怖かったり
昭和の頑固親父みたいなイメージを
結構当てはまる人なんですよ
ちょっとその人柄だったり
吉村屋の様子がわかるエピソードを
09:00
その99年のドキュメンタリーを元に紹介したいなと
まずすごい喧嘩越して口がめっちゃ悪い
レポーターとか来ても
お前みたいなやつに味なんかわかんないよみたいな
教養レポーターだなみたいな
とか言ったりとか
気に入らないお客さんとかにね
金返しやれって言って
叫んで帰ってくれって言って
喧嘩したり
当然弟子にはバリ雑言
さっさとやれとかね早くしろとか
お客さんの前で蹴ったり
鉄拳制裁
客のマジで
何にも悪くないのに
マジで気まずいお客さんたち
あとすごくこだわりやっぱ持ってて
杉伊伊達にずっとやってた25年間
必ず1日2回ラーメンを食べます
本人が本人がラーメンを食べます
自分で作ってですね
そうやって舌をチェックするんだね
マジで間違ってないかと
25年間食べ続けます
だから1年に家族でご飯食べたりするのは
2回ぐらいだけらしくて
息子とかも2人いるらしいんだけど
何年も会ってなかったりとか
そうなんだ
俺みたいなやつ親になっちゃいけないって
自分で言う
情熱を注いでます
あと豪快さで言うと
年に一度調味料とかお肉とかね
吉村に卸す業者さんの社長を一度に集めて
そこに数億円の現金札幌を並べて
1年分の支払いを先払いでやります
なんで嘘
そっちの方が安く済むというか
業者側も嬉しいとか助かるから
1年分先に数千万をいただくみたいなね
でも99年当時で
資産が数十から数百億くらいまで行ってて
吉村さんも
だって吉村さん自身は吉村屋1店舗だよね
他にも実業家で他の会社も持ってたり
そうなんだね
でも横浜駅近くにも
いくつかビルを建てたりとかして
まさにラーメンドリームを実現させて
ラーメン屋のためのビル
いやもう全然事務所だったりとか
他の貸しビルみたいなね
的なものだったりとか
さっき話したけど
ラーメン以外にも実業家として
例えば古本屋とかを経営します
古本屋
なんで
儲かると思った
なるほどね
なのでラーメンやってる途中で
ちょっと抜けて商談とかしたりしてます
実は2000年に1回逮捕されます
なんで
その古本屋でね
無修正YSスピーディを
ちょっと販売目的で何本か
所持していた疑いで逮捕されちゃったりします
そんなこともあります
12:00
やんちゃなんかなんなんだろう
なんなんだろうな
とにかく金持ちになる秘訣とは
寝ないことだと
豪語しても動きもある
スーパーマンなんですね
でしまうか
時代を感じる
いやほんと時代を感じる
時代を感じる
とにかくその味もね
家系の味も人柄も
そういったドリームを実現させたって
実績もすごく有名で
とにかく人生を変えたいと
ひっきりなしに入門志願者がやってくるんだよね
あーなるほどね
そしてほぼ修行に耐えられず逃げます
あもう割増温の
弟子というか志願者たちを
実は息子さんもね
2人も修行してたんだけど
逃亡します
息子も
もうやってらんねーみたいな
息子も逃亡します
いや
ってぐらい
でもなんかね
教えるってより
ほんと見て学べ系
なるほど
感じでだからもうほんと
突っ立ってると
何も分からず突っ立ってると
鉄拳が飛んでくる感じでもう
とにかくね
そのまあ死ぬ気でやることが前提だから
スパルタどころの騒ぎじゃないよね
スパルタでも騒ぎじゃないね
余ったるな的な感じなんだよね
まあでもそれでも
約300人以上ぐらいのお弟子さんを
いうふうに送り出していくんだよね
へー
ちゃんと教えた弟子への思い入れってのが結構強くて
独立した家系の例えばこう
立地がすごく割れすぎちゃって
お客さんが集まらなくてもうかわいそうすぎて
思わず泣いちゃうとかね
こんなところじゃほんと集まんねーみたいな感じで
思わずそのかわいそうに立地に泣いちゃうとか
泣いちゃう?
そうそうそう
ここであの修行の話もしたいと思います
修行のね
うん
過酷さと
ちょっと後々面白くなってくるんで
ちょっとぜひ修行の話を紹介させていただきたい
あの99年のそのドキュメンタリーから
うん
タイトルはね地獄の修行180日間という
いやもう見たくないじゃんそんなの
もうねあの令和の今じゃ速攻アウトな内容
そうだよね
面白かったんで紹介します
あるねちょっと一人の人の修行を密着した内容でね
うん
ある一人の男性が奥さんと一緒に連れて入門以来にやってきます
うん
その人の名前は
つむらすすむさんという
すすむさん
当時34歳
つむらさん99年時点で
はいはいはい
東大卒
大手商社勤めのエリート
どうしたつむらさん
中国でのねその仕事とかをされていて
うん
あのプロジェクトで通訳をしていた奥さんと知り合って結婚して
もう子供を2人生きると
うん
純朴
純朴
万般
万般な人生を送ってなんだけど
うん
プロジェクトがちょっと飛んだしてしまって
ああ
そのストレスで退職をします
商社はちょっともういいやってなって
そう
で地元の千葉県千葉県出身なんだけど
うん
奥さんと一緒にラーメン屋さんをやってたんだけど
うん
売れなくて
資金が底を突きます
で人生を変えるために吉村にやってくるんだね
15:00
うーん
でいきなりその入門前から吉村さんに厳しいことを言われます
何て言われるんですか
いや金あんのかと
うん
独立できる金はあんのかと
うん
ないですって
うん
じゃあ奥さんを担保にできんのかっつって
うん
逃げやがったらもう従業員で働いてもらわないと
なるほど
で奥さんいいのかよと
うん
奥さんに言います
奥さんはいっつって
奥さん担保に入門します
いやいや担保ってアウトでしょ
アウトで
でその後はあのつむらさんね
あの千葉県から子供と奥さんを残して
うん
一人吉村のねワンルームぐらいの社員寮に引っ越してきて
うん
その厳しい修行が始まります
うん
でその一応ラーメン屋をずっとやっていたんだけれども
もう吉村のすさまじいこうスピードに
うん
ついていけず
うん
もう右往左往して
うん
いつまでも客の気分でいるんじゃないと
うん
土合や蹴りやビンタを
入れられちゃいます
蹴りやビンタね
でねあの吉村の仕事ちょっと特徴的なのをちょっと紹介すると
うん
お店の前で
うん
お客さんが並んでいるところに
うん
立ってひたすらこうバケツに入った手ぬぐいを救う練習をするというのがあります
ほう
あの家系のねこれちょっと楽しみ方の一つもあるんだけど
うん
あの吉村屋って
うん
ラーメンの麺をね
うん
湯切りか
うん
する際に
うん
平ざるを使うんですよね
平ざる
そう平ざるってあのなんか普通さお湯を切る時に
うん
そこが深い
ちょっとなんか深めのやつのイメージがある
それテボっていう
テボ
器具らしいんだけど
うん
深いざるに取っ手がついてるのさ
うん
あのあれでやるんだけど
うん
でも家系のちょっと特徴で平ざるで平べったいのに取っ手がついてるの
ほう
アクトリみたいな
あそうだね
まあちょっとあれは
アクトリみたいな
あの
平たさ
見た目の
平たさってことだよね
そうそうそう
うん
そう
それでねあの目上げするのが特徴なのよ
えー落ちちゃうじゃん
あそうだからすごく技術があるの
あれもすごく難しい
えーそうなんだ
なんかねまあ麺がその一箇所に固まらず
うん
たくさんこう泳ぐから麺についた小麦粉が程よく落ちていいらしい
えーあーなるほどね平べったく
うん
表面積がこう割って
そうそうそう
広がってみたいなことなの
そういうねなんかちょっと背景があるらしいんだけど
うん
これやっぱすごく難しくて
うん
まあでも実際の麺でそれで練習するわけにいかないから
うん
水に入れたバケツに手ぬぐいをねこう入れて
うん
手ぬぐいを麺と見立ててこういい感じにまとめてあげるっていうのを
うん
ひたすらやるんだよね
えー
並んでるお客さんの前で
前で?
ずっと
えー
まあこうまあまずこう恥をかいて
うん
プライドを捨てることがまあ大事ということ
うん
そういったことも兼ねていますと
なるほど
であのこれをある程度できるようになっても
実際の麺上げがすごく難しくて
うん
あの一気にその3,4人分のさ注文のために麺をねバッて入れるから
うん
スクー量とかさ
あーそうだね
すごく難しいし
うん
あの固めとか普通とかお好みもあるから
うんうんうん
18:00
で腕もねもう大きなこう歪まで麺あげるから
うん
もう火傷しちゃうくらい熱いの
おー
だから他の従業員にね腕に水かけてもらうんですよ
えー
水かけてもらいながらオラッって
マジか
あげるんだって
うん
つむらさんこうスクー量間違えちゃったりとか
うん
もう点発注文間違えちゃったりとか
うん
何やってんだお前って言って
鉄拳制裁
麺あげながら殴られると
厳しい
でまたこう店の前に立たされて
うん
もう一回イチカルで直してみたいなね
うん
みたいなことしてもう
うん
八尾志村さんに
うん
お客さん聞いてくれと
うん
これが東大出たやつの成田畑
そんなこと言われちゃったりします
正直勝者は言ってねえ
つらいですから
うん
まあそれに加えて
うん
ある日つむらさんお腹の痛みを訴えて
病院に担い込まれます
うん
尿道欠席になって
おお
もうあのとにかく汗が出る量が多すぎて
うん
逆にもうそれで正面が出なくなっちゃって
うん
でもう尿道欠席になってしまった
ってくらいもう
うん
とにかくその麺の握りもそうだし
うん
1トン以上のさとんこつとかね
うん
鶏ガラをこう長時間靴の上に混ぜるとか
うん
とにかく重労働で
うん
まあなんでも体ボロボロなんだけど
うん
つむらさんもすごい根性があって
うん
もうじゃあ明日からまた復帰しますと
うん
そんな感じで仕込みを覚えて
うん
途中からね奥さんとね子供も一緒に住むこと許されたりして
おお
奥さんも将来的に一緒に働こうと思ってたから
奥さんも従業員として
うん
ラーメン出したりとか
はいはいはい
っていうので一緒にお店で働いて
うん
めきめきと力をつけていきます
うん
はい
これちょっと修行のお話だったんだけど
いや
ふふふふ
壮絶すぎない?なんか
壮絶です
うん
まあちょっとここで一応吉村の歴史の話に戻ります
ああなに吉村が
言ったね
うん
吉村の歴史の話に戻ります
うん
あの74年から25年間杉板で運営を続けていた吉村さんね
うん
で99年に吉村に張り紙が出されます
張り紙
横浜駅に移転のため経験します
うん
あの実はね吉村さんいつか横浜駅までやってやろうとずっと思いがあって
へえ
もう何年も物件を探して無事契約が完了するんだよね
うん
で移転が決まって
うん
杉板にずっと通ってきた常連さんたちすごく悲しむ
うん
でまあどこまでもいますみたいな人もいるけど
うん
やっぱ悲しみが深くて
うん
で移転準備をする中でね
ある日さっきの津村さんが
うん
もう一人のお弟子さんと一緒に吉村さんに呼ばれます
ほう
杉板に残って店をやらないかと
おお
そう
で津村さんともう一人のお弟子さんと共同で
うん
初の直計認定店をやらないかと
はあ
そう
まあねあのずっと通い続けてきた常連さんたち
うん
まあ申し訳ないという思いもあったのかと思います
うん
であの吉村のすぐ迎えに店舗をちょっと借りて
21:00
うん
もうその時信頼できる存在になった津村さんに託して
うん
家系の味を杉板に残すことを心見るんだね
おおなるほど
うん
そうで99年の吉村屋の杉板での最終営業日
うん
朝5時から
うん
もう週日ずっと大行列で
うん
大盛況で終えます
うんうん
途中からもうスープもね全然間に合わなくなっちゃって
大盛りとか注文しちゃダメみたいな
うん
普通だけみたいになるぐらいもう単独に
いやーすごいねすごいね
最終日もね
うん
その最後まで麺揚げとか営業のコツとか
うん
津村さんに最後の修行として
うん
吉村さん伝えて
うん
で吉村屋閉店後
うん
これまでどんな弟子にも絶対渡すことなかった
うん
吉村屋で仕込んだスープと
うん
醤油もねその向かいの新店舗に譲ってあげるんだね
えー
持ってきやつって
おー
吉村屋の椅子とかも一緒にあげちゃいます
おー
ここで今のね直径1号店の杉板屋が誕生するんだね
あ杉板屋直径1号店なの
そうなんですよ
今の新杉板の近くにある杉板屋が
ここで誕生します
だからね杉板屋は当時の吉村屋の味を残すことをとっても大事にしてる
あー
もらったから
なるほどね
最終営業日
うんうんうん
それであの吉村屋ね今ねあの今もう11時から営業なんだけど
うん
杉板屋は未だにかつての吉村屋と同じく朝5時から営業してるんだよね
おー
なんかね朝5時から26時まで営業してるって書いてある
どうした
ほんと
どうした
26時まで営業
だって3時間しか
すごいよね
うん
今はちょっとコロナ禍で
うん
22時
うん
だけどまあでも22時まで
まあそうだよね
そう
まあこうして吉村屋の25年間の杉板の営業が幕を引けます
うん
まあという感じで
ちょっと次横浜移転後の
うん
とか今の吉村さんが何してるかみたいについて
うん
話そうと思うんですけど
うん
この回の最後にちょっと僕が
うん
吉村みどりさんという人の
うん
人情味をちょっと感じた
うん
修行のエピソードを紹介して終えたいなと思います
おー人情味をね
そうある日ね
うん
さっきのつむらさんと全然別に
うん
借金まみれの27歳ぐらいの男性が入門させてくれるとやってくる
借金まみれの
借金まみれの
うん
でなんか500万ぐらい借金あって
うん
で吉村さんも俺はもう計画性のない奴は本当に嫌いなんだつって
うん
追い返す
うん
そしたら翌日坊主になって
うん
奥さんと
うん
奥さんその腕には赤ちゃんを抱えてやってきます
うん
でもう一回入門させてくれると
うん
相談しに来るんだよね
うん
吉村さんがいやお前どうやって返すんだと
うん
借金どうやって返すんだつって
うん
詰めるんだけど
うん
男の人も黙っちゃって
今後の生活大丈夫なのかよつって
うん
でこの一ヶ月持つのつって今月どうすんだつって
うん
行って奥さんどうなのつって奥さんも泣いちゃってね
うん
奥さんがもう当てがないですと
24:01
うん
泣きながら語るの
笑
じゃあしょうがないなつって
うん
じゃあお前見習いやってみるかつって
うん
じゃあお前明日から来いつって
うん
先にあのお金をあげるんだよね責任を渡して
お給料になるの
まあお給料というか前借りだぞつって
逃げれないわつって
うん
であの生活がもう明日からできないから
うん
でもう赤ちゃんも泣いて早く帰れつって
うん
帰す
で借金もよるような人修行にね
うん
来て頑張って働くんだけど
うん
数日後いなくなっちゃいます
え嘘
来なくなっちゃいます
まじか
でそれをねあの吉村さんがこう
うん
答えるのね
いやあいつもう逃げちゃったよと
うん
分かるんだよと
ああいうやつは何度も見てきたと
うん
まあでもまあ向こうもね
これで生き延びたから
まあそれでいいじゃないかって
笑
で泣かれちゃうんつって
笑
そんなエピソードがちょっと心に
見て残ったのね
優しい
優しいけどそういう甘い
甘いのかななんかその
ねさっきのあの
甘いのか
蹴って手ついを下してみたいな
いや甘いのか笑
ねえちょっとまじ
暑いね
ブツのNGだと思うんだけどね僕
まあそれはそうだね
うん
もう今は絶対放送できないよね
そうね
でもなんかその昭和の
うん
なんていうんすかね
忍者というか
うん
男気なのか
ところがあるかなと
思います
凄まじい人だな
ここまでどうですか
いや笑
ちょっと濃厚だね
濃厚ですね
うん
この段階では
まだ家系っていう
その家系ラーメンっていう
ブランディングはなされてなかったの
今話した時点まで
あいやもうね
あの99年時点で
結構そこそこ知名度あって
あそうなんだ
うん
もう何々やってたくさん
あったよ
あそうかじゃあ今回は
その直系の
うん
1号店として杉田屋ができて
ぐらいのところまでの話だったけど
そこに
うん
至る過程で既に
うん
もう別のいろんなところで
うん
そうなの
あの杉田屋ができる以前にも
うん
杉田の津村さんが入門する前に
たくさんの弟子さんがいて
うん
もうその人たちはその直系としては
認定はされてないけど
自分たちで
うん
やってたって
ありゅうじゃないけど
うーん
そ、そうだね
うん
まあ一応なんか
吉村さん
吉村とのつながりは
もちつつやってるお店もあるし
はいはいはい
あとで話してるけど
まあ裏切り
裏切り
裏切りだよ
そのまあいろいろ波紋になってると
波紋ね
あります
まあそんな感じで
ちょっと
えー
吉村さんと吉村屋の
うん
杉田屋でのお話でした
いやー
杉田屋じゃない
杉田でのお話でした
杉田でのお話
はい
杉田屋もなー
行ってないから
ちょっと行きたくならない?
杉田屋
ねえナンコさん
そんなこと聞いちゃうと
直系の
ねえ
1号店なんて言われちゃうとね
寄り添う
しかもスープ引き付いてんだよ
いやそうだよね
それは行きたいね
そう
はい
ってことで
一旦満開ということで
いやもう
27:00
これで終わりますかね
満開多分
なんか
2倍ぐらいになってくるね
はい
ではおしまいしますか
はい
ではまた次の水溜りボンドの動画でお会いしましょう
さよなら