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2023-10-25 22:17

#79 昔は「バクチの草」だった。ノリが偉人の研究でノリノリになるまで〜海藻編⑥【ミモリラジオ】

【海藻編⑥】ノリという海藻について / 紅藻類でテングサ等と一緒 / よく食べてるのは「スサビノリ」 / 第二次世界大戦まで主流だった「アサクサノリ」 / 今では絶滅危惧1A類 / バクチと言われたノリ養殖 / 1万年まえの地球温暖化 / 海面も大きく上昇していた / 二酸化炭素 / 「地球の傾き」が温暖化をもたらした / 江戸時代の東京湾と浅草のノリ / ノリの収穫は秋! / 有明海の風景〜海から棒がたくさん突き出てる / 江戸時代からのノリ栽培技術 / 「炭水〜海水の間」から自然に湧いてくる? / バクチグサ・運グサと呼ばれたノリ / 明治時代の海藻学がノリ理解を進めた / ノリの胞子だけが長らく行方不明だった / 野菜のタネについてよく分かっていないようなもの / 第二次世界大戦後「海苔が取れない!」 / 空襲が原因でノリが取れなくなった? / ノリの胞子は夏の間、カキの殻に暮らしてた / ノリ研究の偉人、キャサリン・ドリュー / ノリを育ててじっくり研究 / ドリュー博士の研究が空襲説を裏づけた / ノリの「種まき」ができるように!! / バクチグサから安定グサへ / そしてノリはノリノリへ... / ドリュー博士は自宅で子育てと研究をする女性科学者だった / 有明海の漁師は「ありがたかねぇ」 / 熊本県宇土市にはドリュー博士の記念碑がある / お参りにいかんばね / 今では品種もあるノリ / 千葉の「ならわスサビノリ」がメイン品種 / 江戸時代のアサクサノリも養殖プロジェクトがある / ノリ養殖にとっては川が大事! / 豪雨が過剰なミネラルを運んでしまう / 程よいミネラル量は難しい / 本州の海苔は固めで巻き寿司向き / 宮城県は干潮でも日上がらない海苔環境 / 海苔の等級が何個あるのかわからない! / 次回「食べる以外での使い道」

 

  【今回の写真】

今回もまた海藻

似た絵でマンネリにならないように頑張ります

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※収録に際しリサーチしておりますが、きままな自然トークのため厳密な考証は行なっておりません。   ※内容は諸説あります。

00:00
ミモリラジオ、このポッドキャストは自然界から一つのテーマをピックアップして、その面白さを深掘るトーク番組です。
パーソナリティを務めます、ミモリのアンディーです。
はい、ミモリの小野中月です。
海藻編第6回でございます。
ちょっと長丁場になってきてましたね。
なってきましたね。前回は、日本史を効果した昆布の話。
倒幕の資金源になったって話ですね。
そう、有範、有力な範を作ったのが、昆布でした、という話を聞いてきました。
あとは、いろいろな昆布の、豚屋さんの話を通した、いろいろな昆布の生態というか、海流が激しいところだと分厚くなる、だとか、
海流の様子が昆布を見ただけで、周りの環境の様子まで想像できるという話まで、いろいろ聞いてきました。
はい、続きでございます。今回は、ノリということです。
はい、みんな大好き、ノリについてですね。
1日の消費量は、もしかしたら昆布より多いんじゃないかって思うけどね。
だってコンビニにさ、あんなにおにぎり売ってるじゃん。
アイテムズチェーンとかもね。
ね、確実にノリ巻いてるからね。
なので、最も食べられてる海藻なのじゃないだろうかと思うところなんだけれども、いかがでした、出張も込みで。
ノリ一番食べられてると思うんですよ。
圧倒的じゃない、だって何億巻いて作ってるからね、枚数ね。
ノリは、コウソウルイに入りますね。
コウソウルイというのは、紅色の紅が漢字に入ってるコウソウルイ、赤い海藻ってことになるよね。
そう、なのであの所天の天草と同じ分類になりますね。
で、このノリっていうのは実はいろんな種類がいるんですよ。
うーん、それも知らない。
そう、あの僕たちが食べてるノリは基本的に洋食のスサビノリっていうのを洋食ノリで食べてます。
スサビノリって言うんですか、あれ。
スサビノリ。
へー。
あと天然で言うと、鬼天ノリとか丸葉天ノリとか、まあそういうノリっていうのはね、天ノリ族の実は総称なんですよ。
あ、そうなんだ。
分類的にはね。
まあなんでいろんなノリがいて、その中でも人間は今スサビノリを使ってるよっていうふうな認識で大丈夫だと思います。
例えば岩ノリっていうのも見かけたりするけれども、その岩ノリはスサビノリとはまた違うものになる。
また違うノリですね。
そういうことだよね。
何ノリとかすぐ出てこないんだけど、そう違うノリですね。
なるほどです。
で、実はスサビノリっていうのが今ほとんどなんだけど、実はその前に浅草ノリっていうのが主流だったんですよ。
昭和、第二次世界大戦より前は浅草ノリっていうのが主流でした、ノリの。
浅草といえば東京だけれども、東京湾で採れてたっていうことなのかな。
そうですそうです。
あ、やっぱそうなんだ。
東京湾で採れて、今ちなみに浅草ノリは絶滅器具一類になって、多分東京の環境がだから激変しているので。
まあそうだよね。
そう。
一番絶滅に近いカテゴリーに入っちゃってるんだね。
あとそうですね、今ノリを当たり前に食べるんだけど、当時のこの浅草ノリだった時っていうのは、もう博打草って言われてて。
へー。
もう全然、てかノリって法師だからさ、目に見えないじゃん。
そうだね。
だからできるかできないかわかんないわけよ。
うんうんうん。
ノリでお金を稼ごうとしたらもうそれは博打になってしまう。
03:00
そうそう。なので流通も安定しないので、すごく限られたお金持ちたちの嗜好品っていうのがノリの立ち位置でした。
なので僕たち庶民がおにぎりとか巻き寿司とかで当たり前に食べれるようになったのは、もうずっと後ですね。
そうだね。
明治、もっと後ですね。昭和とかの話ですね。
なるほどね。しかもその時には種類は別のすさびノリに変わっていたっていうことになるね。
ここから浅草ノリから現代のすさびノリの養殖に至るまで、どういうふうにノリが変遷してきたのかっていうのを話していきたいと思います。
気になりますね。
はい。じゃあ話していきますね。
みもりラジオでは1万年前の地球の温暖化っていうのをよく話してるんですよ。
確かに。僕らの間でよく出てくる日常会話ですね。
そうそう。土編でも話したし。この1万年前に地球が温暖化してるので、もちろん植物が生えやすくなったとかあるんだけど、この時に地球の氷が溶けて海水面上昇しています。
そうですよね。
これ3メートルから5メートルぐらい上昇してるんですよね。
かなりの上がり幅だよね。
普段接している僕たちは二酸化炭素が原因だと思ってるんですけど。
それだけが原因だっていう言説もあったりはするよね。温室効果ガスみたいな。
一応地球が温暖化する理屈はいろいろあって、この1万年前の温暖化の原因はミランコビッチサイクルって覚えなくていいですね。
ミランコビッチサイクルっていう地球の傾きっていうのが実は変わってるんですよ。
そうだね。
なのでより太陽が当たる位置に地球の傾きが揃うと地球が暖かくなる。
一応そのミランコビッチサイクルについては高校の地学で出てくるんですよ。
そうなんだ。
地球の軸というものが水平面から見たら確か23.4度傾いてるんだよね。
若干斜めになった状態で太陽の周りをぐるぐる回ってるんだけれども、
その傾きが若干変わってちょっとだけ太陽に近づいてしまうとそれだけで気温が上がるっていうやつだよね。
っていうのが1万年前に起きてますね。
この時海水面が上がってるので東京海でした。
そうですよね。東京湾がめちゃくちゃでかいみたいな。
日比谷とか湯楽町は海ですね。
そうですよね。
あと山手線が走ってると思うんだけど浜松駅わかります?
浜松町かな?
そう、浜松町ですね。
羽田空港からモノレールで来るとこですね。
詳しいな。
住んでたからね。
モノレール好きなんだよ。
これ浜松って浜に生えてる松。
本当に海岸沿いの植生なんですよ。
そうですよね。
そう、なのでここが海岸だったっていう風に言われてます。
なので現在の東京都心っていうのはこれも本当江戸時代の治水編とかでやってたら超面白いと思うんだけど、
今の都心っていうのはだいたい埋め立てられた元々海なんですよね。
この浅草のりっていうのは家康の時代、浅草がまだ海岸沿いだった頃ですね。
浅草の浜にこののりが生えてたことから浅草のりっていう風に。
確かに今の浅草をイメージして海沿いってイメージを持ってる人は全然いないよね。
06:02
めちゃめちゃ人口に埋め立て都市ですからね。
当時はあの辺りが海だったってことだもんね。
これは説ですね。
いろんな説があったんだけど、これが一番確かにと思った説で。
浅草が浜で浅草のりっていう風に名付けられたっていう風になりますね。
で、のりは冬に収穫されます。
秋にのり日々って言って、有明海とかのり山頂を想像してほしいんだけど、
棒を立てて、そこにネットを立てて、のりがつくんだよね。
なのでその有明海、九州に住んでる人たちだと、
その海から棒が何本も突き出てるっていう。
風景だよね。
本当に風景なんだけれども、
あれが具体的に何なのかっていうのがいまいちわかんない。
みんな通り過ぎてると思う。
これ江戸時代の人が気づいたんだけど、
この柵を、柵というか棒を海に立てると、
なんかわかんないけど、のりが勝手にその棒についてるみたいな。
ね、不思議だよね。
そう。
で、これが実は、このシンプルな仕組みが江戸時代から昭和30年ぐらいまで続いたのりの栽培技術ですね。
あ、そんな古かったんだ。
古かったっていうか、思ったより最近だなって思った。
ちょっと今、ことぐちゃぐちゃだったけど。
300年ぐらいだからこれでやってたんじゃない?
あ、確かに古いね。
考え方的には、のりがどんな生活をしてるか理解してなかったので、
なんとなくこの淡水と海水の間に、下から自然に湧き出てくる何かっていう認識だったんですよね。
なんか昔の椎茸栽培と通ずるものがあるね。
まさに、まさに。
バクチだし、椎茸って。
まさにバクチですね。
そうだよね。
で、のりを棒を立てるだけじゃなくて、網に張ったら面積が増えるから、いっぱいのり付くじゃんっていうので。
合理的。
そう、ていうので江戸時代からやったりしてましたね。
ただ、本当にこののりの養殖、もうバクチだけどね。
この棒を立てるタイミング、季節っていうのは、もう経験のみなんだよね。
なので、年々気候に左右されて価格も安定しない。
確かに。
大凶殺の時もある。
そうだよね。
ていうので、バクチ草、雲草って言われてますね。
雲草?
雲の草。
へー。
本当にバクチだね。
そう、のり養殖はそういう引用があったりしたんだけど、で、明治時代に入ってもずっと状況変わらず、で、欧米から自然科学が入ってきて、層類学が入ってきたんですよ。
そこに来て、海藻というものは?っていう科学が入ってきたんだ。
そう、最初に言ったけど、岡村錦太郎さん。
あ、出た。
とかがすごく進めていったんだけど、で、この明治から昭和にかけて、のりに関する知識がどんどんどんどん蓄積されていったんですよね。
で、ある程度、のりが胞子で増えますよとか、どのくらいの塩分濃度で生えることができるよっていうのは、分かってたんですよ。
ただ、1個だけ、のり養殖にとって重要なことが分かってなかったんですよ。
季節は分かってるもんね。
分かってる。
だって、冬に新芽ができるから、その時期めかけて、海中に食いとネットを張ればいいっていうことは分かってた。
分かってた。
何が分かってないんだろう。収穫のタイミング?
09:00
それももちろん、目で見えるからね。
そっか、分かるよね。
何だろう。
これね、のりの胞子が夏場にどこでどんな姿をしているかっていうのが誰も分かってなかったんだって。
見えないでしょ、ちっちゃくて。
そうそうそう、目に見えないからね。
秋に何となくのりの種みたいなのが流れてきて、そこに棒を刺して引っかかって、っていうのをずっとやってたんですよ。
だって陸上の農業で例えると、野菜の種をまくプロセスがよく分かってないみたいな。
そうだよね。
風に乗って飛んでくる種をなんとかキャッチしてみたいな感じだよね。
そう、っていうふうな認識だったんだけど、時が進んで、これ天気が訪れます。
第二次世界大戦後ぐらいですね、東京湾でのりが全く取れなくなったんですよ。
何があったんだろう。
原因が全く分からなかったんですよね。
なんでこういうふうになったかっていうと、空襲ですね。
どういうことだろうね。
爆撃したんですよね、アメリカ軍が、日本を。
その時に沿岸の貝とか、水の中の生き物たちが死んじゃうんですよ。
流れ玉を受けちゃったんだ。
そうそう。
で、のりのほうしが結論から言うと、夏どこにいるかっていうと、牡蠣の殻の中だったんですよ。
あ、そこにいるの?
そう。
貝の中に一旦暮らしてるんだ、ほうしが。
暮らしてて、で、これがもう爆撃されて、多分牡蠣が死んでたんだろうね。
牡蠣ごと吹っ飛んじゃったんだね。
そう、だから東京湾でのりが全く取れないっていう時代があります。
で、こののりが牡蠣の中にいるっていうのを見つけたのが、イギリスの女性研究者です。
キャサリンドリューって人ですね。
よく見つけたね、また。
そう、この人がのりの一生のメカニズムを明らかにしてるんだけど、
これ見つけたのが1949年。
1949年、もう戦後だ。
そう、なのであの浅草のりって名付けられてから400年とか経ってるんだよね。
ああ、そうだよね。やっとそこに来てわかったんだ。
浅草のりがどういう暮らしをして、どこから来ているのかっていうのが。
そう、で、牡蠣の貝殻の中で、ほうしは夏を越してるんだけど、
冬になると牡蠣の内側が真っ黒になるんだって。
それはのりが生えてってこと?
そう、のりのほうしが大きくなって。
へえ。
まあ、というのは、今わかってるんだけどね。
なので、キャサリン・ドリュウがどういうふうにこののりの種が、
牡蠣の中にいるかっていうのを見つけたかっていうと、
まずのりの生活を調べたかったので、
自宅の水槽でのりをまず育て始めます。
まあまあまあまあ、確かに。
この時に意味もなく食べ終わった後の牡蠣の殻を入れたらしいんだよね。
なんで?
いやー、だから研究ってそういうことなんだと思う。
ピンときたのかな?
他にもいろいろやったんだろうね。
多分いろいろやったと思うよ。
そうだよね。
いろいろ入れてみて、
そしたら数週間後に牡蠣の殻が色がついたのをドリュウが発見します。
すごい。予兆だ、発見の。
これがのりの放射の夏の住処の発見ですね。
ドリュウはこれを1949年に論文として出版するんだけど、
このドリュウの論文が日本の科学者の目に留まります。
これ、九州大学の瀬川教授っていう。
12:01
で、このドリュウの牡蠣の殻の中でのりの放射が過ごすよっていうのは、
世界大戦の後に日本がなぜのりが不作だったのかを説明できる理論だったのね。
確かに確かに。富士妻があるね。
そうそうそうそう。
で、この時のこの瀬川教授が、
じゃあこのドリュウが言ってることが正しいのであれば、
一回陸上で海の環境を作ってみようということで、
水槽の中に牡蠣殻を入れてやってみたんだよね、実験を。
そしたらやっぱりその牡蠣殻の中にのりの放射が映るんだよね。
そしてこの実験そのものが今ののり養殖になってます。
っていうと、つまりはその牡蠣殻を使って今ものりを育てるっていう活動をやってるんだ。
そう、今のり農家さんはこののりの種っていうのを業者から買うんだけど、
この業者っていうのは水槽の中に牡蠣殻を吊るすんだよね。
のりの放射と。
で、この牡蠣の中にのりの放射をついたやつをのり農家さんに売るんですよ。
なるほど。
そしてこののり農家さんはこの棒を立てて、
その下に箱で牡蠣殻を置くんですよね。
ああ、なるほどね。
ここに来て晴れて農業でいうところのちゃんとした種巻きみたいなことができるようになったんだ。
なのでこのドリュウ博士の発見によってのりがもう博打草じゃなくなったんだよね。
そうだね、安定草になったね。
安定草になったっていう歴史がありますね。
その延長上に今コンビニに行ったら大量におにぎりとかのり巻きとか、
回転寿司ののりもあるし、ラーメンにものりがあるっていう状況になってるんだね。
これだからもう革命ですよね。
そうだね。
このドリュウ博士はこの自分の研究がこの日本ののり養殖にすごい功績じゃん。
多大なる影響をね。
この功績を知らなかったんだって。
てか日本で研究してるもんだと勝手に思ってたんだけどしてなかったんだ。
そう、ドリュウ博士はずっとイギリスで研究してます。
しかもあれだよね、のりを飼って育ててみてたっていう話だよね。
そうそう。
室内?
室内で。
結構多分キャリア的にもそんな海外を飛び回る有名な層類学者っていうわけでもなくて、
イギリスでしかも女性っていうこともあって。
しかも当時だもんね、1940年代だもんね。
確かに子供もいらっしゃるんですよね、ドリュウ博士。
なのでしっかり子育てしながら、かつ研究機関に行くっていうよりも、
自宅で研究をしてたっていうふうに書いてた。
すごいね、すごい人だわ。
そう、1949年にこののりが牡蠣の中で過ごすっていうことを見つけてるんだけど、
1956年にはなくなってるんですよ。
ああ、そうなんだ。
そう、なのでドリュウ博士は日本で自分の研究がさ、こんなに一大産業になってるなんて。
ね、産業を作るレベルの研究ってなかなかできるもんじゃないからね。
なんだけど、この日本の漁師さんと有明海ののり漁師さんも含めて、
これ僕も実際お話聞いてきたんだけど、このドリュウ博士にめちゃめちゃ感謝してます。
あ、みんな知ってるんだ。
もうありがたかーみたいな、佐賀弁でね。
ありがたかねって言いながら。
いつかはドリュウさんのとこに感謝の気持ちのメンバーみたいな。
ああ、そうなんだ。まあそうだよね。
15:00
このドリュウ博士の熊本県、宇都って読むのかなこれ。
あ、それね、宇宙の宇に土だよね。
そうそう、宇都市って読みます。
あ、宇都なんだね。
宇都市にはこのドリュウ博士の記念碑があって祀られてるんですよ。
あ、あるんだ。
そう。
全然知らなかった。
だから僕が会った佐賀のり漁師さんは、行ったことないって言ってて、お前に行かんぱって。
記念碑にね。
っていうぐらい、やっぱりのり漁師さんにとってはすごいよね。
熊本出身だけどでも全然知らなかったです。
そうだよね。だから今のりの話してきたんだけど、僕たちだから普段食べてるおにぎりとか寿司の軍艦巻き。
ラーメンの中に入ってるのりも。
そう、にはこういう物語ですね。
ドリュウ博士が柿を入れてみたら生えてきたから、それを元に研究して、それが今に取り入れられてると。
そしてこの浅草のりが取れなくなって。
あーそうだよね。
そうそう、あの爆撃。戦争の爆撃で柿が破壊されてしまったので、できなかったみたいな話をしてきました。
で、現在はすさびのりを食べていると。
そう、でこのすさびのりの中でも、なんかいろいろあるらしくて、現在流通しているのりの大部分はすさびのりなんだけど、千葉県奈良で開発された奈良すさびのりっていう品種が中心らしいですね。
あ、そっか。のりにも今品種があるんだ。
そうそうそうそう。
あーそっかそっか。
すさびのりの中にも品種があるんでしょうね。
だから品種改良もされてるっていうことになるよね。
そうだと思う。そうなってくるともう農業っぽいよね。
そうだねそうだね、確かに。だからあの爆地だったものが安定になって、今はもうちゃんと農業みたいに品種改良まで行われるようになってんだね。
だから多分生育がいいのりの奉仕をとって、
確かに確かに。
っていう風に多分研究を重ねて、新しい品種とかができてるんじゃないかな。
そうだね。それで今よく食べられている品種というのが千葉の奈良の奈良すさびのり。
っていうのがメインの品種って書いてあったね。
へー。
でもこの浅草のりっていうのも江戸時代を一世風靡した浅草のりですね。
まあそうですよね。
そうこれもあの今絶滅危惧一類なんだけど、養殖をもう一回再度試みようみたいなプロジェクトもインターネットではちらほらあって。
そうなんだ。
であのソールドアウトになってたんだけど、復活させた浅草のりっていうECサイトとかありました。
そっかそっか。だからまあ運が良ければ食べる機会というものもあるかもしれない。
全然。だから普段のすさびのりとの違いを比べてみるっていうのもすごく楽しいと思うし。
そうだね。
あとあの僕がすごく感じたのは、あの佐賀県の有明海とか熊本もそうですね。
あのどこの川から流入してるのかっていうのをすごく意識してて、のり農家さん。
はいはいはいはい。
竹志の川、一番大きい川ですね、あの辺で。
そうだね。
川からどんだけミネラルが来てるかとか、佐賀の方に行くと牛津川とか六角川っていうのがあるんだけど、そっちから来てるミネラルがどうなのかとか。
であの今九州大豪雨が毎年あってるじゃないですか。
あーそうですね。
あれで川がめちゃめちゃ氾濫して、すごい陸地のミネラルが余計入ってきてんだって。
まあそうだよね。茶色くなってる川が海に注いでるっていうことは、それだけ大量のミネラルが入ってきちゃってるってことだもんね。
18:01
これが栄養豊富に海がなりすぎて、赤潮とかも起きてたりしますね。
なるほどね。
だからこれちょっとファクトが見つけられなかったので、のりの途中で言ってないんだけど、江戸時代も人口が増えたことによって排泄物増えるじゃないですか。
まあ要するにうんことかだよね。
うんこ、そう。なのでそういうものを海に流してたので、有機物が増えて、海藻のりですね、浅草のりが繁栄したんじゃないかっていう見方もあったりしますね。
そっかそっか、そういうことも確かにあったかもしれないんだ。
へー面白い。
下水技術とかが発展しすぎるとのりがいなくなるみたいなことも書いてました。
確かに昆布がわさわさ生えている北の海は栄養豊富で、透明度も低い海なわけだけれども、ある程度の栄養っていうものがやっぱないと、バイオマスの話もあったけれどね、海藻がたくさん育つという状況になかなかならないんだろうね。
いやーそうだと思いますよ。
ただまあそれにもちゃんと、まあ程々に適当な量っていうものがあるっていうことなんだろうね。
あと、この有明海もちろん海苔作ってるんだけど、他にも宮城県とか三重県でも海苔の養殖してるんですよね。
あ、そうなんだ。
全然固さも味も違う。
はー、あ、食べてみましたか。
そう。
へー。
有明海の海苔の方が口当たりが良くて柔らかいって言われてるんだけど、
あっちの宮城の方の方がちょっと分厚め。
へー。
だから向こうの方は巻き寿司とかにすごい使われるって言ってた。
そうなんだ。だからしんなりしにくいんだね。
そうそうそう。
で、育て方も違うくて、有明海って寒潮と満潮の差があるじゃないですか。
はい。
なんで、日光浴びてる時間が長いんですよ。
あー、そっかそっか確かに。
なので、うま味が凝縮するっていう風に有明海のブランドは言ってたりするんだけど、
逆に宮城とかはつかりっぱなしの海苔とかもあるらしい。
うんうん。
そうだよね。有明海が満潮と引き潮の差がでかすぎるから、
だから冷えに当たってしまう海藻も海苔もいたりするわけなんだけれども、
東北だとそうはいかないってことだもんね。
そうそう。で、つかりっぱなしの方が実は海苔の成長が早かったりします。
あ、まあまあそりゃそっか。
そうそう。
そうだよね。ダメージないもんね。
ダメージないのでね。
みたいな、だから産地によってたりとか、
あの、川のどこから流入してるかによってやっぱすごい味が変わるんだけど、
それを示すかのように、海苔の等級ランクっていうのもめちゃめちゃあって、
あの、これ、海苔農家さんは40か50ぐらいあるんじゃないかって言ってたし、
海苔農家さんは100ぐらいあるんじゃないかって言ってたんだけど、
え?その間でも統一されてないの?
海苔の等級、私たちもわからないぐらいめちゃめちゃありますっていうふうにおっしゃってましたね。
あ、へえ。
そう。
なんかその、その仕事に従事してる人たちの間でも意見が分かれるっていうのは不思議だね。
不思議だよね。
ね、どこが評価するんだろうね。
もうそこまではね、ちょっともう海苔やっぱ深すぎて、
あれじゃない?唐揚げ錦硝みたいなものなんじゃない?
モンドセレクション的な?
そうそうそうそう。
ありそうだよね。
なんかそれぞれの界が先行してるとかかもしれない。
まあでも海苔は実際に、あの、アンディ君も今度一緒に食べ比べしたらめっちゃ楽しいと思うんだけど、
21:00
そのぐらいこう、やっぱ山、川とも密接な、
そうですね。
海植物というか、もう海藻なんだなっていうふうに思ったりしましたね。
それが日常の食も支えていたり、
あるいは普段は食べることがないようなレアな海苔もあったりするっていうことだと思うから、
めちゃくちゃ楽しみだなと思います。
はい、これでね、また食卓に並ぶ海苔の見え方が変わったんじゃないですかね。
おおよそすさび海苔、しかも奈良はすさび海苔だろうっていう感じだったりね。
はい。
次回はどのような?
はい、次回はですね、海藻っていうと食用としてはもちろん使われてるんだけども、
肥料として使われてたりとか、あとガラスの原料になってたんですよね。
それは今持っていることなのか?
今は使ってないですね。
ああ、さすがにね。
ただ今から150年前ぐらい、19世紀、18世紀ぐらいはガラスの原料として使われてて、
イギリスでは10万人ぐらいが海藻を焼くって仕事してる。
ええ、どういうこと?
ちょっとその辺の話も、またこの海藻が人間社会および経済にどれだけ影響を与えてるのかっていうのが
見えてくる回になると思うので、引き続き付き合ってもらえるといいかなと思います。
はい、ありがとうございます。
22:17

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