今後大豆以外のやつも縄文時のトライアンドエラーが絶対見えてくると。
だから今食べてる品種が誕生するところはどこなんだったら、
意外と縄文なのかもしれないっていうことだよね。
っていう話ですね。
ロマンですね。
この大豆が5000年前の縄文時代に日本で誕生したことを今話してきたんだけど、
これでも日本とか中国とか韓国の東アジアで同時に鶴豆から変化して、
大豆が生まれたんじゃないかって今言われてますね。
同時と発的にね。
そう。で、この大豆が極東っていうか東アジアでね、
相互に検討士とかが、もっと前ですね。
そうだよね。
交流しながら大豆の加工法とか調理とかが発達していくんですよ。
で、この中でこの大豆の発展とか変化にすげえ強い影響を与えるのが仏教なんだよね。
あーそこなんだ。
そう。で、仏教は動物、なんか摂取はダメじゃないですか。
肉食もね、結構禁止だったりするよね。
そう。で、これがやっぱり大豆のいろんな加工食品への道をたどっていきます。
まあ、タンパク質をなんとか摂取する、その手段が大豆になってったんだ。
そう。だから肉が食べれない分、大豆をなんとか食べないかっていうのをトライアンドエラーしていきますね。
なんでここで仏教というものが大豆をライジングさせていきます。
そうだよね。
世界に。
そうですよね。
だから当時はさ、大豆にタンパク質が含まれてるとかさ、分かんないじゃん。
栄養学がないから。
確かに。
なんだけど。
なんで大豆に至るのかが不思議だね。
ちゃんと食ってんだよね。
そうだね。
これも不思議。
体調良かったのかなとか、いろいろ考えるよね。
いや、そうなんじゃない?
今さ、僕たち頭で食ってる時多いじゃん。
まあ、タンパク質が何グラムとかね、サプレージに書いてあったりするしね。
そうそう。あれ裏見て買うじゃん。
あれ結構、昔の人は感覚でやってたんだなと思ったりする。
まあ、そうだね。そうだね。
何年単位とかのトライアルとか、何世代とかでのトライアルなんだろうね。
で、まあこの仏教の影響があって、まあいろんな国に大豆食っていうのは定着?また発展していくんだけど、
その中でやっぱり大豆の加工食に生まれていくんだよね。
で、これ僕が今回豆を毎日食って分かったことでもあります。
はい。
めっちゃお腹壊すんだよね。
加工しないとやってらんないんだね。
やばい。ほんとにお腹膨らむ。
お腹がめちゃくちゃ壊れる。
お腹の量がやばい。
食物繊維とあとガスだよね。
まじで40倍くらい。
いやいやいや。爆発じゃん。
いや、ほんとにそうだよ。やっぱり豆っていうのは種じゃないですか。
そうだよね。
なんで、ただで食べられるわけにはいかないんですよ。大事だから。
何かしら食べてくる存在に対する防衛策を持つってこと?
そうそう。なので微弱な毒をやっぱり持ってるのね。
あ、そうなんだ。
そう、だから大豆ポソポソするとか苦手な人多いじゃん。
ありますね。
そう、あれとか苦味があったり臭みがあったりとか。
あれは大豆なりの俺はそのまま食われないぞっていう意思表示なんだよね。
へー、ちょっとした防衛をやってるんだ。
だから滑らかな豆ってほとんどないんだ。
うん、滑らかな豆っていうのは?
食べてる食感がポソポソじゃない滑らかな豆ってほとんどないんだ。
あれがさ、もしめちゃめちゃ美味しかったらさ、大豆って存在してないわけよね。
そう。
なので、大豆の誕生から20世紀の初頭まで、
7000年くらいかな。
は、本当に東アジアのみでしか作られてないし、食べられてない。
すごいね。
偏境の作物だったんだね、ヨーロッパからしたら。
っていう感じですね。
したら、じゃあなんで今アメリカでめちゃくちゃ栽培されてるの?ってことになってくるよね。
そう、っていう話をしていこうかな。
次から2つに分けて話していこうと思うんだけど、
なんで日本産の大豆が少ないのか?
気になるね。
っていうことは、アメリカがなんでこんなに作ってるのか?
そうだね。
それも、まず2つに分けて、
最初は、なぜ日本産の大豆が少ないのかについて話していこうかなと思います。
まず、アメリカが1位になるまでは、ずっと満州が大豆世界一使ってたんですよ。
まあ、肥沃な土があって、チェルノーゼルっていう土編で出てきたやつだよね。
そう。
で、栽培しやすくって東アジアの文化圏だから、
それはたくさん栽培するよね。
この時の大豆の需要っていうのが肥料なんですよ。
あ、え?どういうこと?
これ実は始まりが、明治政府がすごく強兵器をやったじゃないですか。
そうですね。
この時に食料の増産がちょっと一個の合言葉みたいな感じだったんでね。
たくさん作物、食料増やすぞっていう。
そう、この時に必要なのは肥料じゃない?
そうだよね。
最初は北海道のニシンをニシンで肥料にしようぜっていう、明治政府の意向があったんだけど。
だから、ニシン漁をやって取ったニシンを粉にしたりして、それで肥料やろうっていう。
そうそう。なんだけど、ニシンっていうか、漁全体そうなんだけど、すごいオラタリティがあるんですよ。
バラつきがね、取れる時期のね。
鮭編でやったけど、鮭もサイクルがあるじゃない。
30年に1回日本で北海道でめっちゃ取れて、ロシアに移動するみたいな。
肥料がやっぱニシンもあるようで、ニシンがすげえ取れなかった年があるんだって。
なるほど。
この時に農業用の肥料が日本ですごい不足して、肥料価格がめっちゃ高騰した時があったんだって。
困っちゃうね。
その時に明治政府が何を選んだかっていうと、大豆のカスなんだよね。
あ、そうなんだ。だから大豆を巻いて、そうやって土の栄養分を豊かにしていく、窒素固定とかじゃなくて、収穫した大豆を巻いていくんだ、肥料として。
もう間に合わないからね。戦争でめっちゃ作らないといけないから、いきなり大豆カスを巻くんですよ。
へえ。
これがまんま成果が出たみたいで。
そうなんだ。出るんだね。
1889年になると、これ日本、中国で大豆持ってきてたものを輸入してたんだけど、中国国内で作ったものは中国で使用するよりも日本に輸出してたものの方が多かったんだって。
あ、そうなんだね。
ていうので、どんどん日本は大豆カスを作るようになります。
ていうのが明治時代とか大正時代あたりの話っていうことなんだね。
これね、日清ももちろん復活してきて、両方使うんだけど、試験してるんですよね。比較試験を。
同じぐらいの日清と同じぐらいの大豆肥料だったらどっちが育つかっていう。やっぱ大豆の方が育ったんだって。