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  2. #96 「アメリカ産大豆」のふし..
2024-02-10 32:31

#96 「アメリカ産大豆」のふしぎ。世界を飛びかうマメと人〜マメ編ラスト【ミモリラジオ】

【マメ編ラスト】次回ミモリラジオ最終回!お聴き逃しなく! 【番組へのご感想はこちら】 Twitter, Instagramにてハッシュタグ「#ミモリラジオ」と共にシェア頂けたら嬉しいです。 【出演】 ・ノダカズキ(MIMORI代表, 自然観察家) Twitter: ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠@mimori_noda⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ Instagram: ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠@yasou_king_ode⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ ・Andy(MIMORI共同代表, Producer )

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00:02
このポトキャストは、自然界から一つのテーマをピックアップして、その面白さを深堀るトーク番組です。
パーソナリティを伝えます。ミモリのアンディです。
はい、ミモリの野中敦です。
マメ編公開収録を東中野の雑談でしております。今回、第4回、ラストになるかなっていうところでございます。
前回は、大豆の歴史について、古代から、それから近代、戦前くらいまで。
縄文人の努力とかね。
そうだよね。
もともとは1.2ミリぐらいのめちゃくちゃちっちゃい豆だった、何豆だっけ?
鶴豆。
鶴豆だ。を品種改良していってできたのが大豆で、しかもその誕生を5000年前とか7000年前とかぐらいまで遡れるっていう。
結構ヤバい縄文人がいたんだと思う。
そうだろうね。
本当に豆めっちゃ好きです、俺みたいな。
豆の栽培に一周年を注いで。
全然修了いかないみたいなやついたと思うよ。
そうだね。
気になるね、当時。どんな見られ方していたのか。
ということで今回、現代っていうことでいいんですかね?
そうですね、現代ですね。
どんな感じなんでしょうか?
さっきの第3回までは、大豆が一部の東アジア、中国、韓国、日本、ちょっとタイとかね。
主に仏教国でしか食べられてなかったっていう。
だから肉食が禁止されている仏教カルチャーの影響を受けたエリアで広がっていた植物だったんだけれども、
現代、アメリカでめちゃめちゃ作られてるよね。
そうですね。なので、大豆が初めて西洋に渡っていく話をまずしていきたいなと思います。
結構これ最近です。あ、最近っつっても1600年西暦。
見盛り出しを結構時系列バスっているからね。
そうね、古時代が最近になっちゃう場合。
すぐ僕ら万年って言うじゃん。
フランシスコ・カルレッティっていうイタリア人ですね。
この人が初めて味噌とか醤油も含めて大豆の加工食品を記録したヨーロッパ人です。
1600年?
1600年前半ですね。
じゃあ江戸時代前半初期って感じだね。
この人は大航海時代真っ赤な中の人で、商人として世界一周してるんですよ。
この人はお父さんと世界一周してるんだけど、
エモいね。
もともと全然エモくない。奴隷商人です。
エモくなかった。
エモくないよね、奴隷商人ね。
奴隷商人の家庭には奴隷商人の家庭のエモさがあったかもしれないけど。
ただこの人はアフリカで奴隷を買いに行くっていう日程だったんだけど、
奴隷やっぱ買いたくねーってなった。
なんで?
そこの理由は分かんない。
エモい感覚なのかもね。
なので、貿易に合う品物を探しに行こうぜって日本に寄ってます。
奴隷以外の何かはないかなってことで日本までたどり着いたんだ。
この時にキリスト教の博売だったりとか、
そういう目撃した記録とかも一緒に書いてるんだけど、
その中に大豆から作られた味噌、醤油っていうのも一緒に記録してますね。
これ、カルレッティの味噌に詰める記録があるんだけど、
どこでもたくさんある豆の仲間を茹でて潰し、
ワインの原料となる米、醤油を混ぜ合わせて、
ワインの原料?
あ、日本酒か。
ここで言ってたら日本酒の米。
で、樽に詰めて寝かせておく。
03:01
酸味が出てほとんど腐った状態になると、
ピリッと刺激のある辛みを帯びるようになる。
これを少量使うことによって、
日本人は食べ物に風味をつけているという記録がある。
酸味と辛味って全然味噌のイメージと違うけど、
辛味の方がまだ分かるよね。
辛味はしょっぱさの辛みか。
酸味はね、味噌じゃね?
腐ってるね、ちょっと。
そうだよね。
そう、っていう記録があるんだけど、
こういうカルレッティが記録して西洋に伝えてるんだけど、
これね、ヨーロッパの人は味噌とか醤油っていうのは、
原料が豆っていうことはほとんど知らなかったらしいですね。
じゃあ、謎の調味料っていう感覚で受け入れてるのかな?
そう、っていう感じだったと思う。
そこから100年くらい経つと、
このね、エンゲルベルト・ケンペルっていう、
これドイツ人ですね。
これなんか聞いたことあるよ。
有名だと思う。
900ページくらい日本について記述してるんだって。
多分なんか日本人とか世界史出てくるかもしれないね。
見た覚えがありますね。
この人が1712年に大豆植物について、
またその加工方法についてっていう内容を海外に出版したりしてるのね。
見たいね。気になるね、当時の。
この時にヨーロッパの醤油階級で醤油とか流行ってたんですよ。
そんなことがあったんだ。
哲学者のジョン・ロック。
有名ですね。
醤油の使徒を描いてた。
そうなんだ。
マジか。
何回すぎて全然分かんなかったんだけど。
あの人それこそ民主主義に繋がるような考え方を
作り上げた思想家の一人でしょ?
この人がね、醤油について描いてたりとか。
ね、ホップズとロックとルスをやった方向で。
あとルイ14世、ちょっとこれ前かな。
醤油を異国の調味料として愛したっていうことも描いてましたね。
受け入れられてたんだ。
美味しいとされてたのがすごいいいね。
ね、醤油階級でね。
珍しさも手伝ったんだろうけどね。
ちなみに大豆のこと英語で今ソイビーンって言ってるんですよね。
まあまあそうですね。
これ醤油の方が先ですね。
あ、そっか。大豆単体じゃなくて醤油の形で来てるんだ、先に。
もともとこの日本からヨーロッパに輸出されてた醤油、
ソイっていうのがヨーロッパの人たちに聞き取れなくて。
しかも原料不明なんでしょ。
そう、醤油っていうのは早口で言うとショイ。
まあ確かにソイっぽいのみたいのはあるよね。
確かに。もうちょい早く言ったらポイね。
チョイ、ほら。
あー、ポイポイポイポイ。
だから醤油が最初ソイって呼ばれたの向こうで。
なるほどなるほど。
そこから何が原料かっていうのが昔のヨーロッパ人は分かってなかったんだけど。
分かんないまま使ってたっていうのも不思議だよね。
そうそうそう。東洋神秘の飲み物ってルイ14世表現してました。
飲み物?
飲み物。
あー、びっくりした。
神秘の液体っていうふうに言ってたりした。
なるほどなるほど。
だんだん大豆から醤油ができてるんだってことが分かると、
醤油を作る原材料の豆。
なのでソイビーになるんです。
逆なんですよね。
そうだね。
醤油が先で大豆が後ですね。
そっかそっか。
ただこの異国の食べ物、大豆とか醤油とか味噌とか。
これ醤油階級で醤油とかを流行ってたんだけど、
06:00
100年また進んで、1850年代。
イタリアの学者がね、大豆は気分が悪くなるようなもので、食用の豆としては何の利用価値もない。
なんていう?
めちゃめちゃ嫌いじゃん。
この人は大豆嫌いだったんだろうね。
だからこういうの意見もあったので、
一般に広がってないことを見るとやっぱ難しかったんだと思う。
なるほどー。
だって肉あるし。
そうだね。
アンディ君もさ、肉か大豆か目の前に並べられてさ、
どっちがいいですか。
今日の夜ご飯って聞かれたらさ、
肉ですね。
なるでしょ。
その感覚だと思う。
あとなんか当時って幕末でしょ?
1850何年って言ったよね。
だからなんか日本に対して下に見る見方もあったでしょ?
っていうので、大豆は1850年代はまだ食べられてないんですね。
へー。
ただ一つキッピングポイントがあって、
変わったポイントが。
大豆の変わり目があって、
1876年にハーバル・ラントっていう研究者がいます。
この人ね、メインで50年以上の大豆の研究をしてたらしい。
すごいね。めっちゃ大豆好きじゃん。
モチベーション、多分好きだからやってたんだと思う。
そうだね。
この人が50年の研究成果を出版するんですよね。
いやー、50年の研究ってなかなかできないよ。
そのタイトルがなんだと思いますか?
タイトル?いやちょっと予想つかないですね。
タイトルはね、大豆です。
めちゃめちゃ好きじゃん。
多くは語らなくていいよね。
これが一応ね、西洋の言語で書かれた
大豆研究最初の書物であると書いてましたね。
英語ってことなのかな?
ウィン。
ウィンの言語だから。
何語なんだろうね。
このハーバル・ラントっていう人が、
例えばね、大豆を家畜の飼料として使ってはいいのでは?とか。
別の使い方を提案しているんですか?
そう。今実際家畜飼料がほとんどですからね、大豆は。
ああ、そうなんだ。
買い方として。
へー。
そう、っていうことを言ってたりとか、
あと恵まれない人々の安価な栄養源として使ってみては?とか。
なるほど、なるほど。
これ予言してますね。
大豆は貧しい人々の食事の中で中心的な役割を果たすようになるであろう。
大豆の脂質はラードの代わりにもなるし、
タンパク質は体力の源になるだろうと言ってます。
ラードの代わりっていうのはまさに大豆の油、大豆油が言ってあるしね。
確かにその通りになってるね。
この人の影響力もあって、
大豆はね、大豆って呼ばれてなくて、
ハーバルランド豆って呼ばれてた人。
へー。
ハーバルランド豆。
へー。
すごいよね。
すごいね。
え、でももう大豆って名前の本出してたんだろうね。
そう。
ハーバルランドさんに。
大豆って本出してた。
ごちゃごちゃしてきたな。
で、あとね、このハーバルランドの著作家の影響を受けて、
糖尿病患者に大豆を推奨したりするお医者さんが出てくるのね。
確かに体に良さそう。
そう、豆は澱粉の含有量が少ないので、
他のパンとかさ、
そうだよね。
パンとかに比べて。
確かに。
なので治療用としてしばらく流行ったというか、
流されてた時期があります。
ただこれ結局医療用なので、
そうだね。
生活で大豆を食べるみたいなことは、
ここでも起きず。
積極的に食べるっていうことは起きてないね。
そう。
09:00
そのまま20世紀、1900年を超えても、
大豆は食べられることなくいきますね。
なるほど。
あと、二度の高いヨーロッパだと日照時間が短くて、
大豆の栽培も難しかったところですよね。
そうなんだ。向いてないんだ。
そう。
この中に本当にいろんなトランジェラーがあるんだけど、
一応、中国人のリ・ユインっていう人が、
中国からフランスに来て、
豆乳とか大豆ヨーグルトとか、
カマンベル風味のする豆腐とか、
商品開発?
もうヨーロッパ人に送ろうと思って、
資金調達してやったりしてる。
へー。
すぐ一瞬で撤退したって書いてた。
ダメだったんだ。
全然。なんかチーズあるからね。
まあそうだよね。
なんかヨーグルトあるしね。
わざわざ食べる理由がないみたいになったんだけどね。
そう。ということで大豆はこともとくヨーロッパで、
成果が起こすというか、流行ることなく、
時が進んでいくんだけど、
これね、世界で急速に大豆の関心が高まる出来事がありますね。
いや、いつだろうな。
わかんないですね。
これはね、戦争ですやっぱ。
タンパク質がどうしてもすぐ必要に、
大量に必要になったっていうタイミングだね。
そう。一応ね、
これ世界各国がなぜ大豆に関心を持ち入れたかの、
いろんな資料があったんだけど、
一応1904年から5年の日露戦争で、
ロシア軍と日本軍と、これどっちも大豆使ってたんだって。
あ、ロシア軍も使ってたんだ。
そう。
ただね、ロシアは大豆を日本軍と同じく使っていたんだけど、
大豆の利用方法が甘くて、
そう、これ1905年に日露戦争が終わった後に、
ロシア軍の肺栓分析のレポートとかあったんだけど、
このロシア軍の肺の大きな項目。
なんで負けたのか。
これがね、長期の老嬢による解決病患者の増加。
ビタミンC不足で病気になったってことだね。
そう、あと夜目症、なんていうのかな。
あー、夜目かな。
夜目症なのかな。
なんかビタミン不足で夜に目が見えなくなってたよね。
これによる繊維の消失が大きな原因であるっていう風に書いてあって、
まあ確かに。
長い間老嬢してて、なんかビタミンC不足で病気になったり、
あと目が夜見えなくなったら、
肩変えないよね。
これ冬の野菜不足が引き起こした病気なんだよね。
そうだね、フレッシュな野菜が。
でこれね、日露戦争が終わった後に、日本軍がロシア軍の倉庫を調べます。
大量の大豆が積み上がってたんだって。
一方、日本軍は江戸時代からやってるもやしを作ってるんだよね。
そうなんですよね。
これで日本軍はビタミン不足を補ってます。
だから新鮮なもやしを栽培しちゃってシャキシャキ食べちゃったら、
それでビタミンが取れちゃうんですね。
なんでこの時はロシア人も含め、東アジア以外は大豆に関する利用方法を知らなかったんだよね。
あー、そういうことになるよね。
これで8000人くらい、ロシア軍は対決病患者出てる。
もやしの差が戦いを分けた側面もあるってことだよね。
そう、っていう分析がなされた。
そうだよね。
日本は7000年くらい大豆を使ってるからね。
蓄積知識の蓄積が違くて。
いやー、もやし結構舐められがちじゃん。
もう栄養ないみたいな感じだからね。
そうだよね。
12:00
もやし舐められないよね。
もやしさん。
もやしさんって呼ばなきゃ。
この時にヨーロッパ人が大豆を食料として初めてのことだったみたいなことを書いてた。
ロシアもヨーロッパと考えてね。
この戦争を見てたヨーロッパ諸国が大豆っていうものを重要な軍事食料として認識していくんですよ。
そうですよね。
これが1905年中戦がね、日本戦争の。
で、これ早速1907年にイギリスは大規模な大豆輸入をしてますね。
へー。
もうだから戦略物資として蓄え始めたんだね。
そう、油を摂るために満州外部をしたりしてて。
そこは油だったんだ。
もちろん。
もやしもあるよね。
もやしもあるし、タンパク質が摂れるという食料の面もありますね。
あとオランダとかは植民地のインドネシアの土地で大豆研究させたりとか。
へー。
ベルギーもね、コンゴに繰り返すよね。
コンゴに大豆を持ち込んだりとか。
植民地持っててなんかすっごいことやってたもんね、ベルギー。
そうだね。
ドイツとかも日本軍が大豆を持ち行ったことを受けて、
軍のタンパク質源とか大豆油食用にも工業用にも使われた。
へー。
フランスも軍が昔から食用にしてきた乾燥豆を大豆に変えた。
なるほどなるほど。
フランス人は大豆のスープとか大豆の粉を使ってパンを焼いたりしだす。
へー、そういう使い方もあったんだ。
大豆パンとか大豆クラッカーを食べて、
軍隊の料理の配給、肉の粉の代わりに大豆に置き換えたこともあった。
へー。
戦争を通して、こう使ったらいいんだっていうのが世界中に広がって。
一郎戦争以降ですもんね。
そうなんだ。
これによっていつの間にか全然根づかなかった。
大豆が。
明らかに代替品だった。
豆乳チーズとかさ。
そうだね。
っていうのが、戦争によって食用としての認識が急に広がるんですよ。
複雑だね。
ね。
あとこの時、世界は大豆を食料としてではなくて、
油としても欲しがってたって話をしたよね。
しかも工業用の使い方もあるよっていう話だったよね。
この時、実は同時期にアメリカで作ってたメンカの油。
はい、綿の。
これが綿花ゾウ虫っていうのの被害がすごいあったらしくて、
これでヨーロッパに供給できなくなってたんですよ。
そうなんだ。
っていう裏背景もある。
そうかそうか。油不足になったから、綿の油が作れなくなっちゃったから、
じゃあ他の油どうするってなった時に、大豆だってなったんだ。
そう。
第一回の竹とプラスチックとも似てるよね。
すごい似てるよね。
だからこれ原因が大豆油が必要だったみたいな、
一個の側面じゃなくて、
そうだね。
他の作物で何が起きているのか。
ゾウ虫が綿の被害を生んじゃったからっていう側面もあるっていうことね。
捉えなきゃいけないんだね。
そう。っていうのが満州の大豆が1位になった理由だったりするんだよね。
複雑系ですよね。考えがね。
森も一緒だよね。複雑系だよね。
そう。
で、こういう油はいろんなものに使われる。爆弾に使われたりとか、
それがまたすごいよね。
塗料に使われたりとか。
で、この戦争によって生まれた食料としての大豆需要と、
15:00
油としての大豆需要をどこが引き受けたのか。
それがアメリカなんだよね。
そこで栽培地がアメリカになったんだ。
そう。
だって綿花栽培が大打撃を受けているから、
他の作物何か作りたいと思うよね。
そうそうそう。
そういうことだよね。
そう。
そういうこともある。
あ、もあるんだ。
そう。
で、これアメリカが大豆作ったら作っただけ売れんじゃんってなるのね。
おー。なんかヤバそうだね。
そのフレーズがヤバそうだわ。
だってアメリカは戦地になってないからさ。
そっかそっか。
日本もヨーロッパとか焼け野原になっているから。
需要がすごいぞってなるんだ。
そう。代わりに。
そして作れるのはこっちだぞって。
そう。代わりにアメリカがめっちゃ作り出すし、
あとアメリカはね、大豆の研究もしてるんですよ。
これマーガリン、大豆からマーガリンを作る研究を主にしたのはアメリカですね。
へー。そうなんだ。
そう。でやっぱ作って、製造して、手種もしていくんだけど、
アメリカ国内のバター会社がね、大豆マーガリンに対して許容をいただいて、
マーガリンを規制する法律を作るために、
はいはいはい。
マーガリン活動とかしてる。
なんか一時すごい癌の原因になるとかマーガリン言われてたけど、
その名残だったりするのかな。
いや全然ある。
めちゃめちゃ活動してたんだろうね。
そう。あとね、マーガリンの販売っていうのは、
バターに似た色をつけるなっていうことで、
へー。
ピンクの色で着色したマーガリンしか売ることができないとかいう種類もあったらしいですね。
そんなこともあったんだ。
ほんとに産業界の戦いだよね。
ほんとにそう。
一方マーガリンって確か、クジラ編で出てきたけど、クジラの脂からも作られてたよね。
そうそうそうそう。
そうだよね。
あの時技術ができるんだよね。マーガリンを作る。
まあという風な感じで、アメリカは生産も輸出もやるし、
消費拡大のためのプロダクト開発みたいなこともアメリカはやってくるんだよね。
研究にも余念がないんだね。
ここでいかにアメリカが大豆の国になっていくのかっていうのをちょっと見ていきますね。
大豆栽培がアメリカで盛んになるのは、さっき言った20世紀入ってからなんだけど、
もともとやっぱ土壌があったんだよね。
大豆に適した土地じゃないとね。
それともう一個は?
移民ですね。
ゴールドラッシュですね。
人がたくさん増えたってこと?
ゴールドラッシュで来た移民っていうのは中国人が多かったんですよ。
東アジアですね。
で、カリフォルニアでゴールドラッシュに加わったりとかして、
1888年、カリフォルニア州の人口の9%が中国人だったらしい。
結構多いね。
で、この時にアメリカ合衆国の農務省の報告書があったんだけど、
この時のサンフランシスコではもう黄色とか黒の乾燥大豆、豆腐醤油を中国人のために売ってたんだって。
だからもう大豆カルチャーがやってきてたってことだね。
この時日本人の移民はアメリカに来てるんだけど、
1879年、キッコーマン、自社ブランドカリフォルニアで作ってたよね。
そんな歴史あるんだ。
だからアメリカ西部の日本人が開拓移民のために日本から醤油の輸出を始めたりとか。
山になってたんだ。
土壌があるんだよね。
だからカルチャーが丸ごとやってきたって感じだね。
18:02
で、栽培するのに適した土地でもあったってことだね。
で、農業移民がアメリカにたくさんやってくるんだけど、
その時に小麦とか大豆とか、全体的に作っていくんだよね。
そして一時大戦が始まると、ヨーロッパで農地が使えなくなってしまうので、
ヨーロッパに向けてアメリカが何年も売れるからね。
これで大豆を作っていきます。
そうやって輸入したヨーロッパだと油になったり、
あるいは肥料という使い方も絞りカスが出てくるからね。
あったりしたんだろうね。
ここでもう一個ポイントがあって、
アメリカの農業開拓っていうのは、
ジョン・ディアっていう人が2頭の馬で引く土を開発してるので、
だから少ない労力で開拓ができるようになったってことなのかな?
そう。ただこれで耕しすぎて農業問題が起きます。
供給が増えすぎたってこと?
いや、これ土壌の乾燥化ですね。
あ、そういうこと。
これね、土の本とか読むと絶対出てくるんだけど、
北海道でも農家さん心配してます。
トカチとかで耕しすぎると土が乾燥して砂嵐起きちゃうんですよ。
そんなことが起きるんだ。
補水力、だから水を蓄える力がなくなってくんだね。
土辺でミミズが弾流構造を作るって話をしたんだけど、
だからサラサラの細かい砂をお団子状にしていくから、
ミミズが土壌の劣化とか流出を防ぐって話をしたんだけど、
アメリカは作れば作るほど売れるので、
どんどんどんどん耕していくのね。
一言で言うと土を消費し尽くしちゃったんだね。
そう。
これで1934年から1936年、砂嵐がめっちゃ激しくて、
イメージ湧かないわ、アメリカの砂嵐。
これやばいですよ。
ダストボールっていう砂嵐だよね。
ダストボール?
そう。
5000mの上空まで舞い上がったみたいなタイツが。
だから砂嵐だね。
壁みたいな感じでそびえてるんだね。
山みたいな感じか。
これで350万人が土地を割ります。
暮らせなくなる勢いなんだ。
350万人やばいね。
この悲惨な状況っていうのをアメリカ政府はやばいってなって、
土壌保全法ってのをやるのね。
それは何を義務付けるんだろう?
いろいろあるんだけど、
ここで土壌保全法の一例として、
干ばつに強いとされている作物を指定して、
これを育てると補助金が出ますよっていう風にして、
それをいっぱい育てさせるんだよね。
その中の筆頭株が大豆です。
そこで大豆だったんだね。
大豆乾燥に強いんだよね。
他の作物よりも乾燥に強い。
砂漠化対策で何か植物を植えるみたいな、そんな感じだね。
大豆が戦争でも作れば作ろうとも植える。
し、土をちゃんとした状態に持っていく効果もある。
また大豆が栽培を広げていくのね。
まだ広げるんだけど、
これが世界大恐慌ですね。
ちょっとまだ繋がらないね。
世界大恐慌になると、ブロック経済って言って、
21:02
韓国が関税をかけるじゃないですか。
自分の国の産業を守るために。
他の国から物を輸入するということを、
シャットアウトしていく方向に変えていくよね。
そう。
この時にアメリカは作れば作るほど売れたので、
アメリカ国内で輸出がしにくくなるじゃないですか。
困りますよね。
すると大量の小麦とか大量の大豆が余るのね。
それをアメリカ政府が買い取るんですよ。
買い取るから作らないでねって言うんですよ。
そっちなんだ。
ちょっとずつ生産を減らしていかないと、
農家の収入も下がってしまうしね。
というので政府が買い取るんだけど、
大豆はこの生産を減少させる対象にならなかったんですよ。
大豆は作りたいだけで作ってていいよってことになったんだ。
なんでかって言うと質素混流器を持っているからですよね。
だから土を保全するという側面があるから大丈夫だよってことにしたんだね。
大豆が売れても売れなくても土が耕されるからいいんだよ。
というので大豆はまた大恐慌を使って、
そこに来て他の植物が生産量に対して制限をかけられた一方で、
大豆はかけられなかったから広がるんだ。
というのでまた大豆がこれで作られるようになりますね。
これまで別の作物を作っていた畑が大豆畑に変わっていくという風景があったりしたんだろうね。
どんどんまた大豆が作られていくわけですよ。
この時に使われ方というのもアメリカはもちろん研究していて、
余った大豆どうするか問題が出てくるもんね。
ここでめっちゃ出てくるのが車のフォードです。
全く繋がらないですね。全然わからないですね。
これ大豆から工業用素材を作ろうみたいな取り組みがあったんですよ。
例えばなんだけど、後半1935年は大豆プラスチックからできたクラクション。
そんな高度なことやってたの?
ボタン、ギアノブ。
車全体がペダルとかアクセルとか全部大豆で作ってたんだって。
なんか現代っぽいね。
みんなへーって言ってくれてる。
すごいよね。これなんかちょっと僕読めないんだけど、
C-H-E-M-U-R-G-Yでケマージ、ケミセルのケみたいなやつに
エナジー運動っていうのがあったらしくて、
これ伝統的なお作物から工業の材料を作り出そうっていう。
ケミカルエナジー運動みたいな、そんなノリで捉えたらいいのかな?
そう、っていうムーブがあったらしくて、
フォードもこの流れに乗ったんだよね。
この流れの中で200種類以上の新製品が生まれたって書いてた、大豆から。
これ大豆食品じゃないですかね。
大豆加工品でできた車の部品なんだよね。
接着剤とか繊維とか。
これはナイロンが出てきてダメになったって書いてたけどね。
要するに大豆から油を抽出して、その油を石油みたいな感覚で
プラスチック的な製品とか繊維とか
そういうものをいろいろ作っていったってことなんだね。
24:02
シカゴ万博博覧会っていうのが1934年にフォードやってるんだけど、
シカゴで開催されたやつ。
これめっちゃ今っぽくて、大豆タンパクからプラスチック作って、
その場で抽出された、大豆から抽出した大豆油でエンジン動かして、
エンジンに必要な電力を全て大豆で作るっていう仕掛けをフォードでやったりして。
めちゃめちゃ現代っぽい。
それいつだっけ?シカゴ万博。
これ1934年なのか90年前くらいですね。
戦前だね。
すごいね。
ちなみに今日フォードの車はシートの中の詰め物は、
大豆を原料とする基本クッションを採用してるっていうのをこれ見ました。
これ最近の記事ですね。
それはだから現代の車でもそういう試みをしてたりするんだ。
大豆めちゃめちゃ使ってんだね。
フォード作った大豆全部俺が買い取るって言ってるからね。
かっこいいね。
すごくない?
すごいね。
産業用大豆っていうまた見たことないものが出てきてたんだね。
新聞のタイムシーあるじゃないですか、アメリカの。
ありますね。
これフォードのことを大豆の親友って呼んで出しの記事があったりして。
ベストフレンドって。
そのくらい大豆のフォードをやってたし、
他にも大豆の消費の後押しをしたのはケロック兄弟。
シリアルか。
そう、シリアル作ったケロック兄弟ですね。
この人ちょっと僕これも詳しく調べてないんだけど、
セブンズでアドベンチスト教会っていうプロテスタント系の教会があるんですよ。
ここのキリスト教の教会なんだけど、
健康的なライフスタイルに重点を置いてる教会なんで。
いいね。
基本採植主義をしてたんですよ。
ケロックここに就職してるんですよね、研究者として。
そうなんだ。
そういうこともあったんだ。
ケロックここに入って大豆タンパク質のたてとか食品作るんです。
これ今でもアメリカのハンバーガーでビーガンハンバーガーとかで使われてるらしいです。
そうなんだね。
その時のイノベーションが今でも使われてるんだね。
そう、こういうビーガニズム的なものとか宗教的なものの需要もあって、
こういうケロックみたいなデカい食品会社が出てきて、
食用としてもどんどん大豆使われだすんだね。
なんかやっぱ仏教の流れで大豆加工品を作るようになったと似てるよね。
あーそうだね。
感覚が似てる気がしますね。
肉食べない他のものは何かってなったら大豆。
ただ大豆食べ過ぎたらお腹壊しちゃうから。
これもやってほしい、マジでみんな。
そうだね。
偉大さがわかる。
そうだねそうだね。
っていうので大豆アメリカはとことん大豆を作る流れになるんでね。
そして作りすぎちゃう大豆を何とかして使うっていうことも頑張りだすんだね。
そう、頑張りだします。
この研究者もいっぱいいるんだけど、
この研究の副産物がすごく興味深くて、
大豆栽培する時、井戸の高い地域では作れない。
ヨーロッパだから作れなかったんだって話をさっきしたと思うんだけど。
寒いところだったら作れないって話だったね。
これが解決する人がいるんですけど、
アメリカの植物学者のアーサー・ガルストンって人が、
酸溶土安息抗酸っていう化学物質を使うと、
27:00
大豆の開花が早くなるっていう研究を完成させるんですよ。
これによって井戸が高いところでも大豆栽培ができるようになるんだよね。
むしろそこが問題だったんだ。
寒くなる前に大豆が実をつけなきゃいけないんだけれども、
それがなかなかできなかったって感じなんだね。
どっちかっていうと日が短くなる前。
そっかそっか、なるほどね。
ただこの薬品使うと早く花が咲くんだけど、
使いすぎると枯れるんだよね。
まあまあそんな感じだろうなって想像はできるよね。
これがそのままベトナム戦争の枯れ端材に変容されてます。
そういう応用されちゃったんだ。
これを巻くと隠れているベトナム系。
ジャングルの中でね。
そうっていうのが見えるでね。
ただそこに発眼性の物質があったりしたから、
今でも問題がちょっと残ってるっていうことがあったりするよね。
これ大豆って研究で全部そうなんだけど、
副産物めっちゃ出てきてて、
まあそうだよね。
そうっていうのが大豆もよく見られました。
例えばね、これがあります。
はい。
そんな感じでどんどん大豆を作り続けていくんだけど、
これは第二次世界大戦以降も国土で戦争が起きてないので、
アメリカは戦後、戦争でボロボロになった国に大豆を供給します。
日本ですか?
そう。例えば日本だったりとかヨーロッパもそうですよね。
アメリカで平和なんですよ、この時期の。
戦後のアメリカって。
例があったんだけど、世界の自動車の4分の3はアメリカ人が持っていたっていう。
この戦後50年くらいだね。
裕福になっていくとみんな肉を食べるわけだよね。
なのでアメリカの中でも大豆がまた余るのね。
それを戦後復興っていう名目で大豆を世界中に配りまくるんですよ。
輸出ってことになるよね。
これね、余剰性農産物処理法という法律がアメリカでできたらしくて。
めちゃめちゃ露骨な名前の法律だね。
このヨーロッパの飢餓解消、アジアとかヨーロッパの飢餓解消っていうのをやっていくんだけど、
これをやると同時に国が豊かになった時に大豆を輸入してもらえるようになる。
まあそうだよね。
その流れの中で。
その流れのままそのまま輸入するっていう体制を作ることができるよね。
アメリカはこれで大豆ルートを確保してますね。
その延長上に今日本が結構大豆を大量に輸入してるっていう。
90%以上輸入してるっていう状況があるんだ。
そしてこれずっとアメリカ食糧支援という名目でやってるんだけど、
日本は復興するじゃないですか。高度経済成長で。
結構早く復興するよね。
世界中大体復活するじゃないですか。
するとみんな大豆食べなくなるんですよ。
肉食べちゃうよね。
アメリカやばいってなるね。
大豆せっかく輸出してたのにみんな裕福になりやがってなんの。
そうだよね。大豆食べてくれないじゃないかって。
そう。
この時にアメリカがどうしたかっていうと、
家畜に与えたらいいんじゃないかってこの辺りで出てくるんですよ。
じゃあ研究の通りになってるね。さっきの昔の。
そうだね。ハーブルグラウンドかな。
そうだねそうだね。
戦後にアメリカ大豆協会が大豆の使い方っていうのを
家畜に使えばいいじゃんっていう研究をめっちゃやるんですよ。
これを世界的に見解していきますね。
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そしてこの大豆っていう家畜の肥料が
日本も今大豆食べられてるからね。
肥料としてね。
これでね、食肉消費量っていうのが
1976年までの15年間に54キロから73キロ増えた。
先進国全体ですね。
とにかく肉の使用量、肉の消費量が増えたっていう。
そうだねそうだね。
っていうのがあってアメリカはそのままの流れで
人間に食べさせるようだった大豆を
家畜に?
そう、家畜に転用するんだよね。
これによってますますまたアメリカが大豆を作り続けるっていう流れになります。
そうだね。
人が食べる用でも家畜が食べる用の飼料としても
大豆を世界各国で消費するっていう仕組みをもう作り上げてしまってるんだね。
そう、っていう流れの中で
アメリカの大豆の独断上が始まるんですよ。
だからもう生産量は凄まじいし
供給ルートも完全に構築しちゃってるし
あとはもう回すだけだよね。
そう、これ1967年から76年の10年間
世界の大豆輸出量も95%アメリカだったりします。
そうなるよね。他の場所で作られてないもんね。
これでスーパーの豆腐の裏に書いてある
納豆の裏に書いてある
アメリカ産大豆の表示の意味が
すごいまた変わってくるんじゃないかなと思うんですね。
そうだねそうだね。
やっぱりそういう社会の転換によって
日本は一方で大豆を作らなくなった流れも
さっき話していたけれども
一方でアメリカがそれを一手に引き受けるようになったんだね。
そう、っていうのは今回大豆を通して
他の作物もそうなんだろうなと思った。
まあまあそうだろうね。
スーパーに並んでいるものがね。
こんな感じで大豆の歴史について話してきました。
ということで今回の公開収録東中野雑談での豆編については
いったんこれが以上ということになりますかね。
ここまでで以上ということになりますかね。
次回は今回この公開収録イベントを開くことになった
きっかけの方々がいらっしゃいまして
グローバルシェーパーズコミュニティっていう人たちの中から
お一人ゲストをお招きして
番外編として喋っていきたいと思います。
ということで以上豆編についてはこれで終わりになります。
ありがとうございました。
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